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カテゴリ:症例検討/臨床総説( 20 )

低血糖に対する血糖上昇機構が障害されるメカニズム

Mechanisms of hypoglycemia-associated autonomic failure in diabetes.

Cryer PE.

N Engl J Med. 2013 Jul 25;369(4):362-72.

【総説内容】
低血糖に対する生体防御機構には、膵島内での①インスリン分泌の低下、②グルカゴン分泌の増加、さらには交感神経‐副腎系による③副腎髄質ホルモンであるエピネフリンの分泌増加、④交感神経反応による自律神経症状が起こり、炭水化物摂取行動を取るなどがある。このような低血糖に対する血糖上昇機構(glucose counterregulation)の反応によって、低血糖になっても脳へのグルコース供給は維持されることになる。

低血糖を頻回に起こしていると、それによって自律神経における低血糖に対する防御機構が減弱してくるという現象が起きる。これは「低血糖による自律神経不全(hypoglycemia-associated autonomic failure、HAAF)」と呼ばれる。これにより頻回の低血糖後は低血糖に対する防御機能が低下(compromised defenses)し、徐々に低血糖を自覚しなくなる(hypoglycemia unawareness)。これらによりさらなる低血糖が生じうるという、低血糖の悪循環が起きることになる。以下では、低血糖に対するcounterregulation の減弱を膵島の反応の消失と、交感神経‐副腎系の反応の減少に分けて述べる。

1. 低血糖に対する膵島の反応(インスリン・グルカゴン反応)の消失
低血糖時は膵島α細胞からグルカゴン分泌が増加するはずだが、糖尿病ではこのグルカゴン分泌反応が障害されている。これは糖尿病におけるインスリン分泌障害と関連がある。なお、これらの低血糖に対する膵島の反応の消失は、低血糖に対する自律神経‐副腎系の障害(2.で後述)とは別のレベルのものである。

正常者では、血糖が上昇するとβ細胞からのインスリン分泌が増加する。このインスリン分泌増加は、α細胞へのシグナルとなってグルカゴン分泌を抑制し、いずれも血糖低下に働く。正常者の血糖低下時にはその逆のことが起こり、β細胞からのインスリン分泌が抑制され、このインスリン分泌低下がα細胞へのシグナルとなってグルカゴン分泌が増加し、いずれも血糖上昇を起こす。ところが、1型糖尿病や進行した2型糖尿病ではインスリン分泌反応が消失しているため、血糖上昇時にインスリン分泌が増加しない。そのため上記のα細胞でグルカゴン分泌抑制が起こらない。糖尿病では、低血糖時のインスリン分泌抑制反応も消失しており、そのためにα細胞からのグルカゴン分泌が増加しなくなっている。
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図:Cryer PE, 2012による糖尿病における「低血糖時のグルカゴン分泌反応の異常」のメカニズム

・低血糖に対するグルカゴン分泌反応は、膵島の神経支配に依存しているわけではない。例えば膵移植を受けた場合や脊髄離断術を受けた場合、または動物やヒトの膵島を取り出して潅流した場合、膵島の神経支配はなくても低血糖に対してグルカゴン分泌は起こることが知られている。このように、低血糖に対するグルカゴン分泌反応の低下は、脳から膵島への神経シグナルの低下ではなく、膵島内に原因があることが分かる。

・1型糖尿病患者では、アミノ酸投与に対するグルカゴン分泌は保たれていることから、低血糖に対するグルカゴン分泌反応の消失は、α細胞のグルカゴン分泌を起こすインスリンによるシグナルの異常によるものと考えられる。なお、これらの低血糖時のグルカゴン分泌反応低下の原因に、他の膵島内の他の原因(δ細胞のソマトスタチン分泌過剰など)が影響している可能性はある。

2. 低血糖に伴う交感神経-副腎系反応の減弱(HAAF)
一度低血糖を起こすと、低血糖に対する交感神経-副腎系の反応は減弱する。これは、1.で述べた膵島レベルのインスリン・グルカゴン反応の低下とは異なり、中枢神経系またはその遠心路・求心路の接続における反応の減弱である。低血糖に対する交感神経‐副腎系反応の減弱の中枢神経系を介するメカニズムについては、下記のようないくつかの仮説がある。

① 全身性の調節因子(systemic-mediator)仮説
一度低血糖を起こすと、その際に増加した血中コルチゾール(または他の全身性の因子)が脳に作用して、次の低血糖に対する交感神経‐副腎系の反応を減弱させる、とする仮説である。しかしこの仮説は、他の原因でコルチゾールが増加した場合や、メチラポン(11-β-ヒドロキシラーゼ阻害薬)を用いてコルチゾール合成を抑制しても低血糖に対する反応が変化しないことから、あまり支持されない。

② 脳へのグルコース輸送(fuel-transport)仮説
低血糖が起きると血液から脳へのグルコース輸送が増加するが、そのことによって次に来た低血糖に対する交感神経‐副腎系反応が減弱する、と考える仮説である。3日以上の長期にわたる低血糖が起きると脳血管におけるGLUT1発現量が増加し、脳への糖取り込みが増加することが知られている。しかし、2時間という短期間の低血糖でも低血糖に対する交感神経‐副腎系反応は減弱することが分かっているので、脳の糖取り込み増加による反応低下仮説は当てはまらないようだ。さらに、1型糖尿病患者の脳への[11C]3-O-methylglucoseや[18F]deoxyglucoseの輸送をPETで見た検討では、低血糖後の脳の糖取り込みは増加しらおらず、糖取り込み増加自体が否定的とも考えられている。

③ 脳代謝(brain-metabolism)仮説
低血糖が頻繁に起きると、視床下部のグルコース応答性ニューロンやグルコース抑制性ニューロンのグルコース感受性が減弱し、それが交感神経‐副腎系反応の減弱を起こすのではないかとも考えられている。この減弱した反応を正常に戻すことができれば、「低血糖を起こしにくくする治療」が可能になるだろう。血糖を上昇させる物質として、グルカゴン、グルカゴン刺激アミノ酸、β2-アドレナリン受容体刺激薬(テルブタリン=気管支拡張薬ブリカニール®として用いられている)、アデノシン受容体アンタゴニスト(カフェインなど)などがあるが、これらは「低血糖に対するcounterregulatory反応」を増加させるわけではない。一方でcounterregulatory反応の欠損を回復させる薬剤は、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)、アドレナリン受容体遮断薬、オピエイト受容体遮断薬、フルクトース、選択的K ATPチャネルアゴニストなどが候補として挙げられている。臨床試験の結果などによると、SSRI服用者は医原性の低血糖を起こしにくい。αアドレナリン受容体およびβアドレナリン受容体遮断薬は、低血糖後の交感神経‐副腎系反応の低下を防止する。β1アドレナリン受容体遮断薬の投与では、低血糖症状の出現や血糖上昇のためのカテコラミンのβ2受容体刺激反応は正常に起こる。オピオイド受容体遮断薬ナロキソンは低血糖に対するエピネフリン増加反応を増強し、低血糖を起こしにくくする。フルクトース注入も低血糖に対するエピネフリンおよびグルカゴン分泌反応を増加させる。選択的Kir 6.2/SUR K ATPチャネル刺激薬も同様の作用がある。ただし非選択的なK ATPチャネル刺激薬であるdiazoxideはグルカゴン増加反応を低下させてしまい、低血糖に対する有効性は認められていない。

④ 脳のネットワーク(cerebral-network)仮説
低血糖時の脳の機能的イメージング、特に[15O]water PETによる脳の血流測定によって、脳の各部位をつなぐネットワークが低血糖によってどのように影響をうけるのかが明らかになりつつある。これによると、低血糖後に背側視床のシナプス活動が選択的に活発になることが分かり、この部位の活性化が低血糖に対する交感神経‐副腎系反応の減弱に関与しており、これがHAAFの原因になっている可能性が示唆されている。内側前頭前皮質もそのような役割を果たしているのではないかと考えられている。ほかにも、低血糖に気づかない(hypoglycemia unawarenessを示す)1型糖尿病患者で、低血糖時の視床下部領域における[18F]deoxyglucose取り込みが減少していたという報告もある。
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図:HAAFを示すヒトでday 1とday 2の間に食間低血糖が起きたが、その時、低血糖に反応して視床(dorsal midline thalamus)の反応が増加していたことを示すPET画像。

【結論】
糖尿病患者においては、最近頻繁に起きた低血糖によって、次に起きる低血糖に対する血糖上昇機構(counterregulation)が障害される。この原因として、①糖尿病患者のβ細胞機能不全によるインスリン分泌抑制の障害とインスリンによるグルカゴン分泌増加の障害、②低血糖に対するcounterregulationとしての交感神経-副腎系反応の障害 (HAAF)、の2つが考えられている。後者のメカニズムは現時点では不明であるが、低血糖に対する脳の代謝異常から脳内神経ネットワークの異常までさまざまな仮説がある。これらの仮説に基づき、低血糖によって減弱した低血糖反応を回復させる薬剤の候補も挙げられている。
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by md345797 | 2013-08-20 03:14 | 症例検討/臨床総説

腎機能低下症例に対するメトフォルミン投与による乳酸アシドーシス

Case records of the Massachusetts General Hospital.
Case 23-2013. A 54-year-old woman with abdominal pain, vomiting, and confusion.


Kalantar-Zadeh K, Uppot RN, Lewandrowski KB.

