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正常・耐糖能異常・糖尿病のヨーロッパ人女性における腸内メタゲノムの特徴

Gut metagenome in European women with normal, impaired and diabetic glucose control.

Karlsson FH, Tremaroli V, Nookaew I, Bergström G, Behre CJ, Fagerberg B, Nielsen J, Bäckhed F.

Nature. 2013 Jun 6;498(7452):99-103.

【まとめ】
2型糖尿病(T2D)は、遺伝子と環境の複雑な相互作用の結果起きる。最近では、腸内細菌叢が新たな環境因子として認識され、腸内細菌叢の変化が肥満、糖尿病、心血管疾患の発症に関連することが分かってきた。本研究では、145名のヨーロッパ人女性(正常、耐糖能異常、糖尿病)の便細菌叢のメタゲノムをショットガンシークエンス法を用いて解析し、それらの構成や機能の変化を検討した。その上で、これらのメタゲノム情報に基づいて、正確にT2Dを予測できるような数学的モデルを開発した。このモデルを用いて、正常者(NGT)とT2Dの中間に位置する耐糖能異常(IGT)を同定することができた。腸内細菌叢とT2Dの関係においては、血糖コントロールや治療(ここではメトフォルミン服用)は大きな交絡因子にはならなかった。さらに、このモデルを昨年報告された中国人コホートでのメタゲノム研究に応用し、ヨーロッパ人と中国人のT2Dを区別するようなメタゲノムマーカーを明らかにした。

【論文内容】
本研究では、ヨーロッパ人の70歳女性(NGT43人、IGT49人、T2D49人)の便細菌叢のDNAをIllumina HiSeq2000を用いて解析し、腸内細菌叢の構成をNCBIおよびHMPデータベースを参照して決定した。T2DとNGTの細菌叢構成を比較すると、T2D群ではLactobacillus種が増加しClostridium種が低下していた。Lactobacillus種の量は、空腹時血糖・HbA1c と正の相関を示し、Clostridium種の量は空腹時血糖、HbA1c 、インスリン、C-peptide、トリグリセリドと負の相関を、アディポネクチン、HDLと正の相関を示していた。これらのLactobacillus種とClostridium種はBMIや腹囲、ウェスト・ヒップ比(WHR)とは相関していない(上記の関連は肥満を介する影響ではない)。さらに、シークエンスデータのde novo アセンブル(読み取ったDNA配列断片=リードをもとに未知のゲノム配列を再構築する)を行い、13.6 Gbの塩基配列を得た。これから本研究のコホートにおける遺伝子カタログを得た。これらの遺伝子をクラスター化し、290万遺伝子の間で相関係数を計算した。これにより強い相関を持つことが明らかになった遺伝子のセットを、メタゲノムクラスター(MGCs)と定義した。大きい方の800のMGCsは少なくとも104の遺伝子を含み、全体では550,188遺伝子を含んでいた。このMGCsの系統的な起源を調べたところ、LCA (lowest common ancestor; 共通祖先でもっとも近くにあるもの)はほとんどがClostridiales (98%)で、残りわずかがBacteriodales (2%)であった。NGTとT2Dのサンプルで大きい方の800のMGCsの量を調べたところ、これらの2群の間で26のクラスターに量の違いが認められた。T2Dの女性で最も多かったMGCsは目(order)レベルではClostridialesで、2種のClostridium clostridioformeであった。ほかにT2D女性で多かったのは種(species)レベルではLactobacillus gasseriStreptococcus mutansであった。C. clostridioformeはトリグリセリドおよびCペプチドと正の相関があり、L. gasseriは空腹時血糖およびHbA1cと正の相関があった。T2Dで有意に低下しているMGCsは21あり、それらにはRoseutia、Bacteroides intestinalisなどが含まれていた。B. intestinalisはインスリンと腹囲に負の相関があった。

