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脂肪特異的TFAM欠損マウスでは、脂肪細胞のミトコンドリア酸化が亢進し、肥満・インスリン抵抗性が改善する

Adipose-specific deletion of TFAM increases mitochondrial oxidation and protects mice against obesity and insulin resistance.

Vernochet C, Mourier A, Bezy O, Macotela Y, Boucher J, Rardin MJ, An D, Lee KY, Ilkayeva OR, Zingaretti CM, Emanuelli B, Smyth G, Cinti S, Newgard CB, Gibson BW, Larsson NG, Kahn CR.

Cell Metab. 2012 Dec 5;16(6):765-76.

【まとめ】
脂肪組織のミトコンドリア機能異常は肥満・2型糖尿病をもたらすと考えられているため、脂肪細胞特異的にTFAM (mitodhondrial transcription factor A)を欠損させたマウスを作製した。このマウスの脂肪組織では、ミトコンドリアDNAコピー数の減少やミトコンドリア形態の変化が見られた。このマウスのミトコンドリア電子伝達系ではcomplex Iやcomplex IVの活性が低下したが、complex IIの機能は亢進するなどミトコンドリア酸化的リン酸化(OXPHOS)が「リモデリング」され、脂肪細胞ミトコンドリアの酸素消費率と脱共役(uncoupling)は増加することが明らかになった。そのため、このマウスは(最初の予想に反して)エネルギー消費が亢進し、高脂肪食に伴う肥満・インスリン抵抗性が改善していた。すなわち、脂肪組織においてTFAM欠損によりミトコンドリア機能異常を起こすと、(逆説的に)全身のインスリン感受性が亢進した。なお、このマウスはインスリン感受性亢進にも関わらず、血中adiponectin値が低値であった。本研究の結果から、脂肪組織のミトコンドリア機能は、肥満・インスリン抵抗性の治療にとって有効な標的になりうると考えられた。

【論文内容】
白色脂肪組織(WAT)と褐色脂肪組織(BAT)の機能は、ミトコンドリア活性に依存している。BATは多くのミトコンドリアを含み脂肪酸のβ酸化を行うほか、UCP1がproton (H+) leakを起こすことにより熱産生によるエネルギー消費を行う。WATはBATに比べ、ミトコンドリアの量は少ないものの、正常な分化や機能維持(adipokine分泌など)のためには正常なミトコンドリア機能が必要である。肥満・2型糖尿病ではWATにおいて、ミトコンドリアDNA (mtDNA)コピー数・ミトコンドリア量・ミトコンドリア活性・酸化的リン酸化(OXPHOS)遺伝子の発現が低下している。

Mitochondrial transcription factor A (TFAM)は、mtDNAの安定性・転写に不可欠の因子であり、全身でTFAMを欠損させたマウスは胚性致死である。本研究では、脂肪細胞におけるミトコンドリア機能のインスリン抵抗性への影響を検討するため、脂肪組織(WATおよびBAT)特異的なTFAM欠損(F-TFKO)マウスを作製した。このマウスでは、ミトコンドリアcomplex Iの欠損が起きたが、驚くことに脱共役(uncoupling)の増加によってミトコンドリア酸化能は増加し、エネルギー消費の増加によって、肥満・インスリン抵抗性が改善することが分かった。

F-TFKOマウスのWATとBATでTFAMの欠損を確認
脂肪細胞特異的aP2プロモーター下にTFAMを欠損させ、F-TFKO (Fat-specific TFAM KO)マウスを作製した。このマウスの鼠径部WATから脂肪細胞分画を採取、またBATは間質部分(stromal vascular fraction)が少ないため分画を行わずそのまま採取した。F-TFKOマウスのWAT単離脂肪細胞とBATでは、ミトコンドリア遺伝子(mtATP6、mtCytb、mtCo1)の発現低下、ミトコンドリアDNAのコピー数低下が認められた。電顕像では、BATのミトコンドリアは不整形をしており、cristaeの破壊が見られた。WAT単離脂肪細胞のミトコンドリアは凝集し、コントロールの2.4倍の量に増加していた。すなわち、F-TFKOマウスの鼠径部WATとBATでは、ミトコンドリア遺伝子発現の低下、ミトコンドリアDNAコピー数の減少、ミトコンドリア形態の変化(下図)が確認された。
脂肪特異的TFAM欠損マウスでは、脂肪細胞のミトコンドリア酸化が亢進し、肥満・インスリン抵抗性が改善する_d0194774_14571279.png

