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mTORシグナルが成長調節および疾患に果たす役割

mTOR Signaling in Growth Control and Disease.

Laplante M, Sabatini DM.

Cell. 2012 Apr 13;149(2):274-93.

【総説内容】

mTORシグナル経路
mTOR(もともとはmammalian target of rapamycin、現在公式にはmechanistic target of rapamycin)は、PI3K近縁のキナーゼファミリーに属するセリン/スレオニンキナーゼであり、mTORC(mTOR complex)1とmTORC2という、rapamycin感受性やシグナル伝達経路が違う2種類の複合体を形成する。mTORC1は6種類、mTORC2は7種類の蛋白からなる複合体で、共通にmTORとmLST8、DEPTOR、Tti1/Tel2を含む。それらのほかに、mTORC1はraptor(mTORC1のscaffold protein)とPRAS40(mTORC1阻害因子)を、mTORC2はrictor(mTORC2のscaffold protein)とmSin1とprotor1/2をそれぞれ含んでいる。mTORの発見からほぼ20年が経過したのに、その作用機序の解明が今なお進行中なのは驚くべきことである。その中で、rapamycinが細胞内のFKBP12と複合体を形成して、mTORC1に含まれるmTORを阻害するのは確かである(mTORC2に含まれるmTORは阻害されないと考えられていたが、詳しくは後述)。

mTORC1の上流の調節因子
mTORC1を活性化する因子は、次の少なくとも5つの刺激(cue)―すなわち成長因子、ストレス、エネルギー状態、酸素、アミノ酸―である。mTORC1を調節する重要な分子はTSC1/TSC2のヘテロダイマー(実体はGTPase-activating protein)であり、mTORC1を負に制御する。TSC1/2が、上流のシグナル(インスリン、IGF1により活性化されるPI3K/Akt経路、ERK1/2経路、RSK1経路など)によって活性が抑制されることにより、mTORC1の活性化が起こる。Aktは、raptorからPRAS40(mTORC1阻害因子)を解離させることで、TSC1/2を介さずにmTORC1を活性化する。炎症性サイトカイン(TNFαなど)は、IKKβを介してTSC1をリン酸化・不活性化することで、mTORC1を活性化させる。低酸素やエネルギーレベルの低下はAMPKの活性化をもたらし、raptorをリン酸化してそこに14-3-3が結合することによって、mTORC1を阻害する。アミノ酸(特にleucineとarginine)は、現時点では不明な経路を介してmTORC1を活性化する。

mTORC1の下流の過程
mTORC1によって調節される過程で最も解明が進んでいるのは、蛋白合成の過程である。mTORC1は、4E-BP1とS6K1を直接リン酸化し、蛋白合成を促進する。またmTORC1は、転写因子SREBP1/2を介して脂質合成を、PPARγ活性化を介して脂肪細胞分化を調節している。さらに、HIF1の活性化により解糖系遺伝子発現を増加させ、PGC1αや転写因子YY1を介してミトコンドリアの酸化的代謝を調節している。さらに、mTORC1はオートファジーを抑制し、リソソーム生合成を阻害するという、負の調節にも働いている。
「mTORC1はすべてを調節している」などと冗談で言われることもあり、むろんそれは正しくないのだが、mTORC1が非常に多くの主要な細胞過程を調節しているのは確かである。

mTORC2のシグナルネットワーク
mTORC2は当初rapamycin非感受性と考えられていたが、最近はある種の細胞ではrapamycinによりmTORC2の複合体の会合が抑制され、シグナル伝達が障害されることが分かっている。しかし、mTORC1経路に比べると、mTORC2経路で分かっていることは非常に少ない。mTORC2はインスリンを初めとする成長因子に反応し、PI3Kを介して活性化される。その下流でmTORC2は、AGCキナーゼサブファミリーに属するAkt、SGK1、PKC-αをリン酸化、活性化する。AktやSGK1がmTORC2によってリン酸化されると、核内の転写因子FoxOをリン酸化し細胞質に移行させて遺伝子発現が抑制され、これが細胞生存や代謝を調節する。PKC-αがリン酸化されると、細胞骨格組織化に作用する。

