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ボックスプロット(箱ひげ図)作成のためのオープンソースアプリケーション:BoxPlotR

BoxPlotR: a web tool for generation of box plots.

Spitzer M, Wildenhain J, Rappsilber J, Tyers M.

Nature Methods. 2014 Jan 30;11(2):121-2.

「棒グラフ」と「ボックスプロット(箱ひげ図)」
① 棒グラフ(Bar plot)は、平均(mean)を棒の高さで、標準偏差(sd)または標準誤差(standard error of the mean; sem)をエラーバーで示してデータを比較を表現する方法である。非常に多く用いられる方法だが、平均と標準偏差という単純な要約統計量(summary statistics)だけの比較であるため、元のデータの構造の違いを見落とし、結果的に間違った結論も導くことがありうる。一方、以下で述べるボックスプロット(Box plot、別名Box-and-whisker plot; 箱ひげ図)は、要約統計量と元のデータの分布の両方を表すことができ、棒グラフより情報量が多い。ここではそのボックスプロットの特徴と、ボックスプロット作成のためのオープンソースアプリケーションBoxPlotRについて述べる。

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図1 同じデータを棒グラフ(左)とボックスプロット(箱ひげ図、右)で示したもの。
棒グラフでは表現できないデータの分布が、ボックスプロットではよりよく表現できる。

② 棒グラフでは、元のデータの分布がよく分からないことを図2に示す。一番下のcは4種類のパターンの元データ、すなわち「uniform(連続一様分布)」「Normal(正規分布)」「Poisson(ポアソン分布、離散確率分布)」「Exponential(指数分布、連続確立分布)」のそれぞれの確率分布を示している(n=1,000)。これらをaのような棒グラフと標準偏差のエラーバーで表現すると、分布の中心や広がりなどが正しく伝わらなくなってしまう。しかし、これをbのようなボックスプロットにすれば、それぞれの分布に関する情報をより多く伝えることができる。

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図2 異なる分布パターン(c)を示すデータを、棒グラフ(a)とボックスプロット(b)で表した。

③ ボックスプロットは「箱ひげ図」(Box-and-whisker plots)と呼ばれるが、ここでいう「ひげ(whisker)」はネコなどの動物に見られる「ヒゲ(洞毛)」のことである。人間の顔の「髭」(あごひげbeardやくちひげmustache)ではないことに注意。
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図3 箱ひげ図(Box-and-whisker plots)のwhiskerは、ネコなどの動物のヒゲのこと。

ボックスプロットの表記方法
① データの分布に偏りがあまりない場合は、平均と標準偏差でデータの構造が大体表現できる。一方、データの分布が非対称で偏りがある場合や極端な外れ値がある場合は、四分位数(quartile:データを小さい方から順に並べて四分の一の個数になるデータの数値)と範囲(range:最小値と最大値)の表示が有用である。ボックスプロットは、データの第1四分位数(lower quartile; Q1)、中央値(median, m; 第2四分位数Q2でもある)、第3四分位数(upper quartile Q3)と四分位範囲interquartile range(IQR、Q3-Q1、データの中央50%を含む)およびデータの範囲(最小値と最大値)を視覚化するグラフである。

もし大きな外れ値がある場合、それに引っ張られて平均と標準偏差は大きく影響を受けてしまうが、四分位数と四分位範囲は少数の外れ値からの影響は受けず、データの中心とその広がりが持つ情報をより多く保存できる。

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図4ボックスプロットの「箱」と「ひげ」が表すもの
「箱(Box)」は第1四分位数(Q1)と第3四分位数(Q3)の間の四分位範囲(IQR)を、箱の中の線は中央値(mean)を表す。データの範囲、すなわち最小値から最大値までは「ひげ(whiskers)」の広がりで表すが、一般的には「ひげ」の長さは箱の端からIQRの長さの1.5倍以内とし、その外側にある外れ値(outlier)があれば「ひげ」の外側の○で示す。

② ボックスプロットは、第1四分位数(Q1)と第3四分位数(Q3)の間の四分位範囲(IQR)を「箱(box)」で、中央値(mean)を箱の中の線で表す。最小値から最大値までは「ひげ(whiskers)」の広がりで表すが、一般的には「ひげ」の長さは、箱の端からIQRの長さの1.5倍以内とし、その外側にある外れ値(outlier)は「ひげ」の外側の○で示す。これが、箱ひげ図を開発したテューキーによる定義だが (John Wilder Tukeyはアメリカの数学・統計学者 1915-2000)が、ヒゲは「最大値から最小値まで」(Spearのスタイル)や「データの95%中央範囲」(Altmanのスタイル)とする場合もある。

(なお、IQRの1.5倍の範囲というのは、通常の分布であれば±2.7σ(シグマ、標準偏差)であり、データの99.3%を含むことになる。)

③ ボックスプロットのバリエーションとして、バイオリンプロット、ビーンプロット、ビー スォームなど、さらに多くのデータ分布の情報を表すことができるものもある(図5)。
バイオリンプロット:
中心の白丸が中央値、真ん中の黒い太い縦線がIQR、真ん中の細い縦線がIQRの±1.5倍以内のヒゲ。左右に広がる灰色の山はカーネル密度推定(サンプルからの母集団データ分布の推定)を表す。
ビーンプロット:
真ん中の黒い横線が中央値、複数の白い横線は、データが存在してする場所、左右に広がる山は密度推定(バイオリンプロットとはパラメーターが異なるので形は違うが)を表す。
ビー スウォーム(bee swarm=蜂の群れ):データを実際の点としてプロットしたグラフ。要約統計量が表現されていないが、データの分布を直接視覚化できる。ボックスプロットに重ねて表現することも可能(図6)。

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図5 (a)一様分布(uniform)、一峰性(unimordal)、二峰性(bimordal)のそれぞれの分布を、(b)棒グラフ、ボックスプロット、バイオリンプロット、ビーンプロットで表現している。棒グラフによる比較では平均値が同じのため似たようなグラフに見えるが、他のグラフでは分布の差がよりはっきり視覚化されている。
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図6 ビースウォーム(bee swarm; 蜂の群れ)とボックスプロットを重ね書きした例


④ 母集団(Population)から抽出されたサンプル(sample)の中央値から、もとの母集団の中央値を推定するには、中央値の95%信頼区間(confidence interval; CI)を示す。

図7の(a)は母集団の分布を表すグラフである。これは、平均μ=0(濃い点線)、標準偏差σ1(薄い点線)の歪んだ正規分布(skewed normal distribution)であり、非対称で偏った形の分布であるため、中央値(m=-0.19、縦の実線)とIQR(灰色部分)を示すのがよい。この母集団から20個のサンプルを抽出して(b)のボックスプロットを作成した

n=20のサンプルは図7(b)の図の一番上の○で表している。上の箱ひげ図は、中央値(m)とQ1-Q3(IQR)の間の箱、箱から1.5 x IQR以内の範囲のテューキースタイルの「ひげ」、およびそれらには含まれない外れ値(outliers)「ひげ」の外側(この図では右側)に示している。箱の幅(この図では高さ)は任意に決めてよいのだが、さらに下の箱ひげ図は箱の幅を√n(サンプルサイズの大きさを表す)に比例するようにしてある。これにより群のサンプルサイズを表すことができる。さらに、中央値の95%信頼区間をV字型の切れ目(ノッチ、notch)長さ(一番下の点線の長さ)で表している。(中央値の95%信頼区間はm±1.58xIQR√nで求められる)。
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図7 (a)母集団(population)の分布と、(b) そこから抽出したn=20のサンプルをボックスプロットで表現したグラフ。
(b)では中央値の95%信頼区間(サンプルの中央値から95%の確率で推定される母集団の中央値の範囲)を箱の切れ目(ノッチ:点線の長さ)で表している。

⑤ 箱ひげ図のノッチがオーバーラップしないことの意味:
一般的に2群の比較で、中央値の95%信頼区間(ノッチの長さ)がオーバーラップしないとき、2群の中央値は95%の確率で差がある(p<0.05)と判断できる(ただし、オーバーラップするから、といって有意差が「ない」とは言えないが)。
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図8 通常のテューキースタイルの箱ひげ図(上)に、中央値の95%信頼区間をノッチで示したもの。なお、中央にある十字は平均値(中央値とは少しずれているのに注意)、グレーの縦の長方形は平均値の83%信頼区間を示しているが、ここでは特に触れない。

サンプルサイズが少ないと、ノッチは箱より大きい間隔となることがある(図9)。
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図9 サンプルサイズ(n)が小さいとノッチが箱より大きくなる。、箱ひげ図ではあまりに小さいサンプルサイズ(n<5)は避けるべき。


ボックスプロット作成のためのオープンソースアプリケーション
今まで述べたような箱ひげ図の境界は、正確には、用いる統計ソフトウエアによって異なってしまう。これは、(1)四分位値を計算する統一され方法がない(単純平均か線形補間に基づく)、(2)Rなどいくつかのアプリケーションでは箱の境界を四分位の変わりに下側および上側ヒンジ(中央値以下/以上のデータの中央値)を用いており、これは四分位による境界とは微妙に異なることがある、などの理由による。

箱の幅、ヒゲの位置、ノッチの大きさや外れ値の表示などを一定にし、もっと多くボックスプロットが用いられることが望ましい。従来、ボックスプロットが多く用いられてこなかった理由の一つに便利なソフトウェアツールがなかったためという原因がある。近年有用なオープンソースアプリケーションとしてBoxPlotRが用いられるようになっている。

BoxPlotRはRおよびRパッケージであるShiny、beanplot、vioplot、beeswarm、RColorBrewer(Rの色彩指定)で書かれている。詳しくは、http://boxplot.tyerslab.com/を参照。

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# by md345797 | 2014-02-23 12:23 | その他

CRISPR/Cas9による遺伝子修飾を1細胞期胚に用いて作製した遺伝子改変サル

Generation of Gene-Modified Cynomolgus Monkey via Cas9/RNA-Mediated Gene Targeting in One-Cell Embryos.

Niu Y, Shen B, Cui Y, Chen Y, Wang J, Wang L, Kang Y, Zhao X, Si W, Li W, Xiang AP, Zhou J, Guo X, Bi Y, Si C, Hu B, Dong G, Wang H, Zhou Z, Li T, Tan T, Pu X, Wang F, Ji S, Zhou Q, Huang X, Ji W, Sha J.

Cell. 156, 836-843, 13 February 2014.

【まとめ】
サルはヒトの疾患とその治療法の研究するために非常に重要なモデルであるが、目的の遺伝子を修飾することが困難であり、遺伝子改変サルを用いた検討は進んでいない。本研究では、CRISPR/Cas9システムをサルゲノムに応用し、サルの遺伝子編集を行った。カニクイザルの1細胞期胚にCas9 mRNAとsingle guide RNAs (SgRNAs)を同時に注入したところ、正確な遺伝子ターゲティングを行うことができた。この方法で、2つの標的遺伝子(ここではPpar-γRag1)をワンステップで同時に欠損させることが可能であった。これらの動物で、オフターゲット効果(標的部位以外で遺伝子に変異を起こしてしまうこと)は認められなかった。以上より、1細胞期胚にCas9 mRNAとsgRNAを同時注入する方法は、遺伝子改変カニクイザルを作製するための効率のよい安定した方法であることが示された。

【論文内容】
サルはヒトの疾患モデルとして非常に重要であるため、サルの遺伝子改変技術が求められていた。しかし、今までの遺伝子改変サルはレトロウイルスまたはレンチウイルスを用いて作製されており、正確な遺伝子ターゲティングが困難であった。最近開発されたCRISPR/Cas9システムは簡便で高度に特異的に、効率よく複数の遺伝子のゲノム編集ができる優れた方法である。現在までに、哺乳類の細胞およびマウス、ラットを含むさまざまな動物個体のゲノムターゲティングが行われてきたが、霊長類にCRISPR/Cas9が応用できるかは不明であった。このグループは、Cas9 mRNAとsingle guide RNAsを胚の1細胞の段階に同時に注入してマウスおよびラットで効率よい遺伝子ターゲティングを成功させており、今回それをサル胚の1細胞段階に応用することにより、複数遺伝子のターゲティングを試みた。

サルの細胞株においてCAS9/RNAは効率よく遺伝子欠損を起こす
本研究ではカニクイザル(cynomolgus monkey, Macaca fascicularis)モデルで、3つの遺伝子(Nr0b1、Ppar-γ、Rag1)の遺伝子ターゲティングを試みた。まず、Nr0b1の117 bpから2つのsgRNAを、Ppar-γの49 bpから2つのsgRNAを、Rag1から1つのsgRNAを作製した。これらをCOS-7細胞(アフリカミドリザル腎由来細胞株)に同時感染させた。感染72時間後の細胞からゲノムDNAを単離して、部位特異的遺伝子改変を標的遺伝子近傍の部位のPCR増幅とT7EN1切断アッセイ(T7EN1 cleavage assay)を行って、sgRNAsの効率を検討した。Cas9/RNA導入によって標的遺伝子周囲の切断とその後の挿入欠失(indels)によってさまざまなサイズの変異が起きたが、その効率は、Nr0b1-sgRNA1で22.2%、Nr0b1-sgRNA2で22.2%、Ppar-γ-sgRNA1で10%、Ppar-γ-sgRNA2で23.8%、Rag1-sgRNA1で23.8%と高効率であった。sgRNAとCas9を用いることにより、サルゲノムの効率のよい遺伝子ターゲティングができることが示された。

T7EN1 cleavage assay: 抽出したゲノムDNAから、sgRNAの標的部位の断片をPCRで増幅し、T7EN1 (T7 endonuclease I; 完全にマッチしていない、ミスマッチDNAを認識して切断するDNAエンドヌクレアーゼ)で切断する。これをアガロースゲル電気泳動によって検出し、変異導入を確認する。

Cas9/RNAによってサル胚に効率よく遺伝子ターゲティングを起こすことができる
次に、Cas9 mRNA(20 ng/μl)との上記の5種類のsgRNAsの等量混合物(25 ng/μl)を、カニクイザルの1細胞段階の受精卵22個にマイクロインジェクションした。それらのうち15個が桑実胚または胚盤胞期まで正常に発生した。これらでゲノムの部位特異的に遺伝子改変が起きたかを、PCR増幅およびT7EN1切断アッセイを用いて検討した。その結果、sgRNAの機能によって変異導入効率が異なっていた。サル胚の遺伝子ターゲティングのサイズは-30から+6 bpであり、Nr0b1で4/15、Ppar-γで9/15、Rag1で9/15の効率で起きていた。さらに、6/15の胚でPpar-γRag1の、2/15の胚でNr0b1Rag1の両方で同時に変異が起きていた。このように、サル胚においても、CRISPR/Cas9システムは効率よく機能することが示された。

Cas9/RNAはサルにおいてワンステップで複数の遺伝子の変異を起こすことができる
以上のようにサルの細胞株と胚での遺伝子ターゲティングが成功したので、次に遺伝子改変サルの作製を試みた。198のM II期卵母細胞に細胞質精子注入を行って受精させ、Cas9とsgRNA混合物を上記同様注入した。186個の注入した接合体のうち83個を29の代理母のメスに移植した。レシピエントの母親のうち10匹が妊娠し、1匹は流産した。妊娠継続を継続したメスのうち、3匹は双子、3匹が三つ子、残り4匹は単一妊娠だった。現在のところ、双子のメスが正常妊娠期間で帝王切開にて正常に出生している(この双子をファウンダ―サルAとBと呼ぶことにする)。(なお、他の代理メス8匹はまだ妊娠期間中である。)

ファウンダーである2匹の乳児サルの臍帯からゲノムDNAを採取し、Cas9/RNAによるゲノム修飾のスクリーニングを行った。まず、乳児BにおいてRag1標的領域のPCR増幅で小分子サイズのバンドが見られ、ゲノム修飾が起きていることが示唆された。次に、PCR産物でT7EN1切断アッセイを行ったところ、どちらの乳児のRag1およびPpar-γの2番目のsgRNA標的部位においても切断産物が見られ、複数のゲノム修飾が起きていることが示された。PCR産物のシークエンスにより、異なる種類の挿入欠失(Ppar-γに1か所、Rag1に4か所)が認められ、さらに複数のゲノム修飾の存在が確認された。なお、前述の胚での実験で変異効率が低かったNr0b1には切断が認められていなかった。
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写真:CRISPR/Cas9システムにより複数の遺伝子改変(Ppar-γRag1)を受けた双子のカニクイザル(ファウンダ―AとBと名付けられている。生後14日目。)

パンチした耳の組織と胎盤からのゲノムDNAを用いた解析によると、両方のサルのRag1Ppar-γ遺伝子に同じPCRバンドと切断バンドが認められ、ゲノム修飾が起きていることが分かった。CRISPR/Cas9により、遺伝子ターゲティングが行われ、サル胚の全ゲノムに修飾が起きることが確認された。ファウンダ―サルBの耳パンチからはwild-type Rag1シークエンスは見られず、ゲノム修飾は(生殖細胞系を含む)さまざまな組織全体に効率よく起きていると考えられた。

さらに、親サルの目印となる(tagging) SNPsによって、対立遺伝子のターゲティング効率を検討した。親の耳組織のゲノムDNAからRag1標的部位を含む3.8 kb断片をPCRで増幅しシークエンスし、親由来のtagging 4SNPsの2つの異なる組み合わせをRag1-sgRNA標的部位の下流に検出した。親と双子のtagging SNPの組み合わせをTAクローニングとシークエンスによりさらに決定した。その結果、2つのtagging SNAの組み合わせは、メンデルの法則に従って分離していた。ファウンダ―Bの耳の高い標的効率を示すRag1-sgRNA標的部位をさらにシークエンスした。その結果、tagging SNPsによって同定された両方の対立遺伝子ともに標的の修飾を受けており、両親のサルから受け継いだ両方の対立遺伝子がCas/RNAによるターゲティングによって修飾されうることが明らかになった。

なお、2匹のファウンダ―サルの異なる組織でPpar-γの1塩基挿入による単一遺伝子型(genotype)が認められた。この1塩基挿入が本当の変異ではなくSNPである可能性を除外するために、親と代理母の標的部位を増幅してT7EN1切断アッセイ後シークエンスを行った。その結果、同じ1塩基の存在は除外され、この挿入は実際にCRISPR/Cas9によるPpar-γ遺伝子の修飾であることが確認された。以上より、サルゲノムの1細胞胚へのマイクロインジェクションによってCas9/RNAによる部位特異的なゲノム修飾が可能であることが示された。

モザイシズム
培養胚とファウンダ―サルの両方のシークエンスデータが複数の遺伝子型を示したことは重要である。これは、CRISRP/Cas9による切断がサルの胚発生の異なる段階で複数回起き、他の種で見られてきたような修飾のモザイシズム(一つの個体で遺伝子修飾が細胞間で異なること)を起こすことを示唆している。
現在、ファウンダー乳児は施設で飼育され正常に育っている。ファウンダ―乳児の組織採取が限られていることから、ゲノム修飾と形質のより完全な解明は行えていない。ファウンダ―サルが生体に成長するまで、また他のファウンダ―が生まれてサンプルが多く得られるまでそれらの検討は待つ必要があるだろう。

オフターゲット解析
CRISPR/Cas9システムの重要な懸念はオフターゲット効果(標的部位以外で遺伝子に変異を起こしてしまうこと)である。マウスでは、遺伝するオフターゲットの変異が見られることがあり、これらの遺伝子改変サルでもそれが見られないか、84か所の予想されるオフターゲットサイト(OTS)について検討した。これらは、Nr0b1のsite1対する9か所、site 2に対する20か所、Ppar-γのsite 1に対する14か所、site 2に対する20か所、Rag1に対する21か所である。臍帯からのゲノムDNAを用いてこれらの部位のオフターゲット効果を調べた。これらのオフターゲット予測部位の周囲の断片をPCRで増幅してT7EN1切断アッセイを行った。17のPCR産物から切断バンドが得られ、TA シークエンスによって配列を調べたが、すべての切断はSNPかリピート配列によるものであり、オフターゲットによる変異によるものは認められなかった。すなわち、本研究ではCas9/RNAによるオフターゲット変異は認められなかった。今までに変異Cas9を用いてオフターゲット変異を最小限に減らす試みも報告されており、今後さらに、サルの遺伝子改変方法としてのCRISPR/Cas9は信頼性が高いものになるだろう。
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【結論】
カニクイザルの1細胞期の受精卵にCas9 mRNAとsgRNAsを同時注入することによって、効率よく部位特異的な遺伝子修飾ができた。本研究では、複数の遺伝的変異を一度に導入でき、しかもオフターゲット効果は認められなかった。このようにCRISPR/Cas9システムを用いてサルの遺伝子ターゲットが行うことができるようになったため、将来的には遺伝子改変霊長類を作製することが可能となるだろう。
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# by md345797 | 2014-02-12 06:38 | その他

がんの抗体療法

Antibody therapy of cancer.

Scott AM, Wolchok JD, Old LJ.

Nat Rev Cancer. 2012 Mar 22;12(4):278-87.

【総説内容】
がんの抗体療法は15年以上も前に研究が始まり、今や血液悪性疾患と固形腫瘍の治療のための最も重要な治療法の一つになっている。腫瘍細胞では、細胞表面抗原の過剰発現や変異が見られたり、正常組織にはない特異的抗原が出現したりしている。そこで、1960年代にはすでに血清学的手法を用いて、それらの腫瘍細胞の表面抗原を標的とした抗体療法が試みられていた。これらは、抗体を用いた表面抗原や受容体機能、免疫系の変化を惹起したり、特異的薬剤を抗体に結合させて特異的抗原を発現する組織を標的としたりするなどといったさまざまな方法であった。このような治療においては、標的となる抗原の選択、抗体の抗原とのアフィニティ、何を標的とするか(腫瘍細胞の抗原、細胞内シグナル伝達、T細胞活性化などの免疫機能など)、抗体の薬物動態特性はどうか、などさまざまな重要な要因があり、それらを改善しつつ多くの臨床試験が行われてきた。

1. がんに対する血清学的治療の歴史
19世紀末に抗体が発見されると、すぐに抗体をがんの診断や治療の「魔法の弾丸」として用いることができるのではないかというアイデアが生まれた。そして、ヒトのがん細胞を用いて動物を免疫し、がん特異的な抗血清を作製する試みが行われた。このような試みはほとんどがうまくいかなかったが、CEAが大腸がんの、α-フェトプロテインが肝細胞がんのマーカー抗原として有用であるという発見がなされた。さらに近交系マウスの発達によって、同種抗体の反応性解析の強力な手段としての細胞毒性試験など、がんの血清学的治療の重要な方法が発達した。また、細胞表面は高度に分化した構造によって認識可能であることが分かってきた。当初、リンパ球サブセットの区別に用いられていた細胞表面分化抗原が同定された。さらに、ハイブリドーマ技術とセルソーター(FACS)を用いた解析技術の発達がそれに拍車をかけた。これらの進歩によって、ヒトがん特異的抗原の検索と、モノクローナル抗体を用いた細胞表面構造の解析が進展した。最近は、がん細胞の間質や血管細胞が発現する新たな抗原によって、がんと正常組織が区別できることも分かってきた。将来的にはバイオインフォ―マティクスの手法を用いて、がん細胞表面抗原の全体、すなわち「surface-ome」の構築が行わると考えられている。

2. 腫瘍細胞を死滅させるためのさまざまな戦略
腫瘍細胞を死滅させる攻撃(tumor cell killing)にはさまざまな方法がある(図1)。①抗体の直接作用を利用するもの。腫瘍細胞表面の受容体の阻害または活性化、アポトーシスの誘導、細胞傷害性薬剤の導入。②免疫系を介した腫瘍細胞攻撃。補体依存性の細胞毒性(complement-dependent cytotoxicity; CDC)、抗体依存性の細胞毒性(antibody-dependent cellular cytotoxicity; ADCC)、T細胞機能の修飾など。③細胞の血管構造や間質に対する抗体の特異的効果を利用したもの。これらはいずれも臨床応用され、それらの中でも、腫瘍細胞のシグナル伝達を障害するもの(cetuximab、trastuzumab)、ADCCを介するもの(rituximab)、T細胞機能を調節するもの(ipilimumab)は最も成功したものである。
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抗体を用いた腫瘍細胞死滅のための戦略
a(左上): 本文①の抗体による細胞表面受容体の直接刺激により、受容体の二量体化、受容体キナーゼ、下流のシグナル伝達などを阻害するものである。また、抗体に結合させた酵素や細胞傷害性薬剤、 siRNA 、アイソトープを用いた腫瘍細胞攻撃などがある。
b(右):免疫系を介して腫瘍細胞を攻撃する方法で、細胞貪食(phagocytosis)の誘導、補体(complement)活性化、抗体依存性の細胞毒性(ADCC)、単鎖抗体(single-chain variable fragment;scFv)によるT細胞機能の調節、抗体による樹状細胞への抗原提示、T細胞阻害受容体の(重要分子としてcytotoxic T lymphocyte-associated antigen 4; CTLA4)の阻害などである。
c(左下):抗体を血管構造の受容体に対するアンタゴニストや間質細胞の阻害として利用、抗体に血管を傷害する薬剤を結合させるなどして、血管や間質細胞を傷害する。

3. 抗体療法の標的となる腫瘍抗原
がんの抗体療法の効率と安全性は、標的となる抗原の性質にかかっている。理想的には、標的となる抗原は腫瘍細胞の表面に一様に発現し、豊富で到達しやすいなどの特徴が必要である。また、ADCCやCDCを利用するなら抗原抗体複合体は急速に細胞内に移行しない方がよいし、細胞傷害性薬剤を結合させた抗体を用いた治療の場合は逆に効率よく細胞内に移行するのが望ましい。モノクローナル抗体治療に利用される腫瘍関連抗原は、表1のようにさまざまなものがある。造血分化抗原はcluster of differentiation (CD)で表される糖蛋白で、これらに対する抗体が血液悪性疾患の治療に用いられる。また、成長因子や成長因子受容体が抗原になることもあり、EGFR(ERBB1)、ERBB2(HER2)、ERBB3、MET(HGFR)、IGF1R、ephrin receptor A3(EPHA3)、TNF-related apoptosis-inducing ligand receptor 1 (TRAILR1、TNFRSF10A), TRAILR2 (TNFRSF10B)、receptor activator of nuclear factor-κB ligand (RANKL、TNFSF11)などに対する抗体が作製されている。血管新生に関する蛋白で抗原となるものはvascular endothelial growth factor (VEGF)、VEGF receptor (VEGFR)、integrin αVβ3、integrin α5β1などである。がんの間質や細胞外マトリックスの抗原(fibroblast activation protein; FAP、tenascin)なども抗体の標的となる。
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4. 臨床で用いられる抗体の開発

