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人類4000年の歴史にわたる動脈硬化の存在:4つの古代集団に基づくHorus研究

Atherosclerosis across 4000 years of human history: the Horus study of four ancient populations.

Thompson RC, Allam AH, Lombardi GP, Wann LS, Sutherland ML, Sutherland JD, Muhammad Al-Tohamy Soliman MA, Frohlich B, Mininberg DT, Monge JM, Vallodolid CM, Cox SL, Abdel-Maksoud G, Badr I, Miyamoto MI, Nur El-Din Ael-H, Narula J, Finch CE, Thomas GS.

Lancet. Published online March 10, 2013.

【まとめ】
背景:動脈硬化は現代人の病気であり現代のライフスタイルに伴う疾患であると、一般的には考えられている。しかし、現代以前の動脈硬化の有病率は実際には分かっていない。方法:本研究では、4000年以上にわたる4つの異なる地理的集団から得られた137体のミイラの全身のCTスキャンの結果を得た。4つの集団は、古代エジプト、古代ペルー、南西アメリカのプエブロインディアンの祖先(Ancestral Puebloans)、アリューシャン列島の先住民族(Unangan)である。動脈硬化は、動脈壁の石灰化プラークがあれば確定例、動脈と思われる部位に石灰化があれば疑い例とした。結果:動脈硬化の疑い例または確定例は137体のミイラの47例(34%)で、4つの地理的集団のいずれにも認められた。大動脈の動脈硬化は28例(20%)、腸骨動脈または大腿動脈の動脈硬化は25例(18%)、膝窩または脛骨動脈の動脈硬化は25例(18%)、頚動脈の動脈硬化は17例(12%)、冠動脈の動脈硬化は6例(4%)に認められた。上記の5つの血管床のうち、1か2の血管床に動脈硬化が認められたのは34例(25%)、3か4の血管床に動脈硬化が認められたのは11例(8%)、5つの血管床すべてに動脈硬化が認められたのは2例(1%)であった。死亡時の年齢は動脈硬化の有無および血管床の数と有意に関連した。結論:動脈硬化は産業化以前の人類(農業開始以前の狩猟採集民族を含む)において、地理的、時間的に広範囲にわたって認められた。一般に動脈硬化は現代病とみなされてきたが、近代以前の人類に広く動脈硬化が存在したという本研究の結果から、ヒトには加齢に伴い動脈硬化を起こしやすい基本的な素因がある可能性が示唆された。

【論文内容】
動脈硬化は人類の歴史のいつから始まったのだろう。そもそも動脈硬化はライフスタイルの疾患なのか、加齢疾患か、それとも他の原因によるものか。西暦1800年から2000年の間に先進国の平均余命が倍増し、先進国の主な死因は感染症から動脈硬化性疾患に置き換わった。そのため、動脈硬化はライフスタイルに関連する現代病という考えが広がり、産業化以前、農業化以前のライフスタイルでは動脈硬化は起こらないとさえ考えられるようになった。しかし、紀元前3000年頃(今から5300年前頃とされる)に生きていたヒトの自然にできたミイラ、通称アイスマン(1991年にイタリアの氷河から発見されたのでこの名がある)のCTスキャンでは、動脈硬化と考えられる血管の石灰化が認められている。また、紀元前1000年頃のエジプト人のミイラでも動脈硬化を示す証拠が認められている。以前このグループも、紀元前1981年から紀元後364年の間に存在したエジプト王朝時代の44体のミイラのうち20体に動脈硬化を示す所見が見られたことを報告している。しかし、このような動脈硬化は古代エジプトの文化やライフスタイルに特有の現象かもしれないし、ミイラ化された人体はエジプト人の中でも社会的地位が高い人たちだからかもしれない。そこで、このHORUS研究(「ホルス」は古代エジプト神話において最も偉大な神の名)では、新たに古代エジプトを含む4つの地理的、時間的に異なる文化のミイラをCTスキャンすることによってこの疑問に答えようとした。

