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ストレスはRAC1のエピジェネティックな発現低下をもたらし、シナプスのリモデリングと抑うつ行動を起こす

Epigenetic regulation of RAC1 induces synaptic remodeling in stress disorders and depression.

Golden SA, Christoffel DJ, Heshmati M, Hodes GE, Magida J, Davis K, Cahill ME, Dias C, Ribeiro E, Ables JL, Kennedy PJ, Robison AJ, Gonzalez-Maeso J, Neve RL, Turecki G, Ghose S, Tamminga CA, Russo SJ.

Nat Med. Published online Feb 17, 2013.

【まとめ】
抑うつは脳の報酬回路のシナプスに可塑的変化を起こすことが知られているが、その分子機構と行動への関与については不明である。本研究では、報酬・快感・恐怖などに重要な役割を果たしている側坐核(nucleus accumbens, NAc)において、シナプス構造の調節因子として知られているRho GTPase関連遺伝子の転写プロファイリングを行った。その結果、マウスに慢性の社会的ストレス「social defeat stress(社会的敗北ストレス)」を与えた後では、NAcにおいてRac1の発現が低下していることが明らかになった。これは、Rac1プロモーター周囲のクロマチン状態(ヒストンのアセチル化とメチル化)が転写抑制的(repressive)に変化したためであることが分かり、class 1 HDAC阻害剤MS-275を投与すると、社会的敗北ストレス後のRac1発現低下と抑うつ関連行動が起こらなくなった。また、大うつ病性障害のヒトの死後脳のNAcにおいてもRAC1プロモーター周囲のクロマチン状態は転写抑制的に変化しており、実際RAC1発現は減少していた。

さらに、マウスにおいて、ウイルスベクターを用いてNAcでのRac1発現を抑制すると、社会的敗北ストレスを与えた後の社会的回避(引きこもり)や快感消失症状が増悪した。慢性的な社会的敗北ストレスを与えると、NAcの中型有棘ニューロンの樹状突起において、隆起型の興奮性スパイン(stubby excitatory spine)が形成される。これはRac1下流のアクチン提供蛋白であるコフィリンの再配分によるものである。マウスのNAcに恒常活性型のRac1を過剰発現させておくと、社会的敗北ストレスを与えても、樹状突起において隆起型スパインの形成が起きず、それに伴って抑うつ関連行動も起きなかった。

以上の結果から、NAcにおけるRAC1のエピジェネティックな調節は、社会的ストレス後の抑うつ関連行動の発現を調節する分子機構であることが明らかになった。

【論文内容】
大うつ病性障害(major depressive disorder: MDD)は治療に抵抗性を示し、寛解持続期間が短い場合があるなど、治療困難なことが多い。抑うつのメカニズムについては、従来からのモノアミン仮説を初めとするさまざまな説があるが、その一つが興奮性シナプス構造の調節異常によるというものである。実際、マウスに慢性の社会的敗北ストレス(後述)を与えると、脳の側坐核(NAc;抑うつの際の報酬関連機能の障害を調節する領域)の中型有棘ニューロンにおいて、シナプスの構造的・機能的可塑的変化が起きる。しかし、このようなストレスによるシナプスの構造変化の分子メカニズムは不明であった。

マウスにおける社会的敗北ストレス後のRac1の転写調節
Rac1のようなsmall Rho GTPaseは、ニューロンの樹状突起スパインの維持のためにアクチン細胞骨格の再構成を調節する役割があり、シナプス構造を調節する重要な因子となっている。そこで、この研究ではまず、マウスに社会的敗北ストレスを与えた後のNAcにおけるsmall Rho GTPaseシグナル関連遺伝子の発現変化をマイクロアレイを用いて検討した。本研究での「社会的敗北ストレス」とは、C57BL/6Jマウスを、より大きく攻撃的なCD-1マウスと連日繰り返し戦わせて敗北させることにより、社会的回避(引きこもり)や快感消失(マウスではショ糖を好む性質が消失する)などの抑うつ関連行動を起こさせる方法である。C57BL/6Jマウスの多くは、このような敗北ストレスに影響を受けやすい(susceptible)マウスであるが、1/3程度はそうでなく社会的回避や快感消失を起こさない回復力(レジリエンス)を持った(resilient)マウスである。このようにストレス関連の行動形質には個体差があるため、この差を利用して抑うつ行動の分子機構を探ることが可能である。

社会的敗北ストレスを与えた後のsusceptibleマウスとresilientマウスのNAcにおけるRho GTPase関連遺伝子の発現を検討したところ、13種の遺伝子のうちRac1がsusceptibleマウスのみで選択的にストレスによる発現変化を示した。敗北エピソードの48時間後にはRac1の発現は大きく低下しており、Rac1の発現低下は社会的回避行動と相関があった。このsusceptibleマウスに抗うつ剤(imipramine)の連日腹腔内投与を行うと、NAcにおけるRac1発現の低下は50%程度のマウスで予防できた。

マウスにおける社会的敗北ストレス後のRac1発現のエピジェネティックな調節
上記のNacにおけるRac1の発現低下にエピジェネティックな調節が関与している可能性を考え、マウス脳のChromatin immunoprecipitation (ChIP)解析を行った。クロマチン状態の変化(ヒストンの修飾)には、転写を許可し(permissive)遺伝子発現を促進するヒストンH3 アセチル化(acH3)と、転写を抑制し(repressive)遺伝子発現を抑制するヒストンH3 Lys27トリメチル化(H3K27me3)がある(下の参考図を参照)。本研究において社会的敗北ストレスを与えたsusceptibleマウスのNacでは、Rac1のプロモーターと2000bp上流の領域にわたって)H3アセチル化が減少していた。逆に、resilientマウスではRac1プロモーター領域でH3K27メチル化が減少し、susceptibleマウスではRac1プロモーター上流のH3K27メチル化が増加していた。

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(参考図) 
上段:Permissiveな(転写を「許可する」=遺伝子発現を促進する)ヒストンアセチル化と、下段:repressiveな(転写を「抑制する」=遺伝子発現を抑制する)ヒストンメチル化。
中段は、HDAC(ヒストン脱アセチル化酵素)とHAT(ヒストンアセチル化酵素)によるアセチル化調節およびHMT(ヒストンメチル化酵素)によるメチル化調節による,
permissiveとrepressive間の「スイッチ」を表す。
Eberharter A, Becker PB. Histone acetylation: a switch between repressive and permissive chromatin. EMBO Rep. 3(3):224-9, 2002より引用)

社会的敗北ストレス後のsusceptibleマウスではH3アセチル化が減少していたので、(H3アセチル化を増加させる目的で)class 1 HDAC阻害剤MS-275をNAc局所に10日間浸透圧ミニポンプを用いて投与した。その結果、Rac1 の発現が正常化し、それまで認められていた社会的回避は見られなくなった。したがって、Rac1のエピジェネティックな調節は、社会的敗北ストレスと抑うつ行動をつなぐ分子メカニズムであることが示唆された。

大うつ病性障害の患者におけるRAC1の発現調節
次に、大うつ病性障害(MDD)患者の死後の病理解剖で得た凍結NAc組織を用いて、同様の検討を行うこととした。MDD患者の病理組織は、独立した2つのコホート(テキサスとモントリオール)から得た。両方のコホートで、抗うつ剤投与を受けていなかった患者の場合、MDD患者のNAcでは正常者と比較してRAC1発現が大きく低下していた。抗うつ剤投与を受けていた患者の場合は、モントリオールコホートにおいて、健常者と同程度の高いRAC1発現を示すものと抗うつ剤投与を受けていなかった患者と同程度の低い発現を示すものの二峰性の分布が認められた。(すなわち、抗うつ剤が効いていた患者と効かなかった患者がいた。実際、マウスの実験においても、susceptibleマウスのRac1 発現低下で抗うつ剤投与によって正常化したのは50%程度であった。)

