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β細胞は初期分泌顆粒の分解とそれに伴うオートファジー抑制により空腹時インスリン分泌を低下させる

Insulin secretory granules control autophagy in pancreatic β cells.

Goginashvili A, Zhang Z, Erbs E, Spiegelhalter C, Kessler P, Mihlan M, Pasquier A, Krupina K, Schieber N, Cinque L, Morvan J, Sumara I, Schwab Y, Settembre C, Ricci R.

Science. 2015 Feb 20;347(6224):878-82.

【まとめ】

① 生体における空腹時や、培養細胞をアミノ酸なしまたは低グルコースの培地に置いた状態は、栄養飢餓(nutrient depletion)の状態と呼ばれる。膵β細胞は栄養飢餓の状態では、インスリン分泌を低下させる。では、β細胞では栄養飢餓時にオートファジーが起きるのだろうか?

通常の細胞なら栄養飢餓時にはオートファジーが誘導されて、細胞質蛋白や細胞内小器官を消化して、それにより細胞生存のためのエネルギーが供給される。(このオートファジーを限定してマクロオートファジーともいう。ここでは単にオートファジーとする。)ところが、β細胞には生理的にオートファジーがほとんど観察されず、空腹時にもオートファジーファジーが誘導されないことが知られている。2008年に発表されたオートファジー関連蛋白Atg7のβ細胞特異的欠損マウスの報告(Ebato C, 2008Jung HS, 2008)では、β細胞でオートファジーを欠損させるとインスリン分泌障害が起こることが示された。そこから、「β細胞にはbasal autophagyともいうべき、低レベルの恒常的なオートファジーが起きており、そしてそれが欠損するとβ細胞のインスリン分泌低下が起きるのだろう」という説明がなされている。β細胞では栄養飢餓の状態であってもオートファジーは起きないが、通常観察されないようなbasalなオートファジーは維持されている、というのが現時点での考え方だろう。

② では、β細胞でオートファジーを亢進させるとインスリン分泌は増加するのか?
本論文では、低グルコース培地に置いたβ細胞に(mTOR阻害剤またはオートファジー誘導ペプチドtat-beclin1により)強制的にオートファジーを亢進させると、インスリン分泌が増加するという結果を示している。

これは非生理的な状況を作っているだけで、この結果だけからβ細胞にオートファジーが生理的なインスリン分泌を促進しているとは言えないだろうが、それでもオートファジーを強制的にでも亢進させればインスリン分泌は促進されるようである。なお、なぜオートファジー亢進がインスリン分泌を増加させるかのメカニズムは不明のままである(ATP感受性Kチャネルを介することは示されるがそれ以上は不明)。

③ 従来から下垂体プロラクチン産生細胞などの神経内分泌細胞で、分泌顆粒がリソソームに融合して分解される現象は観察されていて、crinophagyと呼ばれることもある (crinは、endocrineのように分泌を表す語)。これは、古い分泌顆粒が分解されるオートファジーのようだが、オートファジーとの関係はよく分かっていない。

それに対し、本研究で同定したのは、新しいインスリン初期分泌顆粒がリソソームによって分解されるSINGD (starvation-induced nascent granule degradation)というものである。これは通常のオートファジー(マクロオートファジー)ではない。オートファジーは細胞内蛋白を非選択的に分解するものだが、SINGDはβ細胞ではインスリン初期分泌顆粒のみを分解する。そして、SINGDが起きると、オートファジーは抑制されることを示した。

④本研究の内容は下図のように要約される。β細胞は、栄養飢餓時(図の左側)にはp38δMAPキナーゼが活性化され(そのメカニズムは不明)、p38δによってPKD1がリン酸化され不活性化される。(PKDは食後などの栄養があるとき(図の右側)には、活性が上昇しインスリン分泌を促進する(Sumara G, 2009))。栄養飢餓時には、PKDの不活性化を介して、インスリンの初期分泌顆粒がリソソームで分解される(SINGD: starvation-induced nascent granule degradation)。その時、分解産物としてアミノ酸が増加するのでリソソーム膜でmTOR活性が上昇し、それが通常のオートファジーを抑制。オートファジーは前述のようにインスリン分泌を促進する作用があるので(右下の上向き矢印がそれを表している)、栄養飢餓時はSINGDによるオートファジー抑制によってインスリン分泌は抑制される。この仕組みは、空腹時にβ細胞がインスリン分泌を抑制するのに役立っている。

