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PTENの機能低下型変異を持つ患者は、肥満だがインスリン感受性が亢進している

PTEN mutations as a cause of constitutive insulin sensitivity and obesity.

Pal A, Barber TM, Van de Bunt M, Rudge SA, Zhang Q, Lachlan KL, Cooper NS, Linden H, Levy JC, Wakelam MJ, Walker L, Karpe F, Gloyn AL.

N Engl J Med. 2012 Sep 13;367(11):1002-11.

【まとめ】
2型糖尿病と肥満と癌は関連があることが知られているが、代謝と細胞増殖の両方に影響する分子としてPTENがある。PTENの機能低下型(loss-of-function)変異は「cancer predisposition syndrome」の原因となる(この一つがCowden症候群である)。本研究では、15名のCowden症候群(PTENのハプロ不全haploinsufficiencyを持つ)患者と15名の対照者のインスリン感受性の違いと、両群各5名ずつの骨格筋・脂肪組織におけるインスリンシグナル伝達について検討した。その結果、PTEN変異を持つ患者は対照者に比べ、インスリン抵抗性が少なく(血漿インスリン値が低値、高インスリン正常血糖クランプ法でグルコース注入率が高値)、脂肪組織でAKTリン酸化の亢進を示していた。なお、PTEN変異患者は、一般のコントロール(2097名の正常対照者)に比べ肥満であった。本研究により、PTEN haploinsufficiencyは肥満をもたらすがインスリン感受性を亢進させるという相反する効果をもたらすことが明らかになった。

【論文内容】
癌抑制因子のフォスファターゼとして知られるPTENは、下図のようにPI3K経路を抑制(PI3Kの産物であるPIP3を脱リン酸化)することにより細胞増殖やインスリンシグナル伝達を抑制する働きがある。
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PTENの機能低下型(loss-of-function)変異は発癌性の遺伝子変異として知られ、ヒトのCowden症候群(cancer predisposition syndromeの一つ)の原因である。マウスモデルでは、Ptenの1コピーを欠損した(Pten haploinsufficiency)マウスは、PI3K-AKT経路の活性化によりインスリン感受性が亢進する。同様に、Ptenを組織特異的に骨格筋脂肪組織膵β細胞で欠損させると耐糖能が改善することが示されている。本研究では、Cowden症候群患者と正常対照者のインスリン感受性の違いを調べた。

15名のCowden症候群患者(PTENの機能低下型変異をもつhaploinsufficiencyを確認している。7名はnonsense変異、2名は欠失、6名はmissense変異である)、および年齢・性別・BMIが対応する15名の対照者(PTEN変異がないことを確認している)を対象とした(人種はいずれも白人の欧州人)。

この2群にOGTTを施行したところ、血糖変動には有意差がなかったが、インスリン値はPTEN変異群で有意に低値(空腹時インスリン値は対照の60%低値、インスリン曲線のAUCは67%低値)、インスリン抵抗性を表すHOMA-IRは59%低値、インスリン感受性を表すStumvoll index scoreは1.67倍、Matsuda index scoreは2.2倍大きく、インスリン感受性の亢進が示された。なお、各群の対応する5名ずつで高インスリン正常血糖クランプを施行したところ、PTEN変異群のグルコース注入率は約2倍で、クランプによってもインスリン感受性の亢進が認められた。なお、disposition indexから判断した膵β細胞機能は、PTEN変異群15名と対照群15名で有意差は認めなかった(これはマウスの膵β細胞特異的Pten欠損でインスリン分泌が増加するという報告とは相反する結果であった)。

次に、PTEN変異を持つ15名とのBMIと空腹時インスリン値を、一般の2097名のコントロールと比較したところ、PTEN変異群のプロットは一般の集団の5th percentileのあたりに存在し(図のA)、コントロールと同じBMIであっても空腹時インスリン低値(インスリン感受性が高い)ことが示唆された。また、一般のコントロールと比べ、PTEN変異を持つ15名はBMIが高かった(図のB:箱ひげ図の箱は第1四分位数(25 percentile)と第3四分位数(75 percentile)の間を表し、垂直線(ひげ)はデータの範囲を表す)。
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なお、PTEN変異を持つ15名は、年齢・性別・BMIが対応する対照群15名と比較すると、体組成(除脂肪体重、骨量、総脂肪量、脂肪分布)に差はなかった。

また、PTEN変異を持つ群は対照群と比べ、空腹時血漿adiponectin値が有意に低値であり、leptin値や脂質プロファイルには有意差がなかった(インスリン感受性亢進にもかかわらず、adiponectinの上昇や脂質の改善は見られなかった)。

両群のうち各5名で、OGTTの0分と120分で、外側広筋と皮下脂肪組織の生検検体を採取した。その結果、両群の0分で骨格筋のPIP3値、PIP3:PIP2比、AKT発現レベルは同じであった。PTEN変異群の骨格筋でのリン酸化AKTは低値(有意ではない)だったが、脂肪組織のリン酸化AKTは高値(これも有意ではなかったが)であった。なお、PTEN変異群の0分でのPTEN mRNAは、脂肪組織でのみ有意に低下しており、骨格筋では有意な低下はなかった。そのため、脂肪組織でのみリン酸化AKTの低下があったと思われる。なお、両群とも、OGTT120分の骨格筋・脂肪組織でリン酸化AKTは増加していた。以上より、PTEN変異群のインスリン感受性亢進は、(空腹時においては脂肪組織の)PI3K-AKTシグナル伝達の亢進を介する可能性が示唆された。

【結論】
PTENの変異は、Cowden症候群という癌リスク増加傾向と肥満を伴うが、一方でインスリン感受性は亢進させることが示された。

PTENにはPI3K-AKTシグナル伝達を促進することで増殖と代謝を抑制する働きがあると考えられるが、その作用機序はさらに複雑なようである。例えば、全身にPTENを過剰発現させたトランスジェニックマウス(Super-PTENマウス)ではエネルギー産生が増加し、そのマウスの細胞は発癌性形質転換を起こしにくい(glycolysisを抑制するanti-Warburgの状態)という結果が報告されている。

また、本研究のPTEN変異を持つ患者は肥満だが、インスリン感受性は高いという特徴を示している。さらに、インスリン感受性が高いにもかかわらずadiponectinは低値であった。Adiponectin値とインスリン感受性の関連も複雑であり、例えばインスリン受容体の遺伝的変異を持つ患者は、高度なインスリン抵抗性を示すにもかかわらずadiponectinは高値である。本研究のCowden症候群の場合、adiponectin低値は発癌リスクが増加することとは合致するが、インスリン感受性亢進とは合致していない。
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by md345797 | 2012-11-30 07:40 | シグナル伝達機構

PTENはエキソソームにより細胞外に輸送され、レシピエント細胞においてフォスファターゼ活性を示す

The tumor suppressor PTEN is exported in exosomes and has phosphatase activity in recipient cells.

Putz U, Howitt J, Doan A, Goh CP, Low LH, Silke J, Tan SS.

Sci Signal. 2012 Sep 25;5(243):ra70.

【まとめ】
エキソソーム(Exosomes)はエンドソーム由来の微小胞(microvesicle) であり、細胞から外に分泌されて、その内容物である蛋白、脂質、DNA、microRNAsなどが、受け手の(レシピエント)細胞の生理状態を変える。本研究では、通常は細胞質と核に存在すると考えられてきた癌抑制因子であるPTENが、エキソソームにより細胞外に分泌されることを示した。分泌されたPTENは、レシピエント細胞に取り込まれ、その細胞のAktリン酸化を低下させ、細胞増殖を抑制するという作用を発揮する。エキソソームによるPTEN分泌には、Ndfip1(E3ユビキチンリガーゼであるNedd4ファミリーのアダプター蛋白)が必要である。PTENのエキソソームへの取り込みにはNdfip1が必要である(ユビキチンリガーゼNedd4-1やNedd4-2だけでは取り込みは起こらない)。さらに、PTENのLysine 13はNedd4-1によるユビキチン化に必要なアミノ酸だが、この Lysine13はPTENのエキソソーム輸送に必要であった。PTENは発生および正常・異常の両方の状態で重要な働きをするが、それには本研究で明らかになったPTENの細胞を超えたフォスファターゼ活性が重要である可能性がある。

【論文内容】
PTENは、PI 3-キナーゼ(PI3K)によって産生されたPIP3を脱リン酸化してPIP2に変換することにより、PI3Kシグナル伝達をスイッチonからoffにするフォスファターゼである。PI3K下流のAktはPIP3によってリン酸化され細胞増殖を促進するため、このシグナル伝達を阻害するPTENは癌抑制(tumor suppression)の機能を持つことがよく知られている。実際、PTEN変異を持つ患者は、脳、乳癌、前立腺、皮膚の腫瘍を起こすことがある。