方法:
地理的に全く異なる4つの地域から得られた137体のミイラの全身CTスキャンを行った。ミイラの地域と時代の内訳は、①古代エジプト(先王朝時代(紀元前3100年)からローマ時代の終わりまで(紀元後364年)まで)の76体、②古代ペルー(early intermediate期からlate horizon期の紀元後200-1500年)の51体、③南西アメリカのプエブロインディアンの祖先(古期からバスケットメーカーII期文化の紀元前1500年から紀元後1500年)の5体、および④アラスカのアリューシャン列島に住んでいた先住民族(Unangan)(紀元後1756-1930年)の5体である。

動脈壁の明らかな石灰化があれば動脈硬化と判断した。動脈と思われる部位の石灰化は動脈硬化疑い例とした。血管病変部位は5つの血管床に分けられる。すなわち、①頚動脈、②冠動脈、③大動脈、④腸骨または大腿動脈、⑤膝窩または頚骨動脈の5つである。個々のミイラのライフスタイルや食事についての情報は得られなかったが、できる限り動脈硬化の危険因子となるものについて再構成すべく人類学・考古学の情報を用いた。

結果:
動脈硬化の疑い例および確定例は137体のミイラのうち47例(34%)であった。動脈硬化のあった例はなかった例に比べて、死亡時の年齢が高かった(43歳[SD 10] vs 32歳[SD 15], p<0.0001)。5つの血管床のうち、1か2の血管床に動脈硬化があったのは34例(25%)、3か4の血管床に動脈硬化があったのは11例(8%)、5つ全部の血管床に動脈硬化があったのは2例(1%)であった。多重ロジスティック回帰モデルによると、年齢は動脈硬化の重症度(動脈硬化のあった血管床の数)のオッズの増加と関連があった。年齢が10歳上がるごとに動脈硬化重症度のオッズは69%ずつ増加した。ミイラの地域差で補正しても、年齢は動脈硬化重症度と有意に関連した。冠動脈の動脈硬化の例では、Unanganの47-51歳女性(紀元後19世紀)や、エジプト第18王朝の王女アーモセ・メリタムン(40-45歳、紀元前1580-1550)で冠動脈硬化が見られた。さらに、Unangan女性(25-29歳)やエジプトの男性書記官(40-50歳、紀元前1570-1293年の新王朝時代)に頚動脈の動脈硬化があり(下図)、4つの地域のそれぞれのミイラで大動脈分岐部や総腸骨動脈に動脈硬化が認められた。
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(図) 頚動脈病変のCT 3D再構成像
(A) アリューシャン列島のUnagan女性(紀元後19世紀)の頚動脈石灰化、(B)エジプトの男性書記官(紀元前1570-1293の新王朝時代、ルクソール近郊で発見)の両側頚動脈、鎖骨下動脈、腕頭動脈の石灰化。

考察:
本研究で調査した4つの地域の食事やライフスタイルは以下の通りである。古代エジプト人やペルー人は家畜を飼っていた農民であり、プエブロインディアンの祖先は飼料を採取する農民、Unangansは農業を行わない狩猟採集民族である。いずれの文化も菜食主義ではなく、すべての文化で魚や狩猟の肉を食べていたが、蛋白源はエジプトのように家畜の牛であったり、Unangansのように海産物であったりと文化によって異なっていた。ミイラとされたエジプト人は一般的に社会的地位が高く、家畜の肉を多く食べ、飽和脂肪酸の摂取が多かったと考えられている。リマの近くに住んでいた古代ペルー人は、トウモロコシ、ジャガイモ、サツマイモ、バナナなどの食糧が豊富だったと考えられる。彼らは家畜化したモルモット、アヒル、アンデスジカ、鳥、カエルなども食べていた。プエブロインディアンの祖先は狩猟採集民族から飼料採取する農民に移行しつつあり、トウモロコシやカボチャを育てていた。蛋白源はウサギ、ネズミ、シカ、オオツノヒツジの肉であった。Unanganはアリューシャン列島でカヤック(カヌー型小船)を用いていた狩猟採集民族であり、海産物としてアザラシ、アシカ、ラッコ、クジラ、魚、ウニ、貝、鳥やその卵などを食べていた。すべての文化で火を用いて調理していたため、火の使用による煙の吸引が動脈硬化に影響を及ぼした可能性がある。また、これら4つの文化のいずれも感染症が主な死因であった。そのため、慢性感染に伴う炎症があり、これが動脈硬化の発症につながった可能性もある(現代でも関節リウマチやSLEに伴う慢性炎症があると動脈硬化をきたしやすい)。

