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CREBとそのco-activator CRTCs:ホルモンと代謝シグナルのセンサー

CREB and the CRTC co-activators: sensors for hormonal and metabolic signals.

Altarejos JY, Montminy M.

Nat Rev Mol Cell Biol. 2011 Mar;12(3):141-51.

【まとめ】
① CREBは、G蛋白共役受容体にリガンド(グルカゴンなど)が結合→細胞内cAMPが増加→PKAの核内への移行(活性化)→核内でCREBのSer133がリン酸化を受け活性化されることにより、cAMP反応性遺伝子の発現を誘導する。Ser133がリン酸化されたCREBは、CBP/p300との結合が増加することにより、その活性が増加される。
② CRTCsは、細胞内カルシウム増加によってcalcineurinによる脱リン酸化を受け核内へ移行するとCREBに結合し、CREB標的遺伝子の発現を促す。
CRTC1は、視床下部に限局して発現しており、ここでレプチンの食欲抑制に関与している。CRTC1は弓状細胞(arcuate cells)において神経ペプチドCART1の発現を促進することにより、摂食を抑制する。
CRTC2は、空腹時の肝においてグルカゴンによる糖新生を促進する。CREBとCRTC2活性は高血糖、インスリン抵抗性の状態で増加している。
CRTC3は、白色および褐色脂肪組織においてカテコラミンシグナルを抑制することにより肥満を促進する。ヒトにおいてCRTC3の機能亢進性の変異は、肥満に関連している。
⑥ CRTCsは、線虫およびショウジョウバエでグルコースと脂質代謝における空腹・摂食シグナル、寿命を調節している。

【総説内容】
CREB活性の調節

遺伝子プロモーター上のCRE(cAMP-responsive element)への結合蛋白であるCREB(cyclic AMP-responsive element-binding protein)は、リン酸化を受けるとCBP(CREB-binding protein)/p300(=p300はCBPのparalog)との結合が促進され、転写活性が増加する。G蛋白共役受容体にリガンド(グルカゴンなど)が結合すると、細胞膜状のAC(adenylyl cyclase)活性化により、細胞内cAMPが増加する。このcAMPはPKAの調節サブユニットを外すことによってPKAの活性化・核内移行が促進される。核内でCREに結合しているCREBは、PKAによってそのSer133がリン酸化されると、CBP/p300との結合が促進される。CBP/p300はhistone acetyl-transferaseであり、ヒストンをアセチル化する(DNAを「ほぐし」、RNA polymeraseⅡ複合体を呼び寄せる)ことにより、CREBの標的遺伝子の発現を増加させる。

CREBのco-activatorであるCRTCs
CERBのco-activatorであるCRTCs(cAMP-regulated transcriptional co-activators)には、3種類(CRTC1、CRTC2、CRTC3)あり、共通したドメイン構造をもっている。CRTCは、細胞質でSIK2(salt-inducible kinase 2)によってリン酸化されていると14-3-3蛋白が結合し不活性の状態を保っている。しかし、細胞内カルシウム濃度の増加によってcalcineurin(Ser/Thr phosphataseである)が活性化されると、calcineurinにより脱リン酸化を受け、細胞質内に移行、CREBと結合してその活性を増加させる。

肝糖新生におけるCREBの作用
絶食時は膵グルカゴンの分泌が増加し、これがG蛋白共役受容体の活性化を介して標的細胞内cAMP濃度が増加する。これによりPKAが活性化され核内移行すると、核内のCREB Ser133をリン酸化し、CREB標的遺伝子である糖新生酵素(PEPCKやG6Pase)の発現が増加、最終的には肝の糖新生が亢進する(=絶食時の肝糖産生促進)。CREBの標的遺伝子には、PGC-1αやNA4R1があり、これらの発現は持続する絶食に伴う、肝糖産生遺伝子発現の増幅に役立っている。絶食時には、グルカゴンがcAMPの増加、PKA活性化を介してSIK2をリン酸化・不活性化し、CRTC2はリン酸化が抑制されている。その結果、CRTC2は核内に移行し、CREBを活性化、肝糖産生増加に働く。

一方、摂食時はインスリンの分泌が増加し、細胞質でAKTの活性化を介したSIK2の活性化が起きる。これによりCRTC2のSerのリン酸化・核からの除外が起こり、CREB活性は低下し、肝糖産生遺伝子の発現が減少する(=摂食時の肝糖産生抑制)。

なお、上記のようなリン酸化/脱リン酸化によるon-off制御以外に、絶食時はCREBに結合しているCBP/p300がCRTC2のLys628をアセチル化する。このアセチル化によりCRTC2は安定化し、CREBの活性化、肝糖産生酵素の発現増加をもたらす。一方、摂食時はインスリンによるSIK2の活性化により、CBP/p300のSer89リン酸化(CREBとの結合阻害)が起こり、それに伴いCRTC2のアセチル化が消失、ユビキチン化が起こり、CRTC2は proteasomal degradationを受ける。これによってもCREBの不活性化、肝糖産生酵素の発現低下が起きる。

CREBとそのco-activator CRTCs:ホルモンと代謝シグナルのセンサー_d0194774_8395673.jpg

(注:上図では、CREBやCBP/p300が細胞質でリン酸化されて核内に移行するかのように描かれているが、正しくはこれらの蛋白はもともと核内にあり、核に移行したPKAやSIK2によってリン酸化を受ける。CRTC2は、リン酸化・脱リン酸化によって細胞質・核を移行する。)