さらに、凍結ヒト死後NAc組織におけるRAC1遺伝子のクロマチン状態を調べた。その結果、RAC1遺伝子配列の約200bp上流領域と転写開始部位( transcription start site; TSS)の下流領域でH3アセチル化が減少し、TSSの約200bp上流領域でH3K27メチル化が増加していることが明らかになった。なお、RAC1 mRNA発現とプロモーターアセチル化とメチル化の状態は、それぞれ正と負に相関していた。(図1)

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(図1)上段:大うつ病性障害患者の側坐核における、RAC1プロモーターのH3アセチル化(acH3、左)と、H3K27メチル化(H3K27me3、右)の変化。
下段:RAC1プロモーターのH3アセチル化はRAC1発現と正の相関を示し、H3K27メチル化はRAC1発現と負の相関を示した。

Rac1発現低下は抑うつ関連行動を引き起こす
次に、NacでのRac1の発現を変化させたマウスに、社会的敗北ストレスまたは弱い微小敗北ストレス(microdefeat)を与える実験を行った。Microdefeaとtは、C57BL/6JマウスをCD-1マウスと5分戦わせて15分引き離すことを3回繰り返すのみの弱いストレスで、この程度のストレスでは、社会的敗北ストレスと違って社会的回避や快感消失までは起こらない。

実験では、herpes simplex virus (HSV)による遺伝子導入を用いて、GFP、dominatnt-negative Rac1(RacDN)、constitutively active Rac1 (RacCA)のいずれかとCre recombinase、という2つの発現遺伝子を含む(bicistronic)ウイルスを、floxed Rac1 (Rac1 flox/flox)マウスのNAcに直接注入した。このマウスにHSV-GFP-Creを注入すると、NAc局所のRac1発現はノックダウンされる。これによりNAcでRac1発現が消失すると、microdefeatを与えられた場合であっても社会的回避と快感消失が起こるようになる(ストレスに対してsusceptibleになる)。同じくRacDNを過剰発現させた場合も、microdefeatに対する感受性亢進形質(pro-susceptibility phenotype)を示した。逆にRacCAを過剰発現させると、(強い)社会的敗北ストレスを与えられた場合も、社会的回避や快感消失という感受性形質(susceptible phenotype)は起こらなかった。

Rac1はストレスによる興奮性樹状突起スパインの形成を起こす
マウスに慢性的な社会的敗北ストレスを与えると、NAcの中型有棘ニューロンにおいて、未成熟型の隆起型樹状突起スパイン(stubby dendritic spines)の形成が促進される。この変化によって後シナプス密度が低下し、興奮性刺激の頻度が大きく増加する(シナプスの不安定性がもたらされる)ことが、これはマウスの抑うつ行動の発現に必要十分であることが分かっている。このようなストレスによるスパイン形成のメカニズムを理解するため、Rac1の下流のターゲット分子であり、スパイン形成のためのアクチン提供に必要なコフィリン(cofilin)に注目した。すなわち、慢性的な社会的敗北ストレス後のNAcの中型有棘ニューロンの樹状突起をコフィリンの免疫組織染色と重ね合わせた三次元再構成像を作製した。その結果、慢性的な社会的敗北ストレスによって、コフィリン陽性の隆起型スパインが選択的に増加した(隆起型以外の通常型(thin type)やキノコ型(mushroom type)のスパインは増加しなかった)。

ところが、RacCAを過剰発現させたsusceptibleマウスのNAcでは、社会的敗北ストレス後の隆起性スパイン形成は減少していた。この隆起型スパインの密度は社会的回避行動と逆相関があった。すなわち、Rac1過剰発現によって隆起型スパイン形成が減少すると、社会的回避行動が増加する傾向が認められた。

最後に、Rac1の発現低下だけでNAcで隆起型スパイン形成が起こるのかを検討した。NAc特異的にRac1を欠損させると、それだけで通常型と隆起型の両方のスパイン形成が増加した。さらにこのマウスにmicrodefeatを与えると、与えないときに比べて隆起型スパインの密度が2倍に増加した(図2)。NAc特異的なRac1欠損によって隆起性スパイン密度が増加すると、社会的回避が増加する傾向が認められた。

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(図2) 側坐核(NAc)の中型有棘ニューロンの樹状突起の三次元再構成像:NAc特異的にRac1を欠損させたマウス(下の2つ)では、コントロールマウス(上の2つ)に比べて、隆起型スパイン(白矢印)と通常型スパイン(青矢印)の密度が増加した(他のキノコ型棘突起(黄色矢印)の密度は変わらなかった)。
NAc特異的Rac1欠損マウス(下の2つ)で、microdefeatストレスなし(上から3番目)とストレスあり(一番下)を比較すると、ストレスありのRac1欠損マウスで隆起型スパイン(白矢印)が増加していることが分かる。なおこの隆起性スパインの増加は、社会的回避(抑うつ行動)の増加と相関していた。

【結論】
本研究では、①慢性的な社会的ストレスが与えられると、マウスおよびヒトの側坐核においてRac1発現が低下する。②このRac1発現低下はエピジェネティックなメカニズム(Rac1プロモーターのH3アセチル化減少とH3K27メチル化増加)によるものであることが明らかになった。さらに、③社会的ストレスによるRac1発現の減少が、Rac1下流のコフィリンの局在の変化を介して、中型有棘ニューロン樹状突起の隆起型スパインを増加させ、これがシナプスの不安定性をもたらすことにより、社会的回避などのストレス行動が起きるというメカニズムが解明された。

上記の結果に基づくと、RAC1プロモーターのエピジェネティックな変化に対する治療(すなわち、ヒストン脱アセチル化抑制、脱メチル化促進)によって抗うつ効果が期待できそうである。ただし、そのような治療はゲノム全体に影響を与える可能性があるため、より遺伝子特異的なエピジェネティックスに対する治療戦略(最近のzinc finger artificial transcription factorsなど)が求められるだろう。
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by md345797 | 2013-02-27 05:48 | シグナル伝達機構

ヒトにおいてオートファジーが果たす生理的役割と疾患における役割

Autophagy in Human Health and Disease.

Choi AMK, Ryter SW, Levine B.

N Engl J Med. 368:651-662 February 14, 2013.

【総説内容】
ヒトにおいて、オートファジー(Autophagy:self-eatingの意味をもつ)が果たす生理学的役割および疾患における役割が明らかになりつつある。一般に「オートファジー」と呼ばれるmacroautophagyは、細胞質内の不要物に対してオートファゴソームが形成され、それがリソソームと融合し、分解・リサイクルを行う過程である(図1)。

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(図1)オートファジー経路の段階
左から、オートファジーの開始(initiation)→小胞(vesicle)の延長→成熟したオートファゴソームの形成→オートファゴソームのリソソームとの融合(fusion)→リソソームの酸性加水分解酵素(acid hydrolases)によるオートファゴソーム内容物の分解と、代謝へのリサイクルという過程がある。

