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内因性カンナビノイドによるβ細胞消失は、膵島浸潤マクロファージのNlrp3インフラマソーム活性化を介する

Activation of the Nlrp3 inflammasome in infiltrating macrophages by endocannabinoids mediates beta cell loss in type 2 diabetes.

Jourdan T, Godlewski G, Cinar R, Bertola A, Szanda G, Liu J, Tam J, Tiffany Han T, Mukhopadhyay B, Skarulis MC, Ju C, Aouadi M, Czech MP, Kunos G.

Nat Med. Published online 18 August 2013.

【まとめ】
2型糖尿病は、インスリン抵抗性を代償していたβ細胞機能が代償しきれなくなって高血糖を発症すると考えられており、その過程はモデル動物であるZucker diabetic fatty (ZDF)ラットで再現されている。Nlrp3 インフラマソーム(inflammasome)は、肥満に伴うインスリン抵抗性とβ細胞機能不全において重要な役割を果たす蛋白複合体である。また、内因性カンナビノイド(endocannabinoids)は末梢のCB1受容体(CB1R)の活性化を介してインスリン抵抗性とβ細胞機能不全を起こすことが知られている。この研究では、ZDFラットのβ細胞機能不全は、β細胞ではなく、膵島に浸潤したM1マクロファージのCB1Rシグナル伝達の異常によるものであること、さらにそれがマクロファージのNlrp3 inflammasomeの活性化を介するものであることを示した。ヒトおよびマウスのマクロファージに内因性カンナビノイドであるアナンダミド(anandamide)を添加して in vitroで培養するとこの効果は起こるが、CB1R欠損 (Cnr1-/-)マウスまたはNlrp3-/-マウスのマクロファージでは起きなかった。さらに、末梢CB1Rの薬剤による阻害、薬剤投与(クロドロン酸)によるマクロファージの欠損、またはsiRNAによるマクロファージ特異的なCB1Rノックダウンを行うと、マウスのβ細胞におけるインスリン分泌が回復し、血糖が正常化した。これらの結果から内因性カンナビノイドとインフラマソーム活性化はインスリン分泌低下に重要な役割を果たしており、マクロファージに発現するCB1Rが2型糖尿病治療に有用な治療ターゲットであることが明らかになった。

【論文内容】
2型糖尿病の発症には、脂肪組織の炎症に伴うインスリン抵抗性と、炎症性細胞の膵島への浸潤によるβ細胞機能不全が関与している。また、Nlrp3 inflammasomeはcaspase-1活性化を介してIL-1βの切断と分泌を起こす蛋白複合体である。内因性カンナビノイドは、その受容体であるCB1R およびCB2Rのリガンドであり、さまざまな作用がある。特にCB1Rの活性化は、摂食の促進、脂肪組織および肝での脂肪合成の増加、インスリン抵抗性と脂質異常症を引き起こすため、内因性カンナビノイド-CB1R系の過剰な活性化は内臓脂肪肥満とその合併症の発症につながりうる。そのため、長期にわたるCB1Rの阻害は、体重減少と肥満関連のインスリン抵抗性や脂質異常症の改善をもたらす。実際、2型糖尿病患者にCB1R拮抗薬を投与すると、血糖改善が認められる。しかし、このようなCB1Rアンタゴニスト(rimonabant)またはインバースアゴニスト(taranant)は、中枢神経系においてはCB1Rを活性化することによると考えられる精神症状の副作用があったため、その開発は中止されている。

2型糖尿病モデル動物であるZDFラットは、インスリン抵抗性をβ細胞機能が代償しきれなくなって高血糖を呈しているが、このラットに脳に移行性のあるCB1R阻害薬を投与すると、インスリン分泌が回復し高血糖が改善することが報告されている。この作用は、β細胞のCB1R活性化に伴って起こるβ細胞死を防ぐからなのか、または膵島に浸潤したマクロファージのCB1R活性化に伴って起こるβ細胞障害を防ぐためなのか、内因性カンナビノイドによる中枢神経系のCB1Rの活性化に伴って起きるβ細胞機能・β細胞生存の調節機構を介するのか、などそのメカニズムはよく分かっていない。本研究により、内因性カンナビノイドが膵島に浸潤したM1マクロファージ上のCB1Rを活性化し、それによりNlrp3 インフラマソームが活性化されることによってマクロファージからIL-1βが放出されるためにβ細胞障害が起きるという機構が示された。

【論文内容】
末梢のCB1R阻害は2型糖尿病の進行を遅延させる
8週齢のZDFラットに脳に浸透しないCB1RのインバースアゴニストであるJD5037を28日間経口投与した。コントロールのZDFラットは肥満、過食、肝のトリグリセリド含量高値と脂肪合成遺伝子(FasScd1)発現亢進、著明な高血糖、高トリグリセリド血症を示す。それに対し、JD5037を投与したZDFラットはコントロールと比べ体重の差はなかったが、肝の脂肪含量や脂肪合成遺伝子発現は有意に少なかった。なお、血糖は正常だが、インスリン分泌の増加が認められた。これは、JD5037投与によってβ細胞の機能と生存が改善しインスリン分泌は亢進しているが、インスリン抵抗性も起きて正常血糖になっていると考えられ、実際高インスリン正常血糖クランプにおいてインスリン抵抗性の亢進が認められた。

上記の結果からJD5037投与によりβ細胞アポトーシスが防止されていると考えられ、これも実際TUNEL陽性の膵島細胞が少なく、アポトーシスマーカーであるBak1、Bax、Fas、Faslg、Tnfrsf1aの発現低下、抗アポトーシスマーカーであるBcl2、Bcl2lの発現増加が確認された。JD5037投与によりβ細胞生存に関する転写因子Pdx1、Mafa、Neurog3の発現および増殖マーカーKi67の発現が増加し、β細胞数は増加していた。なお、ZDFラットの膵島で見られるCnr1(cannabinoid receptor 1、CB1Rの遺伝子)発現増加とアナンダミド(初めて発見された内因性カンナビノイド。別名arachidonoylethanolamide, AEA)量の増加は、JD5037投与により消失していた。ZDFラットのin vitro単離膵島ではグルコース応答性インスリン分泌(GSIS)が消失していたが、JD5037投与によりGSISと、β細胞の糖取り込みにかかわるグルコキナーゼ(Gck)、Glut2(Slc2a2)遺伝子の減少は回復していた。6週齢ZDFラットに3か月間JD5037を投与した場合は、高血糖とインスリン分泌低下の進行が遅延されたことから、末梢CB1Rの阻害は2型糖尿病の発症(β細胞機能の低下)を遅くすることができると考えられる。

CB1R阻害はZDFラット膵島へのマクロファージ浸潤を減少させる
ZDFラットの膵島は、CD68+マクロファージ(炎症性のM1マクロファージ。Tnf、Nos2発現が増加、Tgfb1、Il10、Arg1発現が低下している)の浸潤によってサイズが増加している。JD5037投与によって、M1からM2への移行が起こり、膵島マクロファージ浸潤は減少した。また、ZDF膵島ではNlrp3、IL-1β(Il1b)、IL-18(Il18)の発現、p65-NFκB蛋白量、caspase-1活性が増加していた。しかし、これらはJD5037投与により正常ラットのレベルまで低下した。なお、IL-1Rantagonist(Il1rn)発現は増加した。Nlrp3インフラマソームの形成には、Nlrp3とアダプター蛋白であるASCの結合が必要である。ZDFラット膵島ではASCをコードする遺伝子pycard(パイカード)の発現が増加していたが、これはJD5037の投与で正常化した。

クロドロネート投与によりマクロファージを欠失させると2型糖尿病の発症を遅延できる
ZDFラットにクロドロネート(クロドロン酸、マクロファージをアポトーシスさせるビスフォスフォネート薬)を内包したリポソームを投与すると高血糖やインスリン分泌減少を抑制できた。膵島へのマクロファージ浸潤とマクロファージ由来サイトカインMCP-1、TNF-αの発現はクロドロネート投与によって低下していた。また、膵のアナンダミド含量、Cnr1、Nlrp3、Txnip (TXNIP:thioredoxin interacting protein=ERストレスとNlrp3インフラマソーム活性化につなぐ蛋白)発現もクロドロネートによってマクロファージを欠失させることで減少、膵インスリン含量はやや増加した。

マクロファージにおけるCB1Rの選択的ノックダウンは2型糖尿病を軽減する
次に、ZDFラットの腹腔に、CB1R siRNAをβ1,3-d-glucanにカプセル化したsiRNA particles (GeRPs)を10日間注入し、マクロファージ特異的にCB1Rをノックダウンした。コントロールとして、scrambled siRNAを内包したGeRPsを注入した。CB1R siRNA注入により、腹腔内マクロファージのCR1RのmRNAは95%以上抑制された。CB1R siRNAを注入したZDFラットは、コントロールが進行性の高血糖、インスリン低値を示したのに対し、正常血糖、高インスリン血症を示した。さらに、このラットでは膵島内のインスリン発現、インスリン含量の増加、マクロファージ浸潤の低下、膵島のNlrp3、Pycard、 Il1b、 Il18、 Cnr1、Ccl2発現の低下が認められた。これらの効果は、JD5037やクロドロネート投与で見られたのと同様のものである。

高濃度グルコースおよびパルミチン酸はマクロファージ内のアナンダミド量を増加させる
ZDFラットから単離した膵島は、正常ラットやJD5037慢性投与ラットの膵島に比べ、アナンダミド含量が多く、アナンダミドの分解酵素(FAAH)活性が低く、合成酵素(NAPE-PLD)の発現が多かった。正常ラットの腹腔内マクロファージを250 μMのパルミチン酸または33 mMのグルコースとともに培養したところ、アナンダミド値はいずれも増加し、これらの効果は相加的なものであった。

アナンダミドの炎症惹起効果はマクロファージを介するものである
CB1Rを介する炎症性シグナル伝達はどの細胞で起きているかを検討するため、RAW264.7マクロファージ細胞またはMIN6インスリノーマ細胞、ヒト初代培養マクロファージ、マウス(野生型、Cnr1−/− およびNlrp3−/−)の腹腔内マクロファージにアナンダミドを添加する実験を行った。RAW264.7細胞にアナンダミドを加えると、IL-1β、TNF-α、MCP-1の分泌が著明に増加したが、MIN6細胞では増加が見られなかった。同様に、アナンダミドを添加したマクロファージではNlrp3、Casp1、Cnr1の発現が著明に増加したが、MIN6細胞では増加しなかった。したがって、内因性カンナビノイドは(β細胞に直接ではなく)マクロファージ由来のサイトカイン分泌増加を介して間接的にβ細胞アポトーシスを促進している可能性がある。

単離ヒトマクロファージにアナンダミドを添加した場合もNLRP3、PYCARD、IL1B、IL18、CNR1の発現増加とIL-1βとIL-18の分泌増加が認められ、これらの効果は100 nM JD5037の添加によって消失したため、ヒトマクロファージにおいてもCB1Rを介するインフラマソーム活性化が起こると考えられた。また、ZDFラット単離膵島にアナンダミド、IL-1β、高濃度グルコースを添加した影響を調べた。膵島でのIL-1β分泌量は高濃度グルコース(33 mM)またはアナンダミド(1 μM)の添加で増加し、その効果はグルコースの方がアナンダミドより大きかった。IL-1β (30 ng ml−1)添加により、 MCP-1 およびIL-6分泌が増加した。最後に、正常ヒト膵島でも高濃度グルコースはアナンダミドに比べてIL-1β分泌促進効果、およびIL-1β刺激によるMCP-1分泌刺激効果が大きかった。

【結論】
内因性カンナビノイドは末梢のCB1Rを介してβ細胞消失を引き起こし、これは2型糖尿病発症につながる。さらに、このCB1Rを介するシグナルは膵島に浸潤したマクロファージで起きている。内因性カンナビノイドは膵島浸潤マクロファージでのNlrp3インフラマソーム活性化とそれに伴うIL-1β放出を介してβ細胞のアポトーシスを惹き起こしている。

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図:内因性カンナビノイドがβ細胞死を起こす際の、膵島浸潤マクロファージ(右)とβ細胞(左)におけるシグナル伝達
AEA:内因性カンナビノイドの一種、アナンダミド、CB1R:β細胞および膵島浸潤マクロファージに発現している内因性カンナビノイド受容体、JD5037:CB1Rの阻害剤(インバースアゴニスト)、なお、この図はServier medical artのテンプレートを用いて作成したとのこと。
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# by md345797 | 2013-08-28 03:30 | インスリン分泌

低血糖に対する血糖上昇機構が障害されるメカニズム

Mechanisms of hypoglycemia-associated autonomic failure in diabetes.

Cryer PE.

N Engl J Med. 2013 Jul 25;369(4):362-72.

【総説内容】
低血糖に対する生体防御機構には、膵島内での①インスリン分泌の低下、②グルカゴン分泌の増加、さらには交感神経‐副腎系による③副腎髄質ホルモンであるエピネフリンの分泌増加、④交感神経反応による自律神経症状が起こり、炭水化物摂取行動を取るなどがある。このような低血糖に対する血糖上昇機構(glucose counterregulation)の反応によって、低血糖になっても脳へのグルコース供給は維持されることになる。

低血糖を頻回に起こしていると、それによって自律神経における低血糖に対する防御機構が減弱してくるという現象が起きる。これは「低血糖による自律神経不全(hypoglycemia-associated autonomic failure、HAAF)」と呼ばれる。これにより頻回の低血糖後は低血糖に対する防御機能が低下(compromised defenses)し、徐々に低血糖を自覚しなくなる(hypoglycemia unawareness)。これらによりさらなる低血糖が生じうるという、低血糖の悪循環が起きることになる。以下では、低血糖に対するcounterregulation の減弱を膵島の反応の消失と、交感神経‐副腎系の反応の減少に分けて述べる。

1. 低血糖に対する膵島の反応(インスリン・グルカゴン反応)の消失
低血糖時は膵島α細胞からグルカゴン分泌が増加するはずだが、糖尿病ではこのグルカゴン分泌反応が障害されている。これは糖尿病におけるインスリン分泌障害と関連がある。なお、これらの低血糖に対する膵島の反応の消失は、低血糖に対する自律神経‐副腎系の障害(2.で後述)とは別のレベルのものである。

正常者では、血糖が上昇するとβ細胞からのインスリン分泌が増加する。このインスリン分泌増加は、α細胞へのシグナルとなってグルカゴン分泌を抑制し、いずれも血糖低下に働く。正常者の血糖低下時にはその逆のことが起こり、β細胞からのインスリン分泌が抑制され、このインスリン分泌低下がα細胞へのシグナルとなってグルカゴン分泌が増加し、いずれも血糖上昇を起こす。ところが、1型糖尿病や進行した2型糖尿病ではインスリン分泌反応が消失しているため、血糖上昇時にインスリン分泌が増加しない。そのため上記のα細胞でグルカゴン分泌抑制が起こらない。糖尿病では、低血糖時のインスリン分泌抑制反応も消失しており、そのためにα細胞からのグルカゴン分泌が増加しなくなっている。
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図:Cryer PE, 2012による糖尿病における「低血糖時のグルカゴン分泌反応の異常」のメカニズム

・低血糖に対するグルカゴン分泌反応は、膵島の神経支配に依存しているわけではない。例えば膵移植を受けた場合や脊髄離断術を受けた場合、または動物やヒトの膵島を取り出して潅流した場合、膵島の神経支配はなくても低血糖に対してグルカゴン分泌は起こることが知られている。このように、低血糖に対するグルカゴン分泌反応の低下は、脳から膵島への神経シグナルの低下ではなく、膵島内に原因があることが分かる。

・1型糖尿病患者では、アミノ酸投与に対するグルカゴン分泌は保たれていることから、低血糖に対するグルカゴン分泌反応の消失は、α細胞のグルカゴン分泌を起こすインスリンによるシグナルの異常によるものと考えられる。なお、これらの低血糖時のグルカゴン分泌反応低下の原因に、他の膵島内の他の原因(δ細胞のソマトスタチン分泌過剰など)が影響している可能性はある。

2. 低血糖に伴う交感神経-副腎系反応の減弱(HAAF)
一度低血糖を起こすと、低血糖に対する交感神経-副腎系の反応は減弱する。これは、1.で述べた膵島レベルのインスリン・グルカゴン反応の低下とは異なり、中枢神経系またはその遠心路・求心路の接続における反応の減弱である。低血糖に対する交感神経‐副腎系反応の減弱の中枢神経系を介するメカニズムについては、下記のようないくつかの仮説がある。

① 全身性の調節因子(systemic-mediator)仮説
一度低血糖を起こすと、その際に増加した血中コルチゾール(または他の全身性の因子)が脳に作用して、次の低血糖に対する交感神経‐副腎系の反応を減弱させる、とする仮説である。しかしこの仮説は、他の原因でコルチゾールが増加した場合や、メチラポン(11-β-ヒドロキシラーゼ阻害薬)を用いてコルチゾール合成を抑制しても低血糖に対する反応が変化しないことから、あまり支持されない。

② 脳へのグルコース輸送(fuel-transport)仮説
低血糖が起きると血液から脳へのグルコース輸送が増加するが、そのことによって次に来た低血糖に対する交感神経‐副腎系反応が減弱する、と考える仮説である。3日以上の長期にわたる低血糖が起きると脳血管におけるGLUT1発現量が増加し、脳への糖取り込みが増加することが知られている。しかし、2時間という短期間の低血糖でも低血糖に対する交感神経‐副腎系反応は減弱することが分かっているので、脳の糖取り込み増加による反応低下仮説は当てはまらないようだ。さらに、1型糖尿病患者の脳への[11C]3-O-methylglucoseや[18F]deoxyglucoseの輸送をPETで見た検討では、低血糖後の脳の糖取り込みは増加しらおらず、糖取り込み増加自体が否定的とも考えられている。

③ 脳代謝(brain-metabolism)仮説
低血糖が頻繁に起きると、視床下部のグルコース応答性ニューロンやグルコース抑制性ニューロンのグルコース感受性が減弱し、それが交感神経‐副腎系反応の減弱を起こすのではないかとも考えられている。この減弱した反応を正常に戻すことができれば、「低血糖を起こしにくくする治療」が可能になるだろう。血糖を上昇させる物質として、グルカゴン、グルカゴン刺激アミノ酸、β2-アドレナリン受容体刺激薬(テルブタリン=気管支拡張薬ブリカニール®として用いられている)、アデノシン受容体アンタゴニスト(カフェインなど)などがあるが、これらは「低血糖に対するcounterregulatory反応」を増加させるわけではない。一方でcounterregulatory反応の欠損を回復させる薬剤は、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)、アドレナリン受容体遮断薬、オピエイト受容体遮断薬、フルクトース、選択的K ATPチャネルアゴニストなどが候補として挙げられている。臨床試験の結果などによると、SSRI服用者は医原性の低血糖を起こしにくい。αアドレナリン受容体およびβアドレナリン受容体遮断薬は、低血糖後の交感神経‐副腎系反応の低下を防止する。β1アドレナリン受容体遮断薬の投与では、低血糖症状の出現や血糖上昇のためのカテコラミンのβ2受容体刺激反応は正常に起こる。オピオイド受容体遮断薬ナロキソンは低血糖に対するエピネフリン増加反応を増強し、低血糖を起こしにくくする。フルクトース注入も低血糖に対するエピネフリンおよびグルカゴン分泌反応を増加させる。選択的Kir 6.2/SUR K ATPチャネル刺激薬も同様の作用がある。ただし非選択的なK ATPチャネル刺激薬であるdiazoxideはグルカゴン増加反応を低下させてしまい、低血糖に対する有効性は認められていない。

④ 脳のネットワーク(cerebral-network)仮説
低血糖時の脳の機能的イメージング、特に[15O]water PETによる脳の血流測定によって、脳の各部位をつなぐネットワークが低血糖によってどのように影響をうけるのかが明らかになりつつある。これによると、低血糖後に背側視床のシナプス活動が選択的に活発になることが分かり、この部位の活性化が低血糖に対する交感神経‐副腎系反応の減弱に関与しており、これがHAAFの原因になっている可能性が示唆されている。内側前頭前皮質もそのような役割を果たしているのではないかと考えられている。ほかにも、低血糖に気づかない(hypoglycemia unawarenessを示す)1型糖尿病患者で、低血糖時の視床下部領域における[18F]deoxyglucose取り込みが減少していたという報告もある。
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図:HAAFを示すヒトでday 1とday 2の間に食間低血糖が起きたが、その時、低血糖に反応して視床(dorsal midline thalamus)の反応が増加していたことを示すPET画像。

【結論】
糖尿病患者においては、最近頻繁に起きた低血糖によって、次に起きる低血糖に対する血糖上昇機構(counterregulation)が障害される。この原因として、①糖尿病患者のβ細胞機能不全によるインスリン分泌抑制の障害とインスリンによるグルカゴン分泌増加の障害、②低血糖に対するcounterregulationとしての交感神経-副腎系反応の障害 (HAAF)、の2つが考えられている。後者のメカニズムは現時点では不明であるが、低血糖に対する脳の代謝異常から脳内神経ネットワークの異常までさまざまな仮説がある。これらの仮説に基づき、低血糖によって減弱した低血糖反応を回復させる薬剤の候補も挙げられている。
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# by md345797 | 2013-08-20 03:14 | 症例検討/臨床総説

腎機能低下症例に対するメトフォルミン投与による乳酸アシドーシス

Case records of the Massachusetts General Hospital.
Case 23-2013. A 54-year-old woman with abdominal pain, vomiting, and confusion.