長時間の絶食や激しい運動により細胞内のエネルギーレベルが減少すると、AMPKが活性化される。このAMPK活性化は、CRTC2のリン酸化・核からの除外を介して肝糖産生を抑制する。肝糖産生が抑制されると、肝のβ酸化やケトン体産生が亢進し、肝のエネルギー産生はグルコースからケトン体によるものへと変わっていく。メトフォルミンもAMPK活性化によるCRTC2リン酸化を促進することにより、糖尿病での肝糖産生亢進を低下させる。絶食が長時間にわたると、CRTC2は、(NAD+依存性脱アセチル化酵素である)SIRT1によってLys628の脱アセチル化を受け、ユビキチン化とproteasomal degradationを受けて、活性が低下する。

糖尿病における高血糖は、細胞内蛋白のSer/Thr残基のO-glycosylaionを起こし、それらのリン酸化を減少させる。高血糖により、肝におけるO-GluNAc transferase(OGT)の発現が亢進し、CRTC2のSer171がO-glycosylationを受けると、CRTC2はリン酸化されなくなり核内へ移行し、CREBの活性化と肝糖産生の亢進を起こす(高血糖に伴う肝のインスリン抵抗性)。

CREBとCRTC2は、高血糖(肝の糖産生亢進)の治療ターゲットになりうる。CRTC2欠損マウスは、高脂肪食を負荷しても肝の中性脂肪が少なく、インスリン抵抗性を起こしにくい。

膵島におけるCREB経路
膵β細胞では、CREBとCRTC2は、グルコースやインクレチンによるインスリン産生に関与している。Dominant negative CREBをβ細胞に過剰発現させたトランスジェニックマウスでは、β細胞増殖が低下・アポトーシスが増加して、インスリン分泌の低下と高血糖が起きる。インクレチンであるGLP1は、cAMP産生からPKA活性化によるSIK抑制を介したCRTC2のSer171脱リン酸化により、またグルコースは細胞内カルシウム増加によるcalcineurin(Ser/Thr phosphatase)を介したSer275の脱リン酸化により、それぞれCRTC2を核内移行させ、CREB活性化によりIRS2の発現を増加させることにより、β細胞生存を促進していると考えられている。

脂肪組織におけるCREBの役割
肥満や高脂肪食負荷により、脂肪細胞のCREBリン酸化・活性は増加する。これにより転写リプレッサーであるATF3の発現が増加し、アディポネクチンやGLUT4の発現が低下しインスリン抵抗性を起こすと考えられている。白色(WAT)および褐色脂肪組織(BAT)にはCRTC3が発現しており、インスリン抵抗性に関与している。レプチンは視床下部を介して交感神経系活性化、カテコラミン放出を起こし、WATの脂肪分解とBATの脂肪燃焼を引き起こしている。CRTC3欠損マウスは、高脂肪食を負荷しても肥満や脂肪肝をきたさず、エネルギー消費亢進によりインスリン感受性を保っている。これはCRTC3がカテコラミンのシグナル伝達を抑制している(RGS2の発現によりadenylyl cyclaseを阻害するため)ことによる。肥満のヒトにおいても、CRTC3の変異(Ser72Asnのgain-of-function変異)が肥満に関連していることが示されている。

骨格筋におけるCREBの機能
Dominant negative CREBを骨格筋で過剰発現したマウスは、骨格筋において進行性の炎症と壊死を伴う筋ジストロフィーの所見が見られた。また、CREBとCRTCsは、骨格筋のPGC1αの発現を促進してミトコンドリア酸化能を増加させる。

視床下部におけるCREBの役割
CRTC1の発現はほとんど中枢神経系に限られており、主に弓状細胞でエネルギーバランスを調節している。CRTC1欠損マウスは過食、肥満をきたし、レプチン抵抗性である。レプチンは、弓状細胞のCRTC1を脱リン酸化し、核への移行を促進する。これにより、CREBのターゲットである摂食抑制ペプチドCARTの発現を増加させる。

寿命調節におけるCREBの役割
下位生物において、寿命の調節にCREBおよびCRTCsが役立っているという報告がある。ショウジョウバエではCRTCホモログ(Transducer of regulated CREB、TORCと略される。なおmTOR complexであるmTORC1、2とは無関係)は脂肪組織を減らし、飢餓に対する感受性を増加させる。線虫においては、唯一のCRTCホモログとしてCRTC-1が存在し、AMPKによるリン酸化(またはcalcineurinによる脱リン酸化)により核から除外(または核内へ移行)し、CREBホモログ(CRH-1)の活性低下(または亢進)によって、寿命が延長(または短縮)する。
# by md345797 | 2012-05-10 00:40 | シグナル伝達機構

REV-ERBの合成アゴニストによる概日行動と代謝の調節

Regulation of circadian behaviour and metabolism by synthetic REV-ERB agonists.

Solt LA, Wang Y, Banerjee S, Hughes T, Kojetin DJ, Lundasen T, Shin Y, Liu J, Cameron MD, Noel R, Yoo SH, Takahashi JS, Butler AA, Kamenecka TM, Burris TP.

Nature. 2012 Mar 29;485(7396):62-8.