オートファジー調節の分子機構
オートファジーの調節機構は、図2のようなものである。
①環境からの刺激(cues)は細胞内シグナル伝達を活性化して、オートファジーの調節分子(当初酵母で同定されたautophagy-related genes (Atg) 産物のホモログ)に伝達される。飢餓状態(starvation)はmTOR活性の抑制によりオートファジーを活性化する。栄養素の欠乏およびエネルギー喪失によりmTORC1(mTOR-Raptor-PRAS40-GβL)は阻害されるが、それによりULK1が活性化される。これがオートファジー開始の重要な段階である。逆に、インスリンや成長因子刺激(class I PI3-kinase-AKTの活性化を介する)および栄養素(leucineなど)は、mTORC1を活性化して、ULK1、ATG13、ATG101、FIP200からなるmTOR基質複合体を阻害する。これによりオートファゴソーム形成は阻害される。
②一方、Beclin-1-interacting complex は、Beclin1、BCL-2 family蛋白(オートファジーを抑制)、class III PI 3-kinase (VPS34)、ATG14L(オートファジーに必要)からなるオートファジーの調節プラットフォームである。この複合体が刺激されると、phosphatidylinositol-3-phosphate(PI3P)が生成され、オートファゴソーム形成(膜の核生成:nucleation)が促進される。
③オートファーゴソームの延長には2つのユビキチン様結合システム、すなわち「ATG5-ATG12結合システム」と「LC3-ATG8結合システム」が必要である。
④後者のシステムにおいて、細胞質欠失型LC3 (LC3-I)がオートファゴソーム膜結合型LC3(phosphatidylethanolamine結合型(PE-conjugated form):LC3-II)へと変換されことはオートファーゴソームの形成を示唆し、免疫蛍光染色上の斑点(LC3 puncta)として可視化できる。
⑤その後、オートファゴソームとリソソームの融合が起きるが、この過程の障害は、オートファーゴソーム数の増加をもたらし、さまざまな疾患につながりうる。

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(図2) オートファジー経路の分子調節機構。上のオートファゴソーム形成の調節と下のオートファゴソーム延長と成熟の調節に分けられる。

オートファジーの機能
オートファジーは、代謝前駆物質の再生と細胞内不要物の消去を行うことにより細胞機能を維持するという、ストレス下の生存メカニズムとして機能している。最近、オートファジーを受ける基質の選択性が同定され、これらは細胞内輸送機関(cargo)に特異的な因子によって調節されていることが明らかになってきた。オートファジーは、ミトコンドリアや他の細胞内小器官(endoplasmic reticulum やperoxisomes)のターンオーバーに関わっている(ミトコンドリアターンオーバーに関するものはmitophagy)。さらにストレスや加齢、蛋白構造の異常などで蓄積するポリユビキチン化された凝集体蛋白(protein aggregate)の消失(aggrephagy)や、脂質代謝(lipophagy)にも関わっている。

オートファジーは主に、細胞死を予防する保護的メカニズムとして作用している。そのため、オートファジー調節因子とアポトーシス調節因子の相互作用が認められている(BCL-2とBeclin 1、KC3BとFasの相互作用など)。オートファジーが過剰であっても、逆に障害されていてもそれだけでは直接細胞死を起こすわけではないが、両者はアポトーシスを介する細胞死に関連があると考えられている。

感染下では、オートファジーは細胞内細菌やウイルスの分解により(xenophagy)、免疫反応を助ける作用がある。オートファジーは、ウイルス感染に対するインターフェロン反応や病原体に対する炎症性サイトカイン反応といった炎症反応を低下させ、インフフラマソーム依存性の炎症性サイトカイン(IL-1βやIL-18)の産生を抑制する。オートファジーは、抗原提示やリンパ球発生といった獲得免疫反応においても重要な役割を果たしている。また、オートファジーは自己寛容T細胞レパトアの生成も促進し、炎症および免疫機能全体の調節に関わっている。

疾患におけるオートファジー
(1) 癌

オートファジーは癌の発生と進展にさまざまな影響を及ぼし、その化学療法に対する治療効率にも関係している。ヒト乳癌、子宮癌、前立腺癌の40-75%で、Beclin 1遺伝子(BECN1)の単一対立遺伝子性(monoallelic)の異常が起きている。腫瘍組織でBeclin 1の発現異常は、癌の予後不良と関連がある。マウスではBecn1のmonoallelicな欠失(Becn1+/-)は発癌につながるため、Beclin 1は腫瘍抑制蛋白と考えられている。その他のオートファジー関連蛋白(Uvrag、Bif1)やオートファジー蛋白(Atg4C、Atg5、Atg7)は腫瘍抑制機能をもつ。また、既知の腫瘍抑制蛋白(PTEN、TSC1/2、LKB1、p53)はオートファジーを刺激する。Beclin 1-依存性オートファジー機能は、AKT活性化を通じてヒトの癌を抑制すると考えられている。前立腺癌におけるATG5の発現増加のように、他のオートファジー蛋白の発現の変化もヒト癌で認められる。

オートファジーは、代謝ストレスに対してミトコンドリアターンオーバーを増加させ、蛋白凝集体消失を促進することにより、発癌抑制機能を持つと考えられている。オートファジー蛋白を遺伝的に欠損させると、ミトコンドリア機能異常および酸化ストレス増加が起こり、炎症性刺激に対する感受性が増加し、DNA傷害と遺伝的不安定性をもたらされる。その一方で、腫瘍組織では、オートファジーが腫瘍の生存に有利に働くことも知られている。高い増殖能と血行不良によって低酸素状態にさらされている腫瘍組織は代謝ストレス下にあり、化学療法はこれを利用して腫瘍細胞を攻撃する。ここでオートファジーを阻害すると(ATG5、ATG7の欠損など)、化学療法の効率が上昇する。すなわち、逆に考えればオートファジーは腫瘍細胞の化学療法に対する抵抗性を増加させていることが分かる。このように腫瘍細胞においてオートファジーは化学療法に対抗すると同時に、それとは逆にオートファジー関連細胞死経路によって化学療法の細胞毒性を増強することも一方では知られている。このオートファジー蛋白と腫瘍の化学療法抵抗性の間の複雑な関係については、さらなる検討が必要であろう。

(2) 神経変性疾患
神経変性疾患は、蛋白の遺伝子変異や異常蛋白の消失メカニズムの障害によって、ミトコンドリア機能異常と蛋白凝集体の蓄積が起こることが原因である。すなわち、神経変性疾患ではオートファジーの障害が起きていると考えられる。例えば、アルツハイマー病の脳にはオートファーゴソームの蓄積が増加している。また、マウスのオートファジー蛋白の欠損モデルでは、神経変性疾患の発症は蛋白凝集体の蓄積に関連がある。薬物でオートファジーを刺激すると、これらのモデルの神経変性に伴う症状が緩和される。ハンチントン病と関連するポリグルタミン疾患では、変異した(mutated) huntingtin(mhtt)がニューロンの核周囲の細胞質に凝集して核内封入体を形成しているが、この過程でオートファジー経路の障害が見られる。最近、mhttがオートファーゴソームの細胞内輸送体の認識を直接障害し、オートファジー経路の障害を起こすことが報告された。アルツハイマー病では、過剰にリン酸化したtau蛋白の蓄積が見られ、これが神経原線維濃縮体の形成と神経斑におけるβ amyloid peptide (Aβ)の蓄積をもたらしている。Aβはリソソーム機能を障害し、オートファジーによるAβの消失は抑制されている。さらにγ-secretaseとその関連酵素を含むオートファーゴソームは、前駆体からのAβ産生に関与しており、オートファーゴソーム-リソソーム融合の障害の条件下でのAβ源となっている。パーキンソン病では、ミトコンドリア機能異常と神経変性と関連が示されている。機能異常をきたしたミトコンドリアはターンオーバーのためにオートファーゴソームに輸送されるが(mitophagy)、この過程はPINK1およびParkinにより調節されている。これらの蛋白の遺伝子変異は、劣性家族性パーキンソン病の原因となる。散発性パーキンソン病はα-synuclein凝集体(Lewy小体)が蓄積し、これがミトコンドリア機能異常を起こす。α-synucleinはオートファジーを受ける基質であるが、この蛋白の蓄積自体がオートファジーを障害し、自身の消失を阻害していることが分かっている。