PTENは通常は細胞質に存在し、PIP3が存在する細胞膜へと移行してフォスファターゼ活性を示すと考えられている。また、PTENは核にも蓄積し、染色体安定性を促進するなどフォスファターゼ活性とは別の作用を及ぼしており、これがPTENの癌抑制作用に重要と考えられてきた。今まで、PTENが細胞外に分泌され、細胞を超えて活性を発揮するということは知られていなかった。

エキソソーム(exosomes)は、後期エンドソームや多小胞体(multivesicular bodies; MVBs)由来の小胞であり、MVBsが細胞膜と融合することにより細胞外分泌を担うことが知られている。エキソソームは、不要になった蛋白、脂質、RNAsなどを細胞外に輸送するための小胞として働いたり、細胞外に蛋白やmRNAsを分泌し細胞間でシグナルを伝達するのに必要と考えられている。エキソソームの働きの例として、癌に対する抗原を細胞外へと輸送し、T細胞がそのエキソソームを取り込むことによって癌に対する免疫が維持されるなどの作用が知られていた。この研究では、癌抑制因子であるPTENがエキソソームによって細胞外に輸送され、標的細胞の増殖抑制を促進するという予想外の結果を報告する。

PTENのエキソソームへの取り込みにはNdfip1が必要である
この研究ではまず、mouse embryonic fibroblasts(MEFs)またはHEK293T細胞から3段階遠心プロトコールによって得られたエキソソーム中に、PTENが存在することを発見した。PTENとNdfip1はショ糖勾配において、エキソソームマーカーであるTsg101と同じ分画に出現し、PTENとNdfip1がエキソソームに存在することが分かった。さらに透過電子顕微鏡によりこれらは典型的な大きさと形態をもつエキソソームであることが分かった。このときの細胞は95%以上生存しており、死細胞からのエキソソーム放出ではないことも確認した。

次に、His-tagged PTENとFLAG-tagged Ndfip1をHEK293T細胞に同時にtransfectし、それぞれの抗体による免疫沈降によって、両者が生理的に結合していることを確認した。Ndfip1-/-MEFsではPTENがエキソソームに取り込まれず、そこに外因性にNdfip1を発現させるとPTENがエキソソームに取り込まれたため、PTENのエキソソームへの取り込みにはNdfip1が必要であることが分かった。

ユビキチンリガーゼアダプター蛋白Ndfip1がないとPTENのエキソソームへの取り込みは起こらない
Ndfip1はE3ユビキチンリガーゼのNedd4ファミリーのアダプター蛋白であり、Nedd4ファミリーの一つであるNedd4-1はPTENに結合してユビキチン化することが知られている。そこでユビキチンンリガーゼNedd4-1やNedd4-2がPTENのエキソソームへの取り込みに必要かどうかを検討した。HEK293T細胞にNedd4-1またはNedd4-2を過剰発現させてもPTENのエキソソームへの取り込みは促進されず、Ndfip1を同時に発現させたときのみ促進された。したがって、PTENのエキソソームへの取り込みにはNdfip1が必要であり、ユビキチンリガーゼNedd4-1やNedd4-2だけではエキソソームへの取り込みは起こらない。

PTENのユビキチン化部位であるLys13は、PTENのエキソソームへの取り込みに必要である
PTENのLys13は、Nedd4-1によるユビキチン化に重要なアミノ酸である。なお、PTENのユビキチン化部位の変異はPTENの癌抑制作用を障害するため、癌の発症につながることが知られている。HEK293T細胞に、PTENのLys13のグルタミン酸置換体(K13E)と野生型(WT)のPTEN、およびNdfip1を発現させた。その結果、WT PTENを発現させたNdfip1発現細胞ではPTENのエンドソームへの取り込みが見られた。(なお、Ndfip1を発現させなかった細胞では取り込みなし)。それに対し、K13E PTENはNdfip1の有無にかかわらずエンドソームに取り込まれなかった。以上より、PTENのLys13のユビキチン化がエンドソームへの取り込みに必要であると考えられた。

エキソソーム内のNdfip1とPTENはレシピエント細胞に取り込まれた後、機能的に活性を持つ
次に、Ndfip1+/+MEFsより調製したエキソソームを緑色蛍光染色PKH67を用いてラベルし、Ndfip1-/-MEFsに添加した。その結果、レシピエントのNdfip1-/-MEFsで、緑色蛍光染色された外来性のエキソソームが取り込まれているのが観察された。さらに、ドナーMEFs(WTまたはNdfip1-/-)から調製したエキソソームを、Ndfip1+/+およびNdfip1-/-MEFsに添加したところ、Ndfip1+/+MEFs由来のエキソソームのみがレシピエント細胞に取り込まれていることをWestern blottingで確認した。免疫蛍光染色でも、Ndfip1+/+ MEFでの内因性Ndfip1(下図左上:赤く染色されている部分)と、Ndfip1-/- MEFではこれがないことを確認し(下図右上)、Ndfip1を発現させたHEK293T細胞由来のエキソソームを添加したNdfip1+/+ MEFおよびNdfip1-/- MEF(それぞれ左下、右下)の細胞質内にNdfip1が著明に増加して認められることを確認した。
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(図)レシピエントMEFs(左上はNdfip1+/+でNdfip1は赤色、右上はNdfip1-/-)への、ドナーHEK293T細胞のエキソソーム由来Ndfip1の取り込み(左下はNdfip1+/+、右下はNdfip1-/-MEFsで、Ndfip1は赤色)

次に、HEK293T細胞にPTEN-EGFPとNdfip1を発現させ、そのエキソソームを得て、Ndfip1-/- MEFsに添加して培養した。そのレシピエント細胞の細胞質には免疫蛍光染色でEGFPが認められ(下図左上:EGFP抗体で染色=緑)、PTEN染色では内因性PTENとエキソソーム由来のPTEN-EGFP(下図右上:PTEN抗体で染色=赤)が認められた。両画像の重ね合わせで、レシピエント細胞に取り込まれたPTEN-EGFPが認められた(下図左下:重ね合わせ像で赤は内因性PTEN、黄色は取り込まれたPTEN-EGFP)。これはWestern blottingでも同様の結果が確認された。
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(図) レシピエントNdfip1-/- MEFsの、エキソソーム由来PTEN-EGFP(左上緑色)、内因性PTEN(右上赤色)、およびエキソソーム由来PTENの取り込み(左下重ね合わせ像の黄色)

では、レシピエント細胞に取り込まれたPTENはフォスファターゼ活性を持つのか。Ndfip1+/+MEFsまたはNdfip1-/- MEFs由来のエキソソームをレシピエントのNdfip1-/- MEFsに添加し、レシピエント細胞内のAktリン酸化を調べたところ、Ndfip1+/+MEFs由来エキソソームを添加したレシピエント細胞でのみAktリン酸化が著明に低下した。

さらに、U87MG細胞(神経膠芽腫=glioblastoma細胞株、PTEN機能が欠損している)に、Ndfip1発現あり・なしの条件下で、WT PTENまたはフォスファターゼ欠損(C142S) PTENを発現させた。その結果、Ndfip1を発現させた場合のみ、WTとC142S PTENのエキソソームへの取り込みが認められた。そこでこれら2種類のエキソソームを採取して、Ndfip1-/-MEFsに添加したところ、WT PTENを含むエキソソームを添加した場合のみレシピエント細胞のAktリン酸化が低下した。

最後に、PTEN取り込みによるレシピエント細胞のAktリン酸化低下が細胞増殖の低下につながっているかを調べた。MTT細胞増殖アッセイにより、レシピエントのNdfip1-/- MEFsはNdfip1+/+MEFs由来のエキソソームを添加した場合のみ細胞増殖の抑制が起きた。Ndfip1-/- MEFs由来のエキソソームでは(エキソソームにPTENが含まれないと考えられ)、細胞増殖抑制は起きなかった。

【結論】
本研究で明らかになった、エキソソームによる内因性PTENの細胞外への輸送およびレシピエント細胞への取り込み(下図)は、レシピエント細胞のAktリン酸化を低下させ、細胞増殖を抑制する働きを示した。この非細胞自律性(non-cell-autonomous)なPTENの効果発現様式は、癌抑制効果のみならず、発生や代謝にとっても重要なものであるかもしれない。
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(図) 上はPTENを(Ndfip1依存性に)エキソソームに取り込むドナー細胞、下はそのエキソソームを受け取るレシピエント細胞を表す。
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by md345797 | 2012-11-28 01:50 | シグナル伝達機構

DPP4はコロニー刺激因子活性とストレス造血を抑制する―DPP4阻害剤の新たな臨床的有用性

Dipeptidylpeptidase 4 negatively regulates colony-stimulating factor activity and stress hematopoiesis.