【まとめ】
核内受容体REV-ERB-αとREV-ERB-βは行動と代謝のリズムを調節する時計蛋白の発現を統合する役割を果たしている。この研究では、REV-ERBにin vivoで結合する強力な合成アゴニストを報告する。合成REV-ERBリガンドをマウスに投与すると、概日行動と視床下部の時計遺伝子の発現の概日パターンが変化した。また、肝・骨格筋・脂肪組織における一連の代謝遺伝子発現の概日パターンも変化し、エネルギー消費が増大した。高脂肪食負荷・肥満マウスにREV-ERBアゴニストを投与すると、高脂血症や高血糖が改善され、肥満が減少した。これらの結果から、概日リズムをターゲットとした薬剤である合成REV-ERBリガンドは、代謝疾患の治療に有効である可能性が示された。

【論文内容】
哺乳類では、ほぼすべての組織が概日分子ペースメーカーをもち、視床下部の視交叉上核(SCN)がそれらを統合し、環境の昼/夜サイクルに生理的リズムを合わせるマスター概日ペースメーカーの役目を果たしている。これらの分子時計は、転写因子BMAL1とCLOCKまたはNPAS2がperiod (Per1Per2Per3)とcryptochrome(Cry1Cry2)の転写を活性化し、発現が亢進したPERおよびCRY蛋白はBMAL1-CLOCK活性を阻害する、というフィードバックループからなり、その結果これらの遺伝子がリズミックな概日パターンで発現する。Bmal1Clockは、核内受容体REV-ERBの直接のターゲット遺伝子になっているため、REV-ERB-αが欠損すると概日行動が変わってしまう。REV-ERB-α/βの生理的リガンドはヘム(Heme)であることが分かっているが、このグループはREV-ERB活性を調節する小分子の合成リガンドを同定した。

REV-ERB-α/βの合成アゴニスト
このグループは、合成した2種類のREV-ERB-α/βリガンド(SR9011とSR9009)が、用量依存的にREV-ERB依存性のリプレッサー活性を増加させることをHEK293細胞を用いたルシフェラーゼレポーターアッセイで確認した。これらの化合物はHepG2細胞で、REV-ERB-α/β依存的にBMAL1 mRNA発現を抑制した。Per2-lucレポーターマウスのSCNの組織片にSR9011を添加すると、概日リズムの振幅が可逆的に減少された。SR9011またはSR9009を様々な濃度で6日間マウスに投与したところ、肝において、REV-ERB反応性遺伝子であるSerpine1(plasminogen activator inhibitor type 1)、Cyp7a1(cholesterol 7α-hydroxylase)、Srebf1(sterol response element binding protein)の各遺伝子の発現が用量依存的に抑制された。

REV-ERB アゴニストは概日行動を調節する
概日運動活性は、マウスを通常の明期/暗期(L/D)で1週間飼育したのち、暗期のみ(D/D)にしたときの運動活性で測定する。D/D条件下に12日おいたマウスにSR9011またはSR9009またはvehicleを単回投与した。Vehicle投与では概日運動活性に変化はなかったのに対し、REV-ERBアゴニストを投与した場合は運動活性が消失した。なお、これらの化合物で毒性は認められなかった。次に、D/D条件下のマウスから単離した視床下部における時計遺伝子発現が、SR9011やSR9009の単回投与によってどのように影響を受けるかを検討した。これらの化合物投与によりPer2発現は増幅され、Cry2発現は抑制された。Bmal1は軽度の影響しか受けなかったが、Npas2発現の振動は消失し、Clock発現もPer2の振動と同様発現が増幅された。

REV-ERB アゴニストはin vivoで代謝を調節する
時計遺伝子を変化させると代謝形質が変わることが示されており、REV-ERBは脂質・糖代謝に関連する遺伝子を直接調節していることも報告されている。正常のマウスにSR9011またはSR9009を長期(12日間)投与すると脂肪量が減少し体重が低下した(なお、摂食量に変化はなかった)。さらにComprehensive laboratory animal monitoring system (CLAMS)を用いて検討したところ、SR9011を1日2回10日間投与したマウスは、酸素消費量が5%増加した。SR9011投与によって夜間摂食量は10%増加、運動量は15%低下したにもかかわらず、代謝亢進によってエネルギー消費は増加し、脂肪量が減少した。SR9011を単回投与したマウスの肝では、Per2の発現パターンが変化したがBmal1Npas2の発現は変化なかった。このようにREV-ERBアゴニストは、中枢(視床下部)と末梢(肝)の時計遺伝子発現に対する効果が異なっていた。

SR9011投与により、脂肪合成遺伝子(Srebf1)、fatty acid synthase (Fasn) 、 stearoyl-CoA-desaturase 1 (Scd1)の発現は大きく変化した(Srebf1Scad1の発現は抑制され、Fasnの発現は時間がシフトした)。コレステロールや胆汁酸代謝酵素の発現も変化し、Srebf2Cyp7a1は減少したが、HMG-CoA reductase (Hmgcr)の発現は変化なかった。PGC-1αおよび1β (Ppargc1aPpargc1b)の発現は強い概日パターンを示していたが、SR9011投与によって抑制された。骨格筋におけるβ酸化の律速酵素(carnitine palmitoyltransferase 1b;Cpt1b)および骨格筋への脂肪酸輸送酵素(fatty acid transport protein 1;Fatp1、別名Slc27a1)はSR9011によって発現が増加した。また、Pppargc1bの発現およびUcp3の発現も増加した。解糖系酵素(hexokinase (Hk1)とpyruvate kinase (Pkm2))の発現は両者とも増加しており、SR9011によるグルコース酸化の増加も認められた。NAD+生合成酵素であるNAMPTはNAD+依存性脱アセチル化酵素であるSIRT1の概日発現を調節していることが分かっているが、SR9011投与によって肝のNampt発現が抑制されており、REV-ERBアゴニストは蛋白翻訳後のアセチル化も変化させている可能性が示された。