(3) 感染性疾患
細菌(A群Streptococcus、Mycobacterium tuberculosisShigella flexneri
Salmonella enterica Listeria monocytogenes,、Francisella tularensis)、ウイルス(HSV-1、chikungunya virus)、寄生虫(Tocoplasma gondii)は、in vitroにおいてxenophagyによって分解される。マクロファージ特異的にAtg5を欠損させたマウスは、M. tuberculosis感染を受けやすい。薬剤によりオートファジーを亢進させると、細胞内の病原体がオートファーゴソームに輸送される。細菌の毒性因子は宿主のオートファジーを抑制するが、この毒性因子を阻害することは新たな感染性疾患の治療戦略となりつつある。Sirolimus (従来名はrapamycin)はmTOR抑制により、オートファジーを亢進させ、ヒト免疫不全ウイルスやM. tuberculosisの複製を阻害する。また、前述のようにオートファジーは獲得性免疫の調節にも重要であり、オートファジーを亢進させる治療はワクチン開発にも有用である。オートファジー遺伝子は、感染性・炎症性疾患への感受性に関連しているということがわかってきた。ヒトのGWASによってオートファジー調節遺伝子(ATG16L2、NOD2、IRGM)のSNPsとCrohn病のリスク増加が関連していることが示されている。IRGMのSNPsはヒトにおいてM. tuberculosis感染と関連がある。このように、オートファジーの異常と炎症性・感染性疾患の関連が指摘されている。

(4) 心血管疾患
LAMP2(オートファーゴソームとリソソームの融合を促進する蛋白)の遺伝性X染色体連鎖欠損は、Danon病として知られる心筋症を引き起こす。この患者の心筋細胞の異常はミトコンドリア機能異常とオートファーゴソーム数の増加である。実験的な、虚血再灌流傷害はオートファジーの異常を起こし、ATP欠乏、低酸素、Ca2+バランスの変化などをもたらす。動脈硬化性プラークのマクロファージでは、オートファーゴソームの数が増加している。オートファジーは、動脈硬化プラークをマクロファージのアポトーシスを予防することで安定化させる。

(5) 代謝疾患

オートファジーはさまざまな代謝前駆物質を再生し放出するので、組織の代謝には大きな影響を与える。例えば、オートファジー蛋白の遺伝的欠損では肝の脂肪滴のトリグリセリド蓄積が促進され、p62/SQSTM1の変異は骨代謝異常のPaget病と関連している。運動により筋・脂肪組織・膵β細胞でのオートファジーは亢進し、運動によるオートファジー亢進は高脂肪食による耐糖能異常を改善する。脂肪細胞特異的なオートファジー蛋白(Atg7)欠損では、脂肪分化が変化し(褐色脂肪組織増加につながり)インスリン感受性が亢進する脳のAgRPニューロンでのオートファジー欠損では、摂食調節異常が起きる。

(6) 肺疾患
COPD患者の肺では、LC3B-II発現とオートファーゴソーム形成が増加している。また、LC3Bを欠損させたマウスにタバコの煙を長期に吸入させても、肺気腫は起こりにくい。嚢胞性線維症(cystic fibrosis, CFTR変異)の発症機構に、凝集蛋白の消失(aggrephagy)の障害が関与している。喘息の発症とオートファジーについてはよく分かっておらず、オートファーゴソーム増加とATG5発現の増加などが報告されている。

(7) 加齢
オートファジーは、不要な蛋白のターンオーバーと障害を受けた細胞内小器官の除去を行うため、加齢にとって非常に重要な役割を果たしている。加齢は、オートファジーの低下(ATG5ATG7BECN1発現の低下)でもあり、老廃物(リポフスチン色素やユビキチン化された蛋白凝集体)の蓄積が起きている。カロリー制限はこの加齢依存性のオートファジー低下を抑制する。

オートファジーの臨床応用
現在のところ、オートファジーの理解がまだ不十分で、オートファジーを特異的に促進する化合物もないため、ヒトの疾患でオートファジーをターゲットにした治療は限られている。限られた治療薬剤としては、ビタミンD、AMPK活性化薬、sirolims (mTOR阻害薬)などが挙げられる。ヒストン脱アセチル化酵素(Sirtuin-1, HDAC1, 2, 6)はオートファジーを調節し、HDAC阻害剤やリソソーム酸性化剤(クロロキン、ヒドロキシクロロキン)もオートファジーを調節する。これらは、癌に対する化学療法の効率を増加させるとして乳癌や前立腺癌、膵β細胞腺癌、非小細胞肺癌に対する臨床試験が行われている。オートファジーのメカニズムがさらに理解されれば、新しい診断・治療薬剤の同定につながるだろう。
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by md345797 | 2013-02-25 03:08 | シグナル伝達機構

インスリン抵抗性下で膵β細胞の肥大を起こす、肝由来の全身性因子の存在

Liver-Derived Systemic Factors Drive β Cell Hyperplasia in Insulin-Resistant States.

El Ouaamari A, Kawamori D, Dirice E, Liew CW, Shadrach JL, Hu J, Katsuta H, Hollister-Lock J, Qian WJ, Wagers AJ, Kulkarni RN.

Cell Rep. 2013 Jan 30. Published online.

【まとめ】
肥満、糖尿病における代謝障害では、全身の臓器間クロストークの統合の異常がみられることがある。インスリン抵抗性の状態では膵β細胞の肥大が起きるが、肝特異的インスリン受容体欠損マウス(LIRKO)マウスでは膵島が肥大することが知られている。これは、肝と膵島の間の何らかのクロストークによるものであろうか。このグループは、in vivoのパラバイオーシスおよび移植実験と、in vitroの膵島培養実験を用いて、LIRKOマウス由来のβ細胞増殖を促す、液性因子(これは非神経性で、非細胞自律性の因子である)の存在を示した。さらに、肝細胞由来因子が、ex vivoにおいても、その環境のグルコース、インスリン値とは無関係に、マウスおよびヒトのβ細胞増殖を促進したことを報告する。以上より、インスリン抵抗性の状態において、肝はβ細胞増殖ための重要な液性因子産生臓器であることが示された。

【論文内容】
インスリン抵抗性に対し、生理的に(妊娠時)または病理的に(肥満時)、膵β細胞の代償性肥大が起きることはよく知られているが、そのメカニズムはよく分かっていない。全身性の膵β細胞肥大促進因子としては、腸管由来のGLP-1、GIP、脂肪細胞由来のleptin、adiponectin、筋肉由来のIL-6、マクロファージ由来のIL-1β、 IFN 、TNF-α、骨由来のosteocalcin、甲状腺ホルモン、platelet-derived growth factor (PDGF)、serotonin、FGF21などが報告されている。しかし、このグループの検討によると、インスリン抵抗性動物であるLIRKOマウスでは膵β細胞の増殖が見られるのにこれらの因子が大きく変化していなかったことから、肝由来の未同定の因子の存在が予想された。

まず、3か月齢のLIRKOマウスにBrdU (100 mg/kg body weight)を注入して、膵β細胞、α細胞、肝・脂肪・骨格筋などの増殖について検討した。LIRKOマウスでは膵β細胞量が2倍程度に増加しており、BrdU取り込み能およびKi67陽性β細胞(増殖しているβ細胞)は2.5倍程度に増加していた。TUNEL染色ではβ細胞のアポトーシスに変化は見られなかった。また、β細胞以外の細胞にも増殖能の差は見られなかった。LIRKOマウスのインスリン抵抗性によって、膵β細胞の増殖が促進されていると考えられた。

非神経性・非細胞自律的液性因子がLIRKOマウスのβ細胞複製を促進している
まず、6週齢マウスのcontrol/control、control/LIRKO、LIRKO/LIRKOマウスでパラバイオーシスを行い16週齢まで観察したところ、control/LIRKO群では空腹時血糖・血中インスリンがcontrol/control群に比べ上昇した。膵β細胞へのBrdU取り込みはcontrol/control群で低く、LIRKO/LIRKO群で高かったが、control/control群に比べ、control/LIRKOのcontrolマウスで有意に高値であった。すなわち何らかの液性因子の存在が予想された。以前、膵β細胞増殖に働く肝由来の神経経路が同定されたが、LIRKOマウスでもその可能性を検討するため下記の移植実験を行った。ControlおよびLIRKOマウスから125の同じ大きさの膵島を単離し、それぞれcontrolとLIRKOマウスの腎被膜下に移植した(一匹のレシピエントマウスの左右の腎に、controlとLIRKOのそれぞれのドナーからの膵島を移植)。16週後、移植した膵島を採取してβ細胞へのBrdU取り込みを調べた。Control→control移植のβ細胞ではBrdU取り込みは少ないが、control→LIRKO移植のβ細胞ではBrdU取り込みが8倍大きかった。逆にLIRKO→control移植ではその増加は見られなかった。LIRKOレシピエント環境下では(由来細胞にかかわらず)β細胞増殖が起こり、controlレシピエント環境下では起こらないことから、ここでもβ細胞増殖に働く非神経性・非細胞自律的な因子の存在が考えられた。