Kalantar-Zadeh K, Uppot RN, Lewandrowski KB.

N Engl J Med. 2013 Jul 25;369(4):374-82.

【症例】54歳女性。腹痛、嘔吐、錯乱状態のため入院。

【現病歴】入院3日前までは異常なし。3日前に悪寒あり、アスピリンを服用したが改善せず。徐々に摂食が減少し、入院22時間前から腹痛と嘔吐が出現したため痛み止めとしてアスピリンをさらに服用した。入院2時間前には腹痛が著明、嘔吐が増加し、精神錯乱状態となった。救急車で病院に搬送されたが、入院時はうめくのみで会話不可能。BP 120/70、PR 52、呼吸数26/分と増加(正常は16-20)、簡易血糖測定で血糖116 mg/dlだった。夫の話では2型糖尿病、高血圧、腎結石、慢性腎臓病(CKD)があり、エナラプリル(レニベース®など)、メトフォルミン(メトグルコ®など)、グリメピリド(アマリール®など)、ニメスリド(NSAID)イミプラミン(抗うつ剤)、アスピリン、イブプロフェンを服用していた。

【入院時所見と経過】意識状態は、指示すると開眼する、名前が言える(oriented to person)のみで場所や日時は言えない。BP120/70、PR52、呼吸数 18、BT 36.7℃、SaO2 95% (room air)、口腔粘膜は乾燥、腹部異常なし、皮膚は冷たい。心電図では心房細動(HR 115)。検査所見では、WBC 34800 (Neu 79%)、Hb 13.4, Plt 48.3万以上(血小板凝集あり)、Na 146、K 6.3 (溶血なし)、 HCO3 <2.0 (23-25)、BUN 94、Cre 7.88、Glu 168、HbA1c 5.7、P 19.3 (2.6-4.5)、lipase 595 (13-60)、amylase 386 (3-100)、乳酸 20.3 (0.5-2.2)、CK 656 (40-150)、血液ガス所見ではpH 6.62pCO2 18 。血漿浸透圧 354 mOsm/H2O (280-296)。入院3時間後には、直腸温 31.7℃、BP 84/43に低下。ノルエピネフリンと重炭酸を投与し輸液も加温して投与した。腹部CTでは膵の浮腫と膵周囲の液貯留(急性膵炎に合致する)、左腎の萎縮。入院8時間後からcontinuous veno-venous hemofiltration (持続的静・静脈血液濾過CVVH)を開始した。入院後17時間は乏尿(125ml)だった。

【鑑別診断】

① 酸塩基平衡の異常
この患者ではpHが6.62と極めて低く、HCO3も<2と非常に低い。pCO2も18と低下していた。これらは静脈血であっても異常低値であるが、Hendersonの式(注1)を用いて[H+]を計算すると216 nmol/Lであり、これはpH 6.6-6.7に相当するため、検査のミスではないことが分かる。アニオンギャップを計算すると61となり、アニオンギャップが非常に増加した代謝性アシドーシスである(anion-gap metabolic acidosis)。これほどまでに重症のアシドーシスには、乳酸アシドーシス、アスピリン過量、メタノールまたはエチレングリコール中毒、糖尿病ケトアシドーシス、尿毒症などがあるが、血清乳酸が非常に高値であるため、ここでは乳酸アシドーシスが最も考えられる。

注1:Hendersonの式
重炭酸イオン緩衝系の式を簡略化した[H+]の計算式で、[H+]=24x(pCO2/HCO3-)で計算する。なお、ここからpH=9-log[H+]でpHが計算できる。

ここで浸透圧ギャップを計算すると、18 mOsm/kg H2O (正常値は5-15)とやや増加しているのみ。メタノール中毒やエチレングリコール中毒では浸透圧ギャップ(注2)が大きく増加するはずなので、これらの病態は考えにくい。

注2:浸透圧ギャップ
アルコール類 (エタノール、メタノール、エチレングリコール)はtonicityは形成しない(細胞内に移行するため、等張となる)が、浸透圧osmolalityは形成する。そのため「測定した血漿浸透圧」は「計算された血症浸透圧」(=2x[Na+]+[Glu]/18+[BUN]/2.8から計算)より、アルコールの浸透圧分だけ高くなる。そのため、アルコール中毒の診断に有用。

さらに、アニオンギャップは正常より50くらい多く、HCO3が20くらい低下しているので、その比から考えると、頻回の嘔吐による塩酸の喪失にとの会う代謝性アシドーシスがあると考えられる。にもかかわらず高リン血症があるため、これが異常なアニオンギャップ高値をもたらしていると考えられる。

② 呼吸性酸塩基平衡の異常
HCO3が10 mmol/L低下すると、pCO2は代償性に12 mmHg低下するとされている。この患者では、HCO3が22低下(正常値の24-2=22)していると考えると、その代償はpCO2 26低下(24 x 12/10=26)である。実際この患者は過呼吸によって、pCO2を22低下させている(正常値の40-18=22)ことになる。この患者の代償性過呼吸(compensatory hyperventilation)はKussmaul呼吸と呼ばれるものだが、これはしばしば呼吸窮迫(respiratory distress)と思われてしまう。この患者では、呼吸困難に対し相関し人工呼吸を行ったため、それがより精神状態の悪化につながった可能性がある。

③ 重症のacidemia
この患者の症状の多くは、重症acidemiaの症状である(精神症状、血管拡張による皮膚の温暖とそれにもかかわず起きる低体温=paradoxical hypothermia、心不全、カテコラミン分泌増加による心房細動、GFRの低下など)。さらにこの患者で重要なacidemiaの症状は、悪心・嘔吐と腹痛であった。左方移動を伴う著明な白血球増加も重症acidemiaで説明できる。


④ アニオンギャップが増加した代謝性アシドーシス(anion-gap metabolic acidosis)
この患者の代謝性アシドーシスは乳酸アシドーシスによるものと考えられるが、その原因は2種類に分けられる。すなわち、敗血症性ショック、心原性のショック、心肺停止などに伴う組織潅流障害によって起きる古典的乳酸アシドーシス(type A lactic acidosis)、および薬剤(メトフォルミン、サリチル酸、イソニアジド、ジドブジン=抗HIV薬など)過量、癌(リンパ腫、白血病)などに伴って起きる非・低酸素性乳酸アシドーシス(type B lactic acidosis)である。この患者では尿から排泄されるはずのメトフォルミンが腎機能障害によって血中濃度過剰となり、その結果酸素消費が抑制され、肝でのミトコンドリア機能が低下するなどして乳酸アシドーシスが発症した疑いがある。この患者はもともとのCKD、糖尿病性腎症、高血圧性腎硬化症、ACE阻害剤とNSAIDの服用などが合併して急性腎障害(AKI)を引き起こした疑いがあり、メトフォルミン蓄積が起こるハイリスクの状態であった。

メトフォルミン蓄積による乳酸アシドーシスは、他の原因による乳酸アシドーシスに比べると、pH低下が著しい割には予後がやや良好である(それでも致死率は50%程度と高いので注意)。そこで、この患者では血中メトフォルミン濃度を低下させる目的で、持続的静・静脈血液濾過(CVVH)を行った。後から病態を確認するために、メトフォルミン濃度測定のための血清を保存しておくとよい。なお、この患者のメトフォルミン濃度は23 μg/ml(正常1-2)と非常に高値だった。

メトフォルミンによる乳酸アシドーシスを疑う患者は、①まずメトフォルミン服用患者である、②血漿乳酸値が増加し(15 >mmol/L)、アニオンギャップが大きく増加し(20 mmol/L)、③重症のacidemia(pH <7.1)を示している、④血清HCO3が非常に低値(<10 mmol/L)である、⑤腎機能障害がある(eGFR <45、Cre >2.0)という条件を満たすと考えられる。この患者では、これらすべての条件をみたし、さらにACE阻害薬とNSAID(アスピリンとイブプロフェン)の服用も腎障害を助長したと思われる。急性膵炎の発症と腹痛も、メトフォルミン蓄積または重症のacidemiaが原因であろう。

この患者は入院24時間後には精神状態が大きく改善し、抜管もできた。その48時間後には代謝状態も正常化し、1週間後には退院することができた。
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# by md345797 | 2013-08-18 22:42 | 症例検討/臨床総説

ノンカロリー人工甘味料は、予想に反して代謝を障害し疾患リスクを増加させる

Artificial sweeteners produce the counterintuitive effect of inducing metabolic derangements.

Swithers SE.

Trends Endocrinol Metab. Published online Jul 3 2013.

【総説内容】
1. ノンカロリー清涼飲料水=ASB(artificially sweetened beverage)と
   従来の砂糖による清涼飲料水=SSB(sugar-sweetened beverage)

従来の清涼飲料水(sugar-sweetened beverages=SSBと略)は、砂糖を使った甘味飲料のことで、その飲用は肥満・2型糖尿病・メタボリックシンドローム・心血管イベントなどの発症に悪影響を及ぼすことが知られている。一方で、ノンカロリーの甘味料(スクラロース、アスパルテーム、サッカリン、アセスルファムカリウム、甘葉ステビア抽出物など。high-intensity sweetenersとも呼ばれ、これは高甘味度甘味料などと訳される)は、カロリーの多い食事や飲料の代わりとなり、望ましいものとも考えられてきた。しかし、本総説ではこれまでの常識とは逆に(counterintuitive)、ノンカロリー人工甘味料を用いた「ダイエット」清涼飲料水(artificially sweetened beverages=ASBと略)は摂食増加、体重増加をもたらし、疾患リスクにつながりうるという報告を整理して述べる。

2. ノンカロリー人工甘味料を用いた清涼飲料水(ASB)による悪影響
(1) ASBの飲用についての観察研究

体重:San Antonio Heart Studyでは、ASBを飲んでいた群は飲んでいない群に比べ7-8年間の体重増加が大きく、この検討ではASBが体重減少や体脂肪率の低下にsつながるという結果は得られていない。
メタボリックシンドローム:いくつかの研究で、ASBを飲んでいた群は飲んでいない群に比べ、メタボリックシンドロームのリスクが増加することが示されている。またASBとSSBのメタボリックシンドロームの発症リスクへの影響は同等とされている。
2型糖尿病:European E3N StudyおよびHealth Professionals Follow-upでは、ASBの飲用でもSSBの飲用でも2型糖尿病発症リスクは増加することが示された。Nurses’ Health Study (NHS)およびEuropean Prospective Investigation into Cancer and Nutrition (EPIC)では、1日少なくとも1回のASBまたはSSB飲用によりどちらも2型糖尿病発症リスクが増加することが示されている。
高血圧・心血管イベント:NHSでは、1日2回以上のASBまたはSSB飲用で冠動脈疾患リスクが増加することが分かり、1日1回以上のASB飲用で高血圧のリスクが増加することが分かった。Northern Manhattan Study (NMS)では、1日1回以上のASBによる血管イベントのリスクは、SSB飲用によるリスクと同等であることが示されている。

(2) ASBの効果を見る介入研究

de Ruyter らは、正常体重の小児(4-11歳)に18か月間1日1回ASBまたはSSBを飲むように割り付ける介入研究を行った。その結果、ASB飲用群の方が、SSB飲用群に比べ、体重や脂肪増加が少なかった。また、肥満成人に水またはASBを、SSBの代わりに6か月飲用させた研究では、SSB群に比べるとASB群の体重減少が多いということはなかった。このような介入研究の結論は、期間や対象の違いにより異なってくるのかもしれず、今のところ介入試験の結果からは一定の見解は得られていない。

上記の前向きコホート研究および介入研究から、ASB飲用は肥満、2型糖尿病、メタボリックシンドローム、心血管イベントなどに関して、少なくとも成人では健康に対し悪影響があると考えられる。さらに、ASB飲用がこれらの疾患のリスク減少と関連があるという結果は得られなかった。これらの研究における結論は、ベースラインのBMI、年齢、性別、身体運動など、また人種、教育、食事カロリーや家族歴など多くの因子で補正されてはいる。それでも、ASBまたはSSBの飲用は疾患のリスク上昇に関連しており、ASBとSSBでその影響の大きさは同様であった。

(3) ASB飲用と肥満についての因果関係は正しいのか?
ASB飲用と健康への悪影響は「逆の因果関係 (因果関係の転倒=reverse causality 、cognitive distortion)」の例であるとも考えられる。すなわち、体重が多い人はノンカロリー甘味料を摂取する方向に向かう傾向があるのではないか。そのために、ノンカロリー摂取が肥満を引き起こすというような逆の因果関係があるように見えるのではないか、とも考えることができる。しかし、ASB飲用によるその後の体重増加、2型糖尿病発症、血管イベントのリスクは、ベースラインのBMIで補正した後でも関連が見られたため、上記のすべての研究結果が「逆の因果関係」によるものでは説明がつかないと思われる。

3. ASB飲用に対する生理的反応
動物実験による比較研究の結果はどうだろうか?ノンカロリー甘味料を負荷されたラットまたはマウスは、ショ糖またはグルコースによる同じカロリーの食餌を負荷された群に比べて、体重が増加することが報告されている。ノンカロリー甘味料による体重増加の原因として、「ノンカロリー甘味料摂取後の食品摂取の調節能力の低下」が考えられる。すなわち、そもそも甘味は、生体にカロリーを摂取したというシグナルを伝えるものであるため、甘味の摂取の後は、摂食が減少し、エネルギー消費が増加するという反応がある。ところが、ノンカロリー人工甘味料で甘味を感じると、甘味を感じた後のエネルギー摂取がないため、そのエネルギー不足を代償するように生体が働くのではないか

(1) 人工甘味料摂取は、ショ糖摂取とは異なる脳の反応を引き起こす
ヒトを対象にした検討では、甘味の感知による脳の反応が、人工甘味料の摂取後には減弱することが示されている。ショ糖摂取により中脳のドーパミン性の報酬・快楽経路が活性化されるが、、人工甘味料摂取ではこの味覚関連経路の活性化は低下する分ことが分かっている。さらに、ASBを定期的に摂取しているヒトはそうでないヒトに比べ、ショ糖に対する脳の反応が異なる。

(2) 人工甘味料のみではインスリンやインクレチン分泌が促進されることはない

人工甘味料を直接胃や腸に注入しても、通常の食後に起こるホルモン(インスリンやGLP-1のようなインクレチン)分泌の急性変化は起きないことが知られている。

(3) ノンカロリー人工甘味料を摂取すると、摂食後のインスリンやインクレチンの放出が増強されなくなる
人工甘味料はショ糖と違って、栄養素によるインスリンやインクレチンの放出を増強しないとされる。例えば、Antonは、ノンカロリー甘味料で甘味をつけた食前食(premeal)を摂った場合、ショ糖で甘味をつけたpremealを摂った後に比べると、食後の血糖やインスリン・GLP-1の上昇が小さいことを報告している。この実験で、premealと食事を合わせて総カロリーと炭水化物の量を同じにしても、ショ糖のpremealはその後の食事によるインスリン分泌を促進するが、ノンカロリー人工甘味料のpremealではその後の食事によるインスリン分泌は増強されなかった。ほかの検討結果を様々な因子で補正した結果を総合的に判断すると、ショ糖による甘味料の摂取に比べ、ノンカロリー甘味料の摂取は、その後の食事摂取後のインスリン分泌という生理的反応を起こりにくくするようである

4. ASB飲用による生理的反応の障害: ASBは学習によって獲得した反応(learned responses)を減弱させる
パヴロフの条件付けの原則に従うと、ずっとノンカロリー甘味料を摂取していると、「ショ糖入り甘味料の摂取によって獲得した反応(食後のインスリンやGLP-1の分泌、エネルギーや報酬に関連する脳の活性化など)」が次第に起きなくなってくるのではないか。すなわち、ノンカロリー甘味料は、通常のショ糖による甘味料の摂取では起こるはずの、脳とホルモンの反応を減弱させる可能性がある。例えば、Brownらはンカロリー甘味料で甘味を付けたpremealを摂取した後は、2型糖尿病患者では経口ブドウ糖摂取後のGLP-1分泌反応が増強されなくなることを示している。さらに動物実験でも、サッカリンで甘味をつけたヨーグルトを与えたラットは、通常のブドウ糖で甘味を付けたヨーグルトを与えた群に比べて、その後の甘味のある食餌に対する反応が減弱するし、ASBを摂取したマウスはそうでないマウスに比べて、カロリー摂取後のGLP-1分泌反応が減弱することが示されている。脳のイメージング研究によって、ヒトにおいても同様と思われる結果が得られている。これらは、ノンカロリーであるASB摂取ではSSB摂取と違ってエネルギーが得られないために、その後にそれを代償するようにエネルギー摂取を増やす方向に生体が働くためではないか、と考えられている。

結語
① ヒトやマウス・ラットモデルにおいて、ASBが体重減少に役立ったり、2型糖尿病・メタボリックシンドローム・心血管イベントを防止したりするといった証拠はほとんど得られていない。一方、ASBを定期的に摂取しているヒトでは、そうでないヒトよりそれらのリスクが増加すること(しかもそのリスク増加は、SSB摂取の場合と同程度)が示唆されている。

② このような、今までの常識に反する結果は、ASBが「SSBの摂取後に引き起こされるべき、学習によって獲得された反応を減弱させる」という効果(ASB摂取ではSSB摂取の際に得られるはずのエネルギーが得られないので、それを代償するために起こると考えられる)を持つことによる考えられている。

③ノンカロリー人工甘味料は多くの食物にも含まれるようになってきた。そのような食物がASBのように体重や代謝に対して悪影響を与えるのか どうかは、まだはっきりしていない。しかし、食物の甘味は、ノンカロリーかどうかによらず摂取に注意が必要であることは間違いなさそうである。



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# by md345797 | 2013-07-24 01:54 | 症例検討/臨床総説

低ナトリウム血症

Hyponatremia.

Adrogué HJ, Madias NE.

N Engl J Med. 2000 May 25;342(21):1581-9.