Broxmeyer HE, Hoggatt J, O’Leary HA, Mantel C, Chitteti BR, Cooper S, Messina-Graham S, Hangoc G, Farag S, Rohrabaugh SL, Ou X, Speth J, Pelus LM, Srour EF, Campbell TB.

Nat Med. 18,1786–1796, 2012. (Published online 18 November 2012)

【まとめ】
放射線治療や化学療法、造血幹細胞移植後の造血回復を促進することは、臨床的に非常に重要な課題である。Dipeptidylpeptidase 4 (DPP4)はさまざまな基質を切断するが、その中にはケモカインであるstromal cell-derived factor-1 (SDF-1)も含まれている。本研究では、DPP4が欠損するとSDF-1による造血前駆細胞の生存が促進されることを示した。その実験の過程で予想外に、DPP4がコロニー刺激因子(CSF)活性を抑制することを発見した。すなわち、DPP4はGM-CSF、G-CSF、IL-3、erythropoietinのN末端を切断し、それらの活性を低下させることを明らかにした。そして、Dpp4遺伝子のノックアウトやDPP4阻害剤投与により、in vitroおよびin vivoにおいてCSF活性が増加した。DPP4により切断されたGM-CSFの活性低下メカニズムは、受容体との結合親和性、GM-CSF受容体のオリゴマー形成およびシグナル伝達活性の変化を介している。最後に、Dpp4欠損マウスやDPP4阻害剤(sitagliptin)投与マウスでは、放射線照射や化学療法後の造血回復が促進されることを確認した。以上の結果は、DPP4阻害剤の新しい臨床応用可能性を示すものである。

【論文内容】
造血幹細胞(HSC)および造血前駆細胞(HPC)移植は血液疾患の重要な治療法であるが、移植のために臍帯血や小児の骨髄由来のHSCsを十分量集めるのは難しい。そこで、限られた数のドナー細胞の生着を促進するための方法が模索されてきた。DPP4(別名CD26)は、HSCsやHPCsの膜に発現しているが、膜に結合していない溶解型(soluble form)のDPP4も産生されている。Dpp4遺伝子の欠損や、DPP4活性ペプチド(diprotin A)によって、HPCsのSDF-1への化学走行が促進され、内因性骨髄SDF-1へのホーミングが増加することにより、HSCsの生着が増強されることが分かっている。このグループはDPP4にSDF-1の他の機能を調節する役割があるかを検討していたところ、予想外に、DPP4阻害がin vitroで GM-CSFによるGM前駆細胞の増殖を促進することを発見した。分泌ケモカイン以外のサイトカインがDPP4切断部位を持つことや、その切断部位がCSFsの活性を調節するということは以前は知られていなかった。本研究では、DPP4による切断がCSFsの活性を低下させ、切断されたCSFsは一部は受容体結合の競合によって全長CSFs活性を阻害し、細胞内シグナル伝達を低下させることが示された。さらに、Dpp4遺伝子欠損またはDPP4阻害剤がin vivoにおいて、放射線照射や化学療法後の造血回復を促進することも明らかになった。

DPP4はSDF-1による生存とex vivoの増殖活性を調節している
SDF-1は、HSCsとHPCsの化学走行・ホーミング・生存に重要な分子である。SDF-1はDPP4によって切断され活性が低下するが、以前このグループはDpp4欠損マウスではHPCsのSDF-1への化学走行とHSCsのホーミングが促進されることを示している。HPCsの生存は、SDF-1添加によって有意に促進され、これはDpp4欠損でより大きく増強された。Dpp4欠損骨髄細胞はSDF-1添加なしでは生存が増強されなかったので、DPP4欠損による生存増強効果はDPP4によるSDF-1の切断が起こらないためと考えられた。DPP4を阻害するdiprotin Aの添加により、SDF-1による生存増強効果は100倍に増加した。したがって、細胞表面のDPP4は、SDF-1によるHPC生存増強効果を負に調節していると考えられる。

DPP4阻害はCSFsのin vitro活性を促進する
これらの実験を行っている過程で、このグループは予期せずdiprotin Aの添加によって、GM-CSF刺激によるGM前駆細胞のコロニー形成が2倍に増加されることを発見した。そこで、GM-CSFおよび他のサイトカインのN末端に、DPP4の認識部位であるアミノ酸配列が存在するか蛋白データベースを調べた。その結果、マウスとヒトのGM-CSF、G-CSF、erythropoietinにそのような部位があり、マススペクトロメとリーによる解析でヒトGM-CSFとヒトIL-3が可溶性DPP4により酵素的に切断されること、それはdiprotin Aによって阻害されることが示された。

骨髄系CSFsの活性にdiprotin Aがどのように影響するかを検討するため、ヒト臍帯血やマウス骨髄にdiprotin Aを添加したところ、ヒトおよびマウスのGM-CSF、マウスG-CSF、ヒトIL-3によるコロニー形成は約2倍に増加した。Diprotin Aを前投与した細胞をDPP4切断部位を持つCSFで刺激したところ、前投与しなかった細胞に比べ、コロニー形成が2倍多かった。また、diprotin Aは(赤血球系のCSFである)erythropoietinによる赤血球系のコロニー形成を刺激した。

DPP4による切断によってCSFの活性は低下する
可溶性DPP4で前処置した(N端を切断された)マウスGM-CSFやヒトerythropoietinは活性が低下した。このようなin vitroでのCSF切断の効果をin vivoにおいても確認するため、WTマウスおよびDpp4欠損マウスに、全長または切断されたrecombinant GM-CSFを単回皮下注したところ、24時間後のHPC数はWTマウスでは差がなかったが、Dpp4欠損マウスでは全長GM-CSF投与によるHPC数の増加が認められた。さらに、全長および切断されたerythropoietinのin vivoでの効果を調べたところ、全長のerythropoietin投与は血中への網状赤血球の放出を促進し、その効果はDpp4欠損マウスで大きかったのに対し、切断されたerythropoietin投与では網状赤血球放出効果は少なかった。以上よりin vivoで、全長のGM-CSFやerythropoietinはHPCs増加促進を示すが、DPP4により切断されたGM-CSFやerythropoietinではそのような効果は示さないことが確認された。

DPP4によって切断されたCSFの作用メカニズム
次に、DPP4によって切断されたCSFsが全長CSFsの活性を阻害するメカニズムについて検討した。TF-1細胞(ヒト赤白血病細胞)は、ヒトGM-CSF、IL-3、erythropoietinに反応して増殖し、細胞表面にDPP4を発現している。この細胞をdiprotin Aで前処置しておくと、全長ヒトGM-CSF、IL-3、erythropoietinに反応してコロニー形成が促進される。DPP4によって切断されたCSFsは全長CSFsに比べ、TF-1細胞のコロニー形成能促進が少なかった。このTF-1細胞を用いたScatchard解析によって、全長および切断された[I 125]GM-CSFの受容体への結合動態を調べた。その結果、切断されたGM-CSFは全長GM-CSFの受容体への結合と競合し、全長GM-CSFのシグナル伝達(JAK2-STAT5系の活性化)を低減させることが示された。

DPP4はin vivoでストレス後の造血回復を抑制する
DPP4によってサイトカイン活性が低下するため、DPP4を阻害するとサイトカインが活性化され、ストレス(放射線や化学療法)後の造血回復を促進することができると考えられる。Dpp4欠損マウスはWTマウスに比べて、放射線照射(400 cGy)の後の造血回復が大きかった。細胞傷害性薬剤(5-FUおよびCytoxan)投与後の造血回復も同様にDpp4欠損マウスの方が大きかった。さらに、DPP4阻害剤であるsitagliptin (Januvia)を経口投与すると、投与しなかったマウスに比べ、放射線や5-FU投与後のHPCsの回復が有意に早く、大きく増加した

Dpp4欠損マウスはWTマウスに比べると、5-FU投与後(または400cGy照射後)の末梢血(白血球、好中球、リンパ球、単球、赤血球)の回復促進も大きかった。ただし、sitagliptinの投与では、Dpp4欠損に比べ、末梢血の回復促進の程度は小さかった。

(なお、in vivoでのDPP4阻害は、機能的HSCsに影響を与えるのかどうかを検討するため、competitive repopulation assayを行った。WTレシピエントマウス(B6.BoyJ CD45.1+)にdirotin Aを皮下投与しておくか、またはF1(CD45.1+CD45.2+)レシピエントマウスにsitagliptinを経口投与し、致死量の放射線照射(950 cGy)を行った。そこ上で、C57BL/6ドナー(CD45.2+)細胞とそれが競合するB6.BoyJ (CD45.1+)細胞を用いてWTマウスの骨髄生着を調べる競合移植実験を行った。その結果、DPP4を阻害した致死量放射線照射レシピエントマウスにおいて、生着は有意に多かった。また、生着した細胞の自己再生能は低下していなかった。すなわち、DPP4阻害によるストレス(ここでは放射線照射)後の回復の増強は、HSC機能(生着、自己再生能)の低下によるものではない。)

