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CRISPR/Casシステムを用いたゲノム編集

RNA-Guided Human Genome Engineering via Cas9.

Mali P, Yang L, Esvelt KM, Aach J, Guell M, DiCarlo JE, Norville JE, Church GM.

Science. 2013 Feb 15;339(6121):823-6.

【背景】

1. 細菌の獲得免疫機構としてのCRISPR/Casの概要 (図1)

CRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats:クラスター化された、等間隔にスペーサーが入った、短い回文型の、リピート配列。クリスパーと発音)とは、細菌や古細菌に見られる24-48 bpの短い繰り返しを含むDNA配列のことを指す。外部から侵入した核酸(ウイルスDNAやRNA、プラスミドDNA)に対する一種の獲得免疫機構として機能する座位である。下図のようなリピート/スペーサー配列の近傍には、Cas (CRISPR-associated)蛋白ファミリーをコードする遺伝子群が存在する。

① 外来性のDNAは、Cas蛋白ファミリーによって30 bp程度の断片に切断され、CRISPRに挿入される。Cas蛋白ファミリー1つ(Cas1)は、外来性DNAのproto-spacer adjacent motif (PAM)と呼ばれる塩基配列を認識して、その上流を切り取って、宿主のCRISPR配列に挿入する。これが細菌の免疫記憶となる。
② 免疫記憶を得たCRISPR配列が転写されて生成したRNA (pre-crRNAと呼ぶ)は、別のCas蛋白(Cas6)によってリピート部分で分断され、外来配列を含む小さなRNA断片(CRISPR-RNAs: crRNAs)となる。
③ crRNAは外来侵入性DNAに相補的に結合し、これがガイダンス分子となりCas9蛋白を呼び込む。Cas9はDNAを切断する酵素(nuclease)であり、外来DNAに結合したcrRNAおよび一部相補的なRNA(trans-activating crRNA; tracrRNA)と複合体を形成する。この複合体が外DNAを切断することよって、外から侵入したDNAの機能を抑制、排除する。概念としては、真核生物のRNA干渉(RNAi)に近い機構であるが、異なる部分も多い。
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2. 細菌のCRISPR/Casシステムをゲノム編集に応用する (図2)
左図:外来侵入性DNA(invading DNA:水色)に、宿主細菌のCRISPR RNA (Host crRNA:濃い緑色)が結合している様子を示している。濃い青の部分は、侵入DNAの断片がCRISPRに挿入されたことによって生成したcrRNAの配列で、侵入DNAに相補的に結合している。薄い黄緑色のRNAは、crRNAの相補的配列以外の部分(もとのCRISPRのリピート部分)に結合するtrans-activating crRNA (Host tracrRNA)である。黄色の蛋白は、RNAによってガイドされたDNA切断酵素であるCas9蛋白を表す。このCas9はPAM (proto-spacer adaptor motif:黄色の部分)と呼ばれるを認識して、その上流で二本鎖DNAを平滑末端になるように切断する。

PAMの長さや塩基配列は細菌種によってさまざまであり、Streptococcus pyogenesではNGGの3塩基、Streptococcus thermophilusではNGGNG またはNNAGAAの5-6塩基である(Nは任意の塩基を表す)。PAMの上流の何bpのところを切断するかも細菌種によって異なる。S. thermophilusでは3 bp上流、S. pyogenesではそのように正確には決まっていない。
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右図:左図の細菌のCRISPR/Casシステムを、右図ではゲノム編集に応用していることを示す。まず、切断したいゲノムDNA (水色)と相補的なcrRNA (濃い緑色)を合成する。このcrRNAとtracrRNA (赤い接続部により融合させた薄い黄緑色のRNA)を融合させて、tracrRNA-crRNAキメラとして発現させており、これをガイドRNA (guide RNA; gRNA)と呼ぶ。これによりnuclease (RNA-guided nuclease; RGN)を呼び込み、目的の部位でゲノムDNAを切断する。CRISPR/Casには、type I、II、IIIがあるが、ゲノム編集で用いるのはもっぱらtype II CRISPR/Casであり、type IIではこのRGNとしてCas9が用いられている。S. pyogenesのCas9はNGGという3つの塩基をPAMとして認識するため、グアニンが2つ並んだ配列がありさえすればその上流を切断できることになり、理論上はゲノム上のほぼどのDNA配列でも標的とすることができる。