N Engl J Med. 2013 Jul 25;369(4):374-82.

【症例】54歳女性。腹痛、嘔吐、錯乱状態のため入院。

【現病歴】入院3日前までは異常なし。3日前に悪寒あり、アスピリンを服用したが改善せず。徐々に摂食が減少し、入院22時間前から腹痛と嘔吐が出現したため痛み止めとしてアスピリンをさらに服用した。入院2時間前には腹痛が著明、嘔吐が増加し、精神錯乱状態となった。救急車で病院に搬送されたが、入院時はうめくのみで会話不可能。BP 120/70、PR 52、呼吸数26/分と増加(正常は16-20)、簡易血糖測定で血糖116 mg/dlだった。夫の話では2型糖尿病、高血圧、腎結石、慢性腎臓病(CKD)があり、エナラプリル(レニベース®など)、メトフォルミン(メトグルコ®など)、グリメピリド(アマリール®など)、ニメスリド(NSAID)イミプラミン(抗うつ剤)、アスピリン、イブプロフェンを服用していた。

【入院時所見と経過】意識状態は、指示すると開眼する、名前が言える(oriented to person)のみで場所や日時は言えない。BP120/70、PR52、呼吸数 18、BT 36.7℃、SaO2 95% (room air)、口腔粘膜は乾燥、腹部異常なし、皮膚は冷たい。心電図では心房細動(HR 115)。検査所見では、WBC 34800 (Neu 79%)、Hb 13.4, Plt 48.3万以上(血小板凝集あり)、Na 146、K 6.3 (溶血なし)、 HCO3 <2.0 (23-25)、BUN 94、Cre 7.88、Glu 168、HbA1c 5.7、P 19.3 (2.6-4.5)、lipase 595 (13-60)、amylase 386 (3-100)、乳酸 20.3 (0.5-2.2)、CK 656 (40-150)、血液ガス所見ではpH 6.62pCO2 18 。血漿浸透圧 354 mOsm/H2O (280-296)。入院3時間後には、直腸温 31.7℃、BP 84/43に低下。ノルエピネフリンと重炭酸を投与し輸液も加温して投与した。腹部CTでは膵の浮腫と膵周囲の液貯留(急性膵炎に合致する)、左腎の萎縮。入院8時間後からcontinuous veno-venous hemofiltration (持続的静・静脈血液濾過CVVH)を開始した。入院後17時間は乏尿(125ml)だった。

【鑑別診断】

① 酸塩基平衡の異常
この患者ではpHが6.62と極めて低く、HCO3も<2と非常に低い。pCO2も18と低下していた。これらは静脈血であっても異常低値であるが、Hendersonの式(注1)を用いて[H+]を計算すると216 nmol/Lであり、これはpH 6.6-6.7に相当するため、検査のミスではないことが分かる。アニオンギャップを計算すると61となり、アニオンギャップが非常に増加した代謝性アシドーシスである(anion-gap metabolic acidosis)。これほどまでに重症のアシドーシスには、乳酸アシドーシス、アスピリン過量、メタノールまたはエチレングリコール中毒、糖尿病ケトアシドーシス、尿毒症などがあるが、血清乳酸が非常に高値であるため、ここでは乳酸アシドーシスが最も考えられる。

注1:Hendersonの式
重炭酸イオン緩衝系の式を簡略化した[H+]の計算式で、[H+]=24x(pCO2/HCO3-)で計算する。なお、ここからpH=9-log[H+]でpHが計算できる。

ここで浸透圧ギャップを計算すると、18 mOsm/kg H2O (正常値は5-15)とやや増加しているのみ。メタノール中毒やエチレングリコール中毒では浸透圧ギャップ(注2)が大きく増加するはずなので、これらの病態は考えにくい。

注2:浸透圧ギャップ
アルコール類 (エタノール、メタノール、エチレングリコール)はtonicityは形成しない(細胞内に移行するため、等張となる)が、浸透圧osmolalityは形成する。そのため「測定した血漿浸透圧」は「計算された血症浸透圧」(=2x[Na+]+[Glu]/18+[BUN]/2.8から計算)より、アルコールの浸透圧分だけ高くなる。そのため、アルコール中毒の診断に有用。

さらに、アニオンギャップは正常より50くらい多く、HCO3が20くらい低下しているので、その比から考えると、頻回の嘔吐による塩酸の喪失にとの会う代謝性アシドーシスがあると考えられる。にもかかわらず高リン血症があるため、これが異常なアニオンギャップ高値をもたらしていると考えられる。

② 呼吸性酸塩基平衡の異常
HCO3が10 mmol/L低下すると、pCO2は代償性に12 mmHg低下するとされている。この患者では、HCO3が22低下(正常値の24-2=22)していると考えると、その代償はpCO2 26低下(24 x 12/10=26)である。実際この患者は過呼吸によって、pCO2を22低下させている(正常値の40-18=22)ことになる。この患者の代償性過呼吸(compensatory hyperventilation)はKussmaul呼吸と呼ばれるものだが、これはしばしば呼吸窮迫(respiratory distress)と思われてしまう。この患者では、呼吸困難に対し相関し人工呼吸を行ったため、それがより精神状態の悪化につながった可能性がある。

③ 重症のacidemia
この患者の症状の多くは、重症acidemiaの症状である(精神症状、血管拡張による皮膚の温暖とそれにもかかわず起きる低体温=paradoxical hypothermia、心不全、カテコラミン分泌増加による心房細動、GFRの低下など)。さらにこの患者で重要なacidemiaの症状は、悪心・嘔吐と腹痛であった。左方移動を伴う著明な白血球増加も重症acidemiaで説明できる。


④ アニオンギャップが増加した代謝性アシドーシス(anion-gap metabolic acidosis)
この患者の代謝性アシドーシスは乳酸アシドーシスによるものと考えられるが、その原因は2種類に分けられる。すなわち、敗血症性ショック、心原性のショック、心肺停止などに伴う組織潅流障害によって起きる古典的乳酸アシドーシス(type A lactic acidosis)、および薬剤(メトフォルミン、サリチル酸、イソニアジド、ジドブジン=抗HIV薬など)過量、癌(リンパ腫、白血病)などに伴って起きる非・低酸素性乳酸アシドーシス(type B lactic acidosis)である。この患者では尿から排泄されるはずのメトフォルミンが腎機能障害によって血中濃度過剰となり、その結果酸素消費が抑制され、肝でのミトコンドリア機能が低下するなどして乳酸アシドーシスが発症した疑いがある。この患者はもともとのCKD、糖尿病性腎症、高血圧性腎硬化症、ACE阻害剤とNSAIDの服用などが合併して急性腎障害(AKI)を引き起こした疑いがあり、メトフォルミン蓄積が起こるハイリスクの状態であった。

メトフォルミン蓄積による乳酸アシドーシスは、他の原因による乳酸アシドーシスに比べると、pH低下が著しい割には予後がやや良好である(それでも致死率は50%程度と高いので注意)。そこで、この患者では血中メトフォルミン濃度を低下させる目的で、持続的静・静脈血液濾過(CVVH)を行った。後から病態を確認するために、メトフォルミン濃度測定のための血清を保存しておくとよい。なお、この患者のメトフォルミン濃度は23 μg/ml(正常1-2)と非常に高値だった。

メトフォルミンによる乳酸アシドーシスを疑う患者は、①まずメトフォルミン服用患者である、②血漿乳酸値が増加し(15 >mmol/L)、アニオンギャップが大きく増加し(20 mmol/L)、③重症のacidemia(pH <7.1)を示している、④血清HCO3が非常に低値(<10 mmol/L)である、⑤腎機能障害がある(eGFR <45、Cre >2.0)という条件を満たすと考えられる。この患者では、これらすべての条件をみたし、さらにACE阻害薬とNSAID(アスピリンとイブプロフェン)の服用も腎障害を助長したと思われる。急性膵炎の発症と腹痛も、メトフォルミン蓄積または重症のacidemiaが原因であろう。

この患者は入院24時間後には精神状態が大きく改善し、抜管もできた。その48時間後には代謝状態も正常化し、1週間後には退院することができた。
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by md345797 | 2013-08-18 22:42 | 症例検討/臨床総説

ノンカロリー人工甘味料は、予想に反して代謝を障害し疾患リスクを増加させる

Artificial sweeteners produce the counterintuitive effect of inducing metabolic derangements.

Swithers SE.

Trends Endocrinol Metab. Published online Jul 3 2013.