これらを抗体療法として臨床で用いる場合には、抗体が腫瘍組織だけでなく正常組織に到達するか、すなわち毒性の問題が重要になる。本グループ(Ludwig Institute for Cancer Research)は、抗体の生体分布や薬物動態から毒性を解析する臨床試験のモデルを作成した(Scott AM, 2007)。この試験デザインは他の15以上のがんの抗体療法の臨床試験に応用されている。例として、cetuximabの開発につながったマウスEGFR特異モノクローナル抗体や、ERBB2を標的としたtrastuzumabの試験がある。非ホジキンリンパ腫に対するCD20を標的とした抗体にアイソトープを結合させた、tositumomabおよびibritumomab tiuxetanもその重要な例である。

5. 認可されたがん抗体療法
1997年以来、固形がんおよび血液悪性疾患に対する12の抗体療法がFDAに認可され (表2)、現在も多数の臨床試験が進行中である。
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また、複数のモノクローナル抗体すなわち異なる受容体に対する2種類の抗体や一つの受容体の異なるエピトープに対する2種類の抗体(trastuzumabとpertuzumabなど)を用いた組み合わせ治療(combination therapy)の臨床試験も進んでいる。血液悪性疾患に対するrituximabはCD 20陽性非ホジキンリンパ腫に対する治療として成功を収めているが、アイソトープ(131Iおよび90Y)でラベルしたCD20抗体が非ホジキンリンパ腫患者の生存率を改善することが示されている。抗体に治療薬および細胞毒性をもつ薬剤を結合させた抗体複合体(antibody conjugates)による治療も行われており、CD33陽性AMLに対するgemtuzumab ozogamicinやCD30陽性ホジキンリンパ腫に対するbrentuximab vedotinの臨床試験が行われた(ただし前者は化学療法と比較して効果不十分のため試験中止)。このような方法は固形がんに対しても行われ、ERBB2陽性乳がんに対するtrastuzumab emtansine (T-DM1)として現在第Ⅲ相臨床試験中である。抗体療法は米国にとどまらず、例えばCD3とEPCAMに対する二重の特異性を持つマウスモノクローナル抗体であるcatumaxomabはEUで認可され、EPCAM陽性腫瘍に伴う癌性腹水の患者に用いられるようになった。EGFRに対するヒト化IgG抗体であるnimotuzumabは頚部癌、グリオーマ、耳鼻科腫瘍に対してアジア、南アメリカ、アフリカの諸国で承認された。細胞内DNA関連抗原を標的とした、肺がんに対する131I-ラベルIgG1κキメラモノクローナル抗体Vivatuxinは中国で承認を受けている。

6. 抗体を用いた免疫調節療法
抗体は、上記以外にも、がんの監視に重要な免疫機能を活性化または阻害するという重要な働きがある。抗原特異的な免疫反応は、抗原提示細胞、T細胞、標的細胞間のダイナミックな相互作用の結果である。T細胞活性化のためには、主要組織適合遺伝子複合体(major histocompatibility complex, MHC)に結合した抗原ペプチドをT細胞受容体が認識するだけでは不十分で、T細胞活性化因子であるCD28が共刺激分子(CD80またはCD86)のB7ファミリーと結合することが必要である。これにより一連のシグナル伝達系が活性化され、最終的にIL-2のオートクリン産生とT細胞活性化が起きる。CTLA4は、細胞内から免疫シナプス(免疫細胞どうしが結合して情報伝達をしている部位)に移行し、B7分子に強力に結合してCD28によるT細胞活性化シグナルを止め、T細胞活性化を阻害する分子である。抗体を用いてCTLA4を阻害することにより、T細胞活性化が増強され、これを腫瘍細胞攻撃に応用することができることが明らかになっている(Leach DR, 1996)。これを利用して現在2種類のCTLA4阻害ヒトモノクローナル抗体(ipilimumabとtremelimumab)が開発され、ipilimumabは切除不能の転移性悪性黒色種(metastatic melanoma)患者の全生存を延長し(Hodi F, 2010)、これによりFDAやEMA(欧州医薬品庁)など多くの国で承認を受けた。T細胞活性化阻害分子であるCTLA4を阻害することによって、「T細胞活性化阻害」の抑制(dis-inhibition)が非特異的に起きるため、組織特異的な炎症反応すなわち「免疫関連有害事象(immune-related adverse events, irAEs)」が生じうる。これらが起きるのは主に皮膚と消化管で、そのほかには肝と内分泌腺にも起こるが、一般的にはコルチコステロイド投与でipilimumabの抗腫瘍効果を減弱させることなく管理できる。

CTLA4のような免疫チェックポイントを阻害する(抗体が直接腫瘍細胞を刺激するのではなく、T細胞機能を増強する)という方法の成功は、他の免疫調節抗体を用いた治療の扉を開くことになった。次に現れたのはprogrammed cell death protein 1 (PD1)を阻害する抗PD-1ヒトモノクローナル抗体である。PD1は、活性化または疲弊した(exhausted) T細胞のマーカーであり、そのリガンドであるPD1 ligand (PD-L1, B7H5)が結合すると、T細胞のアポトーシスが起きる。そして、このリガンドは抗原提示細胞表面だけではなく、多くの腫瘍細胞上にも認められる。PD1を阻害する治療法は、悪性黒色腫、腎細胞がん、非小細胞肺がん、直腸がんの早期臨床試験において、有効で副作用の少ない治療であることが示されている。

免疫調節療法としては、阻害抗体だけでなく活性化抗体(agonistic antibody)の利用も行われている。CD137(T細胞活性に働くTNF受容体スーパーファミリーの一つ、別名4-1BB)を活性化する2種類のヒトモノクローナル抗体がPfizerとBristol-Myers Squibbで作製されている。また、CD40活性化抗体は膵がんに対する効果が認められている(Beatty GL, 2011)。

7. 抗体療法の治療抵抗性発症のメカニズム
がんの抗体療法で期待した治療効果が得られない場合は、表3のようないくつかの理由が考えられる。
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標的となる抗原や受容体の発現の変化(治療によって発現が変わってしまうこともある)、抗体の物理的特性や薬物動態の変化(腫瘍への到達度が変わってしまう)、腫瘍内の微小環境の変化により腫瘍内の抗体の濃度や受容体飽和度が変化し、シグナル伝達が変わったり免疫エスケープが起きたりすることもある。原発巣と転移巣の間で、または転移巣の間で抗原の発現が不均一なために、抗体の効率が変化することもある。さらに、trastuzumab反応性は受容体発現の量に関連しているが、かといって受容体の発現量で反応性が予測できるわけでもない。また、直腸がんはEGFR発現量ではcetuximabやpanitumumabの反応性が予測できない。すなわち腫瘍における標的受容体の発現量は、抗体治療の効率は部分的にしか予測できない。抗体と腫瘍の結合には複雑な相互作用が影響しているのだろう。

ADCCは抗体の治療効率に重要な役割を果たす。Fcγ受容体(FcγR)は、免疫細胞の表面に発現しており、抗体のFc部分に結合してこれらの細胞の細胞毒性や貪食能を活性化する作用を有している。FcγRIIa-131H遺伝子多型があると直腸がんに対するcetuximab、乳がんに対するtrastuzumab、濾胞性リンパ腫に対するrituximabの反応性が高くなることが分かっている。そのため、ADCC活性を高めるための方法として、抗体をフコシル化修飾するなどの方法が臨床的にも用いられるようになってきた。しかし、FcγR遺伝子型によって抗体の反応性を完全に予測できるわけでなく、抗体の腫瘍への反応には他の重要な因子がまだあるのだろう。さらに、腫瘍細胞におけるナチュラルキラー細胞阻害蛋白の発現(human leukocyte antigen E ;HLA-EやHLA-G)が抗体のADCC機能に影響しているかもしれない。また、抗体がT細胞の腫瘍抗原に対する反応を惹起する能力は、例えば樹状細胞による抗原のクロスプレゼンテーションや、抗原プロセッシングや、制御T細胞による免疫エスケープなどさまざまな要因が影響していると考えられている。

シグナル伝達経路の阻害は、抗体による腫瘍細胞攻撃の重要な戦略である。そのため、先天的・後天的なシグナル伝達の変化は抗体治療への抵抗性を起こす原因となる。先天的なシグナル伝達の変化とは、遺伝子変異(直腸がんにおけるKRAS変異など)や細胞表面受容体の相互作用(例えばEGFRとMETの間に見られるような)などによるものによる。後天的なシグナル伝達の変化(治療後の変化)には、受容体の内在化や分解の変化によるシグナル伝達の減弱がある。また、あるシグナル伝達経路を阻害しても、別の経路が過剰に活性化させることになっては抗体療法抵抗性が増強されてしまうこともある。しかし、腫瘍細胞ごとのシグナル伝達系の特徴が解明されれば、どのような患者にはどの抗体療法が適しているか、またどの抗体療法を組み合わせればよいかなどの選択に役立つだろう。

この10年間の医科学におけるもっとも大きな成功の一つが、癌の抗体療法である。この成功は、抗原抗体反応の解明、抗原の選択方法の進歩、抗体受容体機能、がんに対する免疫系の理解など多くの分野における長年の検討による。現在、認可された抗体療法のほか、いくつかの臨床試験が進められており、がん治療確立のための適切な戦略が打ち立てられつつある。

【参考1】WHOの国際一般名International nonproprietary names (INN)によるモノクローナル抗体製剤の命名法:

① 接頭語:自由に決めてよい。ただし他と区別できるように。

② 標的臓器、癌のある臓器
標的臓器:bacterial =ba(c)、bone=os-(presubstem)、cardiovascular=ci(r)、inflammatory lesion=le(s)、immunomodulator=li(m)、viral=vi(r)

腫瘍:colon=co(l)、testis=go(t)、ovary=go(v)、mammary=ma(r)、melanoma=me(l)、prostate=pr(o)、その他いろいろの癌(tumor)=tu(m)

③ 抗体の動物種
Human=u、hamster=e、mouse=o、primate=i、rat=a、chimeric=xi、humanized=zu、rat-murine hybrid=axo-(presubstem)

④ モノクローナル抗体を表す接尾語 monoclonal antibody=mab

例:
Trastuzumab(ハーセプチン® 、トラス-ツ-ズ-マブ)=①tras(接頭語)-②tu(いろいろな癌種)-③zu(ヒト化抗体)-④mab(モノクローナル抗体)
Rituximab(リツキサン®、リ-ツ-キシ-マブ)=①Ri(接頭語)-②tu(いろいろの癌種)-③xi(キメラ抗体)-④mab(モノクローナル抗体)
Bevacizumab(アバスチン®、ベバ-シ-ズ-マブ)=①Beva(接頭語)-②ci(血管)-③zu(ヒト化抗体) -④mab(モノクローナル抗体)
Ipilimumab(Yervoy® イピ-リム-マブ)=①Ipi(接頭語)-②lim(免疫系調節)-③u(ヒト抗体)-④mab(モノクローナル抗体)


【参考2】
2013年には、進行性の黒色腫(advanced melanoma)に対する抗PD-1抗体であるlambrolizumab (MK-3475) の有効性(Hamid O, NEJM 2013)、抗CTLA4抗体(ipilimumab)と抗PD-1抗体(Nivolumab)の併用療法の有効性(Walchok LD, NEJM 2013)が示された。これらの免疫チェックポイント阻害モノクローナル抗体ががん治療の画期的新薬として報告された2013年末には、NatureScienceの「2013年のブレイクスルー」としてcancer immunotherapyが挙げられている。


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# by md345797 | 2014-01-14 22:15 | その他

代謝閉包(Metabolic closure)とは何か: 生命の理解のためのさまざまな理論(1)

From L'Homme Machine to metabolic closure: steps towards understanding life.

Letelier JC, Cárdenas ML, Cornish-Bowden A.

J Theor Biol. 2011 Oct 7;286(1):100-13.

【まとめ】
生命の本質を理解したい、と人間が思い始めたのはいつからだろうか?人間が生命を機械論的な用語で語るようになったのは、18世紀のラ・メトリ『人間機械論』(L'Homme Machine)からであった。1950年代から始まった分子生物学は、生命の細部のメカニズム解明に大きく貢献した。しかし、これによって他の研究者の研究内容がお互いにほとんど理解できないくらい、専門の細分化が進んでしまったとも言える。その間にも、生命の本質についてさまざまな取り組みがなされ、多くの理論が作られてきた。これらは、(M,R)システム、オートポイエーシス、ケモトン、ハイパーサイクル、シムビオーシス、自己触媒集合、Sysers、RAFセットなどである。これらの理論は全く同じ内容ではないが、そこには重要な共通概念が存在している。それは、「生体を維持する代謝に必要なすべての酵素は、生体そのものによって生産されなければならない」というような概念である。この概念は、システムが「閉じている」という意味でclosure (閉包)と呼ばれている(注1)。この代謝における閉包(metabolic closure)は生命の重要なモデルと思われるが、その概念をすべて含むような理想的な生命論はいまだ存在していない。

(注1) ここでは「closure」の訳語として、集合が閉じているというような意味を援用して、数学の位相空間論などで用いられている「閉包」を当てた。哲学の一分野である「心の哲学」で「causal closure of physics」が「物理的領域の因果的閉包性」、後述のオートポイエーシス用語で「operational closure」が「操作的閉包性」と訳されている例がある。なお、closureの他の訳語としては「閉域」「閉鎖」などが使われている。

【総説内容】
1. 「生命の理解」のための小史
(1) ラ・メトリの『人間機械論』

フランスの医師ジュリアン・オフレ・ド・ラ・メトリ(Julien Offray de La Mettrie)の著作『人間機械論』(L'Homme Machine, 1748)は、生命をからくり時計(clock automata)の比喩で説明した機械的、無機的生命論であった。当時の宗教では、生命の根底に何らかの霊的な存在があると考える生気論(vitalism)が一般的であったため、ラ・メトリの著作は大きな論争を巻き起こした。1760年代のハイテクノロジーであったギアやシャフトをモデルにしている、この『人間機械論』は、現代人から見ると大雑把なものに感じられるかもしれない。しかし、ラ・メトリの説には実は現代に通じる先見性があった。というのは、この機械論は後でも述べるように、「生命は、それを中心でコントロールする存在を想定することなく、局所で働く連動した要素によって全体の振る舞いが決まるシステムである」という考え方であり、これこそが、その後の分子や化学に基づく生命の理解と共通する重要な概念になっているからである。

(2) 酵素触媒の化学反応としての生命
1900年までに、生体は、熱力学に依存した酵素触媒の化学反応ネットワークである代謝(metabolism)に基づいて明快に説明できると考えられるようになった。そのため、生命は、医師ステファヌ・ルデュック(Leduc, 1912)によって浸透圧成長(珪酸ナトリウムの溶液に硫酸銅や硫酸鉄などを入れるとちょうど庭の木のような形に結晶を形成する反応。Chemical gardenとも呼ばれた)という無機的な反応に譬えられた。ここからルデュックは構成的生物学(synthetic biology)という用語を導入したが、これは生きていることのダイナミクスの理解よりも生体の形態形成に焦点を置いたものであった。
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(3) ラシェフスキーと関係生物学
ウクライナ生まれの医師ニコラス・ラシェフスキー(Rashevsky)は、シカゴ大学に移って関係生物学(relational biology)の基礎を作った人物である。彼のグループの膨大な仕事のほとんどは現在残っていない。彼の計算による詳細なモデル化は実験的事実と合わず、例えば彼による「神経のインパルスの伝播」(1931)は、のちに膨大な実験に裏打ちされたシンプルな「神経軸索モデル」(Hodgikin and Hucley, 1952)によって完全に置き換えられている。しかし、ラシェフスキーは1954年になって、生物学的システムの原則について最初に報告し、計測に基づくのでははく、関係に基づく関係生物学的アプローチを確立した。すなわち、生体システムの詳細に重点を置いた半定量的なアプローチではなく、生体システムの組織化(organization)に目を向けた新しいアプローチの必要性に初めて気づいたのだった。ラシェフスキーは生体を物質としてではなく、システムとしての特性の観点からその組織化を考えたのであり、この議論は現在にも通用するものである。彼の投げた最初の石は、やがて彼の弟子であったロバート・ローゼン(Robert Rosen)によって独特な進化を遂げることになる。

(4) サイバネティックスと生体の組織化
1950年代、60年代を通して、ノーバート・ウィーナー(Wiener 1948)の創始したサイバネティックスが大きな興奮を持って受け入れられた。それは、一つはイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校におけるBiological Computing Laboratory (BCL)の設立として結実した。サイバネティックスはのちの自己組織化(self-organization)の考えにも強く影響したため、当時BCLに在籍していたマトゥラーナが創始する後述のオートポイエーシスの用語にはサイバネティックスに由来するものが多い。サイバネティックスは今では、「自分自身と相互作用し自分自身から自分自身を創生するシステムと過程(systems and processes that interact with themselves and produce themselves from themselves)」についての研究である、というスチュアート・カウフマン(アメリカの複雑系研究者)の言葉によって理解されている。

(5) 分子生物学の始まりと、自己組織化への関心の衰退
これらとは別の流れとして、遺伝性を担う化学物質としてDNAが単離され、ジェームズ・ワトソンフランシス・クリック(Watson and Crick, 1953)によって、それが二重らせん構造を持つことが明らかになると、それは分子生物学として、爆発的な生命の理解につながった。分子生物学の始まりによって、生命の機械論的な理解が大きく進み、ひいては「DNAの複製こそが生命なのではないか」とまで考える説も現れた。しかし、分子生物学者が年々増加する一方で、「生命の自己組織化は単なる機械論では説明がつかないのではないか」などということに関心を持つ研究者は少なくなっていった。そこにはそれら少数の研究者たちを、「生命が機械でないなら、それではそこに何か霊的な存在でも考えるのか?」という生気論に追いやる空気があったことも一因であろう。

また、分子生物学によって生命は強力なコンピュータに喩えられるようになった。代謝ネットワークにおいて「コード」「オン/オフスイッチ」などの言葉が使われ、遺伝子は「プログラム」を持ち「情報」を担うものであるなど、すべてもとはコンピュータ用語である。これでは、冒頭でラ・メトリが考えたシャフトが回転しレバーが運動する鋼鉄の機械が、分子生物学では複雑な蛋白や核酸の協調運動によって置き換えられているに過ぎないとも言える。しかし実はラ・メトリは、以下のように書き遺している、「人体は自らのばねを自ら巻く機械である。これが死ぬまで運動を続ける生体のイメージである」と。ここには後述する自己組織化の萌芽が見られ、これがコンピュータの比喩ですべて説明がつくと考えている分子生物学的機械論に欠如している視点とは考えられないだろうか。

(6) シュレディンガーの『生命とは何か』
理論物理学者エルヴィン・シュレディンガー(Schrödinger, 1944)は、その著書What is Life?(邦訳は『 生命とは何か-物理的にみた生細胞』岡小天、 鎮目恭夫訳)で生命の3つの原則を短く表している。(1)生体は「負のエントロピーを食べている」、(2)子孫に伝えるべき情報が書かれた、「暗号による脚本(codescript)」がある、(3)生物学は物理学に比べより一般的な法則に従い、生物には物理では不要な法則が必要なのだろうと思われる。

これらうち、一番目は現在では生体は熱力学の法則に従うということ、二番目の暗号の概念はDNAの観点から完全に解明されたことといってよいだろう。しかし、三番目の「生物学は物理学より一般的」という発想は、その後は大方無視されてきた。ダイナモ理論で知られる物理学者ウォルター・エルサッサー(1964)と前述の理論生物学者ローゼン(1991)が真剣に検討したのみであり、そのエルサッサーもオペロン説で有名なジャック・モノーの『偶然と必然』(1971)で厳しく批判されている。確かに、現在までに「物理学に不要で生物学には必要な法則」は見つかっていないが、シュレディンガーが完全に間違っていたことが証明されたわけでもない。しかも、このようなことをその時代の生物学者ではなく、当代随一の物理学者であるシュレディンガーが書き残していることは興味深い。なお、「物理以外の法則を具体的に表現することはできない」と考えている今日の数学者ミハイル・グロモフがこのシュレディンガーの可能性を引用している例もある(Gromov, 2011)。もちろん物理法則は生物にとって「必要」条件ではあるだろう。しかし、「十分」条件と言えるだろうか。そして、物理学の法則の中でさえ「統一理論」ができていない現状を考えると、「物理学に当てはまらない生物の法則などあるはずがない」と断定するのは妥当ではないとも言える。

(7) システム生物学(Systems biology)
今でこそ21世紀のヒトゲノムプロジェクトの申し子のように考えられている「システム生物学」であるが、その語源は大分古く、1968年にユーゴスラビア出身の科学者ミハイロ・メサロビッチ(Mesarović, 1968)が初めて用いたものである。そもそも、システムの概念自体が、ルードヴィッヒ・フォン・ベルタランフィが提唱した「一般システム理論」(von Bertalanffy, 1969)に基づいている。この時期は、前述のラシェフスキーやサイバネティックスと同時代であり、代謝の酵素による動力学的な解明が続いた時期でもあった。しかし、この時代の酵素の反応速度論は、生命の理解とその後の代謝閉包(次節で詳述)の理解には直接結びつかなかった。

2. 生体の基礎となる代謝閉包(metabolic closure)の諸理論
生命はその代謝をつかさどる何千もの生化学反応からなるが、その本質は「代謝をつかさどる酵素は、それ自体が代謝による産物である」ということである。このように、代謝とは「円環状(circular)」なものなのであり、ラ・メトリによれば「自らばねを巻く機械」、ローゼンによれば「因果関係が閉じている組織」なのである。

(1) 無限後退(infinite regress)と閉包(closure)
ここでまず、自己組織化するシステムにはいくつもの特定の酵素が必要であることを考えよう(注2)。それら特有の酵素が生産されるためには、それぞれに対して他の酵素が必要である。それらの酵素にも同様に他の酵素が必要である、それらの酵素にも同様に他の酵素が必要である・・・。このような同じ型の説明が無限に続くことは、無限後退と呼ばれる。この問題を回避するために、「閉包」ということを考えよう。例えば、生体においては、それぞれの酵素はすべてリボソームが合成している (もちろんリボソーム自体もリボソームが合成している)。また、酵素の分解はすべてユビキチン-プロテアソームシステムにより処理されていることが発見された(ここではプロテアソーム自体もユビキチン-プロテアソーム自体により分解される)。このように閉じたシステムの概念が閉包であり、これにより説明の無限後退は回避される。次節以降では、このような閉包の概念を歴史を追ってより詳しく見てみていこう。

(注2) 上記の記述で酵素と書いているものは、原文でcatalysts(触媒)と書かれているものもある。しかし、原文の注釈でcatalystsは代謝に必要なenzymes(酵素)であるとの記述もあり、混同を避けるためここではどちらも「酵素」とした。

(2) (M,R)システム
(M,R)システムの概念は、アメリカの理論生物学者ロバート・ローゼンによって作られた(1598年から1975年に至って提唱され、1991年に『Life Itself』にまとめられた)。この名称は、metabolism-repair systemの略であるが、ローゼンのいうrepairとは、通常用いるDNA修復のような明確な意味ではなく、ローゼン理論の本質を考えると、補充(replacement)と呼ぶべきものである。システムが成長するにつれて分解または拡散によって失われてしまう酵素を持続的に補充する能力を持つのが(M,R)システムである。これは閉包と呼ぶことができるだろう。生体はこのような動力因(efficient cause:アリストテレス形而上学における「結果を生み出す働き」、木の椅子があるとするとそれを作った家具職人)を持ち、代謝に必要な酵素はすべて代謝それ自体の産物である、とする考え方である。生体システムは外部からの酵素活性によって維持されてはいない。もちろん生体は熱力学的には開かれたシステムであり、外界との化学エネルギーの流れは存在するだろう。それはアリストテレスの言う質量因(material cause:椅子にとっては原料である木)として分けて考える。生体そのものが動力因を産生するということは、目的因(final cause:椅子にとっては座るという目的)は不要ということも意味している。下の図1は、ローゼンの(M,R)システムが、酵素による触媒作用の閉包(catalytic closure)を形成していることを示したモデルである。
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(図1) ローゼンの(M,R)システム:実線矢印は代謝産物AがBに変換される化学反応による物質の変化(アリストテレスの言う「質量因」)を表す。酵素fから出る点線矢印はそれを触媒する酵素反応(ここではCatalysisをそう呼ぶ。アリストテレスの「動力因」)である。この酵素fはBによって(生体自体の働きで)持続的に「補充」されるが(Replacement)、その補充を支える酵素Φを作り出すのも酵素fの作用である。Φの「動力因」はもともとは代謝産物Bの特性であるβであるため、このシステムは閉じており「閉包」(Closure)を形成している。これは触媒作用の閉包(catalytic closure)と呼ぶことができる。

上図は「質量因」ではなく「動力因」として閉じており(=物質の出入りという観点ではなく、因果関係という観点から閉じたシステムであり)、外部からの「動力因」はなく、全体として「目的因」もない(=外部からの因果関係の作用はなく、外部に対する目的のようなものも見られない)。なお、点線矢印の栄養素(nutrients)からAへ、Bから廃棄物(waste)へは、生体は熱力学的にはオープンなシステムであり、「質量因」としては閉じていないことを示している。

次項は(2)に続く
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# by md345797 | 2014-01-04 20:38 | その他

代謝閉包(Metabolic closure)とは何か: 生命の理解のためのさまざまな理論(2)

From L'Homme Machine to metabolic closure: steps towards understanding life.

Letelier JC, Cárdenas ML, Cornish-Bowden A.

J Theor Biol. 2011 Oct 7;286(1):100-13.