切断された二本鎖DNAでは修復が起こるが、この時非相同末端結合(non-homologous end joining; NHEJ)により偶発的に塩基の挿入欠失(insertion‐deletion; indel)が起こるため、これを利用して目的部位に変異を導入することが可能である。

CRISPR/Casを用いた方法は、このように目的のDNA配列と相同な短いgRNAを合成するだけでよく、単一の蛋白であるCas9を用いてゲノム編集ができる。そのため、先に開発されたZFNやTALENのようにDNA配列ごとに異なる大きな蛋白を合成する必要がなく、簡便かつ迅速にゲノム編集を行うことができるという特長がある。

以下のThe Journal of Visualized Experiments (JoVE)の動画も参照:
Substrate generation for endonucleases of CRISPR/cas systems. Zoephel J, et al. J Vis Exp. 2012 Sep 8;(67). doi:pii: 4277. 10.3791/4277.

3. ゲノム編集におけるguide RNA とCas9蛋白の模式図 (図3、4)
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標的となるゲノムDNA(黒色)にcrRNA(赤色)が相補的に結合している様子を表している。crRNAにtracrRNA (青色)をキメラとして接続したRNAを作製し、これをguide NRA (gRNA)と呼ぶ。gRNAは、目印を付けたゲノムDNA配列にCas9蛋白(橙色)を呼び込む。Cas9は、ゲノムDNA上のPAM配列 (この場合はNGG)を認識し、その上流をnuclease活性によって切断する。これにより、任意のゲノム部位でDNAが切断できることになる。(Systems Bioscience社はCas9と目的のDNA配列に対するgRNAを同時に発現させることができるベクターを市販している。図3はそのHPから引用。)

細菌のCRISPR/CasシステムにおけるtracrRNAの元来の役割はpre-crRNAからcrRNAへのmaturationである。tracrRNAは、もとのCRISPRのリピート部分も含んだpre-crRNAのリピート部分の塩基にハイブリダイズしてそこを二本鎖RNAとし、内因性RNase IIIに切断させる働きがある。これによりばらばらになったcrRNAsはそのスペーサー部分でCas6による第2の切断を受け、最終的にmature crRNAとなるが、その時crRNAにはtracrRNAが結合したままになっている。ゲノム編集で用いる場合にはcrRNAとtracrRNAのキメラをあらかじめ作製して用いる。
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図4では、上のguide RNA (gRNA)のうち、黄色が目的のDNAとハイブリダイズする部分のcrRNA、濃い緑色がcrRNAとピンク色の接合部を介してキメラを形成しているtracrRNAである。crRNA-tracrRNAは一部が相補的でハイブリダイズしているため、図のようなヘアピン型RNA分子を形成する。このgRNAは目的のDNAに相補的に結合して、そこにCas9蛋白を呼び込んで複合体を作り、Cas9の赤の部分のnucleaseドメイン(active sites)が目的の部位のDNAの切断を行う。

【論文内容:Science. 2013 Feb 15;339(6121):823-6】

(1) ヒト細胞におけるCRISPR/Casシステムの構築
まず、ヒトの細胞においてtype II CRISPR/Casシステムを働かせるため、以下のような2つのコンストラクトを作製した(図1)。一つは、ヒトCas9蛋白をCMVプロモーター下で哺乳動物細胞に恒常的に発現させるコンストラクト(図1上)。もう一つは、目的の遺伝子配列を標的としたcrRNAとtracrRNAを融合させたguide RNA (gRNA)を、U6ポリメラーゼIIIプロモーター下で恒常的に発現させるコンストラクトである(図1中)。このCRISPR/Casシステムでは、NGGというprotospacer-adjacent motif (PAM)の上流20bp (NGGを含む23bp)がCas9による切断の標的となっているので、理論的にはGGがあればゲノムのいかなる部位も標的になりうる(図1下)。
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(2) 相同組み換えを用いたレポーター遺伝子の挿入
初めに、この2つのコンストラクトをヒト胎児腎細胞株であるHEK293T細胞に発現させ、GFPレポーターを発現させるアッセイ系を作製した。

