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低コストで公平に、良好な健康水準を保つ日本の保健システムの将来:国民皆保険を超えて

Future of Japan's system of good health at low cost with equity: beyond universal coverage.

Shibuya K, Hashimoto H, Ikegami N, Nishi A, Tanimoto T, Miyata H, Takemi K, Reich MR.

Lancet. 2011 Aug 30, published online.

【まとめ】
日本が過去50年の間に達成した健康は、低コストで公平な、保健システムを実現してきたことによる。日本の国民皆保険に対する政策は、多くの国がそれぞれの状況において直面している政策論議と同様に発展してきた。しかし、日本の国民皆保険の財政的な持続可能性(financial sustainability)は、人口・経済・政治的な要因から現在危機にさらされている。東日本大震災(Great East Japan Earthquake)による自然災害と原発問題という一連の危機的状況は、日本の社会制度全体をゆるがすとともに、日本の保健システムの構造的な問題を露呈させた。
ここでは、日本が過去50年間にわたって達成した日本の健康の持続可能性と公平性を確保するため、4つの改革案を提案する。① 「人間の安全」というものに価値を置く改革、②中央政府と地方自治体の役割の再編、③保健医療の質を改善すること、④グローバルヘルスに貢献すること、である。今こそ、日本とその保健システムが生まれ変わる時である。

【論文内容】
国民皆保険(universal health insurance coverage)は、全国民が、支払い可能な費用で、主要な保健介入を利用できることを指す。日本は1961年に国民皆保険を実現したが、その後常に修正が加えられてきた。現在、日本の国民皆保険制度は、低い経済成長・不安定な政治状況・大震災による危機によって、その持続可能性が脅かされている。

低コストで公平に、良好な健康水準を維持
低コストで公平に、良好な健康水準を維持している日本の経験は、他国においても重要な教訓が得られるものと考えられている。国民皆保険に関する懸念は、医療費を持続可能な形にコントロールできるか、というところにある。日本の基本政策は、供給の側で支払を厳格に管理する一方で、サービス提供については自由放任(laissez-faire)アプローチを取ってきた。医療の質としては特に慢性疾患において、まだ不十分と思われる。

日本の将来の課題
経済的な持続可能性:高齢化社会(ageing society)の進展と、医療技術の進歩を迎えた現在の日本では、総医療費を抑制しなければならない。しかし、政府には財源を増やす余力がなく、地震・津波・原発の3つの災害が起きた地域の保障のため、政府に対する財政圧力は増している。
政治ガバナンス:原発危機に対処するための、より強力な政治的リーダーシップと意思決定の透明性を高めることが必要である。混乱した政府の対応は、官僚と政治家の間の相互不信によってさらに悪化している。
国民の期待への対応:日本の医療制度は、国民の健康や保健サービスに対する期待に応えきれていない。

未来のための改革
そこで、日本が過去50年間に達成した国民の健康を持続可能にし、公平にするために、次の4つの改革案を提言する。
「人間の安全」(human security)というものに価値を置く改革:日本が直面している危機に向き合うために、「安全」というコンセプトがこれまで以上に重要である。そして、「安全」を公平に与えられることが、日本の保健政策の中核的な価値になる。それにはすべての利害関係者(stakeholder)が新たに関わり、大胆に連携することが重要である。
中央政府と地方自治体の役割の見直し:トップダウンとしては、省庁別の縦割り(ministerial silos)をなくし、国内外の保健医療政策の分析を行う米国のCDCやNIHのような機関を作る必要がある。ボトムアップとしては、保健医療政策の中核組織は中央政府ではなく、地方自治体(都道府県)がなるべきである。震災後の東北地方は、保健システムの改革にとってテストケースの役割を果たす。
保健医療の質を高める:日本では専門医(subspecialty)認定制度はまだ確立しておらず、その一方で残りの医師は家庭医としての正式なトレーニングを受けないまま総合診療を行っている。医師の養成と診療のミスマッチに対応するために、医学教育の改革が必要である。
グローバルヘルスに参画する:日本の、健康保険と長期ケア(介護制度)に関する経験と知見(experience and expertise)は、グローバルヘルスの流れにとって大きな財産となる。