LIRKOマウスの血清はin vivoでβ細胞複製を選択的に促進する
この因子が血行に乗った分子なのか細胞なのかを検討するため、6か月齢のLIRKOマウスまたはcontorlマウスの血清を6週齢マウスの腹腔内に1日2回注入した。LIRKO血清を注入されたconrtolマウスの膵β細胞は2倍程度に増加したが、control血清を注入されても増加しなかった。このin vivoの検討から、血清中に安定に存在する血行性分子がLIRKOマウスの膵β細胞増殖を促進していると考えられた。

LIRKO血清はin vitroでマウスおよびヒト膵β細胞を増殖させる
LIRKOおよびcontrolマウス由来の血清を含むmediumでマウス膵島を培養し、Ki67免疫染色でβ細胞増殖を検討した。3か月齢のLIRKOマウスの血清は、培養膵β細胞の増殖をもたらした。12か月齢LIRKO血清でも増殖をもたらしたが、12か月齢control血清(加齢によるインスリン抵抗性がもともと存在する)でもやや増殖が促進されたため、有意差は見られなかった。なお、TUNEL染色ではβ細胞のアポトーシスに差は認められなかった(下図)。(ここでは未発表だが、LIRKO血清中のβ細胞増殖促進因子は熱で不活化されたため、おそらく蛋白である)。

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LIRKOマウスの血清は、ヒトドナー(9名の健常者と2名の2型糖尿病患者由来)の培養膵島でもβ細胞増殖を促進した。LIRKO血清は糖尿病患者由来のβ細胞も増殖を促進したことが重要である。すなわち、血中のβ細胞増殖促進因子は、ヒトとマウスの種間で保存され、2型糖尿病患者の膵島にも効果がある。(ヒトの膵島ドナーはIntegrated Islet Distribution Programに基づき研究用に採取されたものである。)

(なお、膵β細胞増殖を促進する重要な因子はグルコースとインスリンそれ自体であるが、LIRKOマウスパラバイオーシス実験では血糖上昇が認められていないこと、in vitro実験ではグルコース濃度を一定にしインスリン濃度は血清希釈によりin vivoに比べると有意に低値であることから、グルコースやインスリンがその因子ではないと考えられる。)

肝細胞由来因子がin vitroでマウスとヒトの膵β細胞複製を促進する
最後に、LIRKOおよびcontrolマウス由来肝の組織片培養(liver explant cultures: LECM)の上清のmediumを採取し、マウス膵島に添加した。その結果、LIRKOマウスの肝由来のLECM添加によりKi67陽性β細胞数が増加した。同様に2型糖尿病患者由来の膵島においてもβ細胞増殖を促進した。肝には、肝細胞、Kupffer細胞、血管内皮細胞など多くのタイプの細胞が含まれる。そこで、培養肝細胞primary hepatocytesの上清のmedium (hepatocyte-conditioned medium: HCM)を、単離マウス膵島と2型糖尿病ヒトの膵島に添加したところ、controlマウスに比べLIRKOマウスの肝細胞由来のmediumで膵β細胞の増殖が促進された。

【結論】
インスリン抵抗性の肝細胞にはβ細胞の増殖を促進するような因子(βcell growth-promoting factor(s))が含まれていると考えられる。β細胞を増殖させるシグナル伝達経路は数多く報告されている
が(下図)、インスリン抵抗性に反応して血行性に直接β細胞増殖を刺激する因子はまだわかっていない。本研究のLIRKOマウスを用いた検討から、マウスとヒトで保存された、全身性の肝細胞由来液性因子の存在が示唆された。

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by md345797 | 2013-02-12 03:05 | 再生治療

TALENs:ゲノム編集のための広範に応用可能な技術

TALENs: a widely applicable technology for targeted genome editing.
Joung JK, Sander JD.

Nat Rev Mol Cell Biol. 2012 Dec 12;14(1):49-55.

【まとめ】
特定のDNAに結合するドメインと、人工ヌクレアーゼを結合させた人工蛋白を用いて、多くの生物や細胞種のほとんどすべての遺伝子の改変が可能となった。この新たに開発されたtranscription activator-like effector nucleases (TALENs)を用いることにより、生物種を問わず、簡便かつ短時間にノックアウトやノックインを行うことができる。

【総説内容】
標的ゲノム編集(Targeted genome editing)は細胞や生物において、ほとんどすべての目的の配列を効率よく改変できる、広範に応用可能な技術である。この技術は、①配列非特異的にDNAを切断する人工ヌクレアーゼ(engineered nucleases)と②配列特異的DNA結合ドメインからなる蛋白を融合させたものを用いている。当初は、zinc-finger nucleases (ZFNs)を用いた、点変異、欠損、挿入、逆位、重複、転移などの遺伝子操作が多く行われていた(図1:ZFNによるゲノム編集の原理)。

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近年は、ZFNsの代わりに、transcription activator-like effector nucleases (TALENs)の急速な発展が見られる。TALENsでは、カスタム化されたDNA結合ドメインと非特異的なFokI ヌクレアーゼドメインとを融合させたものである。DNA結合ドメインは、Xanthomonas 種プロテオバクテリアが分泌し宿主植物の遺伝子転写を変えさせる蛋白であるtranscription activator-like effectors (TALEs)由来の保存されたリピートからなっている。(図2 TALENの概要とTALEリピート構造)。このDNA結合TALEリピートは、単純な「蛋白-DNAコード」を用いて、標的部位の塩基に対して簡単・迅速に作製できる(DNA塩基配列の塩基1つを認識するアミノ酸33-35のリピート構造を連結して塩基配列を認識する)。

ここ2年間でTALENsは、酵母、ショウジョウバエ、線虫、コオロギ、ゼブラフィッシュ、カエル、ラット、ブタ、牛、シロイヌナズナ、コメ、カイコ、およびヒトの体細胞と多能性幹細胞など、さまざまな細胞・生物の遺伝子改変に応用されてきた。TALENsの技術は非常に成功率が高く、事実上どのような配列にも応用できるため、非専門家にとっても広い用途があることが期待されている。

カスタムTALE DNA結合ドメイン
DNAに結合するTALEドメインは保存された33-35アミノ酸リピート構造をしているアミノ酸配列である。それぞれのリピートはDNAのそれぞれの塩基に特異的に結合する。ほとんどすべての人工TALEリピート配列は、超可変残基であるNN、NI、HD、NG (それぞれDNAのG、A、C、Tに対応)からなっている。(より特異的にGを認識する超可変残基であるNKやNHも報告されている。)