本研究の限界は、動脈硬化のマーカーとして石灰化を用いており、病理学的な確認ができなかったことである。また、Unanganとプエブロインディアンの祖先については少人数の解析しか行えていない。さらに、137体という小さいサンプルサイズのため、性別や異なる文化間で動脈硬化の発症率や重症度の差を検出するための統計学的パワーが得られなかった。

【結論】
4つの産業化以前の集団(農業化以前の狩猟採集民族も含み、人類の文化と歴史の広範囲にわたる4集団)において、動脈硬化が一般的に認められた。そのため、動脈硬化は現代のライフスタイルによって起きる現代病とは考えにくく、特定の食事やライフスタイルに関連なく加齢によって起こるヒト生来の疾患であることが示唆された。
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# by md345797 | 2013-03-12 01:36 | 心血管疾患

ビグアナイドはcAMP減少を介して、肝のグルカゴンシグナル伝達を阻害し、肝糖産生を抑制する

Biguanides suppress hepatic glucagon signalling by decreasing production of cyclic AMP.

Miller RA, Chu Q, Xie J, Foretz M, Viollet B, Birnbaum MJ.

Nature. 2013 Feb 14;494(7436):256-60.

【まとめ】
ビグアナイド系薬剤は50年前から肝の糖産生を抑制する有効な治療薬と考えられてきたが、その作用機序は詳しくは不明である。MetforminがAMPK活性化を介して肝糖産生を抑制するという作用機序は10年前より提唱されてきたが、近年メトフォルミンがLKB1/AMPK経路とは独立して肝糖産生を抑制することが示されて、前者の機序は疑問視もされている。本研究では、「メトフォルミンが、肝においてグルカゴン作用を阻害することにより空腹時血糖を低下させる」という新しいメカニズムを報告している。マウス肝細胞にmetforminを添加すると、ミトコンドリア呼吸鎖の抑制によってAMPが蓄積する。(それがAMPKを活性化すると考えられているのだが)ここではそれがadenylate cyclaseを抑制し、その結果cAMP産生が減少、PKA活性が低下する。PKAの標的蛋白には肝糖産生酵素があり、不活性化によって、グルカゴン依存性の肝糖放出が抑制されるという機序が示された。抗糖尿病薬metforminは、肝におけるグルカゴンアンタゴニストとしての新たな作用機序をもつことが明らかになった。

【論文内容】
10年ほど前から、metforminの作用はAMPKを介すると考えられてきたが、最近AMPKまたはその上流のLKB1を欠損した肝臓や肝細胞でもmetforminの効果が見られることが報告され、当初の考えは疑問視もされている。そこで、メトフォルミンが肝でのグルカゴンシグナル伝達を阻害する可能性を考えて検討を進めた。

グルカゴンが肝細胞表面の受容体に結合すると、adenylate cyclaseが活性化、cAMPが増加、PKAが活性化され、肝の糖産生を増加させる蛋白をリン酸化(活性化)する。ビグアナイドであるphenforminまたはmetforminをマウス培養肝細胞に2時間または24時間添加すると、用量依存的にグルカゴンによるcAMP増加が低下した。次にアデノウイルスを用いてAKRA3 FRET reporterを発現させた肝細胞(PKA活性化を確認する細胞)に、まずグルカゴンを添加したところ、2分以内に最大のFRET増加(PKA活性化)を認めたが、phenforminはこの増加を遅延させた。さらに、phenforminは、グルカゴン刺激によるPKA基質蛋白(PFKFB1、IP3R)のリン酸化を阻害した。このように、グルカゴンはcAMP増加によりPKAを活性化しその基質蛋白のリン酸化を増加させ、phenforminはこの過程を阻害したが、グルカゴンの代わりに膜透過性cAMPアナログ(SP-8Br-cAMPS-AM)を添加した場合はphenforminでPKA活性化は阻害されなかった。したがって、phenforminはPKA活性化よりも上流でグルカゴンシグナル伝達経路を遮断していると考えられた。同じく、肝細胞に治療域濃度のmetforminを添加した場合、グルカゴンによる糖産生の増加は抑制したが、SP-8Br-cAMPS-AMによる増加は抑制できず、metforminの糖産生抑制作用はcAMP減少を介していると考えられた。