(前項からの続き)

(3) オートポイエーシス(Autopoiesis)
1960年代以来今日に至るまで、脳神経システムは次のような比喩で表されるものであった。すなわち、インプットされた感覚情報を解読し、分類し、観察された対象に対して正しい運動行動を選択する情報処理機器である。このような考え方は神経科学者の間でも自然に持たれる、一般に普及した概念だろう。すべての知覚は特定のニューロンによって解読されると考えられた。アメリカの認知科学者ジェローム・レトビンは、ちょうど孫娘がおばあさんを見たときにだけ発火する「おばあさん細胞」があるかのように考えている(Lettvin, 1959)。

しかし1963年、視覚に関する神経生理学の論文を書いていたチリの神経生理学者ウンベルト・マトゥラーナ(Humbert Maturana)はこの考えに疑問を持ち、「おばあさん細胞などというものを想定したら、知覚したそのもの(表象:perceptすなわち、おばあさん自体)ではなく、その表象を知覚する細胞が必要だろう。そしてさらにそれを知覚する細胞が必要となり・・・」と組み合わせ爆発(combinatorial explosion)を起こしてしまう、したがってそのような表象主義的な(representationist)視点はおかしいと考えた。多くの人が、前項でローゼンが克服した無限後退ときわめてよく似た無限の連鎖に陥りかけていたのである。

その後、イリノイ州のBiological Computing Laboratoryへ1年間の研究休暇に赴いたマトゥラーナは、連日のシステムや人工知能についての議論の成果を報告書に(Maturana, 1970)に書いたが、その中で「脳をコンピューターとして理解しようとするのは根本的に誤っている。なぜなら、神経系は外を見ているのではなく、内を見ているからである(the nerve system does not look out but in.)」と述べている。すなわち彼は、神経系とは「外界の現実を解読する機械である」と考える代わりに、「生体が現在置かれている状況に一致した動きを作り出す特性をもったシステムである」と考える、新しい比喩を提案したことになる。言い方を変えれば、従来の「外界を知覚して解読し、解読した知覚を内部で表現する」という神経系のモデルから、新たに「常に感覚と運動が協調した特殊な状態にある」というモデルを考えた。これは、図2のように、いかなる瞬間も知覚入力のすべてが非知覚部分(運動)の内部状態を変化させ、それが再び知覚の変化を起こす、という無限ループであり、このようなある感覚-運動協調状態(state of senso-motor coordination)が次の感覚-運動状態に遷移していくだけであると考えた。
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(図2) マトゥラーナによる脳神経系の考え方:彼は、従来の「現実を知覚し、解読し、分類して、表現する」という認識の概念を否定した。神経系の機能は、「『外界の現実』を解読すること」ではなく、「生体が直面している時々刻々変化する状況に一致した行動を作り出すこと」であるとした。図のように、神経系は、知覚入力が運動出力を決め、同時にそれがその逆をも引き起こすという終わりなき「感覚-運動ループ」に、常に没頭している(immersed)状態と言える。彼の神経系の認識を、術語を用いて表現すれば、「構成主義的」な理解(constructivist theory)と言えるだろう。

そして、「神経系は現実を計算するために用いられるのではない(not to compute reality)」「そこに意味は生じない」と考えた。したがって、神経生理学の目的は、「脳がどのように現実を解読しているのか」を明らかにすることではなく、「脳がどのように、生体の状況に一致した感覚-運動状態を創り出しているのか」を明らかにすることであろう。マトゥラーナはこれを「認知生物学」(biology of cognition)と呼び、その理解が生命の理解にとって本質的な問題であるとした。また、一般的に、円環型の因果関係のことをclosure(閉包)と名付け、生体理解の基本概念と考えた。これらの考えは、共同研究者であるフランシスコ・ヴァレラ(Francisco Varela)との共著『Autopoiesis and Cognition』(Maturana and Varela, 1980. 邦訳は『オートポイエーシス―生命システムとは何か』河本英夫訳, 1991)で明らかにされた。マトゥラーナのアプローチにより、無限後退の問題は解決したわけではない。しかし、もはや問題解決法としての意味をなさなくなったといってよいだろう。

さらに、彼の当初の報告の脚注には、この感覚-運動ループの考え方は、代謝ネットワーク(すべての構成要素がそれ自体の産生に関与しているシステムである)の理解にも同様に使えるのではないかと書かれている。この脚注を拡張して書いたスペイン語の小本が『De máquinas y seres vivos (機械と生体について)』(Maturana and Varela, 1973.邦訳なし)である(このタイトル名は、ラ・メトリの『人間機械論』やウィーナーの『サイバネティクス:動物と機械における制御と通信』を念頭に置いたものであろう)。ここでは、生体の中心概念であるオートポイエティックシステム(autopoietic system)の定義が述べられている。

すなわち、オートポイエティックな機械とは、「構成素(component)の産生・変換・分解といったプロセスのネットワーク」として構成(organized)されているものである。そして、ここでいう「構成素」とは、
1.自らを相互作用や変換によって創り出す「プロセス(関係)のネットワーク」を、持続的に再生し、実現しているものである。
2.また、オートポイエティックな機械は、ある空間内に具体的な一貫性を持って存在するが、それらの構成素もまたその空間の中で、ネットワークを実現するために特定の部位(topological domain)に存在する。
このように、オートポイエティックシステムによって定義される空間とは、システム自らを含み、かつ、他の空間を定義する次元を用いては表せないものである。とは言っても、われわれが具体的なオートポイエティックシステムに言及する際には、そのシステムをいったん操作することにより、その操作し具合を記述することになる。上の定義が示すように、オートポイエティックシステムは図3に示すような、包まれたシステムである。そこでは、「プロセスのネットワーク」は、さらなる「プロセスのネットワーク」を産出する構成素を産出している。

オートポイエーシスは、下の図3のように、構造的な閉包(structural closure)を形成しているという点が、触媒作用の閉包(catalytic closure)を特徴とする(M,R)システムと異なる。
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(図3)オートポイエーシスを表すモデル:AからSへの実線矢印は、代謝の化学反応を表す。点線矢印は食物取り込みなどの動きを表す。この図は『Emergence of Life- From chemical origins to synthetic biology』(Luisi, 2006、邦訳は、『創発する生命―化学的起源から構成的生物学へ』ピエル・ルイジ・ルイージ著、白川智弘・郡司ペギオ-幸夫訳)の第8章Autopoiesisに描かれた図に基づいている。(ただし、この図ではマトゥラーナのオートポイエーシスの中心概念である、「プロセスのネットワーク」という考えが明確には表現されていない。)

オートポイエーシスは発表後、大変関心をもたれるようになった。ただし、生物学者の間でではほとんど関心を持たれず、ある時は法体系が、ある時は音楽が、そしてある時は廃棄物管理がオートポイエティックだと考えられた。「生命の理解」などという問題はもはや、専門化が進んだ実験生物学者たちによって、あまりに断片化されてしまっていたのである。

(4) ケモトン(Chemoton)
「ケモトン」とは、理論生物学者ティボール・ガンティによりハンガリー語で書かれた論文を英文で出版した著書『The Principle of Life』(Gánti, 2003, 邦訳なし)で述べられた生体のモデルである。ケモトンの本質的な構造は、下の図4のようなものであり、代謝サイクルA、情報サイクルVおよび構造サイクルTから構成される。食物分子XAが変換されることにより駆動力が生じるが、それは環境から得られる。廃棄物はYとして環境に放出される。すなわちケモトンは熱力学的にはオープンなシステムである。代謝サイクルは中間産物A1と他の分子V’およびTを再生し、V’は情報サイクルに入って、T’からTを産生する分子ためのRを産生する。Tは閉じた膜という構造的な閉包(structural closure)をつくるため重合または自己会合する。
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(図4)ケモトンのモデル:すべての矢印は化学反応を表す。両方向矢印は可逆的、一方向矢印は不可逆的な反応を示す。この図は上記の『The Principle of Life』(Gánti, 2003)に基づいている。

ケモトンはその名の通りもっとも化学(chemistry)に基づいた生命の理論と言えよう。しかも、前述のシュレディンガーの「codescript」も情報サイクルVとして取り込まれている。ここで分子pVnは情報を担う多量体で、Tを産生するテンプレート(鋳型)になっている。pVn分子の長さはケモトンの種類によってさまざまで、VとZの2タイプがあり、pVnZmと表され、nやmの数は遺伝すると考えた。このサイクルは代謝のための構成要素を再生することができ、システム自身を産出できる。すなわち、因果関係が閉じている(前述の動力因として閉じている)と言える。

(5) ハイパーサイクル(Hypercycle)
イギリスの生物学者、ジョン・メイナード=スミスとエオルシュ・サトマーリは、その著書『The Major Transitions in Evolution』(Maynard Smith and Szathmáry, 1995. 邦訳『進化する階層―生命の発生から言語の誕生まで』 長野敬訳)の中で、酵素の構造を決定するには大きなゲノムが必要だが、大きなゲノムを産生し正確に複製するためには酵素が必要であるということに言及するのに、「アイゲン(Eigen)のパラドックス」という呼び名を用いている。現代の進化した生物は酵素と大きなゲノムを持っているためこの問題は回避されるが、原初生命体はおそらくもっと単純なものしかもっておらず、この問題を両方とも満たすのは不可能だっただろう。そして、原始的な生命は大きなエラーを起こしやすく、このエラー・カタストロフィによって死滅してしまうと考えられる。そこで、ドイツの生物化学者マンフレート・アイゲンと理論化学者ペーター・シュスターは、このパラドックスを回避するためハイパーサイクルという概念を提案した(Eigen and Schuster, 1977)。「2度のハイパーサイクルの現実的なモデル」というのは図5のようなものである。情報を担うRNA分子であるIiが酵素Eiの構造を決定する、Eiのそれぞれが異なる酵素を作る情報分子の複製を触媒する。詳細な確率計算を行うと、この種のシステムはエラー・カタストロフィを起こさないで生存できることが示されている。
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(図5) 2度のハイパーサイクル:システムは4つの酵素E1-E4と、情報を担う4つのRNA分子I1-I4からなる。情報分子Iiは対応する酵素Eiの構造を決定し、さらに、それらの酵素が次の情報分子Ii+1の複製を触媒する。ここには明らかな「化学反応」がなく、「代謝はない」ということに注意。

(6) 生命の始まりにおける自己触媒(Autocatalysis)
さらに、生命の始まりにはこのような自己触媒のサイクルが不可欠であることがキングによって提唱された(King GAM, 1977, 1982)。「さまざまな自己触媒サイクルの相互作用により、大きなシステムが形成される」ことは、シムビオーシス(symbiosis)と呼ばれ、生命の初期段階における進化のプロセスと考えられた(ここでのsymbiosisは、現代における異種生物間の「共生」とは全く別の意味で用いられていることに注意)。単一の自己触媒サイクルのみでは、そのサイクルの基質が突然消失してしまうような危機的状況が起こると、システムは死滅してしまうが、シムビオーシスによりそれが回避され長期の安定性を保つことができる。現代でも、分子のリサイクルによって自己触媒サイクルの安定したシムビオーシスが保たれることを正確に示した例がある(Fernando, 2005)。Kingのこの相互依存する自己触媒サイクルという考え方は、今まで述べてきた閉包の概念と同じものであろう。

(7) 自己触媒セット(Autocatalytic set)
多くの研究者が「生体システムにはどんな特性が必要になるだろう」と考えたのに対し、フリーマン・ダイソン(Dyson, 1982)とスチュアート・カウフマン(Kauffman, 1986, 1993)は「偶然集まった分子の集合から自己組織化が生まれる条件とは何か」ということを考えた。アメリカの理論生物学者・複雑系研究者であるカウフマンは、自己触媒集合(autocatalytic set)として以下のようなものを定義している。触媒作用の閉包(catalytic closure)が維持されていて、この状態のすべての構成素が他の何らかの構成素による反応の最終ステップになっている。このような状態が維持されるために、外部から取り入れる物質(food set、食物集合)の酵素反応の結果得られた化学エネルギーが必要である。この定義は図6のように表される。
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(図6)カウフマンの自己触媒集合:前駆体である丸で囲んだA、B、Cは環境から得られ、灰色の薄い文字で表示される多量体以外のすべての多量体は、集合の構成素による反応(実線矢印で表示、これは質量因にあたる)と触媒反応(点線矢印、動力因にあたる)によって作られる。触媒されない反応は灰色矢印で表されている。この図は、自己触媒集合が、分子の偶然の作用によって自発的に形成される秩序であることを意図的に強調するために、一見乱雑に書かれている。

図6で、分子ABCCは以下の反応で産生されるとする。
     ABC        AABABCB       ABCBABCC
A+B → AB; AB+C    →     ABC; ABC+C     →     ABCC

上段(斜字体のアルファベット)が酵素であり、下段のアルファベットが反応物を示す。
しかし、ABCCが産生される過程はこれだけでなく、下記の反応でも産生されうる。

      ABC      ABCC   
A+B → AB; C+C    →   CC; AB+CC → ABCC
上記の最後のステップは酵素なしで自発的に進行する反応である。このように酵素なしで進むステップがあってもよい。また、AABABCAAAABが形成される反応はない(薄い灰色で書かれている)ため、この分子はこの自己触媒集合の構成素ではない。ABCBは触媒する作用を持たないが、この集合の構成素と考える。カウフマンは、このような模式図で表されうる集合が自発的に形成されるのが生命と考えた。

(8)Sysers (Systems of self-reproduction; 自己再産生システム)
White(1980)、RatnerとShamin(1980)、Feistel(1983)によって独立に提唱された理論で、ハイパーサイクルをより現実的に突き詰めたものとなっている。ウラジミール・レチコ(Red’ko, 1986, 1990)によって図7のようなモデルが作られている。
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(図7) Syserのモデル:マトリックス分子は2つの酵素(マトリックスを複製する複製酵素E1と2つの酵素の合成を行う翻訳酵素E2)の合成に必要な情報を含んでいる。この2つ(黒字部分)が最小限のsyserであり、適応syseは灰色部分の要素と過程を含んでいる。それらは、適応酵素の合成のスイッチをon/offする調節酵素E3、環境にある物質から利用可能な基質を産生する適応酵素E4である。

このようなsyserは図7に見るように、すべての要素がシステムそれ自体によって作られるため、因果関係が閉じていると言える。しかし、このシステムが成長し、自身を維持するために、さらに環境物質から利用可能な分子を産生する適応酵素E4を含む「適応syser」が想定されている。E2は2つの異なる過程を触媒する多機能蛋白(moonlighting protein)であり、これは閉包を形成するためには必要である。もしE2がマトリックスをE1に翻訳する過程のみを触媒するのであれば、E2への翻訳を触媒する他の酵素が必要ということなり、さらにそれが産生させる過程を説明しなければならなくなる。これでは、またその次の酵素を想定するという無限後退に陥ってしまう。

(9) RAFセット
カウフマンの自己触媒セットをコンピュータによって記述するための形式として、HordijkとSteel(2004)によって提唱された(Reflexive Autocatalytic systems generated by a Food setの略である)。RAFセットでは、すべての反応物はシステムが産生するか、環境から取り入れたもの(必ずしもすべてが内部のみで産生されるとはしていない)である。したがって、このシステムは因果関係で閉じてはいるものの、(M,R)システムよりは生命の定義としては弱いものである。すなわち、すべての(M,R)システムはRAFセットと言えるが、逆は言えない。RAFセットの概念をもとにして(M,R)システムを解析するための強力なアルゴリズムが作成されている。

【結論】
上記で見た閉包に関する諸理論はお互い重なるところが多いが、それらの間のコミュニケーションや相互参照と言ったものはほとんど見られない。例えば、ローゼンが提唱する触媒の閉包(catalytic closure)はマトゥラーナとヴァレラには見られないし、マトゥラーナとヴァレラが提唱する構造的な閉包(structural closure)はローゼンには見られないものである。さらには、各理論間で同じことを違う言葉で言ったり、違うことを同じ言葉で言ったりしていることがある。

上記の諸理論の生命のモデルを、表のような項目を満たしているかということをもとに比較した。項目は①熱力学的な開放系か、②酵素による触媒作用があるか、③触媒作用の閉包になっているか、④構造的な閉包になっているか、という点である。表にあるように、今までの諸理論はいくつかの項目を満たすものの、すべてを満たす「理想的」理論というものはまだ存在していない。

(表1) 生命に関する諸理論の特徴:理想的な理論にとって必要と思われる4項目を満たしているか? (①熱力学的な開放系か、②酵素による触媒作用があるか、③触媒作用の閉包になっているか、④構造的な閉包になっているか)
    理論         ①       ②       ③      ④          
(M,R) systems      Yes      Yes     Yes    No
Autopoiesis        Yes      No     No    Yes 
Chemoton         Yes         No     No   Yes
Hypercycle       Implied       Yes    Yes     No
Symbiosis        Unclear      Yes    Yes     No
Autocatalytic sets    Implied    Yes    Yes   No
Syser            Implied    Yes    Yes   No
RAF sets           Yes    Yes    No   No
"Ideal theory’’      Yes     Yes     Yes    Yes

RNAワールド仮説や16S rRNAを用いた原核生物の系統分類を考案したアメリカの微生物学者カール・ウーズ(Woese, 2004)はこう述べている。「十分な技術の進展がなければ、進歩の道は閉ざされてしまう。しかし、その技術を導く視点(guiding vision)がなければ、道はなく、先に進めないだろう」。生命理解のための技術革新は不可欠だが、この総説で見たような「導く視点」も同時に必要であろう。
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# by md345797 | 2014-01-04 18:39 | その他

ミトコンドリアダイナミクス(ミトコンドリアの分裂と融合)の疾患における役割

Mitochondrial dynamics-Mitochondrial fission and fusion in human diseases.

Stephen L. Archer, M.D.

N Engl J Med 2013; 369:2236-2251.

【論文内容】
ミトコンドリアは常に融合(fusion)過程により結合し続け、分裂(fission)過程により分割し続ける動的な細胞小器官である。Benda (1898)は、時には球状、時には線状に観察されるこの細胞内小器官を、ギリシア語の「糸」を表すmitosと、「小さい粒」を表すchondrionをつなげて「ミトコンドリア」と命名した。Lewis and Lewis (1914)はその観察により、「ミトコンドリアは顆粒状・桿状・糸状のいずれの形のものも、いつでも別の形になる。いかなる形態のミトコンドリアも、他のミトコンドリアと融合して一本になったり、分裂して数個のミトコンドリアになりうる」と、ミトコンドリアダイナミクスの存在を提唱した。現在ではこのようなミトコンドリアダイナミクスは、共焦点ライブセルイメージングによって詳細に観察することが可能である。

228の核に存在する遺伝子と13のミトコンドリア遺伝子の変異が、ミトコンドリアの単一遺伝子異常によるまれな症候群の原因として知られている。例えば、MELAS症候群(ミトコンドリアのtRNAの変異)やLeigh病(ミトコンドリアにおける酸化的リン酸化に関連する遺伝子異常)などである。しかし、本総説で述べるのは、単一遺伝子変異によって発症する疾患ではなく、ミトコンドリアダイナミクスの障害(分裂と融合の異常)が発症に関連している疾患(特にがん、心血管疾患、神経変性疾患)についてである。近年、ミトコンドリアダイナミクスの分子機構が明らかになり、ミトコンドリアの分裂と融合が細胞生存の本質的な過程に関与していること、それが疾患発症に重要であることが明らかになりつつある。

ミトコンドリアの機能はATP産生だけでなく、①小胞体(endoplasmic reticulum)膜と結合することによるカルシウム代謝調節、②エネルギー需要に対応してミトコンドリア数を調節する細胞傷害の代償、③ミトファジーによる細胞生存の調節、④酸素センサーとしての活性酸素種の生成調節など、さまざまな役割が知られるようになってきた。

ミトコンドリアは分裂によって小さい断片になると、より多くの活性酸素種を産生する能力を発揮し、細胞増殖を促進する。また融合することによって、ミトコンドリアネットワークが形成されると、小胞体との連絡が盛んになる。また、融合によりミトコンドリアマトリックスの中身が拡散すると、変異があるミトコンドリアDNAは希釈されることによってミトコンドリア障害が起きる危険が減少する。

このような分裂と融合をつかさどっているのは、少数のGTPaseである。分裂はDRP1(dynamin-related protein 1)が細胞質からミトコンドリア外膜に移行することによって起こる。移行したDRP1は多量体を形成し、輪のようになってミトコンドリアを締め付けて、分裂させる(図1参照)。また、DRP1はmitochondrial Fis1 (fsisson protein 1 )、MFF (mitochondrial fisson factor)、mitochondrial elongation factor 1などの非GTPase受容体蛋白に結合することにより、外膜に移行することができる。DRP1には2つのリン酸化セリン(serine 616とserine 637)がある。細胞分裂を開始させるcyclin B1-CDK1はserine 616をリン酸化することによりDRP1活性を増加させて、細胞分裂の際のミトコンドリア分裂を起こす。Calcium-calmodulin-dependent kinase (CamK)もserine 616をリン酸化するが、これは細胞内カルシウム濃度の変化とミトコンドリア分裂をつなぐ役割を果たす。Protein kinase Aはserine 637をリン酸化してDRP1活性を低下させ、逆にこれを脱リン酸化するcalcineurin (カルシウム感受性phosphatase)はserine 637脱リン酸化を介してDRP1を活性化させる。このようなkinase/phosphataseの効果が総合されてserne 616/637リン酸化比が決まり、DRP1活性が決定される。さらに、翻訳後調節(MARCH5、SUMO1)によってもDRP1活性が調節されている。なお、分裂を阻害する役割があるのは、DRP1活性とその多量体化を阻害するmitochondrial division inhibitor 1 (mdivi-1)である。

ミトコンドリアの融合には、外膜に存在するmitofusin-1やmitofusin-2および内膜に存在するOPA1(optic atrophy 1)が必要である。Mitofusinは、膜貫通およびC端ドメインによってミトコンドリアに結合し、ホモダイマーまたはヘテロダイマーのアンチパラレルな結合を介して隣り合っているミトコンドリアを融合させる。Mitofusin-2は、小胞体とミトコンドリアの結合、すなわちミトコンドリアのカルシウム取り込みにも重要な役割を果たしている。なお、このようなミトコンドリア分裂と融合は、ミトコンドリアのphospholipase Dによって産生される脂質、特にホスファチジン酸によっても調節されている。

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ミトコンドリアダイナミクスの疾患における役割
1 増殖性、アポトーシス抵抗性の疾患
(1) がん

がんの特徴は、過剰な増殖とアポトーシスに対する抵抗性である。この原因の一つは、酸化的代謝から嫌気性の解糖への代謝の変化(Warburg効果)であり、ミトコンドリアのpyruvate dehydrogenase kinase (PDK)の異常な活性化が、pyruvate dehydrogenaseの阻害と酸化的代謝の抑制と、アポトーシス抵抗性をもたらしていることによる。このようながんにおけるミトコンドリアの機能異常は、治療の標的となりうるものである。ヒトのがんを移植したマウスモデルや実際のがん患者において、pyruvate dehydrogenase活性を回復することによって細胞増殖が抑えられ、アポトーシスが回復してがんの縮小につながることが示されている。このような増殖とアポトーシスのバランス異常にはミトコンドリアの形態異常も関係している。ヒト肺腺癌のミトコンドリアの融合過程が障害され、分裂して断片化に至る過程が促進されていることが分かっている。
細胞分裂時にミトコンドリアが正しく分裂することは(mitotic fission)、分裂後の娘細胞に均等にミトコンドリアが分配されるために重要である。この核分裂とミトコンドリア分裂が協調して起きるための分子機構が最近明らかになりつつある。細胞周期のG1期からS期への移行において、ミトコンドリアは融合しATP産生を増加させる。ミトコンドリア分裂と細胞分裂の協調は、cyclin B1-CDK1が細胞分裂を引き起こすと同時に、DRP1をserine 616リン酸化によって活性化することによって調節されている。他の細胞分裂調節キナーゼであるaurora AはRalAをリン酸化し、それにより細胞分裂とミトコンドリアでのRalBP1蓄積が起きる。RalBP1は、DRP1とcyclin-CDKをミトコンドリアに運ぶ足場となり、ミトコンドリア分裂を促進する。(図2参照)

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がん細胞では、DRP1活性化の翻訳後調節(serine 637に対するserine 616リン酸化の増加)によってミトコンドリア分裂が増加している。さらに、mitofusin-2減少によるミトコンドリア融合の障害が起きており、がんの形質であるミトコンドリアネットワークの断片化を起こしている。ミトコンドリアの断片化は、細胞分裂時のミトコンドリア分裂が促進される、ミトコンドリア内カルシウム波が障害される、カルシウムを介するアポトーシスが起こりにくくなるなどのがんに有利な形質をもたらしている。ヒト肺癌を移植したマウスモデルでsi-DRP1を用いてDRP1の発現を抑制したり、アデノウイルスベクターを用いてmitofusin-2の発現を増加させたりすると、ミトコンドリア融合が促進されることにより、がんの増殖が阻害されアポトーシスが増加し、がんを退縮させることができる。(図3の「ミトコンドリア融合(fusion)促進による治療」=fusogenic therapy)

(2) 肺動脈性肺高血圧(Pulmonary arterial hypertension)
肺高血圧は、血管収縮、炎症、血栓症などによる閉塞性肺動脈疾患であるが、細胞の増殖過剰やアポトーシス障害といった「発癌的な観点」からの原因解明が進んでいる。肺高血圧では、肺動脈平滑筋細胞においてHIF-1α活性化による酸素感知の異常と、ミトコンドリア断片化というミトコンドリアダイナミクスの障害が起きている。これらはがん細胞で起きていることと同様であり、これらはmitofusin-2を介する融合の低下とDRP1を介する分裂の増加、転写調節異常によるHIF-1α活性増加とPGC1α活性低下を伴っている(PGC1αはmitofusin-2の転写coactivatorである)。正常の肺動脈平滑筋細胞においてHIF1α活性を増加させると、DRP1を介するミトコンドリア分裂が起きる。正常酸素下でHIF1αが活性化されると、代謝変化(pyruvate dehydrogenaseの活性低下)とアポトーシス抵抗性が生じて、ミトコンドリアの分裂と融合のバランスが崩れ、肺高血圧に至る。さらにDRP1の翻訳後調節(cyclinB1–CDK1およびCamK依存性のリン酸化)の異常によって、DRP1活性が促進され、ミトコンドリア分裂は増加する。実際、肺高血圧のモデル動物の肺動脈平滑筋細胞では、ミトコンドリアの分裂が起こりやすく融合が起こりにくい(profission and antifusion)状態となっている。