【総説内容】
低ナトリウム血症(血清Na値 136 mmol/L以下)には、低張性(tonicityが低い(注1)もの)、等張性、高張性のものがある。この総説では、主に低張性低ナトリウム血症(hypotonic hyponatremia)について、原因、症状、管理について述べる。

注1:Tonicity(張度)はeffective osmolality(有効浸透圧)ともいわれ、細胞膜を浸透できない溶質(ナトリウム、グルコースなど)による浸透圧を指す言葉である。一方で尿素 (urea)のように細胞膜を自由に浸透できる溶質による浸透圧は、ineffective osmolalityと呼ばれtonicityには含まれない。


Ⅰ 低ナトリウム血症の原因
本総説で述べるhypotonic hyponatremia は、ナトリウム量に対し水が過剰になるために、細胞外液が希釈されて起きるものである(dilutional hyponatremia=希釈性低ナトリウム血症とも呼ぶ)。
水貯留の原因は、腎からの水排泄障害が最も多く、水の摂取過剰によるもの(心因性多飲、精神疾患に伴うADH過剰分泌)は少ない。

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(図1) 正常および低ナトリウム血症における、細胞外液・細胞内液コンパートメントの模式図

A 正常の状態では、細胞外液と細胞内液コンパートメントは体内総水分量の40%と60%を占めている。○はナトリウム、●はカリウム、大きい■はナトリウム以外の不浸透性の溶質、小さい■は浸透性の溶質を表す。真ん中の太い点線は細胞膜、細胞外液中で影になっている部分は血管内volumeを表す。

B SIADH (syndrome of inappropriate secretion of antidiuretic hormone)では、水の増加によって、細胞外および細胞内液が増加する。ナトリウム量は変わらないため、細胞外液の希釈によってhypotonic hyponatremiaになる。SIADHの原因は、脳神経障害(下垂体腫瘍、外傷、精神障害)、ADH産生腫瘍(特に肺癌)、薬物(desmopressinなど数多くの薬剤)、呼吸障害(肺炎など)がある。

C 腎不全では、細胞外液に尿素(urea, ここではBUNと表記)が増加する。BUNは細胞膜を浸透するため、細胞外・細胞内の両方にBUNが蓄積して、低浸透圧を伴わない低ナトリウム血症となる。この時、細胞外液にBUNが増加しても細胞外の有効浸透圧すなわちtonicityは増加しないため、hypotonic hyponatremiaが起きる。

D 高血糖では、細胞外液に細胞膜を浸透しない溶質(グルコース)が増加するため、細胞内液から細胞外液コンパートメントに水が移行して低ナトリウム血症を起こす。この場合の低ナトリウム血症は、hypertonic hyponatremia (高張性低ナトリウム血症=translocational hyponatremia、移行性低ナトリウム血症)である。細胞外は高張のため、細胞内は脱水になっていることに注意。血糖が100 mg/dl上昇するごとに血清Na濃度は約1.7 mmol/L低下する。

E 下痢でナトリウムが失われると、浸透圧維持のため細胞外液の水分量は減少する。(このとき減っている水分は細胞内液コンパートメントに移行している水分である。) 細胞外液水分量は、減少しているとはいえナトリウム減少に比べれば十分存在している(または十分以上存在している)ため、結果的にはhypotonic hyponatremiaとなる。ナトリウム喪失の原因は、下痢のほかに嘔吐、出血、発汗過多、’third space’へ水分が押しやられる(sequestration)などである。

F ネフローゼ症候群ではナトリウム貯留と水貯留が起こり、細胞外液と細胞内液の両方が増加する。しかしこの時、主に細胞外コンパートメントの水貯留が多いため、低ナトリウム血症になる。

G うっ血性心不全の利尿剤による治療中は、ナトリウム貯留とカリウム喪失が起こり、その結果、細胞内液が減少し、細胞外液が増加する。細胞外にナトリウム貯留が起こるが水排泄障害も起きているため、低ナトリウム血症になる。

その他の低ナトリウム血症は、
・Isotonic hyponatremia(等張性低ナトリウム血症): 細胞外にナトリウムを含まない等張液(等張マンニトールなど)が大量に存在すると、細胞内から水の移行を伴わないが低ナトリウム血症となる。
・Pseudohyponatremia(偽性低ナトリウム血症): 高度の高トリグリセリド血症および単クローン性γ-グロブリン血症(paraproteinemia)では、血漿中に固体の成分(脂質や蛋白)が多いために、フレーム発光分光分析法による測定ではナトリウム濃度が低下しているように測定されてしまう。


Ⅱ 低ナトリウム血症の臨床所見
=(1)低張による「脳浮腫」の危険と、(2)急速治療に伴う「浸透圧性脱髄症候群」の危険

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(図2)脳に対する低ナトリウム血症の影響と、それに対する脳の適応反応
低ナトリウム血症のために細胞外液がhypotonic (低張)になると、数分以内に、水が脳細胞内に移行するために脳の(細胞内液)浸透圧(brain osmolality)が低下し、脳浮腫を生じる。

その後、急性の適応(rapid adaptation)として、数時間以内に電解質が脳細胞から流出して、拡大した脳の容量は部分的に縮小する。さらに遅い適応(slow adaptation)として、数日以内に有機浸透圧物質が流出することによって脳の容量は完全に回復する。

このようにして脳の容量が正常化しても、脳の低浸透圧はまだ残っている。このとき、低張性低ナトリウム血症をゆっくり補正(slow correction of the hypotonic state)すれば、脳を正常浸透圧に戻すことができる。しかしここで、低ナトリウム血症を急激に補正(rapid correction of the hypotonic state)すると、脳が低張のまま細胞外液が急に高張になるため脳の細胞内脱水を起こし、浸透圧性脱髄症候群(osmotic demyelination)という不可逆的な脳障害を起こす。


(1) Hypotonic hyponatremiaの主な臨床症状は、脳細胞への水の移行による脳浮腫である。脳の拡大は頭蓋骨によって制限されているため、頭蓋内圧亢進により脳障害を起こす。血清Na濃度の低下が急速(数時間以内)で大きい時はこのような現象が起きる。脳浮腫の症状は、頭痛、悪心嘔吐、筋痙攣、無気力、不穏、見当識障害、抑うつなどである。Na 125 mmol/L以下の低ナトリウム血症が急速に起きた場合に症状が出ることが多く、その際は痙攣、こん睡、永続性の脳障害、呼吸停止、脳幹ヘルニアが見られ、重篤な場合は死亡することもある。

(2) このような脳浮腫は、数時間で脳細胞から溶質が流出するため、脳から水が抜けて脳浮腫は改善する。重症の低ナトリウム血症であっても進行がゆっくりであれば、上記のような脳の適応が徐々に起こるため、症状が出現しなくて済む。しかし、このような脳の適応の段階で、低ナトリウム血症を急激に補正しようとすると、脳が低張のまま細胞外液が急に高張になるため水が細胞内から細胞外へ移行することによって脳の細胞内脱水が起き、浸透圧性脱髄症候群(osmotic demyelination)となることがある。橋または橋外の脱髄による脳の萎縮は、四肢麻痺、偽性球麻痺、痙攣、昏睡を起こし、ときに死に至ることがある。


Ⅲ 低ナトリウム血症の管理
低ナトリウムの治療の基本は、低張であることの危険(=脳浮腫)と、低張を急速に治療することに伴う危険(=脳浮腫と細胞外の急速な高張化による、脳の細胞内脱水)との間のバランスをとることである。

1. 症状のある低張性低ナトリウム血症 (Symptomatic Hypotonic Hyponatremia)
(1) 尿は濃縮尿なのか、希釈尿なのか

① 尿浸透圧200 mOsm/Kg H2O以上の濃縮尿か、②200未満の希釈尿なのか。これは、①腎からの水排泄が障害されている(水過剰摂取ではない)、②腎からの水排泄は障害されていない(水過剰摂取)、ということを表している。したがってその治療は、①高張食塩水+フロセミド、②水制限、というように分けて考えられる。

① 症状のある低ナトリウム血症で濃縮尿がある場合は、腎からの水排泄が障害されているため水過剰になっていると考えられる。水の摂取過剰によるのではないから、水制限は行わない。また、もちろん電解質フリーの水(electrolyte-free water)(注2)の摂取は避ける。このような場合、細胞外液ナトリウムを増加させるため、高張食塩水の点滴とそれに並行して、高張食塩水による細胞外液量の増加を抑制するためのフロセミド投与を行う。高張食塩水投与に加えて、そのほかの低ナトリウム血症に対する治療も並行して行う(甲状腺機能低下症・副腎不全ならホルモン補充、痙攣があれば抗痙攣薬と十分な換気など)。

② 症状のある低ナトリウム血症の患者で希釈尿を認める場合は、腎からの水排泄は障害されておらず、水摂取過剰が主と考えられている。この場合、症状が重篤でなければ水制限のみでよいが、重篤な痙攣や昏睡を起こしていれば、この場合でも高張食塩水の静注を行う必要がある。

注2:「電解質フリーの水(electrolyte-free water)」: 電解質を「含まない」という意味のfreeは、カフェインフリー、アルコールフリーなどで用いられる意味のfreeで、これを「自由」水と訳すのはどうなのか?「アルコール自由ビール」のようになるが?

(2) 低ナトリウム血症補正のスピード
① 症状のある低ナトリウム血症の最適な治療についてのコンセンサスはない。しかし方針としては、低張による症状(脳浮腫)を十分なスピードで改善するが、そのスピードは、治療による浸透圧性脱髄症候群を起こさない程度にすべきである。

② 痙攣があっても、血清Na値を3-7 mmol/L増やすことによって止まるとされている。浸透圧性脱髄症候群を起こさないためには、1日に8 mmol/L以上の速度では血清Na濃度を補正しないほうがいいだろう。

③ 低ナトリウム血症補正のための輸液のスピードは、次の式1を用いて求める。
=これは本論文の著者名を取って「Adrogué-Madiasの式」と呼ばれる信頼性の高い予測式である。

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ナトリウムを含む輸液1Lを入れると、どのくらい血清Na値が上がるかを上記の式で推定し、適正な血清Na値の補正速度から、その輸液時間を決める(次節で詳述)。なお、以前からよく言われる「ナトリウム必要量=体内の水x(目標血清Na濃度-現在の血清Na濃度)」という式は複雑で勧められない。

(3) 実際の低ナトリウム補正の例 (症例1-3)

症例1:術後の低ナトリウム血症
虫垂切除術を受けた32歳女性が、術後2日間に痙攣大発作を起こしたため、ジアゼパムとフェニトインの静注および挿管され人工呼吸を受けている。術後1日目に5%デキストロースを投与され、量は不明だが多くの水を飲んだ。体重は46kgでeuvolemicだったが、昏睡となり、痛みに反応するのみになった。血清Na値は112 mmol/L、K値は4.1 mmol/L、血清浸透圧は228 mOsm/kg H2O、尿浸透圧は510 mOsm/kg H2Oだった。

【診断と方針】
① この患者は、hypotonic hyponatremia(血清浸透圧は228 mOsm/kg H2Oと低下、血清Na値は112 mmol/L)である。
② 原因は、術後の腎からの水排泄障害による水貯留の結果と考えられた。
③ そこで、水制限、高張食塩水=3%食塩水(注3)の点滴と20 mgフロセミド投与を行うこととした。

注3:高張食塩水=3%食塩水の作り方
まず0.9%生理食塩水500 mlから100ml捨てる。そこに、10%NaCl 20 mlを6本(120ml)入れるとぴったり3%食塩水になる。3%食塩水のNa濃度(mol/L)は、30 g/L x17 mEq/g換算(Na 1gは17 mEqである)=510 mEq/L。

【Adrogué-Madiasの式】
① 予測される総水分量は、46 kg x0.5(女性は、脱水のないeuvolemiaで体重の50%)=23 L。
② 3%高張食塩水を1L点滴すると、血清Na値は[513 -121] mmol/L /[23+1]
=16.7mmol/L上昇する。
③ したがって次の3時間で血清Na値を3 mmol/L上げるには、3/16.7=0.18Lを3時間で(60 ml/h)点滴すればよい。

【その後の低ナトリウム血症の補正】
2-3時間ごとに血清Na値をモニターして、点滴速度を調節した。尿浸透圧は参考にはなるが、ルーチンで測定する必要はない。3時間後に血清Na濃度が115 mmol/Lになって痙攣がおさまったら、次は3%高張食塩水の点滴濃度を半分にして30 ml/hにした。さらに入院9時間後には血清Na濃度が119 mmol/Lになり呼びかけに反応するようになったら、高張食塩水は中止、もし血清Na値の目標補正値を超えるようであれば低張食塩水に変更する。

症例2:Euvolemicな状態の低ナトリウム血症
肺小細胞癌の58歳男性が強い錯乱と無気力を起こした。脱水はなく(euvolemic)、体重は60 kg、Na 108、K 3.9、血清浸透圧 220 mOsm/kg H2O、BUN 5、Cre 0.5、尿浸透圧 600 mOsm/kg H2Oだった。

【診断と方針】
① 濃縮尿(尿浸透圧 600 mOsm/kg H2O)のあるeuvolemicなhypotonic hyponatremia.。
② 利尿剤使用・甲状腺機能低下症・副腎不全がないと判断したため、肺癌によるSIADHと考えられた。
③ そこで、水制限と3%高張食塩水点滴、フロセミド20 mg静注を行うこととした。

【Adrogué-Madiasの式】
① 予測される総水分量は、60 kg x 0.6=36 L(男性は、脱水のないeuvolemiaで体重の60%)である。
② この患者に3%高張食塩水を1L点滴すると、血清Na値は(513-108) mmol/L /(36+1)=10.9 mmol/L上昇する。
③ 次の12時間で血清Na値を5 mmol/L上げるには5/10.9=0.46Lを12時間で(38 ml/h)点滴すればよい。

【その後の低ナトリウム血症の補正】
入院12時間後、血清Na濃度 114 mmol/Lに上昇し無気力ながら反応が見られるようになったので、高張食塩水は中止、飲水制限のみとした。次の12時間で血清Na値を2 mmol/L上げることを目標とし、実際Na 115 mmol/Lで意識清明となった。

症例3:Hypovolemicな状態の低ナトリウム血症
68歳女性が進行性の傾眠と失神で搬送された。この患者は高血圧に対し25 mgのサイアザイド系利尿剤(hydrochlorothiazide)を投与され、減塩食を食べていたが、ここ3日間下痢をしていたとのことであった。体重60 kg、血圧96/56、脈拍数 110、皮膚turgorは低下していた。Na 106、K 2.2、HCO3 26、BUN 46、Cre 1.4、血清浸透圧 232 mOsm/kg H2O、尿浸透圧 650 mOsm/kg H2Oだった。

【診断と方針】
① Hypotonic hyponatremiaと低カリウム血症の原因は、thiazide投与と消化管からのNa喪失とK喪失のためと考えられた。血圧低下、脈拍数増加から、脱水ありhypovolemicと判断される。
② そのため、サイアザイドと飲水は中止、0.9%生理食塩水に30 mmol/Lのカリウムを入れた点滴を開始した。

【Adrogué-Madiasの式】
① 推定される総水分量は60 kg x 0.45=27L(脱水のある女性では体重の45%)。
② 上記の式2(式1の単純応用)より、1Lの輸液によって血清Na値は2.8 mmol/L上昇する([154+30]-106/[27+1]=2.8)。
③ 脱水補正の必要があるため、次の2時間で1L/hの時間で輸液した。
④ 2時間後の輸液終了時には血圧128/72となり、精神状態も改善、血清Na値は112 mmol/L(=106+2.8x2)、血清K値は3.0 mmol/Lまで回復した。

【その後の低ナトリウム血症の補正】
この患者の細胞外液量はほぼ回復したと考え、0.45%食塩水+30 mmol/L KClの100 ml/hでの点滴に切り替えた。この点滴による血清Na値への影響はほとんどない( [77+30]-112/[27+1]= -0.2)と考えられたが、低濃度NaおよびKの尿産生のための低ナトリウム血症改善が期待された。入院12時間後には、患者の状態は回復し、血清Na値は114mmol/L、血清K値は3.2 mmol/Lまで回復した。ここで補正濃度をゆっくりにするため、5%ブドウ糖液+30 mmol/L KClに変更した。

2. 症状のない低張性低ナトリウム血症(Asymptomatic Hypotonic Hyponatremia)
症状のない低ナトリウム血症の患者の場合、低ナトリウム血症の補正の段階で生じるリスクに注意する必要がある。特に、飲水を中止した場合、水排泄障害を治療した場合は要注意である。もし利尿剤を過剰投与したり、低ナトリウム血症を急速に補正しすぎたりしたら、低張液またはデスモプレッシン投与を考える(浮腫やSIADHの持続など水排泄障害があれば別だが)。長期的な治療としてはやはり水制限(1日800 ml未満)にして、水のネガティブバランスにすることが主である。ループ利尿剤を投与すると、電解質フリーの水の排泄を促進するので、水制限を緩めることができる(サイアザイドではできない)。SIADHに対してはループ利尿剤と塩分摂取、これでうまくいかない腎性尿崩症にはデメチルクロルテトラサイクリン(レダマイシン®)を投与することもある(腎毒性や高ナトリウム血症の誘発に注意)。(注4)

注4:2013年の現在なら、アルギニンバソプレッシンV2受容体拮抗薬が使用可能。「異所性抗利尿ホルモン産生腫瘍によるSIADHにおける低ナトリウム血症の改善」に対してモザバプタン(フィズリン®)、「ループ利尿薬等の他の利尿薬で効果不十分な心不全における体液貯留」に対してトルバプタン(サムスカ®、他の利尿剤と併用)を用いることができる。


3. 低張でない低ナトリウム血症(Non-hypotonic Hyponatremia)
低張でない場合は低ナトリウム血症そのものより、原疾患治療を優先する(高血糖があればインスリン投与、脱水補正とナトリウム・カリウム投与を行うなど)。

4. 低ナトリウム血症の管理でよくある間違い
水制限はすべての低ナトリウム血症を改善はするが、すべての例で最適な方法とは限らない。細胞外液喪失型の低ナトリウム血症(図1のE)では、水制限ではなく、ナトリウム欠乏を補充することが必要である。

一方、SIADHによる低ナトリウム血症に対しては等張食塩水(0.9%生理食塩水)点滴は適切ではない。もし濃縮尿が出るようになれば(=腎の水排泄障害)、そこに等張食塩水を点滴すると、さらなる水貯留とそれによる低ナトリウム血症の進行をもたらすことになる。よく診断がつかないときに等張食塩水の点滴を行ってしまうが、間違った点滴を始める前に落ち着いて診断をつけるべきである。なお、甲状腺機能低下症と副腎不全は、SIADHと見間違う(masquerade=変装する)ことがあり警戒が必要である。高カリウム血症があれば副腎不全を疑う必要がある。

入院中に起きる低ナトリウム血症の多くは予防可能である。入院時に水排泄障害がある場合、入院してある種の薬剤投与、臓器不全の進行、術後なの状態などにより、水排泄障害がさらに悪化することがある。しかし、電解質フリーの水の摂取が、腎の水排泄能プラス不感蒸泄を超えなければ低ナトリウム血症が進行することはない。したがって、入院患者への低張液投与は慎重に行うべきだろう。

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# by md345797 | 2013-07-18 05:40 | 症例検討/臨床総説

正常・耐糖能異常・糖尿病のヨーロッパ人女性における腸内メタゲノムの特徴

Gut metagenome in European women with normal, impaired and diabetic glucose control.

Karlsson FH, Tremaroli V, Nookaew I, Bergström G, Behre CJ, Fagerberg B, Nielsen J, Bäckhed F.

Nature. 2013 Jun 6;498(7452):99-103.