(また、in vivoでのDPP4阻害後の生着回復にSDF-1が重要な役割を果たすのではないかと考え、SDF-1受容体(Cxcr4遺伝子)をtamoxifen誘導性に全身的にノックアウトしたマウスを用いた検討を行った。ベースラインでは、Cxcr4-/-マウスの骨髄HPCsの絶対数は、コントロールマウスに比べ有意に少なかった。Sitagliptin投与なしでは5-FU投与7日後のHPCsの回復は、Cxcr4-/-マウスの方が、コントロールマウスより効率的に起こった。しかし、どちらのマウスでもsitagliptin投与によるHPC回復の促進は同様であった。したがって、SDF-1-CXCR4の結合は5-FU投与後の回復を減少させる効果があるが、DPP4阻害の造血回復の促進をもたらす効果に必須というわけではない。)

【結論】
DPP4はCSF作用を抑制する因子である」という今回の発見は、臨床に応用可能なものである。すなわち、放射線照射や化学療法を受けた患者やHSC移植のためのコンディショニング後の患者にDPP4阻害剤を投与すると、造血回復を促進することができ、病院滞在日数減や治療結果の好転をもたらすと考えられる。経口DPP4阻害剤であるsitagliptinは、ヒトの放射線治療や化学療法後の造血回復治療に有用と考えられるが、Dpp4遺伝子欠損と同程度の末梢血の回復をもたらすためには、今後、投与量・タイミング・投与期間を最適化する必要があるだろう。現在、このグループはsitagliptinの経口投与により臍帯血移植の効果が高まるかどうかを検討する臨床試験(pilot study)を始めている。なお、DPP4による切断部位を持つ蛋白は、他にもleukemia inhibitory factor、IL-1α、VEGF-Aのsplice variants、IL-6、thrombopoietinなどさまざまなものがある。そのため、DPP4はマウスES細胞の成長(leukemia inhibitory factor)、炎症(IL-1α)、血管新生(VEGF-A)、骨髄腫細胞の成長(IL-6)、ストレス後の巨核球の増殖・血小板の回復(IL-6およびthrombopoietin)など多くの過程に関与しているのだろう。
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(解説図)
左(化学療法後の造血前駆細胞):DPP4は造血前駆細胞(hematopoietic progenitor cells;HPCs)の表面に発現し、ある種の造血成長因子(ここではhematopoietic growth factor; HGFsと略称している)のN末端2アミノ酸を切断する。切断されたHGFsは、全長HGFsと受容体を競合することによりdominant-negativeに働き、HGFsの作用を阻害する。
右(DPP4阻害剤を添加):DPP4阻害剤は、HGFsの切断を防ぐことによって全長HGFsの受容体への結合を増加させる。これにより、化学療法後の造血回復の抑制を改善することができるかもしれない。
EPO, erythropoietin; TPO, thrombopoietin; HGF-R, hematopoietic growth factor receptor.
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by md345797 | 2012-11-22 00:31 | その他

標的エストロゲン療法によるメタボリックシンドロームの治療

Targeted estrogen delivery reverses the metabolic syndrome.

Finan B, Yang B, Ottaway N, Stemmer K, Müller TD, Yi CX, Habegger K, Schriever SC, García-Cáceres C, Kabra DG, Hembree J, Holland J, Raver C, Seeley RJ, Hans W, Irmler M, Beckers J, de Angelis MH, Tiano JP, Mauvais-Jarvis F, Perez-Tilve D, Pfluger P, Zhang L, Gelfanov V, Dimarchi RD, Tschöp MH.

Nat Med. 18,1847–1856, 2012. (Published online Nov 11, 2012)

【まとめ】
核内ホルモンとペプチドを結合させた複合体を作製することにより、ある組織にはホルモンを選択的に到達させ、かつ他の組織におけるホルモンの副作用は起こさない、という新たな治療法が可能である。本研究では、メタボリックシンドロームに有効な核内ホルモンであるエストロゲンと、ペプチドであるGLP-1を結合させたGLP-1-エストロゲン複合体を作製して、高脂肪食負荷肥満マウスに投与したところ、個々のホルモン投与以上に体重減少とメタボリックシンドロームの改善効果が認められたことを示す。この複合体は、GLP-1受容体が発現している標的組織のエストロゲン作用を選択的に活性化し、さらにGLP-1自体の代謝改善作用も促進した。この複合体はGLP-1受容体が発現していない子宮や乳腺には到達しないため、エストロゲンの副作用である生殖内分泌毒性や癌の増殖促進作用は起こさなかった。本研究は、「ペプチドを用いて小分子をある組織にのみ選択的に到達させ相乗的効果を狙う」という治療戦略を、メタボリックシンドロームの治療に応用した一例と言える。本研究で報告するGLP-1-エストロゲン複合体は糖尿病や肥満に対する新たな治療法になりうるが、同様の概念で他の疾患の治療に対してもさまざまなペプチドとホルモンを組み合わせた複合体を用いることが可能となるだろう。

【論文内容】
慢性疾患の治療には多剤を用いたアプローチが必要になることが多く、例えば2型糖尿病の場合しばしば、インスリン抵抗性とインスリン分泌低下に対する薬剤の両方が必要である。このグループは以前、GLP-1受容体とグルカゴン受容体の両方のアゴニストになるペプチドを作製し、高脂肪食負荷マウスの体重と代謝の正常化に有効であることを示したが、本研究では核内受容体ホルモンを用いた多剤アプローチについて報告する。

エストロゲンは、視床下部におけるレプチン様作用によりエネルギー消費と摂食行動を調節して、肥満・2型糖尿病に有用であることが繰り返し示されている。しかし、エストロゲンは生殖内分泌毒性および腫瘍促進作用のために臨床的な応用は限られている。そこで、組織特異的作用を持つ選択的エストロゲン受容体調節薬(selective estrogen receptor modulators; SERMs)が用いられてきたが、それにも毒性の懸念やメカニズム不明の点がある。本研究では、エストロゲンを選択的にある組織だけに到達させるペプチドを用いた別の方法を報告する。

GLP-1-エストロゲン複合体のin vitro(培養細胞系)における特徴
本研究では、GLP-1とエストロゲンを結合させた2種類の「GLP-1-エストロゲン複合体」を合成した。一つは17β-estradiolへのエーテル結合として、もう一つはestroneの芳香族エステルとして、エストロゲンにGLP-1アナログを共有結合させたものである。結合させたGLP-1アナログは、DPP- IVにより不活性化を受けないものである(2-aminoisobutyric acid置換、exendin-4由来のC末端9残基の付加、エストロゲン結合部位としてのC末端lysine amideの付加による)。このGLP-1-エストロゲン複合体は、GLP-1と同様のGLP-1受容体(GLP-1R)への親和性と生化学活性を持っている。これにより、GLP-1のGLP-1Rへの結合に続く受容体のエンドサイトーシスによって、複合体のエストロゲンを細胞内エストロゲン受容体に輸送することができる。

上記2種類の複合体を、GLP-1Rが発現していないHEK293細胞に添加した。その結果、エーテル複合体は細胞内エストロゲン活性が17β-estradiolの0.005%未満であった。細胞にGLP-1Rが発現していなければ、この複合体は細胞膜を透過せず細胞内受容体を活性化することはないことが分かる。一方、芳香族エステル複合体はestroneと同程度の細胞内エストロゲン活性を持っていた。前者のエーテル複合体はpH 7.4、37℃のヒト血漿中(生理的条件下)で120時間安定なため、「安定型 (stable)GLP-1-エストロゲン複合体」と呼び、芳香族エステル複合体は6時間以内に完全に分解しエストロゲンを放出するので、「不安定型 (labile)GLP-1エストロゲン複合体」と呼ぶことができる。安定型複合体は、GLP-1Rが発現している細胞にのみ取り込まれ、そうでない細胞では細胞膜を透過しない。一方、不安定型複合体は通常のエストロゲンと同様に膜を透過し作用を発揮するため、in vivo投与ではGLP-1Rの発現の有無に関係なく全身の組織にエストロゲン作用をもたらすと考えられる。

安定型GLP-1-エストロゲン複合体はin vivoで体重減少と代謝改善をもたらす
GLP-1-エストロゲン複合体が全身の代謝に及ぼす影響を検討するため、高脂肪食負荷した肥満マウス(オス)に、これらの複合体またはGLP-1のみのコントロールを投与した。安定型GLP-1-エストロゲン複合体は、GLP-1や不安定型複合体に比べて、用量依存的な体重低下作用がより大きかった。高用量投与(400 μg/kg体重)では、GLP-1はマウスの体重を10.3%低下、不安定型複合体は7.5%低下させたの対し、安定型複合体は23.8%低下させた。すなわち、GLP-1単独よりも、GLP-1-エストロゲン複合体の方が体重減少効果は優れており、それにはエストロゲンとGLP-1の安定な結合が必要と考えられた。この安定型GLP-1-エストロゲン複合体による体重減少は、摂食減少、体脂肪量低下、血漿レプチン濃度低下を伴っていた(レプチン感受性の改善が示唆される)。安定型GLP-1-エストロゲン複合体は、高血糖、インスリン感受性、脂質異常、呼吸商、脂肪肝と肝細胞障害を改善したが、エネルギー消費と運動活性には影響がなかった。これらの安定型複合体による代謝改善は、高脂肪食負荷した肥満のメスのマウスでも同様に認められた。