結論
これら4つの改革案はそれぞれ独立したものではなく、同時に実行しなければならないものである。2011年3月の大震災の後では、変革がより早急に行われねばならない。日本では大きな災害の後には、必ず大きな変革が起こってきた。今回、有望な兆しはある。熱心な若者がソーシャルメディアを使い、情報を集め、プロジェクトの支持を取り付け、大規模な寄付運動を開始している。また、この危機によって日本では社会的な団結(social cohesion)の感覚が共有されていることも分かった。日本の安全に対するアプローチは、21世紀の世界の基本となりうるのである。
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by md345797 | 2011-09-26 18:04 | その他

IRS2は、Huntington病モデルマウスでミトコンドリア機能低下と酸化ストレス増加をもたらす

IRS2 increases mitochondrial dysfunction and oxidative stress in a mouse model of Huntington disease.

Sadagurski M, Cheng Z, Rozzo A, Palazzolo I, Kelley GR, Dong X, Krainc D, White MF.

J Clin Invest. 2011 Oct;121(10):4070-81. Sep 19 published online.

【まとめ】
神経のIGF1やIrs2シグナルが低下すると、マウスの寿命が延長することが示されている。Huntington病(HD)での神経変性にIrs2がどのように関与しているかを検討するために、HDのモデルであるR6/2マウスのIrs2の量を調節したマウスを作製した。R6/2マウスの脳のIrs2の量を増加させると、寿命の短縮、神経の酸化ストレス亢進、ミトコンドリアの機能低下が起きた。一方、全身のIrs2の量を減少させると(膵β細胞は除く、R6/2・Irs2+/-・Irs2βtgマウス)運動能が改善し、寿命が延長した。後者のマウスでは、転写因子FoxO1の核への局在が起こっており、FoxO1依存性の遺伝子発現(オートファジー、ミトコンドリア機能、酸化ストレス耐性に関与する遺伝子)が増加していた。これらの結果から、Irs2を減少させる治療が、HDの進行を遅らせる可能性があることが示された。

【論文内容】
Huntington病(HD)は、huntingtin遺伝子(HTT)のexon1でのCAGリピートにより、ポリグルタミンが付加すること(polyQ-HTT)によって起きる進行性神経変性疾患である。全長のヒトpolyQ-HTTを発現させたトランスジェニックマウス(R6/2マウス)は、ヒトのHDの病態生理の理解に有用である。このマウスは、変異HTTにより、脳の萎縮だけでなく、膵β細胞の脱落が起き糖尿病を発症する。この変異HTTは、PPARγ coactivator 1αの発現を抑制し、ミトコンドリア生合成や呼吸を障害する。

また、カロリー制限やinsulin/IGFシグナル伝達の低下が寿命を延長し、神経変性を抑制することがC. elegans、Drosophilaおよびマウスで知られている。カロリー制限は、ミトコンドリア生合成を増加させて、変異polyQ-HTTマウスの神経変性も抑制する。マウスにおいては、脳のIGF1受容体が少ないと、またはIRS2シグナルが少ないと寿命が延長することが知られている。特に、脳特異的なIRS2ヘテロノックアウトマウス(IRS2+/-)は、やや体重が多く、高インスリン血症であるものの、活動性が高く、寿命が延長する。

R6/2マウスの寿命に対するIrs2シグナル伝達の影響
R6/2マウスと、中枢神経系にIrs2を過剰発現させたマウスを交配して、R6/2・Irs2ntgマウスを作製したところ、このマウスは通常のR6/2マウスより早期に死亡した。次にR6/2マウスと、全身でIrs2をヘテロで欠損させたIrs2+/-を交配させ、R6/2・Irs2+/-マウスを作製したところ、R6/2に比べて寿命が延長したが高血糖をきたした。膵β細胞の生存や機能にはIrs2が必要であることから、このマウスに膵β細胞特異的Irs2トランスジェニックマウスを交配させ、R6/2・Irs2+/-・Irs2βtgマウスを作製した。このマウスは、R6/2・Irs2+/-マウスと寿命は変わらなかったが、血糖が正常に保たれた。