Mitofusin-2は全身の動脈平滑筋細胞において増殖抑制効果を示す遺伝子として知られている。肺高血圧モデルラットの肺動脈平滑筋細胞にin vivoでmitofusin-2を過剰発現させると、細胞増殖が減少してアポトーシスが増加することにより、部分的ではあるが肺高血圧が改善する。このようにミトコンドリア融合を回復することによる疾患改善効果が認められているが、「ミトコンドリア融合を促進すると細胞増殖が阻害されるか」という点は、それを支持しない実験結果もあり、いまだに議論があるところである。

なお、supplementary videoで、正常気道上皮細胞のミトコンドリア断片化は少ない(video 2)が、肺癌細胞では増加しており(video 3)、mdivi-1発現によりミトコンドリア分裂が阻害される(video 4)ことが示されている。同じく、正常の平滑筋細胞でのミトコンドリア断片化は少ないが(video 5)、肺高血圧患者の肺動脈平滑筋細胞では増加しており(video 6)、mdivi-1発現によりミトコンドリア分裂が阻害される(video 7)。このように、ミトコンドリア分裂を阻害することより疾患治療が可能になるかもしれない。

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(3) 動脈管開存症 (Patent Ductus Arteriosus)
新生児の動脈管は、出生後数分以内に、酸素依存性の血管収縮によって閉鎖する。出生後の酸素の増加は酸化的代謝を増加させ、電子伝達系活性を亢進させ、活性酸素種の生成につながる。活性酸素種はミトコンドリアのsuperoxide dismutase 2 (SOD2)によってオキシダントである過酸化水素となり、これが動脈管収縮を開始するためのイオンチャネルと酵素を活性化する。これにより、動脈管の線維増殖が起き、動脈管閉鎖が起きる。最近、この動脈管閉鎖の際の活性酸素感知メカニズムにミトコンドリア分裂が必要であることが分かってきた。酸素増加の5分以内に、動脈管平滑筋細胞でDRP1を介するミトコンドリア分裂が起きる。この時、DRP1を選択的に阻害すると酸素増加による動脈管収縮が抑制される。酸素はcyclinB1–CDK1およびCamKに依存性のDRP1の翻訳後活性化も起こす。動脈管平滑筋細胞でミトコンドリア分裂が進むとpyruvate dehydrogenaseが活性化され、電子伝達系のcomplex 1活性が増加し、オキシダントが増加する。逆にミトコンドリア分裂を阻害すると、活性酸素シグナルが抑制されて酸素によるミトコンドリアからの過酸化水素産生が抑えられる。ただし、ex vivoのヒト動脈管でDRP1を阻害しておくと閉鎖が阻害されるが、実際に見られる動脈管開存症患者でミトコンドリア分裂の障害がその原因となっているかはまだはっきりしていない。

2 神経変性疾患
ニューロンの正しい発生にはDRP1を介するミトコンドリア分裂が不可欠である。神経特異的DRP1欠損マウスは、ミトコンドリアの分布異常とアポトーシスが起きて脳の低形成により周産期に死亡する。DRP1のdominant negative変異(ミトコンドリア分裂の消失と融合過剰)を持った新生児の特徴(筋緊張低下、小頭症、視神経萎縮、突然死)から、ヒトの脳発生においてはDRP1を介するミトコンドリア分裂が必要であることが分かる。成人の神経変性疾患においては、分裂の増加と融合の障害によるミトコンドリアの断片化が起きている。

(1) 家族性パーキンソニズム
パーキンソン病は、黒質のドーパミンニューロンの細胞死によって震戦、硬直、運動緩慢が起きる神経変性疾患である。その中のまれな病態として、PINK1とparkinの変異による常染色体劣性遺伝の若年性パーキンソン病がある。PINK1はセリンスレオニンキナーゼであり、ストレスによるミトコンドリア脱分極やアポトーシス、ミトコンドリア酸化ストレスなどからニューロンを保護する役割がある。ParkinはPINK1によってリン酸化されると、脱分極したミトコンドリアをミトコンドリアのオートファジー(ミトファジ―:mitophagy)へと誘導する作用がある。ParkinはユビキチンE3りガーゼであり、異常となった蛋白(DRP1を含む)をユビキチン化して分解することによりニューロンを保護し、さらに機能異常に陥ったミトコンドリアをユビキチン化してミトファジーによって除去させる役割を担っている。ニューロン特異的にPINK1またはparkinを欠損させると、DRP1の蓄積によってミトコンドリア分裂が過剰となり、酸化ストレス増加とATP産生低下が起きる。これらのニューロンの異常は、mdivi-1の過剰発現によりミトコンドリア分裂を阻害したり、mitofusin-2またはOPA1の過剰発現によって融合を促進したりすることによって回復する。PINK1とparkinはミトファジ―も調節している。ミトコンドリアダイナミクスとミトファジ―の関連は不明な点が多いが、オートファジックマシーナリーはミトコンドリアをリソソームに運搬し、ミトコンドリア断片化を起こす役割を持っている。生理的には、ミトコンドリア分裂とミトファジ―は、障害を受けて脱分極したミトコンドリアを除去するのに有用な働きをしている。しかし、この過程が過剰になりすぎると細胞死をもたらす。Rotenoneとparaquat (いずれも殺虫剤)は電子伝達系complex1の阻害剤であり、パーキンソニズムを促進するが、これらはミトコンドリアの断片化を起こす。これらの薬物はparkinを介してミトコンドリア脱分極を起こし、ミトコンドリアを断片化させ、プロテオソーム経路により蛋白を分解させる。

(2) Alzheimer病
Alzheimer病の最も一般的な原因は、アミロイドプラークと神経原線維濃縮体の蓄積である。β-アミロイドが神経細胞のNOを増加させ、そのためにS-ニトロシル化された活性化DRP1が増加し、ミトコンドリア分裂の増加と神経細胞の障害をきたすという報告があるが、これが実際に疾患発症の原因となっているのかは不明。

(3) Huntington病
Huntington病は舞踏病アテトーゼ、認知症、早期死亡などを起こす常染色体優性遺伝性疾患であり、hutingtin蛋白中のポリグルタミンをコードするCAGトリヌクレオチド配列の増加によって起きることが知られている。このポリグルタミンの蓄積により蛋白の折り畳み異常が起こり、蛋白結合の異常が促進される。変異huntingtingはDRP1に結合して活性化させミトコンドリア分裂を増加させることによって、ニューロンのアポトーシス感受性を亢進させる。Huntingtin遺伝子中のCAG配列の増加は、ミトコンドリア分裂の増加と関連していることが分かっている。ポリグルタミンを含むhuntingtin蛋白を持つHuntington病モデル細胞またはモデル線虫でDRP1を阻害したり、mitofusin-2を増加させたりすると、ミトコンドリア融合が回復し、細胞死を抑制することができる。

(4) 筋萎縮性側索硬化症(ALS)
ALSのうちまれな遺伝型はsuperoxide dismutase 1の変異によるものであり、DRP1によるミトコンドリア分裂が促進されミトコンドリアの軸索輸送が阻害されることで神経細胞死に至るというものである。ミトコンドリアマトリックスに存在するSIRT3とPGC-1αは過剰な分裂を防ぎ、神経細胞死を抑制する役割を担っている。

3 ニューロパチー
(1) Charcot-Marie-Tooth病

Charcot-Marie-Tooth病は腓腹筋萎縮と足奇形により歩行の異常をきたす遺伝的末梢神経障害である。この疾患の2A型(軸索サブタイプ)はmitofusin-2の融合をつかさどるGTPaseドメインの常染色体優性ミスセンス変異が原因である。このmitofusin-2変異によってミトコンドリアのシナプスへの移動が制限される。

(2) 視神経萎縮
OPA1の変異は、常染色体優性遺伝の視神経萎縮を起こす。この患者は進行性の視力低下から失明に至る。OPA1を介するミトコンドリア融合が欠損しているため、ミトコンドリアが分裂したままになり、網膜ガングリオン細胞がアポトーシスを起こしやすく、これが視神経変性につながる。よく知られている変異はOPA1のGTPaseドメインおよび3’端で起きており、それぞれdominant negetive型およびハプロ欠損サブタイプを惹き起こす。Mitofusin-2の変異もミトコンドリア融合の障害によって視神経萎縮を起こしうる。

4 心疾患と代謝性疾患
(1) 糖尿病

マウスの1型糖尿病モデル、ヒトの肥満2型糖尿病で、ミトコンドリア融合障害が起きている。Mitofusin-2を肝臓で欠損させると、活性酸素種の増加を介してインスリンシグナル伝達の障害が起き、耐糖能低下が起きる。また膵β細胞特異的にOPA1を欠損させたマウスは、インスリン分泌障害によって高血糖に至る。糖尿病はミトコンドリア融合障害を伴うが、単にミトコンドリア断片化を阻害すれば糖尿病が回復するというわけではない(ミトコンドリアの断片化はミトファジ―にとっては必要なためであろう)。OPA1が欠損すると、ミトコンドリアの非対称な分裂が起き、正常ミトコンドリアと脱分極した機能不全のミトコンドリアに分かれる。しかしこのような機能不全ミトコンドリアを切り取るミトコンドリア分裂は、異常ミトコンドリアをミトファジ―で分解するためには有用でもある。実際にOPA1を過剰発現させて融合を促進しすぎると、ミトファジ―が阻害されて異常ミトコンドリアが増加し、結果的にインスリン分泌障害を起こすことが報告されている。

(2) 虚血再灌流障害
一度心停止すると、もし蘇生したとしても虚血再灌流傷害のために死亡する確率は上昇する。虚血再灌流傷害モデル動物において腎尿細管細胞でミトコンドリア分裂が起きているが、mdivi-1はこれを防止する役割を果たしている。心停止の間、ミトコンドリアのDRP1はcalcineurinによるDRP1 serine637の脱リン酸化を介して活性化されている。これによって増加したミトコンドリア分裂によてい、活性酸素種産生が増加し、カルシウムが増加して拡張期心筋弛緩が障害される。この時、DRP1の阻害が治療効果を発揮する。

(3) 心筋症
心筋特異的にmitofusin-1と2の2つのアイソフォームを両方とも欠損させたコンディショナルノックアウトマウスを作製したところ、ミトコンドリア形態や呼吸の異常と心筋収縮障害が起きて、心不全によって死亡する。逆に片方だけのアイソフォームの欠損は、虚血再灌流傷害や活性酸素種に対して心保護作用を発揮する。Mitofusin-2のみを心筋特異的に欠損させると、ミトコンドリア機能異常と過形成が起き、左室機能はやや減少するし、Mitofusin-1のみを心筋特異的に欠損させると心機能は正常で、活性酸素種による心筋障害が起きにくい形質となる。
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# by md345797 | 2013-12-24 07:08 | その他

CRISPR-Cas9を用いた、ヒト細胞のゲノムスケールでの遺伝子ノックアウトスクリーニング

Genome-Scale CRISPR-Cas9 Knockout Screening in Human Cells.

Shalem O, Sanjana NE, Hartenian E, Shi X, Scott DA, Mikkelsen TS, Heckl D, Ebert BL, Root DE, Doench JG, Zhang F.

Science. 2014 Jan 3;343(6166):84-7.

【まとめ】
CRISPR/Cas9システムは簡便かつ確実に特異的なゲノム部位を調節できる、新しいゲノム編集の方法である。今回このグループは、①single guide RNAのゲノムスケールのライブラリーを作製、②このgenome-scale CRISPR-Cas9 knockout (GeCKO) libraryをレンチウイルスを用いてヒト細胞に導入し、③その細胞を目的の性質に基づいて選択し、④選び出された細胞でノックアウトされている遺伝子をディープシークエンスによって同定し、⑤目的の性質に必要な遺伝子を同定する方法を確立した。

この方法に基づき、まず①GeCKOライブラリーを②ヒトメラノーマ細胞とヒト幹細胞に導入して、細胞生存に不可欠な遺伝子を同定した。次に、③上記のライブラリーを導入したメラノーマ細胞(活性型変異BRAFによる増殖が起きる)をvemurafenib (活性型変異BRAFを阻害する薬剤)の存在下で培養して生存する細胞を選択し、④その細胞でノックアウトされている遺伝子をディープシークエンスによって同定し、⑤その結果vemurafenibの作用に必要な遺伝子(その変異があると薬剤が効かなくなる、治療抵抗性となる遺伝子)の同定を試みた。これにより、既知のNF1およびMED12以外に、新たにNF2CUL3TADA2BTADA1が薬剤の作用に必要であることが分かった。

このようなゲノムスケールのCRISPR/Cas9を用いた遺伝子スクリーニングは、以前から行われていたRNAiを用いた方法に比べ、効率や信頼性が優れていた。

【論文内容】
ヒトゲノムで明らかとなった遺伝子の各々の機能を知るために、ゲノムスケールで遺伝子欠損をもつ細胞を作製することにより遺伝子をスクリーニングする方法が必要不可欠である。この方法として、今まではRNAiが主に用いられていた。しかしRNAiは、欠損させられる蛋白が限られていることや、問題となるoff-target効果(標的部位以外の予想外の効果)のために、広い応用のためにはまだ不十分といえるものであった。その点、近年開発されたCRISPR/Cas9はゲノムの特定の部位に機能欠損変異を起こさせるゲノム編集の方法として非常に簡便で優れたものである。この方法は、ゲノムの特定の部位を標的としたsingle guide RNA (sgRNA)を作製し、sgRNAが結合した部位にCas9 nucleaseを呼び込んでDNAの二本鎖切断を起こし、フレームシフトによる挿入欠失変異(indel mutation)を起こして、標的の遺伝子を不活性化させるというものである。この方法で、ゲノムスケールの合成オリゴヌクレオチドのライブラリーをsgRNAのガイドシークエンスに組み込めば、ゲノムスケールで遺伝子欠損をもつ細胞集団を作ることができ、それを用いて遺伝子の機能的スクリーニングが可能となる。

本研究では、sgRNAをCas9と一緒にレンチウイルスベクターに組み込み、標的細胞に導入した(lentiCRISPR)。遺伝子ノックアウトの効率を検討するために、EGFPを発現させたHEK293T細胞に、EGFPを標的とする6種類のsgRNAを導入してEGFPが不活性化される効率を調べた。その結果、lentiCRISPR導入11日後には93±8%という高効率でEGFPを不活性化させることができた。さらに、EGFP遺伝子座のディープシークエンスによって、92±9%の頻度で挿入欠失変異が起きていることが確認された。これが、EGFPを標的としたshRNA(=RNAiによる方法)をレンチウイルスで導入した場合では、不十分な遺伝子ノックアウトしか起きなかった。

このようにlentiCRISPRを用いると高効率に遺伝子ノックアウトが起こせることが分かったので、ゲノムスケールでsgRNAライブラリーを作製して(GeCKOライブラリーと命名)、CRISPR-Cas9によるノックアウト細胞を作製するスクリーニングを行うことにした。このsgRNAライブラリーは、ヒトゲノムの18,080遺伝子の5’ exonを標的とした、それぞれ3-4種類のsgRNAからなる。sgRNAが標的とする各部位は、off-target効果が最小限になるように選択したものである(詳細省略)。

このGeCKOライブラリーが内因性遺伝子をノックアウトできる効率を調べるため、細胞生存に不可欠な遺伝子を欠損させて生存できなくなった細胞を選択することにした(負の選択、negative selection)。ここでは、GeCKOライブラリーをA375細胞(ヒトメラノーマ細胞株)とHUES62細胞(ヒト幹細胞株)に感染させた。14日後にディープシークエンシングで確認したところ、生存したA375細胞およびHUES62細胞のsgRNAの多様性は有意に減少していた。Gene set enrichment analysis (GSEA)では、欠損したsgRNAのほとんどが(リボソームを構成する遺伝子などの)生存に必須の遺伝子を標的としていた。なお、これら2種類の細胞株で欠損していた遺伝子はオーバーラップしており、GeCKOは負の選択を用いて細胞の種類に関わらず生存に必須な遺伝子を同定できることが分かる。

次に正の選択(positive selection)によってGeCKOの効率を検討するために、メラノーマに対する治療薬であるvemurafenib (PLX)に対して抵抗性を示す(=PLX存在下でも生存できる)細胞を選択し、その細胞のsgRNAを調べることにより、PLXが作用するために必要な遺伝子の同定を試みた。A375ヒトメラノーマ細胞はBRAFの活性型V600E変異を持つため増殖するが、PLXはこのV600E BRAFの選択的阻害薬である。

sgRNAライブラリーを導入したA375細胞のうちでPLX存在下でも生存できる細胞は、PLXの作用に必要な遺伝子がsgRNAによって欠損している細胞と言える。したがって、PLXが効かない(薬剤抵抗性がある)として選択された細胞のsgRNAを調べれば、PLXが作用するために必要な遺伝子を同定することができる。この方法により、得られた候補遺伝子は以前から知られていたNF1MED12のほかに、知られていなかったNF2 (neurofibromin 2)、CUL3 (Culin 3 E3 ligase)、STAGA histone acetyltransferase complexの遺伝子(TADA1TADA2B)であった。これらはPLXが作用するために必要な遺伝子であり、その欠損があるとPLXが効かない(薬剤抵抗性の)状態となると考えられる。

A375細胞でPLXに薬剤抵抗性を示すための遺伝子を同定する方法としては、すでに90,000のshRNAを用いたRNAiによるゲノムスケールスクリーニングが行われている(Whittaker, 2013)。そのRNAiによる方法と今回のsgRNAを用いたCRISRP/Cas9による方法とでその効率や信頼性を比較した(比較方法は上位100遺伝子のaggregate P value distributionの計算による)。これによると、CRISPR/Cas9を用いた方がP値が低値で信頼できるスコアであることが分かった。また上位5%に含まれる遺伝子を標的にしたsgRNAは78±27%だったのに対し、shRNAは20±12%であり、CRISPR/Cas9を用いた方が高効率であった。

最後に、GeCKOスクリーニングによって得られた上位遺伝子の評価を行った。NF2遺伝子では、5種のsgRNA導入後14日目で99%以上の遺伝子調節を行うことができた。さらに、ウェスタンブロットと細胞成長アッセイを用いて、sgRNAとshRNAで蛋白消失とPLX抵抗性の効率を比較した。sgRNAの方が効率が優れていたが、ごく少量のNF2発現が抑えられるだけでもPLX抵抗性を起こすのに十分であった。ほかの遺伝子(NF1MED12CUL3TADA1TADA2B)に対するsgRNAも、蛋白発現を低下させ、PLX抵抗性を増加させていた。ディープシークエンスによって、sgRNAが標的とした遺伝子座での変異発生率は高く、off-targetで挿入欠失変異を起こしてしまう率は少ないことが分かった。なお、最近はさらにoff-targetを減らす方法が開発中である(Ran, 2013)。

【結論】
CRISPR/Cas9を用いたゲノムスケールの遺伝子スクリーニングを開発した。このCRISPR/Cas9を用いる方法は、RNAiを用いる方法にない特長がある。RNAiは標的とするRNAからの蛋白発現を減らすのに対して、CRISPR/Cas9はゲノムDNAに機能欠損変異を導入することによりもともとの遺伝子からの蛋白発現を減らすことができる。また、不完全なノックアウトでは遺伝子機能が残ってしまうような場合は、CRISPR/Cas9による方法では遺伝子がホモ欠損で完全にノックアウトできるので、特に有用である。さらに、RNAiは転写産物をサイレンシングできるだけだが、CRISPR/Cas9は蛋白コード領域だけでなくプロモーター、エンハンサー、イントロン、遺伝子間領域にわたって標的とすることが可能である。今回の研究により、CRISPR/Cas9による遺伝子スクリーニングの方法は、RNAiによる方法に比べ遺伝子ノックアウトの効率と信頼性が高く、機能的ゲノミクスのためにきわめて有用であることが示された。
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# by md345797 | 2013-12-20 02:10 | その他

CRISPR/Cas9システムを用いたヒト細胞の遺伝的スクリーニング

Genetic screens in human cells using the CRISPR/Cas9 system.

Wang T, Wei JJ, Sabatini DM, Lander ES.

Science. 2014 Jan 3;343(6166):80-4.


【まとめ】
CRISPR/Cas9システムは、特定の遺伝子変異をもつ細胞株やマウスを短時間で作製することができるゲノム編集の優れた方法である。このグループは、ゲノムスケールの73,151のsingle guide RNA (sgRNA)のライブラリーを作製し、これをレンチウイルスを用いて2種類のヒト細胞のゲノムに取り込ませ、さまざまな遺伝子欠損を持つ細胞のコレクションを作製した。この細胞コレクションから、次のような2種類の選択法によって細胞を選択し、選択された細胞で欠失した遺伝子を同定するという遺伝的スクリーニング(genetic screen)を行った。
(1)まず、上記の細胞コレクションから正の選択(positive selection:ある性質をもつ細胞だけを選択すること)によって、目的の遺伝子を同定する実験を行った。①6-thioguanine(6-TG)存在下で生存する細胞はDNAミスマッチ修復(MMR)が欠損している細胞である。そこで、sgRNAライブラリーを導入した細胞を6-TG存在下で培養し、生存した細胞(MMRが欠損している細胞)を選び出した。これらの細胞はsgRNAによってMMRに必要な遺伝子が欠損しているはずなので、このsgRNAバーコードをシークエンスして検出したところ、MMRパスウェイで予想できる遺伝子をすべて同定することができた。②また、エトポシド存在下で生存する細胞はDNAトポイソメラーゼII (TOP2A)が欠損している細胞である。そこで、sgRNAライブラリーを導入した細胞のコレクションをエトポシド抵抗性でスクリーニングし、エトポシド毒性の原因となる遺伝子としてTOP2Aそれ自体に加えて新たにCDK6を同定することができた。
(2)次に、上記の細胞コレクションから負の選択(negative selection:ある性質を持たない細胞だけを選択すること)によって、目的の遺伝子を同定する実験を行った。ここでは細胞増殖に必要な遺伝子を同定するために、ある回数分裂したら増殖ができなくなる細胞を選択し、その遺伝子を同定したところ、細胞増殖に必須なリボソーム蛋白遺伝子のほか、DNA複製、遺伝子転写、蛋白分解などの基本的な過程に関与する遺伝子セットが同定できた。
(3)最後にsgRNAの効率は特定の配列モチーフに関与していることを明らかにし、より効率的に作用するsgRNAの予測を可能にするアルゴリズムを構築した。
上記の検討から、sgRNA/Cas9を用いた遺伝的スクリーニングは、哺乳類細胞のシステマティックな遺伝子同定を可能にする有用な手段であることが示された。

【論文内容】
CRISPR/Cas9システムは、「目的の標的遺伝子配列を含むsingle guide RNA (sgRNA)を作製し、これを目的の遺伝子にハイブリダイズさせて、そこにCas9 nucleaseを呼び込んで二本鎖DNAを切断することによって目的の遺伝子を不活性化させる」というゲノム編集の方法である。このCRISPR/Cas9システムを用いて、哺乳類細胞における大規模な遺伝的スクリーニングを試みた。

方法としては、まずDNAバーコード(ハイスループットシークエンスによって、その配列をもつ細胞の数を計測するためのDNA)を用いてsgRNAのライブラリーを作製する。このsgRNAライブラリーをレンチウイルスを用いてヒト細胞ゲノムに取り込ませて、さまざまな遺伝子欠損細胞のコレクションを作製する。この方法でできた細胞のコレクションをある性質をもとにした正の選択や負の選択を用いて選択し、選択された細胞で欠失しているsgRNAを同定することにより、その性質に必要な遺伝子を同定するという方法を取った。

実際には、まずsgRNAとCas9を発現させるコンストラクトを、レンチウイルスを用いてKBM7慢性骨髄性白血病細胞(ほぼ一倍体near-haploidであるヒトの細胞)に感染させた。発現させた内因性AAVS1遺伝子座をdeep sequencingすることにより、Cas9による二本鎖DNA切断によって標的配列の欠失(< 20bp)や挿入・置換(>3 bp)が起きていることを確認した。

また、この方法でCRISPR/Cas9を用いた場合のoff-target活性(標的遺伝子以外への非特異的な影響)の検討を行った。AAVS1を標的としたsgRNAを発現させた場合の、AAVS1およびゲノム上で予想されるoff-target切断部位における切断レベルを調べた。その結果、off-targetとしてはわずかな(2.5%未満)切断が見られただけであった。

この研究では、73,151種類のsgRNAライブラリーを作製した。これには7,114遺伝子を標的とする複数のsgRNAが含まれている。

(1)正の選択による細胞の選択
①DNAミスマッチ修復(mismatch repair; MMR)に働く遺伝子のスクリーニング
MMRが働く正常の細胞は、ヌクレオチドアナログである6-thioguanine (6-TG)の存在下では、(6-TGが導入された部位が修復できないため)細胞周期が停止する。しかし、MMRが欠損した細胞は、6-TG導入部位が認識できないため分裂を続けることができる。実験では、Cas9-KBM7細胞にsgRNAライブラリーを感染させ、野生型 (WT) KBM7細胞にとって致死濃度の6-TGを添加して培養した。その後、生存した細胞のsgRNAバーコードをシークエンスした。これにより、MMRパスウェイのうちの4因子(MSH2、MSH6、MLH1、PMS2)をコードする遺伝子を標的としたsgRNAが、6-TG添加細胞で大きく増加していることが分かった。(これらの同定された4遺伝子は、確かにMMRに関連する遺伝子であり、他のDNA修復(一本鎖修復、相同組み換え、非相同末端結合)に関与する遺伝子ではなかった。)