脂肪酸酸化や解糖系の酵素発現が増幅されている骨格筋とは対照的に、白色脂肪組織(WAT)では脂肪蓄積に関連する遺伝子発現の抑制が見られた。SR9011投与により、トリグリセリド合成を担う酵素であるdiglyceride acyltransferase 1および2 (Dgat1Dgat2)やmonoacylglycerol acyltransferase (Mgat1)は発現が抑制された。また、perilipin1(Plin1)やホルモン感受性リパーゼ(Hsl、別名Lipe)のような脂肪滴結合蛋白の発現も、SR9011投与によって抑制された。

以上のように、REV-ERBの合成アゴニストの投与により、肝・骨格筋・WATの代謝関連遺伝子の発現が変化した。すなわち、肝では脂肪合成とコレステロール合成が低下、骨格筋では脂肪とグルコースの酸化が増加、WATではトリグリセリド合成と貯蔵が低下した。

REV-ERB アゴニストは肥満マウスの代謝プロファイルを改善する
次に、高脂肪食を14週間負荷した20週齢の肥満C57BL/6マウスにSR9009を1日2回30日間投与した。その結果、SR9009投与によりマウスの体重は、vehicle投与群(1日2回の腹腔内注射のストレスで体重は減少)の60%大きく減少した(なお、摂食量に差はなかった)。また、SR9009投与により血漿トリグリセリドは12%、コレステロールは47%、NEFAは23%、血糖は19%減少した。脂肪の減少に伴い、レプチンが80%、IL-6が72%減少した。SR9009投与により、肥満マウスの肝で脂肪合成酵素(FasnScd1)とコレステロール合成に関する酵素(HmgcrSrebf2)の発現が低下し、WATでトリグリセリド合成が低下した。また、骨格筋で脂肪酸およびグルコース酸化酵素(Cpt1b, Ucp3, Ppargc1b, Pkm2 , Hk1)の発現が増加していた。遺伝的肥満モデルであるob/obマウスにSR9009を12日間投与した場合でも、体重増加が抑制された。

【結論】
REV-ERBα/βアゴニストであるSR9011およびSR9009をマウスに投与すると、エネルギー消費が亢進して脂肪量が減少し、血漿トリグリセリドとコレステロール値が低下した。これらの化合物は、代謝疾患の治療に有用である可能性がある。
# by md345797 | 2012-05-08 17:33 | エネルギー代謝

mTORシグナルが成長調節および疾患に果たす役割

mTOR Signaling in Growth Control and Disease.

Laplante M, Sabatini DM.

Cell. 2012 Apr 13;149(2):274-93.

【総説内容】

mTORシグナル経路
mTOR(もともとはmammalian target of rapamycin、現在公式にはmechanistic target of rapamycin)は、PI3K近縁のキナーゼファミリーに属するセリン/スレオニンキナーゼであり、mTORC(mTOR complex)1とmTORC2という、rapamycin感受性やシグナル伝達経路が違う2種類の複合体を形成する。mTORC1は6種類、mTORC2は7種類の蛋白からなる複合体で、共通にmTORとmLST8、DEPTOR、Tti1/Tel2を含む。それらのほかに、mTORC1はraptor(mTORC1のscaffold protein)とPRAS40(mTORC1阻害因子)を、mTORC2はrictor(mTORC2のscaffold protein)とmSin1とprotor1/2をそれぞれ含んでいる。mTORの発見からほぼ20年が経過したのに、その作用機序の解明が今なお進行中なのは驚くべきことである。その中で、rapamycinが細胞内のFKBP12と複合体を形成して、mTORC1に含まれるmTORを阻害するのは確かである(mTORC2に含まれるmTORは阻害されないと考えられていたが、詳しくは後述)。

mTORC1の上流の調節因子
mTORC1を活性化する因子は、次の少なくとも5つの刺激(cue)―すなわち成長因子、ストレス、エネルギー状態、酸素、アミノ酸―である。mTORC1を調節する重要な分子はTSC1/TSC2のヘテロダイマー(実体はGTPase-activating protein)であり、mTORC1を負に制御する。TSC1/2が、上流のシグナル(インスリン、IGF1により活性化されるPI3K/Akt経路、ERK1/2経路、RSK1経路など)によって活性が抑制されることにより、mTORC1の活性化が起こる。Aktは、raptorからPRAS40(mTORC1阻害因子)を解離させることで、TSC1/2を介さずにmTORC1を活性化する。炎症性サイトカイン(TNFαなど)は、IKKβを介してTSC1をリン酸化・不活性化することで、mTORC1を活性化させる。低酸素やエネルギーレベルの低下はAMPKの活性化をもたらし、raptorをリン酸化してそこに14-3-3が結合することによって、mTORC1を阻害する。アミノ酸(特にleucineとarginine)は、現時点では不明な経路を介してmTORC1を活性化する。

mTORC1の下流の過程
mTORC1によって調節される過程で最も解明が進んでいるのは、蛋白合成の過程である。mTORC1は、4E-BP1とS6K1を直接リン酸化し、蛋白合成を促進する。またmTORC1は、転写因子SREBP1/2を介して脂質合成を、PPARγ活性化を介して脂肪細胞分化を調節している。さらに、HIF1の活性化により解糖系遺伝子発現を増加させ、PGC1αや転写因子YY1を介してミトコンドリアの酸化的代謝を調節している。さらに、mTORC1はオートファジーを抑制し、リソソーム生合成を阻害するという、負の調節にも働いている。
「mTORC1はすべてを調節している」などと冗談で言われることもあり、むろんそれは正しくないのだが、mTORC1が非常に多くの主要な細胞過程を調節しているのは確かである。

mTORC2のシグナルネットワーク
mTORC2は当初rapamycin非感受性と考えられていたが、最近はある種の細胞ではrapamycinによりmTORC2の複合体の会合が抑制され、シグナル伝達が障害されることが分かっている。しかし、mTORC1経路に比べると、mTORC2経路で分かっていることは非常に少ない。mTORC2はインスリンを初めとする成長因子に反応し、PI3Kを介して活性化される。その下流でmTORC2は、AGCキナーゼサブファミリーに属するAkt、SGK1、PKC-αをリン酸化、活性化する。AktやSGK1がmTORC2によってリン酸化されると、核内の転写因子FoxOをリン酸化し細胞質に移行させて遺伝子発現が抑制され、これが細胞生存や代謝を調節する。PKC-αがリン酸化されると、細胞骨格組織化に作用する。