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【オートファジーの経路とその調節機構】

 オートファジーは細胞質成分をリソソームに輸送し分解する現象であり、栄養飢餓時の細胞の生存に重要な役割を果たしている。オートファジーの段階を以下の図に示す。

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オートファジーは、細胞質中に隔離膜(isolation membrane, phagophore)が出現するところから始まる。この隔離膜が細胞質成分を取り囲んで延長し、成熟した二重膜のオートファゴソームを形成する。次にオートファゴソームはリソソームと融合し、オートファゴソームの内膜と隔離した細胞質成分がリソソーム由来の酸性加水分解酵素により分解されて、一重膜のオートリソソームとなる。こうして分解された細胞内蛋白由来のアミノ酸が細胞に供給され、栄養飢餓時の細胞生存のために用いられる。なお、増加したアミノ酸はmTORを活性化し、これがオートファジーを不活性化させる負のフィードバックのシグナルとなる。

また、オートファゴソーム形成と成熟の調節機構は、下図のようなものである。

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飢餓状態(starvation)では、mTOR活性が抑制され、それによりULK1が活性化される。これがオートファゴソーム形成(膜の核生成:nucleation)を促進するシグナルとなる。逆に、アミノ酸などの栄養素やインスリン刺激は、mTORを活性化して、オートファゴソーム形成を抑制する。
② また、bectin1を含むBeclin-1-interacting complexというオートファジーの調節プラットフォーム が刺激されると、この中にあるVPS34 (class III PI 3-kinase )の活性化によってPI3Pが生成され、オートファゴソーム形成が促進される。
③ 次のオートファゴソームの延長・成熟には2つのユビキチン様結合システム、すなわち「ATG5-ATG12結合システム」と「LC3-ATG8結合システム」が必要である。前者のシステムで産生されるATG16L1はオートファジーに必要である。
④ 後者のシステムにおいては、細胞質のLC3-Iがオートファゴソーム膜に結合するLC3(phosphatidylethanolamine結合型:LC3-II)へと変換される。成熟したオートファゴソームは、その膜上にあるLC3 puncta(免疫蛍光染色の斑点)として可視化できる。そのため、GFP-tagを付けたLC3の蛍光顕微鏡で観察される斑点(GFP-LC3 puncta)は、オートファジー活性を評価するときのマーカーとして一般に用いられている。


【論文内容】

(1) β細胞では、栄養飢餓時にオートファジーが抑制される
本研究では、膵β細胞におけるオートファジーを観察するモデルとして、ラットインスリノーマ由来のβ細胞株であるINS1細胞に一過性にLC3B-GFPを過剰発現されたものを用いた。この細胞を、通常の栄養培地GC (growth culture)または栄養飢餓培地で一定時間培養した。栄養飢餓培地は、アミノ酸 (amino acid, AA)やグルコース(glucose, Glc)と血清 (fatal calf serum, FCS)なしの培地で、論文ではno AA/FCS、no Glc/FSCなどと略している。

LC3B-GFP発現INS1細胞を、2時間または6時間の栄養飢餓培地 (no AA/FCSまたはno Glc/FCS)に置いたところ、LC3B-GFP puncta の減少が認められた(Fig S1A, B)。ただし、血清だけを除いた培地(no FCS)では、このようなLC3B-GFP puncta の減少は起こらなかった(Fig S1C)。したがって、β細胞株では、栄養飢餓の状態でオートファゴソーム形成が減少する、すなわちオートファジーが抑制されることを示された。

β細胞のような栄養感知性の分泌細胞ではない他の細胞の例として、HEK293細胞(ヒト胎児腎臓由来細胞)を取り上げ、同様の栄養飢餓培地に置いた。HEK293細胞では、栄養飢餓によってLC3B-GFP punctaは増加した(Fig S1D,E)。すなわち、通常の細胞は栄養飢餓状態でオートファジーが誘導されるのに、β細胞では逆であることが分かる。