【総説内容】
1. ノンカロリー清涼飲料水=ASB(artificially sweetened beverage)と
   従来の砂糖による清涼飲料水=SSB(sugar-sweetened beverage)

従来の清涼飲料水(sugar-sweetened beverages=SSBと略)は、砂糖を使った甘味飲料のことで、その飲用は肥満・2型糖尿病・メタボリックシンドローム・心血管イベントなどの発症に悪影響を及ぼすことが知られている。一方で、ノンカロリーの甘味料(スクラロース、アスパルテーム、サッカリン、アセスルファムカリウム、甘葉ステビア抽出物など。high-intensity sweetenersとも呼ばれ、これは高甘味度甘味料などと訳される)は、カロリーの多い食事や飲料の代わりとなり、望ましいものとも考えられてきた。しかし、本総説ではこれまでの常識とは逆に(counterintuitive)、ノンカロリー人工甘味料を用いた「ダイエット」清涼飲料水(artificially sweetened beverages=ASBと略)は摂食増加、体重増加をもたらし、疾患リスクにつながりうるという報告を整理して述べる。

2. ノンカロリー人工甘味料を用いた清涼飲料水(ASB)による悪影響
(1) ASBの飲用についての観察研究

体重:San Antonio Heart Studyでは、ASBを飲んでいた群は飲んでいない群に比べ7-8年間の体重増加が大きく、この検討ではASBが体重減少や体脂肪率の低下にsつながるという結果は得られていない。
メタボリックシンドローム:いくつかの研究で、ASBを飲んでいた群は飲んでいない群に比べ、メタボリックシンドロームのリスクが増加することが示されている。またASBとSSBのメタボリックシンドロームの発症リスクへの影響は同等とされている。
2型糖尿病:European E3N StudyおよびHealth Professionals Follow-upでは、ASBの飲用でもSSBの飲用でも2型糖尿病発症リスクは増加することが示された。Nurses’ Health Study (NHS)およびEuropean Prospective Investigation into Cancer and Nutrition (EPIC)では、1日少なくとも1回のASBまたはSSB飲用によりどちらも2型糖尿病発症リスクが増加することが示されている。
高血圧・心血管イベント:NHSでは、1日2回以上のASBまたはSSB飲用で冠動脈疾患リスクが増加することが分かり、1日1回以上のASB飲用で高血圧のリスクが増加することが分かった。Northern Manhattan Study (NMS)では、1日1回以上のASBによる血管イベントのリスクは、SSB飲用によるリスクと同等であることが示されている。

(2) ASBの効果を見る介入研究

de Ruyter らは、正常体重の小児(4-11歳)に18か月間1日1回ASBまたはSSBを飲むように割り付ける介入研究を行った。その結果、ASB飲用群の方が、SSB飲用群に比べ、体重や脂肪増加が少なかった。また、肥満成人に水またはASBを、SSBの代わりに6か月飲用させた研究では、SSB群に比べるとASB群の体重減少が多いということはなかった。このような介入研究の結論は、期間や対象の違いにより異なってくるのかもしれず、今のところ介入試験の結果からは一定の見解は得られていない。

上記の前向きコホート研究および介入研究から、ASB飲用は肥満、2型糖尿病、メタボリックシンドローム、心血管イベントなどに関して、少なくとも成人では健康に対し悪影響があると考えられる。さらに、ASB飲用がこれらの疾患のリスク減少と関連があるという結果は得られなかった。これらの研究における結論は、ベースラインのBMI、年齢、性別、身体運動など、また人種、教育、食事カロリーや家族歴など多くの因子で補正されてはいる。それでも、ASBまたはSSBの飲用は疾患のリスク上昇に関連しており、ASBとSSBでその影響の大きさは同様であった。

(3) ASB飲用と肥満についての因果関係は正しいのか?
ASB飲用と健康への悪影響は「逆の因果関係 (因果関係の転倒=reverse causality 、cognitive distortion)」の例であるとも考えられる。すなわち、体重が多い人はノンカロリー甘味料を摂取する方向に向かう傾向があるのではないか。そのために、ノンカロリー摂取が肥満を引き起こすというような逆の因果関係があるように見えるのではないか、とも考えることができる。しかし、ASB飲用によるその後の体重増加、2型糖尿病発症、血管イベントのリスクは、ベースラインのBMIで補正した後でも関連が見られたため、上記のすべての研究結果が「逆の因果関係」によるものでは説明がつかないと思われる。

3. ASB飲用に対する生理的反応
動物実験による比較研究の結果はどうだろうか?ノンカロリー甘味料を負荷されたラットまたはマウスは、ショ糖またはグルコースによる同じカロリーの食餌を負荷された群に比べて、体重が増加することが報告されている。ノンカロリー甘味料による体重増加の原因として、「ノンカロリー甘味料摂取後の食品摂取の調節能力の低下」が考えられる。すなわち、そもそも甘味は、生体にカロリーを摂取したというシグナルを伝えるものであるため、甘味の摂取の後は、摂食が減少し、エネルギー消費が増加するという反応がある。ところが、ノンカロリー人工甘味料で甘味を感じると、甘味を感じた後のエネルギー摂取がないため、そのエネルギー不足を代償するように生体が働くのではないか

(1) 人工甘味料摂取は、ショ糖摂取とは異なる脳の反応を引き起こす
ヒトを対象にした検討では、甘味の感知による脳の反応が、人工甘味料の摂取後には減弱することが示されている。ショ糖摂取により中脳のドーパミン性の報酬・快楽経路が活性化されるが、、人工甘味料摂取ではこの味覚関連経路の活性化は低下する分ことが分かっている。さらに、ASBを定期的に摂取しているヒトはそうでないヒトに比べ、ショ糖に対する脳の反応が異なる。

(2) 人工甘味料のみではインスリンやインクレチン分泌が促進されることはない

人工甘味料を直接胃や腸に注入しても、通常の食後に起こるホルモン(インスリンやGLP-1のようなインクレチン)分泌の急性変化は起きないことが知られている。

(3) ノンカロリー人工甘味料を摂取すると、摂食後のインスリンやインクレチンの放出が増強されなくなる
人工甘味料はショ糖と違って、栄養素によるインスリンやインクレチンの放出を増強しないとされる。例えば、Antonは、ノンカロリー甘味料で甘味をつけた食前食(premeal)を摂った場合、ショ糖で甘味をつけたpremealを摂った後に比べると、食後の血糖やインスリン・GLP-1の上昇が小さいことを報告している。この実験で、premealと食事を合わせて総カロリーと炭水化物の量を同じにしても、ショ糖のpremealはその後の食事によるインスリン分泌を促進するが、ノンカロリー人工甘味料のpremealではその後の食事によるインスリン分泌は増強されなかった。ほかの検討結果を様々な因子で補正した結果を総合的に判断すると、ショ糖による甘味料の摂取に比べ、ノンカロリー甘味料の摂取は、その後の食事摂取後のインスリン分泌という生理的反応を起こりにくくするようである

4. ASB飲用による生理的反応の障害: ASBは学習によって獲得した反応(learned responses)を減弱させる
パヴロフの条件付けの原則に従うと、ずっとノンカロリー甘味料を摂取していると、「ショ糖入り甘味料の摂取によって獲得した反応(食後のインスリンやGLP-1の分泌、エネルギーや報酬に関連する脳の活性化など)」が次第に起きなくなってくるのではないか。すなわち、ノンカロリー甘味料は、通常のショ糖による甘味料の摂取では起こるはずの、脳とホルモンの反応を減弱させる可能性がある。例えば、Brownらはンカロリー甘味料で甘味を付けたpremealを摂取した後は、2型糖尿病患者では経口ブドウ糖摂取後のGLP-1分泌反応が増強されなくなることを示している。さらに動物実験でも、サッカリンで甘味をつけたヨーグルトを与えたラットは、通常のブドウ糖で甘味を付けたヨーグルトを与えた群に比べて、その後の甘味のある食餌に対する反応が減弱するし、ASBを摂取したマウスはそうでないマウスに比べて、カロリー摂取後のGLP-1分泌反応が減弱することが示されている。脳のイメージング研究によって、ヒトにおいても同様と思われる結果が得られている。これらは、ノンカロリーであるASB摂取ではSSB摂取と違ってエネルギーが得られないために、その後にそれを代償するようにエネルギー摂取を増やす方向に生体が働くためではないか、と考えられている。

結語
① ヒトやマウス・ラットモデルにおいて、ASBが体重減少に役立ったり、2型糖尿病・メタボリックシンドローム・心血管イベントを防止したりするといった証拠はほとんど得られていない。一方、ASBを定期的に摂取しているヒトでは、そうでないヒトよりそれらのリスクが増加すること(しかもそのリスク増加は、SSB摂取の場合と同程度)が示唆されている。

② このような、今までの常識に反する結果は、ASBが「SSBの摂取後に引き起こされるべき、学習によって獲得された反応を減弱させる」という効果(ASB摂取ではSSB摂取の際に得られるはずのエネルギーが得られないので、それを代償するために起こると考えられる)を持つことによる考えられている。

③ノンカロリー人工甘味料は多くの食物にも含まれるようになってきた。そのような食物がASBのように体重や代謝に対して悪影響を与えるのか どうかは、まだはっきりしていない。しかし、食物の甘味は、ノンカロリーかどうかによらず摂取に注意が必要であることは間違いなさそうである。



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by md345797 | 2013-07-24 01:54 | 症例検討/臨床総説

低ナトリウム血症

Hyponatremia.

Adrogué HJ, Madias NE.

N Engl J Med. 2000 May 25;342(21):1581-9.