WAT・BATでのTFAM減少は、加齢および高脂肪食による肥満を改善する
F-TFKOマウスとコントロールマウスを正常食または高脂肪食で飼育したところ、F-TFKOマウスはコントロールに比べ、週齢に伴う体重増加と鼠径部WAT重量の増加が小さく、WATの脂肪細胞が小型であった。また、F-TFKOマウスのWATではGlut4とHSLの発現が増加しており、単離脂肪細胞のインスリン刺激による2-deoxy glucoseの取り込みとisoproterenol刺激によるlypolysisが増加していた。さらに、F-TFKOマウスの褐色・白色脂肪細胞では、脂肪酸(14C-palmitate)の酸化が増加していた。なお、脂肪組織へのマクロファージ浸潤と炎症(TNF-α発現および血中濃度)は、両マウス間で差はなかった。

WAT・BATでのTFAM減少は、インスリン抵抗性を改善しエネルギー消費を増加させる
F-TFKOマウスは、コントロールマウスに比べ(正常食・高脂肪食いずれの場合でも)空腹時血糖とインスリン値が低値で、耐糖能とインスリン感受性の亢進が認められた。また、高脂肪食負荷しても脂肪肝が認められなかった。また、興味深いことにF-TFKOマウスはインスリン感受性であるにもかかわらず、血中adiponectin値が44%低値であった。脂肪細胞内のadiponectin 蛋白量およびmRNAは両マウス間で差がなかったため、血中adiponectin低値はadiponectinの分泌またはプロセッシングの低下によるものと考えられた。なお、F-TFKOマウスのエネルギー消費を代謝ケージで調べたところ、コントロールに比べ摂食が22%増加していたが、酸素消費量は10%増加しており、エネルギー消費の増加が認められた。

TFAM欠損により、脂肪細胞ミトコンドリアのOXPHOS機能が「リモデリング」される
F-TFKOマウスのBAT・WATの脂肪細胞では、Western blotにおいて、ミトコンドリア遺伝子でコードされる蛋白であるmtCytbとmtCo1、complex Iの代表的な蛋白であるNDUFB8、complex IVのsubunit 1の発現が低下していた。一方、complex V の構成蛋白であるAtp5Aとcomplex IIの構成蛋白であるSDHBの発現は増加していた。さらに、マススペクトロスコピー解析では、電子伝達系(ETC)の蛋白の多くが減少していたが、特にcomplex Iとcomplex IIIが全体的に減少していた。さらに酵素機能としては、complex Iとcomplex IVの機能が低下、complex IIの機能は増加していた。なお、TCAサイクルの重要な因子であるcitrate synthase (CS)活性はF-TFKOマウスのBATおよびWATの脂肪細胞で増加しており、酸素消費率(OCR)は増加していた。さらに、化学的脱共役剤(uncoupler)であるFCCPを添加するとコントロール脂肪組織のOCRはF-TFKO脂肪組織以上に上昇したことから、F-TFKO脂肪組織はすでに最高の代謝率または脱共役の状態に達していると考えられた。

TFAM欠損によりcomplex I活性が低下するが、脱共役が増加することにより、ミトコンドリア呼吸能は増加する
次に、C3H10T1/2間葉細胞株でTFAMをノックダウンしたところ(TFAM-shRNA1、TFAM-shRNA2)、同様にミトコンドリア遺伝子の発現とmtDNA量が減少したが、ATPターンオーバーの低下とproton leakの増加が見られ、脱共役が亢進した。また、活性酸素種(ROS)および脂質過酸化が増加しているという特徴が認められた。