【まとめ】
2型糖尿病(T2D)は、遺伝子と環境の複雑な相互作用の結果起きる。最近では、腸内細菌叢が新たな環境因子として認識され、腸内細菌叢の変化が肥満、糖尿病、心血管疾患の発症に関連することが分かってきた。本研究では、145名のヨーロッパ人女性(正常、耐糖能異常、糖尿病)の便細菌叢のメタゲノムをショットガンシークエンス法を用いて解析し、それらの構成や機能の変化を検討した。その上で、これらのメタゲノム情報に基づいて、正確にT2Dを予測できるような数学的モデルを開発した。このモデルを用いて、正常者(NGT)とT2Dの中間に位置する耐糖能異常(IGT)を同定することができた。腸内細菌叢とT2Dの関係においては、血糖コントロールや治療(ここではメトフォルミン服用)は大きな交絡因子にはならなかった。さらに、このモデルを昨年報告された中国人コホートでのメタゲノム研究に応用し、ヨーロッパ人と中国人のT2Dを区別するようなメタゲノムマーカーを明らかにした。

【論文内容】
本研究では、ヨーロッパ人の70歳女性(NGT43人、IGT49人、T2D49人)の便細菌叢のDNAをIllumina HiSeq2000を用いて解析し、腸内細菌叢の構成をNCBIおよびHMPデータベースを参照して決定した。T2DとNGTの細菌叢構成を比較すると、T2D群ではLactobacillus種が増加しClostridium種が低下していた。Lactobacillus種の量は、空腹時血糖・HbA1c と正の相関を示し、Clostridium種の量は空腹時血糖、HbA1c 、インスリン、C-peptide、トリグリセリドと負の相関を、アディポネクチン、HDLと正の相関を示していた。これらのLactobacillus種とClostridium種はBMIや腹囲、ウェスト・ヒップ比(WHR)とは相関していない(上記の関連は肥満を介する影響ではない)。さらに、シークエンスデータのde novo アセンブル(読み取ったDNA配列断片=リードをもとに未知のゲノム配列を再構築する)を行い、13.6 Gbの塩基配列を得た。これから本研究のコホートにおける遺伝子カタログを得た。これらの遺伝子をクラスター化し、290万遺伝子の間で相関係数を計算した。これにより強い相関を持つことが明らかになった遺伝子のセットを、メタゲノムクラスター(MGCs)と定義した。大きい方の800のMGCsは少なくとも104の遺伝子を含み、全体では550,188遺伝子を含んでいた。このMGCsの系統的な起源を調べたところ、LCA (lowest common ancestor; 共通祖先でもっとも近くにあるもの)はほとんどがClostridiales (98%)で、残りわずかがBacteriodales (2%)であった。NGTとT2Dのサンプルで大きい方の800のMGCsの量を調べたところ、これらの2群の間で26のクラスターに量の違いが認められた。T2Dの女性で最も多かったMGCsは目(order)レベルではClostridialesで、2種のClostridium clostridioformeであった。ほかにT2D女性で多かったのは種(species)レベルではLactobacillus gasseriStreptococcus mutansであった。C. clostridioformeはトリグリセリドおよびCペプチドと正の相関があり、L. gasseriは空腹時血糖およびHbA1cと正の相関があった。T2Dで有意に低下しているMGCsは21あり、それらにはRoseutia、Bacteroides intestinalisなどが含まれていた。B. intestinalisはインスリンと腹囲に負の相関があった。

次に細菌組成によって糖尿病の状態が予測できるかを調べるため、NGTとT2Dの細菌種のプロファイルとMGCsをランダムフォレストモデルに学習させた。その結果、MGCsを用いると、細菌種を用いた時よりも正確に(ROC曲線下面積が大きい)T2Dを予測できるモデルが作成できた。L. gasseriは種とMGCsの両方で最も高スコアでT2Dを同定することができ、LactobacilliClostridiaは種レベルで、RoseburiaB. intestinalisなどはMGCsをもとにしたモデルで、T2D同定に重要は細菌であった。MGCモデルではRoseburiaFaecalibacterium prausnitziiはT2Dの決定細菌になっているが、これらはヒト腸内に常在する酪酸産生菌(butyrate-producing bacteria)であることが知られている。正常者の便をメタボリックシンドロームのヒトに移植すると、Roseburia増加と酪酸産生の増加に伴って、インスリン抵抗性改善と血糖改善がもたらされることが示されている。

上記のNGTとT2Dを区別するために学習させたランダムフォレストモデルを、このコホートの49名のIGT女性を層別するために用いた。その結果、10名がNGT、34名がT2Dに分類された (5名が分類できなかった)。T2Dに分類されたIGTは、NGTに分類されたIGTに比べてトリグリセリドとCペプチドが高値であった。

次に本研究で得られた遺伝子にKEGGデータベースでの注釈(annotation)をつけ、細菌の機能を検討することにした。その結果、NGTとT2Dでは機能的組成が異なり、それらのパスウェイも異なるものが多かった。T2DメタゲノムでNGTに比べて高スコアだった遺伝子のパスウェイは、グルコース代謝、フルクトース/マンノース代謝、アミノ酸・イオン・単糖に関わるABCトランスポーターであった。また、膜輸送や酸化ストレス耐性に関与する遺伝子は、本研究と既報の中国人T2Dメタゲノム研究の両方で共通して増加していた。

このような腸内細菌叢の組成や機能は、血糖コントロール(HbA1c)や内服薬(メトフォルミン)によって影響されるかを次に検討した。その結果、細菌叢からT2Dを同定するモデルにおいては、それらは大きな交絡因子にはならなかった。

本研究でも中国の研究でも腸内細菌叢とT2Dの関連が明らかに示されたため、本研究のバイオインフォマティクスプラットフォームを用いて中国人メタゲノムデータを解析することにした。その結果、いずれの研究でもT2DメタゲノムでClostridium clostridioforme MGCsが増加、Roseburia_272は減少していた。また、いずれの研究でもT2DコホートではLactobacuillus種が増加していた(Lactobacillusの増加は血糖と正の相関があることが知られている)。

さらに、本研究で同定されたMGCsを中国人のメタゲノムデータでの新しいランダムフォレストモデルの学習に用いた。その結果、中国人と本研究でT2Dを識別できる多くのMGCsは異なることが示された。特にAkkermansiaは本研究のT2Dの分類には使えないが、中国研究ではLactobacillusがT2Dの分類のためには使えないなどの「集団特異的な」細菌種の違いがあった。

【結論】
T2D、IGT、NGTの70歳ヨーロッパ白人の便メタゲノムを解析した。本研究ではメタゲノムクラスター(MGCs)の概念を作成し、MGCsを用いれば細菌種によるよりも正確に、腸内細菌組成からT2Dを同定できることを示した。IGTの女性はこの方法によりNGTとT2Dにほぼ振り分けられた。この腸細菌叢のMGCsは、T2Dのハイリスクのヒトを予測するツールと診断のバイオマーカーになる可能性がある。

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図:細菌叢(microbiota)と病気の発症・回復のモデル
腸内細菌叢の構成はどのように個体の健康に影響するのだろうか?上図のモデルでは、外的な要因(食事、ライフスタイル、感染、抗生剤など)が正常な細菌叢を変化させ、この変化(例えば酪酸産生菌の減少)が、組織の障害を起こし、生体の大きな変化を起こして慢性疾患の発症につながりうる。しかしその後は、細菌叢の回復とそれに伴う障害組織の修復が起きるため、健康で回復力のある(healthy resilient )細菌叢が元に戻ることになる。この過程を促進するために、特定の「治療細菌」の投与が有用かもしれない。将来的には2型糖尿病に対し、ある種の腸内細菌を経口投与することにより糖代謝の改善を図る、といった治療ができるようになるのかもしれない。
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# by md345797 | 2013-06-21 18:11 | その他

iPS細胞由来のβ細胞を用いた、グルコキナーゼ欠損による糖尿病のモデル作製

iPSC-derived β cells model diabetes due to glucokinase deficiency.

Hua H, Shang L, Martinez H, Freeby M, Gallagher MP, Ludwig T, Deng L, Greenberg E, LeDuc C, Chung WK, Goland R, Dieter Egli D.

J Clin Invest. Published online, June 17, 2013.

【まとめ】
MODY2は、グルコキナーゼ(GCK)遺伝子のヘテロloss-of-functionによってβ細胞機能障害が起きている糖尿病である。本研究ではMODY2の患者由来のiPSCsを作製した。このiPSCsはコントロール細胞と同様の効率でβ細胞に分化し、成熟β細胞のマーカーを発現、マウスに移植も可能であった。iPSCsを分化させて得たGCK変異β細胞は、アルギニンなどの(グルコース以外の)インスリン分泌促進物質刺激によって、正常にインスリンを分泌した。しかし、このGCK変異β細胞では、グルコース応答性のインスリン分泌は低下していた。このグルコース応答性インスリン分泌の低下は、相同組み換えによる遺伝子の補正(正しいGCK遺伝子配列の導入)によって完全に回復した。以上の結果より、MODY2患者iPSC由来のβ細胞は、MODY2患者のβ細胞に内在する形質を反映していることが示された。このような方法を用いることにより、β細胞機能異常をきたす疾患のメカニズム解析が今後可能となるだろう。

【論文内容】
近年、疾患特異的なiPSCsの作製が可能となっており、いくつかのタイプの糖尿病患者からもiPSCsが作製されている(1型糖尿病高齢者2型糖尿病MODY)。しかし、患者iPSC由来のβ細胞がその患者の実際のβ細胞機能異常を再現しているのか、患者β細胞機能を正常に回復させるための試験に用いることができるのかは明らかになっていない。これらのことを証明するため(As proof-of-principle)、MODY2という単遺伝子異常の糖尿病モデルを用いたiPSCsの作製を行った。このMODY2は、全MODYの8-60%を占めると言われ、グルコキナーゼ(GCK)遺伝子異常によるものである。グルコキナーゼは解糖系の第一歩であるグルコースをグルコース-6-リン酸に変換する酵素であるため、β細胞においてグルコース応答性インスリン分泌の閾値を決定する役割を果たしている。GCKの一方のアリルの機能低下は、グルコース応答性のインスリン分泌の低下、ひいては糖尿病をもたらす。

一アリルにGCK欠損を含むiPSCsの作製
本研究ではまず、MODY2患者(GCK遺伝子のミスセンス変異(G299R)を持つ、38歳ヨーロッパ白人女性)の皮膚生検により細胞を得た。MODY2患者由来のiPSCsは、患者GCK G299R/+細胞のGCK遺伝子G299R変異の上流をZFN(zinc finger nuclease)を用いて切断し、ターゲティングプラスミドと相同組み換えすることによって得た。なお、GCK遺伝子が回復していたGCK corrected/+細胞があり、野生型のコントロール細胞として用いることにした。

GCK欠損iPSCsからの効率的なβ細胞作製
iPSCsは胚体内胚葉(SOX17+)、膵前駆細胞(PDX1+)、内分泌前駆細胞(NGN
3+)を経て、インスリン分泌細胞に分化させることができる。本研究では、膵前駆細胞からβ細胞への分化効率を上げるため、exendin-4とSB431542(TGF-βシグナル阻害剤)を前駆細胞に添加した。このようにして作製したGCK G299R/+細胞は、β細胞転写因子であるPDX1とNKX6.1を、コントロールと同様に発現していた。作製したGCK G299R/+細胞を免疫不全マウスの腎被膜下に移植すると、移植3か月後に約半数のマウスで血清にヒトCペプチドが検出された。また、これらの細胞うちインスリン陽性細胞では、成熟β細胞のマーカーであるurocortin-3とzinc transporter 8が陽性であった。

GCK変異は特異的にグルコース応答性インスリン分泌を障害する
上記のMODY2細胞を移植したマウスに腹腔内グルコース負荷試験を行い、血糖と血中のヒトCペプチド濃度の変動を調べた。GCK G299R/+細胞を移植したマウスは血糖上昇に対するヒトCペプチド値増加が低下しており、グルコースに対するインスリン分泌反応は低下していると考えられた。GCK遺伝子が回復しているGCK  corrected/+細胞を移植したマウスでは、この反応低下が回復していた。さらに、in vitroでこれらのβ細胞にグルコース(2.5 mMおよび20 mM)を添加したところ、GCK G299R/+細胞はコントロール細胞に比べグルコース応答性インスリン分泌が低下(または消失)し、GCK corrected/+細胞ではそれが回復していた。GCK G299R/+細胞では他のインスリン分泌刺激因子(アルギニン、カリウム、Bay K8644)によるインスリン分泌反応は障害されていなかったので、GCK変異によるインスリン分泌低下はグルコース応答性に特異的と考えられた。なお、GCK変異はβ細胞機能(インスリン産生、インスリン前駆体のプロセッシング、インスリン分泌の阻害、β細胞増殖)にも影響しているかを調べたところ、 GCK G299R/+細胞は、インスリン量、インスリン顆粒の数、PDX1+前駆細胞からのβ細胞の生成などのいずれもコントロールとの差は見られなかった。

【結論】
単遺伝子変異による糖尿病患者(GCK変異によるMODY2)の細胞からiPSCsを作製し、β細胞に分化させることによって、患者β細胞に内在する欠損の性質を再現することができた。すなわち、このMODY2 β細胞はグルコース応答性のインスリン分泌を示し、これはGCK遺伝子の補正によって回復することが示された。

この方法を用いると、事実上すべてのタイプの糖尿病のモデルβ細胞を作製することが可能である。例えばWFS1KCNJ1の変異による2型糖尿病のリスク増加も、GCKと同様のβ細胞作製によってそのメカズムが検討でき、さらには正常血糖を保つための細胞治療に用いることができるかもしれない。
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# by md345797 | 2013-06-20 07:07 | 再生治療

Brite脂肪細胞と白色脂肪細胞の双方向性相互変換

Bi-directional interconversion of brite and white adipocytes.

Rosenwald M, Perdikari A, Rülicke T, Wolfrum C.

Nat Cell Biol. 15, 659–667, 2013.

【まとめ】
褐色脂肪組織は、冬眠動物およびげっ歯類・哺乳類の新生児において、脂質とグルコースを熱に変換して体温を維持し、エネルギー消費を増加させる役割を担っている。成体のげっ歯類およびヒトは、上記の古典的褐色(classical brown)脂肪細胞に加えて、白色脂肪組織の中に褐色脂肪様の脂肪細胞を含んでいる。これらはbrite (brown-in-white)脂肪細胞と呼ばれ、慢性寒冷に対する生理的反応を担っているが、その細胞起源は明らかになっていない。本研究では、マウスにおける寒冷刺激によって形成されたbrite脂肪細胞が、5週間の温暖適応により白色脂肪細胞に戻ることを示した。単離脂肪細胞の遺伝的追跡と転写の性質を明らかにすることにより、これらの脂肪細胞が白色脂肪細胞の形態および遺伝子発現を示す細胞に変換されることが示された。さらに、古典的白色(classical white)脂肪細胞はさらなる寒冷刺激によってbrite脂肪細胞に変換されることも分かった。白色からbriteヘの形質の相互変換のバランスを変えることにより、エネルギー消費を増加させて肥満を治療する新たな治療法が確立する可能性がある。

【論文内容】
哺乳類の脂肪組織は、非ふるえ熱産生を起こす褐色脂肪組織(BAT)と、過剰エネルギー貯蔵に働く白色脂肪組織(WAT)に大別される。白色脂肪細胞は大きな一つの脂肪滴を薄い細胞質の層が囲んでいるのに対し(unilocular; 単房性)、褐色細胞細胞はいくつかの小さい脂肪滴とUCP-1を含むミトコンドリアの多い細胞質からなる(multilocualr; 多房性)。成人の脂肪組織はWATが大部分を占めるが、新生児は低体温防止のためにBATが主体である。近年、成人でも頚部と鎖骨の近くに機能的なBATがあるという報告がなされている。また、ヒトとマウスにおいて白色脂肪組織の中に褐色様の脂肪細胞が見られ、これはbrite(またはbeige、inducible brown、brown-like)脂肪細胞と呼ばれている。Brite脂肪細胞は非常に動的な細胞集団であり、寒冷刺激で増加する(britening)一方、温暖環境で減少する(whitening)ことが以前から知られている。このbriteningとwhiteningは、成熟した白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞の間で直接相互変換(interconversion)する過程(一種のtransdifferentiation)である可能性がある。一方で、このような成熟細胞の相互変換ではなく、WATの中にもともとbrite脂肪細胞に分化する前駆細胞があるとする報告もある。本研究では、in vivoの系統追跡アプローチを用いて、briteおよび白色脂肪細胞の間の相互変換があることを示す。

鼠径脂肪組織の寒冷刺激によるbriteningは5週間の温暖環境で可逆的に変化しうる
C57BL/6マウスをまず寒冷環境(8℃)に1週間おき、その後温暖環境(23℃)に置いた場合の、脂肪細胞における遺伝子発現・蛋白発現と脂肪細胞形態の変化を時系列で検討した。まず、寒冷刺激によって鼠径部脂肪組織において、Ucp1Cox7a1Cidea(褐色/brite脂肪細胞に特異的な遺伝子)の発現が増加した。その後マウスを温暖環境に戻すと、これらの遺伝子発現は正常化した。鼠径部脂肪組織に発現するUCP1蛋白量も同様の変動を示した。また、寒冷刺激により鼠径脂肪組織に多房性の褐色細胞細胞様の細胞が増加し、これらは温暖適応によって消失した。以上より、寒冷刺激により鼠径脂肪組織のbriteningが起こり、生じたbrite脂肪細胞は温暖環境で可逆的に消失することが示された。

Briteおよび褐色脂肪細胞を一過性、または永続的にラベルしたトランスジェニックマウスの作製
本研究ではbrite脂肪細胞を追跡するために、2系統のトランスジェニックマウスを作製した。1つ目は膜結合型eGFPをUcp1プロモーター下で発現させるUcp1-GFPマウスである。このマウスでは、肩甲骨間BATの褐色脂肪細胞と、寒冷刺激後の鼠径脂肪組織におけるbrite脂肪細胞(Ucp1が発現している一時的な状態)をGFPで追跡できる

2つ目のUcp-CreERマウスは、Ucp1プロモーター下に「CreとER(estrogen receptor)の融合遺伝子」が発現するため、ERに結合するtamoxifenによってUcp1発現細胞でCre recombinaseの発現が誘導される。このマウスをROSA-tdRFPマウス(ROSAは全身で均一に発現させるプロモーター、tdRFPはtandem-dimerの赤色蛍光蛋白)と交配すると、(Creが発現した細胞ではloxPに挟まれたSTOP配列が切り出されてRFPレポーターが常時発現するため)褐色脂肪細胞とbrite脂肪細胞がRFPで永続的にラベルできる

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これら2つのマウスを交配し(これをUcp1-トレーサーと名付けた)、GFP(一時的なUcp1発現)とRFP(永続的なUcp1発現)を同時に可視化することで、brite脂肪細胞の継時的な出現を調べる方法をとった。Ucp1トレーサーマウスをtamoxifen含有食を与えながら寒冷刺激においたときの脂肪細胞を観察した。その結果、RFP陽性brite脂肪細胞の多くは多房性であった。ただし、一部の少量の細胞は褐色脂肪細胞と白色脂肪細胞の中間の形質を示した(相互変換における過程の一時的な形質と考えられる)。これらRFP陽性細胞の多くはGFP陽性であったが、新に形成されたGFP陽性細胞でまだRFP陽性になっていない細胞が認められた(一時的なUcp1発現を示す)。

Brite脂肪細胞は温暖適応の過程でアポトーシスによって除去されるのではない
鼠径脂肪組織に生じたbrite脂肪細胞が再び白色脂肪細胞に変化するように見える現象は、次のような3つの可能性で説明しうる。まず第一の可能性は「brite脂肪細胞が白色脂肪細胞に変換する(すなわちwhiteningが起きている)」、第二の可能性はbrite脂肪細胞がいったん間質血管分画(stromal vascular fraction; SVF)に脱分化(dedifferentiation)したあと白色脂肪細胞に分化する、第三の可能性はbrite脂肪細胞がアポトーシスによって除去されているだけで白色脂肪細胞に変化(whitening)しているわけではない、という可能性である。

まず第三の可能性について検討するため、寒冷刺激によって生じたbrite脂肪細胞が温暖条件下でも維持されているのかを調べた。そのため、Ucp1-CreER x ROSA-tdRFPマウスにtamoxifen含有食を与えて寒冷環境におき、その後tamoxifenなしの温暖環境に戻して飼育した。BAT中のラベルされた細胞の割合は時間とともに変化せず、成体マウスでは古典的褐色脂肪細胞のターンオーバーは非常に低かった。鼠径脂肪組織における、寒冷環境でラベルされた細胞の割合は温暖環境の最初の3週で軽度増加し、7週で元に戻った。ここで見られた一時的増加は寒冷刺激直後のbrite脂肪細胞の形成の結果であり、Ucp1発現が一旦ピークとなったためと考えられる。鼠径脂肪組織にラベルされた細胞(Ucp1発現細胞)が残っていたことから、brite脂肪細胞がアポトーシスによって除去されるという可能性は否定された。

Brite脂肪細胞はwhiteningの過程を経た後も、脂肪細胞の形質を維持している
次に第一、第二の可能性、brite脂肪細胞が白色脂肪細胞に変換されるのか、それとも一度脱分化するのかを調べるため、寒冷刺激6週後の単離脂肪細胞とSVFの遺伝子発現を解析した。その結果、褐色/brite遺伝子の発現は寒冷刺激を受けていないコントロールマウスのレベルまで低下していた。しかし、鼠径脂肪細胞におけるRFPの発現はコントロールと比較して4-5倍高かった(SVFではそのような上昇はなかった)。すなわち、ラベルされたbrite脂肪細胞はwhiteningの過程を経ても脂肪細胞の形質を維持していた。さらに、whiteningを受けたbrite脂肪細胞が単に刺激を受けていなかった褐色脂肪細胞でないことを確認するために、FACSを用いて脂肪組織からRFP陽性脂肪細胞を単離した。肩甲骨間脂肪組織および鼠径脂肪組織から単離したRFP陽性脂肪細胞(それぞれ、古典的褐色脂肪細胞とwhiteningの過程を経たbrite脂肪細胞)の比較により、温暖環境により誘導された古典的褐色脂肪マーカー発現の減少は、古典的褐色脂肪細胞よりも鼠径RFP陽性細胞の方が強いことが分かった。すなわち、brite脂肪細胞のwhiteningは、古典的褐色脂肪細胞が刺激されていないためではないことが示された。