【総説内容】
低ナトリウム血症(血清Na値 136 mmol/L以下)には、低張性(tonicityが低い(注1)もの)、等張性、高張性のものがある。この総説では、主に低張性低ナトリウム血症(hypotonic hyponatremia)について、原因、症状、管理について述べる。

注1:Tonicity(張度)はeffective osmolality(有効浸透圧)ともいわれ、細胞膜を浸透できない溶質(ナトリウム、グルコースなど)による浸透圧を指す言葉である。一方で尿素 (urea)のように細胞膜を自由に浸透できる溶質による浸透圧は、ineffective osmolalityと呼ばれtonicityには含まれない。


Ⅰ 低ナトリウム血症の原因
本総説で述べるhypotonic hyponatremia は、ナトリウム量に対し水が過剰になるために、細胞外液が希釈されて起きるものである(dilutional hyponatremia=希釈性低ナトリウム血症とも呼ぶ)。
水貯留の原因は、腎からの水排泄障害が最も多く、水の摂取過剰によるもの(心因性多飲、精神疾患に伴うADH過剰分泌)は少ない。

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(図1) 正常および低ナトリウム血症における、細胞外液・細胞内液コンパートメントの模式図

A 正常の状態では、細胞外液と細胞内液コンパートメントは体内総水分量の40%と60%を占めている。○はナトリウム、●はカリウム、大きい■はナトリウム以外の不浸透性の溶質、小さい■は浸透性の溶質を表す。真ん中の太い点線は細胞膜、細胞外液中で影になっている部分は血管内volumeを表す。

B SIADH (syndrome of inappropriate secretion of antidiuretic hormone)では、水の増加によって、細胞外および細胞内液が増加する。ナトリウム量は変わらないため、細胞外液の希釈によってhypotonic hyponatremiaになる。SIADHの原因は、脳神経障害(下垂体腫瘍、外傷、精神障害)、ADH産生腫瘍(特に肺癌)、薬物(desmopressinなど数多くの薬剤)、呼吸障害(肺炎など)がある。

C 腎不全では、細胞外液に尿素(urea, ここではBUNと表記)が増加する。BUNは細胞膜を浸透するため、細胞外・細胞内の両方にBUNが蓄積して、低浸透圧を伴わない低ナトリウム血症となる。この時、細胞外液にBUNが増加しても細胞外の有効浸透圧すなわちtonicityは増加しないため、hypotonic hyponatremiaが起きる。

D 高血糖では、細胞外液に細胞膜を浸透しない溶質(グルコース)が増加するため、細胞内液から細胞外液コンパートメントに水が移行して低ナトリウム血症を起こす。この場合の低ナトリウム血症は、hypertonic hyponatremia (高張性低ナトリウム血症=translocational hyponatremia、移行性低ナトリウム血症)である。細胞外は高張のため、細胞内は脱水になっていることに注意。血糖が100 mg/dl上昇するごとに血清Na濃度は約1.7 mmol/L低下する。

E 下痢でナトリウムが失われると、浸透圧維持のため細胞外液の水分量は減少する。(このとき減っている水分は細胞内液コンパートメントに移行している水分である。) 細胞外液水分量は、減少しているとはいえナトリウム減少に比べれば十分存在している(または十分以上存在している)ため、結果的にはhypotonic hyponatremiaとなる。ナトリウム喪失の原因は、下痢のほかに嘔吐、出血、発汗過多、’third space’へ水分が押しやられる(sequestration)などである。

F ネフローゼ症候群ではナトリウム貯留と水貯留が起こり、細胞外液と細胞内液の両方が増加する。しかしこの時、主に細胞外コンパートメントの水貯留が多いため、低ナトリウム血症になる。

G うっ血性心不全の利尿剤による治療中は、ナトリウム貯留とカリウム喪失が起こり、その結果、細胞内液が減少し、細胞外液が増加する。細胞外にナトリウム貯留が起こるが水排泄障害も起きているため、低ナトリウム血症になる。

その他の低ナトリウム血症は、
・Isotonic hyponatremia(等張性低ナトリウム血症): 細胞外にナトリウムを含まない等張液(等張マンニトールなど)が大量に存在すると、細胞内から水の移行を伴わないが低ナトリウム血症となる。
・Pseudohyponatremia(偽性低ナトリウム血症): 高度の高トリグリセリド血症および単クローン性γ-グロブリン血症(paraproteinemia)では、血漿中に固体の成分(脂質や蛋白)が多いために、フレーム発光分光分析法による測定ではナトリウム濃度が低下しているように測定されてしまう。


Ⅱ 低ナトリウム血症の臨床所見
=(1)低張による「脳浮腫」の危険と、(2)急速治療に伴う「浸透圧性脱髄症候群」の危険

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(図2)脳に対する低ナトリウム血症の影響と、それに対する脳の適応反応
低ナトリウム血症のために細胞外液がhypotonic (低張)になると、数分以内に、水が脳細胞内に移行するために脳の(細胞内液)浸透圧(brain osmolality)が低下し、脳浮腫を生じる。

その後、急性の適応(rapid adaptation)として、数時間以内に電解質が脳細胞から流出して、拡大した脳の容量は部分的に縮小する。さらに遅い適応(slow adaptation)として、数日以内に有機浸透圧物質が流出することによって脳の容量は完全に回復する。

このようにして脳の容量が正常化しても、脳の低浸透圧はまだ残っている。このとき、低張性低ナトリウム血症をゆっくり補正(slow correction of the hypotonic state)すれば、脳を正常浸透圧に戻すことができる。しかしここで、低ナトリウム血症を急激に補正(rapid correction of the hypotonic state)すると、脳が低張のまま細胞外液が急に高張になるため脳の細胞内脱水を起こし、浸透圧性脱髄症候群(osmotic demyelination)という不可逆的な脳障害を起こす。


(1) Hypotonic hyponatremiaの主な臨床症状は、脳細胞への水の移行による脳浮腫である。脳の拡大は頭蓋骨によって制限されているため、頭蓋内圧亢進により脳障害を起こす。血清Na濃度の低下が急速(数時間以内)で大きい時はこのような現象が起きる。脳浮腫の症状は、頭痛、悪心嘔吐、筋痙攣、無気力、不穏、見当識障害、抑うつなどである。Na 125 mmol/L以下の低ナトリウム血症が急速に起きた場合に症状が出ることが多く、その際は痙攣、こん睡、永続性の脳障害、呼吸停止、脳幹ヘルニアが見られ、重篤な場合は死亡することもある。

(2) このような脳浮腫は、数時間で脳細胞から溶質が流出するため、脳から水が抜けて脳浮腫は改善する。重症の低ナトリウム血症であっても進行がゆっくりであれば、上記のような脳の適応が徐々に起こるため、症状が出現しなくて済む。しかし、このような脳の適応の段階で、低ナトリウム血症を急激に補正しようとすると、脳が低張のまま細胞外液が急に高張になるため水が細胞内から細胞外へ移行することによって脳の細胞内脱水が起き、浸透圧性脱髄症候群(osmotic demyelination)となることがある。橋または橋外の脱髄による脳の萎縮は、四肢麻痺、偽性球麻痺、痙攣、昏睡を起こし、ときに死に至ることがある。


Ⅲ 低ナトリウム血症の管理
低ナトリウムの治療の基本は、低張であることの危険(=脳浮腫)と、低張を急速に治療することに伴う危険(=脳浮腫と細胞外の急速な高張化による、脳の細胞内脱水)との間のバランスをとることである。

1. 症状のある低張性低ナトリウム血症 (Symptomatic Hypotonic Hyponatremia)
(1) 尿は濃縮尿なのか、希釈尿なのか

① 尿浸透圧200 mOsm/Kg H2O以上の濃縮尿か、②200未満の希釈尿なのか。これは、①腎からの水排泄が障害されている(水過剰摂取ではない)、②腎からの水排泄は障害されていない(水過剰摂取)、ということを表している。したがってその治療は、①高張食塩水+フロセミド、②水制限、というように分けて考えられる。

① 症状のある低ナトリウム血症で濃縮尿がある場合は、腎からの水排泄が障害されているため水過剰になっていると考えられる。水の摂取過剰によるのではないから、水制限は行わない。また、もちろん電解質フリーの水(electrolyte-free water)(注2)の摂取は避ける。このような場合、細胞外液ナトリウムを増加させるため、高張食塩水の点滴とそれに並行して、高張食塩水による細胞外液量の増加を抑制するためのフロセミド投与を行う。高張食塩水投与に加えて、そのほかの低ナトリウム血症に対する治療も並行して行う(甲状腺機能低下症・副腎不全ならホルモン補充、痙攣があれば抗痙攣薬と十分な換気など)。

② 症状のある低ナトリウム血症の患者で希釈尿を認める場合は、腎からの水排泄は障害されておらず、水摂取過剰が主と考えられている。この場合、症状が重篤でなければ水制限のみでよいが、重篤な痙攣や昏睡を起こしていれば、この場合でも高張食塩水の静注を行う必要がある。

注2:「電解質フリーの水(electrolyte-free water)」: 電解質を「含まない」という意味のfreeは、カフェインフリー、アルコールフリーなどで用いられる意味のfreeで、これを「自由」水と訳すのはどうなのか?「アルコール自由ビール」のようになるが?