ここで、細胞内におけるエストロゲン放出が大きければ、もっと大きい代謝改善効果が認められるのではないかと考え、「血漿では安定だが、細胞内ではただちに分解する」複合体を2種類作製した。しかし、これらは安定型複合体より大きな体重低下作用を示さなかった。これにより、血漿中で安定な安定型複合体であっても、細胞内では効率よく分解され、十分量の活性型エストロゲンを標的細胞内に放出することが示唆された。

安定型GLP-1-エストロゲン複合体はエストロゲンの副作用を示さない
GLP-1-エストロゲン複合体が子宮肥大の副作用を示さないか確認するため、複合体を卵巣摘出(OVX)ラットに投与した。最大用量(4,000 μg/kg体重)でGLP-1単独および安定型複合体では子宮重量は増加しなかったが、不安定型複合体では2.5倍に増加した。不安定型複合体による子宮肥大は、複合体からの遊離エストロゲンの放出による全身の非標的効果(全身エストロゲン治療に伴う毒性)があることを示している。安定型複合体では、エストロゲン放出および血中エストロゲンの増加がなく、この副作用は見られない。さらに、安定型複合体を投与しても、血漿黄体形成ホルモン(LH)と卵胞刺激ホルモン(FSH)濃度は変化せず、安定型複合体は視床下部-下垂体-性腺系には影響を与えなかった。また、これら複合体が乳腺組織の腫瘍形成に与える影響を調べるため、OVXヌードマウスにおけるエストロゲン依存性MCF-7(ヒト乳癌細胞株)異種移植片の増殖を検討した。移植21日間で、estradiolおよび不安定型エストロゲン複合体は腫瘍の増殖を起こしたが、安定型複合体は腫瘍の増殖を起こさなかった。いずれの群でも注入した腫瘍細胞はin vivoで生存したが、安定型複合体を投与した群は他の2群より腫瘍サイズは小さかった。移植68日にはestradiol投与群と不安定型複合体投与群での乳癌発症率は100%だったのに対し、安定型複合体の投与群では30%にとどまり、腫瘍のサイズも小さかった。このように、安定型複合体はエストロゲンによる生殖内分泌毒性と発癌性の副作用を防止できることが示された。

さらに、エストロゲンによる骨密度への副作用を骨量測定により評価した。不安定型複合体を投与したマウスでのみ、peripheral quantitative computed tomography (pQCT)で大腿骨骨幹端と骨幹の皮質と皮質下の骨量の増加が見られた。骨はGLP-1Rの発現がきわめて少ないので、骨には安定型GLP-1-エストロゲン複合体は作用せず、骨に対する副作用が回避されていることが分かる。

GLP-1-エストロゲン複合体の効果は中枢神経系のGLP-1受容体活性化依存的に起こる
次に、これらの複合体の効果におけるGLP-1の役割について検討するため、アミノ酸を一部置換した「活性低下型」GLP-1アナログとエストロゲンの複合体を作製し、高脂肪食負荷肥満マウスに投与した。「安定型・活性低下GLP-1複合体」は最大用量投与(4,000 μg)で5.1%の体重減少を起こしたが、これは「安定型・活性型GLP-1複合体」よりもはるかに効果が弱い。一方、「不安定型・活性低下GLP-1複合体」では20.6%の体重減少をきたし、これは血中への遊離エストロゲン放出によるものと考えられた。これに伴い、摂食減少と血漿脂質の改善が認められたが、子宮肥大と肝細胞障害の副作用が起きた。活性低下GLP-1と安定結合したエストロゲンでも体重減少は起こるものの、その効果は少なかった。ただ、GLP-1と安定結合させたための標的効果によって副作用が回避されることが示された。

次に、中枢神経系特異的なGLP-1R欠損 (nestin-Cre Glp1r−/−)マウスに高脂肪食を負荷し、安定型GLP-1-エストロゲン複合体投与の効果が見られるかを検討した。GLP-1のみの投与では野生型(WT)マウスで3.6%の体重減少があったが、同じ用量(400 μg/kg体重)の安定型複合体投与で8.5%の体重減少が認められた。しかし、中枢神経系特異的GLP-1R欠損マウスでは、GLP-1でも安定型複合体でも体重減少、摂食低下、代謝改善は認められなかった。WTマウスに安定型複合体を投与すると、GLP-1のみまたはエストロゲンのみの投与に比べ、視床下部弓状核のproopiomelanocortin (POMC)とレプチン受容体の発現が増加した。エストロゲンの投与ではneuropeptide Y (NPY)の発現が減少したが、安定型複合体の投与では減少しなかった。すなわち、GLP-1による標的効果でエストロゲンを視床下部POMCニューロンに到達させることによって、GLP-1のみまたはエストロゲンのみの投与に比べ代謝がより改善されることが示唆された。

GLP-1-エストロゲン複合体はエストロゲン受容体も介して代謝改善を起こす
エストロゲン受容体のあるINS-1E細胞(マウス膵β細胞株)をGLP-1で刺激しても、Trim25遺伝子(エストロゲンで発現が誘導される遺伝子)の発現は増加しないが、estradiolで刺激すると濃度依存的に発現が増加する。この細胞を安定型複合体で刺激した際も、(やや低値ながら)同様のTrim25遺伝子発現増加が見られた。In vivoで、安定型複合体を高脂肪食負荷肥満マウスに投与すると、視床下部のTrim25発現が増加し(1.75倍)、これは不安定型複合体投与(1.36倍)の場合よりもやや多かった。このような安定型複合体によるTrim25の発現はGLP-1Rを発現している視床下部弓状核で見られたが、GLP-1Rを発現していない肝ではみられなかった。

さらにこれらの複合体の作用におけるエストロゲン受容体(ERα、ERβ)の必要性を調べるため、安定型複合体を高脂肪食負荷したWT、ERα欠損(Esr1−/−)、ERβ欠損(Esr2−/−)の各マウスに投与した。WTマウスでは、GLP-1のみまたは安定型複合体の投与により体重がそれぞれ10%、23.6%減少したが、ERα欠損マウス(GLP-1で10.2%、安定型複合体で15.9%)とERβ欠損マウス(GLP-1で9.9%、安定型複合体で14.5%)では、安定型複合体による体重減少の程度が少なかった(GLP-1による体重減少の程度は同じ)。以上より、安定型複合体の投与では、GLP-1作用とエストロゲンシグナル伝達(ERαとERβの両方必要)が協調して全身の代謝を改善していると考えられる。

GLP-1-エストロゲン複合体の効果は、GLP-1の薬物動態(pharmacokinetics)の変化によるものではない
上記のGLP-1-エストロゲン複合体の効果は、GLP-1の薬物動態が促進されているために起きているという可能性もありうる(エストロゲンというステロイドと複合体を形成しているために、GLP-1と血漿蛋白との結合が増加する可能性)。血漿蛋白と結合しても(20%ヒト血漿存在下)、結合しなくても(血漿のない状態)でも、GLP-1と安定型複合体とでは、in vitroでのGLP-1Rへの親和性は同じであった。ところが、エストロゲンの代わりにpalmitoyl鎖を付加したアシル化GLP-1アナログでは、血漿蛋白が存在すると、GLP-1Rへの結合は存在しない状態の約400分の1に減少した。すなわち、エストロゲン付加によりGLP-1の血漿蛋白結合能には影響がないことが分かった。

GLP-1へのエストロゲン付加はin vivoにおいてもGLP-1の薬物動態に影響していないことを調べるため、正常マウスに安定型複合体またはGLP-1をそれぞれ単回注射し、GLP-1の血中濃度を測定した。その結果、GLP-1に比べ安定型複合体は、最大濃度(Cmax)がやや大きかったが、最大濃度到達時間(Tmax)と半減期(T1/2)、8時間で消失するといった薬物動態は同様であった。すなわち、GLP-1にエストロゲンを付加しても、in vivoでGLP-1の初期の濃度はやや上昇するが、GLP-1のクリアランスには影響しないことが分かった。さらに、安定型複合体と前述のアシル化GLP-1アナログとGLP-1-リトコール酸複合体でin vivoでの効果を比較した(リトコール酸は脂溶性のためGLP-1の薬物動態にエストロゲンと同様の効果をもたらすが、エストロゲンのような代謝活性はない)。大きい方から、アシル化GLP-1、安定型複合体、GLP-1-リトコール酸複合体の順に体重減少効果が見られた(それぞれ30.2% 、22.1%、13.1%の体重減少)。GLP-1-リトコール酸複合体による体重減少は、GLP-1のみの効果と同様であった。