Tbx1発現はin vivoで古典的褐色脂肪細胞からbrite脂肪細胞を分化させる
細胞系統のマイクロアレイスクリーニングにより、brite脂肪細胞のマーカーとして、Tbx1、 Tmem26、Tnfrsf9 (CD137をコードする遺伝子)が同定されている。Tbx1は、古典的褐色脂肪細胞に対してbrite脂肪細胞で多く発現している遺伝子であり、whiteningの過程で発現が減少している。しかし、寒冷刺激によるbrite脂肪細胞ではTmem26とTnfrsf9の転写産物は認められず、Tmem26とTnfrsf9は寒冷刺激とは関係なく鼠径SVFに多く発現していることが示された。

Brite脂肪細胞は白色脂肪細胞にwhiteningされると、白色脂肪細胞特異的な遺伝子発現を示すようになる
さらに、whiteningの過程において、褐色脂肪特異的な遺伝子の消失だけでなく、白色脂肪特異的な遺伝子発現を獲得するかどうかを調べた。今までに褐色脂肪細胞で発現していなくて白色脂肪細胞のみで発現している特異的遺伝子は知られていない。そこで、C57BL/6マウスの肩甲骨間褐色脂肪組織、鼠径および精巣上脂肪から得た脂肪細胞とSVFのマイクロアレイ解析を行い、褐色脂肪やSVFの細胞に対して白色脂肪細胞で多く発現する転写産物の同定を試みた。定量的PCRによって確認された、寒冷刺激で発現量が変化しない転写産物は7つあり、レプチンとレジスチンが含まれていた。これら7種類の転写産物は1つの例外を除いて、whiteningの過程を経たbrite脂肪細胞でmRNA発現が大きく増加しており、古典的褐色脂肪細胞での発現は低いままであった。多くの場合、これらの遺伝子発現は寒冷刺激8週後には白色脂肪細胞の発現レベルに達した。なお、寒冷刺激後のRFP陰性の鼠径脂肪細胞には、検出できるレベルのRFP発現が見られないbrite脂肪細胞の分画が含まれていることに注意すべきである。一般的な脂肪細胞マーカー(Fabp4、Pparg)の発現はすべてのサンプルで同一であった。以上の結果から、whiteningを経たbrite脂肪細胞は、古典的褐色脂肪細胞で見られるような刺激以前の状態に戻ったわけではなく、機能的に異なる細胞に変換したのであることが示された。

Brite脂肪細胞は白色脂肪細胞から形成しうる
Briteと白色脂肪細胞間の相互変換は「双方向性」(bi-directional)の適応メカニズムであると考えられるため、whiteningした脂肪細胞がさらにbrite脂肪細胞に戻る可能性を検討した。Ucp1トレーサーマウスをさらに寒冷刺激し、新たなtamoxifen誘導なしで8℃のまま7週間飼育した。このマウスの鼠径脂肪組織を解析すると、RFP陽性のwhiteningを経たbrite脂肪細胞(最初の寒冷刺激でラベルされた細胞)は、2度目の寒冷刺激後に明らかに再びGFP陽性(すなわちUcp1陽性)になっていた。2度目の寒冷刺激がなければ、RFP陽性細胞はほとんど褐色脂肪細胞の形態を示さず、古典的白色脂肪細胞の形質(または一つの大きな脂肪滴を含む中間的な形質)を示していた。再刺激後、平均75%のRFP陽性細胞が褐色脂肪細胞形質を椎飯、少なくともそれらの一部は単房性のwhitening脂肪細胞由来であった。それにもかかわらず、whiteningされたbrite脂肪細胞は新たに形成されたbrite脂肪細胞の唯一の発生源ではなく、2度目の寒冷刺激を受けたGFP陽性brite脂肪細胞はRFP陰性であった。 GFPを再び発現し始めた、再刺激後のRFP陽性細胞のうち、白色脂肪細胞の形態を示すものは認められなかったため、形態的な変化はUCP1発現以前に起こると考えられた。以上の結果から、生理的な温度適応のメカニズムとしてbrite脂肪細胞と白色脂肪細胞の相互変換が起こっていることが結論づけられた。

【結論】
本研究では、brite脂肪細胞がいったん脱分化(dedifferentiate)してその後白色脂肪細胞に分化するのではなく、WAT内でbrite脂肪細胞がアポトーシスによって除かれるのではなく、briteから白色脂肪細胞への変換が起きていることを示した。

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(図) 寒冷環境によるbriteningと温暖環境によるwhitening、さらなる寒冷環境によるre-britening
初めの寒冷刺激で白色脂肪細胞からbrite脂肪細胞が生じる(britening)。これらの細胞は永続的なUcp1発現を表すRFPと一時的なUcp1発現を表すGFPを発現している。Brite脂肪細胞は温暖環境で白色脂肪細胞に戻り(whitening)、それらは永続的なRFPを発現しているが一時的なGFPの発現は消失している。2回目の寒冷刺激によって一度戻った白色脂肪細胞(whitened former brite)が再びbrite脂肪細胞に変換した(re-britening、図の黄色)。図では新たに生じたbrite脂肪細胞(緑)も示している。
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# by md345797 | 2013-06-07 01:29 | その他

膵β細胞増殖を調節するホルモン・ベータトロフィン

Betatrophin: A Hormone that Controls Pancreatic β Cell Proliferation.

Yi P, Park JS, Melton DA.

Cell. 2013 May 9;153(4):747-58

【まとめ】
膵β細胞は主に自己複製によって生成される。β細胞の複製を刺激して、減少したβ細胞量を再度増加させることは1型、2型を問わず糖尿病の治療戦略としてきわめて重要である。本研究ではまず、マウスにインスリン受容体アンタゴニスト(S961)を投与してインスリン抵抗性を起こした際の代償的なβ細胞の増加が、他の方法による増加に比べ劇的に大きいものであることを見出した。そこでこのマウスモデルを用いて、肝と脂肪組織で発現が増加する遺伝子のマイクロアレイ解析を行い、主に肝からの分泌蛋白であるベータトロフィンを同定した。ベータトロフィンは急速かつ強力に、β細胞を特異的に増殖させるホルモンであり、肝でのベータトロフィン過剰発現によりマウスの血糖と耐糖能が改善されることが示された。将来的には、糖尿病患者にベータトロフィンを投与してβ細胞数を増加させることにより、インスリン注射の増強または代替治療が可能になると思われる。
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【論文内容】
新しいβ細胞の大部分は自己複製によって生成される(Dor et al., 2004; Meier et al., 2008; Teta et al., 2007)。マウスやヒトのβ細胞は、胎生期と新生児期に急速に増加するが、その後は極めて遅い速度 で複製する(1日に0.5%未満が分割するのみ) 。ただし、妊娠中や高血糖時、膵が傷害を受けた際、末梢のインスリン抵抗性がある場合などはβ細胞の複製速度は上昇する能力を持っている。このβ細胞増殖の遺伝的メカニズムはよく分かっておらず、細胞周期調節因子(cyclin D1/D2 やCDK4)、細胞周期関連転写因子(E2F1/2)が重要な働きを担い、細胞周期抑制因子(p15Ink4b、p18Ink4c、p27Kip1)はβ細胞複製を抑制し、その他の蛋白(NFAT、Menin、p53、Rb、Irs2)がβ細胞複製に関与しているなどのことが分かっているのみである。これらのβ細胞に内在する因子のほかに、全身性の因子の存在が報告されている。まずはグルコースそのものがβ細胞複製を刺激する因子である。グルコキナーゼ欠損でβ細胞増殖が低下するが、グルコキナーゼ活性化薬はβ細胞複製を2倍程度に増加させる(Porat et al., 2011)。インスリンを初めとするホルモン(ほかには胎盤性ラクトゲン、プロラクチン)やGLP-1、GIPなどのインクレチンはβ細胞複製を促進する。しかし、現在までにβ細胞のみを強力に増殖させる因子は知られていない。肝特異的インスリン受容体欠損(LIRKO)マウスでは代償的にβ細胞複製が増加し(Michael et al., 2000)、肝にconstitutively active MEK1を発現させた場合は神経依存的なメカニズムを介してβ細胞複製が増加する(Imai et al., 2008)。最近では、肝から分泌され膵島に直接作用する因子の存在も報告されている(El Ouaamari et al., 2013)。

本研究では、β細胞複製を調節する分泌シグナルの同定を試みた。まず、マウスにインスリン受容体アンタゴニストを投与し、インスリン抵抗性の代償的にβ細胞複製を起こす新しいインスリン抵抗性モデルマウスを作製した。このマウスモデルを用いて、インスリン抵抗性の状態において肝と脂肪組織で発現が増加する遺伝子を同定した。この遺伝子がコードする分泌蛋白は、β細胞を特異的にかつ著明に増殖させて耐糖能を改善する作用を持っていたため、ベータトロフィン(betatrophin)と命名した。

インスリン受容体アンタゴニストS961投与により、インスリン抵抗性・β細胞増殖マウスモデルを作製
43アミノ酸からなるペプチドS961(Schäffer et al., 2008)は、インスリン受容体に結合しそのシグナル伝達を阻害するインスリン受容体アンタゴニストである。浸透圧ポンプを用いてマウスにS961を投与したところ、S961の用量依存的に高血糖と耐糖能異常を起こすことができた。また、これらのマウスではβ細胞の代償的な作用によって血漿インスリン濃度は増加した。

S961投与によりβ細胞複製(Ki67免疫染色による)が著明に増加したが、この反応は直ちに起こり、かつS961の用量依存的で、持続的であった(投与4日目で反応が正常化した)。このβ細胞複製は核のβ細胞マーカー(Nkx6.1)、細胞分裂マーカー(PCNA)の免疫染色、細胞周期調節因子の定量的PCR解析の結果からも確認できた。なお、血糖変化が起こらない程度の低用量S961投与であっても4.3倍程度の、高用量S961投与では12倍ものβ細胞複製が認められた。これは今までの薬物投与で報告されたβ細胞複製率をはるかに超える高率なものである

このβ細胞複製増加はすべての膵島で同様に起きており、その結果β細胞面積は1週間で3倍程度まで増加した。S961投与でこのようなβ細胞量の増加が起きたものの、膵のインスリン含量は減少していた(インスリン抵抗性に伴い多くのインスリンを血中に分泌してしまうためか)。低用量S961の7日間投与ではKi67で測定したβ細胞複製は増加しなかったのに、β細胞量は1.5倍多くなっていた。S961投与によりβ細胞のサイズに変化はなかった。したがって、低用量S961の7日間投与によるβ細胞量の増加は、β細胞の過形成(サイズの増大)が原因ではなく、7日目より前の一時的なβ細胞増殖の結果ではないかと考えられた。S961投与による細胞増殖はβ細胞に特異的であり、膵の他の系列の細胞(内分泌、外分泌を含む)、肝や脂肪の細胞の増殖は認められなかった。

S961投与マウスの肝と白色脂肪組織からのベータトロフィンの同定
In vitroでマウスβ細胞にS961を添加しても、直接の細胞増殖効果は認められなかった。そこで、S961が代謝関連臓器(肝、白色脂肪組織、骨格筋)に作用することにより間接的にβ細胞に作用すると考え、これらの臓器における遺伝子発現をマイクロアレイで検討した。その結果、S961を投与したマウスの肝で4倍、白色脂肪組織で3倍に発現が増加した(骨格筋とβ細胞での発現は変化なかった)1つの遺伝子を同定し、これをベータトロフィンと名付けた(右図)。d0194774_10144113.jpg

この遺伝子は198アミノ酸からなる蛋白をコードしていた。なお、この遺伝子はマウスの遺伝子でGm6484、蛋白でEG624219、ヒトの遺伝子でC19orf80、蛋白でhepatocellular carcinoma-associated protein TD26と注釈(annotation)が付けられていたものである。ベータトロフィン遺伝子は他の遺伝子であるDock6の逆ストランドのイントロン中にある4つのエクソンからなり、哺乳類で高度に保存されている遺伝子であった。

ベータトロフィンは肝と脂肪組織に多く、その発現はβ細胞増殖率に関連する
ベータトロフィンmRNAはマウスの肝と脂肪に発現し、他の臓器の発現は少なかった。ヒトではベータトロフィンは主に肝に発現していた(他の臓器に比べ250倍以上のmRNA発現が見られた)。マウスへのS961注入によるβ細胞複製増加の際には、肝で6倍、白色脂肪組織で4倍のベータトロフィン発現の増加が認められた。インスリン抵抗性モデルであるob/obおよびdb/dbマウスの肝でも3-4倍のベータトロフィンmRNA発現の増加が見られ、妊娠中の肝では20倍の増加が認められた。一方、ジフテリア毒素を用いたβ細胞の特異的な欠損モデルでは肝でのベータトロフィンmRNA増加は認めなかった。以上より、ベータトロフィン発現増加はインスリン抵抗性による生理的な代償性β細胞増殖には関与しているが、膵の急性傷害時の再生反応には関与していないことが示された。

ベータトロフィン遺伝子は分泌蛋白をコードする
マウスとヒトのベータトロフィンの配列解析では、N端の分泌シグナルと2つのcoiled-coilドメインを持つことが分かった。そこで、マウスおよびヒトベータトロフィン遺伝子のC端にMyc-tagを付加したもの(mbetatrophin-Mycおよびhbetatrophin-Myc)を発現ベクターに組み込んで、培養細胞に発現またはhydrodynamic tail vein injection法によりマウスの肝に発現させた。その結果、Myc-taggedベータトロフィン蛋白が培養細胞上清およびマウス血漿中で確認され、ベータトロフィンが分泌蛋白であることが示された。ベータトロフィンはヒト血漿中にも検出され、in vivoでの内因性分泌蛋白であることが分かった。

(hydrodynamic tail vein injection法:
目的遺伝子をsleeping beautyトランスポゾン骨格中でCAGプロモーターまたはEF1aプロモーター下に発現させるプラスミドDNA 100 mgにsleeping beauty transposase発現プラスミド (pCMV-SB100) 4 mgを加え、滅菌生理食塩水で希釈してマウス尾静脈から注入し肝で発現させる方法。)

ベータトロフィンをマウス肝で発現させると、劇的なβ細胞特異的増殖が起き、耐糖能が改善する
マウス肝にhydrodynamic injection法を用いてベータトロフィン(またはコントロールのGFP)遺伝子を含むプラスミドを注入したところ、5-10%の肝細胞に少なくとも8日間にわたってベータトロフィンが発現した。その結果β細胞増殖率は、コントロールの0.27%に対して平均4.6%(17倍)に増加し、多いものでは8.8%(33倍)にも増加した
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(上図)マウス肝にベータトロフィン(上段)を過剰発現させると、GFPを過剰発現させたコントロール(下段)に比べ、β細胞(insulin染色で緑色)のうち複製しているもの(Ki67染色で赤色、重ね合わせ像で黄色)の割合が著明に増加した。
(下図)膵切片の弱拡大像(左右はいずれも代表的な切片)。マウス肝のベータトロフィン過剰発現により、白く囲まれたβ細胞領域のうち、複製しているもの(Ki67染色で白い点として見える)の割合が著明に増加していた。

なお、このβ細胞増殖は核マーカーであるNkx6.1や細胞分裂マーカーPCNAの免疫染色、cyclin、CDKs、E2Fsの定量的PCRでの増加でも確認された。また、このβ細胞の増殖はすべての膵島で観察された。ベータトロフィン過剰発現マウスでは、β細胞数と総β細胞量の増加も認められ、膵島サイズの増大と膵の総インスリン量の増加(2倍程度)が見られた。このベータトロフィン発現による複製刺激はβ細胞に特異的なものであり、膵の他の細胞系列や他の臓器(肝、白色・褐色脂肪組織)にはほとんど認められなかった。

次に、ベータトロフィン遺伝子注入マウスの膵島を単離し、グルコース応答性インスリン分泌(glucose-stimulated-insulin-secretion, GSIS)を調べた。その結果、ベータトロフィン遺伝子注入とコントロールのGFP遺伝子注入マウスで膵島のGSISに差は認められず、ベータトロフィンによって増殖したβ細胞は正常な機能を維持していることが示された。さらに、これらのマウスにグルコース負荷試験を行ったところ、ベータトロフィン遺伝子注入マウスはコントロールマウスに比べ空腹時血糖が低く、耐糖能が改善していた。ベータトロフィン発現により空腹時血漿インスリン値は軽度に増加していたのみだったが、これは絶食時間が比較的短いためか、グルコース感受性亢進のためと考えられた。インスリン負荷試験を行ったところ、ベータトロフィン遺伝子注入マウスとコントロールマウスの間にインスリン感受性の差は認められなかった(S961投与では強いインスリン抵抗性が生じる)。すなわち、ベータトロフィンはインスリン抵抗性の発症を介することなく、β細胞複製を促進していると考えられた。(「ベータトロフィンがまずインスリン抵抗性を発症し、これにより代償的なβ細胞増殖を起こしている」のではないことは、ベータトロフィン過剰発現マウスで空腹時血糖が低値であることからも分かる。)

【結論】
マウスおよびヒトのベータトロフィンであるGm6484/TD26遺伝子については、肝と脂肪に多く発現する遺伝子として最近3つ報告がある(Quagliarini et al., 2012; Ren et al., 2012; Zhang, 2012)。これらはリポ蛋白リパーゼ阻害により血清トリグリセリドの調節について報告しているが、β細胞や糖代謝、糖尿病に対する効果については報告していない。今回、β細胞に対する効果が初めて明らかになった。過去のβ細胞複製率についての報告は、妊娠で4倍(Karnik et al., 2007)、高グルコース注入で2-4.5倍(Alonso et al., 2007)、exendin-4投与で2.6倍(Xu et al., 1999)、β細胞傷害モデルで4倍(Nir et al., 2007)、LIRKOマウスで6倍(Okada et al., 2007)程度である。しかし、今回報告したベータトロフィン遺伝子注入では数日で平均17倍(多いもので33倍)と極めて急速で強力な効果が認められた。今後、遺伝子組み換えベータトロフィン蛋白の作製とその直接注入によるβ細胞複製への効果を検討することが重要であろう。ベータトロフィンの作用機序については不明であり、ベータトロフィンのβ細胞への作用は直接作用か間接作用か、ベータトロフィン受容体や他のcofactorがあるのかなども今後検討が必要である。


◇本研究について著者Douglas A. Meltonの動画

◇ベータトロフィンを用いた治療が実現すれば、内在性のβ細胞の数を増加させることが可能となるため、2型糖尿病の進行を遅らせる極めて有効性の高い治療法となるだろう。さらに、小児1型糖尿病の発症初期や1型糖尿病「ハネムーン期」などβ細胞がまだ残存している場合に投与すれば、1型糖尿病発症を防止できるかもしれない。

◇Harvard Universityは、Evotec社(ドイツ・ハンブルク)およびJanssen Pharmaceuticals社(Johnson & Johnson社の一部門)と研究契約「CureBeta」を結び、ベータトロフィンの治療応用に向けた研究を進めている。著者らは「今後3年から5年以内にベータトロフィンの臨床試験が行えるだろう。頻回インスリン注射の代わりに、週1回、月1回、理想的には年1回の投与頻度で行える糖尿病治療が可能になるだろう」と考えている。

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# by md345797 | 2013-04-27 10:17 | 再生治療

腸内細菌叢によるphosphatidylcholineの代謝産物TMAOはヒトの心血管疾患リスク増加に関連

Intestinal microbial metabolism of phosphatidylcholine and cardiovascular risk.

Tang WHW, Wang Z, Levison BS, Koeth RA, Britt EB, Fu X, Wu Y, Hazen SL.

N Engl J Med. 2013; 368:1575-1584. April 25, 2013.