次に、LC3B-GFPを内因性に発現させた「LC3B-GFP ノックインINS1細胞」を、CRISPR/Cas9 systemを用いて作製した(Fig S2A-C)。このLC3B-GFP ノックインINS1細胞を1時間、栄養飢餓培地(no AA/FCS)に置いた場合も、LC3B-GFP puncta(オートファゴソーム)の減少が認められた(Fig A1, Fig S2D-F)。

LC3Bの減少は、単にリソソームによるLC3Bの分解が亢進しているためなのか?その可能性を除外するために、リソソームの蛋白分解の阻害剤Bafilomycin A1 (BafA1)を添加して、同じ実験を行ったが、栄養飢餓状態によるLC3B-GFP punctaの減少に、BafA1添加の影響は見られなかった(Fig S2D-F)。

次に、LC3BにRFP(赤色蛍光蛋白)とGFP(緑色蛍光蛋白)を直列につないだtandem fluorescent-tagged LC3 (tfLC3)というコンストラクトをINS1細胞に発現させた(FigにあるptfLC3はレポータープラスミド名)。このとき、オートファゴソーム膜上のtfLC3はRFPとGFPの両方で標識されるため、オートファゴソームは赤色と緑色が重なって黄色蛍光で確認できる。これが次のオートリソソームにまで進行すると、GFPはリソソームの酸性で退色するのに対しRFPは退色しないため、オートリソソームは赤色に観察される。これにより、オートファゴソーム(黄色)と オートリソソーム(赤色)を区別し、オートファジーの進行を判定することができる。

tfLC3を発現させたINS1細胞を2時間の栄養飢餓培地(no AA/FCS)に置くと、多くのRFP-GFP斑点(オートファゴソーム)がRFPのみの斑点(オートリソソーム)へと変化した。さらに時間がたつにつれてオートファゴソームは消失し、オートリソソームも減少した(Fig S3)。さらに、CLEM (correlative light and electron microscopy)を用いて蛍光顕微鏡と電子顕微鏡の相関を取って比較することにより、オートファゴソームの始まりも電顕像で確認できた(Fig 1B)。

さらに、通常のINS1細胞を1.5時間の栄養飢餓培地(no AA/FSC)に置いた後、細胞のlysateで界面活性剤可溶性画分 (soluble fraction)を見ると、膜結合型LC3B (LC3B-II)は減少していた(Fig 1C)。これは、BafA1添加によっても影響はなかった(オートリソソームでの分解が亢進しているのではない)。これに対し、同様の栄養飢餓培地に置いても、HEK293細胞ではLC3B-IIが増加していた(Fig S4)。
(Fig 1Cの界面活性剤の不溶性画分(insoluble fraction)は、変性蛋白の凝集体(aggresome)にあるLC3-IIを表すが、これについては特に述べていない。)

p62は、ユビキチン化された蛋白凝集体に結合し、その凝集体をオートファゴソームへ導くアダプター分子である。INS1細胞を栄養飢餓培地に置くと、可溶性画分のp62の量は軽度増加した。これはBafA1添加によって変化しなかった(Fig 1C)。また、栄養飢餓によりp62の免疫染色の斑点が集結するのが見られた。しかし、LC3B-GFP(オートファゴソーム)とp62の共局在は減少した(Fig S5A)。INS1細胞では、栄養飢餓によってオートファジーが低下するので、オートファジー依存性のp62の消失も抑制されたことが分かる。

ATG16L1は、オートファゴソームに結合し、オートファゴソームの延長と成熟に不可欠な因子である。栄養飢餓時のINS1細胞の免疫染色で、ATG16L1およびATG16L1/LC3B-GFPの斑点は軽度減少した(Fig S5B)。

また、マウス単離培養膵島を2時間の栄養飢餓培地 (no AA/FCS)に置いた場合、β細胞のオートファジーの細胞内コンパートメントは減少した。これは定量的電子顕微鏡(quantitative electron microscopy; QEM)によって定量的に確認した(Fig S6)。