(2) 低ナトリウム血症補正のスピード
① 症状のある低ナトリウム血症の最適な治療についてのコンセンサスはない。しかし方針としては、低張による症状(脳浮腫)を十分なスピードで改善するが、そのスピードは、治療による浸透圧性脱髄症候群を起こさない程度にすべきである。

② 痙攣があっても、血清Na値を3-7 mmol/L増やすことによって止まるとされている。浸透圧性脱髄症候群を起こさないためには、1日に8 mmol/L以上の速度では血清Na濃度を補正しないほうがいいだろう。

③ 低ナトリウム血症補正のための輸液のスピードは、次の式1を用いて求める。
=これは本論文の著者名を取って「Adrogué-Madiasの式」と呼ばれる信頼性の高い予測式である。

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ナトリウムを含む輸液1Lを入れると、どのくらい血清Na値が上がるかを上記の式で推定し、適正な血清Na値の補正速度から、その輸液時間を決める(次節で詳述)。なお、以前からよく言われる「ナトリウム必要量=体内の水x(目標血清Na濃度-現在の血清Na濃度)」という式は複雑で勧められない。

(3) 実際の低ナトリウム補正の例 (症例1-3)

症例1:術後の低ナトリウム血症
虫垂切除術を受けた32歳女性が、術後2日間に痙攣大発作を起こしたため、ジアゼパムとフェニトインの静注および挿管され人工呼吸を受けている。術後1日目に5%デキストロースを投与され、量は不明だが多くの水を飲んだ。体重は46kgでeuvolemicだったが、昏睡となり、痛みに反応するのみになった。血清Na値は112 mmol/L、K値は4.1 mmol/L、血清浸透圧は228 mOsm/kg H2O、尿浸透圧は510 mOsm/kg H2Oだった。

【診断と方針】
① この患者は、hypotonic hyponatremia(血清浸透圧は228 mOsm/kg H2Oと低下、血清Na値は112 mmol/L)である。
② 原因は、術後の腎からの水排泄障害による水貯留の結果と考えられた。
③ そこで、水制限、高張食塩水=3%食塩水(注3)の点滴と20 mgフロセミド投与を行うこととした。

注3:高張食塩水=3%食塩水の作り方
まず0.9%生理食塩水500 mlから100ml捨てる。そこに、10%NaCl 20 mlを6本(120ml)入れるとぴったり3%食塩水になる。3%食塩水のNa濃度(mol/L)は、30 g/L x17 mEq/g換算(Na 1gは17 mEqである)=510 mEq/L。

【Adrogué-Madiasの式】
① 予測される総水分量は、46 kg x0.5(女性は、脱水のないeuvolemiaで体重の50%)=23 L。
② 3%高張食塩水を1L点滴すると、血清Na値は[513 -121] mmol/L /[23+1]
=16.7mmol/L上昇する。
③ したがって次の3時間で血清Na値を3 mmol/L上げるには、3/16.7=0.18Lを3時間で(60 ml/h)点滴すればよい。

【その後の低ナトリウム血症の補正】
2-3時間ごとに血清Na値をモニターして、点滴速度を調節した。尿浸透圧は参考にはなるが、ルーチンで測定する必要はない。3時間後に血清Na濃度が115 mmol/Lになって痙攣がおさまったら、次は3%高張食塩水の点滴濃度を半分にして30 ml/hにした。さらに入院9時間後には血清Na濃度が119 mmol/Lになり呼びかけに反応するようになったら、高張食塩水は中止、もし血清Na値の目標補正値を超えるようであれば低張食塩水に変更する。

症例2:Euvolemicな状態の低ナトリウム血症
肺小細胞癌の58歳男性が強い錯乱と無気力を起こした。脱水はなく(euvolemic)、体重は60 kg、Na 108、K 3.9、血清浸透圧 220 mOsm/kg H2O、BUN 5、Cre 0.5、尿浸透圧 600 mOsm/kg H2Oだった。

【診断と方針】
① 濃縮尿(尿浸透圧 600 mOsm/kg H2O)のあるeuvolemicなhypotonic hyponatremia.。
② 利尿剤使用・甲状腺機能低下症・副腎不全がないと判断したため、肺癌によるSIADHと考えられた。
③ そこで、水制限と3%高張食塩水点滴、フロセミド20 mg静注を行うこととした。

【Adrogué-Madiasの式】
① 予測される総水分量は、60 kg x 0.6=36 L(男性は、脱水のないeuvolemiaで体重の60%)である。
② この患者に3%高張食塩水を1L点滴すると、血清Na値は(513-108) mmol/L /(36+1)=10.9 mmol/L上昇する。
③ 次の12時間で血清Na値を5 mmol/L上げるには5/10.9=0.46Lを12時間で(38 ml/h)点滴すればよい。

【その後の低ナトリウム血症の補正】
入院12時間後、血清Na濃度 114 mmol/Lに上昇し無気力ながら反応が見られるようになったので、高張食塩水は中止、飲水制限のみとした。次の12時間で血清Na値を2 mmol/L上げることを目標とし、実際Na 115 mmol/Lで意識清明となった。

症例3:Hypovolemicな状態の低ナトリウム血症
68歳女性が進行性の傾眠と失神で搬送された。この患者は高血圧に対し25 mgのサイアザイド系利尿剤(hydrochlorothiazide)を投与され、減塩食を食べていたが、ここ3日間下痢をしていたとのことであった。体重60 kg、血圧96/56、脈拍数 110、皮膚turgorは低下していた。Na 106、K 2.2、HCO3 26、BUN 46、Cre 1.4、血清浸透圧 232 mOsm/kg H2O、尿浸透圧 650 mOsm/kg H2Oだった。

【診断と方針】
① Hypotonic hyponatremiaと低カリウム血症の原因は、thiazide投与と消化管からのNa喪失とK喪失のためと考えられた。血圧低下、脈拍数増加から、脱水ありhypovolemicと判断される。
② そのため、サイアザイドと飲水は中止、0.9%生理食塩水に30 mmol/Lのカリウムを入れた点滴を開始した。

【Adrogué-Madiasの式】
① 推定される総水分量は60 kg x 0.45=27L(脱水のある女性では体重の45%)。
② 上記の式2(式1の単純応用)より、1Lの輸液によって血清Na値は2.8 mmol/L上昇する([154+30]-106/[27+1]=2.8)。
③ 脱水補正の必要があるため、次の2時間で1L/hの時間で輸液した。
④ 2時間後の輸液終了時には血圧128/72となり、精神状態も改善、血清Na値は112 mmol/L(=106+2.8x2)、血清K値は3.0 mmol/Lまで回復した。

【その後の低ナトリウム血症の補正】
この患者の細胞外液量はほぼ回復したと考え、0.45%食塩水+30 mmol/L KClの100 ml/hでの点滴に切り替えた。この点滴による血清Na値への影響はほとんどない( [77+30]-112/[27+1]= -0.2)と考えられたが、低濃度NaおよびKの尿産生のための低ナトリウム血症改善が期待された。入院12時間後には、患者の状態は回復し、血清Na値は114mmol/L、血清K値は3.2 mmol/Lまで回復した。ここで補正濃度をゆっくりにするため、5%ブドウ糖液+30 mmol/L KClに変更した。

2. 症状のない低張性低ナトリウム血症(Asymptomatic Hypotonic Hyponatremia)
症状のない低ナトリウム血症の患者の場合、低ナトリウム血症の補正の段階で生じるリスクに注意する必要がある。特に、飲水を中止した場合、水排泄障害を治療した場合は要注意である。もし利尿剤を過剰投与したり、低ナトリウム血症を急速に補正しすぎたりしたら、低張液またはデスモプレッシン投与を考える(浮腫やSIADHの持続など水排泄障害があれば別だが)。長期的な治療としてはやはり水制限(1日800 ml未満)にして、水のネガティブバランスにすることが主である。ループ利尿剤を投与すると、電解質フリーの水の排泄を促進するので、水制限を緩めることができる(サイアザイドではできない)。SIADHに対してはループ利尿剤と塩分摂取、これでうまくいかない腎性尿崩症にはデメチルクロルテトラサイクリン(レダマイシン®)を投与することもある(腎毒性や高ナトリウム血症の誘発に注意)。(注4)

注4:2013年の現在なら、アルギニンバソプレッシンV2受容体拮抗薬が使用可能。「異所性抗利尿ホルモン産生腫瘍によるSIADHにおける低ナトリウム血症の改善」に対してモザバプタン(フィズリン®)、「ループ利尿薬等の他の利尿薬で効果不十分な心不全における体液貯留」に対してトルバプタン(サムスカ®、他の利尿剤と併用)を用いることができる。


3. 低張でない低ナトリウム血症(Non-hypotonic Hyponatremia)
低張でない場合は低ナトリウム血症そのものより、原疾患治療を優先する(高血糖があればインスリン投与、脱水補正とナトリウム・カリウム投与を行うなど)。

4. 低ナトリウム血症の管理でよくある間違い
水制限はすべての低ナトリウム血症を改善はするが、すべての例で最適な方法とは限らない。細胞外液喪失型の低ナトリウム血症(図1のE)では、水制限ではなく、ナトリウム欠乏を補充することが必要である。

一方、SIADHによる低ナトリウム血症に対しては等張食塩水(0.9%生理食塩水)点滴は適切ではない。もし濃縮尿が出るようになれば(=腎の水排泄障害)、そこに等張食塩水を点滴すると、さらなる水貯留とそれによる低ナトリウム血症の進行をもたらすことになる。よく診断がつかないときに等張食塩水の点滴を行ってしまうが、間違った点滴を始める前に落ち着いて診断をつけるべきである。なお、甲状腺機能低下症と副腎不全は、SIADHと見間違う(masquerade=変装する)ことがあり警戒が必要である。高カリウム血症があれば副腎不全を疑う必要がある。

入院中に起きる低ナトリウム血症の多くは予防可能である。入院時に水排泄障害がある場合、入院してある種の薬剤投与、臓器不全の進行、術後なの状態などにより、水排泄障害がさらに悪化することがある。しかし、電解質フリーの水の摂取が、腎の水排泄能プラス不感蒸泄を超えなければ低ナトリウム血症が進行することはない。したがって、入院患者への低張液投与は慎重に行うべきだろう。

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by md345797 | 2013-07-18 05:40 | 症例検討/臨床総説

地球規模の肥満の増加

The global obesity pandemic: shaped by global drivers and local environments.