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ヌクレアーゼを用いた遺伝子改変
ZFNによる二重鎖切断(double strand breaks: DSB)は、非相同末端再結合non-homologous end-joining; NHEJ) または相同組換え修復(homology-directed repair; HDR)によって修復されるが、これを利用して切断部位由来のさまざまな長さの挿入/欠失変異 (insertion or deletion mutation; indel mutation)を作製することができる(図3a 切断と修復に基づくゲノム編集)。NHEJによる二重鎖切断の修復は、しばしば遺伝子コーディング配列のフレームシフトを起こすため、遺伝子機能のノックアウトにつながる。また、HDPが起こることにより、切断部位の正確なヌクレオチド置換や切断部位への配列挿入(~7.6 Kb)が可能である。すでに、ZFNでは、NHEJまたはHDRを用いて遺伝子変更を行うのを、ショウジョウバエ、線虫、ゼブラフィッシュ、ニジマス、ナマズ、ウニ、カエル、ブタ、ウシ、コオロギ、ウサギ、カイコ、チョウ、マウス、ラット、ダイズ、白イヌナズナ、トウモロコシ、タバコ、ペチュニア、ハムスター細胞、ヒト体細胞と多能性幹細胞で行うことができる。この方法で、高率に変異体を作製し、選択マーカーなく変異体をスクリーニングすることができる。

ZFNsとI-SceI homing endonucleaseによって、2つのDSBとそれに続く介在配列の欠失(~15Mb)や異なる染色体の2つのDSBによる転座など、より複雑なゲノムの変更が可能となる(図3b)。操作性がよりシンプルなTALENsは初めて2年前に導入されたが、すでに同様の多くの応用がなされている。

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ゲノム編集への応用
モデル生物

TALENsもZFNsと同様に以前は操作困難だった多くの生物モデルに効率よく応用可能である。現在まで、ショウジョウバエ、線虫、ゼブラフィッシュ、カエル、ラット、ブタ、ウシ、コオロギ、カイコに用いられている。また最近、ブタ(Ossabaw swine)を用いたヒト疾患(LDL受容体変異による家族性高コレステロール血症)のモデル作製に用いられた。

細胞を用いた疾患モデリング
TALENsに伴うNHEJを用いてコーディング配列にindelを導入することによって、loss-of-mutationを導入した細胞の疾患モデルが作製できる。また、HDRによって内因性のヒト遺伝子に正確な挿入配列を入れることもできる。この際、蛍光蛋白やエピトープタグを挿入して蛋白を視覚化することも可能である。GWASやENCODEで明らかになった特定の一塩基多型(SNPs)を持った細胞を作製することもできる。

治療に対する応用
ZFNに伴うHDRは最近、鎌状赤血球症やα1-アンチトリプシン病、パーキンソン病(SNCA遺伝子)の患者由来のiPS細胞からそれぞれの遺伝的変異を修正するために用いられた。このような修正をex vivoで行い、患者に戻す治療が行われる。ヒトiPS細胞や体細胞に対するTALENsに伴うHDRを用いた治療も行われている。また、NHEJを用いた遺伝子の活性消失も治療に用いられる(HIV感染のco-receptorであるCCR5遺伝子を破壊する、というAIDSの治療)。TALENsはいかなるDNA配列もターゲットにできるため、遺伝子修正と遺伝子破壊による遺伝病の治療に対する役割は計り知れないと考えられる。

TALENs作製のためのプラットフォーム
TALENsリピートアレイをエンコードするプラスミドをデザインするプラットフォームが存在する。この方法は、標準的な制限酵素とligationに基づくクローニングである「Golden Gateクローニング」などである。TALENsの特異的な設計は注意深く検討する必要があり、Rebarらによる枠組みが最も広く試されているものである。

将来への方向性
TALENs技術はここ3年で急速に進歩しているが、重要な問題点もある。①TALENsは特異的な部位のHDRを起こすが、NHEJによる変異導入はHDRによって変化したアリルの予期しない部位への変異を起こさないか。これにはNHEJによる修復とHDRによる修復のバランスをとることが大切であろう。②NHEJによるoff-targetの変異を作らないために、TALENsのゲノムワイドの特異性の確立が不可欠である。③TALENsを細胞内に効率よく導入する方法(現在はmRNAを細胞または受精卵の核にマイクロインジェクションして細胞内で発現させる)は、今後の研究の重要な課題になるだろう。さらに、TALEに基づく転写因子(activators and repressors)の導入はすでに報告がされつつある。

TALENsは簡便で成功率が高く、多くの生物や細胞種に応用可能なゲノム編集技術であり、将来の生物学研究にとって重要な技術となるに違いない。


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by md345797 | 2013-02-08 06:08 | その他

肥満によるmiR-802過剰発現は、ヒトMODY5の原因遺伝子Hnf1b発現抑制を介して糖代謝を阻害する

Obesity-induced overexpression of miR-802 impairs glucose metabolism through silencing of Hnf1b.

Kornfeld JW, Baitzel C, A. Könner AC, Nicholls HT, Vogt MC,Herrmanns K, Scheja L, Haumaitre C, Wolf AM, Knippschild U, Seibler J, Cereghini S, Heeren J, Stoffel M, Brüning JC.

Nature 494,111–115, 07 Feb 2013.

【まとめ】
いくつかのmiRNA(miR-143miR-181miR-103 とmiR-107)には、肝のインスリン抵抗性を変化させる働きがあることが知られている。この研究では、肥満マウスモデルおよび肥満のヒトの肝でmiR-802の発現が増加していることを明らかにした。誘導性のmiR-802過剰発現トランスジェニックマウスは耐糖能異常とインスリン抵抗性を示し、miR-802をターゲットにしたlocked nucleic acids (LNA)を用いてmiR-802発現を減少させるとインスリン抵抗性は改善した。さらに、miR-802によるsilencingのターゲットは Hnf1b (別名Tcf2)であり、shRNAにより肝のHnf1bをノックダウンすると耐糖能異常とインスリン抵抗性、肝糖産生増加が起こった。逆に、db/dbマウスの肝にHnf1bを過剰発現させるとインスリン抵抗性が改善した。以上より、肝のmiR-802の発現増加は「肥満に伴うインスリン抵抗性」の一因であり、そのメカニズムはmiR-802によるHnf1bの減少を介することが示された。


【論文内容】
肥満にはインスリン抵抗性や2型糖尿病が伴うが、その際に変動するmiRNAを同定するため、肥満のモデルマウス(高脂肪食負荷、およびLepr db/dbマウス)とそれぞれのコントロールから採取した肝のRNAで、miRNA マイクロアレイを用いて「miRNome」発現プロファイルの検討を行った。肥満で増加するmiRNAの中には、既知のmiR-103/miR-107, miR-143, miR-335が含まれたが、さらに新しいものとしてmiR-802の増加を同定した(高脂肪食で5.5倍、db/dbで30倍に増加)。このmiR-802は正常ヒト肝に比べ、過体重(BMIが25を超える)ヒトの肝でも発現が有意に増加していた。

まず、miR-802をhepatome細胞株であるHep1-6細胞に過剰発現させたところ、インスリンによるAktリン酸化が低下、インスリンシグナル伝達抑制に働くSocos1とSocs3の発現が増加した。さらに、G6pcの発現も増加しており(肝の糖産生亢進に向かうため)、インスリン抵抗性亢進に働くことが分かった。次に、in vivoでのmiR-802過剰発現の効果を調べるため、Dox誘導性のmiR-802過剰発現トランスジェニックマウス(miR-802マウス)を作製した。このマウスは、Doxの誘導により全身でmiR-802の発現が増加する。このマウスはmiR-802過剰発現により、耐糖能とインスリン抵抗性が悪化し、HOMA-IRが増加した。

また、肥満マウスでmiR-802発現を減少させるため、miR-802をターゲットにしたlocked nucleic acids (LNA)を作製して、高脂肪食負荷マウスに注入した。その結果は高脂肪食マウス肝のmiR-802発現は80%減少した(なお、他の臓器、骨格筋、膵、白色脂肪組織、視床下部などのmiR-802発現の減少はわずかだった)。この高脂肪食負荷miR-802発現抑制マウスの耐糖能障害、インスリン抵抗性は改善しており、正常血糖高インスリンクランプによって、インスリンによる骨格筋・WATの糖取り込みは変化しなかったが、肝糖産生抑制は改善(p=0.065)、G6pc発現は低下、Aktリン酸化は亢進した。以上より、miR-802の発現抑制は、主に肝のインスリン作用改善を介して全身のインスリン抵抗性改善をもたらすことが示された。