【まとめ】
背景:最近のマウスを用いた検討により、食餌中のphosphatidylcholine (lecithin)のcholine部分から、腸内細菌叢の代謝によってtrimethylamineが生成され、それが肝で代謝されてtrimethylamine-N-oxide (TMAO)となり、これが動脈硬化性の心血管疾患の発症に関連があることが示されている。本研究ではヒトにおいて、①食事中のphosphatidylcholineの腸内細菌叢による代謝、および②TMAO値と心血管イベントの関係について検討した。方法:①健常者に広範囲抗生剤を投与して腸内細菌叢を抑制した前と後で、phosphatidylcholine負荷(ゆで卵2つとdeuterium [d9]ラベルしたphosphatidylcholineを摂取)を行い、血漿中および尿中のTMAO値、血漿choline、betaine(choline代謝産物)値を定量した。②さらに、待期的冠動脈造影を受けた4007人の患者を3年間追跡し、ベースラインの空腹時血漿TMAO値と心血管イベント(死亡、心筋梗塞、脳梗塞)の発症率との関連を検討した。結果:①Phosphatidylcholine負荷後に、時間依存的にTMAO値とラベルされたTMAO(d9 isotopologue)値、および他のcholine代謝産物の増加が認められた。抗生剤投与後は血漿TMAO値は著明に抑制され、抗生剤を中止すると再度上昇した。②また、空腹時血漿TMAO高値は冠動脈イベントのリスク増加と関連があった。既知の危険因子で補正した後であっても、TMAO高値は心血管イベントのリスク増加と関連していた。結論:①食事中のphosphatidylcholineからTMAOが産生されるためには、腸内細菌叢による代謝が必要である。②TMAO値の増加は心血管イベントの発症リスクの増加に関連している。
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【論文内容】
リン脂質であるphosphatidylcholine (lecithin)は食事中の主要なcholine源である。Cholineは脂質代謝や細胞膜の構成に必要であり、そのほかにも神経伝達物質アセチルコリンの前駆体であるなどさまざまな役割を持つ。また、cholineの代謝産物(betaineなど)はある種のアミノ酸に正しくメチル基を負荷するために必要である。このグループは、マウスモデルにおいて腸内細菌叢によるphosphatidylcholine–cholineの代謝経路が動脈硬化性の冠動脈疾患の発症に関与することを報告した。また、phosphatidylcholineのcholine部分の腸内細菌叢依存性代謝産物であるTMAOの空腹時血漿中の値と心血管疾患の罹患歴に関連があることも報告している。今回の研究では、①ヒトにおけるphosphatidylcholineの経口摂取と腸内細菌叢によるTMAO産生の関連について検討した。②また、空腹時血漿TMAO値と長期の心血管イベント発症リスクの関連についても検討した。

① Phosphatidylcholine負荷
40人の健康な成人にphospahtidylcholine負荷を行い、そのうち6人に抗生剤(メトロニダゾールとシプロフロキキサシンを1週間)投与した後に2回目のphosphatidylcholine負荷を行った。さらに、抗生剤中止1か月以上後に腸内細菌叢の回復を待って3回目のphospahtidylcholine負荷を行った。Phospahtidylcholine負荷は、2つの固ゆで卵とトレーサーとしてdeuteriumラベルしたphosphatidylcholine (d9-phosphatidylcholine)を摂取させ、摂取前後の血液と24時間蓄尿で代謝産物を評価するという方法で行った。内因性の(ラベルされていない)TMAOとcholine、betaineが空腹時血漿に認められるが、負荷後はTMAOおよびd9-TMAOが血漿と尿中に出現した。抗生剤投与1週間(腸内細菌叢抑制)には、血漿および尿中のTMAOとd9-TMAOはほぼ完全に消失していた。(Phosphatidylcholine負荷後のcholineとbetaineの増加は変化がなかった。)さらに、抗生剤中止1か月以上後の腸内細菌叢が回復した状態では、phosphatidylcholine負荷後に血漿と尿中のTMAOおよびd9-TMAOの増加が認められた。

② 臨床的なアウトカム
(1) TMAO値と心血管イベントの関連

待期的冠動脈造影を受けて、少なくとも1枝病変があり心血管リスクが高い4007人の成人を対象に、冠動脈カテーテル検査時に血液サンプルを採取し、その後3年間主要な心血管イベントの発症がないかを追跡調査した。(これらの対象患者の心血管リスクは、高齢、高血糖、高率の糖尿病と高血圧の合併および心筋梗塞の既往である。)これらの対象患者のうち、心血管イベントを発症した患者のベースラインの血漿TMAO値は、発症しなかった患者の値より有意に高かった。TMAO値の最低四分位の患者は、最高四分位の患者に比べイベント発症リスクが高かった(hazard ratio 20.54, 95% CI 1.96-3.28, P<0.001)。既知の危険因子とベースラインの共変数で補正した後であっても、TMAO高値は心血管イベントの有意な危険因子であった。Kaplan-Meier解析でリスクの増加を比較すると、いずれのTMAO値でもリスク増加は同様に認められた(下図)。(unadjusted hazard ratio, 1.40 [95% CI, 1.29-1.51; P<0.001]; adjusted hazard ratio, 1.30 [95% CI, 1.20-1.41; P<0.001])
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なお、心血管イベントの要因を別々に解析してもTMAO値の増加はリスク増加に有意に関連していた(死亡に対してはhazard ratio, 3.37; 95% CI, 2.39-4.75; P<0.001、非致死的心筋梗塞と脳梗塞に対しては、hazard ratio, 2.13; 95% CI, 1.48-3.05; P<0.001)。既知の危険因子にTMAOを共変数として含むと、リスク予測は有意に改善した(net reclassification improvementとintegrated discrimination improvementでみる改善度は、それぞれNRIが 8.6% [P<0.001]およびIDIが9.2% [P<0.001]; リスク評価の正確性を表すC 統計量が68.3% vs. 66.4% [P=0.01]と改善が認められた)。

(2) 低リスクサブグループの心血管リスク
血漿TMAO値上昇の心血管リスク上昇は、リスクが低い群でも有意に予後予測的な価値を持っていた。(これらの低リスク群は、若い年齢(65歳未満)、女性、冠動脈疾患の既往なし、脂質異常やアポ蛋白異常が少ない、血圧低値、非喫煙者、リスクマーカー(CRP、myeloreoxidase、白血球数)の増加が少ないなどのグループである。)

【結論】
Phosphatidylcholineは卵、レバー、牛肉、豚肉に多く含まれ、腸内細菌叢で代謝されtrimethylamineを経て肝で代謝されてTMAOになり、これが動脈硬化促進的に働くことがマウスを用いた検討および臨床研究で示されている。本研究では、①アイソトープトレーサーを用いて食事中のphosphatidylcholineからTMAOが産生されることを示し、これが抗生剤投与で消失、抗生剤中止で回復することを確認した。さらに、②空腹時血漿TMAO値が、既知の危険因子とは独立して心血管イベントのリスクを予測する因子であることを明らかにした。


(なお、形質に影響する要因を「遺伝要因」と「環境要因」にはっきり区別して考えるガルトン的な考え方(Galton, 1875)はもはや単純化しすぎの二分法であろう。現代では、環境はエピジェネティックな過程や転写後修飾を通して遺伝的機能を変え、遺伝は環境へのストレス耐性などの因子を変えることが知られているからである。さらに最近では、食事中の成分が腸内細菌叢に影響を与え、宿主の100倍以上の遺伝子を含む腸内細菌叢のゲノムであるmicrobiomeが宿主の疾患に大きく影響していることなどが明らかになってきた。すなわち、宿主ゲノムとmicobiomeが相互作用することにより「supraorganismal」な代謝を形成し、遺伝・環境因子を統合して形質形成に関わっていると考えられている。本研究では、「環境からのphosphatidylcholine摂取が、腸内細菌叢による代謝を経てTMAOを生成し、それがヒトの動脈硬化性疾患を促進する」という宿主と環境の複雑な相互作用が明らかになった。)
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# by md345797 | 2013-04-26 07:27 | 心血管疾患

GLP-1受容体アゴニストは心房においてEpac2を介してANP分泌を増加させることにより血圧低下をもたらす

GLP-1 receptor activation and Epac2 link atrial natriuretic peptide secretion to control of blood pressure.

Kim M, Platt MJ, Shibasaki T, Quaggin SE, Backx PH, Seino S, SimpsonJA, Drucker DJ.

Nature Medicine. Published online 31 March 2013.

【まとめ】
GLP-1受容体(GLP-1R)アゴニストには血圧低下作用があるが、そのメカニズムはよく分かっていない。本研究では、心臓のGlp1r発現が心房に限局しており、心房心筋細胞におけるGLP-1Rの活性化がANP(心房性ナトリウム利尿ペプチド)の分泌を促進して血圧を下げる機構を解明した。GLP-1Rアゴニストであるリラグルチドは、直接cGMPを増加させたり、前収縮させた大動脈輪を拡張したりすることはないが、リラグルチドを潅流させた心臓の潅流液は内皮細胞非依存性、GLP-1R依存性に大動脈輪を拡張させた。なお、Glp1r−/−マウスやNppa−/−(ANP欠損)マウスにリラグルチドを投与しても、ANP分泌増加、血管拡張、血圧低下は起きなかった。心筋細胞においてGLP-1Rを活性化させると、Rap guanine nucleotide exchange factor であるEpac2が膜にtranslocationしたが、Rapgef4−/− (Epac2)欠損マウスではGLP-1R依存性のANP分泌増加は起こらなかった。野生型マウスの絶食後再摂食で(生理的なGLP-1増加によって)血漿中ANP濃度の増加が起きたが、Glp1r−/−マウスでは摂食後にANP濃度は増加しなかった。また、リラグルチドを投与した野生型マウスでは尿中Na排泄が増加したが、Nppa−/−マウスではリラグルチド投与で増加しなかった。以上の結果から、腸管から心臓に至るGLP-1R依存的、ANP依存的な経路(GLP-1R-ANP軸)が血圧調節に役立っていることが明らかになった。

【論文内容】
GLP-1には血圧を下げる作用があることが知られていたが、これはGLP-1が直接血管に作用して血管拡張をもたらすためと考えられ、GLP-1の血管平滑筋や内皮細胞に対する作用やNOを介する機構が想定されてきた。また、GLP-1の腎臓に対する作用としてNa利尿を促進し、腎細胞のNa調節蛋白のリン酸化を変化させる作用があるため、GLP-1が腎を介して血圧を下げている可能性も考えられていた。そこで本研究では、GLP-1Rアゴニストの血圧低下作用のメカニズムについて検討した。

リラグルチドはGLP-1Rを介して血圧を低下させる
C57BL/6 (WT)マウスにangiotensin II (Ang II)を注入して血圧上昇マウスモデルを作製した。このマウスに分解抵抗性のGLP-1Rアゴニストであるリラグルチド(薬品名:ビクトーザ)を投与すると、収縮期血圧、拡張期血圧がそれぞれ23、19 mmHg低下した。しかし、Ang IIを注入したGlp1r−/−マウスにリラグルチドを投与しても血圧の低下は見られなかった。次に、WTマウスに2日間exendin9–39 (GLP-1Rアンタゴニスト)、L-NMMA (NO synthase inhibitor阻害剤) 、またはanantin (natriuretic peptide receptorアンタゴニスト)を投与しておいたところ、exendin9–39およびanatinでリラグルチドの降圧効果は阻害されたが、L-NAMEでは阻害されなかった。Anantinでリラグルチドの降圧効果が阻害されたことにより、この効果はnatriuretic peptide receptor Aを介するものであると考えられた。Phenylephrineを用いて収縮させた大動脈輪にin vitroでリラグルチドを添加しても直接の血管拡張効果は認められなかったが、acetylcholine (Ach)を添加すると直接の血管拡張効果があった。Achの添加により、大動脈輪の内皮細胞のeNOS やvasodilator-stimulated phosphoprotein (Vasp:NO-cGMPシグナル伝達経路の下流)のリン酸化は増加し、cGMP量を増加した。一方、リラグルチドは、eNOS、Vaspリン酸化、cGMP量の増加に対する直接の効果はなかった。以上の結果により、リラグルチドは血管に対して直接の血管拡張作用を及ぼすのではないと考えられた。

リラグルチドはANP分泌を刺激する
上の実験でanantinがリラグルチドによる血圧低下を阻害したため、リラグルチドの効果はatrial natriuretic peptide (ANP)またはbrain natriuretic peptide (BNP)を介するものではないかと考えられた。そこでWTマウスにリラグルチドの急性投与を行ったところ、血漿ANP濃度が1.8倍に上昇した(BNPは変化なし)。Ang II注入マウスはベースラインの血漿ANP濃度が高かったが、このマウスにリラグルチドを投与すると二相性のANP濃度変化が起きた(最初にANP濃度が低下した後、160分後にその3.7倍まで上昇)。一方、リラグルチドはGlp1r−/−マウスの血漿ANP濃度は増加させなかった。また、リラグルチドを3週間にわたって1日2回慢性投与した場合には、持続的にANP濃度が増加し、血圧が低下した。(なお、Ang II注入とは別の、経大動脈収縮(TAC)に伴う圧負荷による高血圧モデルマウスでも、リラグルチドはANP濃度を増加させ、血圧を低下させた。また、リラグルチド以外のGLP-1そのものやexendin-4をAng II注入マウスに投与したところ、exendin-4では持続的な降圧効果、GLP-1では(in vivoでは急速に分解・不活化されるため)一時的で弱い降圧効果のみを示した。そこで、GLP-1、リラグルチド、exendin-4をそれぞれin vitroでWTの心房心筋細胞に添加したところ、いずれもANP分泌が増加した。Glp1r−/−マウスの心筋細胞ではその効果は見られなかった。)

次に、食事摂取による内因性のGLP-1の増加(=GLP-1濃度の生理的増加)によって血漿ANP濃度が増加するかを検討した。その結果、WTマウスでは空腹後の再摂食で急速にANP濃度の増加が認められたが、Glp1r−/−マウスではその効果は認められなかった。以上より、GLP-1Rの薬理学的活性化(リラグルチド投与)および生理的活性化(絶食後再摂食)によって、ANP分泌が促進されることが示された。

では、心臓におけるGLP-1R活性化はANP分泌を直接促進しているのかを検討するため、単離したマウス心臓にリラグルチドを潅流させ、その潅流液中のANP濃度を測定する実験を行った。WTマウスの心臓にリラグルチドを潅流させると、潅流液中のANP濃度は約5倍に増加した。Ang II注入高血圧マウスの心臓の潅流液ではベースラインのANP濃度が高かったが、リラグルチド潅流により潅流液中のANP濃度は10倍増加した。Ang II注入Glp1r−/−マウスの心臓でも潅流液中のベースラインのANP濃度は増加していたが、リラグルチドを潅流させた後の潅流液中のANP濃度は増加しなかった。以上の結果により、リラグルチドは、心臓のANP分泌を直接促進していると考えられた。さらに、リラグルチドを潅流させたWTマウス心臓の潅流液を収縮させた大動脈輪にin vitroで添加すると、容量依存性に大動脈輪が拡張したが、この拡張はGlp1r−/−マウスの心臓のリラグルチド潅流液では認められなかった。なお、血管内皮細胞をはがした大動脈輪では、Achに反応した血管拡張は消失したが、リラグルチド投与WTマウスの心臓潅流液反応性の血管拡張は保たれていた。このリラグルチド心臓潅流液を添加すると、大動脈輪のVaspのリン酸化が増加した。一方、リラグルチドを潅流させたGlp1r−/−マウスの心臓潅流液では、このVaspリン酸化増加は消失していた。以上の結果から、GLP-1R–ANP軸は(血管内皮細胞ではなく)血管平滑筋の緊張低下によって血圧低下をもたらすことが示唆された。

ANP受容体のシグナル伝達はguanylyl cyclaseを介している。リラグルチドを潅流させたWTマウス心臓の潅流液は大動脈輪のcGMP量の増加をもたらしたが、Glp1r−/−マウスの心臓潅流液ではcGMP増加は起きなかった。すなわち、リラグルチドはANP分泌を増加させ、標的(大動脈)のANP受容体に作用し、ANP受容体下流のcGMP増加を起こしていると考えられた。

リラグルチドはANPを介して、Na利尿と血管拡張を促進する
次にリラグルチドの降圧効果におけるANPの重要性を検討するため、ANP欠損(Nppa−/−)マウスを用いた。リラグルチドは、正常血圧およびAng II注入高血圧WTマウスの尿中Na排泄を増加させたが、Nppa−/−マウスでは尿中Na排泄増加は認められなかった。Nppa−/−(ANP欠損)マウスはNppa+/+マウスに比べ、ベースラインの血圧が有意に高い。リラグルチド投与により、Ang II注入高血圧Nppa+/+マウスの血圧は有意に低下したが、Nppa−/−マウスの血圧は低下しなかった。なおNppa−/−マウスにおいても、GLP-1の他の作用(血糖低下、血漿インスリン値の低下、摂食と胃内容排出の抑制)は認められたため、上記の作用はANP欠損マウスでGLP-1Rの作用が全身的に低下しているためではないことが分かる。リラグルチドを潅流させたNppa+/+マウスの心臓の潅流液をin vitroで大動脈輪に添加すると血管拡張とVaspのリン酸化増加が起きたたが、Nppa−/−マウスの心臓潅流液ではそれらの効果は見られなかった。したがって、GLP-1R活性化がマウス心房からのANP分泌を促進し、これが血管のVaspリン酸化、cGMP生成、大動脈平滑筋の拡張とNa利尿を促進することにより血圧が低下するというメカニズムが想定された。

リラグルチドによるANP分泌促進はEpac2を介する
GLP-1は膵β細胞でcAMP依存性経路を活性化するが、心筋細胞でも同様のcAMPを介するシグナル伝達経路を活性化するかを検討した。その結果、リラグルチドはAng II注入高血圧Glp 1r+/+マウスの心房心筋細胞でcAMPを増加させたが、Glp 1r-/-マウスでは増加させなかった。さらに、マウスから取り出した心臓にH-89(PKA阻害剤)、SB203580(p38MAPK阻害剤)または2-APB(inositol 1,4,5-triphosphate受容体アンタゴニスト)を潅流させ、その直後にリラグルチドを潅流させ、その潅流液中のANPの増加を調べた。リラグルチドはex vivoで、PKA、p38MAPK、inositol 1,4,5-triphosphate受容体のいずれにも非依存性にANP分泌を増加させた。しかし、exendin 9-39(GLP-1Rアンタゴニスト)、U73122(phospholipase C阻害剤)の潅流後は、リラグルチド潅流によるANP分泌促進は阻害された。Epacの選択的活性化剤であるESCA-AMは、それだけでもANP分泌を増加させ、その増加はリラグルチドによるANP分泌増加と相加的ではなかった。したがって、リラグルチドによるANP分泌促進は、cAMP依存的であってもPKA非依存的であり、PLC依存的なシグナル伝達を介すると考えられた。β細胞ではGLP-1R活性化によるcAMP増加はEpac2のtranslocationを活性化するため、心筋細胞でも同様の変化がないかを検討した。その結果、Glp 1r+/+心筋細胞はリラグルチド添加によって細胞質内Epac2が減少し、膜分画でのEpac2が増加した。この変化はGlp 1r-/-心筋細胞では見られなかった。

リラグルチドはGlp 1r+/+の心房 (Glp 1rが主に局在しているのは心房)の心筋細胞ではANP分泌を増加させたが、心室の心筋細胞では増加させなかった。Glp 1r-/-の心房心筋細胞ではリラグルチドを添加してもANP分泌は変化なかった。しかし、ESCA-AMの添加では、Glp 1r+/+でもGlp 1r-/-でも心房、心室の心筋細胞でANP分泌が増加した(心筋のANP分泌は心房に比べ少ない)。

リラグルチドによる血圧低下にはEpac2が必要である
そこでリラグルチドによるANP分泌促進および血圧降下にはEpac2が必要と考え、Epac2をコードする遺伝子であるRapgef4の欠損マウスを用いた実験を行った。なお、Rapgef4+/+マウスもRapgef4-/-マウスも、心房におけるGlp 1rの発現は同程度であった。リラグルチドは、Rapgef4+/+マウスの心房心筋細胞のANP分泌を直接刺激したが、Rapgef4-/-マウスではその効果は認められなかった。Ang II注入マウスの心臓へのリラグルチド潅流でもRapgef4+/+マウスではANP分泌が増加したが、Rapgef4-/-マウスでは増加しなかった。さらに、Rapgef4+/+マウスの心臓リラグルチド潅流液は収縮した大動脈輪を拡張させたが、Rapgef4-/-マウスを用いた潅流液では拡張させなかった。なお、Rapgef4-/-マウスの心筋細胞にアデノウイルスを用いて後からEpac2を発現させると、リラグルチドによるANP分泌増加が回復した(したがって、上記のRapgef4-/-心筋細胞のリラグルチド反応性の低下はEpac2欠損による発生過程の異常によるものではないことが分かる)。以上の結果より、GLP-1RによるANP分泌促進はEpac2を介していることが確認された。

【結論】
GLP-1アゴニストには血圧降下作用があることが知られているが、それは心房からのANP分泌増加を介していることが明らかになった。本研究で明らかになったGLP-1による降圧の機構は下図のようなものである。

d0194774_2453759.jpg


GLP-1は心房の心筋細胞のGLP-1Rを活性化させ、心筋細胞内のcAMPを増加させる。この心房心筋細胞のcAMP増加は、(PKA活性化ではなく)Epac2のtranslocationを介して、large dense core vesicle(LDCV)からのANP分泌を増加させる。 ANPは、標的である血管平滑筋においてcGMPを介して血管拡張を起こし、さらに腎においてNa利尿を起こすことにより、血圧低下をもたらす。

なおANPには、脂肪分解を促進したり、脂肪細胞の熱産生を増加させたり、骨格筋細胞の脂肪酸化や酸化的リン酸化を増加させたり、グルコース応答性のインスリン分泌を増加させたりする新しい役割があることが知られるようになってきた。本研究の結果から考えると、GLP-1のさまざまな代謝作用は心臓からのANP分泌増加を介しているのかもしれず、GLP-1R-ANP軸 (腸管-心臓軸)がGLP-1作用に重要な役割を果たしている可能性も示唆される。
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# by md345797 | 2013-04-02 02:52 | シグナル伝達機構

胃バイパス術による腸内細菌叢の変化は宿主の肥満減少をもたらす

Conserved shifts in the gut microbiota due to gastric bypass reduce host weight and adiposity.