R6/2マウスの運動機能・脳の神経病理に対するIrs2シグナル伝達の影響
R6/2マウスはコントロールに比べて、hind limb claspingにより測定した運動能が低下していた。R6/2・Irs2ntgマウスはさらに低下したが、R6/2・Irs2+/-・Irs2βtgマウスはそれに比べやや運動能が改善していた。R6/2マウスにおいて、Irs2の発現低下は、運動異常の進行を抑制すると言える。また、R6/2マウス、R6/2・Irs2ntgマウスの皮質・海馬でGFAP陽性 astrocyteが増加していたが、R6/2・Irs2+/-・Irs2βtgマウスでは、コントロールと同程度であった。Irs2の発現低下は神経病理の進行を抑制した。

R6/2マウスの脳におけるFoxO1活性に対するIrs2シグナル伝達の影響
転写因子FoxOは、ミトコンドリア機能・酸化ストレス耐性を促進する遺伝子発現に関わっている。Insulin/IGF1は、PI3K、Aktを活性化し、FoxO1をリン酸化・核から除外する。R6/2マウスの脳では、FoxO1のリン酸化・核からの除外が起こっており、R6/2・Irs2ntgマウスではそれが同程度なのに対し、R6/2・Irs2+/-・Irs2βtgマウスでは、コントロールと同程度であった。R6/2マウスにおいて、Irs2の発現低下は、FoxO1の核からの除外を抑制した。

R6/2マウスの酸化エネルギーバランスに対するIrs2シグナル伝達の影響
R6/2マウスの脳では、活性酸素種の増加、過酸化脂質の増加などの酸化ストレス亢進が起こっており、R6/2・Irs2ntgマウスではそれが進行しているのに対し、R6/2・Irs2+/-・Irs2βtgマウスでは、コントロールと同程度であった。R6/2マウスにおいて、Irs2の発現低下は、ミトコンドリア機能を促進し、酸化ストレスの亢進を抑制した。

【結論】
HDのモデルマウスにおいて、Irs2の発現低下が酸化ストレス・ミトコンドリア機能低下・神経病理を抑制し、死亡率を低下させた。
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by md345797 | 2011-09-22 17:23 | その他

閉ループ制御インスリン注入

Closed-loop insulin delivery: from bench to clinical practice.

Hovorka R.

Nat Rev Endocrinol. 2011 Feb 22;7(7):385-95.

【総説内容】
Closed-loopインスリン注入

この30年間、閉ループ制御インスリン注入(closed-loop insulin delivery)、いわゆる人工膵臓は、糖尿病治療の達成困難な最高の目標 (holy grail:聖杯) と考えられてきた。この装置は、持続グルコースモニター(CGM)とインスリン持続皮下注入(CSII)のコンポーネントが合わさったものであり、リアルタイムの組織液グルコースを測定し、アルゴリズムに基づいてインスリンを注入する。インスリン注入のアルゴリズムには2つあり、MPC(model predictive control)とPID (proportional-integral-derivative)制御による古典的フィードバック制御である。そのほかに、ファジー論理に基づくもの、MPCとPIDの両方によりインスリンとグルカゴンを注入するものがある。

Closed-loopインスリン注入の障壁となるもの
CGMでは組織液のグルコース値を測定するため、血糖値との間に時間差がある(DexComでは6分、Freestyle NavigatorとGuardianでは8-15分の時間差が報告されている)。また、センサーで測定したグルコース値と血糖値の間の偏差もある。さらに、インスリン皮下注入後の最大血糖低下は90‐120分後になるというインスリン吸収の問題、インスリン効果の個人間差の問題もある。食事・運動は血糖変動に影響するが、closed-loopシステムでは血糖だけ見てインスリンを投与するため、インスリン注入量の調整が必要となる。

性能の評価
Closed-loopシステムの性能を評価するのに最もよく用いられる基準は、「グルコースが目標範囲内に入っている時間」である。これは、空腹時またはovernightで3.9-8.0 mmol/l、食後で10.0 mmol/l以下とされる(注:それぞれ、70-144、180 mg/dl)。

Closed-loopインスリン注入の臨床研究
もっとも単純なclosed-loopシステムは、血糖が低値になったらインスリン注入を中止する形である。半数以上の重篤な低血糖は睡眠中に起きるため、また、食事と運動の影響がないため、1型糖尿病でのovernight closed-loopシステムの検討が進んでいる。さらに、食後にインスリンボーラス注入も行えるday-and-night closed-loopシステムが作られている。また、インスリン(MPCによる)注入に加え、グルカゴン(PID制御による)の注入により低血糖を防止するdual-hormone closed loopも報告されている。
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by md345797 | 2011-09-15 16:41 | その他

日本国民はなぜ健康なのか?