さらに、エストロゲン複合体の代謝効果はエストロゲンを「GLP-1と結合させたことによる」ものであることを示すため、エストロゲンとGIPまたはエストロゲンとグルカゴンを結合した複合体を作製し、高脂肪食負荷マウスに投与した。その結果、GIP-エストロゲン複合体ではGLP-1-エストロゲン複合体で見られたような体重減少と代謝改善効果は見られなかった。グルカゴン-エストロゲン複合体では体重減少は見られなかったものの、血糖は15.5%低下した(この血糖低下はコントロールのGLP-1のみの投与と同程度)。グルカゴンのみの投与では血糖は上昇するが、グルカゴン-エストロゲン複合体投与で血糖が低下した原因は不明。エストロゲンにより肝にこの複合体が到達し、グルカゴンによる肝の糖新生を抑制したためか、と推測している。

以上の結果より、「GLP-1とエストロゲン」の組み合わせは、GLP-1の薬物動態を変えたり、GLP-1に対するsuperagonist(内因性アゴニストであるGLP-1以上にGLP-1Rを刺激するアゴニスト)として働くわけではないが、薬理学的な長所を発揮する組み合わせと考えられた。

【結論】
本研究では、メタボリックシンドロームの治療に有効と思われるエストロゲンを選択的に標的臓器に届けるために、薬物シャペロン(medicinal chaperone)としてGLP-1を結合させ、選択的でより効果の強いGLP-1-エストロゲン複合体を作製した。これにより、エストロゲンの高濃度全身投与に伴う副作用(子宮肥大や乳癌の発生)も避けることができた。また、GLP-1の食欲抑制作用とエストロゲンのレプチン様作用により、中枢を介して(おそらく視床下部弓状核のGLP-1Rとエストロゲン受容体を発現したPOMCニューロンを介する摂食抑制により)、強力にな体重減少が達成できた。また、GLP-1は膵β細胞に対する増殖促進作用、エストロゲンは膵β細胞のアポトーシス抑制作用を持つため、このGLP-1-エストロゲン複合体は2型糖尿病治療にも有効であろう。

この安定型GLP-1-エストロゲン複合体は細胞内でエストロゲン作用を起こすため、血漿中では結合が切断されないが細胞内で切断されると考えられる。すなわち、抗体と化学療法剤を結合させた薬剤と同じように、特定の細胞に作用し細胞内で結合が切断されることにより効果を発揮すると考えられる(例としてtrastuzumab emtansine、略称T-DM1、転移性乳癌に過剰発現するHER2に対するモノクローナル抗体トラスツズマブと化学療法剤DM1をリンカーで結合した複合体がある)。以上、本論文では、「ペプチドと核内ホルモンを結合させて相乗的に作用させることにより、特定の細胞に選択的に核内ホルモンを送る」という新しい代謝疾患の治療法の概念を報告した。このような概念により、甲状腺ホルモンを視床下部に選択的に送ることにより褐色脂肪組織での熱産生を刺激することができるかもしれないし、肥満は視床下部の炎症を伴うことから、グルココルチコイドを視床下部(や脂肪組織)に選択的に送ることによりその抗炎症作用を介して肥満を改善することが可能になるかもしれない。
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by md345797 | 2012-11-17 04:36 | その他

腸内細菌叢の組成と活性は、宿主の代謝形質と疾患リスクに関連する

Gut microbiota composition and activity in relation to host metabolic phenotype and disease risk.

Holmes E, Li JV, Marchesi JR, Nicholson JK.

Cell Metab. 16, 559-564, 7 November 2012.

【総説内容】
ヒポクラテスは「すべての病気は腸に始まる」と言ったが、近年、哺乳類宿主とその腸内細菌叢(microbiota)との共生関係が、宿主のエネルギー摂取・免疫機能・代謝シグナルなどに大きく関与していることが分かってきた。最近の培養によらないゲノム解析法により腸内細菌叢の特徴が明らかになり、腸内細菌叢のゲノム(microbiome)はヒト宿主のゲノムより少なくとも150倍は大きいことが明らかになっている。これらの知見に基づいて、「ヒトは、その腸内細菌叢が事実上主要な臓器の一つとして働いているsuperorganism(超個体)である」という概念が生まれ、生物学や医学のパラダイムシフトをもたらしつつある。

細菌叢が個体の形質に及ぼす影響
乳児は、母親の産道経由で母親の細菌叢の一部を移植される。この初期の「種」となる細菌叢は、無数の環境因子、遺伝的因子、エピジェネティックな因子によって調節・変更され、その人の特有な細菌状態を形成する。Microbiomeの多様性は、体の部位、個人間、年齢、食事などによっても変化し、また時間的にも変化する。個人間の細菌構成の多様性は驚くほど大きいが、それが宿主に同じような作用を及ぼす(表現型模写; phenocopy)ということも分かっている。

健康と疾患における腸内細菌叢の役割
健康な細菌叢はどのように構成されているのか?これについては分かっていないことが多いが、最もよく知られている「哺乳類-細菌相互作用」は粘膜免疫系である。免疫系の適切な発達には細菌叢の存在が不可欠であり、無菌動物ではリンパ組織やT細胞・B細胞サブセットの異常が起こることが知られている。また、細菌叢はToll-like receptors (TLRs)を介して先天的免疫系に影響を及ぼしている。TLR2とTLR4はそれぞれ、リポポリサッカライドとペプチドグリカンを認識し、病原菌から身を守るためのサイトカインやケモカインの産生を刺激する。また、TLR2欠損マウスはインスリ抵抗性であり、このインスリン抵抗性はFirmicutesの増加を伴い、抗生剤投与で改善する。興味深いことに無菌のTLR2欠損マウスはインスリン抵抗性をきたさない。なお、粘膜層のTLRsの役割は病原菌を同定し除去することであるが、共生菌であるBacteroides fragilisはregulatory T細胞上でTLR2を介して認識されることにより粘膜に定着している。すなわち、粘膜のTLRsは宿主にとっての共生菌と病原菌を区別できるのだろう。

宿主と細菌叢との間には、免疫系だけでなく、胆汁酸、短鎖脂肪酸(SCFAs)、コリン分解産物、芳香族酸、植物フェノール、炎症性脂質、エンドカンナビノイドなどの代謝産物(metabolites)による情報伝達が存在する(図のA)。これらは、発達段階や環境によって大きく変化し、同じ個体でも時間的、局所解剖学的な状況により、宿主に良い影響も悪い影響も与えうる。

多くの疾患(Crohn病、大腸癌、糖尿病、メタボリックシンドローム、心血管疾患、ストレス、不安、食物アレルギー、喘息、自閉症、肝性脳症、湿疹など)が、腸のmicrobiomeの機能異常によって発症しうることが分かっている。特に、肥満と正常を比較すると腸内細菌組成が異なり、肥満ではFirmicutes:Bacteroidetes比が増加していることが指摘されている。ただしこれに当てはまらない結果もあり、肥満と腸内細菌叢の関係はより複雑と思われる。また、高脂肪食を負荷したC57Bl/6マウスは、同じ系統で同じ食餌を与えても腸内細菌叢の違いによって糖尿病形質を示すものと示さないものがあることも分かっている。肥満には細菌による代謝産物が関与している可能性もあり、馬尿酸、フェニルアセチルグルタミンなどの代謝産物は、やせ型の形質に関与するという結果もある。過体重の母親から生まれた6か月までの乳児は、妊娠中の体重増加によりBacteroides種、Staphylococcus種、Clostridium difficileの数が多くなっていることも知られている。このような研究が進めば、腸内細菌の多様性と肥満・メタボリックシンドロームとの関連が理解され、そのバイオマーカーの同定や治療の開発につながるだろう。

腸内細菌叢の機能的メタゲノミクス
Microbiomeの組成を同定するためのハイスループットシークエンス法の発達に伴って、microbiomeの機能を知るための新しい方法が求められている。つまり、どんな細菌が「存在するか」ではなく、どんな細菌が「働いているか(=宿主の代謝に影響しているか)」が重要なわけである。しかし、「宿主にある影響を及ぼすためにはその細菌の作用がどれくらいあればいいか」ということも分かっていない。肥満の状態の細菌組成を明らかにするために、ゲノム多様性のマーカーとして16S rRNA遺伝子が用いられているが、腸内細菌叢の機能を明らかにするもう一つの方法は、宿主の体液や組織をスクリーニングしてその中の細菌由来の代謝産物 (尿中馬尿酸、フェニルアセチルグルタミン、4-クレシルスルフェート、4-ヒドロキシフェニルプロピオン酸など)を分析する方法であり、代謝プロファイリングのための高分解能スペクトロスコピー法が用いられる。

