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十二指腸-空腸バイパス術による糖尿病の急速な血糖低下は、空腸における栄養素の感知を介して起こる

Jejunal nutrient sensing is required for duodenal-jejunal bypass surgery to rapidly lower glucose concentrations in uncontrolled diabetes.

Breen DM, Rasmussen BA, Kokorovic A, Wang R, Cheung GW, Lam TK.

Nat Med. 2012 May 20 Published online.

【まとめ】
胃腸パイパス術は2型糖尿病や肥満患者の代謝を改善するが、そのメカニズムはよく分かっていない。十二指腸-空腸バイパス術(duodenal-jejunal bypass surgery; DJB)は、十二指腸と近位空腸に栄養素(グルコースや脂質)を通過させなくすることによって、非肥満2型糖尿病ラットの血糖を低下させることのできる、実験的な外科技術である。

この研究ではまず、一定のインスリン濃度を保ちながら(膵クランプ下で)、正常ラットの空腸内に(空腸カテーテル経由で)栄養素を直接注入すると、腸-脳-肝のネットワークを通じて、内因性糖産生が抑制されることを示した。ここで、空腸での糖取り込みおよび長鎖脂肪酸アシルCoA形成を阻害すると、それぞれグルコースおよび脂質注入による内因性糖産生抑制効果が阻害された。また、streptozotocin(STZ)投与糖尿病ラットにDJBを施行したところ、急速な(2日後の)血糖低下が認められた。このDJBによる血糖降下は、空腸糖取り込みや長鎖脂肪酸アシルCoA形成阻害によって抑制された。さらに、インスリン欠乏自己免疫性1型糖尿病ラット(BB-dpラット)にDJBを行った場合でも、血漿インスリン濃度、摂食、体重の変化を伴うことなく、速やかに血糖が低下した。以上の結果より、「空腸における栄養素の感知」によるグルコース調節機構が、コントロール不良の糖尿病ラットにおけるDJB後の血糖コントロール改善に必要であることが明らかになった。

【論文内容】
十二指腸-空腸バイパス術(DJB)は、Roux-en-Y胃バイパス術の代謝効果のメカニズムを検討するために開発された実験的な技術である。DJBは非肥満2型糖尿病のげっ歯類やヒトで血糖を低下させる。その正確なメカニズムは不明であるが、十二指腸で栄養素を感知することによって、げっ歯類やヒトで腸-脳を通じて摂食が低下したり、げっ歯類で腸-脳-肝を通じて内因性糖産生が抑制されるメカニズムが知られている。ただし、十二指腸だけでなく小腸の他の部位においても、末梢の糖代謝を調節している可能性が残されている。実際、げっ歯類やヒトの空腸に脂肪を注入すると摂食が低下することが報告されている。この空腸における脂肪の感知のメカニズムは不明だが、腸-脳を通じた機構が想定される。この研究では、「空腸における栄養素の感知」(jejunal nutrient sensing)がグルコース代謝を調節しているのか、もしそうならその機構はDJB後の糖尿病の改善に役立っているのかについて検討した。

空腸カテーテルを用いて空腸内に直接グルコースを注入したラットで、膵クランプ下での(=インスリンを一定の基底濃度に保って)グルコース注入量・内因性糖産生量を測定した。その結果、空腸へのグルコース直接注入によって、クランプにおけるグルコース注入率が増加、内因性糖産生が抑制された。同量のグルコースを門脈内に注入したラットでは、これらの効果は見られなかったため、空腸に注入したグルコースは(門脈ではなく)空腸内で感知されていることが示唆された。

次に、空腸管腔でのグルコース取り込みを阻害するphlorizin(Na+依存性グルコーストランスポーター阻害剤)をグルコースと一緒に注入したところ、空腸グルコース注入に伴うクランプでのグルコース注入率の増加・内因性糖産生の抑制は消失した。なお、同量のphlorizinを経静脈的に全身投与したり、十二指腸や回腸に注入したりした場合は、上記の効果はなかった。これらの結果から、膵クランプ下のインスリン濃度において、「空腸におけるグルコースの感知」が内因性糖産生抑制につながることが示唆された。

次に長鎖脂肪酸(LCFA)の源であるIntralipidを空腸に注入し、同様にクランプ時の内因性糖産生への効果を検討した。Intralipidの空腸への注入により、クランプ時のグルコース注入速度は増加し、内因性糖産生は抑制された。Intralipidと一緒にacyl-CoA synthase阻害剤であるtriacsin Cを注入すると、内因性糖産生抑制は消失した。したがって、空腸におけるLCFA-CoAの形成が、「空腸における脂質の感知」による内因性糖産生抑制に必要であることが示唆された。
十二指腸-空腸バイパス術による糖尿病の急速な血糖低下は、空腸における栄養素の感知を介して起こる_d0194774_0583955.png

上記の、「空腸におけるグルコース・脂質の感知」による内因性糖産生抑制は、(1)空腸迷走神経支配を阻害する麻酔薬tetracaineを同時注入したり、(2)脳の孤束核(nucleus of the solitary tract; NTS)にMK-801(NMDA受容体阻害剤)を注入したり、(3)肝の迷走神経分枝の切断(hetapic branch vagotomy; HVAG)を行ったりした実験において、阻害されたため、この効果は腸-脳-肝を通じた経路(上図参照)によるものと考えられた。