What has made the population of Japan healthy?

Ikeda N, Saito E, Kondo N, Inoue M, Ikeda S, Satoh T, Wada K, Stickley A, Katanoda K, Mizoue T, Noda M, Iso H, Fujino Y, Sobue T, Tsugane S, Naghavi M, Ezzati M, Shibuya K.

Lancet. 2011 Sep 17;378(9796):1094-105.

【まとめ】
本研究では、日本国民がなぜ世界で最も平均寿命が長く、健康なのかを検討する。1950年代から1960年代初めにかけて、日本国民は感染性疾患(communicable diseases)を短期間に減少させ、その後、脳卒中による死亡率を低下させた。1950年代には、脳卒中を除く非感染性疾患による死亡率の死亡率はすでに高くはなかった。1960年代半ば以降、非感染性疾患予防のための地域公衆衛生対策が行われ、国民皆保険制度(universal insurance scheme)による先進医療技術の増加に伴って、国民の健康はさらに増進された。また、平等な教育機会や医療へのアクセスを通して、健康の格差(health inequalities)が減少した。第二次大戦後の健康問題で成功を収めた日本は現在、急速な高齢化、医療技術で対処できない問題、社会的格差などの大きな健康上の課題に取り組まねばならなくなっている。

【論文内容】
第二次大戦後の1947年には、日本人の健康状態は良くなく、平均寿命は男性50歳、女性54歳であった。しかし、その後の健康状態は改善し、1950年代後半の急速な経済成長によってかつてないほどに平均寿命が延長した。1986年には日本人女性の平均寿命は世界第1位となり、2009年には86歳に達した。日本人はなぜ健康なのか、どうやって世界最長の平均寿命を実現したのか?第一に、日本人は日常生活のあらゆる場面で衛生に気を配っている。第二に日本人は健康意識が高い。定期健康診断を受けることは普通である。第三に日本食がバランスよく、日本人の食生活も経済成長と並行して改善されてきた。しかし、日本は今、数々の健康問題に直面模している。人口の高齢化が進行し、総人口は1億2800万人(2005年)から9500万人(2050年)に減少し、その40%が65歳以上の高齢者になる。30-59歳の人口の3分の1が過体重か肥満という問題、サラリーマンの不健康な生活、ストレス、極端な場合では自殺の問題がある。

幼児・若年成人の死亡率
過去60年の平均寿命の延びのうち、大半が1950-65年の間のものである。これは、幼児(5歳未満の子供)および若年成人(60歳未満の成人)の死亡率の大きな低下を反映している。5歳未満の健康改善は、消化器や呼吸器の感染症、ワクチンで予防可能な疾患をコントロールできたことによる。また、60歳未満成人における死亡率の減少は、結核による死亡率の低下の効果が大きい。1952年からの結核治療の無料化、胸部レントゲンやストレプトマイシンの使用により、1961-77年の間、結核の有病率は毎年11%ずつ低下した。

非感染性疾患の死亡率
感染性疾患への対処が成功した後も、日本人の平均寿命は着実に伸び続けた。1950年には日本人の脳卒中による死亡率は非常に高かったが、癌と虚血性心疾患の死亡率は先進諸国に比べてかなり低かった。1960年代半ば以降も平均寿命が伸び続けた原因としては、特に脳血管疾患の死亡率が着実に減少したことによる。これは、日本人の血圧が1960年代後半に低下し始めたことと一致する。日本人の血圧の低下には、降圧剤服用の増加と塩分制限を含む生活様式の改善が関連している。