癌におけるmTORシグナル
多くの癌で見られるPI3Kの変異・活性化やp53、Tsc1/2、Lkb1、Pten、Nf1の変異・不活性化がmTORC1の活性化につながっている。発癌にはmTORC2シグナルも重要とする報告もあるが、現在mTORC2特異的阻害剤が存在しないため、その解明は進んでいない。 2007年に、rapalog(rapamycinアナログ)であるTemsirolimusが進行性腎細胞癌に用いられるようになったのが、mTOR阻害薬の癌治療への応用の始まりであった。その後いくつかのrapalogsが難治性癌の治療に用いられるようになった。
mTOR経路に多くのネガティブフィードバックループが存在することが、rapalogsによる治療を難しくしている。例えば、mTORC1によって活性化されたS6K1は、IRS1をリン酸化してそのdegradationを促進し、受容体チロシンキナーゼ(RTK)からのシグナルを減弱させる。腫瘍抑制因子(tumor suppressor)であるGrb10は、mTORC1の基質としてリン酸化され、RTKからのシグナルを減弱させる。いずれの場合もrapalogsでmTORC1を阻害するとこれらのネガティブフィードバックループが解除されてしまうことになり、結果的にRTKシグナルの増強につながり、癌の治療効果を下げてしまう。そこで、mTORとPI3Kのdual inhibitorが癌の治療に試みられている。

代謝疾患におけるmTORシグナル
mTOR経路の主要なコンポーネントを全身で欠損させたマウスは胚性致死になるため、in vivoでmTOR経路がどのように代謝を調節しているかはよく分かっていない。この点については、現在コンディショナルノックアウトマウスによる検討が進められている。
(1)脳でのエネルギーバランスの調節
視床下部において、mTORC1はインスリンやレプチンによって活性化されNPYやAgRPを介して摂食を低下させると考えられている。高脂肪食や肥満では、このmTORC1活性化が低下して食欲低下が障害されるとも考えられるが、詳細は不明である。
(2)脂肪組織での脂肪細胞分化
In vitroではmTORC1を阻害すると脂肪細胞分化(脂肪生成adipogenesis)が抑制され、逆にmTORC1を活性化させると脂肪細胞分化が促進される。脂肪細胞特異的にmTORC1を欠損させたマウスは、脂肪量が少なく、高脂肪食を負荷しても肥満になりにくい(脂肪細胞特異的にmTORC2を欠損させたマウスは脂肪量は正常)。肥満の状態ではmTORC1活性は亢進している。
(3)骨格筋での酸化的代謝とグルコース恒常性
筋肉特異的mTORC1欠損マウスは蛋白合成が低下して筋肉量が少ない。また、ミトコンドリア機能を制御するPGC1-αが減少し酸化能が減少している。(筋肉特異的mTORC2欠損マウスは軽度の耐糖能異常が見られるのみで、筋肉の構造上の変化は見られない。)肥満および高脂肪食下ではmTORC1が活性化され、これがS6K1活性化を介してインスリンシグナル伝達のフィードバック阻害(IRS1のリン酸化、degradation)を起こし、筋への糖取り込みを減少させる。
(4)肝でのケトン体生成と脂肪合成
空腹時には肝のmTORC1活性は低下し、これがケトン体産生を起こし、空腹時の末梢組織のエネルギー源となる。逆に、肝でmTORC1を過剰発現させると(NcoR1活性化によりPPARα活性が抑制され)、ケトン体産生は阻害される。また、肝におけるmTORC1はSREBP1cを介して、脂肪合成(lipogenesis)を促進する。肝特異的にmTORC1を欠損させると、SREBP1機能が低下し脂肪肝になりにくい。一方で、肥満状態では、骨格筋と同様に肝でもmTORC1/S6K1が活性化されており、IRS1のdegradationによるフィードバック阻害によって肝のインスリン抵抗性が惹起されている(過剰な肝糖新生につながる)。
(5)膵でのβ細胞容量、インスリン分泌の調節
β細胞でmTORC1を恒常的活性化させると、β細胞の数やサイズが増加し、インスリン分泌が促進され耐糖能が改善する。栄養過剰状態でのβ細胞代償性肥大にもmTORC1活性化が必要であるが、慢性的にmTORC1活性化が続くとβ細胞の疲弊と2型糖尿病発症を引き起こす。β細胞にとってmTORC1活性化は、初期のインスリン分泌促進とその後のインスリン分泌低下を引き起こす、両刃の剣と言える。β細胞でS6K1を欠損させると、β細胞量低下、インスリン分泌低下により耐糖能異常が起きる。β細胞でmTORC2を欠損させた場合も、Akt活性の低下、それに伴うFoxO1のリン酸化低下(核内にとどまる)によって、β細胞量が低下し、耐糖能が悪化する。
(6)代謝疾患に対するmTOR阻害剤の効果
以上で見たように、肥満・インスリン抵抗性の状態ではmTORC1が慢性的に活性化されているため、rapamycinによって代謝疾患が改善される可能性が検討されてきた。ところが、マウスにrapamycinを投与してmTORC1活性を極端に低下させると、脂肪組織量の低下、β細胞量の低下が起き、インスリン抵抗性、高脂血症、肝糖産生が促進されてしまう。Rapamycinの慢性投与を受けたヒトでも、同様の代謝障害が起きる。これは、rapamycinがmTORC1を介する主要な過程(蛋白合成、ミトコンドリア生合成など)を大きく抑制してしまうためであろう。そこで、mTORC1活性を完全に阻害しないような用量(sub-optimal dose)なら、rapamycinが代謝異常を改善しうるとも考えられる。メトフォルミンはmTORC1活性を低下させることが知られているが、これは肥満で亢進したmTORC1活性を、極端に低下させず、ちょうどよい中間の状態まで低下させることにより肥満者の糖代謝を改善しているのかもしれない。なお、マウスにrapamycinを投与すると、in vivoではmTORC2も阻害されることによりmTORC2-Akt経路の障害によって肝糖産生抑制が低下してしまうことも最近報告されている。