さらに、LC3B-GFPを発現させたトランスジェニックマウスでは、空腹時はβ細胞のオートファゴソームは減少していた(Fig 1D, Fig S7)。なお、栄養素が分泌に関係しない他の分泌細胞、例えばマウスの形質細胞を栄養飢餓培地 (no AA/FCS)に置いても、IgGの分泌は低下するが、オートファジーの細胞内コンパートメント(autophagic compartment; AC)は増加した(Fig S8)。

以上のように、通常の細胞では栄養飢餓によってオートファジーが起きるが、β細胞は逆に飢餓状態でオートファジーが抑制される。したがって、β細胞は、他の多くの細胞とは違うメカニズムを用いて栄養飢餓を乗り越えていると考えられる。

(2)β細胞では栄養飢餓時に、オートファジーではなく初期分泌顆粒の分解が亢進する

下垂体前葉のプロラクチン産生細胞では、分泌顆粒が多く産生され過ぎると、分泌顆粒はリソソームに移行して分解されており、このような分泌顆粒のリソソームによる分解がプロラクチン分泌の調節につながることが報告されている。そこで、β細胞でも、生成初期のインスリン分泌顆粒がリソソームによって分解されることでインスリン分泌が調節されている可能性がないかを考え、以下の検討を行った。

実験では、INS1細胞を栄養飢餓状態に置いた場合、インスリンの初期分泌顆粒がリソソームによって分解される現象があるかをまず確認することにした。これは、リソソームが、分解する分泌顆粒を含んだ顆粒含有リソソーム(granule-containing lysosomes; GCLs)になっていることを確認する。このGCLsの確認のために、「リソソーム膜蛋白Lamp1と分泌顆粒蛋白Phogrinがゴルジ体(pGolgi-CFPで可視化)の近くに共局在する斑点(puncta)」を蛍光顕微鏡で観察・定量化した。

INS1細胞を30分間栄養飢餓培地(no AA/FCS)に置いたところ、Lamp1とPhogrinがゴルジ体の近くに共局在するのが確認された(Fig S9)。リソソーム阻害剤を添加すると、この共局在は増加した(リソソーム阻害剤により、顆粒分解が抑制されたためリソソーム内の顆粒蛋白が増加したということか?)。

この栄養飢餓状態に置いたINS1細胞で顆粒含有リソソームが増加する現象は、QEM、CLEM、免疫金標識によっても確認できた (Fig S10)。

NS1細胞を30分の栄養飢餓培地(no AA/FCS)に置いてそのlysateを濃度勾配で分画したところ、Phogrin (=分泌顆粒蛋白)とLamp (=リソソーム膜蛋白)は、顆粒含有リソソームを含むと考えられる重い分画の方に移行した。この移行した分画にはLC3B (=オートファゴソーム膜蛋白)はほとんど検出されなかったので、初期分泌顆粒がリソソームにて分解される現象はオートファジーとは独立であることが示唆された。

また、栄養飢餓培地に置いたINS1細胞では、LC3B-GFP/Phogrinの共局在は増加しないことが免疫染色で確認された(Fig S11) 。すなわち、栄養飢餓によって分泌顆粒のオートファジーが増加するわけではない

さらには、siBeclin1やsiATG5による遺伝子サイレンシングや、オートファジー阻害剤3-methyladenineを用いてオートファジーを不活性化させた状態で、INS1細胞を栄養飢餓培地に置いた場合は、顆粒含有リソソームの量は変化しなかった (Fig S12)。これらの結果は、オートファジーが分泌顆粒のリソソームによる分解に関連しないことを示している。

インスリンの初期分泌顆粒のマーカーはプロインスリンだが、INS1細胞を6時間栄養飢餓培地(no AA/FCS)に置くと、細胞全体のlysateにおいてプロインスリンのimmunoblotのシグナルが著明に減少した(Fig 2A)。このプロインスリンの減少はリソソーム阻害剤によって部分的に回復した。

マウス膵島の初期培養で、β細胞をex vivoで2時間栄養飢餓(no AA/FCS)にすると、ゴルジ領域に分泌顆粒含有リソソームが電顕像(QEM)で多く確認された (Fig 2C) (分泌顆粒はゴルジ体で産生される)。