アッセイの方法としては、まずGFP遺伝子にゲノムAAVS1領域の68 bp断片と停止コドンを挿入して遺伝子を破壊したコンストラクトを恒常的に発現させた細胞を作製した。この細胞は、非蛍光の蛋白断片を発現するのみである。この部分が、相同組み換え(homologous recombination; HR)によって、正常のGFP遺伝子によって置き換えられると、細胞にGFPが発現する。このGFP発現をFACSを用いて定量することにより、相同組み換えの効率を定量するという原理のアッセイ系である。

(注:AAVS1 領域(PPP1R12C 遺伝子座)はsafe harborと呼ばれ、さまざまな細胞で転写活性を有しているが、欠損させても細胞に有害作用が生じないことが知られている領域。)

ここで、正常なGFP遺伝子への相同組み換えを行う目的で、AAVS1断片内の2つの領域であるT1とT2を標的とする2つのgRNAを作製した。なお、相同組み換え効率比較のためT1とT2配列に結合するTALENも作製した。TALENとCRISPR/Casによる正常GFP遺伝子への相同組み換えの効率は、TALEN 、Cas9+T1 gRNA、Cas9+T2 gRNAの順にそれぞれ0.37%、3%、8%、0.37%であった。トランスフェクション後のGFP陽性細胞までの出現時間は、TALENの約40時間に比べ、CRISPR/Casは約20時間と速かった。
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gRNA/Cas9発現による明らかな毒性(これらが標的遺伝子以外への予期しない部位に結合し二本鎖DNAを切断するoff-target作用)は見られなかった。以前から、ZFNやTALENでは、一方のDNA鎖のみに切れ目(nick)を入れることにより毒性が減らせることが報告されている。そこで、nickase (一方のDNA鎖のみにnickを入れるDNA切断酵素、ニッカーゼ)として機能することが知られているCas9のD10A変異体を用いた場合の毒性と効率を調べた。その結果、DNA切断後の修復メカニズムで挿入欠失などの変異を起こしやすい「非相同末端結合(後述)」の発生率は少ないままで、野生型Cas9と同程度の相同組み換え効率が得られた。また、gRNA/Cas9によるゲノム編集は配列特異的であり、複数の標的配列に対してZFNやTALENと同様の効率で相同組み換えを起こすことができることも示された(この実験内容は省略)。

(3) 遺伝子ノックアウトへの応用
上記ではCRISPR/Casを用いたレポーター遺伝子の挿入に成功したので、次に、ゲノム上にもともと存在する遺伝子領域(native locus)を調節することができるか検討を行った。ここでは、ヒト細胞(293T細胞、K562細胞、ヒトiPS細胞)において、nativeのAAVS1領域をgRNAで切断する作用させることによって起きる非相同末端結合 (non-homologous end joining; NHEJ)の頻度を調べた。
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T1 gRNA、T2 gRNAを用いてnativeのAAVS1領域を切断した後のNHEJの発生率は、293T細胞で10%と25%、K562細胞で13%と38%、ヒトiPS細胞で2%と4%であった。

また、T1 gRNAとT2 gRNAを同時に導入すると、その間の19bp断片の欠失を高率に起こすことができた。すなわち、この方法により多重ゲノム編集(multiplexed genome editing)を行うことができる。

(4) 遺伝子ノックインへの応用
最後にCRISPR/Casによる相同組み換えを用いて、DNAドナーをnativeのAAVS1領域に組み込むことを試みた。
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上のようにGFP遺伝子を発現させるコンストラクトを作製してCRISPR/Casによる騒動組み換えを用いて293T細胞またはiPS細胞のAAVS1領域に導入し、導入された細胞をpuromycin selectionを用いて選択した。また、AAVS1領域の中にGFP遺伝子が正しく挿入されたかどうか、矢印で示したシークエンスプライマーを用いて相同組み換え部位をPCR増幅後のサンガーシークエンスで確認した。その結果、ゲノムとドナーの境界が正しくシークエンスされ、この細胞にGFPが正しく発現していることが確認できた。