次に、バイオインフォマィテックスの手法を用いて、miR-802のターゲットとなるmRNAを同定したところ26のターゲット遺伝子が得られ、その中にhepatocyte nuclear factor 1 beta (Hnf1b; 別名transcription factor 2, Tcf2。ヒトのHNF1B遺伝子に相当)が含まれていた。ヒトのHNF1BはMODY type5の原因遺伝子であり、GWASでもHNF1Bのvariantは2型糖尿病発症に関連していることが知られている。miR-802の過剰発現でHepa1-6細胞にtransfectしたHnf1b 3’ UTRのluciferase活性が低下し、miR-802結合部位の変異によりその低下は回復した。 Hepa1-6細胞でのmiR-802過剰発現によりHnf1b蛋白発現も増加した。miR-802発現が増加しているdb/dbマウスでは、肝のHnf1b蛋白発現は50%低下しており、anti-miR-802 LNAによってこれは回復した。Hepa1-6細胞でshRNAを用いてHnf1bをsilencingするとG6pcとPck1の発現はぞうか、およびSocs1とSocs3発現が増加した。肝細胞(in virtoとin vivo)において、Hnf1bはmiR-802の転写後silencingターゲットであることが示された。

なお、Hnf1bのヘテロ欠損マウス(Hnf1b+/−)ではHnf1b mRNAの低下はほとんどなく、蛋白発現量はコントロールと同じであった。このマウスでは肝のmiR-802発現は低下しており、そのためにHnf1b蛋白量の低下が見られなかったのかもしれない。そこで、急性にHnf1b蛋白を減少させるため、Hnf1bをターゲットとしたshRNAを含むアデノウイルス(Ad-shHnf1b)をマウスに静注し、肝のHnf1b mRNAを40%減少させた。このマウスでは耐糖能、インスリン抵抗性は大きく悪化していおり、インスリンによるAktリン酸化も障害されていた。このマウスの肝から単離したmRNAのマイクロアレイ解析によると、Hnf1bの発現低下に伴って糖新生、脂肪酸のβ酸化、酸化的リン酸化、TCA回路の遺伝子発現増加が認められた。qRT–PCR解析では、Pgc1a発現誘導により、糖新生遺伝子であるPck1とG6pc発現が増加していた。逆にanti-miR-802 LNAを投与した高脂肪食負荷マウスではPck1とG6pcのmRNA発現は減少した。

さらに、Hepa1-6細胞にmiR-802を過剰発現させたところに、アデノウイルスでHnf1bを過剰発現させると、G6pc発現増加は低下(回復)した。同様にdb/dbマウス肝にアデノウイルスでHnf1bを発現させると、インスリン抵抗性が改善した。すなわち、miR-802によって肝のHnf1b発現が低下していたことが、肥満マウスにおける代謝障害の一因になっていたことが分かる。

【結論】
肥満の状態においては、肝でmiR-802が発現し、そのターゲットである肝の転写因子Hnf1b発現が抑制されることにより耐糖能障害・インスリン抵抗性が惹起される。ヒトにおいてはHNF1Bの欠失またはloss-of-functionアリルはMODY type5の原因であり、膵β細胞だけでなくインスリン抵抗性にも関連する。インスリン抵抗性亢進に至る経路は、miR-802発現増加→Hnf1b発現抑制→これによるSocs1、Socs3の転写の増加(de-repression)、によるのかもしれない。いずれにしろ、in vivoにおいて、miR-802とHbf1bを介する糖代謝・インスリン抵抗性の調節経路が明らかになったことは意義深い。さらに、miR-802は、一般的な肥満に伴うインスリン抵抗性と、まれな遺伝病であるMODY5をつなぐ新しいmiRNAとしても注目される。

◇なお、本論文のmiR-802および既報のmiR-143に関しては、Keysotone Symposia (2013. Jan, keystone, CO)にてJens C.Brüningによって発表された。
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by md345797 | 2013-02-07 17:20 | シグナル伝達機構

急性栄養失調であるクワシオルコルの原因因子として、食事だけでなく腸マイクロバイオームが重要である

Gut microbiomes of Malawian twin pairs discordant for kwashiorkor.

Smith MI, Yatsunenko T, Manary MJ, Trehan I, Mkakosya R, Cheng J, Kau AL, Rich SS, Concannon P, Mychaleckyj JC, Liu J, Houpt E, Li JV, Holmes E, Nicholson J, Knights D, Ursell LK, Knight R, Gordon JI.

Science. 339(6119): 548-554, 2013.

【まとめ】
クワシオルコル(Kwashiorkor)は、栄養摂取不良と環境からの悪影響の結果起こる、原因不明の重症急性栄養失調である。この研究では、マラウイ(アフリカ南東部の国)における317双生児ペアを出生から3歳まで追跡し、その腸内細菌叢について検討した。これらの双生児ペアは50%が栄養状態良好であったが、残り50%の内訳は、43%で双生児のどちらか一方のみにクワシオルコルが見られ(クワシオルコルの有無に関して不一致:discordant for kwashiorkor)、7%は両方にクワシオルコルが認められた。そこで、上記の「クワシオルコルに関して不一致が見られた双生児」の両方の児に、RUTFを与え治療した。
(RUTF=ready-to-use therapeutic foodの略。調理不要ですぐに食べられる栄養補助食品のこと)

さらに、これらの双生児の腸microbiomeを、継時的なメタゲノム解析によって追跡した。RUTFの投与によって、クワシオルコルの腸microbiomeの代謝機能は一過性に正常化したものの、RUTFが中止されると悪化した。

次に、何組かの「クワシオルコルに関して不一致を示す双生児」の両方の児から採取した便の細菌叢を、それぞれノトバイオティックマウスに移植する動物実験を行った(gnotobiotic mice=細菌叢がすべて明らかになっているマウス)。その結果、クワシオルコルの児由来の腸microbiomeとマラウイの食事の両方が重なったときに、レシピエントマウスの体重が著明に減少した。また、これによりレシピエントマウスの代謝産物の障害が認められたが、これらはRUTF投与では一過性にしか改善しなかった。このような動物実験の結果から、クワシオルコルの原因因子として、食事だけでなく、腸microbiomeが重要であることが示された。

【論文内容】
世界の小児の死亡原因の多くは、栄養失調である。重症の急性栄養失調(severe acute malnutrition: SAM) のうち、「クワシオルコル」と呼ばれるものは、全身性の浮腫、脂肪肝、皮膚炎と潰瘍、食欲不振など独特の特徴を示す、SAMの中でも悪性のタイプをさす(一番下の写真参照)。このクワシオルコルの原因はよく分かっていない。一般的には蛋白摂取不良や酸化ストレス過剰が関与しているとされているが、そうでないとする疫学的な調査や臨床研究もある。

そこでこのグループは、アメリカ合衆国(都市部)・ベネズエラ(アマゾン川流域)・マラウイ(農村部)に住む小児・成人の調査をもとに、(1) 腸microbiomeは出生後の健全な成長と発達に必要な因子ではないか、(2)腸microbiomeの構造と機能が(腸管病原菌感染などによって)かく乱を受けるとクワシオルコルのリスクが高まるのではないか、(3)栄養失調は腸microbiomeの機能を変化させることにより、健康状態に大きく影響するのではないか、などの仮説を立てた。

これらの仮説の検証のため、マラウイに生まれた一卵性(monozygotic)および二卵性(dizygotic)双生児ペアのうち、「クワシオルコルに関して不一致を示した双生児」(一方はクワシオルコルを示したが、一方は示さなかった双生児ペア)の便microbiomeの長期にわたる比較研究を行った。マラウイは世界で最も小児死亡率が高い国の一つであり、「クワシオルコルに関して不一致を示す双生児ペア」のうちクワシオルコルを示さない、栄養状態良好な方の児(co-twin)は、クワシオルコルを示した児にとって食事や細菌環境が同様であり、望ましいコントロールと考えられた。

