Bi-directional interconversion of brite and white adipocytes.
Rosenwald M, Perdikari A, Rülicke T, Wolfrum C.
Nat Cell Biol. 15, 659–667, 2013.
【まとめ】
褐色脂肪組織は、冬眠動物およびげっ歯類・哺乳類の新生児において、脂質とグルコースを熱に変換して体温を維持し、エネルギー消費を増加させる役割を担っている。成体のげっ歯類およびヒトは、上記の
古典的褐色(classical brown)脂肪細胞に加えて、白色脂肪組織の中に褐色脂肪様の脂肪細胞を含んでいる。これらは
brite (brown-in-white)脂肪細胞と呼ばれ、慢性寒冷に対する生理的反応を担っているが、その細胞起源は明らかになっていない。本研究では、マウスにおける寒冷刺激によって形成されたbrite脂肪細胞が、5週間の温暖適応により白色脂肪細胞に戻ることを示した。単離脂肪細胞の遺伝的追跡と転写の性質を明らかにすることにより、これらの脂肪細胞が白色脂肪細胞の形態および遺伝子発現を示す細胞に変換されることが示された。さらに、
古典的白色(classical white)脂肪細胞はさらなる寒冷刺激によってbrite脂肪細胞に変換されることも分かった。白色からbriteヘの形質の相互変換のバランスを変えることにより、エネルギー消費を増加させて肥満を治療する新たな治療法が確立する可能性がある。
【論文内容】
哺乳類の脂肪組織は、非ふるえ熱産生を起こす褐色脂肪組織(BAT)と、過剰エネルギー貯蔵に働く白色脂肪組織(WAT)に大別される。白色脂肪細胞は大きな一つの脂肪滴を薄い細胞質の層が囲んでいるのに対し(unilocular; 単房性)、褐色細胞細胞はいくつかの小さい脂肪滴とUCP-1を含むミトコンドリアの多い細胞質からなる(multilocualr; 多房性)。成人の脂肪組織はWATが大部分を占めるが、新生児は低体温防止のためにBATが主体である。近年、成人でも頚部と鎖骨の近くに機能的なBATがあるという報告がなされている。また、ヒトとマウスにおいて白色脂肪組織の中に褐色様の脂肪細胞が見られ、これはbrite(またはbeige、inducible brown、brown-like)脂肪細胞と呼ばれている。Brite脂肪細胞は非常に動的な細胞集団であり、寒冷刺激で増加する(
britening)一方、温暖環境で減少する(
whitening)ことが以前から知られている。このbriteningとwhiteningは、成熟した白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞の間で直接相互変換(interconversion)する過程(一種のtransdifferentiation)である可能性がある。一方で、このような成熟細胞の相互変換ではなく、WATの中にもともとbrite脂肪細胞に分化する前駆細胞があるとする報告もある。本研究では、
in vivoの系統追跡アプローチを用いて、briteおよび白色脂肪細胞の間の相互変換があることを示す。
鼠径脂肪組織の寒冷刺激によるbriteningは5週間の温暖環境で可逆的に変化しうる
C57BL/6マウスをまず寒冷環境(8℃)に1週間おき、その後温暖環境(23℃)に置いた場合の、脂肪細胞における遺伝子発現・蛋白発現と脂肪細胞形態の変化を時系列で検討した。まず、寒冷刺激によって鼠径部脂肪組織において、
Ucp1、
Cox7a1、
Cidea(褐色/brite脂肪細胞に特異的な遺伝子)の発現が増加した。その後マウスを温暖環境に戻すと、これらの遺伝子発現は正常化した。鼠径部脂肪組織に発現するUCP1蛋白量も同様の変動を示した。また、寒冷刺激により鼠径脂肪組織に多房性の褐色細胞細胞様の細胞が増加し、これらは温暖適応によって消失した。以上より、寒冷刺激により鼠径脂肪組織のbriteningが起こり、生じたbrite脂肪細胞は温暖環境で可逆的に消失することが示された。
Briteおよび褐色脂肪細胞を一過性、または永続的にラベルしたトランスジェニックマウスの作製
本研究ではbrite脂肪細胞を追跡するために、2系統のトランスジェニックマウスを作製した。1つ目は膜結合型eGFPをUcp1プロモーター下で発現させる
Ucp1-GFPマウスである。このマウスでは、
肩甲骨間BATの褐色脂肪細胞と、寒冷刺激後の鼠径脂肪組織におけるbrite脂肪細胞(Ucp1が発現している一時的な状態)をGFPで追跡できる。
2つ目の