(5) guide RNAレファランスの作製
以上のように、目的のDNA配列に相同なgRNAを発現させるという方法によってゲノム編集が可能となったが、これはさまざまな用途に用いることができる(多用途な:versatile)。バイオインフォマティクスを用いて、約190,000種のgRNAで標的にできる配列を挙げたところ、これはヒトゲノムの遺伝子exonの約40.5%を標的にするものであった。さらにこれらをDNAアレイに基づく200bpの発現フォーマットに組み込んだものを作製した。これらはヒトゲノム上で多重性に(multiplex) gRNAの標的部位となりうるもののレファランスとして用いることが可能である。

【結論】
以上のようなCRISPR/Casを用いたゲノム編集は、確実かつ多重性に(multiplex)哺乳類ゲノムを編集できる方法として、非常に有用なものである。今までに報告されているZFNやTALENに比べても、同様かそれ以上の効率で簡便にゲノム編集ができることが分かった。将来、CRISPR/CasやZFN、TALENを遺伝子治療に用いるようになる場合には、それぞれで用いられるnucleaseによる毒性(off-target作用、別のゲノム部位を切断・編集してしまわないかということ)の頻度やその原因の解明が最重要課題となるだろう。
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by md345797 | 2013-09-23 11:25 | その他

絶食時の肝のグリコーゲン不足は、肝-脳-脂肪の神経回路を介して脂肪組織のトリグリセリド分解を促進する

Glycogen shortage during fasting triggers liver-brain-adipose neurocircuitry to facilitate fat utilization.

Izumida Y, Yahagi N, Takeuchi Y, Nishi M, Shikama A, Takarada A, Masuda Y, Kubota M, Matsuzaka T, Nakagawa Y, Iizuka Y, Itaka K, Kataoka K, Shioda S, Niijima A, Yamada T, Katagiri H, Nagai R, Yamada N, Kadowaki T, Shimano H.

Nat Commun. 4:2316 doi: 10.1038/ncomms3316 (2013).

【まとめ】
生体は、絶食中のエネルギー源として当初は肝のグリコーゲンを利用するが、絶食が長引くと肝のグリコーゲンの不足が引き金となって、脂肪組織のトリグリセリドを利用するようになる。絶食遷延時にこのようなエネルギー源の移行が起きるためのメカニズムはよく分かっていない。

この研究では、絶食によって肝のグリコーゲンの不足が起きても、肝から脳への迷走神経を遮断しておくと、脂肪組織でのトリグリセリド分解が起こらなくなることを見出した。これにより、「肝のグリコーゲン不足をきっかけに、脂肪組織でのトリグリセリド分解を惹起するような肝-脳-脂肪組織の神経回路(liver–brain–adipose axis)」の存在が想定された。

次にグリコーゲン合成酵素または転写因子TFE3の過剰発現によって肝のグリコーゲンを増加させたところ、絶食にしても脂肪組織でのトリグリセリド分解が促進されなかった。グリコーゲンホスファターゼ遺伝子をノックダウンしてグリコーゲン分解を抑制することによりグリコーゲン量を増加させても、肝からの脂肪分解シグナルが消失したため、この神経回路を活性化するカギとなるのは肝のグリコ―ゲンの不足と考えられた。逆にグリコーゲン合成酵素をノックダウンして肝のグリコーゲンを通常より減少させると脂肪組織での脂肪分解は促進されたが、これは肝からの迷走神経を遮断することにより消失した。

以上より、絶食が遷延すると肝のグリコーゲンが不足してきて、それによって肝から脳へ、脳から脂肪組織へと伝達される交感神経回路が活性化されることにより、脂肪組織でのトリグリセリド分解が惹起されることが明らかになった。このことが、絶食時のエネルギー源が肝のグリコーゲンから脂肪組織のトリグリセリドに移行するメカニズムであると考えられる。