癌におけるmTORシグナル
多くの癌で見られるPI3Kの変異・活性化やp53、Tsc1/2、Lkb1、Pten、Nf1の変異・不活性化がmTORC1の活性化につながっている。発癌にはmTORC2シグナルも重要とする報告もあるが、現在mTORC2特異的阻害剤が存在しないため、その解明は進んでいない。 2007年に、rapalog(rapamycinアナログ)であるTemsirolimusが進行性腎細胞癌に用いられるようになったのが、mTOR阻害薬の癌治療への応用の始まりであった。その後いくつかのrapalogsが難治性癌の治療に用いられるようになった。
mTOR経路に多くのネガティブフィードバックループが存在することが、rapalogsによる治療を難しくしている。例えば、mTORC1によって活性化されたS6K1は、IRS1をリン酸化してそのdegradationを促進し、受容体チロシンキナーゼ(RTK)からのシグナルを減弱させる。腫瘍抑制因子(tumor suppressor)であるGrb10は、mTORC1の基質としてリン酸化され、RTKからのシグナルを減弱させる。いずれの場合もrapalogsでmTORC1を阻害するとこれらのネガティブフィードバックループが解除されてしまうことになり、結果的にRTKシグナルの増強につながり、癌の治療効果を下げてしまう。そこで、mTORとPI3Kのdual inhibitorが癌の治療に試みられている。

代謝疾患におけるmTORシグナル
mTOR経路の主要なコンポーネントを全身で欠損させたマウスは胚性致死になるため、in vivoでmTOR経路がどのように代謝を調節しているかはよく分かっていない。この点については、現在コンディショナルノックアウトマウスによる検討が進められている。
(1)脳でのエネルギーバランスの調節
視床下部において、mTORC1はインスリンやレプチンによって活性化されNPYやAgRPを介して摂食を低下させると考えられている。高脂肪食や肥満では、このmTORC1活性化が低下して食欲低下が障害されるとも考えられるが、詳細は不明である。
(2)脂肪組織での脂肪細胞分化
In vitroではmTORC1を阻害すると脂肪細胞分化(脂肪生成adipogenesis)が抑制され、逆にmTORC1を活性化させると脂肪細胞分化が促進される。脂肪細胞特異的にmTORC1を欠損させたマウスは、脂肪量が少なく、高脂肪食を負荷しても肥満になりにくい(脂肪細胞特異的にmTORC2を欠損させたマウスは脂肪量は正常)。肥満の状態ではmTORC1活性は亢進している。
(3)骨格筋での酸化的代謝とグルコース恒常性
筋肉特異的mTORC1欠損マウスは蛋白合成が低下して筋肉量が少ない。また、ミトコンドリア機能を制御するPGC1-αが減少し酸化能が減少している。(筋肉特異的mTORC2欠損マウスは軽度の耐糖能異常が見られるのみで、筋肉の構造上の変化は見られない。)肥満および高脂肪食下ではmTORC1が活性化され、これがS6K1活性化を介してインスリンシグナル伝達のフィードバック阻害(IRS1のリン酸化、degradation)を起こし、筋への糖取り込みを減少させる。
(4)肝でのケトン体生成と脂肪合成
空腹時には肝のmTORC1活性は低下し、これがケトン体産生を起こし、空腹時の末梢組織のエネルギー源となる。逆に、肝でmTORC1を過剰発現させると(NcoR1活性化によりPPARα活性が抑制され)、ケトン体産生は阻害される。また、肝におけるmTORC1はSREBP1cを介して、脂肪合成(lipogenesis)を促進する。肝特異的にmTORC1を欠損させると、SREBP1機能が低下し脂肪肝になりにくい。一方で、肥満状態では、骨格筋と同様に肝でもmTORC1/S6K1が活性化されており、IRS1のdegradationによるフィードバック阻害によって肝のインスリン抵抗性が惹起されている(過剰な肝糖新生につながる)。
(5)膵でのβ細胞容量、インスリン分泌の調節
β細胞でmTORC1を恒常的活性化させると、β細胞の数やサイズが増加し、インスリン分泌が促進され耐糖能が改善する。栄養過剰状態でのβ細胞代償性肥大にもmTORC1活性化が必要であるが、慢性的にmTORC1活性化が続くとβ細胞の疲弊と2型糖尿病発症を引き起こす。β細胞にとってmTORC1活性化は、初期のインスリン分泌促進とその後のインスリン分泌低下を引き起こす、両刃の剣と言える。β細胞でS6K1を欠損させると、β細胞量低下、インスリン分泌低下により耐糖能異常が起きる。β細胞でmTORC2を欠損させた場合も、Akt活性の低下、それに伴うFoxO1のリン酸化低下(核内にとどまる)によって、β細胞量が低下し、耐糖能が悪化する。
(6)代謝疾患に対するmTOR阻害剤の効果
以上で見たように、肥満・インスリン抵抗性の状態ではmTORC1が慢性的に活性化されているため、rapamycinによって代謝疾患が改善される可能性が検討されてきた。ところが、マウスにrapamycinを投与してmTORC1活性を極端に低下させると、脂肪組織量の低下、β細胞量の低下が起き、インスリン抵抗性、高脂血症、肝糖産生が促進されてしまう。Rapamycinの慢性投与を受けたヒトでも、同様の代謝障害が起きる。これは、rapamycinがmTORC1を介する主要な過程(蛋白合成、ミトコンドリア生合成など)を大きく抑制してしまうためであろう。そこで、mTORC1活性を完全に阻害しないような用量(sub-optimal dose)なら、rapamycinが代謝異常を改善しうるとも考えられる。メトフォルミンはmTORC1活性を低下させることが知られているが、これは肥満で亢進したmTORC1活性を、極端に低下させず、ちょうどよい中間の状態まで低下させることにより肥満者の糖代謝を改善しているのかもしれない。なお、マウスにrapamycinを投与すると、in vivoではmTORC2も阻害されることによりmTORC2-Akt経路の障害によって肝糖産生抑制が低下してしまうことも最近報告されている。