「エンテロタイプ」の概念:ヒトの細菌組成による層別化の試み
疾患のメカニズムとその遺伝的変異を理解するために、ゲノムワイド関連解析(GWAS)に基づいてヒト集団を異なる遺伝子型(genotype)のグループに層別化することが行われてきた。それと同じく、大腸の細菌構成に基づく層別化が提唱されている。腸内細菌叢の類似性に基づいてバイオインフォマティクスを用いたクラスタリングを行い、ヒト集団を3群に分けた「エンテロタイプ」である。これによるとヒト集団は、Bacteroides種、Prevotella種、Ruminococcus種の各群(clade)に分類され、これは個人の健康状態、年齢、BMI、住む場所、性別には関係しないとされる。その後の研究で、Ruminococcus種はなく、残りの2つエンテロタイプの存在のみが強く示唆されている。この研究では、高脂肪食・低脂肪食負荷により、microbiomeは24時間以内に変化するものの、10日以上たってもエンテロタイプは10日以上たっても変化しなかった。このエンテロタイプの概念は魅力的な仮説であるが、エンテロタイプが個人の健康状態、年齢、BMI、住む場所、性別には関係しないとされる当初の知見を支持しない報告もある(例えばYatsunenkoら、およびClaessonら)。ところで、このようなエンテロタイプは代謝形質(メタボタイプ)にどのように影響し、疾患リスクや治療介入に有用なのか?腸内細菌叢は宿主のメタボロームに影響を及ぼすことは明らかになっているので、「腸内細菌の層別化によって、同じように代謝産物のプールも層別化できるのか」と考えられた。しかし現時点では、尿・便のメタボロームの腸内細菌の層別化に対応するような腸内細菌の層別化は明らかになっていない。また、エンテロタイプとメタボタイプの関連が示されていないため、エンテロタイプは、生物学的・バイオインフォマティクス的に有意な概念なのかという疑問も生じている。2つのエンテロタイプ(BacteroidesPrevotella)に属する細菌の分類学的解析によって、これらの種は属(genus)レベルの群(clade)に分けられることが明らかになっている(図のB)。しかし、この2つの属をそれらの機能によってクラスター化すると、連続しオーバーラップするグループになってしまう(図のC:主因子分析によってクラスター化すると、BacteroidesもPrevotellaもcluster 1に含まれてしまう。なお、cluster 2はEnterobacteriaceae、cluster 3はFirmicutes、Ruminococcui、Acinetobactreriaを含む)。つまり、2つのエンテロタイプは、宿主に対する機能としてはオーバーラップするところがあり、異なる2つのメタボタイプに当てはまるわけではない。そこで、腸内細菌叢がどれだけ変化すれば宿主のメタボタイプを変化させることができるのかを知る必要性が出てくる。実際、食事、抗生剤、プレ/プロバイオティクス、薬剤、外科手術などにより腸内細菌叢を変化させると、例えば、Roux-en-Y胃バイパス(RYGB)により腸内細菌叢をBacterodetes/Firmicutesを主とする集団からEnterobacteriaceaeを主とする集団に変化させると、これは宿主のメタボタイプの変化につながることが知られている。このRYGBように急激な変化であれば、腸内細菌の劇的な変化を伴うため宿主のメタボロームに影響するが、実際の肥満やインスリン抵抗性への進展は持続的でわずかずつゆっくりであると考えられるので、肥満やインスリン抵抗性はエンテロタイプの概念だけでは説明できないかもしれない。

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腸のmicrobiomeは食事によって変化する
Microbiomeの食事により、また、プレバイオティクス(=有益な細菌の成長を促進する物質)やプロバイオティクス(=宿主に有益な効果をもたらす生きた微生物)の投与により大きく変化することが報告されてきた。ただしこれらの研究は、臨床研究のデザインやガイドライン、対象人数などの点でまだまだ大きな欠陥があり、さらなる検討が必要である。このうち食習慣は、宿主の細菌集団と機能に影響を及ぼし、それが疾患リスクや発症につながることは明らかで、例えばマラウイ(アフリカ南東部の国)人とアメリカ先住民の子供の細菌叢は、アメリカ人の子供の細菌叢よりよく似ていることが報告されている。また、食事中のコリンの欠乏により腸内細菌(GammaproteobacteriaErysipelotrichi)の量が変化し、脂肪肝につながることが知られている。逆に、コリンまたはtrimethylamine-N-oxideを補充した食事をマウスに投与すると、血中trimethylamine-N-oxide濃度が増加し、マウスの動脈硬化が促進されるが、このマウスの腸内細菌叢を抑制しておくと促進されなくなる。これらの結果は、腸内細菌叢と食事と宿主の代謝という三者関係の重要性を示すものだろう。さらに、鉄欠乏ラットはLactobacilliEnterobacteriaceaeが増加、酪酸産生菌であるRoseburia種が減少しており、これに伴って便中の短鎖脂肪酸(酪酸、プロピオン酸)が減少している。これらの報告はあるものの、腸内細菌叢と宿主の関係はきわめて複雑巧妙であり、この平衡状態を理解して個人の治療介入に用いるためには、何らかのシステム生物学的アプローチが必要になるだろう。

腸内細菌叢と宿主代謝の関係をもとにしたトランスレーショナルな治療
腸内細菌叢と宿主代謝の関連が明らかになれば、さまざまな疾患(肥満、炎症性腸疾患、心血管疾患、さらには自閉症などの神経行動異常)への治療介入に有効な手段となるだろう。成長に伴うmicrobiomeと宿主代謝の関係の変化を知ることにより、若年のうちに成人の疾患を予防することができるようになるかもしれない。Microbiomeをターゲットとする治療は、プレバイオティクス、プロバイオティクスおよびその両方(シンバイオティクス)を用いて、わずかな、また一時的なmicrobiomeの変化をもたらす方法から、便の移植、細菌療法といったもっと劇的にmicrobiomeを変化させる方法(Clostridium difficile感染による潰瘍性大腸炎の治療に便移植が有効であることを示した研究がその代表)までさまざまである。Microbiomeは、宿主の代謝調節を変化させるための薬剤ターゲットになりうるが、まずは個人の細菌組成の多様性がどのようにその個人の代謝形質に影響しているのかを知る必要がある。Microbiome研究は、21世紀のヘルスケアの枠組みにおいて、ヒトの疾患の原因と治療を理解するための史上例を見ないトランスレーショナルな価値を持つ研究であろう。
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by md345797 | 2012-11-14 18:30 | その他

MitoNEETによる脂肪細胞ミトコンドリア機能の調節は、肥満におけるインスリン感受性維持に重要

MitoNEET-driven alterations in adipocyte mitochondrial activity reveal a crucial adaptive process that preserves insulin sensitivity in obesity.

Kusminski CM, Holland WL, Sun K, Park J, Spurgin SB, Lin Y, Askew GR, Simcox JA, McClain DA, Li C, Scherer PE.

Nat Med. 2012 Sep 9;18(10):1539-49.

【まとめ】
ミトコンドリア外膜に存在する蛋白であるmitoNEETの脂肪細胞における発現を変化させたモデルマウスを用いて、ミトコンドリア機能と代謝への影響を検討した。脂肪細胞特異的にmitoNEETを過剰発現させたところ、脂質の取り込みと貯蔵が促進され、脂肪組織量が増加した。そのマウスは結果的に肥満にはなるが、インスリン感受性は保たれた。鉄はミトコンドリア電子伝達系の律速因子であるが、mitoNEETはミトコンドリアのマトリックスへの鉄輸送を阻害すること、β酸化率を低下させることを明らかにした。これによりミトコンドリア膜電位が低下、活性酸素種による障害が減少し、これに伴ってadiponectin産生が増加した。逆に、mitoNEET発現を減少させたマウスでは、ミトコンドリアマトリックス内の鉄の量が増加してミトコンドリア呼吸能が促進され、高脂肪食負荷しても体重減少が少なかった。しかし、このmitoNEET発現の減少は酸化ストレスの亢進と耐糖能障害をもたらした。以上の結果より、mitoNEETの発現を変えることによってミトコンドリア機能を変化させると、細胞および全身の脂質恒常性が大きく影響されることが明らかになった。