文化的背景と健康格差
日本人の長寿達成の原因には、文化的背景(日本の地域社会における強い連帯など)もあるかもしれない。さらに、均質で平等主義的な(homogeneous and egalitarian)日本社会では、強力な教育政策や雇用安定の規制、国民皆保険が実施されてきた。1970年代まで続いた高度経済成長期には所得格差が減少し、1990年代までは90%以上の人が自らを中流だと考えていた。しかし現在は所得格差が拡大し、健康格差も一致して増加している。

日本国民の健康のための課題
日本における死因の上位は、がん、心疾患、脳血管疾患であり、これらの非感染性疾患を予防する必要がある。日本における予防可能な危険因子は、喫煙と高血圧である。喫煙が有害であることはよく認知されているものの、日本での喫煙はいまだに一般的であり、若い女性の間にも徐々に広まっている。喫煙関連の死亡率を減少させるために、たばこの消費を抑制し、喫煙を促進していく必要がある。また、日本人の血圧管理はいまだ不十分であり、降圧剤により血圧が有効に管理されている人は5分の1以下である。そこで、高血圧の早期発見や生活習慣の是正、降圧治療の取り組みの強化が必要となっている。

さらに、高血糖、運動不足、飲酒、肥満などの危険因子を抑制するために、包括的な予防介入が必要である。2008年から、40-74歳の国民には年1回の健診とメタボリックシンドローム予防のための健康介入を義務付けているが、これらの有効性はまだ証明されていない。

日本において自殺死亡者は1998年から年間3万人を超えており、自殺の予防は日本人の健康における主要な課題の一つである。政府は自殺の増加に対し、2006年に自殺対策基本法、その後包括的な自殺対策指針を決定したが、その効果はまだ顕著ではない。

世界への教訓

戦後日本の経験は、低所得国においても国民の健康達成が可能であることを示している。1950年代の初め、日本の国民所得は少なかったが、子供の生存への介入と結核診療の無料化を通じて、平均寿命を大幅に伸ばすことができた。平等主義的な日本社会では、1961年に国民皆保険が達成され、健康増進への機会を均等に提供する環境の整備が進んだ。世界的に見て、他の国々においても国民皆保険への道が開かれるべきであろう。
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by md345797 | 2011-09-13 17:57 | その他

Cdk5によるリン酸化を阻害する非アゴニストPPARγリガンドの抗糖尿病作用

Antidiabetic actions of a non-agonist PPARγ ligand blocking Cdk5-mediated phosphorylation.

Choi JH, Banks AS, Kamenecka TM, BusbySA, Chalmers MJ, Kumar N, Kuruvilla DS, Shin Y, He Y, Bruning JB, Marciano DP, Cameron MD, Laznik D, Jurczak MJ, Schürer SC, Vidović D, Shulman GI, Spiegelman BM, Griffin PR.

Nature. 2011 Sep 4;477(7365):477-81.

【まとめ】
PPARγのアゴニストは、rosiglitazoneおよびpioglitazoneといったthiazolidinedione(TZD)系薬剤がよく知られているが、近年Cdk5によるPPARγのリン酸化を阻害する薬剤の有効性が示されている。本研究では、培養脂肪細胞およびインスリン抵抗性マウスにおいて、PPARγに結合するが、古典的な転写活性化を全く伴わず、Cdk5によるリン酸化をブロックする新規合成化合物について報告する。その一つ、SR1664は体液貯留や体重増加をきたすことなく、強い抗糖尿病作用をもつ。SR1664は、TZDと違って、培養細胞において、骨形成を阻害することもない。以上より、Cdk5によるPPARγリン酸化を特異的な標的にした、新しいクラスの糖尿病薬が開発される可能性が出てきた。

【論文内容】
PPARγは、肥満に伴って Cdk5によりSer273がリン酸化される。 PPARγのリン酸化を阻害する、新しい薬剤の開発が可能である。この研究では、PPARγに強く結合するがclassical agonism(PPAR反応性エレメントの転写を増加させること)はなく、そのリン酸化を抑制する合成化合物であるSR1664は、体液貯留や体重増加をきたすことなく、強い抗糖尿病作用をもつ。PPARγアゴニスト(rosiglitazone)は前駆脂肪細胞を成熟脂肪細胞に分化させる作用があるが、 SR1664にはその作用はない。また、rosiglitazone、pioglitazoneは骨形成を抑制し、骨折のリスクを増加させるが、SR1664にはosteoblastのミネラル化を抑える作用はない。