②エトポシド毒性に抵抗性に働く遺伝子のスクリーニング
エトポシドは、DNAトポイソメラーゼIIA(TOP2A)に対する毒性を持つ化学療法薬である。次の実験では、エトポシド抵抗性を示す細胞を選択することによって、最終的にエトポシド毒性の原因となる遺伝子の同定を試みた。
ここでは、KBM7細胞とHL60ヒト白血病細胞(偽二倍体pseudiploid細胞で、遺伝子欠損のためには対立遺伝子を2つとも不活性化する必要がある)に上記のsgRNAライブラリーを発現させた。それらの細胞にエトポシドを添加した場合としなかった場合のsgRNA量の差をKolmogorov-smirnov testを用いて計算し、エトポシド存在下で生存する細胞においてsgRNAの標的となっている遺伝子を同定した。その結果、エトポシド毒性の原因遺伝子として同定されたのは、まず予想されたようにTOP2A自体であった。そのほかに、G1サイクリン依存性キナーゼであるCDK6が同定された。実際、TOP2AまたはCDK6に対するsgRNAを持つHL60細胞(TOP2AまたはCDK6が欠損した細胞)はエトポシド抵抗性であることを確認した。

上記のように、sgRNAライブラリーを用いて遺伝子欠損のある細胞コレクションを作製し、正の選択によってある特徴を持つ細胞を選別し、その特徴を担う遺伝子を同定するという遺伝的スクリーニングが可能である。

(2)負の選択による細胞の選択
次に、負の選択(ある性質を持たない細胞だけを選択)を用いた遺伝的スクリーニングを試みた。
まず、BCR遺伝子とABL1遺伝子を標的としたsgRNAを含む小規模ライブラリーをKBM7細胞に導入した。これらの細胞コレクションから細胞増殖の性質を持たない細胞を選択した。KBM7細胞の細胞増殖は、BCR-ABL融合蛋白ができるかどうかに依存するため、融合蛋白をコードするBCRとABL1遺伝子のexonを標的としたsgRNAを持つ細胞のみが生存していた(BCRABL1の他のexonを標的としたものは生存しなかった)。

次に、Cas9を発現させたHL60細胞、Cas9を発現させたKBM7細胞、WTのKBM7細胞に、73,000のsgRNAライブラリー全体を感染させ、最初と12回の細胞分裂後のsgRNA量の変化を、sgRNAバーコードのdeep sequenceを用いて観察した。一群のリボソーム蛋白の遺伝子は細胞増殖に必須である。この実験では、細胞族食の性質を持たない細胞は、Cas9とリボソーム蛋白遺伝子を標的としたsgRNAを持つことを確認した。さらに、sgRNAの標的となった遺伝子が基本的な生物学的過程に関与しているかをGSEA(gene set enrichment analysis)によって確認した。その結果、DNA複製、遺伝子転写、蛋白分解などの基本的過程に関与する遺伝子セットには、sgRNAによる強い欠損が見られた。

(3) sgRNAによる遺伝子欠損効率の違いの原因と効率的sgRNA予測のためのアルゴリズム
sgRNAによって標的遺伝子を欠損させる効率は、sgRNA間で違いが見られる。最後に、この効率の違いは何によるのかについて検討した。その結果、(i)single guideシークエンスにCGをあまりに多く、または少なく含むsgRNAは効率が低い。(ii)標的遺伝子のexonのうち最後のexonを標的にしたものは、もっと前のexonを標的にしたものより遺伝子欠損の効率が低い(これは最終exonを欠損させた場合は遺伝子機能の影響が少ないためであろう)。(iii)転写されるDNA鎖を標的としたsgRNAは転写されないDNA鎖を標的にしたsgRNAより遺伝子欠損の効率は低い。ただし以上の傾向は統計学的有意差があるというだけで、一部のsgRNA効率を説明するのみである。また、sgRNAの効率は、Cas9と結合する部分のシークエンスにも影響されるようである。sgRNAのスペーサーシークエンスの3´-端近くのヌクレオチド組成がCas9結合に重要であり、Cas9はスペーサーシークエンスの最後の4つのヌクレオチドがpyrimidineではなくpurineを含むsgRNAによく結合することが分かった。sgRNAによる遺伝子切断効率は、一部はCas9への結合性によって決定されていると考えられる。

さらに、遺伝子欠損効率が強いsgRNAと弱いsgRNAを区別するアルゴリズムを構築した。方法としては、標的シークエンスとリボソーム蛋白を標的としたsgRNAの欠失スコアに基づいてサポートベクターマシンの識別器(classifier)を訓練し、この識別器を用いて非リボソーム遺伝子のうちスコアがトップ400の遺伝子を標的としたsgRNAの効率を予測した。この予測では2/3が残りの3倍高い効率を示し、アルゴリズムの正確性が確認できた。これを用いて、高い効率で予測できシークエンスからなる全ゲノムsgRNAライブラリーを作製した。このsgRNAのリファランスセットは単一遺伝子の標的および大規模sgRNAスクリーニングの両方に有用性であると思われる。

【結論】
CRISPR/Cas9システムは、哺乳類細胞での正の選択・負の選択に基づく大規模な遺伝的スクリーニングのための非常に有用な方法であることが示された。

なお、CRISPR/Cas9システムを用いる利点には次のようなものがある。(1)CRISPR/Cas9はDNAレベルで遺伝子を不活性化するため、遺伝子機能の完全な欠損を必要とする形質について検討することができる。さらに、RNAiでは不可能な、転写されないエレメントの機能的検討も可能である。(2) sgRNAライブラリーが有効な標的部位の領域が非常に広く、大規模スクリーニングに伴う偽陰性が少ない。(3)この方法はoff-target効果が少ないが、最近はさらにoff-targetが少ないCRISPR/Cas9システムが開発されている。

今回の検討は増殖関連の遺伝的スクリーニングのみだったが、この方法はさらに広い生物学的現象に適応可能であろう。
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# by md345797 | 2013-12-19 03:14 | その他

腸内細菌叢は自閉症スペクトラム障害の行動異常・生理的異常を調節している

Microbiota Modulate Behavioral and Physiological Abnormalities Associated with Neurodevelopmental Disorders.

Hsiao EY, McBride SW, Hsien S, Sharon G, Hyde ER, McCue T, Codelli JA, Chow J, Reisman SE, Petrosino JF, Patterson PH, Mazmanian SK.

Cell. 2013 Dec 19;155(7):1451-63.

【まとめ】
自閉症スペクトラム障害(autism spectrum disorder, ASD)は、さまざまな消化器症状を伴うことが知られている。この研究で、ASDのモデル動物であるmaternal immune activation (MIA)マウスでは消化管バリアの障害と腸内細菌叢の変化があることが分かった。MIAマウスの仔にヒトの腸内常在菌であるBacteroides fragilisを経口投与したところ、腸の透過性が改善、腸内細菌叢組成が変化して、ASDの症状(コミュニケーション障害、常同行動、不安様の知覚運動性行動)の改善が認められた。また、MIAマウスの仔では血清代謝産物プロファイルの変化が見られたが、B. fragilisを移植するとそれらの代謝産物の量が変化した。MIAで増加していてB. fragilis投与で回復する代謝産物(4ESP)を正常マウスに投与したところ、ASDを示す行動異常が起きた。すなわち、腸内細菌叢の変化が宿主のメタボロームの変化を惹き起こし、それが行動の変化につながりうることが示された。これらの結果から、ASDモデルにおける腸内細菌叢と脳の関連が明らかになり、自閉症スペクトラム障害に対するプロバイオティック治療の可能性が示唆された。

【論文内容】
自閉症スペクトラム障害(ASD)は米国では88人の出生中1人に生じるとされている疾患で、医学的にも社会的にも重要な問題である。ASDは消化器症状を伴うことがよく知られており、胃腸運動異常や腸管透過性亢進についての臨床的・疫学的報告がある。これらの消化管異常はRett症候群、脳性麻痺、大うつ病などの神経疾患にも伴うことが報告されており、これらのことから神経疾患と腸内細菌叢の関連が指摘されている。腸内細菌叢は、炎症性腸疾患、肥満、心血管疾患などさまざまな疾患に関連があるが、今までにASDで腸内細菌叢の組成が変化していることも報告されている(Adams et al., 2011,Finegold et al., 2010,Finegold et al., 2012,Kang et al., 2013,Parracho et al., 2005,Williams et al., 2011,Williams et al., 2012)。また、マウス(Collins et al., 2012,Cryan and Dinan, 2012)およびヒト(Tillisch et al., 2013)において、腸内細菌叢が社会的、感情的行動、さらに脳の発生などと関連していることが知られている。さらには、多発性硬化症やうつ病のモデルマウス(Bravo et al., 2011,Ochoa-Repáraz et al., 2010)やヒトの慢性疲労症候群の感情症状や心理的障害(Messaoudi et al., 2011,Rao et al., 2009).を、腸内細菌叢を改善することによって治療する試みもある。

本研究ではASDのモデルマウスとして、maternal immune activation (MIA)モデルを用いた検討を行った。母親の炎症が仔の自閉症リスクを増大することが疫学的にしられており、家族性自己免疫疾患(Atladóttir et al., 2009,Comi et al., 1999)や母親の血液や胎盤、羊水における炎症反応の増加は自閉症リスクを増大する(Abdallah et al., 2013,Brown et al., 2013,Croen et al., 2008)とされている。妊娠マウスにウイルス類似物質であるpoly(I:C) (Polyinosinic:polycytidylic acid、TLR3のアゴニストとして免疫を刺激する)を注入するとMIAマウスとなり、その仔はASDで見られるコミュニケーションや社会的行動の障害をきたす。このMIAマウスとその仔マウスに、大腸炎のマウスモデルの腸管異常を改善するとされる腸内常在菌のBacteroides fragilisを移植することによって、ASD関連の消化管障害と行動異常にどのような影響が出るかを検討した。

MIAマウスの仔はヒトASDの腸管症状を示す

ASDの子供は腸管バリア機能が低下し、腸管の透過性が亢進し、いわゆる「漏れやすい腸管(leaky gut)」(D’Eufemia et al., 1996,de Magistris et al., 2010,Ibrahim et al., 2009)という症状をきたす。本研究では、poly(I:C)を注入して作製したMIAマウスの仔、そのコントロールマウス、さらにdextran sodium sulfate (DSS)を投与して腸管透過性を上昇させたマウスで、腸管上皮からFITC-dextranの血中への移行を調べることにより腸管透過性を比較した。その結果、MIAの仔はコントロールに比べ、(DSS投与マウスと同程度に)腸管透過性が亢進していた。また、腸管バリア機能の低下を示すTJP1, TJP2, OCLN, CLDN8発現の低下、CLDN15発現増加が認められた。さらに、MIA仔マウスの腸管では、IL-6発現が増加、IL-12p40/p70とMIP-1αの発現が低下するというサイトカイン/ケモカインの発現異常も認められた。

MIAマウスの仔は腸内細菌叢のバランス異常をきたしている
次にMIA仔マウスの腸内細菌叢の変化を検討した。便の細菌集団を16S rRNAシークエンスを用いて調べたところ、まずコントロール(saline注入のS群)とMIA(poly(I:C)注入のP群)で、便中の細菌種の量や均一性(α多様性)に差はなかった。しかし、unweighted UniFrac解析を用いて細菌集団間の系統発生の類似性(phylogenetic similarity)を調べたところ、コントロールとMIAで主座標分析(principal coordinate analysis; PCoA)に見られる明らかな違いがあった。この違いは、ClostridiaBacteroidiaに限ってPCoAで比較するとより顕著であった。したがって、MIAとコントロールの仔の腸内細菌叢の差は、ClostridiaBacteroidiaのoperational taxonomic units (OTUs)の多様性の変化によるものであると言える。1474のOUTのうち67は細菌による治療グループ間(Lachnospiraceae, Ruminococcaceae, Erysipelotrichaceae, Alcaligenaceae, Porphyromonadaceae, Prevotellaceae, Rikenellaceae,およびunclassified Bacteroidales)を区別することができた。これらのうち、19はコントロールに多く、48はMIAのサンプルで多かった。PCoAの結果にみたように、MIAサンプルとコントロールを区別するOUTの大部分はBacteroidiaとClostridiaであった。Porphyromonadaceae, Prevotellaceae, unclassified BacteriodalesおよびLachnospiriceaeはMIA仔マウスで多く、Ruminococcaceae (2 OTUs), Erysipelotrichaceae、the beta Proteobacteria family Alcaligenaceaeはコントロール仔マウスで多く認められた。以上より、MIAはClostridiaBacteroidiaの特異的OUTの変化を主とした腸内細菌叢の異常をきたしていることが分かった。

Bacteroides fragilisの投与によりMIA仔マウスの腸管バリア機能は改善する
次にヒトの常在菌であるB. fragilisを離乳期のMIA仔マウスに投与したところ、8週齢において消化管異常(腸管の透過性亢進)が改善し、CLDN8とCLDN 15発現変化が正常化、大腸におけるIL-6発現増加も低下した。以上よりB. fragilisを投与する治療により、MIA仔マウスの消化管バリア障害が改善し、tight junctionの変化やサイトカイン発現の変化も正常化することが示された。

B. fragilis投与によりMIA仔マウス特有の腸内細菌叢の変化は回復する
MIA仔マウスに対するB. fragilis投与治療によって、35のOTUのレベルが有意に変化したが、それらはB. fragilis投与治療によって回復した。MIAとコントロールを区別する67のOTUのうちB. fragilis治療によって有意に回復した6種はunclassified BacteroidiaLachnospiraceae (Clostridiaの中のfamily)であった。なお、Bacteroidia OTUsクラスターは1つの系統発生グループ(monophyletic group)に、Lachnospiraceae OTUsクラスターは2つのグループに分類された。

B. fragilis投与によってASD関連の行動異常は改善する
MIA仔マウスはASDの行動異常を示すが、それらは以下の5つの実験方法で定量化することができる。(1) 全周を囲まれた場所(arena)の中央に来る回数、中央にいる時間が少なく(オープンフィールド探索行動の異常)、これは不安様症状を表す。poly(I:C)注入後に生まれたMIA仔マウス(P群)はコントロールのsaline注入後の仔マウス(C群)に比べて、オープンフィールドの探索行動は有意に減少していた。(2)驚愕刺激(pulse)の前に弱い刺激(prepulse)を与えると驚きが抑制される現象はprepulse inhibition (PPI)と呼ばれる。Prepulseが感覚運動のゲートとなると考えられ、これは感覚運動ゲーティングを示す。MIA仔マウスはこのprepulseに伴うPPIが低下していた。(3) ビー玉埋めテスト(marble burying test)は、マウスがビー玉を床敷に埋めるという不合理な行動を繰り返し行ってしまうことを観察するものであり、自閉症で見られる常同行動(stereotyped behavior)の一つである。MIA仔マウスではこのような常同的なビー玉埋め行動がコントロールより多く見られた。(4) マウスのコミュニケーションの測定としては、超音波発声(ultrasonic vocalizations)が用いられる。MIA仔マウスでは社会的コミュニケーションとしても超音波発声の時間や回数が減少していた。(5) 3部屋の社会テスト(three-chamber social test)は自閉症モデルの社会的相互作用の障害を測定するのに用いられる。MIA仔マウスはこの社会テストにより、新しいマウスとの相互作用を好む社会性が欠損していることが明らかになった。以上の5つの実験結果から、MIA仔マウスがASDの行動異常を示すことが示された。

MIA仔マウスにB. fragilisを経口投与すると(P+BF群)、これらの行動異常の多くが改善した。B. fragilis投与により、(1) オープンフィールドでの不安様行動が見られなくなり、(2) PPIが増加し、(3) 常同的なビー玉埋め行動が減少し、(4) コミュニケーション行動が回復した。ただし、(5) 新規な相手を好む社会性は回復しなかった。(5)の社会性をつかさどる神経回路は前4種類の回路とは違っており、B. fragilis投与治療は特異的な回路のみを改善するのだろう。

なお、上記のB. fragilis治療の効果は、全身の免疫の変化やpolysaccharide A (PSA)の変化を介するものではなかった。また、B. fragilisのみで特異的な結果というわけではなく、Bacteroides thetaiotaomicronでもMIA仔マウスの行動異常が改善した。しかし、Enterococcus faecalis投与では効果はなく、このような細菌投与治療のための細菌には何らかの特異性が見られるのだろう。

血清代謝産物のメタボロームはMIAおよびB. fragilis投与によって変化する
MIA仔マウスの腸内細菌叢の変化が血清代謝産物の変化をもたらしている可能性を検討するため、gas chromatography/liquid chromatography with mass spectrometry (GC/LC-MS)を用いたメタボロームプロファイリングを行った。検出された322の代謝産物のうち、MIA仔マウスでは8%有意に変化していた。さらに、出生後にB. fragilis治療を行ったものでは、34%の代謝産物の変化があった。

B. fragilis投与によってMIAによる血清代謝産物の変化が是正される
MIA仔マウスで変化している代謝産物のうち、B. fragilis治療で回復したものとして、最も大きな変化を認めたのが、4-ethylphenylsulfate (4EPS)であった(MIAで46倍に増加し、B. fragilis治療で完全に回復)。この4EPSの量を通常飼育マウス(conventionally colonized (SPF; specific pathogen free) mice)と無菌マウス(germ-free; GF)で比較したところ、GFマウスでは血清4EPS が検出されなかった。すなわち、血清4EPSは腸内常在細菌によって生成されると考えられる。4EPSは自閉症の尿中バイオマーカーとしても報告されているp-cresol (4-methylphenol)と同様の尿毒症性毒素(uremic toxin)である。MIAマウスでは血清p-cresol値の増加も見られており、4EPSはp-cresol の硫酸化型(4-methylphenylsulfate; 4MPS)にも類似していることから、4EPSとp-cresolの機能がオーバーラップしている可能性もある。

そのほかにもB. fragilis治療によって血清中の量が回復した代謝産物にindolepyruvateがあり、これも4EPSと同様に腸内細菌によって産生されると考えられている。Indolepyruvateはトリプトファン代謝経路の分子であり、自閉症モデルである高セロトニン血症モデルではトリプトファン代謝が亢進していることから、自閉症の症状発症に何らかの関連があるのかもしれない。そのほかにMIAで変化しB. fragilis治療で回復している代謝産物には、glycolate、imidazole propionate、N-acetylserineがあった。

4EPSという単一の代謝産物の投与によって不安様行動が惹起される
正常マウスに、3週齢から6週齢にかけて毎日4EPSカリウム塩を投与したところ、それだけでMIA仔マウスと同様の不安様行動が見られるようになった。コントロールに比べ4EPSを投与したマウスは囲いの中央で過ごす時間が短く、PPIテストでは驚愕反応が大きかった。このように腸内細菌叢によって調節されている代謝産物(4EPS)の血中レベルの変化がASDによく見られる症状を惹起することからも、腸内細菌叢と脳の関連が示唆される。

【結論】
自閉症スペクトラム障害(ASD)には消化管症状を伴うことが報告されており、ASDと腸内細菌叢の関連は以前から示唆されていた。本研究では、自閉症モデルマウスで腸内細菌叢の変化が見られ、このマウスにB. fragilisを投与することによって細菌叢を是正すると、腸管透過性亢進が改善し、それに伴いASDの症状が改善することを示した。メタボローム解析により、ASDモデルで増加しB. fragilisの投与で正常化する代謝産物として、腸内細菌叢で調節される4EPSが明らかになり、4EPS投与によってもASD様の症状が改善することが分かった。腸内細菌叢の是正が、腸管透過性を正常化し、それに伴い血中の代謝産物の変化が起こり、これが脳や神経発生に作用してASD改善につながるのかもしれない(図参照)。本研究の知見は、ASDのみならず、ヒトのさまざまな神経発生障害の病態理解や治療にも役立つと思われる。
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# by md345797 | 2013-12-12 00:22 | その他

哺乳類の胚発生のためのプログラムされた細胞老化

Programmed Cell Senescence during Mammalian Embryonic Development.

Muñoz-Espín D, Cañamero M, Maraver A, Gómez-López G, Contreras J, Murillo-Cuesta S, Rodríguez-Baeza A, Varela-Nieto I, Ruberte J, Collado M, Serrano M.

Cell. 2013 Nov 21;155(5):1104-18.

【まとめ】
正常の細胞は、決まった回数だけ分裂した後、それ以上分裂しない状態、いわゆる細胞老化(cellular senescence)の状態に達する。このような分裂の限界は、提唱者の名前を取って「ヘイフリック限界」と呼ばれている。このような細胞老化すなわち細胞増殖の停止は、さまざまな細胞傷害やストレス(発癌シグナルの活性化、DNA傷害、テロメア短縮など)に伴って起きる。細胞老化には腫瘍の無制限な増殖を抑える意義があるとも考えられており、この過程には細胞周期を停止させる腫瘍抑制因子p16INK4a、p53などが関与している。さらにp21、p27といったサイクリン依存性キナーゼ阻害因子も細胞老化に関わっている。

細胞への傷害やストレスは、細胞老化と並行して細胞のアポトーシスも引き起こす。アポトーシスは細胞傷害に対する反応としてだけでなく発生のためにも重要である。そのためアポトーシスは「発生のためのプログラムされた細胞死」(developmentally programmed cell death)とも言われてきた。そうすると、細胞老化も傷害にたいする病的な意義だけでなく、アポトーシスと同様に、「発生のためにプログラムされた老化」(developmentally programmed senescence)を起こしている可能性はないだろうか?

今回のMuñoz-Espínらの報告とStorerらの報告によると、細胞老化はマウスの発生過程で起きており、中腎尿細管(mesonephric tubules)、内耳内リンパ嚢(endolymphatic sac)、四肢形成における外胚葉性頂堤(apical ectodermal ridge; AER)で起きていることが明らかになった。この過程は、p21依存的であり、p53、DNA傷害、その他の細胞周期阻害因子には依存しておらず、TGF-β/SMADおよびPI3K/FOXO経路によって調節されていることが分かった。この「発生のためにプログラムされた細胞老化」が起きると、老化細胞はマクロファージの浸潤によって取り除かれ、組織のリモデリングが起きる。p21を欠損させて老化が起きないようにすると、一部はアポトーシスによって代償されるものの、結果的には発生過程における形態形成の異常が起きた。「発生のためにプログラムされた細胞老化」は組織リモデリングを促進する重要な役割を果たしていることが分かった。
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上図では、「成体でストレスによって起きる老化」(左)「胚で発生のために起きる老化」(右)の対比を示している。老化の原因となるのは、左ではテロメア短縮、癌遺伝子シグナル、DNA傷害などのストレスや傷害であるが、右では何らかの発生のための刺激でありその詳細は不明である。いずれも老化である以上、細胞周期の停止、SAβG活性の増加、老化関連クロマチン変化(senescence-associated heterochromatic foci)、老化関連の分泌現象(senescence-associated secretory phenotype; SASP)などは共通に認められる。左の老化にはp53、p16などの癌抑制経路、SASPのうちIL8やIL6などが関与しているが、右の老化はp21を介しており、TGF-β/SMADおよびPI3K/FOXO経路によって調節されている。いずれの老化でも老化細胞の免疫細胞による除去と組織リモデリングの過程が重要である。


【論文内容】
胚の全組織標本にみる「発生過程のプログラムされた老化」

細胞老化は単一の指標で評価できないものの、老化を表すアッセイとしてin vitroin vivoともに非常に用いられるのは老化関連βガラクトシダーゼ(senescence-associated β-galactosidase; SAβG)活性である。これは老化細胞のリソソームの量やオートファジーを表すとされている。まず、マウスの胚の全組織(ホールマウント)標本のSAβG染色を行った。胎生期12.5から14.5日(E12.5-14.5)の外耳道近く内リンパ嚢に当たる部分や、後頭蓋の閉鎖しつつある神経管に当たる部分がSAβGで染色された。さらに、E11.5の外胚葉性頂堤や退化しつつある指間の水かき部分、中腎尿細管などが染色された。すなわち、胚のホールマウント標本ではSAβGで示されるような細胞老化はよく見られる所見であることが分かる。

中腎尿細管と内リンパ嚢における「発生過程のプログラムされた老化」
ホールマウント胚標本をSAβG染色したのち、パラフィン包埋し、切片を作製して免疫染色に用いた。E11.5では中腎尿細管はSAβG染色されなかったが、細胞増殖マーカーKi67で強染色された。E12.5-E14.5ではSAβGではっきり染色されるのに、Ki67染色は減少していた。E15.5ではほとんどの中腎尿細管が消失した。以上より、SAβG染色は増殖停止(すなわち老化)と相関することが分かる。このようなSAβGとKi67染色の関係は、内リンパ嚢でも認められた。さらに、老化関連ヘテロクロマチンマーカーであるHP1γ、H3K9me3も、増殖が活発なE11.5では染色が弱く、G1停止による増殖停止の時期には染色が強かった。これらは、発生過程において「プログラムされた老化」が起きていることを示唆している。

中腎尿細管と内リンパ嚢における老化メディエーターの発現
E11.5(SAβG染色が弱い)とE14.5(SAβG染色が強い)の胚で老化メディエーター(p53, p21, p27, p15, p19ARF)の発現を染色で検討した。その結果、中腎尿細管と内リンパ嚢におけるp21、p27、p15の発現が、E11.5からE14.5にかけて有意に増加していた。(なお、p53の発現はE11.5で弱く、E14.5までに増加しなかった。p19ARFは発現が認められなかった。)

発生のためのプログラムされた老化はp21依存的、p53非依存的である
上記の染色による老化メディエーター発現の結果をもとに、さらに遺伝子欠損マウスの胚を用いた検討を進めた。E14.5において、p53欠損胚は野生型(WT)胚に比べて、中腎尿細管と内リンパ嚢でのSAβG活性とKi67陰性細胞は同程度であった(老化の程度は同程度だった)。しかし、p21欠損胚ではSAβG活性はほとんどまったく認められず、一方Ki67でほとんどの細胞が強く染色された。すなわち、この老化はp53非依存性、p21依存性であると考えられた。

また、p21欠損胚の中腎尿細管はWT胚と違って、H3K9me3とHP1γの免疫染色が認められなかった。また、ヒトの胚においても、中腎が消失しつつある時期の中腎尿細管と内リンパ嚢でKi67染色が陰性、p21染色が強陽性であり、上記のマウス胚と同様の所見であった。

この発生過程の老化におけるATM、ATR、p53活性化因子であるp19ARF、細胞周期抑制因子p16およびp15、INK4/CDK4, 6経路、細胞周期抑制因子p27の関与はこれらの遺伝子欠損胚を用いた検討(ここでは省略)により、否定的であった。