次に細菌組成によって糖尿病の状態が予測できるかを調べるため、NGTとT2Dの細菌種のプロファイルとMGCsをランダムフォレストモデルに学習させた。その結果、MGCsを用いると、細菌種を用いた時よりも正確に(ROC曲線下面積が大きい)T2Dを予測できるモデルが作成できた。L. gasseriは種とMGCsの両方で最も高スコアでT2Dを同定することができ、LactobacilliClostridiaは種レベルで、RoseburiaB. intestinalisなどはMGCsをもとにしたモデルで、T2D同定に重要は細菌であった。MGCモデルではRoseburiaFaecalibacterium prausnitziiはT2Dの決定細菌になっているが、これらはヒト腸内に常在する酪酸産生菌(butyrate-producing bacteria)であることが知られている。正常者の便をメタボリックシンドロームのヒトに移植すると、Roseburia増加と酪酸産生の増加に伴って、インスリン抵抗性改善と血糖改善がもたらされることが示されている。

上記のNGTとT2Dを区別するために学習させたランダムフォレストモデルを、このコホートの49名のIGT女性を層別するために用いた。その結果、10名がNGT、34名がT2Dに分類された (5名が分類できなかった)。T2Dに分類されたIGTは、NGTに分類されたIGTに比べてトリグリセリドとCペプチドが高値であった。

次に本研究で得られた遺伝子にKEGGデータベースでの注釈(annotation)をつけ、細菌の機能を検討することにした。その結果、NGTとT2Dでは機能的組成が異なり、それらのパスウェイも異なるものが多かった。T2DメタゲノムでNGTに比べて高スコアだった遺伝子のパスウェイは、グルコース代謝、フルクトース/マンノース代謝、アミノ酸・イオン・単糖に関わるABCトランスポーターであった。また、膜輸送や酸化ストレス耐性に関与する遺伝子は、本研究と既報の中国人T2Dメタゲノム研究の両方で共通して増加していた。

このような腸内細菌叢の組成や機能は、血糖コントロール(HbA1c)や内服薬(メトフォルミン)によって影響されるかを次に検討した。その結果、細菌叢からT2Dを同定するモデルにおいては、それらは大きな交絡因子にはならなかった。

本研究でも中国の研究でも腸内細菌叢とT2Dの関連が明らかに示されたため、本研究のバイオインフォマティクスプラットフォームを用いて中国人メタゲノムデータを解析することにした。その結果、いずれの研究でもT2DメタゲノムでClostridium clostridioforme MGCsが増加、Roseburia_272は減少していた。また、いずれの研究でもT2DコホートではLactobacuillus種が増加していた(Lactobacillusの増加は血糖と正の相関があることが知られている)。

さらに、本研究で同定されたMGCsを中国人のメタゲノムデータでの新しいランダムフォレストモデルの学習に用いた。その結果、中国人と本研究でT2Dを識別できる多くのMGCsは異なることが示された。特にAkkermansiaは本研究のT2Dの分類には使えないが、中国研究ではLactobacillusがT2Dの分類のためには使えないなどの「集団特異的な」細菌種の違いがあった。

【結論】
T2D、IGT、NGTの70歳ヨーロッパ白人の便メタゲノムを解析した。本研究ではメタゲノムクラスター(MGCs)の概念を作成し、MGCsを用いれば細菌種によるよりも正確に、腸内細菌組成からT2Dを同定できることを示した。IGTの女性はこの方法によりNGTとT2Dにほぼ振り分けられた。この腸細菌叢のMGCsは、T2Dのハイリスクのヒトを予測するツールと診断のバイオマーカーになる可能性がある。

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図:細菌叢(microbiota)と病気の発症・回復のモデル
腸内細菌叢の構成はどのように個体の健康に影響するのだろうか?上図のモデルでは、外的な要因(食事、ライフスタイル、感染、抗生剤など)が正常な細菌叢を変化させ、この変化(例えば酪酸産生菌の減少)が、組織の障害を起こし、生体の大きな変化を起こして慢性疾患の発症につながりうる。しかしその後は、細菌叢の回復とそれに伴う障害組織の修復が起きるため、健康で回復力のある(healthy resilient )細菌叢が元に戻ることになる。この過程を促進するために、特定の「治療細菌」の投与が有用かもしれない。将来的には2型糖尿病に対し、ある種の腸内細菌を経口投与することにより糖代謝の改善を図る、といった治療ができるようになるのかもしれない。
by md345797 | 2013-06-21 18:11 | その他