GFP-LC3B発現マウスを空腹にすると、Lamp2(=リソソーム膜蛋白)とプロインスリン(=分泌顆粒蛋白、インスリンも含むので論文では(Pro)insulinと記載)の共局在は増加したが、GFP-LC3B(オートファゴソーム膜)と(Pro)insulinの共局在は増加しなかった(Fig 2D)。

以上の結果より、β細胞は栄養飢餓時には、インスリン初期分泌顆粒(マーカー:(Pro)insulin)は、オートファゴソーム(マーカー:LC3B)内でオートファジーを受けるのではなく、直接、リソソーム(マーカー:Lamp2)で分解されるのである。新しく同定したこの現象を、「栄養飢餓によって誘導される初期(分泌)顆粒の分解」(starvation-induced nascent granule degradation, SINGD)と呼ぶことにする。

(3) β細胞では栄養飢餓時であっても、mTOR活性を阻害すれば、UKL1脱リン酸化(活性化)を介して、オートファジーは促進される

リソソーム由来のアミノ酸によって、mTOR complex 1 (mTORC1)がリソソーム膜に移行して活性化され、これによりオートファジーの抑制が起きる。Rapamycinまたはtorin 1でmTOR活性を阻害すると、2時間栄養飢餓培地に置いたINS1細胞のLC3B-GFP punctaの数(オートファゴソーム形成)は増加した (Fig 3A)。すなわち、INS1細胞は栄養飢餓状態ではオートファゴソーム形成が低下するはずなのに、mTORを抑制しておけば栄養飢餓状態であってもオートファジーが起きることが分かる。

さらに、INS1細胞を1時間の栄養飢餓培地(no AA/FCSまたはno Glu/FCS)に置くと、ゴルジ体(マーカー:giantin)の近くのPhogrin/Lamp1の斑点(顆粒含有リソソーム)にmTORが局在した (Fig 3B)。

さらに、栄養飢餓状態に置いてもリン酸化ULK1 (S757-ULK1)は多いままだったが、rapamycinでmTORを阻害するとリン酸化は消失した (Fig 3C)。栄養飢餓でもmTORを阻害すればULK1脱リン酸化(活性化)は起きる。(なお、mTORを介するS6K1のリン酸化 (T389-S6K1)は栄養飢餓によって減少していた。これにより、S6K1リン酸化にはULK1リン酸化よりもmTORの高い活性が求められるためと思われる。)

そして、INS1細胞を栄養飢餓培地に置くと、顆粒含有リソソーム(Lamp1/Phogrinの斑点)と共局在するリン酸化ULK1(S757-ULK1)の斑点の形成が増加した (Fig S14)。

以上の結果から、栄養飢餓状態であっても、mTOR活性を阻害すれば、ULK1脱リン酸化(活性化)を介して、オートファジーが活性化されることが示された。実際はβ細胞は、栄養飢餓状態で、リソソームによる初期分泌顆粒分解(SINGD)によってアミノ酸が供給されてmTORが活性化され、ULK1リン酸化(不活性化)を介してオートファジーは抑制されているのだろう。

(4) β細胞が空腹時にインスリン分泌を低下させるのためには、SINGDを介するオートファジーの抑制が必要


上記のように栄養飢餓時であってもmTORを阻害すればオートファジーが誘導されるのなら、それによって(栄養飢餓時でも)インスリン分泌は増加するのか?

低グルコース培地に置いたINS1細胞に(グルコース濃度はインスリン分泌を刺激しない2.8 mMとした)、rapamycinを添加しmTORを阻害し、栄養飢餓にもかかわらずオートファジーが促進されるようにすると、インスリン分泌は40%程度増加した(Fig S15)。すなわち、低グルコース状態でも、オートファジーを強制的に亢進させるとインスリン分泌は増加する。

さらに別のオートファジー誘導方法として、tat-beclin1を用いた。tat-beclin1は、一部のアミノ酸を置換したbeclin1に、HIV tatタンパクのtransduction domainを結合させて細胞膜を透過性を持たせたオートファジー誘導ペプチドである。