発生のためのプログラムされた老化は、TGF-β/SMAD経路の活性化によるp21発現増加を介する
次に、E14.5のWT胚およびp21欠損胚の中腎尿細管のマイクロダイセクションを行い、得られたRNAをDNAマイクロアレイおよびGene set enrichment analysis (GSEA)を用いて、p21欠損によってどのようなパスウェイが亢進しているかを検討した。その結果、p21欠損胚の中腎尿細管では増殖関連およびDNA複製関連パスウェイの遺伝子発現が亢進していた。一方で、発生に必要なパスウェイであるTGF-β、Hedgehog、WNTパスウェイの遺伝子発現はWT尿細管(老化あり)で亢進、p21欠損尿細管(老化なし)で低下していた。(特にこれらのパスウェイのうちp21欠損に比べWTで発現が増加していた遺伝子は、Bmpr1b(TGF-βパスウェイにあるBMP受容体type1B)、Gli1(Hedgehogパスウェイの主要な転写因子)、Nkd1(WNTパスウェイの調節因子)である。)

このような「発生のための老化」の遺伝子発現プロファイルは、以前から知られている「傷害による老化」(=DNA障害による老化、ヘイフリック限界における複製老化、がん遺伝子による老化など)との遺伝子発現シグネチャーの類似性は認められなかった。ただし、これら2種類の「老化」では、いずれもTGF-βパスウェイが亢進しているという共通点があった。TGF-βはSMAD複合体を介してp21遺伝子の転写を活性化し、p21の発現を増加させる。「発生のための老化」の過程で、中腎尿細管と内リンパ嚢上皮細胞の核では、リン酸化(=活性化)SMAD2が認められた。そこで、妊娠マウスにTGF-βパスウェイの阻害剤(LY2152799)をE10.5からE14.5まで連日経口投与したところ、SMAD2のリン酸化は大きく低下し、中腎尿細管および内リンパ嚢のp21発現が減少し、SAβG活性(=老化)の低下が認められた。以上より、「発生のためのプログラムされた老化」は、TGF-β/SMADパスウェイ活性化を通じてp21発現が増加することによって起きることが示された。

発生のためのプログラムされた老化は、PI3K/FOXO経路の不活化によるp21発現増加を介する
FOXOはSMADと複合体を形成するが、その複合体がp21のプロモーターに結合すると、p21発現が増加する。E14.5の内リンパ嚢の核をp21とFOXO1/3の抗体で二重染色した。その結果、リン酸化(不活性型)FOXOが多い細胞は、(活性型の脱リン酸化FOXOが少なく)、p21発現量が少なく、逆にリン酸化(不活性型)FOXOが少ない細胞はp21発現量が多かった。これはFOXOがp21発現を増加させる正の調節因子であることと一致する所見である。

FOXOはPI3K活性化によって脱リン酸化(不活性化)を受ける。したがって、PI3K活性化を抑制すれば、FOXOは活性化され、p21発現が増加し、発生のための老化は促進されると考えられる。実際、Ptenトランスジェニックマウス(PI3K作用が減少している)胚の中腎と内リンパ嚢では、SAβG活性が増加(老化が促進)していた。また、PI3Kの特異的阻害剤CNIO-PI3KiをE10.5からE14.5まで妊娠マウスに連日経口投与した場合も、Ptenトランスジェニックマウスと同様、発生過程の老化が促進された。以上より、発生のためのプログラムされた細胞老化はTGF-β/SMAD経路とPI3K/FOXO経路により、p21発現が増加することにより促進されることが分かる。

発生過程で老化した細胞はマクロファージによって除去され、p21欠損によって老化を抑制するとその細胞除去は部分的にはアポトーシスによって代償される
老化した細胞はマクロファージによって貪食されて除去される。実際、E14.5の老化した中腎尿細管周囲には多数のマクロファージ浸潤が認められた。なお、SAβG、p21、Ki67のレベルから判断してE12.5ですでに老化は始まっているが、この時はまだマクロファージ浸潤は見られていなかった(老化細胞がその後のマクロファージ浸潤によって除去されていることを示唆する所見である)。なお、E14.5ではマクロファージに囲まれている細胞はアポトーシスは起こしていなかった。

老化が見られないp21欠損胚の中腎ではE14.5のマクロファージ浸潤はほとんどなく、アポトーシスも起きていなかった。しかし、E15.5になると尿細管のアポトーシスが認められ、周囲に多量のマクロファージ浸潤が見られるようになった。p21欠損胚の中腎尿細管では老化が起きていないが、起こるべき老化の一部はアポトーシスのプログラムが遅れて活性化することによって代償され、その後これらの細胞はマクロファージ浸潤によって除去されることが分かった。

内耳の内リンパ嚢はE14.5において、pendrin(anion transporter, SLC26A4)陽性の少数の細胞集団と、その他の多数の細胞集団があることが知られている。E18.5ではp21欠損胚はWT胚に比べてpendrin陽性細胞集団が少なく、老化の役割は異なる細胞集団の間のバランスを取ることではないかと考えられた。また、E18.5では、老化の見られないp21欠損の内リンパ嚢はWTに比べてアポトーシス細胞とマクロファージ浸潤が少なかった。

以上より、「発生のためのプログラムされた老化」には少なくとも2つの役割が考えられる。一つは、中腎尿細管で見られたように、発生途上の構造が老化によりマクロファージによる除去によって消失すること。もう一つは、内リンパ嚢で見られたように、老化するかどうかにより細胞集団のバランスを決定することである。もしこの老化がなければ、形態形成プロセスの欠損を修正する代償的メカニズムが、アポトーシスによって起きる(中腎)か、マクロファージを介する一般的なリモデリングによって起きる(内リンパ嚢)と考えられる。

p21欠損によって老化を抑制すると、発生過程で形態異常が生じる

中腎のウォルフ管(Wolffian duct)は、オスでは精巣上体と輸精管に分化するが、メスでは退化してしまう(一部は膣形成に用いられる)。E14.5のオスではウォルフ管にはSAβG活性は全く見られない(老化がない)が、メスのウォルフ管ではSAβG活性が認められる。オスのウォルフ管はメスに比べ、Ki67陽性細胞が多い(老化が少ない)。p21欠損のメスのウォルフ管は、WTメスと比べて、SAβG活性がなくKi67が多いことから判断して、この老化はp21依存的である。すなわち、p21依存的な老化はメスのウォルフ管で特異的に起きている(オスでは起きていない)ことが分かる。

p21欠損マウスのメスでは、p21欠損による老化がない状態が膣の形態形成に影響をもたらすかを検討した。p21欠損メスの膣の15%には、背腹膣中隔が認められた。(WTメスの3.75%にも中隔があった)。膣中隔は粘液貯留によって受精力を低下させ、感染による胎児生存の減少の原因となるが、実際、p21欠損メスでは仔の数がWTに比べ少なかった。以上の結果から、p21欠損のメスのマウスにおいて、ウォルフ管の「発生のためのプログラムされた老化」が欠損していると、膣中隔(形態異常)が形成される率が高まり、受精能力の低下につながりうることが分かった。

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【まとめ】
哺乳類の胚の発生過程では、「発生のためにプログラムされた老化」が認められた。実際は、退化しつつある中腎と内耳の内リンパ嚢での老化を、SAβG活性増加、ヘテロクロマチンマーカーの増加、増殖停止(KI67染色の低下)が起こることで確認した。この「発生のためにプログラムされた老化」はp21依存的であり、この老化は「ストレスや傷害による老化」とは異なるものであった。ここで、p21発現増加の上流には、TGFβ/SMAD経路とPI3K/FOXO経路の両方が存在することが示されたが、さらにその上流の老化そのものを起こすシグナルは不明である。この「発生のためにプログラムされた老化」は、胚発生の過程の正しい組織リモデリングに必要であることも示された。
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# by md345797 | 2013-12-04 00:12 | その他

オートファジー解明の歴史

Eaten alive: a history of macroautophagy.

Yang Z, Klionsky DJ.

Nat Cell Biol. 2010 Sep;12(9):814-22.

【総説内容】
オートファジーという単語はギリシア語の「自らを(auto)」「食べる(phagy)」に由来する。細胞質内にある分子は、二重膜の小胞に隔離されて(このような小胞内で輸送される「積み荷」分子は、「cargo=貨物」と呼ばれる)、最終的にリソソームに運ばれて分解されるが、このような真核生物で保存された基本的なメカニズムがオートファジーと呼ばれている。40年以上も前にオートファジーが初めて発見されてから、なぜ細胞はこのよう自己消化の機構があるのかという点は大きな疑問であった。最も単純な仮説として、オートファジーは細胞内の「ごみ」を除去するメカニズムであると考えられた。すなわち、細胞内に蓄積した折り畳み不全の蛋白、傷害を受けた細胞小器官、侵入微生物などの「ごみ」を除去するのがオートファジーであると考えられている。その後、オートファジーはそれらをリサイクルして利用可能な栄養素とし、ストレス下でエネルギーを供給するという適応反応として重要と考えられるようになった。

オートファジー概念の発展
40年以上前、ClarkとNovikoffは、マウス腎のミトコンドリアが膜結合分画内に認めらえることを報告し、この膜構造の中にはリソソーム酵素が含まれていることを見出した。さらにAshfordとPorterは、グルカゴンを添加したラット肝細胞内に、部分的に消化されたミトコンドリアや小胞体(endoplasmic reticulum)を含む膜結合小胞を見つけ、その後NovikoffとEssnerが、この小胞がリソソーム加水分解酵素(hydrolases)を含んでいることを発見した。1963年にdeDuveは、さまざまな傷害段階の細胞質内因子や細胞小器官を含む一重または二重膜の小胞の存在を表すのに、「オートファジー」という新しい造語を用いた。この隔離小胞(sequestering vesicle)を「オートファゴソーム」と名付けた。

1967年にde DuveとDeterはグルカゴンによってラット肝細胞にオートファジーが誘導されることを報告している。グルカゴンとは逆に、インスリンリンはオートファジーを抑制する。Mortimoreとshworerは、オートファジーによる分解の最終産物であるアミノ酸がオートファジー抑制に働くことを見出した。以上から、オートファジーはエネルギー欠乏状態への適応反応として、エネルギーを生成するメカニズムであると考えられた(エネルギー過剰状態ではインスリンシグナルが増加し、これがオートファジーを抑制。グルカゴンシグナルはその逆と考えられる)。SeglenとGordonはオートファジーの阻害剤として3-メチルアデニンが報告され、オートファジーはprotein kinasesとphosphatasesによって調節されることも分かってきた。

1950年から1980年初頭までの初期のオートファジー研究は形態学的解析に基づいたものである。de Duveらはリソソームとの融合というオートファジーの後期段階について検討したが、Seglenはオートファジーの初期、中期の段階について検討し、phargophore(初期の隔離小胞でオートファゴソームに発達する)やamphisome(オートファゴソームとエンドソームの融合によって形成される非リソソーム小胞)を同定した。

ほとんどすべての細胞は、細胞質内の蛋白や細胞小器官を「非特異的に(non-specific)、大雑把に丸ごと(bulk)」隔離して、リソソームで分解するメカニズムを持つとde Duveは考えたが、異常蛋白や細胞小器官を「特異的に」分解する仕組みの存在も考えていた。1973年にはBolenderとWeibelが、細胞小器官が「特異的に」オートファジーによって分解されることを初めて報告した。 BeaulatonとLockshinによって昆虫の変態期にはミトコンドリアが選択的に消失することが示され、1983年にはVeenhuisによって過剰となったペルオキシソームがオートファジーによって選択的に分解されることが示された。このように、当初報告された「非選択的」オートファジーに対して、「選択的」オートファジーが起こりうることが、酵母や高等真核生物で報告されている。

オートファジーの分子機構の解明
当初オートファジーは哺乳類細胞で発見されたものの、オートファジー調節の解明においてブレイクスルーが起きたのは酵母の解析からである。まず、Ohsumi (大隅良典)のグループにより哺乳類細胞と同様のオートファジーの形態変化が酵母でも認められることが報告された。さらに、酵母の遺伝的スクリーニングによりオートファジーに変異が認められる変異体酵母が初めて単離された。同様のスクリーニングによって、ペルオキシソームの分解(ペクソファジー:pexophagy)や液胞に加水分解酵素(aminopeptidaseなど)を運ぶCvt経路 (cytoplasm to vacuole targeting pathway)の変異体が同定された。さらに、1997年には最初のオートファジー関連(autophagy-related=Atg)遺伝子であるATG1が同定された。このATG蛋白は次々と発見され、最近では選択的ミトコンドリア分解(マイトファジー:mitophagy)に関わる変異体から、ATG32とATG33が同定されている。

Cvt経路・pexophagy・mitohpagy、マクロオートファジーは形態的、機能的にも似ているが、重要な点で異なっている。それはマクロオートファジーは一般に非選択的と考えられているが、Cvt経路・pexophagy・mitohpagyは高度に選択的である。Pexophagy・mitohpagy・マクロオートファジーは蛋白や細胞内小器官を分解する方向に作用するが、Cvt経路は生合成的に働く経路である。これらすべての経路は、オートファゴソームの形成に必須であるAtg蛋白のサブセットを共通に利用しているため、このAtg蛋白群をコア・マシーナリー(core machinery)と呼んでいる。

このコア・マシーナリーには4つの基本的なグループがある。(1) Atg1-Atg13-Atg17キナーゼ複合体、(2)classⅢ PI 3-kinase (PtdIns3K)複合体I (Vps34、Vps15、Atg6、Atg14)、(3)ユビキチン様蛋白(Atg12、Atg8)、(4)Atg9とそのサイクリングシステムである。さらに、酵母においては、コア・マシーナリーは液胞(哺乳類細胞のリソソームに相当する小胞)の周囲にあるphagophore assembly site (PAS)と呼ばれる部位に集中しており、phagophoreの拡張がオートファゴソーム形成につながる働きを協調して行っている。コアとなるオートファジー構成因子の5番目のセットは、オートファジーの最後段階、すなわち液胞内に含まれた小胞やcargoの分解に必要な蛋白、さらにはこれらの分解産物を再利用のためにアミノ酸を細胞質に放出する膜輸送体(permease)蛋白などである。

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図1:酵母におけるオートファジーとCvt経路
細胞質内の分子や細胞小器官は、phagophore assembly site (PAS)由来の二重膜隔離小胞(phagophore)によって貪食(engulf)される。これらの分子や細胞小器官はcargo(貨物、積み荷)と呼ばれる。また、Cvt経路は選択的で、生合成的に働くオートファジーの経路である。Cvt小胞(直径140‐160 nm)は特異的cargoであるprApe1(precursor form of aminopeptidase I)とAtg19受容体からなるCvt複合体を包み、細胞質を非特異的に(大雑把に;bulk)除去する作用がある。オートファゴソーム(直径300-900 nm)は、細胞内小器官やCvt複合体をも含む細胞質を貪食する小胞である。これらの小胞は最終的には、液胞(vacuole)と融合し、自らの二重膜のうち内側の一重膜の部分を液胞内腔に放出する。この一重膜が分解されるとprApe1が成熟preApe1(mApe1)となり、細胞質成分が分解され、液胞permease(膜を通過する輸送体、酵素ではないが-aseで呼ばれる)を通して大分子(macromolecule)のリサイクルが起きることになる。

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図2:哺乳類のオートファジー
Phagophore(隔離小胞)が形成され、それらが引き伸ばされ、拡大し、閉鎖するというステップを通って、二重膜オートファゴソームの完成に至る。オートファゴソームはエンドソームやリソソームと融合して、最終的な成熟段階(それぞれamphisome、autolysosomeと呼ばれる)となる。オートファゴソームの内膜およびそのcargoがautolysosome内の加水分解酵素によって分解され、その結果生じた大分子はpermeaseを介してリサイクリングされる。現在までに酵母のPASが哺乳類細胞にもあるという証拠はない。

哺乳類細胞のコアマシーナリーであり、オートファジー誘導に必要とされるULK1/ULK2複合体、オートファゴソーム形成に必要とされるclass III PtdIns3K複合体、細胞膜をオートファゴソーム形成に導くのではないかと考えられているmammalian Atg9(mAtg9)、phagophore膜の延長と拡大に働くことが想定されているLC3II、Atg12-Atg5-Atg16L複合体が図に示されている。

最近の分子レベルの解析によって、多細胞真核生物におけるオートファジーの調節がいかに複雑かが分かってきた。例えば、線虫で多細胞生物に特異的な4つのオートファジー遺伝子が同定された(epg-2epg-3/VMP1, epg-4/EI24, epg-5)。Epg-2はcargo認識に働き線虫に特異的な遺伝子だが、他の3つの遺伝子は線虫から哺乳類まで保存されている。ヒト細胞の2つの大規模スクリーニングによって、ほかにも数多くのオートファジー関連蛋白を結合する因子が同定され、オートファジーの過程を調節するシグナル伝達ネットワークを形成していることが明らかになっている(Behrends C, 2010 Lipinski MM, 2010)。

オートファゴソーム膜の由来については、現在でも議論があるところである。小胞体膜・ミトコンドリア外膜・細胞膜などがオートファゴソーム膜の形成に役立っていると考えられているが、詳細は不明である。また、Atg蛋白の構造解析もオートファジー機構の解明には重要である。最初に報告されたのは哺乳類のAtg8のホモログであるGABARAPおよびLC3の構造であった。最近では、PtdIns3K阻害剤と複合体を形成したVps34の構造が報告され、このキナーゼを標的にしたオートファジー阻害剤のデザインに役立つと考えられている。

オートファジー調節のシグナル伝達
1995年にMeijerのグループはTOR阻害剤であるrapamycinがラット肝細胞にオートファジーを起こすこと、rapamycinがアミノ酸によるオートファジー抑制効果を減少させることを報告し、これによりオートファジーに至るシグナル伝達の研究がスタートした。アミノ酸はribosomal protein S6のリン酸化を促進するが、これはrapamycinにより抑制される。すなわち、オートファジーの調節にはTOR依存性経路とアミノ酸依存性経路が関与していることが分かる(図3)。

ラット肝細胞において、PtdIns3K阻害剤(wortmannin、LY294002)はアミノ酸によるS6リン酸化を阻害するが、予想外なことにPtdIns3K阻害剤はアミノ酸がない状態下でも(アミノ酸依存性経路を介さなくても)オートファジーを阻害する。これはPtdIns3Kに2つのクラスがあることにより説明可能である。すなわち、class III PtdIns3Kの産物であるPtdIns(3)Pはオートファジー促進に働くのに対し、class I PtdIns3Kの産物であるPtdIns(3,4)P2とPtdIns(3,4,5)P3はオートファジーを阻害する。PtdIns(3,4)P2とPtdIns(3,4,5)P3を脱リン酸化するphosphataseであるPTENを過剰発現させると、オートファジーは促進される。PtdIns3K阻害剤はどちらのクラスのPtdIns3Kも阻害してしまうので、オートファジーとS6リン酸化両方を低下させることになる。

インスリンはオートファジーを阻害するが、細胞膜のインスリン受容体活性化はclass I PtdIns3K活性化とそれに伴うPtdIns(3,4,5)P3産生を起こし、それによってPDK1活性化によるPKB/Aktリン酸化(活性化)が起きる。これはTOR活性化を起こし、最終的にオートファジー抑制につながることが示されている。さらに、TOR非依存性経路である、ストレス反応性のJNK1およびdeath-associated protein kinase (DAPK)によってBeclin 1が活性化される経路もある。

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図3:哺乳類オートファジーの調節のためのシグナル伝達
図で青く示した分子および矢印はオートファジー促進に、赤い分子と矢印はオートファジー抑制に働くことを表す。TORはclass I PtdIns3K依存性のシグナルとアミノ酸依存性のシグナルを統合してオートファジーを調節する非常に重要な分子である。インスリン受容体活性化によりclass I PtdIns3K-PKB/Akt-TOR経路が活性化される。PKBの活性化はTSC1-TSC2の阻害をもたらし、Rheb GTPase安定化を介してTOR活性化、オートファジー抑制につながる。また、アミノ酸はRaf-1-MEK1/2-ERK1/2シグナル伝達経路を活性化することによりオートファジーを抑制する。エネルギー欠乏はLKB1によるAMPKリン酸化(活性化)をもたらし、これがTSC1-TSC2をリン酸化(活性化)しTORを不活化することによりオートファジーを誘導する。p70S6K kinaseはTORの基質であり、負のフィードバック経路を介してTOR活性を抑制し、基底状態のオートファジーを維持している。JNK1とDAPKはBeclin 1(図ではphagophore膜に結合していることを示している)をリン酸化することによりBeclin 1に結合したclass III PtdIns3K複合体を活性化し、オートファジー促進に働く。

生理機能および疾患においてオートファジーの果たす役割
① がん

がんは、オートファジーの障害によって起きる重要な疾患である。オートファジーに必須の蛋白であるBeclin 1は腫瘍抑制因子でもある。Beclin 1は抗アポトーシス因子であるBcl-2に結合するが、この結合によってBeclin 1結合hVps34 PtdIns3K活性が低下し、オートファジーが阻害される。染色体の17q21でのbeclin 1の単一対立遺伝子性の欠損はヒト卵巣がん、乳がん、前立腺癌の40-75%で認められている。マウスでbeclin 1のヘテロ欠損やAtg4C欠損があると自発的がん化の率が増加する。すなわち、オートファジーは腫瘍抑制に働く重要な機構である。重要なことに、オートファジーは微小環境における低酸素や低栄養といったストレス下では、腫瘍細胞の生存を促進もする。したがって、がんはオートファジーをうまく利用して、がん化学療法における細胞障害に抵抗し、自らの増殖を促進することができる。すなわち、オートファジーはがん細胞生存に対して正にも負にも作用しうるのである。おそらく、オートファジーは当初はがん化を抑制するように働くが、一度がんが成長した後では腫瘍細胞はオートファジーを自らの細胞保護に利用して生存を図るのだろう。

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図4がん化とアポトーシス、オートファジーの複雑な関係
①腫瘍細胞に代謝ストレスがかかると、アポトーシスによって細胞死が起こり、腫瘍の成長が停止する(左)。その際に、ストレス下の腫瘍細胞ではオートファジーが活性化されるため、細胞生存が活性化され、腫瘍が安定化するということがある(右)。②オートファジーが欠損した腫瘍細胞はストレス下では細胞死を起こす。③アポトーシスが欠損した腫瘍細胞はストレス下に置かれても、オートファジーが活性化されることによりp62増加や蛋白凝集体の形成が抑制されるため、細胞死が起こらないようになる。④しかし、ここでアポトーシスに加えてオートファジーも欠損させるとp62蓄積、障害されたミトコンドリアの増加、活性酸素種の増加、蛋白凝集体の蓄積などが起きてきて、これらがゲノムの傷害、がん遺伝子活性化が起きて、腫瘍増殖を促進することになる。


② 神経変性
Rubinszteinらは、オートファジーがある種の凝集体を形成しやすい蛋白(Huntington病に関わる蛋白など)の分解に関わっていることを示した。Huntington病のマウスモデルにおいて、TOR阻害によってオートファジーを起こすと変異huntingtin凝集体の蓄積が減少し、神経変性が防止される。オートファジーの活性化は神経変性疾患における生理的反応として重要である。神経細胞特異的Atg5またはAtg7ノックアウトマウスでは、細胞質内に神経変性を起こしうる異常蛋白の蓄積が起きる。さらに、選択的オートファジーによっても神経細胞から異常な凝集蛋白が取り除かれる。p62およびNBR1はポリユビキチン化された凝集蛋白や傷害を受けた細胞小器官を選択的にオートファジーで除去するためのcargo受容体である。

③ 先天性免疫と適応免疫
1984年にRikihisaはリケッチアに感染した細胞でオートファジーが誘導されていることを報告し、これによりオートファジーが免疫に関与していることを示すことが明らかになった。2004年にはYoshimoriらとDereticおよびColomboらのグループによってオートファジーは細菌性病原体(Mycobacterium tuberculosisおよびStreptococcus pyogenes)の侵入に対する重要な防御機構であることが明らかにされた。最近ではDrosophilaにおいて、細胞内のパターン認識受容体であるPGRP-LEがListeria monocytogensの侵入を認識しオートファジーを介する宿主防御が起きることが報告されている。また、ヒトのオートファジー受容体であるNDP52はユビキチンコートされたSalmonella entericaを検出して、LC3に結合させることによりオートファゴソームに移動させることが示されている。神経細胞にBeclin 1を強制発現させたマウスではalphavirusの複製が起こらず脳炎が防止できる。Herpes simplex virusが先天性免疫をくぐり抜け疾患を起こすためには、オートファジーが抑制されている必要がある。なお、ある種の細菌やウイルスは自身の複製のためにオートファジーを利用していることも重要である。さらに、オートファジーは適応免疫反応の促進にも重要な役割を果たしており、MüntzらはEBウイルス蛋白(EBNA1)のMHC class IIでの抗原提示にはオートファジーが関わっていることを報告している。

④ 老化と寿命
障害を受けた蛋白や細胞内小器官(ミトコンドリアなど)が進行的に蓄積していくことは、老化しつつある細胞で共通に見られる現象である。Bergaminiらは老化マウスにおいてin vivoで、単離肝細胞においてin vitroでオートファジーが低下していることを示している。また、Levineらは、線虫でBec-1(線虫のBeclin 1)をノックダウンすると、daf-2(線虫のインスリンシグナル遺伝子)欠損変異体の寿命延長形質が阻害されることを示した。さらに、Atg7欠損Drosophilaは寿命が短く、成虫Drosophilaでオートファジーを促進すると寿命が延長することから、オートファジーは寿命延長に重要な役割を果たしていることが分かる。