Ucp-CreERマウスは、Ucp1プロモーター下に「CreとER(estrogen receptor)の融合遺伝子」が発現するため、ERに結合するtamoxifenによってUcp1発現細胞でCre recombinaseの発現が誘導される。このマウスを
ROSA-tdRFPマウス(ROSAは全身で均一に発現させるプロモーター、tdRFPはtandem-dimerの赤色蛍光蛋白)と交配すると、(Creが発現した細胞ではloxPに挟まれたSTOP配列が切り出されてRFPレポーターが常時発現するため)
褐色脂肪細胞とbrite脂肪細胞がRFPで永続的にラベルできる。
これら2つのマウスを交配し(これをUcp1-トレーサーと名付けた)、GFP(一時的なUcp1発現)とRFP(永続的なUcp1発現)を同時に可視化することで、brite脂肪細胞の継時的な出現を調べる方法をとった。Ucp1トレーサーマウスをtamoxifen含有食を与えながら寒冷刺激においたときの脂肪細胞を観察した。その結果、RFP陽性brite脂肪細胞の多くは多房性であった。ただし、一部の少量の細胞は褐色脂肪細胞と白色脂肪細胞の中間の形質を示した(相互変換における過程の一時的な形質と考えられる)。これらRFP陽性細胞の多くはGFP陽性であったが、新に形成されたGFP陽性細胞でまだRFP陽性になっていない細胞が認められた(一時的なUcp1発現を示す)。
Brite脂肪細胞は温暖適応の過程でアポトーシスによって除去されるのではない
鼠径脂肪組織に生じたbrite脂肪細胞が再び白色脂肪細胞に変化するように見える現象は、次のような3つの可能性で説明しうる。まず第一の可能性は「brite脂肪細胞が白色脂肪細胞に変換する(すなわちwhiteningが起きている)」、第二の可能性はbrite脂肪細胞がいったん間質血管分画(stromal vascular fraction; SVF)に脱分化(dedifferentiation)したあと白色脂肪細胞に分化する、第三の可能性はbrite脂肪細胞がアポトーシスによって除去されているだけで白色脂肪細胞に変化(whitening)しているわけではない、という可能性である。
まず第三の可能性について検討するため、寒冷刺激によって生じたbrite脂肪細胞が温暖条件下でも維持されているのかを調べた。そのため、Ucp1-CreER x ROSA-tdRFPマウスにtamoxifen含有食を与えて寒冷環境におき、その後tamoxifenなしの温暖環境に戻して飼育した。BAT中のラベルされた細胞の割合は時間とともに変化せず、成体マウスでは古典的褐色脂肪細胞のターンオーバーは非常に低かった。鼠径脂肪組織における、寒冷環境でラベルされた細胞の割合は温暖環境の最初の3週で軽度増加し、7週で元に戻った。ここで見られた一時的増加は寒冷刺激直後のbrite脂肪細胞の形成の結果であり、Ucp1発現が一旦ピークとなったためと考えられる。鼠径脂肪組織にラベルされた細胞(Ucp1発現細胞)が残っていたことから、brite脂肪細胞がアポトーシスによって除去されるという可能性は否定された。
Brite脂肪細胞はwhiteningの過程を経た後も、脂肪細胞の形質を維持している
次に第一、第二の可能性、brite脂肪細胞が白色脂肪細胞に変換されるのか、それとも一度脱分化するのかを調べるため、寒冷刺激6週後の単離脂肪細胞とSVFの遺伝子発現を解析した。その結果、褐色/brite遺伝子の発現は寒冷刺激を受けていないコントロールマウスのレベルまで低下していた。しかし、鼠径脂肪細胞におけるRFPの発現はコントロールと比較して4-5倍高かった(SVFではそのような上昇はなかった)。すなわち、ラベルされたbrite脂肪細胞はwhiteningの過程を経ても脂肪細胞の形質を維持していた。さらに、whiteningを受けたbrite脂肪細胞が単に刺激を受けていなかった褐色脂肪細胞でないことを確認するために、FACSを用いて脂肪組織からRFP陽性脂肪細胞を単離した。肩甲骨間脂肪組織および鼠径脂肪組織から単離したRFP陽性脂肪細胞(それぞれ、古典的褐色脂肪細胞とwhiteningの過程を経たbrite脂肪細胞)の比較により、温暖環境により誘導された古典的褐色脂肪マーカー発現の減少は、古典的褐色脂肪細胞よりも鼠径RFP陽性細胞の方が強いことが分かった。すなわち、brite脂肪細胞のwhiteningは、古典的褐色脂肪細胞が刺激されていないためではないことが示された。
Tbx1発現はin vivoで古典的褐色脂肪細胞からbrite脂肪細胞を分化させる