Swinburn BA, Sacks G, Hall KD, Pherson K, Finegood DT, Moodie ML, Gortmaker SL

Lancet. 378: 804-814, Aug 27, 2011.

【総説内容】
2011年9月にニューヨークでnon-communicable disease (NCD:非伝染性疾患)に関する国連ハイレベル会合(the UN High-level Meeting on Non-communicable Diseases)が行われるが、そこで世界的な肥満の増加が大きな問題になると思われる。この総説では、何が肥満をもたらしてきたのかに焦点を当てて述べる。

肥満有病率の世界的な増加

肥満の増加は高収入国で1970‐80年代に始まったが、現在はほとんどの中所得国、多くの低所得国でも肥満の急増が起こっている。2008年までに14.6億人が過体重(BMI 25を超える)、5.02億人が肥満(BMI 30を超える)、1.70億人の小児(18歳未満)が過体重か肥満である。この肥満の増加は2型糖尿病、心血管障害、多くのがんなど疾患の原因となり、特に低所得国の財政の圧迫を招いている。肥満有病率は、国によって大きな差があり、中国および日本などでは少ないが、トンガ・サモアでは非常に多い。

肥満に関する広い経済効果
肥満を増加させる最も明白な前提条件は、その国が裕福であることである。GDPと平均BMIの関係はGDPが5,000ドル/人・年までは正の相関がある。GDPが増加するにつれ、人口動態的(若年から高齢者へ、農村から都会へ)、疫学的(感染症からNCDへ)、技術的(機械化、交通の発達)、栄養学的(伝統的な食事から加工した高栄養の食事へ)な移行が見られる。この移行は近年加速している。肥満の増加は、肥満を起こさせる(obesogenic)環境に対する正常な反応であり、肥満を起こさせる環境は政治経済的な環境に対する正常な反応と言える。広い見方をすれば、肥満は、温室効果ガスの増加と同じく、個人や企業の消費過剰の有害な影響でもある。したがって、肥満進行防止には、市場を制限する政府の介入も必要と考えられる。

肥満の蔓延をもたらした要因 (Drivers of the obesity epidemic)
肥満増加の明白な要因は、食品システムの変化(安くて食べやすく、高栄養の食事が簡便に得られるようになったこと)である。食品の供給が過剰になったことが、1970年代以降の米国での肥満の増加につながったと考えられている。それまではエネルギー摂取がエネルギー消費を下回っていたのが、1960年代を転換点(flipping point)として、上回るようになったと考えられている。肥満の増加をもたらした要因としては、このようなエネルギーバランスの異常と行動パターンの変化(高エネルギー食の摂取と身体活動の低下)、さらにそれ以前の社会経済的な環境(消費と成長を可能にする社会や市場の環境)が挙げられる。これらの環境の重要性を認識することは、肥満の増加を加速するのか減速するのかに大きく関わってくる。

環境および個人の影響
不健康な食品の価格を上げる、または健康な食品の価格を下げるなどの介入は近年注目を集めているが、これらが食品の選択に与える影響はほとんど研究されていない。ある食品を消費するかどうか、または運動するかどうかの最終決定は個人の判断であるが、この判断も生理学的、環境的な要因に対する反応である。

肥満の蔓延に対するアプローチ

行動変化をもたらす介入(健康促進プログラムや教育)、政策介入(法規制など)によって環境要因は変えることができる(健康な食物のコストを減らし、不健康な食品は増やす)。これらの介入は、政府によるもの(農業政策、小児への不健康な食品の禁止など)と食品業界によるもの(健康な食品への生産物の変更、市場の自主規制など)が主なものである。トランス脂肪酸の使用を法規制したデンマークが、その成功した例である。特定の行動(例としてシートベルトの着用やオフィスでの禁煙)を求める政策と違って、「ある食品を食べるか食べないか」、「運動するかどうか」を決める規制はない。これらの行動に直接かかわる戦略としては、健康教育やヘルスプロモーションプログラムを増やすことが求められる。
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by md345797 | 2011-08-30 22:05 | 症例検討/臨床総説

RNAiを用いた代謝疾患の治療戦略

RNAi-based therapeutic strategies for metabolic disease.

Czech MP, Aouadi M, Tesz GJ.

Nat Rev Endocrinol. 2011 Aug;7:473-84.

【総説内容】
Small RNAsの治療応用への可能性

RNAiは、事実上すべての遺伝子を同じ効率でサイレンシングでき、正確な相補性によって非常に高い感度・特異性で作用するすぐれた遺伝子発現抑制法である。Small RNAsには、細胞外から標的mRNAに対して作用するshort interfering RNA (siRNA)および内因性のmicro RNA (miRNA)がありどちらも短い2本鎖RNAであるが、miRNAはsiRNAと異なり配列のミスマッチがあり、mRNAのdegradationを起こすだけでなく標的mRNAの転写抑制を起こす、などの違いがある。

siRNAを体外から投与した場合、血中の nucleaseにより分解されることや細胞膜を透過できないことが作用の障害になる。また、2本鎖RNAによる炎症反応の惹起も問題になる。そのため、2’-fluoroまたは2’-O-methyl conjugationなどの共有結合による修飾が行われる。

肝の脂肪合成に対するsmall RNAを用いた治療
RNAiを用いて肝の脂肪合成抑制を目指す臨床試験が、主に家族性高脂血症/高コレステロール血症に対して現在進行中である。ApoBおよびPSCK9のサイレンシングは高脂血症に有効な方法であるが、肝の脂肪量を増やしてしまうため脂肪肝に対しては有効でない。そこでさらに広範に作用する転写因子(SREBP-1c、ChREBP)のsiRNAによるサイレンシングが検討されている。

miRNAの抑制も高脂血症治療に対する有効な方法である。肝のコレステロール・脂肪酸合成に関する遺伝子発現には miR-122が重要な制御因子であることが示されている。miR-122の抑制により高コレステロール血症および脂肪肝が改善することがマウスで示されており、そのメカニズムの検討が待たれている。

肝にsiRNAを到達させるために、siRNAと陽イオン脂質複合体 (cationic lipoplexes)や脂質との共有結合(covalent conjugation)、合成核酸脂質複合体(synthetic polymer and nucleic acid complexes)が用いられている。Small RNAを尾静脈から注入しin vivoで肝細胞に到達させるのに、stable nucleic-acid-lipid particles (SNALP)が用いられることもある。肝臓へのターゲティングの他の方法としてasialoglycoprotein 受容体を用いる方法もある。 miRNA機能の阻害のためにアンチセンス技術が用いられることがあり(antagomirと呼ばれる)、miR-122 の阻害による高脂血症改善の臨床試験にも用いられている。

脂肪組織の炎症に対するsmall RNAを用いた治療
TNFの中和抗体は、肥満マウスでインスリン抵抗性を改善したが、メタボリックシンドロームのヒトではインスリン抵抗性を改善しなかった。これは注入した抗体が脂肪局所での TNFの抑制にまで至らなかったためと考えられており、TNFの産生を抑えるTNF siRNAの腹腔内注入が効果を期待されている。脂肪組織のマクロファージにTNFに対するsiRNAを到達させるため、マクロファージβ-glucan受容体のリガンドであるβ1,3-D-glucanによってカプセル化したsiRNA(glucan-encapsulated siRNA particles: GeRPs)が検討されている。さらに、siRNAの到達システムとして、immunoliposomeを使う方法が開発されている。これは親水性の内部にsiRNAを含み、表面に細胞特異的抗体を結合させたものである。
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by md345797 | 2011-08-11 17:17 | 症例検討/臨床総説

糖尿病のグローバリゼーション

Globalization of diabetes: the role of diet, lifestyle, and genes.

Hu FB.

Diabetes Care. 2011 Jun;34(6):1249-57.

【総説内容】

糖尿病の世界的負担(global burden)

2型糖尿病はかつては西洋の病気であったが、今は世界のすべての国に広がっている。かつては豊かな国の病気であったが、今は貧困層で増加している。かつては成人病であったが、今は小児肥満の増加とともに小児にも広がっている。世界で2億8500万人が糖尿病であり、その人数は2030年までに4億3800人に増加すると考えられていて、その3分の2は低・中所得国が占める。世界中で医療費の12%が糖尿病に向けられると推定され、途上国では糖尿病の蔓延が経済成長の妨げとなっている。世界の糖尿病人口の60%は、急速な経済成長を遂げるアジアが占めている。例えば、1980年には中国の成人に占める糖尿病の割合は1%に満たなかったのが、2008年には10%近くに達している。中国成人の9200万人が糖尿病と考えられ、中国はインドに代わって、世界の糖尿病の中心となりつつある(ただし南インドの都市部では糖尿病の有病率が20%近くに達している)。アジア人の糖尿病は西洋人に比べ、若年発症が多く、肥満が少ない。妊娠糖尿病も多いため、その子供が2型糖尿病になる割合も多いとされている。