【論文内容】
正常な脂肪組織は、他の組織では毒性をもつ遊離脂肪酸(FFAs)を貯蔵しておく「safe haven(安全な避難先)」として、糖尿病を防ぐ役割を担っている。脂肪細胞から分泌されるadiponectinは(インスリン抵抗性改善作用のほかに)、トリグリセリドを脂肪組織に貯蔵する働きがあり、それにより代謝を改善させる。脂肪組織ではミトコンドリアでのβ酸化によって脂質の酸化が起きているため、ミトコンドリア機能(β酸化率、酸化酵素活性、電子伝達系(ETC))の低下は2型糖尿病につながりうる。この研究では、ミトコンドリア膜蛋白であるmitoNEETのgain-of-functionおよびloss-of-functionモデルを用いて、ミトコンドリア機能と全身の代謝の関連について検討した。MitoNEETはpioglitazioneとクロスリンクして安定化するミトコンドリア膜の蛋白として同定された。ミトコンドリア外膜に存在し、C末端配列がAsnGluGluThr(NEET)であるため、この名称がある。また、2つの鉄イオンと硫黄イオンを含むクラスター(2Fe-2S cluster)を持ち、pioglitazoneはこれらの放出に対して蛋白を安定化する作用がある。MitoNEETはミトコンドリアの鉄の含量の強力な調節因子であり、ミトコンドリア鉄含量は細胞および全身の代謝に影響することが知られている。

MitoNEETは脂肪組織の増大を促進する
d0194774_12125815.pngマウスに高脂肪食負荷すると、脂肪組織と肝臓におけるmitoNEETの発現は低下した。そこで、脂肪組織におけるmitoNEET活性を増加させるため、aP2 promotorを用いて、脂肪細胞特異的mitoNEET過剰発現トランスジェニックマウス(MitoN-Tgマウス)を作製した。これをob/obマウスと交配したMitoN-Tg ob/obマウスは、体重が非常に増加した(最大で129.5g)。しかし、通常のob/obマウスが高血糖(474±26 mg/dl)なのに対し、Mito-N ob/obマウスは正常血糖(111±14 mg/dl)であった。MitoN-Tg ob/obマウスは、OGTTで正常耐糖能、高インスリン正常血糖クランプで全身および肝のインスリン感受性亢進を示した。MitoN-Tg ob/obマウスは肝・脂肪組織・膵への脂肪蓄積が少なく、膵島の数や形態も野生型(WT)マウスと同様であった。インスリン抵抗性に関与しているとされるceramideの肝における濃度は、MitoN-Tg ob/obマウスは通常のob/obマウスより低く、20%intralipid経口投与後の脂肪組織中の過酸化脂質(F2-isoprostane)濃度も低かった。

MitoNEETは脂質の取り込みとadiponectin産生を促進する
MitoNEET過剰発現により、脂肪分化・トリグリセリド合成・脂肪滴関連蛋白合成・脂肪酸取り込みと輸送・グルコース取り込みの経路で遺伝子発現の変化が認められた。特に、WTの皮下白色脂肪組織(sWAT)に比べると、MitoN-TgのsWATでは、 adiponectinおよびPpargc1a(PGC1)αの発現が増加していた。また、脂肪酸トランスポーターCd36の発現も亢進しており、経口脂質負荷後のトリグリセリドのクリアランスが有意に増加していた。MitoN-TgマウスはWTマウスに比べて血中adiponectinが高値であり、mitoNEETがadiponectin産生と放出に関連していること分かった。MitoN-Tg Adiponectin欠損マウスではトリグリセリドのクリアランスが増加しなかったため、mitoNEETによるトリグリセリドのクリアランス増加の一部は、adiponectinの増加によるものと考えられた。通常、トリグリセリドは、カテコラミン刺激によりFFAとグリセロールに分解される。β3-adrenergic agonist(CL316,243)を投与すると、MitoN-TgマウスはWTに比べ多くのグリセロールを放出した。また、MitoN-TgのsWATではPepck発現が著明に亢進しており、グリセロール合成が促進されていた。LPL(lipoprotein lipase)は、トリグリセリドのクリアランスを調節する重要な作用があるが、MitoN-TgのsWATは、WTに比べてLPL活性が亢進していた。

MitoNEETを介する脂肪酸代謝の調節
さらに脂肪酸代謝について検討するため、MitoN-TgマウスとWTマウスに3H-trioleinトレーサーを投与して、脂質蓄積とβ酸化率を定量する実験を行った。MitoN-TgマウスはWTマウスに比べ、全身の3H-trioleinクリアランスが亢進していた。MitoNEETの主要な発現部位であるsWATおよび、その他の発現部位であるBATにおいて、MitoN-Tgマウスのβ酸化率は亢進していた。また、MitoN-TgのsWATではWTのsWATに比べて、脂肪細胞が小さく、インスリン抵抗性につながる肥大した脂肪細胞は少ないことが分かった。

MitoNEETはミトコンドリア機能と鉄量を調節する
MitoNEETは鉄・硫黄クラスター輸送蛋白であり、ミトコンドリアの鉄代謝に関わっている。実際に、mitoNEET過剰発現によって、sWATのミトコンドリアの鉄(電子伝達系の律速因子)の量は50%程度にまで減少してしまう。mitoNEETがどのようにβ酸化を低下させ、脂質蓄積を促進するかを検討するため、3T3-L1脂肪前駆細胞にmitoNEETを過剰発現したところミトコンドリアの膜電位(ΔΨm)は低下した。同様のΔΨmの低下はTZDの投与でも起こった。このmitoNEETによるΔΨmの低下は、mitoNEET 発現増加による電子伝達系活性の低下・ミトコンドリアへの不十分な基質供給・ミトコンドリアマトリックスへの電子流入の増加によると考えられた。さらに、ミトコンドリア機能の評価として以前報告した電子流入解析と酸素消費率(OCRs)を測定したところ、MitoN-TgマウスのsWATは基質に反応したOCRsが著明に低下していたが、rotenone(complex I阻害剤、ROSによる酸化ストレスを亢進させる)に反応するOCRsは増加していた。さらに、MitoN-TgのsWATはNAD+:NADH比が低下しており、NADHのETCによる再酸化が不十分、またはmitoNEETはβ酸化の低下を代償するため解糖率(NADH産生過程)が亢進させていると考えられた。

MitoN-TgとWTマウスに20%intralipidを経口投与し、脂質によるROS産生が亢進している状態にしても、MitoN-TgのsWATではROSによる過酸化脂質(F2-isoprostane)産生が少なかった。電顕でミトコンドリア像を比較すると、MitoN-TgのsWATのミトコンドリアは伸長され、長いフィラメント構造を呈し、脂肪滴様構造が隣接していた(運動した骨格筋でみられるような現象である)。また、脂肪組織中のミトコンドリアの量も多く、ミトコンドリア生合成が増加していると考えられ、これはMitoN-TgのsWATでPgc1-αのmRNAが増加していることと一致していた。

MitoNEET発現低下は正反対の効果をもたらす

次に、doxycycline(Dox)誘導性にmitoNEET発現をshRNAノックダウンするマウス(shRNA-mitoNマウス)を作製し、全身でmitoNEETの発現を低下させるモデルを作製した。このマウスにDoxを含む高脂肪食(Dox-HFD)を負荷したところ、WTマウスに比べ体重増加が少ないものの、耐糖能は悪化していた。shRNA-mitoNマウスは、肝におけるROS誘導性の蛋白傷害(カルボニル化)が増加していた。Dox-HFD負荷shRNA-mitoNマウスは、肝への脂肪蓄積が少なかった(局所でのβ酸化の増加による)。また、Doxを添加したshRNA-mitoNマウスのMEFs1は、ΔΨmが増加(TMRM染色が増加)し、パルミチン酸に反応したOCRsが増加(β酸化が亢進)していた。さらに、shRNA-mitoNマウスの肝のミトコンドリアは基質に対するOCRsが増加していた。以上のloss-of-functionマウスの特徴はgain-of-functionマウスの形質と正反対であったため、mitoNEET発現量によりミトコンドリア活性が調節されていることが示された。なお、shRNA-mitoNマウスはWTマウスに比べてミトコンドリア鉄の濃度が高く、このこともmitoNEETがミトコンドリア鉄含量の重要な調節因子であることを示している。

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【結論】
MitoNEETの発現量を変更することにより、ミトコンドリア機能と脂質恒常性を変化させ、全身のインスリン感受性を調節することができた。脂肪細胞特異的mitoNEET過剰発現では、β酸化の低下により著明な肥満マウス(mitoN-Tg ob/obマウス:報告されているマウスモデルのうち最大かそれ以上の重量を示した)となったが、それにもかかわらず全身のインスリン感受性は亢進している、いわゆる「metabolically healthy but obese」の状態を示した。これは、MitoN-Tgでは脂肪細胞のミトコンドリアにおけるβ酸化の低下により、sWATへの脂肪取り込みと蓄積が亢進して異所性脂肪が減少したためと考えられる。また、脂肪細胞のミトコンドリア機能はadiponectin産生に重要なので、このマウスではadiponectin分泌により、トリグリセリドクリアランスとインスリン感受性の亢進をもたらしたと考えられる。
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by md345797 | 2012-11-01 02:40 | エネルギー代謝