次にSR1664が抗糖尿病効果を示すかをin vivoで検討した。高脂肪・高ショ糖食を負荷した肥満・インスリン抵抗性マウスに SR1664を1日2回5日間注入すると、用量依存的にCdk5によるPPARγのSer273リン酸化が低下した。血糖・インスリン値・HOMA-IRも正常化した。高インスリン正常血糖クランプにおける、グルコース注入率・肝の糖産生抑制・脂肪組織の糖取り込みも有意に改善した。また、SR1664投与マウスでは、adiponectin、adipsinを初めPPARγリン酸化抑制による遺伝子発現も増加した。

次にob/obマウスにrosiglitazoneまたはSR1664を投与したところ、どちらもPPARγのリン酸化低下が起き、インスリン値の低下、グルコース負荷後の血糖が低下した。rosiglitazone投与マウスでは体重増加が認められ、ヘマトクリットの低下を伴ったため、体液貯留と考えられた。また、MRIで体脂肪の増加も認められた。しかし、SR1664投与ではこのような体重増加や体脂肪増加・ヘマトクリットの低下が見られなかった。SR1664はPPARγアゴニストではないため、抗糖尿病作用はあるが、副作用(体液貯留と体脂肪増加)は伴わなかった。

【結論】
本研究では、①PPARγのCdk5によるリン酸化を阻害し(full agonistであるrosiglitazon、partial agonistであるMRL24もリン酸化は阻害する)、しかもアゴニストでない新規リガンドを作れるか? ②そのような化合物は抗糖尿病活性を持つか? ③非アゴニスト化合物はrosiglitazoneのようなfull agonistに比べて副作用が少ないか?という点が検討された。結果として、SR1664はPPARγアゴニストではなく、脂肪細胞分化には働かないが、強い抗糖尿病効果があることが明らかになった。また、体液貯留や体重増加がなく心血管障害のリスクが少ないこと、骨密度の低下をきたしにくいことなど、副作用が少ないことも示された。
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by md345797 | 2011-09-07 17:40 | インスリン抵抗性

脂肪酸受容体のGPCRsを標的とする治療はインスリン抵抗性と炎症性疾患を改善する

Targeting GPR120 and other fatty acid-sensing GPCRs ameliorates insulin resistance and inflammatory diseases.

Talukdar S, Olefsky JM, Osborn O.

Trends Pharmacol Sci. 2011 Sep;32(9):543-50.

【総説内容】
遊離脂肪酸受容体であるGPCRsは治療のターゲットになる

現在約850種類のGPCRs(G-protein-coupled receptors)があり、処方されているすべての薬剤の約30%はGPCRsをターゲットにしている。遊離脂肪酸はその脂肪族末端によって短鎖(炭素が6未満)、中鎖(炭素6-12)、長鎖(炭素が12より多い)の脂肪酸に分けられ、それぞれが異なるGPCRsのリガンドとして働いている(後述)。2型糖尿病や肥満では遊離脂肪酸の増加が見られるが、膵β細胞に遊離脂肪酸が作用すると、急性にはインスリン分泌を促進し、慢性にはインスリン分泌を障害する。また、慢性の低レベルの代謝における炎症(metaflammationとも呼ばれる)は、肥満・インスリン抵抗性の病態の根底にあるが、マクロファージにあるGPCRsが遊離脂肪酸による炎症の過程に関与していると考えられている。

中鎖・長鎖脂肪酸受容体
GPR120

GPR120は、マクロファージと脂肪細胞にあるω3脂肪酸の生理的受容体であり、強い抗炎症作用・インスリンリン感受性増強作用を持つ。LPS(lipopolysaccharide)はTLR4に、またTNF-αはTNFRに結合し、細胞質内のTAK1-TAB1複合体を介してNF-κB経路・JNK経路を刺激して炎症を引き起こすが、ω3受容体(GPR120)にリガンド(DHAなど)が結合すると、受容体が細胞内でβarrestin2を介してTAB1に結合し、TAK1との結合を阻害するため、炎症が抑制される。通常のマウスは高脂肪食でインスリン抵抗性になるが、ω3脂肪酸補充によりインスリン抵抗性が改善される。マクロファージ特異的GPR120ではこのインスリン抵抗性改善が起きないため、ω3脂肪酸の作用はマクロファージのGPR120を介していると言える。