次に、正常ラットおよび非肥満STZ-誘導性インスリン欠乏糖尿病ラットにDJBまたはsham手術を行った。DJB手術は、左下図のようにABを切断してCにつなぎ、Bの断端をAの断端につなぐことによって、右下図のようにAB部分(十二指腸・近位空腸)をバイパスする。
十二指腸-空腸バイパス術による糖尿病の急速な血糖低下は、空腸における栄養素の感知を介して起こる_d0194774_0591126.png

手術2日後、正常ラットではDJB手術による血糖・インスリン値の変化はなかったが、STZラットではDJBにより血糖が正常化した。STZラットでは、DJBにより血漿インスリン・グルカゴン値は変化しなかったが、活性GLP-1値は増加していた(GLP-1増加の意義は不明)。STZラットのsham、DJB群ではいずれも(手術後のため)摂食が低下したが、両群の間で摂食・体重に差はなかった。すなわち、DJBは、STZによるコントロール不良の糖尿病を急速に(2日間で)改善したが、この改善はインスリン・摂食・体重の変化によるものではなかった。

次に、STZラットのDJB手術の後、空腸カテーテル(下図、Bから3 cm遠位)を挿入した。
十二指腸-空腸バイパス術による糖尿病の急速な血糖低下は、空腸における栄養素の感知を介して起こる_d0194774_0595263.png

そこから、phlorizinまたはtriacsin C、またはその両方を注入した場合、STZ-DJBラットの摂食後の血糖は、vehicle注入の場合に比べて増加した(STZ-sham群と同程度の血糖になった)。次に、STZラットの空腸カテーテルからグルコースを注入したところ、血糖と内因性糖産生は正常化した(このとき、血漿インスリン・グルカゴン濃度の変化は起きなかった)。すなわち、DJBでの急速な血糖改善効果には、「空腸における栄養素の感知」が必要であることが分かる。なお、phlorizinとtriacsin Cの両方を投与した場合でも、それぞれ一方のみの投与の場合と比べ、STZ-DJBラットの糖代謝改善がより阻害されるということはなかった。したがって、グルコースの感知と脂質の感知メカニズムは、脳と肝にかけての経路で合流している可能性がある。

DJBの血糖低下効果は一時的なものなのか、それとも外科手術後の影響が消失しても残るのかを検討するため、STZ-shamとSTZ-DJBラットの術後14日目までの血糖を観察した。手術14日後にはSTZ-shamラットの血糖が手術前の血糖値(400mg/dl程度)まで戻ってしまったのに対し、STZ-DJBラットの血糖はDJB手術14日後でも低下したままであった。

さらに、非肥満のdiabetes-prone BioBreeding(BB-dp)ラット(自然発症自己免疫性1型糖尿病マウス。高度の低インスリン血症をきたす)にDJBを施行し、血糖低下が見られるかを検討した。BB-dpラットで高血糖、低インスリン血症、高グルカゴン血症の発症2日後にDJBまたはsham手術を行った。手術後、sham群は高血糖のままで多くは術後6日以内に死亡したのに対し、DJBを受けた群は術後2日以内に血糖が低下した。DJB群の摂食、体重、血漿インスリン、グルカゴン、活性GLP-1濃度はsham群と有意差がなかった。このDJBの血糖低下効果は術後6日目まで継続したが、6日目の時点ではDJBを受けたラットの血漿インスリン値は増加していた。なお、DJBを受けたラットの5匹中4匹は3週後まで生存した。

STZラットでDJBが術後14日目までの血糖を低下させたのには、「空腸による栄養素の感知」が関与しているかを検討するため、STZ-shamラットの術後14日目の血糖と同程度(325mg/dl程度)に血糖が上昇したSTZラットの空腸にグルコースを注入した。空腸グルコース注入によりSTZラットの血糖と内因性糖産生は(正常化まではいかないものの)低下した。したがって、DJBによる慢性(14日後)のグルコース低下効果には、空腸による栄養素の感知が部分的に関係していると考えられる。

【結論】
本研究では、非肥満コントロール不良の糖尿病ラットにおいて、DJBによる早期の血糖コントロール改善には、「空腸における栄養素の感知」が必要であることを示した。また、DJBは、インスリン欠乏STZラットおよび自己免疫1型糖尿病ラットの血糖を、血漿インスリン値、摂食、体重の変化を伴うことなく、急速に(2日目に)低下させた。これらのラットにおけるDJBの血糖低下効果は2日目以降も持続した。

Bariatric surgeryは2型糖尿病の血糖を低下させることが知られているが、DJBが非肥満2型糖尿病のげっ歯類やヒトで血糖を効果させるという報告は少ない。本研究により、食事直後の空腸への栄養素の流入増加が、DJBによる血糖低下効果をもたらしていることが示唆された。
by md345797 | 2012-06-05 01:01 | シグナル伝達機構