神経変性疾患におけるmTORシグナル
神経変性疾患の原因として、オートファジーによる細胞内蛋白degradation経路の調節異常がある。mTORC1がオートファジーを抑制する作用があることから、神経変性疾患とmTORシグナルとの関連が研究されてきた。RapamycinによってmTORC1を阻害すると、オートファジーが促進されて凝集蛋白が減少し、in vivoでの神経変性の程度も低下する。ここでもmTORC1活性を極端に低下させて代謝異常や蛋白合成の低下を引き起こすのではなく、中程度に低下させてオートファジーを促進させる用量・方法が求められる。


加齢過程におけるmTORシグナル
カロリー制限が寿命を延長することは広く知られている。栄養摂取はmTORシグナルに反映されることから、mTORシグナルが寿命を調節している可能性が検討されてきた。今までに、mTORシグナルの阻害が酵母・線虫・ショウジョウバエで寿命を延長させることが数多く報告されている。これはカロリー制限を加えてもさらには寿命が延長しないため、mTORシグナル阻害とカロリー制限は共通のメカニズムで寿命を調節していると考えられている。しかし一方で、カロリー制限したショウジョウバエにrapamycinを投与すると寿命がやや延長したなど、カロリー制限とrapamycin投与ではシグナル伝達が異なる経路があることを示唆する報告もある。

最近、マウスにrapamycinを投与し寿命が延長したことが報告された。この報告では、600日齢という高齢マウス(ヒトでは60歳代にあたる)にrapamycinを投与開始してもそこからの寿命延長が認められている。この結果が直接ヒトに当てはまるわけではないが、mTORC1阻害が中年以降のヒトの加齢関連疾患の治療に役立つ可能性もあるだろう。

前述のようにrapamycin投与はβ細胞量の減少と糖脂質代謝異常を惹き起こし、糖尿病様の症状を呈するが、これらは寿命の短縮につながりかねない。この逆説の理由は不明だが、その一因としてrapamycin投与方法の違いが考えられるかもしれない。すなわち、寿命延長の研究ではマイクロカプセル化して食餌に加えているのに対し、他の研究では毎日腹腔内注射している。前者の方法では薬剤の生体利用効率(bioavailability)が低く、rapamycinによる代謝への悪影響が少ないのかもしれない。寿命を延長させ、しかも代謝を悪化させないためには、注意深いrapamycinの用量調節が必要なのだろう。

そもそも、mTORC1の阻害がなぜ寿命延長につながるのかはまだ分かっていない。Rapamycin投与マウスはコントロールのマウスと比べ疾患や死因に違いがあるわけではないため、rapamycinは加齢過程そのものを遅くするようである。mTORC1の阻害が造血幹細胞の自己複製を回復するため、免疫能が改善されるという報告がある。また、高齢マウスの肝臓ではmTORC1活性が亢進しているため、空腹時のケトン体産生が増加することが加齢関連疾患につながる、とする報告もある。Rapamycin投与によってmTORC1による蛋白合成促進(S6K1活性化に伴う)が抑制されること、またはmTORC1によるオートファジー抑制が阻害されることが、寿命延長に関与するとも考えられている。しかし現在、どの組織のどの分子がmTORC1阻害による寿命延長に関与しているかは不明である。
# by md345797 | 2012-04-27 07:27 | シグナル伝達機構

PPARγ-FGF1軸は、適応のための脂肪組織リモデリングと代謝恒常性の維持に必要である

A PPARγ–FGF1 axis is required for adaptive adipose remodelling and metabolic homeostasis.

Jonker JW, Suh JM, Atkins AR, Ahmadian M, Li P, Whyte J, He M, Juguilon H, Yin Y-Q, Phillips CT, Yu RT, Olefsky JM, Henry RR, Downes M, Evans RM.

Nature. Published online, 22 April 2012.