⑤ 発生と細胞死
Ohsumiらにより、オートファジー欠損変異体の酵母は飢餓培地に置いたときに胞子形成が起きないことが報告されている。その後のさまざまな生物での検討によって、オートファジーは発生に重要な役割を果たすことが分かってきた。例えば細胞性粘菌(Dictyostelium discoideum)のオートファジー欠損変異体は多細胞の発生が起きない、線虫のオートファジー遺伝子欠損体では正常な耐性幼虫(dauer)形成が起きない、DrosophilaのAtg1またはAtg3変異体は幼虫からさなぎへのステージで早期死亡する、マウスでbeclin 1を欠損させると胎性致死となる、などのことが報告されている。これらの結果から、オートファジーは発生期のリモデリング過程での栄養素を供給する重要な役割があると考えられてきた。しかし、このような結論には注意が必要なようである。例えば、Atg7欠損Drosophilaは正常な変態を示し、Atg5欠損マウスおよびAtg7欠損マウスは胚形成期を生存すれば正常に誕生する。しかし、Mizushimaらは卵母細胞特異的Atg5欠損マウスを用いて、受精の直後にオートファジーが誘導され、オートファジーは初期の胚形成の短期間に必須であるがその後の胚の発生には必要でないことを報告している。

オートファジーは細胞生存には重要な役割を果たすが、細胞死における意義も長い間想定されてきた。た。1960-1970年代の電子顕微鏡的な検討によってDrosophilaの幼虫組織の破壊の際に、オートファジーの液胞が蓄積していることが観察された。これらの知見から、オートファジーを伴う細胞死というが概念が生まれ、それはアポトーシス(type I programmed cell death)に対して、しばしばtype II programmed cell deathと呼ばれた。YuおよびShimizuによって、アポトーシスが起きないようにすると(caspase-8阻害またはBax/Bakダブルノックアウト)、オートファジー細胞死が起きることが報告されている。発生過程ではある一定の細胞群が大きく除去される必要があるので、オートファジー細胞死は発生にとって特に重要と考えられる。哺乳類の発生における細胞死にオートファジーが必要という証拠はまだないが、Drosophilaの唾液腺細胞の発生においてオートファジーが必要という報告がある。Drosophilaの貪食細胞受容体であるDraperは細胞生存に働くオートファジー(飢餓により誘導されるオートファジー)でなく、細胞死に関わるオートファジー(唾液腺分解におけるオートファジー)を起こすため、この2つのオートファジーは異なるものと考えられた。しかし、唾液腺の急速な破壊の過程で、オートファジーとアポトーシスの独立した役割を分離するのは難しい。発生過程での細胞死におけるオートファジーの生理的役割は複雑であり、たとえ死細胞でオートファジーが起きていることが観察されても、それが「オートファジーによる細胞死」ということにはならないのではないかとも言われている。現在のところ、オートファジーが生理的な細胞死を起こしているという直接の証拠はほとんどなく、多くの研究者が「オートファジーの特徴を伴った細胞死」という表現をしている。なお、オートファジーは発生過程のプログラム細胞死に限らず、さまざまな疾患で見られる細胞死でも観察される。オートファジーには細胞生存と細胞死をそれぞれ促進させるという相反する役割があるようであり、今後の解明が待たれる。

結論
① オートファジーは傷害を受けた蛋白や細胞小器官、侵入病原体などを除去するためのメカニズムとして、また飢餓やストレス下で必要な栄養素を維持し細胞を生存させるメカニズムとして働いている。このようにオートファジーは細胞生存にとって有利な適応反応であるが、オートファジーの過剰な活性化は有害でもある。オートファジーはがん細胞が化学療法に抵抗性となるのにも利用されており、またオートファジーの過剰な活性化は細胞死を起こしうる。したがって、疾患治療のためには適切なオートファジーの刺激や阻害が必要だろう。
② オートファジーを調節するシグナル伝達経路は、まだまだよく分かっていない。特に複雑なシグナル伝達の入力の結果起こるオートファジーの特異性と大きさがどのように規定されているかという問題は今後解明が必要である。
③ Atg蛋白の作用、オートファゴソーム形成における膜の由来、小胞を隔離しておくメカニズム、オートファジーの選択性など、多くの基本的疑問が未解決である。
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# by md345797 | 2013-11-22 02:20 | その他

出芽酵母のオートファジー欠損変異体の単離と特徴 (FEBS Lett. 1993)

Isolation and characterization of autophagy-defective mutants of Saccharomyces cerevisiae.
Tsukada M, Ohsumi Y.
FEBS Lett. 1993 Oct 25;333(1-2):169-74.

【まとめ】
1960年頃に哺乳類の細胞で明らかになったオートファジーは、1992年に酵母でも同様に起きていることが報告された。翌1993年に発表された本論文は、分裂酵母の液胞を光学顕微鏡下で観察して細胞を選択するという方法で、史上初めてオートファジーが欠損した変異体を単離した実験の報告である。この時初めて単離されたオートファジー欠損変異株は、apg1(autophagy)1と命名された(=これは現在のatg1(autophagy related 1)に相当するものである)。この変異株は、液胞内に正常のプロテイナーゼを持っているのに、窒素飢餓の状態に置いても蛋白分解を起こすことができず(=オートファジーが起こらず)、それによって生存能力が大きく低下している。飢餓培地での生存能低下という特徴を用いて、さらに他のオートファジー欠損株(全部で15)を単離することができ、酵母のオートファジーには少なくとも15のAPG遺伝子が関与していることが分かった。本研究で初めてオートファジー欠損変異体を単離したことは、その後のオートファジーの分子レベルでの解明の第一歩となった。

【論文内容】
1. 背景

1960年頃には、細胞質の成分が非選択的に液胞に運ばれて分解されるターンオーバー機構としてオートファジーの存在が知られていた。これは、哺乳動物の細胞が栄養飢餓(nutrient deprivation)にさらされたときに、自己の細胞質成分をリソソームにおいて分解し、アミノ酸などの生体内物質をリサイクルするための機構であると考えられていた。しかし、哺乳類細胞はオートファジーの過程を生化学的に解明するためには非常に複雑であった。1992年に大隅良典らは、哺乳類細胞で起きているオートファジーと同様の過程が、(最もシンプルな真核生物のモデルである)出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeでも起きていることを報告した。酵母を栄養飢餓の状態に置いてオートファジーが誘導されると、細胞質に隔離膜が出現し、細胞質成分を取り囲みながら膜が伸長する。これが二重膜構造を持つオートファゴソームとなって、液胞(vacuole)と融合すると、液胞内の多様な加水分解酵素(プロテイナーゼ)によってオートファゴソームの内膜ごとその内容物が分解される。

液胞のプロテイナーゼが欠損した酵母は、通常の培地から栄養飢餓の培地に移すと、液胞の中に「オートファジックボディ(AB’s)」と呼ばれる球状の膜構造が蓄積する。AB’sは細胞質のコンポーネントを液胞に移送・隔離するために用いられる小胞である。プロテイナーゼ欠損株や、野生型にPMSF(プロテイナーゼ阻害剤)を添加した場合は、AB’sが液胞内で直ちに分解されるため、液胞内にAB’sが蓄積しなくなる。したがってこの「液胞中のAB’sの蓄積」を観察することにより、哺乳類おけるオートファーゴソームに当たるものの形成を簡単に確認することができる。酵母の系を用いることによって、オートファジー過程におけるシグナル伝達経路の解明や細胞内膜構造の変化の詳細な解明が可能になる。

2.方法
①酵母の系統は、X2180-1A(「酵母の性である」接合型を決定するMAT遺伝子がMAT a)とX2180-1B(MAT 遺伝子がMAT α)、およびBJ3505(MAT a)とBJ3501(MAT α)を用いた。これらを完全栄養培地(YEPD)や、合成培地(栄養が欠損しているSDおよび窒素欠乏のSD(-N)、炭素欠乏のSG)を用いて培養した。

②オートファジー欠損株の単離は、次の2つの手順で行った。
まず、オートファジー欠損株は、炭素飢餓培地に置くと蓄積されるはずの液胞内AB’sの蓄積が起こらないので、これを光学顕微鏡で形態を観察して単離できる。BJ3505細胞をYEPD培地で培養した後、突然変異誘起剤であるEMS(メタンスルフォン酸エチル)を加える。その後YEPDプレートで成長したコロニーを滅菌爪楊枝でSG(炭素飢餓培地)プレートに移し、光学顕微鏡下で液胞内にAB’sがないものを選択する。これらをさらにYEPDプレートで培養後、炭素飢餓の液体培地に移し、再度顕微鏡下でAB’s蓄積が見られない細胞を選び出す。
変異体を単離する2つ目の手順は、X2180-1A細胞に突然変異を起こさせた後、YEPD培地で培養する。そこで得られたコロニーを、窒素飢餓培地であるSD(-N)プレート上で、赤色染色剤phloxine Bを添加して培養する。赤く染色された(死細胞を含む)コロニーを選択して、再度YEPDプレート上で成長させた後、PMSFを加えたSD(-N)液体培地に移す。その後光学顕微鏡下で、液胞内にAB’sの蓄積がない細胞を選択する。

③酵母における蛋白の分解は、酵母を[14C]LeucineでラベルしTCA可溶性分画(上清)の放射活性を調べることで測定した。また、酵母細胞の生存能は、細胞をphloxine Bやキナクリン、LY(ルシファーイエローCH)で染色することにより測定した。

3.結果
3.1. 液胞内にAB’s の蓄積が見られない変異体を光学顕微鏡下で単離

酵母細胞を通常の栄養培地から栄養飢餓の状態(窒素や炭素を欠失させた飢餓培地)に置くと、それに反応してオートファジーが誘導される。野生型の酵母細胞を飢餓培地に移した場合は、オートファジーが起きて液胞内にAB’sができても、直ちに液胞内のプロテイナーゼで分解されてしまうので液胞内にAB’sの蓄積は見られない。しかし、プロテイナーゼ欠損株を飢餓培地に移した場合は、オートファジーが起きて液胞内にAB’sができると、これが液胞内で分解されないために液胞内AB’sの蓄積が観察される(なお、野生型株をプロテイナーゼ阻害剤であるPMSFを添加した飢餓培地に置いても、同様に液胞内のAB’sが観察される)。

そこで、まずプロテイナーゼ欠損株に突然変異を誘発し、その中で「飢餓培地に置いたにも関わらず液胞内にAB’sが観察されない細胞」を光学顕微鏡下で単離すれば、それはオートファジーの過程が欠損した変異体が得られたことになる。

実験では、プロテイナーゼ欠損株であるBJ3505にEMSを加えて突然変異を誘発し、その後炭素飢餓培地(SG培地)で培養して得られた5000コロニーを顕微鏡で観察し、液胞内AB’sが蓄積されない変異体の候補を10コロニー単離した。これをBJ3501と交配させたところ、得られた10変異体すべてが飢餓培地での培養でAB’sの蓄積が認められた(すなわちこれら変異は劣性である)。さらにこれらをX2180-1Bと交配させ、得られた二倍体(diploids)を胞子形成させて四倍体(tetrads)とし、これらの分離個体(segregants)のうちPMSF下でAB’sの蓄積が起きないものを単離した。その結果、2つの変異体の対立遺伝子(apg1-1apg1-2autophagy)があることが分かり、apg1-1変異体をX2180-1Aまたは1Bに4回交配してX2180-1Aとほぼ遺伝的に同一な変異体株MT14-1B(MATa apg1-1)を得ることができた。

3.2. apg1変異体の特徴
野生型(X2180-1A)およびそれと遺伝的に同一な変異型(MT14-1B)を通常の栄養培地で培養後、窒素飢餓培地(PMSFを添加)に移し、2、4、8時間培養し、光学顕微鏡で観察した。野生型細胞では4-5時間で液胞内AB’sの蓄積が観察されたが、apg1変異型細胞では8時間後まで(さらに24時間後までも)AB’sの蓄積は確認されなかった。すなわち、apg1変異細胞では窒素飢餓培地での液胞内AB’s蓄積(栄養飢餓状態におけるオートファジー)が起きないことが分かる。

次に窒素飢餓培地における蛋白分解(protein degradation)について調べた。[14C]leucineでラベルした野生型細胞を飢餓培地に移すと、TCA可溶性分画の放射活性(すなわち蛋白分解)は有意に増加する(液胞による蛋白分解の促進を表す)。この窒素飢餓培地にPMSFを添加すると、PMSF感受性の蛋白分解が阻害されるため、飢餓培地に置いたことによる蛋白分解は60%程度に抑制される。ヘテロ二量体(APG1/apg1-1)から得た四倍体では、2つの分離個体は野生型と同じく蛋白分解が起きたが、2つの分離個体は蛋白分解が少なかった。前者はPMSF添加で蛋白分解は抑制されたが、後者はPMSFで抑制されずPMSF存在下でも液胞内AB’s蓄積が起こらなかった。以上から、PMSF感受性の蛋白分解は液胞内で起きており、apg1変異体の蛋白分解欠損はAB’s形成の欠損によると考えられた。

オートファジー欠損apg1変異体のも一つの特徴は、窒素飢餓培地での生存能力(viability)の消失である。野生型と変異型の細胞を栄養培地で培養した後、窒素飢餓培地に移し、phloxine Bで染色されるかどうかで生存能力を検討した。その結果、野生型は5日以上生存できたが、apg1変異型は2日で生存能力を失った。四倍体解析により、窒素飢餓培地での生存能力がないものはAB’s蓄積が起きない形質を伴っていることが示された。さらに、proteinase A(PrA)の欠損またはPrAとPrBの欠損株は窒素飢餓培地に置くとapg1変異型と同様の生存曲線を描いたため、apg1変異による生存能力の消失は液胞のプロテイナーゼ作用(蛋白分解)の欠損によるものと考えられた。

3.3. 他のapg変異体の単離
オートファジーの過程、すなわち細胞質の成分を二重膜構造であるオートファーゴソーム内に隔離し、オートファーゴソームが液胞に融合するためには、さらに多くの遺伝子による緊密な調節が行われているはずであるため、他にもapg変異体が存在すると考えた。

他のapg変異体を単離するため、apg1変異体で認められた窒素飢餓培地での生存能力の低下という形質を最初のスクリーニングに用いることにした。野生型(X2180-1A)にEMSを添加して突然変異を誘発した後、phloxine Bを加えた窒素飢餓培地で培養し、赤色に染色された(死細胞を含む)コロニーを選択した。次のスクリーニングとして、PMSFを含む窒素飢餓培地中で液胞内にAB’sが蓄積しない細胞を光学顕微鏡で選択した。約38,000個の突然変異を起こした細胞から、約2700個の赤色染色コロニーを選択し、そこから液胞内AB’s蓄積が見られない99のapg変異体を得た。これらを野生型株(X2180-1B)と交配したものから変異形質が2:2に分離されないものを除き、最終的に15種類の変異体を得た。そのうちの一つはapg1-1であり、他の14種類をapg2-1からapg15-1と命名した。

3.4. agp変異体の形質
すべてのapg変異体は野生型細胞と連続的に交配したところ、通常の栄養培地で成長した。すなわち、いずれの変異があっても、通常の培地では明らかな細胞周期の異常は起きない(生存可能である)。しかし、窒素飢餓培地での生存能力は低下していた(2日間は生存するが、5日目には生存は20%程度)。

すべてのapg 変異体のホモ二倍体は胞子形成ができなかった。また、PMSFを添加した炭素飢餓培地や単一アミノ酸飢餓培地下で(窒素飢餓培地と同様に)液胞内AB’s蓄積が見られなかった。これは、各々のapg変異体は、さまざまな栄養飢餓シグナルがオートファジーをもたらす過程のうち、ある共通のステップに欠損があることを示している。また、すべてのapg変異体は窒素飢餓培地下でPMSF感受性の蛋白分解は極めて少なかった。すなわち、これらのapg変異体がAB’sを分解するにはPMSF抵抗性のプロテアーゼによるのではなく、主にオートファジーによるためと考えられた。

液胞の内側はH+-ATPaseによって酸性pHとなっているため、pH依存的にキナクリンで染色できる。栄養培地で増殖中のapg変異体は野生型細胞と同様、キナクリンが液胞に蓄積してラベルされる。すなわち、apg変異体でも液胞内の酸性化は障害されていない。酵母細胞はLYをエンドサイトーシスによって取り込み、エンドソームから液胞に輸送される。この染色もapg変異体、野生型ともに液胞が染色されたため、apg変異体もエンドサイトーシスの過程は正常に機能していることが示された。さらに、変異体ではPrAの液胞への輸送も正常であり、apgの変異体形質は液胞機能の異常によるものではないことが示された。

【結論】
光学顕微鏡で液胞内のAB’s蓄積が欠損している変異体を選び出すことにより、オートファジー欠損変異体を単離し、apg1変異体と名付けた。この変異体は栄養飢餓状態(飢餓培地)における生存能力が低下していた。さらに、飢餓培地での生存能低下を利用してスクリーニングすることにより、他にも14のapg変異体を単離することができた。これらの変異体はすべて、飢餓培地における液胞での蛋白分解が低下しており、それが生存低下につながっていると考えられた。このオートファジーの蛋白分解がなぜ生存に必要かは今後の検討が必要である。

今回明らかになった少なくとも15のAPG遺伝子は、栄養飢餓状態におけるオートファジーのさまざまな過程(例えば、オートファーゴソーム膜の生合成、細胞質成分のオートファーゴソームへの隔離、オートファーゴソームの液胞への輸送、オートファーゴソームの液胞膜の認識や融合など)で必要な遺伝子なのだろう。個々のAPG遺伝子の役割の解明により、オートファジーのメカニズムと調節が分子レベルで明らかになると思われる。
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# by md345797 | 2013-11-02 08:23 | その他

CIRPは出血性ショックや敗血症後の炎症反応を起こす、傷害関連分子パターン(DAMPs)の一つである

Cold-inducible RNA-binding protein (CIRP) triggers inflammatory responses in hemorrhagic shock and sepsis.

Qiang X, Yang WL, Wu R, Zhou M, Jacob A, Dong W, Kuncewitch M, Ji Y, Yang H, Wang H, Fujita J, Nicastro J, Coppa GF, Tracey KJ, Wang P.

Nat Med. Published online. Oct 6, 2013.

【まとめ】
出血性ショックや敗血症時には、全身性の炎症反応が認められる、この研究で、外科ICU入院中の出血性ショック患者の血清でcold-inducible RNA-binding protein (CIRP) が増加していることが分かった。ラットの出血および敗血症モデルでも心、肝、血清中のCIRPが増加していた。また、低酸素ストレス下の培養マクロファージでは、CIRPは核から細胞質に移行し、細胞外に放出された。組み換えCIRP蛋白をマクロファージに添加するとTNF-αおよびHMGB1分泌が増加し、in vivo投与すると組織障害(血清AST、ALT増加)を引き起こした。出血によるTNF-αやHMGB1の分泌増加や死亡率はCIRP欠損マウスでは減少しており、CIRP抗血清投与による中和でも、減少した。細胞外のCIRP活性は細胞表面のTLR4-MD2複合体に結合することで発揮されることも示された。以上より、CIRPは、ショックや敗血症時の炎症性反応を促進するダメ―ジ関連分子パターン(DAMPs)の一つと考えられた。

【論文内容】
全身性の炎症は、外来性のPAMPs (pathogen-associated molecular pattern molecules:病原体関連分子パターン=感染の際に侵入微生物上に発現している分子)または、内因性のDAMPs (damage-associated molecular pattern molecules:傷害関連分子パターン=組織傷害の際に宿主細胞から放出される分子)によって開始される。外来性のPAMPsも内因性のDAMPsも、免疫細胞のパターン認識受容体(Pattern-recognition receptors; PRRs)によって認識される。このPRRsには、TLRs (Toll-like receptors)やRAGEs (advanced glycation end productsの受容体)、C-タイプレクチン受容体、スカベンジャー受容体、補体受容体などがある。PAMPsやDAMPsが上記の受容体に結合すると、細胞内シグナル伝達経路が活性化され、炎症性メディエーター(サイトカイン、ケモカイン、血管作動性ペプチドなど)が産生される。細菌性のPAMPsによるこのような炎症惹起経路はある程度分かってきたが、内因性のDAMPsに関してはまだ解明が進んでいない。これらの内因性分子は構造や機能がさまざまであり、総称してalarminと呼ばれている。このalarminとして、HMGB1(high-mobility group protein B1)、heat shock proteins、尿酸、S100 proteins、ヒストン、ミトコンドリアDNAなどが知られている。

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参考図:炎症性細胞から(または傷害を受けてnecrosisとなった細胞から)内因性のalarmin (=DAMPs、ここではその代表のHMGB1)が放出され、標的細胞(右上のtarget cell)上のRAGE、TLR2、TLR4に結合し、さらなる炎症反応を惹起する。HMGB1は、外因性の細菌DNAやLPSとともにTLRリガンドとなっている。(EMBO Rep. 7(8): 774–778, 2006)

Cold-inducible RNA-binding protein (CIRP)は、寒冷ストレスに反応するcold shock proteinsのファミリーに含まれる蛋白である。マウスとヒトのCIRPは172アミノ酸からなる核蛋白であり、1つのN端のRNA結合ドメインと1つのC端のglycin-richドメインを持ち、RNAシャペロンとしてmRNAの細胞質への移行を促進する役割がある。さまざまな組織に常に発現しているが、中等度の低温、UV照射、低酸素などによって発現が増加する。この研究では、細胞外CIRPが内因性の炎症性メディエーターであり、出血性ショックや敗血症時の炎症反応を引き起こすDAMPであることを明らかにする。

ヒトおよびラットの出血性ショックでは、血清CIRPが増加している
外科ICUに入院した患者10名(APACHE IIスコアが13-25、平均19)の血清(出血性ショック発症の平均43時間後)中ではCIRP発現が増加していたが、健常ボランティアの血清では発現がほとんど見られなかった。また、ラットを出血性ショックの状態とし(平均血圧25-30 mmHgを90分持続)、その後輸液で救命する処置を行った。その結果、ショック発症150分後、240分後に肝と心臓で血清CIRP濃度が増加した。CIRP mRNAは、ショック発症の240分後に肝(4.1倍)と心臓(2.8倍)で増加していた。

CIRPは低酸素状態のマクロファージから放出される
組織傷害後の炎症性メディエーターの多くはマクロファージから放出されると考えられている。まず、マウスのマクロファージ様RAW 264.7細胞を(出血性ショックの時に起こると考えられる)低酸素の状態に置き、CIRPの細胞内局在の変化を核と細胞質の分画で調べた。20時間の低酸素状態に細胞を置き、その後再酸素化したところ7時間後には核にあったCIRPが細胞質に出現し、24時間後には増加した。また、GFP-CIRPを発現させると、正常酸素の状態では核に存在するが、細胞を低酸素に置き再酸素化すると4時間後に核と細胞質に認められた。次に、細胞質のCIRPが細胞外スペースに放出されるかどうかを調べた。正常酸素の状態ではmedium中にCIRPは認められなかったが、低酸素後の再酸素24時間後には、細胞外にCIRPが認められた。再酸素化7時間後には細胞質内のCIRPが増加したが、24時間後には減少しており、これは細胞外のmediumへのCIRPの放出によるためとも考えられた。

CIRPのアミノ酸配列には分泌シグナルを含んでいないため、classicalな小胞体‐ゴルジ体依存性の分泌経路を介して分泌されるのではないと考えられる。低酸素後の再酸素化24時間後のRAW 246.7細胞のリソソーム分画(cahtepsin Dを含む)にCIRPが認められたため、CIRP放出はリソソーム分泌によるのではないかと考えられた。

組み換えCIRP蛋白により炎症反応が惹起される
次に、大腸菌でマウスの組み換えCIRP蛋白(rmCIRP)を作り、lipopolysaccharide (LPS)を除いて精製し、RAW 246.7細胞に添加した。その結果、CIRPの用量依存的、時間依存的にTNF-α、および他の炎症性サイトカインであるHMGB1の放出が増加した。正常ラットにrmCIRPを投与したところ、血清中のTNF-α、IL-6、HMGB1量が増加し、組織傷害のマーカーでもあるASTとALTが増加した。なお、LPS混入の影響を除くため、polymixin Bを添加して上記実験を行ったが同様の結果であり、LPS混入の影響はないと判断された。さらに、ヒトHEK293細胞でヒト組み換えCIRP蛋白(rhCIRP)を作成し、ヒト単球系細胞株であるTHP-1細胞および末梢血単核細胞(PBMCs)に添加したところTNF-α分泌が増加した。これらの結果から、CIRPによるサイトカイン分泌刺激はLPS混入によるものではないと考えられる。

HMGB1もTNF-α分泌を促進する。CIRPとHMGB1のTNF-α分泌促進効果を比較するため、それぞれを中和する抗血清を作製した。THP-1細胞をHMGB1抗血清とともに培養するとrmCIRP添加によるTNF-α分泌は31%低下、CIRP抗血清と培養すると70%低下した。逆にCIRP抗血清と培養してもrmHMGB1添加によるTNF-α分泌は17%しか低下しなかった。また、rmCIRPとrmHMGB1によるTNF-α分泌増加は相加的であり、CIRPとHMGB1がマクロファージからのTNF-α分泌を刺激する作用は相加的と考えられた。

CIRPの中和抗血清により出血性ショックや敗血症による炎症反応を減弱することができる
出血させたラットを輸液で蘇生させながらCIRP中和抗血清を投与したところ、血清および肝のTNF-αとIL-6は、コントロールIgG投与ラットに比べて有意に減少した。血清AST、ALTおよび肝のミエロペルオキシダーゼ活性(好中球の蓄積を示唆する)はCIRP抗血清投与によって減少した。さらに、CIRP抗血清を投与したラットはコントロールIgG投与ラットに比べて出血10日後の生存率が高かった(38%が85%に増加した)。また、Cirbp-/-マウス(CIRP欠損マウス)は野生型マウスに比べ出血72時間後の生存率が改善した (11%が56%に増加した)。野生型マウスは出血4時間後にはTNF-αとHMGB1の分泌が増加したが、Cirbp-/-マウスではその増加が有意に低下した。CIRPとHMGB1は炎症とショック後の死亡率増加に関係していると考えられる。

手術で腸管穿孔を起こし腹膜炎を起こさせたラットは、多種の細菌による敗血症のモデルとして確立している。腸管穿孔手術を受けたマウスは20時間後の血清CIRP値がsham手術群と比べて3.4倍であり、肝のCIRP mRNAと蛋白量も増加していた。LPS投与後6時間、24時間後には単離した腹腔内マクロファージのCIRP発現は増加しており、培養medium中のCIRP量も増加していた。RAW 246.7細胞を炎症性サイトカインであるrmHMGB1およびrm TNF-αと24時間培養してもmedium中にCIRPは放出されなかったが、LPSと培養した場合は放出された。CIRP中和抗血清を腸管穿孔を受けた敗血症モデルラットに投与したところ、10日後の生存率が有意に増加した(コントロールの39%に比べ78%)。以上より、CIRPは敗血症後の死亡率にも関与していると考えられた。

CIRPはTLR4を介して炎症性反応を促進している
細胞外の危険パターンを認識する受容体(Pattern-recognition receptors; PRRs)の主要なものは、RAGE、TLR2、TLR4である。rmCIRPのマクロファージに対するTNF-α分泌促進反応は、TLR4欠損のマクロファージでは消失していたので(RAGEやTLR2欠損では変化なかった)、CIRP活性はTLR4を介して細胞内に伝達されると考えられた。さらに、rmCIRPを野生型マウスとTlr4-/-マウスに投与したところ、野生型マウスでは血清サイトカイン(TNF-α、IL-6、HMGB1)、組織障害マーカー(AST、ALT)が増加したのに対して、Tlr4-/-マウスでは増加しなかった。

最後に表面プラズモン共鳴解析により、CIRPとその受容体の物理的な結合について検討した。TLR4はMD2と結合して共受容体を形成しているが、CIRPはこれらそれぞれとも、これらの複合体とも結合し、CIRPの一部分のオリゴペプチド(アミノ酸101-115、106-120、111-125)は特にMD2に強く結合することが示された。

【結論】
細胞内のCIRPは従来、細胞がストレスを受けたときのmRNA安定化と細胞質への輸送に関与していると考えられてきた。しかしこの研究では、CIRPは細胞外に放出される炎症性メディエーターであり、細胞のパターン認識受容体(TLR4)に結合して炎症反応を惹起するDAMPの一つであることが明らかになった。さらに、CIRPを抗血清を用いて中和することによって、出血性ショックや敗血症後の生存を改善することも示され、以上の知見が臨床的にも応用可能であることが示された。
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# by md345797 | 2013-10-10 08:29 | その他

CRISPR/Casシステムを用いたゲノム編集

RNA-Guided Human Genome Engineering via Cas9.