細胞系統のマイクロアレイスクリーニングにより、brite脂肪細胞のマーカーとして、Tbx1、 Tmem26、Tnfrsf9 (CD137をコードする遺伝子)が同定されている。Tbx1は、古典的褐色脂肪細胞に対してbrite脂肪細胞で多く発現している遺伝子であり、whiteningの過程で発現が減少している。しかし、寒冷刺激によるbrite脂肪細胞ではTmem26とTnfrsf9の転写産物は認められず、Tmem26とTnfrsf9は寒冷刺激とは関係なく鼠径SVFに多く発現していることが示された。
Brite脂肪細胞は白色脂肪細胞にwhiteningされると、白色脂肪細胞特異的な遺伝子発現を示すようになる
さらに、whiteningの過程において、褐色脂肪特異的な遺伝子の消失だけでなく、白色脂肪特異的な遺伝子発現を獲得するかどうかを調べた。今までに褐色脂肪細胞で発現していなくて白色脂肪細胞のみで発現している特異的遺伝子は知られていない。そこで、C57BL/6マウスの肩甲骨間褐色脂肪組織、鼠径および精巣上脂肪から得た脂肪細胞とSVFのマイクロアレイ解析を行い、褐色脂肪やSVFの細胞に対して白色脂肪細胞で多く発現する転写産物の同定を試みた。定量的PCRによって確認された、寒冷刺激で発現量が変化しない転写産物は7つあり、レプチンとレジスチンが含まれていた。これら7種類の転写産物は1つの例外を除いて、whiteningの過程を経たbrite脂肪細胞でmRNA発現が大きく増加しており、古典的褐色脂肪細胞での発現は低いままであった。多くの場合、これらの遺伝子発現は寒冷刺激8週後には白色脂肪細胞の発現レベルに達した。なお、寒冷刺激後のRFP陰性の鼠径脂肪細胞には、検出できるレベルのRFP発現が見られないbrite脂肪細胞の分画が含まれていることに注意すべきである。一般的な脂肪細胞マーカー(Fabp4、Pparg)の発現はすべてのサンプルで同一であった。以上の結果から、whiteningを経たbrite脂肪細胞は、古典的褐色脂肪細胞で見られるような刺激以前の状態に戻ったわけではなく、機能的に異なる細胞に変換したのであることが示された。
Brite脂肪細胞は白色脂肪細胞から形成しうる
Briteと白色脂肪細胞間の相互変換は「双方向性」(bi-directional)の適応メカニズムであると考えられるため、
whiteningした脂肪細胞がさらにbrite脂肪細胞に戻る可能性を検討した。Ucp1トレーサーマウスをさらに寒冷刺激し、新たなtamoxifen誘導なしで8℃のまま7週間飼育した。このマウスの鼠径脂肪組織を解析すると、RFP陽性のwhiteningを経たbrite脂肪細胞(最初の寒冷刺激でラベルされた細胞)は、2度目の寒冷刺激後に明らかに再びGFP陽性(すなわちUcp1陽性)になっていた。2度目の寒冷刺激がなければ、RFP陽性細胞はほとんど褐色脂肪細胞の形態を示さず、古典的白色脂肪細胞の形質(または一つの大きな脂肪滴を含む中間的な形質)を示していた。再刺激後、平均75%のRFP陽性細胞が褐色脂肪細胞形質を椎飯、少なくともそれらの一部は単房性のwhitening脂肪細胞由来であった。それにもかかわらず、whiteningされたbrite脂肪細胞は新たに形成されたbrite脂肪細胞の唯一の発生源ではなく、2度目の寒冷刺激を受けたGFP陽性brite脂肪細胞はRFP陰性であった。 GFPを再び発現し始めた、再刺激後のRFP陽性細胞のうち、白色脂肪細胞の形態を示すものは認められなかったため、形態的な変化はUCP1発現以前に起こると考えられた。以上の結果から、
生理的な温度適応のメカニズムとしてbrite脂肪細胞と白色脂肪細胞の相互変換が起こっていることが結論づけられた。
【結論】
本研究では、brite脂肪細胞がいったん脱分化(dedifferentiate)してその後白色脂肪細胞に分化するのではなく、WAT内でbrite脂肪細胞がアポトーシスによって除かれるのではなく、briteから白色脂肪細胞への変換が起きていることを示した。
(図) 寒冷環境によるbriteningと温暖環境によるwhitening、さらなる寒冷環境によるre-britening
初めの寒冷刺激で白色脂肪細胞からbrite脂肪細胞が生じる(britening)。これらの細胞は永続的なUcp1発現を表すRFPと一時的なUcp1発現を表すGFPを発現している。Brite脂肪細胞は温暖環境で白色脂肪細胞に戻り(whitening)、それらは永続的なRFPを発現しているが一時的なGFPの発現は消失している。2回目の寒冷刺激によって一度戻った白色脂肪細胞(whitened former brite)が再びbrite脂肪細胞に変換した(re-britening、図の黄色)。図では新たに生じたbrite脂肪細胞(緑)も示している。