Liou AP, Paziuk M, Luevano Jr. JM, Machineni S, Turnbaugh PJ, Kaplan LM.

Sci Transl Med. 5, 178ra41. 27 March 27 2013.

【まとめ】
Roux-en-Y gastric bypass (RYGB) は急速に体重減少と肥満の低下、糖代謝の改善をもたらす。この効果は単なるカロリーの摂取や吸収の減少によるものではないことが分かっているが、消化管の再構成による代謝改善がどのようなメカニズムにで起きるかはよく分かっていない。RYGBはヒトやマウスにおいて腸内細菌叢を変化させることから、本研究ではRYGBの肥満改善効果が宿主‐細菌間の相互作用を変化させるためではないかと考えた。RYGBを行ったマウスの便サンプルで16S ribosomal RNA gene sequencingを行ったところ、コントロールのsham手術群、sham手術とカロリー制限を行った群に比べて腸内細菌叢が変化していた。具体的にはGammaproteobacteria (Escherichia)とVerrucomicrobia (Akkermansia)の相対的な増加が急速かつ持続的に起こっていた。このような変化は、体重減少やカロリー制限とは独立して認められ、多くは手術部位より下流の遠位腸管に見られた。さらに、RYGBマウスの腸内細菌叢を無菌マウスに移植したところ、レシピエントマウスの体重減少と脂肪量の減少が認められ、これはRYGBマウスの腸内細菌叢による短鎖脂肪酸の産生減少によるものと考えられた。本研究は、RYGB手術後の体重および肥満の減少は腸内細菌叢の変化によるものであるとする最初の報告である。

【論文内容】
Roux-en-Y gastric bypass (RYGB)は、余剰体重の65-75%を減少させることができる、肥満2型糖尿病のための非常に効率の良い治療法である。この肥満改善のメカニズムは当初カロリー制限と吸収の阻害によるものと考えられたが、最近は体重減少とは独立したメカニズムがあることが分かってきた。 本研究では、RYGB後の腸内細菌叢の変化が代謝改善に影響している可能性について検討した。

マウスモデルにおけるRYGBの肥満に対する効果
高脂肪食負荷マウスにRYGBを行うと3週間以内に体重が29 ± 1.9%減少し、この減少は12週間の試験期間中維持された。それに対し高脂肪食を負荷したsham手術群(SHAM)では体重が増加した。高脂肪食を負荷したRYGB群とsham手術に25%のカロリー制限をした群(weight-matched sham-operated; WMS)は、脂肪量が減少し、脂肪肝が改善した。RYGB群とSHAM群では摂食に差はなく、RYGB群では便中へのエネルギーの消失が大きかった。RYGB群の合計のエネルギー摂取(摂食エネルギーと便中消失エネルギーの差)はSHAM群よりは少ないが、WMS群よりは大きかった。すなわちRYGB群では、合計のエネルギー摂取量が低下し、エネルギー消費も増加していると考えられる。このRYGB後のエネルギー消費の増加は以前にマウスとラットでも報告されているものである。

RYGBは遠位腸管の腸内細菌叢の急速な変化をもたらす
次に、RYGB、SHAM、WMS群の手術前と術後の便サンプルで16S ribosomal RNA (rRNA) gene sequencingを行った。その結果、RYGBでは術後1週間という早期に遠位の腸内細菌叢の構成が著明に変化し、その変化は5週後まで継続した。SHAM群でも便細菌叢の変化は見られたもののその程度はRYGBに比べ小さく、SHAM群とWMS群の差はほとんど見られなかった。したがって、RYGBによって消化管の再構成が起きた際の便細菌叢の変化は、食事制限による体重減少に伴う変化に比べて非常に大きいことが分かった。

さらに、手術していない高脂肪食負荷マウス、手術していない正常食負荷マウス、RYGBを行った正常食負荷マウス(NC-RYGB)の便サンプルの解析結果を比較した。予想通り、高脂肪食負荷マウスと正常食負荷マウスの便サンプルでは、細菌種レベルのoperational taxonomic units (OTUs)が有意に異なっていた(Spearmanの相関の範囲は、群内で0.58から0.84へ、群間で0.16から0.24へと有意(P < 10−7, Student t検定)に変化していた)。しかし、RYGBの腸内細菌叢への影響は正常食および高脂肪食の違いに関わらず同等であり、RYGBの影響は食事による腸内細菌叢への影響を上回ることが分かった。

食事制限およびRYGB後の体重減少に伴うFirmicutes門の量の変化は同じであった。RYGB群とWNS群の細菌叢は手術前は同じくClostridiales優位だったが、SHAM群ではLactobacillalesとErysipelotrichalesが有意に多かった。それに対し、Bacteroidalesの量は手術前後で3群とも変化がなかった。

RYGBはいくつかの特異的な腸内細菌叢の変化をもたらす。術後2週間でEnterobacterialesが増加し、Verrucomicrobialesの増加も大きかった。Linear discriminant analysis (LDA) effect size (LEfSe)法を用いて、RYGB群、SHAM群、WMS群の便サンプルの間で有意に量が変化した細菌種の同定を行った。RYGB群の腸内細菌叢は、Bacteroidetes、Verrucomicrobia、Proteobacteriaの門レベルの増加、Alistipes、Akkermansia、Escherichiaの属レベルの増加が認められた。

次にRYGB群、SHAM群、WMS群の術後15週の胃、小腸、盲腸、大腸のそれぞれの8か所から管腔および粘膜に付着した細菌を採取して、unweighted UniFrac metricを用いて比較した。その結果、RYGBにより遠位胃、回腸、盲腸、大腸の細菌叢が強く影響を受けていることが分かった。RYGB群の細菌叢はSHAM群と比べてEnterobacteriales、Bacteroidales、Verrucomicrobialesの割合が有意に多かった。管腔および粘膜に付着した細菌集団はRYGBの各部位とSHAM群では同様だったが、WMS群では小腸部位のすべてにわたって細菌集団の多様性が見られた。すなわち、食事制限による体重減少により影響されるのは小腸の面膜表面の細菌で、RYGBによって影響されるのは遠位小腸、盲腸、大腸の細菌であることが示唆される。

さらに、RYGB群、SHAM群、WMS群の便サンプルの脂肪、窒素量とpHを調べた。RYGB群のサンプルはSHAM群、WMS群に比べ、pHが有意に低く、脂肪量が多かった。RYGB群とWMS群の便ではSHAM群に比べ、窒素量が少なかった。RYGB群の遠位胃内のpHはSHAM群に比べて高く、これは食物による直接の胃酸分泌刺激がないことによると思われる。これらの変化が腸内細菌叢の変化と管腔内環境の変化をもたらすと考えられた。

細菌叢の移植によって宿主の肥満を減少させることができる
次に、RYGBによる代謝の変化が腸内細菌叢の変化に直接影響されているものであるか検討するため、RYGBドナーの盲腸の内容物を無菌マウスに移植する実験を行った。このレシピエントマウスをRYGB-R(Rはrecipientの略)と呼ぶ。コントロールには、SHAMまたはWMSドナーの盲腸内容物を移植した無菌マウス(SHAM-RとWMS-R)と、何も移植していない無菌マウスを用いた。移植2週間でRYGB-Rマウスは有意に体重が減少したが、SHAM-Rマウスや無菌コントロールマウスでは体重減少は見られなかった。なお、RYGB-Rマウスの摂食は無菌コントロールマウスに比べ差がなかったが、SHAM-Rマウスの摂食は無菌コントロールマウスに比べて有意に減少していた。内臓脂肪(精巣上および後腹膜脂肪)量および血中レプチン値はRYGB-Rと無菌コントロールマウスで差はなく、SHAM-Rで有意に多かった。肝のトリグリセリド含量とインスリン抵抗性を表すHOMA-IR値はSHAM-Rに比べてRYGB-Rマウスで低い傾向にあり、空腹時トリグリセリドは有意に低かった。

レシピエントの肥満減少に寄与するドナー細菌叢からのシグナルを同定しようとして、回腸のfasting-induced adiposity factor (FIAF)遺伝子の発現と盲腸の短鎖脂肪酸(SCFA)の組成を調べた。SHAM-RとRYGB-Rの回腸では無菌コントロールマウスに比べてFIAF遺伝子発現は同様に低下していたが、盲腸SCFAはこれら3種のマウスで異なっていた。すなわち、無菌コントロールマウスに比べてSHAM-Rマウスでは盲腸SCFA量が有意に多く、RYGB-Rはその中間の値を示した。SCFAの組成としてacetate/propionate/butyrate比はSHAMおよびWMSマウス(75:12:13)とSHAM-Rマウス(74:11:15)は同じだったが、RYGB(62:27:11)とRYGB-R(54:30:16)では異なっていた。

RYGBのレシピエント形質に特異的な細菌のバイオマーカーを同定するため、RYGB-R群、SHAM-R群、WMS-R群の便サンプルの16S rRNA gene sequencingを行った。いずれの群でも移植後2週間の間にEnterobacterialesが増加したが、Bacteroidalesが持続的に優位だった。RYGB-RのサンプルではSHAM-R群およびWMS-R群に比べてVerrucomicrobia(Akkermansia属)が有意に多かった。LefSeによる解析でRYGB-R のサンプルにはドナー(RYGB群)と同様、AkkermansiaおよびAlistipes (Bacteroidetes門)が有意に多かった。ヒト、ラット、今回のマウスのRYGB後にGammaproteobacteria(Enterobacteriales目)が増加していることから、この種が宿主の代謝の変化に大きく貢献している可能性がある。RYGB後に最も多い属であるEscherichiaは炎症性疾患に関与する病原性のある系統もあるが、ある種のものは代謝に良い影響をもたらすのかもしれない。Verrucomicrobium AkkermansiaはRYGBによって増加し、無菌マウスに移植した後にも維持されているので、Akkermansiaも宿主の肥満改善に関係している可能性がある。

【結論】
本研究により、RYGBに伴う腸内細菌叢の変化(特にSCFA構成の変化)が、宿主の代謝と肥満の改善をもたらしていることが明らかになった。
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# by md345797 | 2013-03-29 05:07 | エネルギー代謝

組織に存在するM2様マクロファージの分化にはTrib1が必要である

Critical role of Trib1 in differentiation of tissue-resident M2-like macrophages.

Satoh T, Kidoya H, Naito H, Yamamoto M, Takemura N, Nakagawa K, Yoshioka Y, Morii E, Takakura N, Takeuchi O, Akira S.

Nature. Published online 20 March 2013.


【まとめ】
マクロファージには少なくともM1とM2の2つのサブグループがある。M1マクロファージは炎症性のマクロファージと考えられ、細菌やウイルス感染に対する宿主防御に重要な役割を果たしている。M2マクロファージは抗炎症反応、寄生虫感染、組織リモデリング、線維化、腫瘍の成長に関連があると考えられている。Trib1は、COP1ユビキチンリガーゼと結合することにより、蛋白の分解を担うアダプター蛋白である。ヒトのゲノムワイド関連解析により、TRIB1は脂質代謝に関連があることが分かっている。本研究では、Trib1は組織に存在するF4/80+MR+マクロファージ(M2様マクロファージ)と好酸球の分化に必要であることが明らかになった。Trib1欠損マウスでは、様々な組織(骨髄、脾、肺、脂肪組織)においてM2様マクロファージが著明に減少していた。Trib1が欠損した骨髄細胞ではC/EBPαの発現が異常に増加し、これがマクロファージ分化を抑制する原因となっていた。血球細胞でTrib1を欠損させたマウスは、予想外なことに、脂肪分解が増加して脂肪組織量が減少していた。このマウスにM2様マクロファージを補うとこれらの異常は回復したため、脂肪分解の増加はTrib1欠損によってM2様マクロファージが欠損したことによると考えられた。この血球細胞Trib1欠損マウスに高脂肪食を負荷したところ、炎症性サイトカイン遺伝子の発現増加に伴う高トリグリセリド血症とインスリン抵抗性が認められた。以上の結果より、Trib1は、組織のM2様マクロファージの分化に必要であり、M2様マクロファージの分化を通じて脂肪組織を維持し、代謝疾患を抑制する働きを持つことが明らかになった。

【論文内容】
Tribbleファミリーは、E3ユビキチンリガーゼであるCOP1に結合して蛋白分解を促進する蛋白である。Trib1はIL-12産生に、Trib1とTrib2は急性骨髄性白血病に、Trib3はインスリンシグナル伝達抑制に関与しているという報告がある。しかし、Tribの血球分化への関与はよく分かっていない。そこで、本研究ではまず、tribbleファミリー遺伝子を欠損したマウスにおいて、脾臓に存在するマクロファージ集団の構成について検討した。Trib1-/-マウスの脾細胞では、F4/80+Mac1+マクロファージ(MR、Arg1、Fizz1も発現している)が著明に減少し、Siglec-F+CCR3+好酸球は欠損していた(B細胞、T細胞、樹状細胞、Ly6 C high Mac1+炎症性単球の割合は変化なし。好中球は増加していた)。Trib1-/-マウスの脾臓には、赤脾髄マクロファージ(通常は老化した赤血球を貪食し鉄を蓄積する)が認められず、鉄の蓄積もなかった。また、Trib1-/-マウスでは、組織に存在するマクロファージが著明に減少していた。(なお、Trib2-/-マウスおよびTrib3-/-マウスでは脾臓の骨髄系・リンパ系細胞の欠損は見られなかった。)MR、Arg1、Fizz1の発現はM2マクロファージの特徴であるため、上記の組織マクロファージをM2様マクロファージと呼ぶことにする。以上の結果からは、Trib1は末梢組織に存在するM2様マクロファージと好酸球の分化に必要であると言える。

Trib1-/-マウスの骨髄においても、F4/80+Mac1+細胞とSiglec-F+CCR3+好酸球は著明に減少し、Gr-1 high好中球は軽度増加していた。CD45.1+WT骨髄細胞とCD45.2+ Trib1-/-骨髄細胞を、放射線照射したWTマウスに(1:1の量で競合的に)移植すると、CD45.2+マクロファージと好酸球の発生が著明に障害され、好中球数が増加した。すなわち、Trib1-/-マウスに見られる血球の欠損は血球細胞に内在的なものであり、Trib1は骨髄における骨髄系細胞の正しい分化調節に必要であると考えられた。コロニー形成アッセイを行うと、Trib1-/-骨髄細胞はWT骨髄細胞に比べて、顆粒球・好中球コロニーは多く形成するが、マクロファージコロニーの形成は著明に減少し、好酸球のコロニーは形成しなかった。マクロファージコロニーは、形態学的にaggregated/smallおよびdiffused/largeという2つのサブグループに分類できたが、WTのマクロファージコロニーの多くは前者だったのに対し、Trib1-/-骨髄細胞由来のマクロファージコロニーは後者だった。すなわち、Trib1は骨髄細胞の正しい分化に必要であると考えられた。

Trib1-/-骨髄細胞にレトロウイルスを用いて全長Trib1を発現させると、aggregated/smallマクロファージコロニーと好酸球コロニーが増加し、顆粒球/好中球コロニーが減少した。それに対し、COP1結合部位を欠失させたTrib1 (Trib1(ΔDQIVPE)変異体)をTrib1-/-骨髄細胞に発現させても、コロニー形成異常は回復しなかった。また、Trib1-/-骨髄細胞に全長Trib1を発現させるとM2マクロファージの発現は回復したが、Trib1(ΔDQIVPE)変異体の発現ではM2マクロファージの発現は回復しなかった。

顆粒球発生と単球発生のバランスを調節するのに重要な転写因子はC/EBPファミリーである。Trib1-/-の骨髄細胞およびマクロファージコロニーではC/EBPαの発現が増加していた。さらに、Trib1-/-骨髄細胞に全長Trib1を発現させると、C/EBPα発現が抑制された。そこで、Trib1-/-欠損による骨髄細胞分化異常にC/EBPα発現増加が関与しているかを検討するため、Trib1-/-骨髄細胞のC/EBPα発現をshRNAsを用いて抑制する実験を行った。その結果、Trib1-/-骨髄細胞でC/EBPα発現を抑制するとaggregated/smallマクロファージコロニーと好酸球コロニーの増加、顆粒球/好中球コロニーの減少が起きた。以上の結果から、Trib1はC/EBPα発現をCOP1依存性に変化させて、骨髄細胞分化を調節していることが明らかになった。

最近のゲノムワイド関連解析により、TRIB1に対応する遺伝子座の変異は、血漿リポ蛋白の増加と虚血性心疾患・心筋梗塞のリスク増加に関連していることが示されている。これらのことから、脂肪組織におけるTrib1の役割を検討することにした。Trib1-/-マウスの精巣上脂肪組織の間質血管分画(stromal vascular fraction; SVF)に存在するMR+F4/80+ M2様マクロファージは、WTマウスに比べて著明に減少していた。血球細胞でTrib1を欠損するマウスでも精巣上脂肪組織でのM2様マクロファージは減少し、好酸球は欠損していた。正常の脂肪細胞分画(mature adipocyte Fraction; MAF)にはTrib1はほとんど発現していないので、このM2様マクロファージ減少と好酸球欠損は、血球細胞のTrib1欠損によるものであると言える。(なお、CD11c+Mac1+ M1マクロファージは、正常食負荷下ではWTマウスでもTrib1-/-マウスでも脂肪組織にはほとんど認められていない。)

予想外なことに、血球でTrib1欠損させたマウスは、MRIで観察すると腹部脂肪組織が著明に減少していた。正常食負荷下で、血球細胞でTrib1を欠損させたマウスおよび全身でTrib1を欠損させたマウスは、WTマウスに比べ精巣上脂肪組織と脂肪細胞のサイズが有意に小さかった。すなわち、これらのTrib1欠損マウスは脂肪萎縮形質を示していた。一方で、Trib1-/-マウスでもWT血球細胞を持つ(WT骨髄細胞を移植した)キメラマウスでは脂肪萎縮が起こらなかった。したがって、血球細胞でのTrib1欠損が脂肪萎縮の原因であると考えられた。さらに、Trib1-/-マウスに(WTマウスの脂肪組織から得た)M2様マクロファージを注入すると、3週間後には精巣上脂肪組織と脂肪細胞のサイズが回復した。したがって、Trib1欠損によるM2様マクロファージの消失によって脂肪萎縮形質が起きていると考えられた。

次に、血球でのTrib1欠損によって起こる脂肪萎縮のメカニズムを検討した。脂肪組織は、脂肪合成と脂肪分解のバランスによって維持されている。Trib1-/-骨髄細胞をWTマウスに骨髄移植したキメラマウスは、WT骨髄を移植したWTマウス(コントロール)と比較して、脂肪細胞分化や脂肪合成に関係する遺伝子の発現に差はなかったが、血清NEFAやグリセロール濃度が有意に上昇しており、脂肪分化が亢進している可能性が考えられた。血球細胞でTrib1を欠損させたマウスの精巣上脂肪組織では、IL-10の発現が著明に低下していたが、TnfInosのmRNA発現は増加していた。IL-10は抗炎症作用のほか、脂肪分解を抑制する役割もあるため、M2様マクロファージは一部はIL-10産生を介して脂肪分解を抑制し、脂肪組織を維持していると考えられた(もちろん他の因子の関与も考えられる)。

脂肪萎縮には代謝異常が伴うことが多い。Trib1-/-骨髄細胞をWTマウスに移植したキメラマウスは、高脂肪食を負荷すると空腹時血糖、インスリン、トリグリセリド、コレステロール値が大きく増加し、耐糖能障害およびインスリン抵抗性を示した(ただし体重はWT骨髄細胞をWTに移植したコントロールマウスと差はない)。このキメラマウスはM1マクロファージの数は変化なかったが、脂肪組織のM2様マクロファージの数が著明に減少し、脂肪萎縮(脂肪細胞のサイズが小さい)が認められ、脂肪組織におけるTnfおよびInos mRNAが大きく増加していた。上記の結果から、Trib1-/-骨髄をWTマウスに移植したキメラマウスは、脂肪萎縮があるため、高脂肪食負荷下での脂質のバッファーリングが障害され、代謝疾患が起きていると考えられた。

【結論】
代謝疾患の悪化には、脂肪組織の低レベルの慢性炎症が重要な役割を果たしている。M1マクロファージは肥満の脂肪組織に浸潤し、炎症性サイトカインを産生し低レベルの炎症を引き起こす。本研究によって、M2様マクロファージは、骨髄においてTrib1依存性に分化し、脂肪組織において脂肪分解抑制によって脂肪組織の維持に働き、代謝異常を抑制する作用があることが明らかになった。脂肪組織のM2様マクロファージは、好酸球から産生されるIL-4およびIL-13によって活性化されることが知られているが、このM2様マクロファージがどのように脂肪組織を維持しているかはさらなる検討が必要であろう。ヒトにおけるTRIB1の変異が、組織のM2様マクロファージの分化調節異常を介して代謝疾患を引き起こしている可能性も今後検討が必要である。
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# by md345797 | 2013-03-22 07:51 | インスリン抵抗性

DPP4は新種ヒトコロナウイルス(human coronavirus-EMC)の機能的受容体である

Dipeptidyl peptidase 4 is a functional receptor for the emerging human coronavirus-EMC.