マウスの初代培養膵島を低グルコース培地(2.8 mM glucose)におき、そこにtat-beclin1を添加してオートファジーを特異的に惹起させた。この場合も、低グルコースにもかかわらず、Tat-beclin1によるオートファジー惹起が原因で、インスリン分泌は高グルコース刺激時(16.7 mM glucose)に見られるのに近づく程度まで増加した(Fig S16C、一応有意差がないという程度だが・・・)。この時細胞の生存には変化はなかった。すなわちインスリン分泌が増加したのは、細胞死によってインスリンが培地中に放出された現象などを見ているのではない(Fig S16B)。

なお、ヒト膵島をex vivoで低グルコース濃度(2.8 mM)の培地に置き、そこにtat-beclin1を添加した場合、同じ膵島をグルコース16.7 mMの濃度で刺激した場合に近い程度までインスリン分泌が亢進した(Fig 3D)。

ではこのような「β細胞におけるオートファジー亢進によるインスリン分泌促進」は、ATP感受性Kチャネルの閉鎖を介するものだろうか?

β細胞において細胞内ATPの増加 (これは通常はGLUT2を介するグルコース取り込みによってミトコンドリアでATP産生が増加することによる)によって起こるATP感受性Kチャネルの閉鎖は、膜の脱分極、Ca2+流入を介して分泌顆粒のエクソサイトーシス、インスリン分泌の増加をもたらす。ATP感受性Kチャネル開口剤であるdiazoxideを添加すると、Kチャネル閉鎖すなわち膜の脱分極が起きなくなり、上記の効果は消失する。

上記のマウス膵島を低グルコース濃度(2.8 mM)培地でtat-beclin1によってインスリン分泌が増加した効果は、diazoxide添加で消失した。

さらに、マウス膵島をインスリン分泌を刺激する程度の高濃度グルコース(16.7 mM)培地に置いた時も、tat-beclin1添加によってインスリン刺激がさらに増加した (Fig S16E)。このtat-beclin1によるインスリン分泌増強効果もdiazoxide添加で阻害された(Fig S16F)。

すなわち、オートファジー誘導によるインスリン分泌促進は、低グルコース濃度でも、高グルコース濃度でも起こり、それはどちらもATP感受性Kチャネル閉鎖を介していることが示唆される。

以上の結果から考えると、空腹時にβ細胞で見られるSINGDは、空腹時のβ細胞のオートファジーを抑制する。これにより「オートファジーがもし起きれば亢進させてまうはず」のインスリン分泌を、空腹時に抑制しているのだろう。

(5) 栄養飢餓時は、PKD活性低下を介してSINGDが惹起される

最後に、β細胞で栄養飢餓時にSINGDが惹起される分子機構を検討する。以前、この研究グループは、β細胞のprotein kinase D (PKD)が活性化されることがインスリン分泌やβ細胞生存を促進するという結果を報告している。β細胞においてPKDの活性化は、ゴルジ体でのインスリン分泌顆粒の生合成を促進することが分かっている。ではPKDの不活性化は、インスリン初期分泌のターンオーバーに影響するのだろうか?

まず、INS1細胞にPKD阻害剤(CID755673)を添加すると、細胞lysate中のプロインスリンのimmunoblotの濃度が時間依存的に減少した(Fig 4A)。PKD1の発現をノックダウンINS1細胞(shPKD-INS1)ではプロインスリン生合成自体は変化していなかった(Fig S18AB)。しかし、新しく生成されたインスリンの蓄積は減少していたので(35S-methionineのpulse-chase法で確認、Fig S18C)、de novo合成されたインスリンの分解が亢進していたと考えられる。