魚油によるω3脂肪酸の補充が、さまざまな炎症性疾患(関節リウマチ、歯周病、気管支喘息、心血管疾患、がんなど)に与える影響が臨床試験で検討されつつある。ヒトのω6/ω3脂肪酸の比は、早期人類の1:1から、現代米国では10:1まで急激に増加している。そのため、心血管疾患予防のためにω3脂肪酸の摂取が推奨されている。なお、GPR120は味蕾にも発現しており、GPR120欠損マウスはリノレン酸(ω3脂肪酸)を好まないため、味蕾でのGPR120発現がω3食を好むために重要である可能性がある。

ω3脂肪酸の臨床研究
低用量のEPA+DHAまたはALAの補充は、心筋梗塞患者での心血管イベントを有意に減少させなかった。臨床試験で用いられるω3脂肪酸の用量は、400mgから16.2g/日にわたっており、ヒトでどの容量が効果があるかは検討中である。ω3魚油の副作用は、魚油の後味の悪さ・悪心・胃出血・脳出血のリスクなどである。近年、GRP120の合成アゴニストが開発されており、今後の臨床研究が待たれる。

GPR40(FFAR1)
GPR40(Free Fatty Acid Receptor 1: FFAR1)は、膵β細胞に発現し、FFAのインスリン分泌に対する急性・慢性効果に重要な役割を果たしている。GPR40は他にも消化管の内分泌細胞にも発現しており、FFAによるインクレチン分泌に関与している。GPR40を欠損させると、肥満による高インスリン血症や脂肪肝、耐糖能異常が起きず、過剰発現させるとβ機能不全、高インスリン血症を伴う糖尿病をきたす。しかし、GPR40欠損マウスに8週間高脂肪食を負荷した場合、空腹時高血糖や肥満、インスリン抵抗性をきたすという逆の報告もある。GRP40のアゴニストとアンタゴニスト、どちらが2型糖尿病の治療ターゲットになるのかは議論が分かれている。

GPR84
白血球に多く発現する中鎖脂肪酸の受容体であり、LPSによるIL-12産生に関与している。脂肪酸代謝と免疫をつなぐ役割があると考えられている。
GPR119
膵や小腸・大腸に発現する長鎖脂肪酸の受容体。 GPR119の刺激によりインスリンやGLP-1が増加し、耐糖能が改善するため、 GPR119アゴニストの臨床試験が行われている。

短鎖脂肪酸受容体
GPR43(FFAR2)

短鎖脂肪酸受容体で、免疫細胞(特に多型核球)に多く発現する。白血球の活性化に関与している。消化管のPYY産生内分泌細胞や5-HT産生粘膜細胞にも発現し、短鎖脂肪酸によるPYYや5-HTの腸管への分泌を司っている。GPR43欠損マウスは、高脂肪食を負荷しても体重が増加せず、耐糖能は悪化しない。しかし、GRP43アゴニストである酪酸(butyrate)を多く投与すると大腸がんを発生する恐れがある(in vitroではGRP43は大腸の腫瘍抑制因子として作用しているが、in vivoでは逆でありbutyrate paradoxと呼ばれる)。

GPR41(FFAR3)
脂肪細胞に多く発現し、短鎖脂肪酸(特にプロピオン酸)によるレプチン産生に関与している。腸内細菌叢は500-1000種類の、10の14乗個の細菌からなり、宿主の免疫系および炎症性疾患に影響しているが、これらによる食物線維の醗酵の副産物がGPR43およびGPR41の内因性アゴニストになっている。


【結論】
ω3脂肪酸に対するGPR120を初めとする、脂肪酸に対するGPCRsを標的とする治療は、インスリン抵抗性と炎症性疾患を改善することが明らかになりつつある。
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by md345797 | 2011-09-05 17:55 | インスリン抵抗性

南アジア系統のヒトのゲノムワイド関連解析により、新たな6つの2型糖尿病感受性遺伝子座が同定された

Genome-wide association study in individuals of South Asian ancestry identifies six new type 2 diabetes susceptibility loci.