【まとめ】
脂肪組織のリモデリングは、飢餓と飽食のサイクルという栄養状態の変動に適応して代謝恒常性を維持するために重要な過程だが、そのメカニズムは分かっていない。このグループは、FGF1がこの過程の重要な調節因子であり、FGF1の発現はPPARγによって調節されていることを明らかにした。

FGF1は22種の蛋白を含むFGFファミリーの原型で、発生・創傷治癒・心血管の変化など多くの生理学的過程で重要な役割を果たしているにもかかわらず、FGF1欠損マウスは通常の条件下では明らかな形質を示さない。しかし、このグループは、高脂肪食負荷を行うと脂肪組織におけるFGF1の発現が誘導されこと、Fgf1-/-マウスは強い糖尿病形質を示し、脂肪拡大の異常をきたすことを明らかにした。高脂肪食負荷したFgf1-/-マウスの脂肪組織では血管ネットワークの異常や、炎症反応の亢進、脂肪細胞サイズの異常、膵リパーゼの異所性発現などが認められた。このマウスで高脂肪食負荷を中止すると、炎症性脂肪組織は広範な脂肪壊死を起こした。また、摂食後の高脂肪食による脂肪組織でのFGF1発現誘導はPPARγによって調節されている(FGF1遺伝子のプロモーターに近いPPAR反応性エレメントに作用することによる)ことが分かった。このFGF1欠損マウスの形質の発見によって PPARγ-FGF1軸が代謝恒常性とインスリン感受性維持に必要であることが明らかになった。

【論文内容】
高脂肪食に反応する遺伝子発現スクリーニングにより、内臓脂肪(精巣脂肪gonadal WAT=gWAT)の脂肪細胞分画で、FGF1発現が選択的に増加することが明らかになった。Fgf1-/-マウスは、過去の報告でもこの研究でも、通常条件下では代謝異常や遺伝子発現の変化は見られなかった。しかし、このマウスに高脂肪食を負荷すると、糖尿病形質(空腹時血糖およびインスリン値の増加、インスリン負荷試験でのインスリン抵抗性亢進、マクロファージの脂肪浸潤のマーカーである血清MCP1濃度の上昇)が認められた。さらに、この高脂肪食負荷したFgf1-/-マウスは、高インスリン正常血糖クランプにて、グルコース注入率および肝糖産生抑制が低下しており、インスリン抵抗性の亢進が示された。このマウスは野生型と比較して脂肪肝が増強され(=脂肪がWATに貯められず肝にたまってしまう)、gWATへのマクロファージ浸潤の増加(=炎症性変化)が認められた。

高脂肪食負荷したFgf1-/-マウスのgWATでは脂肪細胞のサイズが増加し、蛍光マイクロビーズを腹腔内注射した後の蛍光顕微鏡で血管密度の減少が認められた。さらに、マイクロアレイを用いた転写変化の解析で、PPARγの発現が増加していた。しかも、脂肪壊死関連の膵リパーゼと組織リモデリング因子であるelastase1の発現が大きく増加していた。

これらの異常は、高脂肪食負荷に反応する正常な脂肪リモデリングが障害されていることを示唆する所見である。そこで、高脂肪食負荷後のFgf1-/-および野生型マウスに再び正常食を与えたところ、Fgf1-/-では適応の異常が起こり脂肪組織の断片化および脂肪壊死が見られた。このことから、FGF1は、高脂肪食とその後の正常食という栄養状態の変動に伴う、脂肪組織の拡大と収縮過程に必要であることが分かる。言い換えれば、Fgf1-/-マウスは、食事の変化に反応する内臓脂肪のリモデリングができない。FGF1欠損による脂肪可塑性(adipose plasticity)の欠落は、脂肪肝や全身のインスリン抵抗性につながると考えられる。以上より、FGF1は栄養の変動に反応する脂肪組織リモデリングの調節因子であり、代謝疾患の防止に不可欠であると考えられた。

高脂肪食は血中のPPARリガンドの濃度を増加させる。ルシフェラーゼレポーターアッセイにより、PPARα、PPARγ、PPARδによる活性化によるFGF1A転写誘導の中では、PPARγによるものが最も強力であることがわかった。FGF1A転写産物のプロモーター領域の検討により、転写開始部位から約100bp近位に、高度に保存されたPPAR反応性エレメント(PPRE)を含む部位を同定した。このPPREを変異導入により不活化したところ、PPARγに対する反応は完全に消失した。PPARγによるFGF1調節の機能的保存性を確認するために、いくつかの動物種のPPREsを含むレポーターコンストラクトでヒト・マウスのFGF1Aプロモーターのアッセイを行ったところ、PPARγによるFGF1Aプロモーターの活性化は、4種の動物(ヒト、マウス、ラット、ウマ)のプロモーターで認められた。ChIP実験では、3T3-L1脂肪細胞でPPARγが実際に同定されたPPREに結合することを確かめた。PPARγ-Fgf1aプロモーターとの相互作用はWATの中でも脂肪細胞分画で特異的に起きている。以上より、脂肪細胞のPPARγ-FGF1軸は多くの動物で機能的に保存されていることが示唆された。

さらに、PPARγリガンドであるrosiglitazoneに対するFgf1a転写産物の発現を調べた。Fgf1-/-マウスに経口でrosiglitazoneを投与すると食後の状態でのみgWATのFgf1a転写産物が増加した。なお、脂肪細胞特異的PPARγ欠損マウスでは、脂肪細胞のFGF1量が低下していた。

【結論】
この研究では、栄養状態の変化(=高脂肪食の負荷と中止)が「センサースイッチ」であるPPARγのスイッチをON/OFFし、その「シグナル変換因子」であるFGF1が、栄養状態に適応するための脂肪組織リモデリングを起こす、というメカニズムが明らかになった。FGF1欠損マウスは、食事に応じた脂肪組織のリモデリングが正しく起きず、その結果代謝障害・インスリン抵抗性をきたすことから、FGF1が代謝恒常性に不可欠な役割を果たしていることが分かる。最近は、いくつかのFGFファミリー(FGF15/19、FGF21)が代謝恒常性に関連していることが分かってきている。今回の研究では、FGF1も代謝恒常性に関与し、PPARγ–FGF1軸が脂肪組織に必要なリモデリングと全身のインスリン感受性の亢進を担っていることが示された。
# by md345797 | 2012-04-25 04:48 | エネルギー代謝

TAK-875とプラセボとグリメピリドの2型糖尿病に対する効果:第2相ランダム化試験

TAK-875 versus placebo or glimepiride in type 2 diabetes mellitus: a phase 2, randomised, double-blind, placebo-controlled trial.