Raj VS, Mou H, Smits SL, Dekkers DHW, Müller MA, Dijkman R, Muth D, Demmers JAA, Zaki A, Fouchier RAM, Thiel V, Drosten C, Rottier PJM, Osterhaus ADME, Bosch BJ, Haagmans BL.

Nature. 495,251-254, 14 March 2013.

d0194774_12223970.jpg新種ヒトコロナウイルス(hCoV-EMC)
(右写真:Elizabeth R. Fischer, Rocky Mountain Labs/NIAID/NIHより)

2002から2003年にかけて発生したSARSコロナウイルス感染症は、世界で8098名の感染者(死者774名)を出した。2012年に新型コロナウイルス(hCoV-EMC)の発症があり、サウジアラビアなどで15名が感染(9名が死亡)している(2013年3月13日現在)。今のところコウモリからヒトへの感染が考えられているが、もしヒトからヒトへの感染があれば大流行(pandemic)となる可能性もあり、WHOが監視中。


【まとめ】
ヒトコロナウイルスの多くは軽度の上気道感染症を起こすのみであるが、免疫不全患者では重症肺炎をきたす場合もある。しかし、SARSコロナウイルス(2002年当時は新種コロナウイルスだった)は重症の下部気道感染症を引き起こし、その致死率は約10%であった。最近、別の新種コロナウイルスであるヒトコロナウイルス-EMC (human coronavirus-Erasmus Medical Center; hCoV-EMC)が同定され、致死率の高い下部気道感染症を起こすことが報告されている。この新種ヒトコロナウイルスは、コウモリに感染するコロナウイルスに近い。本研究では、hCoV-EMCの機能的受容体がDPP4(dipeptidyl peptidase 4、別名CD26)であることを明らかにした。DPP4は、hCoV-EMCのスパイク蛋白の受容体結合S1ドメインに特異的に結合する蛋白として、ウイルスが感染しうるHuh-7細胞の可溶化物から単離された。DPP4に対する抗体により、ヒト気管支上皮細胞およびHuh-7細胞へのhCoV-EMC感染が阻害された。逆に、通常では感染しないCOS-7細胞にヒトおよびコウモリのDPP4を発現させると、hCoV-EMCが感染するようになった。hCoV-EMCは、異なる種の間で(すなわちコウモリからヒトまで)進化的に保存されているDPP4を機能的受容体にすることによって、感染範囲を拡大させていると考えられる。本研究の結果は、新種ヒトコロナウイルスの病態の理解や治療開発に役立つと考えられる。

【論文内容】
コロナウイルスは広範囲の哺乳類と鳥類に感染するウイルスで、細胞表面の受容体にスパイク蛋白(S蛋白)が侵入することにより感染する。最近、コウモリ由来のコロナウイルスと考えられている新種ヒトコロナウイルス(hCoV-EMC)が同定された。現在までに7施設で重症の呼吸器感染症を引き起こしている。このウイルスは遺伝的には、オランダのホオヒゲコウモリで発見されたコロナウイルスHKU4およびHKU5と同様のものである。少なくとも60種の新型コウモリコロナウイルスが発見されており、その中にはSARSコロナウイルス近縁のものもある。新種コロナウイルスも、コウモリから中間の動物宿主を介してヒトに感染するhCoV-EMCが成立したのではないかと考えられている。

コロナウイルスの受容体は2種が同定されており、hCoV-229Eは aminopeptidase N (APN, CD13)を、SARS-CoV はangiotensin converting enzyme 2 (ACE2)を受容体としている。ところが新種のhCoV-EMCは、SARSコロナウイルスと違って、ACE2を受容体としていなかった。そこで本研究では、ウイルス蛋白のN端スパイクドメインS1にヒトIgGのFc領域を結合させたキメラ蛋白を作製し、アフリカミドリザル腎由来細胞(COS-7)およびヒト肝由来細胞株(Huh-7)における結合蛋白の同定を試みた。COS-7細胞にはS1の結合は、COS-7細胞には結合しなかったが、Huh-7細胞には結合した(なおアフリカミドリザル腎由来細胞のVero細胞には結合したが、ここでは省略)。そこでHuh-7細胞を可溶化してS1蛋白に結合する110kDaの蛋白を得て、マススペクトロメトリー解析を行ったところ、結合蛋白はDPP4であった。そこで、DPP4とACE2の可溶型(膜に結合していない)フォームを作ってhCoV-EMC S1蛋白との結合を調べたところ、S1蛋白はDPP4には結合したがACE2には結合しなかった。

DPP4蛋白は異種間でアミノ酸配列が高度に保存されており、ヒトとコウモリ(P. pipistrellus)の間の相同性も高い。そのためヒトDPP4ポリクローナル抗体(抗血清)で、ヒトおよびコウモリのDPP4を染色した。コウモリDPP4を発現させたCOS-7細胞およびHuh-7細胞(もともとヒトDPP4が発現)は、DPP4抗体によって染色された。ヒトの培養気管支上皮細胞やヒトの肺気管支組織の非繊毛細胞にもDPP4発現が認められ、これがhCoV-EMC感染をもたらすと考えられた。

DPP4がhCoV-EMC感染に必要であることを示すため、Huh-7細胞にウイルスを接種する前にDPP4ポリクローナル抗血清を添加して培養した。その結果Huh-7細胞への感染は阻害された(コントロールの血清やACE2抗体を添加しても阻害されなかった)。同様に、培養気管支上皮細胞への感染も、DPP4抗体によって濃度依存性に阻害された。逆に、もともとhCoV-EMCが感染しないCOS-7細胞にDPP4を発現させると、hCoV-EMCが高率に感染するようになり、細胞内のウイルスRNAも認められた(なおhCoV-EMC以外の他種のコロナウイルスは感染しなかった)。以上の結果から、DPP4はhCoV-EMCの機能的受容体であることが示された。

【結論】
DPP4は、ACE2およびAPNに続くコロナウイルスの3番目の受容体であることが明らかになった。DPP4は766アミノ酸の細胞膜貫通糖蛋白であり、インクレチンを初め多くのホルモンやサイトカインを切断しそれらの活性を調節するexopeptidase活性を持つ。ただし、APNやACE2でも同様だが、ペプチド切断活性そのものよりも、気管支上皮組織に多く発現しているということ自体が、コロナウイルス感染に有用なのだろう。実際、本研究でもDPP4阻害剤(sitagliptin, vildagliptin, saxagliptin, P32/98)でDPP4活性を低下させてもhCoV-EMC感染は阻害されなかったので(Supplementary Fig. 9に示している)、DPP4活性が感染に影響しているのではないと考えられた。DPP4はヒトでは小腸などいくつかの組織に発現し血中に可溶性フォームも存在するが、hCoV-EMCは気道スワブ(ぬぐい液)、尿、喀痰、気管支吸引液からしか検出されておらず、hCoV-EMCのin vivoでの親和性についてはほとんど分かっていないのが現状である。hCoC-EMCの疫学についても謎が多い。もともとはコウモリ由来で、なんらかの中間動物宿主を介してヒトに感染するようになったと思われるが、伝播経路は不明である。hCoV-EMC は、DPP4が進化の過程で保存されている蛋白であるということを利用して、コウモリからヒトへという宿主の転換を行ったのだろう。

血中の可溶型DPP4の量が、2型糖尿病とウイルス感染に関連していることが報告されているが、この可溶型DPP4がhCoV-EMC感染とどう関係しているかも検討が必要である。また、本研究でのHuh-7細胞を用いたpreliminaryな検討では、hCoV-EMCのS1蛋白がDPP4に結合してもDPP4量やDPP4酵素活性の低下は起きなかった。今後、DPP4発現量の調節やhCoV-EMCとDPP4の結合阻害抗体(hCoV-EMCに対するワクチンとなるかもしれない)が、hCoV-EMC感染に対する治療戦略として重要になるだろう。

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(参考図)コロナウイルス(SARS-CoVと新種のhCoV-EMC)の種間の伝播様式
ヒト気道非繊毛細胞に発現しているDPP4はhCoV-EMCの受容体である。DPP4はコウモリからヒトにわたって保存された配列を持つため、コウモリから直接の伝播に重要と考えられる。SARSの病原体であるSARS-CoVは気道繊毛細胞のACE2を受容体としており、コウモリからジャコウネコ(ハクビシン)を介してヒトに感染するようになった。なお、ACE2もDPP4もexopeptidaseだが、それらの酵素活性自体はウイルス侵入に関連はなく、これらの蛋白が気道に多く発現していることをウイルスが感染のために利用していると考えられる。
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# by md345797 | 2013-03-14 07:03 | その他

エピゲノムの可塑性を利用して、ヒト膵α細胞をβ細胞にリプログラミングする

Epigenomic plasticity enables human pancreatic α to β cell reprogramming.

Bramswig NC, Everett LJ, Schug J, Dorrell C, Liu C, Luo Y, Streeter PR, Naji A, Grompe M, Kaestner KH.

J Clin Invest. 2013 Mar 1;123(3):1275-84

【解説記事】
α細胞から新たなβ細胞を作るゲノムの錬金術

(Creating new β cells: cellular transmutation by genomic alchemy)
Moss LG.
J Clin Invest. 2013 Mar 1;123(3):1007-10.

α細胞からβ細胞を作る試みは今までにも行われており、β細胞を完全に欠損させるとα細胞がβ細胞に分化転換(transdifferentiation)することや、α細胞に(β細胞発生に必要な転写因子である)Pax4を発現させたトランスジェニックマウスではα細胞がβ細胞に分化することが報告されている。近年、膵島でのヒストンメチル化の全体像が明らかになり、膵島細胞の分化に伴うヒストン修飾の変化を検討することが可能となった。

下記の研究では、ヒト膵島からα細胞、β細胞、外分泌細胞をFACSで分離し、Chip-Seq法を用いてヒストンメチル化(H3K4me3とH3K27me3)のプロファイルを調べた。これらのメチル化には、次のような4パターンがある。すなわち、一価の(monovalent)のH3K4トリメチル化=H3K4me3(転写活性化)、一価のH3K27トリメチル化=H3K27me3(転写抑制)、二価の(bivalent)トリメチル化=H3K4me3とH3K27me3、H3K4もH3K27もメチル化なし、の4パターンである。これらにより、α細胞特異的なグルカゴン遺伝子は、α細胞ではH3K4me3(活性化)が起こり、β細胞ではH3K27me3(抑制)が起きている。同じくβ細胞特異的なインスリン遺伝子は、β細胞ではH3K4me3(活性化)が起こり、α細胞ではH3K27me3(抑制)が起きている(参考図参照)。

二価のメチル化は、多能性幹細胞や可塑性の大きい細胞に多くみられることが知られている。下記の研究の結果、α細胞はβ細胞・外分泌細胞に比べると、二価のメチル化が多く見られた(すなわち、α細胞とβ細胞はヒストンメチル化に関して「非対称」と言える)。β細胞分化に必要なPDX1やMAFAは、β細胞ではH3K4me3(活性化)のみが起こり、α細胞ではH3K4me3とH3K27me3の両方が起きていて、活性化の可能性(potential)はあるがそれが休止した状態にある。一方、α細胞分化に必要なIRX2は、β細胞ではH3K27me3(抑制)が起きているが、α細胞ではH3K4me3(活性化)が起きており、β細胞とは非対称である(参考図参照)。

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(参考図) β細胞とα細胞のヒストンメチル化の非対称性
β細胞特異的なインスリン、α細胞特異的なグルカゴンは、H3K4me3(転写活性化)とH3K27me3(転写抑制)によって対称的に調節されている。ところが、β細胞分化に必要なPDX1やMAFAは、β細胞では一価の(monovalent)メチル化であるH3K4me3(活性化)を受けているのに対し、α細胞ではH3K4me3とH3K27me3の二価の(bivalent)メチル化を受けており転写活性化の可能性(potential)はあるが転写休止の状態にある。このような転写休止の状態は、β細胞におけるIRX2(α細胞分化に必要な遺伝子)では見られない。すなわち、α細胞の方がβ細胞より可塑性が大きく、分化転換できる可能性は高いと思われる。

ところで下記の研究の限界としては、
① ヒストンメチル化は遺伝子発現を調節するのに重要だが、それが最終的な決定因子ではないことである。例えば、H3K4me3は必ずしも転写を活性化するとは限らない。これは他の遺伝子発現調節(CpG islandの存在、高位のクロマチン構造、DNAのメチル化など)にもよるためである。一方、H3K27me3は確実に転写抑制的に作用する。二価のメチル化が転写「休止」の状態にあるのはそのためと考えられる。
② 限界の2番目としては、この研究で用いたα細胞、β細胞とは「α細胞、β細胞の豊富な分画」であり、全く純粋な集団ではないことである。これらの分画はそれぞれ、δ細胞(somatostatin発現)およびPPY発現細胞を含む。これらの細胞では二価のメチル化の調節が異なっているかもしれない。

次に、下記の研究ではヒト膵島にAdox(メチルトランスフェラーゼ阻害剤で、H3K27me3を減少させる)を添加した。その結果、α細胞におけるβ細胞分化因子(PDX1、MAFA)の二価のメチル化による「転写休止状態」の抑制解除(derepression)が起こり、α細胞がβ細胞様に変化した。(しかし、その逆にβ細胞がα細胞様に変化することはなかった。)

近年Druckerのグループは、肝特異的にグルカゴン受容体を欠損させるとα細胞過形成が起きたという実験結果から、α細胞を増加させる液性因子の存在を想定している。もし、上記方法が臨床的に実用化されれば、「錬金術師の魔法の杖を一振り」(まず内因性のα細胞を増加させ)、「二振り」(増加させたα細胞をH3K27me4に特異的なヒストンメチル化抑制剤を用いて、β細胞に変化)させることによって糖尿病治療が可能になるかもしれない。

【論文まとめ】
ChIP-seqとRNA-seq解析を用いて、ヒト膵のα細胞、β細胞、外分泌細胞のエピジェネティックのおよび転写の全体像を明らかにした。β細胞に比べて、分化したα細胞では、H3K4me3(転写活性化)とH3K27me3(転写抑制)の二価(bivalent)のヒストンメチル化修飾を受けている遺伝子が多かった。それに対し、β細胞では多くの遺伝子がH3K4me3またはH3K27me3のいずれかによる一価(monovalent)のメチル化を受けていた。このヒストンメチル化のパターン(histone methylation signature)を操作することによって、α細胞からβ細胞へのリプログラミングができる可能性を検討した。

【論文内容】
α細胞からβ細胞へのリプログラミングは、α細胞にPax4やPdx1を強制発現させたり、膵島でβ細胞をほぼ完全に欠損させたりすれば起きることが示されてきたが、そのメカニズムは不明であった。本研究では、それがヒストンメチル化というエピジェネティックな機構が関与している可能性を検討した。転写活性化をもたらすH3K4me3と転写抑制をもたらすH3K27me3の両方がメチル化されている二価の(bivalent)メチル化は、多能性幹細胞や未分化の細胞により多く見られ、その細胞が「activableな」細胞であることを示すと考えられている。

死体臓器ドナー由来のヒト膵島をFACS解析によってα細胞(マーカー遺伝子のqRT-PCRにより94%の純度であることを確認)とβ細胞(92%の純度)と外分泌細胞の細胞分画に分け、それぞれChIP-seq とRNA-seqによってヒストンメチル化状態と遺伝子発現プロファイルを調べた。その結果、β細胞特異的遺伝子であるPDX1はβ細胞ではH3K4me3による一価の修飾、α細胞ではH3K4me3とH3K27me4による二価の修飾を受けていた。

また、ゲノムワイドのtranscriptome(遺伝子発現の全体)を主成分分析でクラスターに分類すると、α細胞・β細胞・外分泌細胞の集団にはっきり分離された。また、heat map analysisによりそれぞれの細胞の発現遺伝子が分離できた。例えば、α細胞特異的遺伝子はARX、GCG(glucagon)、PCSK2、DPP4など、β細胞特異的遺伝子はMAFA、NKX6-1、PDX1、INS(insulin)、PCSK1、HDAC9、HNF1A、KCNQ2およびKCNJ11(potassium channel)、SLC30A8(zinc transporter)などであった。

全体として、α細胞はβ細胞に比べて遺伝子発現に対する二価のメチル化修飾が多かった(2915遺伝子部位に対し、1914部位)。β細胞で二価のメチル化を受けている遺伝子のうち多く(77%)はα細胞でも二価のメチル化を受けている。一方、α細胞で二価のメチル化を受けている遺伝子の半分程度(48%)はβ細胞では一価(H3K4me3またはH3K4me3のいずれか)のメチル化しか受けていなかった。

ヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤(Adox)は特にH3K27me3のヒストンメチル化を低下させる。Adoxを培養膵島に添加すると、α細胞特異的ARX、β細胞特異的MAFAおよびPDX1のH3K27me3が減少した。その結果、α細胞bにおいてMAFAやPDX1の転写抑制が解除され、グルカゴン陽性細胞(α細胞)の細胞質でグルカゴンとインスリンが共染し、核でPDX1が発現するようになった。すなわちAdox添加により、α細胞からβ細胞への部分的な変換が起きたと考えられた。

【結論】
膵島における、細胞特異的ヒストン修飾パターンを知ることは重要である。これにより細胞特異的なエピゲノムの可塑性が明らかになり、ヒストンメチル化を阻害する薬剤(epigenomic drug)を用いてこの可塑性を利用することにより、β細胞への分化を促進できる可能性がある。
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# by md345797 | 2013-03-13 07:46 | 再生治療