PKDノックダウンINS1細胞のQEMおよび免疫金標識による観察で、ゴルジ領域に顆粒含有リソソームが増加していることが分かり、それはさらに細胞分画によっても確認された(Fig 4B、Fig S19)。PKD阻害剤を添加すると、PhogrinとLamp1の共局在(顆粒含有リソソーム)が減少したが、その効果はリソソーム阻害剤の場合よりも強力だった(Fig S19)。そして、PKD阻害剤添加によって、Phogrin/LC3B-GFPの共局在(分泌顆粒のオートファジー)は変化しなかった(Fig S20)。PKD1ノックアウトINS1細胞では、mTORは大部分はLamp1(リソソーム膜蛋白)と共局在し(Fig 4C)、細胞lysateでのリン酸化ULK1量は増加していた(Fig 4D)。またPKDノックアウトINS1細胞に、BafA1(リソソーム蛋白分解阻害剤)を添加すると、LC3B-II量が減少した(Fig S21A)。なお、PKD阻害剤によってLC3B-GFP puncta(オートリソソームの形成) が減少したが、BafA1添加を添加してもこのLC3B-GFP puncta 減少が認められた(Fig S21B)。

上記より、PKDがインスリンの初期分泌顆粒のリソソームでの分解を調節していることが分かる。では、栄養飢餓によって、PKD活性が低下し、SINGDに至るのかどうか?これを以下の実験で検討した。

INS1細胞およびMIN6B細胞(マウスインスリノーマ由来β細胞株)を栄養飢餓培地(no AA/FCSまたはno Glc/FCS)に置いた場合、時間依存的にゴルジ体におけるPKD活性は減少していた(G-PKDrep-liveをtransfectした各細胞でのFRETアッセイにて確認、Fig S22)。PKDは、p38δMAPキナーゼによってリン酸化されることによって不活性化される。そして、p38δ欠損マウスでは、β細胞におけるPKD活性が増加していることはこのグループが以前報告している。

そこで、p38δ欠損マウスの膵島をex vivoで栄養飢餓培地に置いたところ、β細胞における顆粒含有リソソームは、電顕像で著明に減少していた(Fig 4E)。同様に、栄養飢餓培地に置いたp38δ欠損β細胞ではLamp2と(pro)insulinの共局在(インスリン初期分泌のリソソームによる分解を示す)は減少していた(Fig S23CD)。したがって、p38δによってPKDがリン酸化され不活性化されるとSINGDが抑制されると考えられる。それに対し、栄養飢餓培地におけるp38δ欠損β細胞でオートファジーの細胞内コンパートメントは増加していたため、SINGD依存性のオートファジー抑制は低下していたと考えられる(Fig 4E)。以上より、β細胞においてPKDはSINGDとオートファジーの主要な調節因子であることが示された。

【結論】
β細胞では、栄養飢餓の状態ではp38δ活性化を介してPKD不活性化が起こり、それによりSINGD、局所でのmTOR活性化、オートファジーの抑制が起きる。オートファジーはもし強制的に起こせばインスリン分泌を促進するが、それは上記の仕組みで栄養飢餓時には抑制されている。これが空腹時におけるインスリン分泌抑制につながっている。

そしてこのSINGDが、栄養飢餓時にオートファジーのないβ細胞が栄養飢餓を乗り切るための栄養供給の方法だろう。また、SINGDによって分解されるインスリン初期分泌顆粒がなくなってくると、それまでSINGDによって起きていたオートファジーの抑制は解除されるので(derepress)、インスリン分泌が増加せずにオートファジーが起きることも可能なのだろう。この「インスリン初期分泌顆粒がいつなくなってくるか」というタイミングが実験モデルやプロトコールによって大きく変わるので、結論も変わり、そのために従来の報告ではβ細胞のオートファジーとインスリン分泌の関係について一貫した説明がなされなかったのだと思われる。

なお、本研究はβ細胞にオートファジーを誘導することがインスリン分泌の増加につながるという結果を示したが、これが治療に役立つかは今後まだ検討が必要である。例えば、空腹時にインスリン分泌を促進してしまって低血糖を起こすようでは問題がある。また、オートファジーは一般に細胞における恒常的な機能、いわゆるhousekeeping機能を果たしていると考えられている。しかし、本研究の結果からは、オートファジーには例えば「インスリン分泌を調節する」というような特異的な役割もあるのかもしれない。ただし、これについてもさらに詳細な検討を待ってからの結論になるだろう。

by md345797 | 2015-03-15 14:27 | インスリン分泌