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カロリー制限により腸幹細胞機能が増強するが、それはnicheであるPaneth細胞のmTORC1シグナル抑制を介する

mTORC1 in the Paneth cell niche couples intestinal stem-cell function to calorie intake.

Yilmaz OH, Katajisto P, Lamming DW, Gültekin Y, Bauer-Rowe KE, Sengupta S, Birsoy K, Dursun A, Yilmaz VO, Selig M, Nielsen GP, Mino-Kenudson M, Zukerberg LR, Bhan AK, Deshpande V, Sabatini DM.

Nature. 486, 490-495, May 20, 2012.

【まとめ】
ヒトの成人組織幹細胞およびそのniche細胞が栄養状態にどのように反応するかはよく分かっていない。哺乳類の腸幹細胞(intestinal stem-cell; ISC)のnicheであるPaneth細胞は、カロリー制限に反応して幹細胞機能を増強する。カロリー制限は、Paneth細胞のmTORC1を低下させることによりISCの機能増強をもたらすことが明らかになった。カロリー制限中でも、Paneth細胞のmTORC1を強制的に活性化させると、ISC増強効果が消失した。逆にrapamycin投与でmTORC1シグナルを低下させると、カロリー制限同様の効果が認められた。さらに、Paneth細胞でBst1(=paracrine因子であるcyclic ADP riboseを産生する外酵素)の発現を増加させると、ISC機能に対するカロリー制限やrapamycinと同様の効果が起きた。以上の結果より、mTORC1は、細胞非自律的(non-cell-autonomously)に、腸幹細胞自己複製を調節し、個体のエネルギー状態と腸管細胞機能を結びつける役割を担っていることが明らかになった。

【論文内容】
哺乳類の組織幹細胞は、微小環境すなわち「niche」からのシグナルを受けて、自己複製するか分化するかを決定している。マウスでは、カロリー制限により神経前駆細胞からのニューロンの新生が促進されたり、年齢による造血幹細胞の数や機能の低下が抑制されたりすることが知られている。しかし、カロリー制限がどのように幹細胞に影響し、それに幹細胞nicheがどう関わっているかは不明である。

小腸は、幹細胞と急速に分裂する増殖細胞を含む陰窩(crypt)と、吸収性腸管細胞からなる繊毛(villi)によって構成される。絶食と再摂食に反応して、腸管は繊毛の長さや陰窩の深さなどの構造変化を起こす。最近の研究により、腸幹細胞(ISCs)とそののnicheであるPaneth細胞との相互作用が明らかになってきた。大部分のISCはLgr5マーカー陽性であり、Lgr5+ ISCs(crypt base columnar cellsとも呼ばれる)は、陰窩底でPaneth細胞に挟まれた細胞で、自己複製および分化することができる。In vivoでPaneth細胞が失われるとLgr5+ ISCsの数は減少する。その一方、Lgr5+ ISCs にPaneth細胞をin vitroで加えると、「ミニ腸管」とも言える臓器様の自己複製体(organoid)を形成する。このように、Paneth細胞は腸幹細胞nicheの不可欠な因子であることが分かっている。

カロリー制限により幹細胞とniche細胞の数は増加する
4-28週の間カロリー制限をしたマウスでは自由摂食したマウスに比べ、絨毛の量および長さが低下し、ISCsおよびPaneth細胞が増加した。すなわち、カロリー制限は、腸管細胞への分化を抑制してISCsの自己複製を促進する。さらに、nicheであるPaneth細胞がカロリー制限へのISCsの適応を調節している可能性がある、と考えられた。実際、カロリー制限により、crypt base columnar cellsへのBrdU取り込みは増加していた。

カロリー制限により腸管の再生は促進される
カロリー制限をしたマウスから単離した陰窩は、自由摂食マウスに比べin vitroでorganoidを形成する率が高かった。また、カロリー制限は陰窩の再生をin vivoで促進するかを検討するため、両マウスに致死量の放射線を照射し72時間後の腸管を採取したところ、カロリー制限マウスの方が生存陰窩とKi67+腸管前駆細胞の数が多かった。したがって、カロリー制限はin vivoでもin vitroでもISCsの再生能を促進することが示された。

カロリー制限によりnicheを介してISC機能が増強される
次に、Lgr5-EGFP-IRES-creERT2ノックインマウスよりLgr5-EGFP hi ISCsを単離した。その結果、カロリー制限したノックインマウスは、自由摂食マウスに比べてLgr5-EGFP hi ISCsおよびPaneth細胞が多かった。ISCsは、カロリー制限に対しPaneth細胞に対し自律的に(autonomously)、または非自律的に(non-autonomously)に反応するのかを検討するため、別々に培養したところorganoidは形成されず、一緒に培養したときにのみorganoidを形成した(ISCsの反応にはPaneth細胞が必要、すなわちnon-autonomous)。カロリー制限をしたマウスのPaneth細胞と一緒に培養した方が、よりISCsがorganoidを形成したため、適切なnicheシグナルがあった時に幹細胞機能が最も増強されることも分かった。