糖尿病増加の寄与因子
肥満と脂肪分布

肥満は全世界的に増加しているが、アジアでは欧米諸国に比較して肥満が少ない。にもかかわらず、糖尿病の有病率は高い(特にインドでは肥満が少ないにもかかわらず、糖尿病が多い)。アジア人は欧米人と比較して、同程度の腹囲でも内臓脂肪が多く、筋肉量が少ない。この特性(=metabolically obese)が肥満が少ないにもかかわらず、糖尿病が多いことにつながっていると考えられる。
食事
カロリーの質、すなわち糖質(glycemic load)やトランス脂肪が多いこと、穀類の線維や多不飽和脂肪が少ないことが糖尿病発症のリスクになることが示されている。インドでは、ghee (高度にトランス脂肪酸を含むバター)が多食され、糖尿病増加の原因となっている可能性がある。特に中国・インドで経済成長に伴い、動物性脂肪や高カロリー・低線維の食事の摂取が増加している。
身体活動
座りがちな行動(sedentary behavior)は糖尿病のリスクにつながる。1日2時間TVを見る時間が長くなると、糖尿病発症のリスクが14%増加するという報告もある。途上国においても、機械化と自動車の普及によって運動量が少なくなっている。
喫煙
喫煙は2型糖尿病の独立した危険因子であり、喫煙者は非喫煙者に比べ糖尿病発症のリスクが45%増加するとされている。喫煙者は、血漿コルチゾールが高値、テストステロンが低値になりやすく腹部脂肪蓄積が増えると考えられている。途上国の成人男性の50-60%が喫煙者であり、現在中国は世界一の、インドは世界第2位のタバコの生産・消費国でもある。
アルコール消費
高度のアルコール消費はカロリー摂取過剰や肥満を来たし、糖代謝異常のリスクになる。途上国においても西洋化した生活習慣により飲酒の機会が増加している。

遺伝的な感受性および遺伝子と環境の相互作用
今までに少なくとも40の遺伝子座が2型糖尿病と関連があることが分かっている。ゲノムワイド関連研究(GWAS)によって白人で明らかになった糖尿病遺伝子の多くがアジア人でも再現されているが、人種間で異なるものもある。例えば、白人の20-30%で糖尿病リスクと関連のあるTCF7L2は、アジア人では3-5%程度しか関連がない。一方、東アジア人で糖尿病に関連のあるKCNQ1は、白人ではの関連はまれである。

他の多因子疾患と同様、2型糖尿病も遺伝因子と環境因子の相互作用によって発症する。西洋食パターンと、10の確立した2型糖尿病感受性SNPによるgenetic risk score (GRS)に基づき、糖尿病発症のリスク(オッズ比)を算出した結果、GRSが高く、西洋食が進んだグループで糖尿病のリスクが高かった(ただし、GRSが低いグループでは、西洋食が進んでいても糖尿病のリスクに関連しなかった)。したがって、西洋食の影響は遺伝的感受性が高い群で効果を発揮することが分かった。

倹約遺伝子型(thrifty genotype)と倹約表現型(thrifty phenotype)
倹約遺伝子仮説とは、飢餓の時期に有利な遺伝子型を持つ体質が選別され、肥満・2型糖尿病発症に関与しているとするもので、ピマインディアンなど飢餓と飽食のサイクルを経過した民族で肥満・糖尿病が多いことをよく説明している。しかし、実際の肥満・糖尿病遺伝子座で明らかに倹約遺伝子と証明されたものはなく、その検討が進められている。「倹約遺伝子仮説」が祖先の遺伝子と現在の環境の不適合に基づくものであるのに対し、「倹約表現型仮説」は子宮内と成人の環境の不適合に基づくものである。後者によると、胎児の時期の低栄養が低体重やβ細胞量の減少、インスリン抵抗性の増加をきたし子宮内では有利であるが、その後成人してからの過栄養に伴う2型糖尿病発症に関わるとされる。中国での1950年代後半から1960年代前半にわたる大飢饉を経験したコホート研究により、飢餓による長期の代謝的影響が報告されている。これによると、胎児の時期に飢餓にさらされると、成人期に高血糖をきたすリスクが増加し、この影響は成人期に過栄養になるほど大きいとされる。現在のアジアでの糖尿病増加に、この現象が関与している可能性もある。

2型糖尿病の予防可能性
中国の大慶(Daqing)で行われた糖尿病予防研究では、6年間の食事・運動の介入によって糖尿病発症を31-46%減少させることができた。さらにFinnish Diabetes Prevention Studyおよび米国のDPP (Diabetes Prevention Program)、インドでのIDPP (Indian Diabetes Prevention Program)でも、生活習慣の介入で糖尿病発症を28-58%減少できた。このように、さまざまな民族および人種で食事・生活習慣介入で2型糖尿病は予防可能であることが示されている。これらの研究結果を、実際の臨床および健康政策にtranslateすることが急務である。
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by md345797 | 2011-07-31 19:13 | 症例検討/臨床総説

2型糖尿病の新しい治療

Management of type 2 diabetes: new and future developments in treatment.

Tahrani AA, Bailey CJ, Del Prato S, Barnett AH.

Lancet. 2011 July 9 378, 182-197.

【総説内容】

β細胞機能不全に対する薬剤

新しいインクレチン関連治療薬
・GLP-1は血糖依存性にインスリン分泌を増強、グルカゴン分泌を抑制し、摂食を抑制し、β細胞量を増加させる(これはヒト2型糖尿病ではまだ示されていないが)などの作用がある。現在GLP-1受容体アゴニスト(exenatide, liraglutide)と選択的DPP-4阻害薬(sitagliptin, vildagliptin, saxagliptin)が用いられている。
・新しいGLP-1受容体アゴニストとして、短時間作用型(lixisenatide)や徐放型(週1回投与でよいonce-weekly exenatide、taspoglutide、albiglutideなど)が、DPP-4阻害薬として、linagliptin(注:2011年5月に米国で承認)、alogliptinが臨床試験中である。Linagliptinは肝で代謝されるため、腎機能低下患者でも使用できる。

非インクレチン関連β細胞刺激薬
・グルコキナーゼ活性化薬(piragliatinなど)は、β細胞にてグルコースのリン酸化を促進することにより、インスリン分泌を増強する。この薬剤は糖尿病患者での血糖を低下させるとの報告があるが、低血糖のリスクも増加させる(下記の肝での作用参照)。
・β細胞における脂肪酸の受容体であるG-protein-coupled receptor(特に40、119、120)を刺激するアゴニストは、β細胞のcAMPを増加させてインスリン分泌を増強する。

α細胞機能不全に対する薬剤
・2型糖尿病では空腹時グルカゴン濃度が高く、食後のグルカゴン分泌の抑制が障害されている。インクレチン治療により、グルカゴン分泌抑制がブドウ糖依存性に(高血糖のときのみ)促進される。グルカゴン受容体アンタゴニストが現在試験中である。
・さらに、GLP-1受容体アゴニストとグルカゴンの一部(グルカゴン受容体を活性化させない)のhybrid peptideであるDAPD(dual-acting peptide for diabetes)や、GLP-1受容体とグルカゴン受容体のアゴニストであるoxyntomodulin(L細胞からGLP-1とともに分泌される)が研究段階にある。

インスリン作用促進薬
インスリン受容体βサブユニットのチロシンキナーゼを活性化する、非ペプチド代謝産物(demethylasterriquinone:L-783281やTLK16998)は、インスリンとその受容体の結合に影響を与えず、インスリンの存在下でのみβサブユニットの活性化を増強する。

非インスリン依存性経路に対する薬剤
SGLT2阻害薬
腎のグルコース再吸収による糖新生は、糖産生全体の20-25%を占め、その多くが腎のsodium-glucose-cotransporter-2 (SGLT2)による糖再吸収による。2型糖尿病では腎による糖産生が増加しており、SGLT2の阻害薬(dapagliflozin, canagliflozinほか)が開発中である。Dapagliflozinは薬剤未使用(drug-naïve)またはインスリン治療中の糖尿病患者の血糖を低下させる。尿路感染のリスクも増加するが、これは標準的な治療で管理可能である。

肝に対する薬剤
グルコキナーゼの変異は、MODY (heterozygous)およびpermanent neonatal diabetes (homozygous)の原因となり、過剰な活性化は低血糖の原因となる。グルコキナーゼ活性化剤はインスリン分泌促進だけでなく、肝のグルコース貯蔵も増加させ、耐糖能を改善する。Glucose-6-phosphataseは、糖新生の最後のステップとなる酵素であり、この抑制は肝糖産生を低下させる。メトホルミンやインスリンはこの酵素を抑制するため、G6Pase阻害薬も検討されている。これらの薬剤では低血糖に注意が必要である。他にfructose-1,6-bisphosphataseやglycogen phosphorylaseが治療のターゲットと考えられている。

メタボリックシンドロームに対する薬剤
・GIPはGLP-1同様、グルコース依存性のインスリン分泌を増強するが、GLP-1と違ってグルカゴン分泌を抑制せず、脂肪蓄積を促進し、摂食に対する影響はほとんどない。そこで、GLP-1アンタゴニストが脂肪減少、糖代謝の促進につながる可能性があり、経口の薬物も報告されている。

・11β-hydroxysteroid-dehydrogenese-1は、活性の低いcortisoneを活性の高いcortisolに変換する酵素であり、この酵素の欠損マウスではインスリン抵抗性が改善されることが知られている。この酵素の阻害剤INCB13739は、2型糖尿病における高血糖・脂質異常を改善する。