Mali P, Yang L, Esvelt KM, Aach J, Guell M, DiCarlo JE, Norville JE, Church GM.

Science. 2013 Feb 15;339(6121):823-6.

【背景】

1. 細菌の獲得免疫機構としてのCRISPR/Casの概要 (図1)

CRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats:クラスター化された、等間隔にスペーサーが入った、短い回文型の、リピート配列。クリスパーと発音)とは、細菌や古細菌に見られる24-48 bpの短い繰り返しを含むDNA配列のことを指す。外部から侵入した核酸(ウイルスDNAやRNA、プラスミドDNA)に対する一種の獲得免疫機構として機能する座位である。下図のようなリピート/スペーサー配列の近傍には、Cas (CRISPR-associated)蛋白ファミリーをコードする遺伝子群が存在する。

① 外来性のDNAは、Cas蛋白ファミリーによって30 bp程度の断片に切断され、CRISPRに挿入される。Cas蛋白ファミリー1つ(Cas1)は、外来性DNAのproto-spacer adjacent motif (PAM)と呼ばれる塩基配列を認識して、その上流を切り取って、宿主のCRISPR配列に挿入する。これが細菌の免疫記憶となる。
② 免疫記憶を得たCRISPR配列が転写されて生成したRNA (pre-crRNAと呼ぶ)は、別のCas蛋白(Cas6)によってリピート部分で分断され、外来配列を含む小さなRNA断片(CRISPR-RNAs: crRNAs)となる。
③ crRNAは外来侵入性DNAに相補的に結合し、これがガイダンス分子となりCas9蛋白を呼び込む。Cas9はDNAを切断する酵素(nuclease)であり、外来DNAに結合したcrRNAおよび一部相補的なRNA(trans-activating crRNA; tracrRNA)と複合体を形成する。この複合体が外DNAを切断することよって、外から侵入したDNAの機能を抑制、排除する。概念としては、真核生物のRNA干渉(RNAi)に近い機構であるが、異なる部分も多い。
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2. 細菌のCRISPR/Casシステムをゲノム編集に応用する (図2)
左図:外来侵入性DNA(invading DNA:水色)に、宿主細菌のCRISPR RNA (Host crRNA:濃い緑色)が結合している様子を示している。濃い青の部分は、侵入DNAの断片がCRISPRに挿入されたことによって生成したcrRNAの配列で、侵入DNAに相補的に結合している。薄い黄緑色のRNAは、crRNAの相補的配列以外の部分(もとのCRISPRのリピート部分)に結合するtrans-activating crRNA (Host tracrRNA)である。黄色の蛋白は、RNAによってガイドされたDNA切断酵素であるCas9蛋白を表す。このCas9はPAM (proto-spacer adaptor motif:黄色の部分)と呼ばれるを認識して、その上流で二本鎖DNAを平滑末端になるように切断する。

PAMの長さや塩基配列は細菌種によってさまざまであり、Streptococcus pyogenesではNGGの3塩基、Streptococcus thermophilusではNGGNG またはNNAGAAの5-6塩基である(Nは任意の塩基を表す)。PAMの上流の何bpのところを切断するかも細菌種によって異なる。S. thermophilusでは3 bp上流、S. pyogenesではそのように正確には決まっていない。
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右図:左図の細菌のCRISPR/Casシステムを、右図ではゲノム編集に応用していることを示す。まず、切断したいゲノムDNA (水色)と相補的なcrRNA (濃い緑色)を合成する。このcrRNAとtracrRNA (赤い接続部により融合させた薄い黄緑色のRNA)を融合させて、tracrRNA-crRNAキメラとして発現させており、これをガイドRNA (guide RNA; gRNA)と呼ぶ。これによりnuclease (RNA-guided nuclease; RGN)を呼び込み、目的の部位でゲノムDNAを切断する。CRISPR/Casには、type I、II、IIIがあるが、ゲノム編集で用いるのはもっぱらtype II CRISPR/Casであり、type IIではこのRGNとしてCas9が用いられている。S. pyogenesのCas9はNGGという3つの塩基をPAMとして認識するため、グアニンが2つ並んだ配列がありさえすればその上流を切断できることになり、理論上はゲノム上のほぼどのDNA配列でも標的とすることができる。

切断された二本鎖DNAでは修復が起こるが、この時非相同末端結合(non-homologous end joining; NHEJ)により偶発的に塩基の挿入欠失(insertion‐deletion; indel)が起こるため、これを利用して目的部位に変異を導入することが可能である。

CRISPR/Casを用いた方法は、このように目的のDNA配列と相同な短いgRNAを合成するだけでよく、単一の蛋白であるCas9を用いてゲノム編集ができる。そのため、先に開発されたZFNやTALENのようにDNA配列ごとに異なる大きな蛋白を合成する必要がなく、簡便かつ迅速にゲノム編集を行うことができるという特長がある。

以下のThe Journal of Visualized Experiments (JoVE)の動画も参照:
Substrate generation for endonucleases of CRISPR/cas systems. Zoephel J, et al. J Vis Exp. 2012 Sep 8;(67). doi:pii: 4277. 10.3791/4277.

3. ゲノム編集におけるguide RNA とCas9蛋白の模式図 (図3、4)
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標的となるゲノムDNA(黒色)にcrRNA(赤色)が相補的に結合している様子を表している。crRNAにtracrRNA (青色)をキメラとして接続したRNAを作製し、これをguide NRA (gRNA)と呼ぶ。gRNAは、目印を付けたゲノムDNA配列にCas9蛋白(橙色)を呼び込む。Cas9は、ゲノムDNA上のPAM配列 (この場合はNGG)を認識し、その上流をnuclease活性によって切断する。これにより、任意のゲノム部位でDNAが切断できることになる。(Systems Bioscience社はCas9と目的のDNA配列に対するgRNAを同時に発現させることができるベクターを市販している。図3はそのHPから引用。)

細菌のCRISPR/CasシステムにおけるtracrRNAの元来の役割はpre-crRNAからcrRNAへのmaturationである。tracrRNAは、もとのCRISPRのリピート部分も含んだpre-crRNAのリピート部分の塩基にハイブリダイズしてそこを二本鎖RNAとし、内因性RNase IIIに切断させる働きがある。これによりばらばらになったcrRNAsはそのスペーサー部分でCas6による第2の切断を受け、最終的にmature crRNAとなるが、その時crRNAにはtracrRNAが結合したままになっている。ゲノム編集で用いる場合にはcrRNAとtracrRNAのキメラをあらかじめ作製して用いる。
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図4では、上のguide RNA (gRNA)のうち、黄色が目的のDNAとハイブリダイズする部分のcrRNA、濃い緑色がcrRNAとピンク色の接合部を介してキメラを形成しているtracrRNAである。crRNA-tracrRNAは一部が相補的でハイブリダイズしているため、図のようなヘアピン型RNA分子を形成する。このgRNAは目的のDNAに相補的に結合して、そこにCas9蛋白を呼び込んで複合体を作り、Cas9の赤の部分のnucleaseドメイン(active sites)が目的の部位のDNAの切断を行う。

【論文内容:Science. 2013 Feb 15;339(6121):823-6】

(1) ヒト細胞におけるCRISPR/Casシステムの構築
まず、ヒトの細胞においてtype II CRISPR/Casシステムを働かせるため、以下のような2つのコンストラクトを作製した(図1)。一つは、ヒトCas9蛋白をCMVプロモーター下で哺乳動物細胞に恒常的に発現させるコンストラクト(図1上)。もう一つは、目的の遺伝子配列を標的としたcrRNAとtracrRNAを融合させたguide RNA (gRNA)を、U6ポリメラーゼIIIプロモーター下で恒常的に発現させるコンストラクトである(図1中)。このCRISPR/Casシステムでは、NGGというprotospacer-adjacent motif (PAM)の上流20bp (NGGを含む23bp)がCas9による切断の標的となっているので、理論的にはGGがあればゲノムのいかなる部位も標的になりうる(図1下)。
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(2) 相同組み換えを用いたレポーター遺伝子の挿入
初めに、この2つのコンストラクトをヒト胎児腎細胞株であるHEK293T細胞に発現させ、GFPレポーターを発現させるアッセイ系を作製した。

アッセイの方法としては、まずGFP遺伝子にゲノムAAVS1領域の68 bp断片と停止コドンを挿入して遺伝子を破壊したコンストラクトを恒常的に発現させた細胞を作製した。この細胞は、非蛍光の蛋白断片を発現するのみである。この部分が、相同組み換え(homologous recombination; HR)によって、正常のGFP遺伝子によって置き換えられると、細胞にGFPが発現する。このGFP発現をFACSを用いて定量することにより、相同組み換えの効率を定量するという原理のアッセイ系である。

(注:AAVS1 領域(PPP1R12C 遺伝子座)はsafe harborと呼ばれ、さまざまな細胞で転写活性を有しているが、欠損させても細胞に有害作用が生じないことが知られている領域。)

ここで、正常なGFP遺伝子への相同組み換えを行う目的で、AAVS1断片内の2つの領域であるT1とT2を標的とする2つのgRNAを作製した。なお、相同組み換え効率比較のためT1とT2配列に結合するTALENも作製した。TALENとCRISPR/Casによる正常GFP遺伝子への相同組み換えの効率は、TALEN 、Cas9+T1 gRNA、Cas9+T2 gRNAの順にそれぞれ0.37%、3%、8%、0.37%であった。トランスフェクション後のGFP陽性細胞までの出現時間は、TALENの約40時間に比べ、CRISPR/Casは約20時間と速かった。
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gRNA/Cas9発現による明らかな毒性(これらが標的遺伝子以外への予期しない部位に結合し二本鎖DNAを切断するoff-target作用)は見られなかった。以前から、ZFNやTALENでは、一方のDNA鎖のみに切れ目(nick)を入れることにより毒性が減らせることが報告されている。そこで、nickase (一方のDNA鎖のみにnickを入れるDNA切断酵素、ニッカーゼ)として機能することが知られているCas9のD10A変異体を用いた場合の毒性と効率を調べた。その結果、DNA切断後の修復メカニズムで挿入欠失などの変異を起こしやすい「非相同末端結合(後述)」の発生率は少ないままで、野生型Cas9と同程度の相同組み換え効率が得られた。また、gRNA/Cas9によるゲノム編集は配列特異的であり、複数の標的配列に対してZFNやTALENと同様の効率で相同組み換えを起こすことができることも示された(この実験内容は省略)。

(3) 遺伝子ノックアウトへの応用
上記ではCRISPR/Casを用いたレポーター遺伝子の挿入に成功したので、次に、ゲノム上にもともと存在する遺伝子領域(native locus)を調節することができるか検討を行った。ここでは、ヒト細胞(293T細胞、K562細胞、ヒトiPS細胞)において、nativeのAAVS1領域をgRNAで切断する作用させることによって起きる非相同末端結合 (non-homologous end joining; NHEJ)の頻度を調べた。
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T1 gRNA、T2 gRNAを用いてnativeのAAVS1領域を切断した後のNHEJの発生率は、293T細胞で10%と25%、K562細胞で13%と38%、ヒトiPS細胞で2%と4%であった。

また、T1 gRNAとT2 gRNAを同時に導入すると、その間の19bp断片の欠失を高率に起こすことができた。すなわち、この方法により多重ゲノム編集(multiplexed genome editing)を行うことができる。

(4) 遺伝子ノックインへの応用
最後にCRISPR/Casによる相同組み換えを用いて、DNAドナーをnativeのAAVS1領域に組み込むことを試みた。
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上のようにGFP遺伝子を発現させるコンストラクトを作製してCRISPR/Casによる騒動組み換えを用いて293T細胞またはiPS細胞のAAVS1領域に導入し、導入された細胞をpuromycin selectionを用いて選択した。また、AAVS1領域の中にGFP遺伝子が正しく挿入されたかどうか、矢印で示したシークエンスプライマーを用いて相同組み換え部位をPCR増幅後のサンガーシークエンスで確認した。その結果、ゲノムとドナーの境界が正しくシークエンスされ、この細胞にGFPが正しく発現していることが確認できた。

(5) guide RNAレファランスの作製
以上のように、目的のDNA配列に相同なgRNAを発現させるという方法によってゲノム編集が可能となったが、これはさまざまな用途に用いることができる(多用途な:versatile)。バイオインフォマティクスを用いて、約190,000種のgRNAで標的にできる配列を挙げたところ、これはヒトゲノムの遺伝子exonの約40.5%を標的にするものであった。さらにこれらをDNAアレイに基づく200bpの発現フォーマットに組み込んだものを作製した。これらはヒトゲノム上で多重性に(multiplex) gRNAの標的部位となりうるもののレファランスとして用いることが可能である。

【結論】
以上のようなCRISPR/Casを用いたゲノム編集は、確実かつ多重性に(multiplex)哺乳類ゲノムを編集できる方法として、非常に有用なものである。今までに報告されているZFNやTALENに比べても、同様かそれ以上の効率で簡便にゲノム編集ができることが分かった。将来、CRISPR/CasやZFN、TALENを遺伝子治療に用いるようになる場合には、それぞれで用いられるnucleaseによる毒性(off-target作用、別のゲノム部位を切断・編集してしまわないかということ)の頻度やその原因の解明が最重要課題となるだろう。
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# by md345797 | 2013-09-23 11:25 | その他

絶食時の肝のグリコーゲン不足は、肝-脳-脂肪の神経回路を介して脂肪組織のトリグリセリド分解を促進する

Glycogen shortage during fasting triggers liver-brain-adipose neurocircuitry to facilitate fat utilization.

Izumida Y, Yahagi N, Takeuchi Y, Nishi M, Shikama A, Takarada A, Masuda Y, Kubota M, Matsuzaka T, Nakagawa Y, Iizuka Y, Itaka K, Kataoka K, Shioda S, Niijima A, Yamada T, Katagiri H, Nagai R, Yamada N, Kadowaki T, Shimano H.

Nat Commun. 4:2316 doi: 10.1038/ncomms3316 (2013).

【まとめ】
生体は、絶食中のエネルギー源として当初は肝のグリコーゲンを利用するが、絶食が長引くと肝のグリコーゲンの不足が引き金となって、脂肪組織のトリグリセリドを利用するようになる。絶食遷延時にこのようなエネルギー源の移行が起きるためのメカニズムはよく分かっていない。

この研究では、絶食によって肝のグリコーゲンの不足が起きても、肝から脳への迷走神経を遮断しておくと、脂肪組織でのトリグリセリド分解が起こらなくなることを見出した。これにより、「肝のグリコーゲン不足をきっかけに、脂肪組織でのトリグリセリド分解を惹起するような肝-脳-脂肪組織の神経回路(liver–brain–adipose axis)」の存在が想定された。

次にグリコーゲン合成酵素または転写因子TFE3の過剰発現によって肝のグリコーゲンを増加させたところ、絶食にしても脂肪組織でのトリグリセリド分解が促進されなかった。グリコーゲンホスファターゼ遺伝子をノックダウンしてグリコーゲン分解を抑制することによりグリコーゲン量を増加させても、肝からの脂肪分解シグナルが消失したため、この神経回路を活性化するカギとなるのは肝のグリコ―ゲンの不足と考えられた。逆にグリコーゲン合成酵素をノックダウンして肝のグリコーゲンを通常より減少させると脂肪組織での脂肪分解は促進されたが、これは肝からの迷走神経を遮断することにより消失した。

以上より、絶食が遷延すると肝のグリコーゲンが不足してきて、それによって肝から脳へ、脳から脂肪組織へと伝達される交感神経回路が活性化されることにより、脂肪組織でのトリグリセリド分解が惹起されることが明らかになった。このことが、絶食時のエネルギー源が肝のグリコーゲンから脂肪組織のトリグリセリドに移行するメカニズムであると考えられる。

【論文内容】
生体は、絶食時にも絶えずエネルギーが供給されるようなメカニズムを持っている。絶食時の重要なエネルギーとしては、短期的なエネルギー貯蔵形態である肝のグリコーゲンと、長期的かつ大量のエネルギー貯蔵形態である脂肪組織のトリグリセリドがある。絶食時にはまず肝のグリコーゲンが分解され、グルコースとして血中に動員されることによりエネルギーが供給される。しかし絶食が長引くと、肝のグリコーゲンが不足してきてエネルギー供給が滞る可能性が出る。そうすると、次には脂肪組織に蓄えられていたトリグリセリドが脂肪酸とグリセロールに分解されて血中に放出され、これが新たなエネルギー源となる。(放出された脂肪酸は酸化されてエネルギーとして用いられるほか、肝で代謝されてケトン体となり、脂肪酸が利用できない脳でのエネルギー源となる。さらに、放出されたグリセロールは肝でグルコースに変換されてエネルギーとして用いられる。)

このように、生体は絶食時のエネルギー源を、肝に蓄積されたグリコーゲンから脂肪組織に蓄積されたトリグリセリドに移行させることにより、十分なエネルギーの供給を保つことができる。このようなエネルギー源の移行は、従来は血糖値や血中のホルモン量の変化によると考えられてきた。すなわち、絶食時の血糖低下に伴うグルカゴン分泌の増加や、交感神経刺激による副腎からのエピネフリン分泌の増加によるとする説である。しかし、本論文では、グリコーゲンの不足が肝-脳-脂肪へと向かう神経回路(liver–brain–adipose axis)を活性化することによって脂肪組織からのトリグリセリドの動員を惹き起こす、という新しいメカニズムを提唱する。

肝から脳へ向かう迷走神経を遮断すると、絶食時の脂肪量の減少が抑制される
この研究では、上記のように絶食時のエネルギー源の移行が、肝から脳に向かう求心性交感神経と脳を介して脂肪組織へ向かう遠心性交感神経という一連の神経回路を介するのではないかという仮説を立て、肝からの迷走神経を遮断する実験を行った。実験では、マウスの迷走神経肝臓枝を選択的に切断し(hepatic vagotomy; HVx)、3週間たってから24時間絶食とした。このような神経切断を行っていないコントロールであるsham手術マウスは、24時間絶食にすると内臓脂肪(精巣上脂肪)の量が減少する(これは絶食により脂肪分解が起こるためで、脂肪組織から放出された脂肪酸とグリセロールは絶食中のエネルギーとして利用される)。ところが、HVxを行ったマウスでは、24時間絶食にしてもこのような内臓脂肪量の減少は少なかった。HVxの変わりに迷走神経肝臓枝をカプサイシンで処理しても、同様の効果が認められた。カプサイシンは、無髄神経である求心性交感神経のみを遮断する薬剤なので、上記の効果は肝臓から脳への求心性交感神経が重要な役割を果たしていることが分かる。さらに、DEXAを用いた解析により、HVxマウスとshamマウスは24時間絶食による体重減少は同じであったのに対し、HVxマウスは絶食による脂肪重量の減少が有意に少ないことが示された。

肝から脳へ向かう迷走神経を遮断すると、脳から脂肪組織へ向かう交感神経による脂肪分解が抑制される
次に、脂肪組織における交感神経による脂肪分解を調べる目的で、アデノウイルスを用いてCRE-luc (cAMP反応性エレメント下でルシフェラーゼレポーターを発現させるコンストラクト)を導入したマウスを用いて、脂肪組織におけるcAMPのin vivoイメージングを行った。cAMPは交感神経活性化による脂肪分解のセカンドメッセンジャーなので、このイメージングにより脂肪組織での脂肪分解を起こす交感神経の活性が可視化できる。実際、コントロールマウスにおいては20時間の絶食によって精巣上脂肪でのcAMPシグナルが認められたが、HVxを行ったマウスではこのシグナルは有意に低下していた。さらに、迷走神経遮断(HVxおよびカプサイシン処理)によって、ホルモン感受性リパーゼ(hormone sensitive lipase; HSL、エピネフリンなどのホルモンによって活性化され、トリグリセリドを加水分解する)、脂肪組織トリグリセリドリパーゼ(adipose triglyceride lipase ; ATGL、脂肪組織においてトリグリセリドを加水分解する)、pyruvate dehydrogenase kinase 4 (絶食やエピネフリンによって誘導されグリセロール合成に働く)のmRNA発現、およびHSLの活性化(HSL蛋白のSer 563リン酸化)も減少した。これらの減少の程度は、HVxとカプサイシン処理で差が見られなかったことから、求心性迷走神経の遮断が重要であったことが分かる。

また、このようなHVxによる遺伝子発現やリン酸化の変化に伴って、血漿NEFAおよびグリセロール濃度の減少、呼吸商の増加と脂肪利用の減少が認められた。さらに、これらの変化は交感神経からのカテコラミン放出を減少させるグアネチジンの投与によって消失した。なお重要なことに、HVxマウスとshamマウスの間で、絶食時の血糖、血漿インスリン、グルカゴン、カテコラミン、FGF21濃度に有意な差は見られなかった。したがって、脂肪組織の脂肪分解を調節するのは、血糖やこれらのホルモンではなく、交感神経系を介していることが分かる。

肝のグリコーゲンが増加すると、肝-脳-脂肪の神経回路の活性化は起こらない
次に、グリコーゲン合成酵素(glycogen synthase 2; Gys2)または転写因子TFE3をアデノウイルスを用いて肝に過剰発現させて、肝のグリコーゲン量を増加させた。そうすると、絶食後の脂肪組織量の減少は起こらず、迷走神経遮断マウスと同様のレベルであった。この時、脂肪組織でトリグリセリドを分解するHSLやATGLのmRNA発現、HSL蛋白のリン酸化は、肝のグリコーゲン量増加により抑制された。すなわち、肝のグリコーゲンを増加させると、肝-脳-脂肪の神経回路は抑制された状態になり、脂肪組織でのトリグリセリド動員が起こらないことが分かった。

肝のグリコーゲンを減少させると肝からの脂肪分解シグナルは促進され、肝でのグリコーゲン分解を抑制すると肝からの脂肪分解シグナルは抑制される

*ここでのグリコゲン分解 (glycogenolysis)は、当初glycolysisと表示されていた。これでは「解糖」という別の意味になる。これはJournal側の誤植とのことで、現在は筆者らによって正しく表示されている。

今度は逆に、shRNAのアデノウイルスを用いてGys2の発現をノックダウンして肝のグリコーゲン量を通常より減少させた。その結果、脂肪組織量はより速く減少する傾向にあり、その傾向はHVxを行うと消失した。

最後に、このようなグリコゲン不足によるシグナルはグリコーゲンの減少自体によるのか、それともその下流の代謝産物の減少によるのか。このことを検討するため、shRNAを用いて肝型グリコーゲン脱リン酸化酵素(glycogen phosphorylase liver type gene; Pygl=グリコーゲンを分解してグルコースを作る)をノックダウンして肝でのグリコーゲン分解を抑制した。これにより、肝のグリコーゲンは(分解が抑制されたために)増加し、グリコーゲン分解より下流の代謝産物は減少するはずである。このshRNAの発現に伴って、脂肪組織での脂肪分解は減少した。この結果は、下流の代謝産物の減少およびグリコーゲンの増加は、肝-脳-脂肪の神経回路の抑制を起こし、脂肪分解を抑制することを示している。逆に考えれば、肝から脂肪組織への神経回路の活性化には、グリコーゲン下流の代謝産物の変化ではなく、肝のグリコーゲンそのものの不足が重要な役割を果たすと考えられる。なお、グリコーゲン脱リン酸化酵素のノックダウンによってAMPKは活性化される傾向があった(AMPKαのリン酸化は増加した)。

【結論】
この研究では、生理的な絶食条件下で肝のグリコーゲンが不足すると、肝からの求心性交感神経および脂肪組織への遠心性交感神経が活性化されて、脂肪組織でのトリグリセリド分解が起こり、脂肪酸とグリセロールの放出が促進されることを示した。絶食中の肝は、血糖変化やホルモンとは別の何らかのメカニズムによって肝のグリコーゲン不足を感知し、生体のエネルギー源を炭水化物から脂肪へと移行させるシグナルを発する。そしてそれは、肝から脳へ、脳から脂肪組織へと伝わる神経回路を介すると考えられた。


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# by md345797 | 2013-09-07 21:45 | エネルギー代謝