F-TFKO脂肪細胞から単離したミトコンドリアの代謝能を検討したところ、complex Iの基質の存在下ではstate 3のOCRはコントロールと比べ有意差がなかったが、脂肪酸存在下ではstate 3のOCRはF-TFKOで有意に高かった。さらに、complex IIの基質の存在下では、(complex Iの機能障害にもかかわらず)F-TFKOのOCRは増加していた。したがって、F-TFKO脂肪細胞のミトコンドリアでは呼吸機能はcomplex II機能に依存していた。ミトコンドリア脱共役の指標であるRCR (respiratory control ratio=state 3/state 4)を計算すると、F-TFKOのミトコンドリアで有意に低値(慢性の脱共役を示す)であった。さらに、単離ミトコンドリア機能をフローサイトメトリーで検討したところ、F-TFKOのミトコンドリアはoligomycin A (complex V(ATP synthase)阻害剤)添加後のproton leakが大きかった。Complex II基質の存在下でのF-TFKOミトコンドリアのstate 3 OCRは大きく増加しており、酸化能の増加が認められた。以上より、F-TFKOマウス脂肪細胞のミトコンドリアでは、酸化率と脱共役が亢進していることが示された。

TFAM欠損による脂肪組織の代謝産物(metabolite)への効果
最後にF-TFKO脂肪組織の有機酸とアシルカルニチンのメタボロームプロファイルを検討した。高脂肪食負荷F-TFKOマウスのWAT・BATでは脂質過酸化(TBARS)と酸化DNA(8OHdG)の増加を認めた。メタボローム解析では、F-TFKOマウスBATでKrebs回路のほとんどの中間産物、およびピルビン酸と乳酸の増加が認められた(OXPHOSによるATP産生が低下しているため、解糖系が亢進していると考えられる)。脂肪酸のプロファイルでは、F-TFKOのWAT・BATで多種のアシルカルニチンが増加していた。脂肪組織のTFAM欠損により、OXPHOS過程の「リモデリング」、ETC増加による解糖系と脂質酸化の変化、脱共役呼吸の増加が起こり、「より代謝的に活発な」脂肪組織となった。

【結論】
脂肪組織においてTFAMを欠損させたところ、mtDNAのコピー数は減少しcomplex Iやcomplex IVの活性は低下したが、complex IIの活性は上昇するなどの電子伝達系のリモデリングが起こり、結果としてミトコンドリア呼吸機能が亢進肥満・インスリン抵抗性が改善した。これは、骨格筋特異的TFAM欠損マウスの結果や、ヒトの骨格筋complex I単独欠損症の患者で見られたのと同様の所見である。また、本研究のF-TFKOマウスでは、肥満抵抗性とインスリン感受性亢進にもかかわらず血中adiponectin値が低値、脂肪組織では酸化ストレス(過酸化脂質と酸化DNA)が増加している、という特徴が認められた。

インスリン抵抗性の状態では、ミトコンドリア電子伝達系の機能異常や、OXPHOS遺伝子の発現低下が認められることや、骨格筋でミトコンドリア生合成が増加すればインスリン感受性が亢進することが報告されていた。しかし、上記の骨格筋特異的TFAM欠損マウスAIF欠損マウスでは、本研究のF-TFKOマウスの結果と同様に、complex Iやcomplex IV活性の低下にもかかわらず、肥満・インスリン抵抗性の改善が見られた。

肥満・インスリン抵抗性改善の戦略として、BATの量を増加させる、WATの褐色化を促進するという方法が考えられる。もう一つのアプローチとして、WATや他の組織の脱共役呼吸を増加させる方法がある。これには安全な化学的脱共役剤(chemical uncoupler)が求められるが、今までにTZDsやmetforminがcomplex I活性を抑制することが知られており、これらの薬剤は、本研究の結果と同様、ミトコンドリア共役を低下させて酸化率を上昇させることで、インスリン抵抗性を改善しているのかもしれない。また、脂肪組織のTFAMを減少させる薬剤があれば、インスリン抵抗性に有効だろう。さらに、本研究の結果より、脂肪組織のミトコンドリア機能の調節機構は、肥満・2型糖尿病治療の有効な標的となると考えられる。
by md345797 | 2012-12-12 17:55 | エネルギー代謝