Kooner JS, Saleheen D, Sim X, Sehmi J, Zhang W, Frossard P, Been LF, Chia KS, Dimas AS, Hassanali N, Jafar T, Jowett JB, Li X, Radha V, Rees SD, Takeuchi F, Young R, Aung T, Basit A, Chidambaram M, Das D, Grunberg E, Hedman AK, Hydrie ZI, Islam M, Khor CC, Kowlessur S, Kristensen MM, Liju S, Lim WY, Matthews DR, Liu J, Morris AP, Nica AC, Pinidiyapathirage JM, Prokopenko I, Rasheed A, Samuel M, Shah N, Shera AS, Small KS, Suo C, Wickremasinghe AR, Wong TY, Yang M, Zhang F; DIAGRAM; MuTHER, Abecasis GR, Barnett AH, Caulfield M, Deloukas P, Frayling TM, Froguel P, Kato N, Katulanda P, Kelly MA, Liang J, Mohan V, Sanghera DK, Scott J, Seielstad M, Zimmet PZ, Elliott P, Teo YY, McCarthy MI, Danesh J, Tai ES, Chambers JC.

Nat Genet. 43, 984–989, 2011.

【まとめ】
南アジア系統の2型糖尿病5,561名とコントロール14,458名を対象にゲノムワイド関連解析(GWAS)を行った。その結果、2型糖尿病に関連する20のSNPsと、2型糖尿病で遺伝子変異を持つ新しい6つの遺伝子座(GRB14, ST6GAL1, VPS26A, HMG20A, AP3S2, HNF4A)を同定した。GRB14のSNPsはインスリン感受性に関連し、ST6GAL1およびHNF4AのSNPsは膵β細胞機能に関連していた。これらの結果は、南アジア人における2型糖尿病の遺伝的メカニズムの解明に役立つと思われる。

【論文内容】
南アジア系統のヒトはヨーロッパ人に比べ2型糖尿病のリスクが4倍高いとされており、2030年には世界の全糖尿病患者の4分の1である8000万人を南アジア人が占めると予想されている。現在までにGWASによって42の遺伝子が2型糖尿病感受性に関連があることが明らかになっている。これらの多くはヨーロッパ系が対象であるが、この研究では、ロンドン・パキスタン・シンガポールの2型糖尿病南アジア人5,561名とコントロールの南アジア人14,458名を対象にGWASを行った。その結果、2型糖尿病リスクの遺伝子座としてよく知られたTCF7L2のSNP(rs7903146)が有意であった。そのほかに6つのSNPsが次の遺伝子座に認められた(GRB14, ST6GAL1, VPS26A, HMG20A, AP3S2, HNF4A)。

GRB14近傍のrs3923113は2型糖尿病と強い相関を示していたが、GRB14はインスリン受容体のアダプター蛋白としてチロシンキナーゼシグナルの阻害を起こすことが知られている。Grb14-/-マウスはインスリン感受性が亢進している。rs3923113のリスクアリールは南アジア人でインスリン感受性が低下しており、GRB14の機能亢進型の変異(gain of function)を呈していると考えられる。ST6GAL1は、ゴルジ装置に局在する酵素をエンコードしており、細胞表面のtraffickingやインスリン作用に関連している可能性がある。VPS26Aはエンドソームからトランスゴルジネットワークへの蛋白輸送に関わる蛋白をエンコードしており、膵や脂肪組織に発現している。HNF4Aは肝に強く発現する核内転写因子で、その変異はMODY(maturity-onset diabetes of the young)のtype 1として知られる。HNF4Aのイントロン中のrs4812829のリスクアリールは南アジア人において、膵β細胞機能低下と関連した。

【結論】
GWASにより、南アジア人で初めて2型糖尿病と関連する遺伝子座を明らかにした。今回の解析で6つの新しい遺伝子座が2型糖尿病に関連していることが分かった。
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by md345797 | 2011-09-01 17:16 | 糖尿病の遺伝学