・PPARγ活性化薬は糖代謝を改善し、PPARα活性化薬(fibrates)は脂質異常を改善する(TGの低下とHDL-Cの増加)が、dual PPAR-α/PPAR-γ agonist (glitazars)は両者を改善することが分かっている。Aleglitazarは、副作用(浮腫・体重増加)が少なく、高血糖・脂質異常を改善する。心血管疾患の頻度を低下させるかどうかは第Ⅲ相臨床試験中(ALECARDIO)である。

作用機序が不明な薬剤
ドーパミンD2受容体アゴニスト
Bromochriptineは、インスリン分泌を増加させることなく、おそらくは視床下部ニューロンの活性を変化させて、迷走神経経由で肝の糖産生を低下させることにより、血糖を低下させることが示されており、米国では2010年に2型糖尿病治療薬として認可された。

胆汁酸抑制薬(Bile acid sequestrants)
作用機序は不明だが、2009年に認可されたcolesevelamは経口血糖降下薬またはインスリンとの併用で低血糖のリスクを上げることなく血糖を低下させることが示されている。

代謝手術(Metabolic surgery)
代謝手術には、胃形成術、腹腔鏡下調節性胃バンディング(laparoscopic adjustable gastric banding)、袖状胃切除術(sleeve gastrerctomy)、胃バイパス術(gastric bypass)、胆膵路転換手術(biliopancreatic diversion)などのさまざまな種類がある。胃バイパス術と胆膵路転換手術後には2型糖尿病が改善するが、この効果は体重減少とは独立したものであり、メカニズムとして消化管ホルモンの変化(食後GLP-1やPYYの増加、ghrelin基礎分泌の低下)が重要と考えられている。代謝手術を行える施設は、米国ではこの8年で10倍に増加している。この方法は肥満・2型糖尿病治療の重要な選択枝になりつつあるが、さらなるエビデンスの蓄積が求められていもいる。
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by md345797 | 2011-07-12 18:32 | 症例検討/臨床総説

サーチュイン、加齢、薬剤

Sirtuins, aging, and medicine.

Guarente L.

N Engl J Med. 2011 Jun 9;364(23):2235-44


【総説内容】
寿命に関連ある遺伝子として、NAD-依存性蛋白脱アセチル化酵素であるサーチュインが発見された。サーチュインは、カロリー制限による寿命の延長に重要である。哺乳類は7種類のサーチュインを持ち、環境ストレス、特に飢餓状態への適応に重要な役割を果たしている。サーチュインを活性化する分子も報告されており、それらの分子が抗加齢に役立つのかが議論されている。

酵母の生存期間を延長させるSir2の発見に始まり、線虫、ショウジョウバエ、マウスなど全生物でSir2相当遺伝子(sirtuins)が寿命延長に関わっていることが示されてきた。哺乳類では、SIRT1が主要な核蛋白であり、そのターゲット遺伝子にはPGC-1αやFOXOが含まれる。SIRT1は概日時計の構成因子(BMAL1、PER2)の調節も行う。またAMPKに関連してエネルギー制限時の代謝に関与している。

SIRT1の活性化物質レスベラトロール(resveratrol)を肥満マウスまたは高脂肪食負荷マウスに投与すると、抗糖尿病作用が見られる。SIRT1を過剰発現したトランスジェニックマウスも同様の糖尿病予防作用がある。また、心臓にSIRT1を過剰発現したマウスでは病的な心肥大を防ぐことができ、AT1受容体の発現を減らし平滑筋が保護された。同時にコレステロール代謝、腎尿細管上皮の保護、アルツハイマー病予防にも役立っている。

小分子のスクリーニングにより、レスベラトロールのようなポリフェノールがSIRT1を活性化することが分かった。また、SIRT1を阻害するDBC1という分子も知られており、DBC1欠損マウスはSIRT1トランスジェニックマウスに似た形質が現れた。現在、2つの異なるSIRT1活性化物質による臨床試験(第1相、第2相)が進行中である。
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by md345797 | 2011-06-13 05:33 | 症例検討/臨床総説

2型糖尿病における血糖目標の個別化

Individualizing glycemic targets in type 2 diabetes: Implications of recent clinical trials.

Ismail-Beigi F, Moghissi E, Tiktin M, Hirsch IB, Inzucchi SE, Genuth S.

Ann Intern Med. 2011 Apr 19;154(8):554-559.

【まとめ】

4つの大規模試験(UKPDS、ACCORD、ADVANCE 、VADT)の結果が出た現在、2型糖尿病治療における血糖目標は個別化(individualization)して考える必要がある。概略をまとめると、①年齢が若いほど、②糖尿病の罹病期間が短いほどHbA1c目標を低く設定する。また、③CVDの診断がついている患者や合併症の進行した患者ではHbA1c目標を高めに設定する。これらの目標は、心理社会経済的な状況を考慮して変更する。
(注:文中のHbA1cはNGSP値であり、現時点で日本の現状に当てはめるには0.4%を引いて考える)

【論文内容】
2型糖尿病治療において、血糖目標を個別化して設定すること(individualizing glycemic goals)は重要である。本論文では、外来診療における個々の患者についての血糖目標の枠組みを提示する。
2型糖尿病を対象とした4つの大規模臨床試験の概要をまとめると、
UKPDS:新規発症2型糖尿病の中年(平均53歳)を対象に、強化血糖降下療法と通常療法の効果を比較したもの。結果はDCCT(1型糖尿病が対象)と同様で、強化療法でミクロアルブミン尿と網膜症の発症・進展が抑制されたが、心筋梗塞のリスクは減らなかった。DCCT10年後の追跡調査では、2年後に強化療法群でHbA1cが8%に戻っても心筋梗塞の割合は減少していた。

以下の②③④は高齢(60-66歳)で糖尿病罹病期間が長い患者で、心血管疾患(CVD)のリスクファクターか既往がある人を対象としている。
ACCORD:5年間の追跡を予定していたが、強化療法群での総死亡とCVD関連死が大きく3.5年で中止された。
ADVANCE:HbA1c 6.5%以下を目標に強化療法を行い、CVDアウトカムについて検討した。
VADT:コントロール不良の2型糖尿病を対象にHbA1c 6.0%以下を目標に強化療法を行った。
③と④では、死亡率に差はなかったもののCVDに関して強化療法のメリットはなかった。また、強化療法群で体重増加と重篤な低血糖が2-3倍多く認められた。①‐④で共通しているのは、強化療法で細小血管症が抑制されたということである。これらの結果をもとに、以下のように臨床的特徴と心理社会経済的状況を考慮して、個別化した血糖目標を設定した。

臨床的特徴
併発症:併発している疾患によって血糖目標の設定は変わってくる。併発症で寿命短縮が予想される場合などはやや高めの血糖目標でもよい。

年齢:若年で発症して間もない2型糖尿病では今後高血糖にさらされる期間が長いが、高齢で発症した場合は併発症があることが多く、残った寿命も短い。若年発症が多くなり、高齢化する現代において、糖尿病治療の際に年齢を考慮することは重要である。

糖尿病罹病期間:UKPDSは新規に糖尿病と診断された患者が対象だったが、ACCORD/ADVANCE/VADTは8.0-11.5年の罹病期間のある糖尿病患者が対象であった。これらの結果は、早期からの強化療法の重要性を示唆している。

CVD(大血管症):心筋梗塞の既往のある2型糖尿病では、イベント再発の危険がある。しかし、強化療法では新たなCVDイベントや死亡率の低下が見られなかった。進行したCVDの患者ではあまり厳格なHbA1cの低下は望ましくない。

細小血管症:Kumamoto studyでは、強化インスリン療法でアルブミン尿と網膜症の進展を抑制できた。ACCORDでも強化療法で網膜症の進展が抑制されたが、進行した細小血管症の複合転帰は改善されなかった。自律神経障害の患者では、低血糖に気づかないことがあったり、心疾患死亡率が高いことがあるので注意する。

重篤な低血糖:強化療法は通常療法に比べ、低血糖が2-3倍多く、特に認知機能が落ちている人に多い。ACCORD、ADVANCEでは低血糖と死亡率の関連が示唆されているが、直接の因果関係は示されていない。重篤な低血糖を起こした患者では、強力なHbA1cの低下は推奨されない。

心理・社会・経済的状況
安全性とサポート:一人暮らしで周囲のチェックがない患者には高度な強化インスリン療法は不適切。患者教育やコーチングは患者のエンパワーメントにつながる。

薬剤の副作用:インスリン・SU薬による体重増加、低血糖、チアゾリジン系薬剤による浮腫、心不全、骨折など。副作用と血糖降下のリスク・ベネフィットを考慮する。
心理的または認知状態:抑うつは糖尿病でしばしば見られ、目標達成を妨げる。糖尿病における認知機能抑制(脳血管障害、アルツハイマー病)も問題となる。

経済的考慮:古くからよくある安い薬で治療すると、患者からは劣った治療を受けていると取られることもある。糖尿病の総死亡率は、低所得層で多い。これらのことも十分議論されるべき。

QOL:治療の究極の目的は短期・長期的なQOLを改善することである。

治療目標の設定 (実際のHbA1c値については論文の表2参照)
概略をまとめると、①年齢が若いほど、②糖尿病の罹病期間が短いほどHbA1c目標を低く設定する。また、③CVDの診断がついている患者や合併症の進行した患者では、HbA1c目標を高めに設定する。さらにこれらの目標は、心理社会経済的な状況を考慮して変更する。
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by md345797 | 2011-04-22 21:03 | 症例検討/臨床総説