【論文内容】
生体は、絶食時にも絶えずエネルギーが供給されるようなメカニズムを持っている。絶食時の重要なエネルギーとしては、短期的なエネルギー貯蔵形態である肝のグリコーゲンと、長期的かつ大量のエネルギー貯蔵形態である脂肪組織のトリグリセリドがある。絶食時にはまず肝のグリコーゲンが分解され、グルコースとして血中に動員されることによりエネルギーが供給される。しかし絶食が長引くと、肝のグリコーゲンが不足してきてエネルギー供給が滞る可能性が出る。そうすると、次には脂肪組織に蓄えられていたトリグリセリドが脂肪酸とグリセロールに分解されて血中に放出され、これが新たなエネルギー源となる。(放出された脂肪酸は酸化されてエネルギーとして用いられるほか、肝で代謝されてケトン体となり、脂肪酸が利用できない脳でのエネルギー源となる。さらに、放出されたグリセロールは肝でグルコースに変換されてエネルギーとして用いられる。)

このように、生体は絶食時のエネルギー源を、肝に蓄積されたグリコーゲンから脂肪組織に蓄積されたトリグリセリドに移行させることにより、十分なエネルギーの供給を保つことができる。このようなエネルギー源の移行は、従来は血糖値や血中のホルモン量の変化によると考えられてきた。すなわち、絶食時の血糖低下に伴うグルカゴン分泌の増加や、交感神経刺激による副腎からのエピネフリン分泌の増加によるとする説である。しかし、本論文では、グリコーゲンの不足が肝-脳-脂肪へと向かう神経回路(liver–brain–adipose axis)を活性化することによって脂肪組織からのトリグリセリドの動員を惹き起こす、という新しいメカニズムを提唱する。

肝から脳へ向かう迷走神経を遮断すると、絶食時の脂肪量の減少が抑制される
この研究では、上記のように絶食時のエネルギー源の移行が、肝から脳に向かう求心性交感神経と脳を介して脂肪組織へ向かう遠心性交感神経という一連の神経回路を介するのではないかという仮説を立て、肝からの迷走神経を遮断する実験を行った。実験では、マウスの迷走神経肝臓枝を選択的に切断し(hepatic vagotomy; HVx)、3週間たってから24時間絶食とした。このような神経切断を行っていないコントロールであるsham手術マウスは、24時間絶食にすると内臓脂肪(精巣上脂肪)の量が減少する(これは絶食により脂肪分解が起こるためで、脂肪組織から放出された脂肪酸とグリセロールは絶食中のエネルギーとして利用される)。ところが、HVxを行ったマウスでは、24時間絶食にしてもこのような内臓脂肪量の減少は少なかった。HVxの変わりに迷走神経肝臓枝をカプサイシンで処理しても、同様の効果が認められた。カプサイシンは、無髄神経である求心性交感神経のみを遮断する薬剤なので、上記の効果は肝臓から脳への求心性交感神経が重要な役割を果たしていることが分かる。さらに、DEXAを用いた解析により、HVxマウスとshamマウスは24時間絶食による体重減少は同じであったのに対し、HVxマウスは絶食による脂肪重量の減少が有意に少ないことが示された。

肝から脳へ向かう迷走神経を遮断すると、脳から脂肪組織へ向かう交感神経による脂肪分解が抑制される
次に、脂肪組織における交感神経による脂肪分解を調べる目的で、アデノウイルスを用いてCRE-luc (cAMP反応性エレメント下でルシフェラーゼレポーターを発現させるコンストラクト)を導入したマウスを用いて、脂肪組織におけるcAMPのin vivoイメージングを行った。cAMPは交感神経活性化による脂肪分解のセカンドメッセンジャーなので、このイメージングにより脂肪組織での脂肪分解を起こす交感神経の活性が可視化できる。実際、コントロールマウスにおいては20時間の絶食によって精巣上脂肪でのcAMPシグナルが認められたが、HVxを行ったマウスではこのシグナルは有意に低下していた。さらに、迷走神経遮断(HVxおよびカプサイシン処理)によって、ホルモン感受性リパーゼ(hormone sensitive lipase; HSL、エピネフリンなどのホルモンによって活性化され、トリグリセリドを加水分解する)、脂肪組織トリグリセリドリパーゼ(adipose triglyceride lipase ; ATGL、脂肪組織においてトリグリセリドを加水分解する)、pyruvate dehydrogenase kinase 4 (絶食やエピネフリンによって誘導されグリセロール合成に働く)のmRNA発現、およびHSLの活性化(HSL蛋白のSer 563リン酸化)も減少した。これらの減少の程度は、HVxとカプサイシン処理で差が見られなかったことから、求心性迷走神経の遮断が重要であったことが分かる。