次に、AMPKのα1とα2のfloxedマウスにCreを発現させるアデノウイルスを注入し、AMPKのcatalytic(α)サブユニットを欠損させたマウスを作製した。このマウスの(AMPK欠損)肝細胞にphenforminを添加しても、グルカゴンによるcAMP増加の抑制はコントロールと同じように起こった。すなわち、ビグアナイドによるcAMP増加抑制効果はAMPK非依存性であることが分かる。

では、ビグアナイドがグルカゴンによるcAMP増加を抑制するのは、ビグアナイドがcAMP phosphodiesterase (PDE)を活性化するためであろうか?グルカゴンを添加した肝細胞にIBMX(PDEの非特異的阻害剤)またはRo-20-1724(PDE4の特異的阻害剤)を添加したところ、cAMPは増加した。この効果はcilostamide (PDE3の特異的阻害剤)では見られなかったので、これらの細胞でのcAMPの分解にはPDE4が重要であることが分かる。しかし、phenformin添加によるcAMP増加抑制に、IBMXやRo-20-1724は影響しなかった一方、forskolin(adenylate cyclaseを活性化させてcAMP増加を起こす)によるcAMP増加は、phenforminで阻害された。すなわち、phenforminは、cAMP分解促進(PDE4活性化)ではなく、cAMP増加抑制(adenylate cyclase活性化抑制)によって、cAMP量を低下させていると考えられた。

AMPはadenylate cyclaseを抑制することが古くから報告されてきたが、ビグアナイドによるAMP増加がadenylate cyclase抑制をもたらしているのだろうか?Metformin投与マウスの肝におけるAMP濃度がadenylate cyclaseを阻害するのに十分なレベルかを検討するため、肝のAMP値を測定した。その結果、肝のAMP濃度は2.3 mM、metformin投与後は2.9 mMと高かった。培養肝細胞でのAMPの濃度は215 μMで、phenformin添加によって1 mM以上に増加した。

次にin vivoで、metforminのグルカゴン注入に対する効果を検討した。Metforminを事前に投与しておいたマウスでは、グルカゴン急速注入による血糖上昇は抑制された。この時、metformin投与により肝のエネルギー蓄積が減少して(=AMPが増加して)AMPK活性が増加したが、重要なことは、metformin前投与でグルカゴンによる肝臓内cAMPの上昇、PKA活性化、PKA基質のリン酸化が抑制されたことである。空腹時マウス(内因性のグルカゴン上昇)にmetforminを投与しても、肝のcAMP濃度が減少した。高脂肪食負荷マウスにmetforminを投与しても、肝のAMP増加、それに伴うPKA標的蛋白であるPFKFB1とIP3Rのリン酸化が低下し、空腹時血糖が低下した。このような急性投与によりAMPKリン酸化(活性化)が認められたものの、Aktリン酸化の変化(急性のインスリン抵抗性改善)までは見られなかった(metformin投与→AMP増加→AMPK活性化によるインスリン抵抗性改善は、少なくとも急性には起こっていないことを示唆する)。

【結論】
本研究では、ビグアナイド系薬剤が肝細胞においてcAMPを減少させる効果があることを確認した。治療域濃度のmetforminは、肝細胞においてミトコンドリア呼吸鎖のcomplex Iを阻害してATPの減少とAMPの増加をもたらすことにより、グルカゴンによるadenylate cyclase活性化を阻害する(AMPは内因性リガンドとして、adenylate cyclaseの活性化を直接抑制する作用があることは古くから知られている)。Adenylate cyclase活性低下により、細胞内cAMPが減少し、PKA活性化低下が起き、糖産生酵素の活性化を減少させ、肝糖産生を抑制する。このような経路(下の参考図)が新たなmetforminの作用機序と考えられる。