神経変性疾患におけるmTORシグナル
神経変性疾患の原因として、オートファジーによる細胞内蛋白degradation経路の調節異常がある。mTORC1がオートファジーを抑制する作用があることから、神経変性疾患とmTORシグナルとの関連が研究されてきた。RapamycinによってmTORC1を阻害すると、オートファジーが促進されて凝集蛋白が減少し、in vivoでの神経変性の程度も低下する。ここでもmTORC1活性を極端に低下させて代謝異常や蛋白合成の低下を引き起こすのではなく、中程度に低下させてオートファジーを促進させる用量・方法が求められる。


加齢過程におけるmTORシグナル
カロリー制限が寿命を延長することは広く知られている。栄養摂取はmTORシグナルに反映されることから、mTORシグナルが寿命を調節している可能性が検討されてきた。今までに、mTORシグナルの阻害が酵母・線虫・ショウジョウバエで寿命を延長させることが数多く報告されている。これはカロリー制限を加えてもさらには寿命が延長しないため、mTORシグナル阻害とカロリー制限は共通のメカニズムで寿命を調節していると考えられている。しかし一方で、カロリー制限したショウジョウバエにrapamycinを投与すると寿命がやや延長したなど、カロリー制限とrapamycin投与ではシグナル伝達が異なる経路があることを示唆する報告もある。

最近、マウスにrapamycinを投与し寿命が延長したことが報告された。この報告では、600日齢という高齢マウス(ヒトでは60歳代にあたる)にrapamycinを投与開始してもそこからの寿命延長が認められている。この結果が直接ヒトに当てはまるわけではないが、mTORC1阻害が中年以降のヒトの加齢関連疾患の治療に役立つ可能性もあるだろう。

前述のようにrapamycin投与はβ細胞量の減少と糖脂質代謝異常を惹き起こし、糖尿病様の症状を呈するが、これらは寿命の短縮につながりかねない。この逆説の理由は不明だが、その一因としてrapamycin投与方法の違いが考えられるかもしれない。すなわち、寿命延長の研究ではマイクロカプセル化して食餌に加えているのに対し、他の研究では毎日腹腔内注射している。前者の方法では薬剤の生体利用効率(bioavailability)が低く、rapamycinによる代謝への悪影響が少ないのかもしれない。寿命を延長させ、しかも代謝を悪化させないためには、注意深いrapamycinの用量調節が必要なのだろう。

そもそも、mTORC1の阻害がなぜ寿命延長につながるのかはまだ分かっていない。Rapamycin投与マウスはコントロールのマウスと比べ疾患や死因に違いがあるわけではないため、rapamycinは加齢過程そのものを遅くするようである。mTORC1の阻害が造血幹細胞の自己複製を回復するため、免疫能が改善されるという報告がある。また、高齢マウスの肝臓ではmTORC1活性が亢進しているため、空腹時のケトン体産生が増加することが加齢関連疾患につながる、とする報告もある。Rapamycin投与によってmTORC1による蛋白合成促進(S6K1活性化に伴う)が抑制されること、またはmTORC1によるオートファジー抑制が阻害されることが、寿命延長に関与するとも考えられている。しかし現在、どの組織のどの分子がmTORC1阻害による寿命延長に関与しているかは不明である。
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by md345797 | 2012-04-27 07:27 | シグナル伝達機構