また、このようなHVxによる遺伝子発現やリン酸化の変化に伴って、血漿NEFAおよびグリセロール濃度の減少、呼吸商の増加と脂肪利用の減少が認められた。さらに、これらの変化は交感神経からのカテコラミン放出を減少させるグアネチジンの投与によって消失した。なお重要なことに、HVxマウスとshamマウスの間で、絶食時の血糖、血漿インスリン、グルカゴン、カテコラミン、FGF21濃度に有意な差は見られなかった。したがって、脂肪組織の脂肪分解を調節するのは、血糖やこれらのホルモンではなく、交感神経系を介していることが分かる。

肝のグリコーゲンが増加すると、肝-脳-脂肪の神経回路の活性化は起こらない
次に、グリコーゲン合成酵素(glycogen synthase 2; Gys2)または転写因子TFE3をアデノウイルスを用いて肝に過剰発現させて、肝のグリコーゲン量を増加させた。そうすると、絶食後の脂肪組織量の減少は起こらず、迷走神経遮断マウスと同様のレベルであった。この時、脂肪組織でトリグリセリドを分解するHSLやATGLのmRNA発現、HSL蛋白のリン酸化は、肝のグリコーゲン量増加により抑制された。すなわち、肝のグリコーゲンを増加させると、肝-脳-脂肪の神経回路は抑制された状態になり、脂肪組織でのトリグリセリド動員が起こらないことが分かった。

肝のグリコーゲンを減少させると肝からの脂肪分解シグナルは促進され、肝でのグリコーゲン分解を抑制すると肝からの脂肪分解シグナルは抑制される

*ここでのグリコゲン分解 (glycogenolysis)は、当初glycolysisと表示されていた。これでは「解糖」という別の意味になる。これはJournal側の誤植とのことで、現在は筆者らによって正しく表示されている。

今度は逆に、shRNAのアデノウイルスを用いてGys2の発現をノックダウンして肝のグリコーゲン量を通常より減少させた。その結果、脂肪組織量はより速く減少する傾向にあり、その傾向はHVxを行うと消失した。

最後に、このようなグリコゲン不足によるシグナルはグリコーゲンの減少自体によるのか、それともその下流の代謝産物の減少によるのか。このことを検討するため、shRNAを用いて肝型グリコーゲン脱リン酸化酵素(glycogen phosphorylase liver type gene; Pygl=グリコーゲンを分解してグルコースを作る)をノックダウンして肝でのグリコーゲン分解を抑制した。これにより、肝のグリコーゲンは(分解が抑制されたために)増加し、グリコーゲン分解より下流の代謝産物は減少するはずである。このshRNAの発現に伴って、脂肪組織での脂肪分解は減少した。この結果は、下流の代謝産物の減少およびグリコーゲンの増加は、肝-脳-脂肪の神経回路の抑制を起こし、脂肪分解を抑制することを示している。逆に考えれば、肝から脂肪組織への神経回路の活性化には、グリコーゲン下流の代謝産物の変化ではなく、肝のグリコーゲンそのものの不足が重要な役割を果たすと考えられる。なお、グリコーゲン脱リン酸化酵素のノックダウンによってAMPKは活性化される傾向があった(AMPKαのリン酸化は増加した)。

【結論】
この研究では、生理的な絶食条件下で肝のグリコーゲンが不足すると、肝からの求心性交感神経および脂肪組織への遠心性交感神経が活性化されて、脂肪組織でのトリグリセリド分解が起こり、脂肪酸とグリセロールの放出が促進されることを示した。絶食中の肝は、血糖変化やホルモンとは別の何らかのメカニズムによって肝のグリコーゲン不足を感知し、生体のエネルギー源を炭水化物から脂肪へと移行させるシグナルを発する。そしてそれは、肝から脳へ、脳から脂肪組織へと伝わる神経回路を介すると考えられた。


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by md345797 | 2013-09-07 21:45 | エネルギー代謝