Burant CF, Viswanathan P, Marcinak J, Cao C, Vakilynejad M, Xie B, Leifke E.

Lancet. 2012 Apr 14;379(9824):1403-11.

【まとめ】
膵β細胞において、遊離脂肪酸受容体1(free fatty acid receptor 1:FFAR1;別名GPR40)が脂肪酸によって活性化されると、グルコース依存性のインスリン分泌が促進される。そこで、この受容体の選択的活性化薬であるTAK-875が、2型糖尿病患者において、低血糖のリスクなく血糖コントロールを改善できるかを検討した。本研究は、外来2型糖尿病患者を対象とした第2相ランダム化二重盲検比較試験で、426名の患者をプラセボ群、TAK-875(6.25、25、50、100、200 mg)群およびグリメピリド(4mg)群(各1日1回)にランダムに割り付け12週間経過観察した。一次アウトカムは、ベースラインからのHbA1cの変化とした。12週後のHbA1cのベースラインからの低下は、TAK-875群50mgで-1.12%、グリメピリド群で-1.05%、プラセボ群で-0.13%であった。TAK-875投与群の低血糖イベント(3%)は、プラセボ群(2%)と同様であったが、グリメピリド群では有意に高値(19%)であった。TAK-875は、2型糖尿病患者の血糖コントロールを、低血糖のリスクなく、有意に改善することができた。この結果から、FFAR1の活性化は2型糖尿病治療の重要なターゲットになると考えられた。

【論文内容】
遊離脂肪酸受容体であるFFAR1(GPR40)は、膵β細胞に多く発現し、不飽和中鎖脂肪酸または長鎖脂肪酸によって活性化される。FFAR1が脂肪酸によって活性化されると、グルコースが高濃度のときのみインスリン分泌を増強する。このグルコース依存性インスリン分泌の増強のメカニズムは明らかではないが、GLP-1による増強経路とも異なることが示唆されている。いずれにせよ、FFAR1活性化は、2型糖尿病患者において、低血糖を起こすことなく血糖コントロールを改善することが予想され、実際糖尿病マウスの実験でもそのような結果が報告されていた。

TAK-875(Takeda Global Research and Development提供)は、経口の強力なFFAR1選択的アゴニストであり、小規模臨床試験でグルコース依存性インスリン分泌を改善することが示されていた。本研究では、TAK-875の2型糖尿病患者に対する効果と安全性をプラセボおよびグリメピリドと比較することにより検討した。
426名の2型糖尿病患者(食事・運動療法でコントロール不良、76%がメトフォルミンを内服)を、プラセボ群、TAK-875群(6.25 mg、25 mg、50 mg、100 mg、 200mg)、グリメピリド群(4 mg)の7群にランダムに割り付けた。12週間後のHbA1cの減少は、プラセボ群で-0.13%であったのに対し、グリメピリド群で-1.05%、TAK-875の50mg以上の投与群で約-1.0%であった。12週間後の空腹時血糖の低下も、TAK-875の25-200 mg服用群およびグリメピリド群ではプラセボ群に比べて有意に大きかった。12週間後に行ったブドウ糖負荷試験(GTT)時のグルコースのAUC(area under the curve)は、プラセボ群に比べ、TAK-875投与群とグリメピリド群で有意に少なかった。この時のインスリンのAUCは、TAK-875投与群とグリメピリド群とプラセボ群で有意差はなかった。

12週間後のインスリン感受性(Matsuda indexで評価)の変化は、プラセボ群とグリメピリド群とTAK-875群で有意差はなかった。また、insulinogenic index(ここではGTTの最初の30分のC-peptide:glucoseの比)の比較によると、TAK-875投与群(25、100、200 mg)でプラセボ群に対してグルコース応答性のインスリン分泌の有意な増加が認められた。グリメピリド群は、プラセボに対して有意なグルコース応答性インスリン分泌の増加は認めなかった。

12週間の体重の変化については、グリメピリド群ではプラセボ群と比較し1.59 kg増加していたのに対し、TAK-875群ではプラセボ群と比較し0.86-1.27 kgの増加にとどまった。

発生した有害事象の発症率はプラセボ群とTAK-875群で同じであったが、グリメピリド群で高かった。そのうち低血糖の頻度は、プラセボ群とTAK-875群では同じく低かったが、グリメピリド群では有意に高かった。

【結論】
TAK-875は膵β細胞のFFAR1に対する直接作用によって、インスリン分泌を増強する。(なお、げっ歯類の動物実験では腸管内分泌細胞にあるFFAR1を活性化してGLP-1の分泌させることが示されており、これがTAK-875の上記の効果につながった可能性がある。)本研究の限界として、短期間(12週間)で小サイズ(各群60名程度)の検討であり、今後さらに大規模な研究が必要であろう。本研究では、2型糖尿病治療において、TAK-875によるFFAR1の活性化は、低血糖なく、また体重増加も少なく、血糖コントロールを改善することが示された。
# by md345797 | 2012-04-23 21:57 | 大規模臨床試験