RUTFは、ピーナッツペースト・砂糖・植物油・ビタミンミネラル強化牛乳などからなる栄養補助食品で、国際的にSAMの標準的治療となっている。マラウイにおいて「クワシオルコルに関して不一致をしめす双生児ペア」の標準治療はRUTFを与えることであるため、両方の児でお互い相手の児をコントロールとして治療前・治療中・治療後の腸microbiomeを比較することができる。また、同地域に住み、RUTFを与えられていない栄養状態良好の双生児ペアの便microbiomeも、さらなるコントロールとした。

マラウイ南部地区5か村に住む317組の双生児ペア(46組が一卵性、残りが二卵性)を対象に、出生から36か月齢(3歳)まで追跡した。これらの双生児ペアのうち50%は栄養状態良好であったが、43%は一方が急性栄養失調、7%は両方が急性栄養失調を呈していた。(なお、これらの栄養状態は、一卵性か二卵性かとは関連がなかった)

健康な双生児と、クワシオルコルに関して不一致を示す双生児ペアの便microbiomeの比較
栄養状態良好な9の双生児ペアと、クワシオルコルに関して不一致を示す13の双生児ペアのそれぞれの便microbiomeのメタゲノム解析を行い、それを主座標分析(principal coordinate analysis)を用いて視覚化した。ばらつきの最大の説明変数となる第1主座標(PC1)は年齢と強く相関するものであった。栄養状態良好な双生児ペアは二人とも月がたつにつれてPC1が上昇したのに対し、クワシオルコルに関して不一致を示す双生児ペアでは、健康な児はRUTF投与によりPC1が上昇したが、クワシオルコルの児はRUTFを投与してもそのような変化が見られなかった。健康状態と腸microbiomeに関連があることは分かったが、このことだけから「腸microbiomeがクワシオルコルの原因因子である」とまでは言えない。

便細菌叢のノトバイオティックマウスへの移植
そこで、クワシオルコルに関して不一致を示す双生児ペアの凍結便細菌叢をノトバイオティックマウス(gnotobiotic mice)に移植し、その細菌叢の構造・代謝・宿主との共代謝(cometabolism)の特徴を調べることとした。6名のヒトドナーの便細菌叢を、それぞれC57BL/6J germ-freeマウスに強制経口投与(single oral gavage)した。その1週間前からそれらのマウスには南部マラウイ地方の主食に基づいた滅菌食を摂食させておいた。クワシオルコルに関して不一致を示す双生児ペアのうち、クワシオルコルの児の細菌叢を移植したマウスは、健康な方の児の細菌叢を移植したマウスに比べて、体重が有意に減少した。ただしこの減少は、マウス通常食(standard mouse chow)を与えた場合には見られなかった。したがって、この体重減少はマラウイ食摂取とクワシオルコル細菌叢移植の両方に依存して起きたと考えられた。

クワシオルコルの細菌叢を移植したマウスは上述のように便移植3週間後から急激に摂食が減少したが、食餌をマラウイ食からRUTFに変更したところ体重が増加した。2週間RUTFを与えた後再びマラウイ食に戻したところ、これらのマウスは健康な細菌叢を移植したマウスに比べ体重は少なかったものの、以前のような急な体重減少は見られなかった。すなわち、双生児のうちどちらのドナー細菌叢を移植されるか、どのような食餌を与えられるかで代謝状態は決定される。これらの微生物種やその遺伝子、代謝産物量の解析に移ることにした。

マラウイ食を与えられているレシピエントの2つの群(クワシオルコルの細菌叢を移植された群、健康な細菌叢を移植された群)では、37種の分類群(taxa)の細菌で有意な差が見られ、その中でもBilophila wadsworthia(ヒトの炎症性腸疾患(IBD)に関連あるProteobacteria)とClostridium innocuum(免疫不全患者の日和見感染を起こす)で大きい差があった。マラウイ食からRUTFへの移行は、クワシオルコルの細菌叢を移植されたマウスの便細菌叢に急速な変化をもたらした。特に、BifidobacteriaとLactobacilli(先天性免疫を刺激)、Ruminococcus(腸炎モデルマウスにおいて抗炎症作用を示す)が著明に増加、Bacteroidalesが有意に低下していた。

クワシオルコルに関連する代謝プロファイルの変化
上記のマウスの異なる食餌期(マラウイ食、RUTF、再度のマラウイ食)における便中の短鎖脂肪酸(SCFA)・炭水化物・アミノ酸・核酸・脂質の代謝を、ガスクロマトグラフィー・マススペクトロメトリーにより解析した。マラウイ食をRUTFに移行させると便中の6必須アミノ酸と3非必須アミノ酸の量が増加したが、RUTFをマラウイ食に戻すと、健康な細菌叢を移植されたマウスではこれらの量は増加したままだったが、クワシオルコルの細菌叢を移植されたマウスでは前の値に低下した。また、RUTFによるSCFA (propionate、butyrate、lactate、succinate)の増加は健康な細菌叢を移植されたマウスで大きかった。

「細菌-宿主共代謝」は、ドナー細菌叢と宿主の食餌の両方の影響を受ける
さらに、これらのマウスの尿の代謝産物プロファイルをNMR spectroscopyを用いて比較した。その結果、クワシオルコルの細菌叢を移植されたマウスの尿では、マラウイ食からRUTFに移行した場合の代謝産物の変化は、再びマラウイ食に戻した場合に大きく変化したが、健康な細菌叢を移植されたマウスの尿ではそれらはあまり変わらなかった。また、クワシオルコルの細菌叢を移植されたマウスの尿中taurineは、健康な細菌叢を移植されたマウスの尿中taurineに比べ有意に少なかった。なお、いずれのマウスでもマラウイ食を負荷したマウスで尿中taurineは高値であった。マラウイ食は(動物性)蛋白が欠乏しており、血中methionine低下とそれに伴う尿中硫酸塩(sulfate)の低下はクワシオルコルでよく見られるものである。このマウス実験においては、クワシオルコルの細菌叢とマラウイの蛋白欠乏食の両方が硫酸塩代謝の異常を介して、急性栄養失調につながりうる可能性が示唆された。

【結論】
本研究では、ある疾患(クワシオルコル)に関して不一致を示す双生児のドナーの腸内細菌叢をレシピエントであるマウスに移植する動物実験を行った。この「個別化(personalized)ノトバイオティックマウスモデル」に対し、食餌の種類を変えて、その栄養状態やメタゲノムの解析を行うことにより、元の疾患におけるmicrobiomeの役割を明らかにすることができた。本研究では、クワシオルコルの病因として、マラウイの蛋白欠乏食と腸microbiomeの両方が影響していることが明らかになった。また、もともとの腸microbiomeの違いによってRUTFに対する反応性も異なることが示された。この方法を用いることにより、栄養失調という地球規模の健康問題に腸microbiomeがどのような役割を果たしているのかが解明できる可能性がある。

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図:クワシオルコルの小児(左)と、その状態を示すモデル(右)
右下は、栄養失調が持続する悪循環を表したモデルで、食事摂取不十分→免疫反応の障害→腸の感染→細菌叢の変化→腸の透過性の調節異常→吸収不良→これが最初の食事摂取不十分につながる。さらに右上は、ヒトと細菌のエコシステムの安定性に関する、アトラクター理論における「吸引流域 (basin of attraction)」を表す。治療食だけでは栄養不良の状態(赤丸)から脱することはできない(赤実線矢印)。健康な栄養状態(黄色丸)に至る(赤点線矢印)ためには、宿主の腸細菌叢がより効率的な栄養素利用ができるように変化する必要がある。
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by md345797 | 2013-02-04 23:45 | その他