カロリー摂取はnicheのmTORC1を活性化する
mTORC1は個体の栄養状態の主要なセンサーであるため、カロリー制限のPaneth細胞における効果がmTORC1を介しているかを検討した。腸管のmTORC1活性(S6のリン酸化)は絶食で低下し、再摂食またはインスリンによりPaneth細胞のmTORC1を活性化された(なお、ISCsのmTORC1は活性化されなかった)。空腹時に単離したPaneth細胞でもS6リン酸化は低下しており、インスリン刺激後に単離したPaneth細胞ではリン酸化が増加していた。さらにカロリー制限マウスから単離した陰窩においても、S6およびS6K1(=mTORC1の直接の基質)のリン酸化は低下していた。

NicheのmTORC1はカロリー制限の効果を調節する
Paneth細胞のmTORC1活性の低下がカロリー制限によるISC機能の増強をもたらしているのかを調べるため、Rheb2(mTORC1 activator)を全身で発現する(doxycyclineでRheb2を導入できる)トランスジェニックマウスを作製した。空腹時であっても、Rheb2発現を導入するとPaneth細胞mTORC1が活性化された。さらに、このPaneth細胞をISCsと一緒に培養してもorganoidの形成は少なかった。すなわち、空腹時でもPaneth細胞のmTORC1が活性化されていればカロリー制限に伴うISC機能の促進は起こらないことが示された。

次に、rapamycinによるmTORC1阻害がカロリー制限の効果を模倣するかを検討した。Rapamycinを4週間マウスに投与したところ、ISCsおよびPaneth細胞の量は1.5倍以上に増加した。1週間rapamycinを投与しただけのマウスから単離した陰窩でも、カロリー制限後と同様のorganoid形成が見られた。なお、mTORC2特異的なコンポーネントであるRictorを腸で欠損させたマウスでも同様のorganoid形成が見られたため、rapamycinはmTORC1および、それとは独立にmTORC2も阻害することにより、organoid形成(陰窩のクローン原性)を促進すると考えられる。

Rapamycin投与マウスから単離されたPaneth細胞は、コントロールマウスのISCsと混ぜてもorganoidを形成したため、rapamycinもカロリー制限と同様、非自律的(non-autonomous)に作用していると考えられる。また、rapamycin投与とカロリー制限は、陰窩からorganoidを形成するために相加的な効果は見れられなかったので、rapamycinとカロリー制限は共通にPaneth細胞のmTORC1シグナル抑制を介してISC機能を促進していることが示唆された。

カロリー制限はPaneth細胞のBst1を増加させる
カロリー制限マウスおよび自由摂食マウスからフローサイトメトリーで単離したPaneth細胞の遺伝子発現プロファイルを比較し、カロリー制限で発現が増加した遺伝子としてBst1 (bone stromal antiegen 1)に着目した。Bst1は骨髄間質細胞に発現して造血前駆細胞の増殖を促進する。Bst1はNAD+をcyclic ADP ribose (cADPR)に変換する外酵素(ectoenzyme)であり、cADPRはヌクレオチドトランスポーターを介して細胞内に取り込まれ、細胞増殖を促進することが知られている。カロリー制限によって、Paneth細胞のBst1のmRNAおよび蛋白が増加した。また、cADPRを陰窩に添加して培養すると、自由摂食マウスからの陰窩でもorganoid形成を促進した。最後に、Bst1がカロリー制限によるorganoid形成の促進に必要なのかを検討するため、Bst1 mRNAをノックダウンしたところ、カロリー制限マウスの陰窩からのorganoid形成は抑制された。また、このBst1の低下をrescueするためには外因性にcADPRを添加するのみで十分であった。以上より、カロリー制限は、mTORC1依存性にPaneth細胞でのBst1発現を導入し、これがcADRPの増加をもたらし、ISCs自己複製を促進する(organoid形成が増加する)、と考えられた。

【結論】
個体のカロリー制限は、腸幹細胞(ISC)nicheであるPaneth細胞のmTORC1シグナルを抑制し、ISCの自己複製を増加させるというメカニズムが明らかになった。カロリー制限時には、このメカニズムを介してISC自己複製が促進され、ISCsから腸管細胞への分化が少なくなることが想定される。このメカニズムは、Paneth細胞における外酵素Bst1の発現増加により細胞外のcADPRが増加するために、ISC機能が促進される、という細胞非自律的(non-cell-autonomous)な機構を介している。以上より、mTORC1の阻害剤またはBst1の模倣薬(それぞれrapamycinとcADPRとしてFDAに認可されている)は腸再生や腸機能の改善に有用である可能性が考えられた。

【参考】
腸幹細胞再生の動画:Hubrecht Instituteのページ(Movie 1:The gut, a clonal conveyer belt)より。
by md345797 | 2012-06-29 07:59 | 再生治療