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(参考図)Metforminまたはphenforminは、OCT1(organic cation transporter)によって細胞内に取り込まれ、ミトコンドリアに集積して呼吸鎖のcomplex Iを抑制し、細胞内のATPを減少させADP/AMPを増加させる。増加したAMPは、AMPKを活性化させるのみならず、adenylate cyclaseを直接阻害して、グルカゴンによるcAMP増加を抑制、その結果PKA活性化が抑制される。それにより、グルカゴンによる糖新生酵素が糖新生抑制に働き、肝糖産生が抑制されることになる。
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# by md345797 | 2013-03-09 16:13 | シグナル伝達機構

ストレスはRAC1のエピジェネティックな発現低下をもたらし、シナプスのリモデリングと抑うつ行動を起こす

Epigenetic regulation of RAC1 induces synaptic remodeling in stress disorders and depression.

Golden SA, Christoffel DJ, Heshmati M, Hodes GE, Magida J, Davis K, Cahill ME, Dias C, Ribeiro E, Ables JL, Kennedy PJ, Robison AJ, Gonzalez-Maeso J, Neve RL, Turecki G, Ghose S, Tamminga CA, Russo SJ.

Nat Med. Published online Feb 17, 2013.

【まとめ】
抑うつは脳の報酬回路のシナプスに可塑的変化を起こすことが知られているが、その分子機構と行動への関与については不明である。本研究では、報酬・快感・恐怖などに重要な役割を果たしている側坐核(nucleus accumbens, NAc)において、シナプス構造の調節因子として知られているRho GTPase関連遺伝子の転写プロファイリングを行った。その結果、マウスに慢性の社会的ストレス「social defeat stress(社会的敗北ストレス)」を与えた後では、NAcにおいてRac1の発現が低下していることが明らかになった。これは、Rac1プロモーター周囲のクロマチン状態(ヒストンのアセチル化とメチル化)が転写抑制的(repressive)に変化したためであることが分かり、class 1 HDAC阻害剤MS-275を投与すると、社会的敗北ストレス後のRac1発現低下と抑うつ関連行動が起こらなくなった。また、大うつ病性障害のヒトの死後脳のNAcにおいてもRAC1プロモーター周囲のクロマチン状態は転写抑制的に変化しており、実際RAC1発現は減少していた。

さらに、マウスにおいて、ウイルスベクターを用いてNAcでのRac1発現を抑制すると、社会的敗北ストレスを与えた後の社会的回避(引きこもり)や快感消失症状が増悪した。慢性的な社会的敗北ストレスを与えると、NAcの中型有棘ニューロンの樹状突起において、隆起型の興奮性スパイン(stubby excitatory spine)が形成される。これはRac1下流のアクチン提供蛋白であるコフィリンの再配分によるものである。マウスのNAcに恒常活性型のRac1を過剰発現させておくと、社会的敗北ストレスを与えても、樹状突起において隆起型スパインの形成が起きず、それに伴って抑うつ関連行動も起きなかった。

以上の結果から、NAcにおけるRAC1のエピジェネティックな調節は、社会的ストレス後の抑うつ関連行動の発現を調節する分子機構であることが明らかになった。

【論文内容】
大うつ病性障害(major depressive disorder: MDD)は治療に抵抗性を示し、寛解持続期間が短い場合があるなど、治療困難なことが多い。抑うつのメカニズムについては、従来からのモノアミン仮説を初めとするさまざまな説があるが、その一つが興奮性シナプス構造の調節異常によるというものである。実際、マウスに慢性の社会的敗北ストレス(後述)を与えると、脳の側坐核(NAc;抑うつの際の報酬関連機能の障害を調節する領域)の中型有棘ニューロンにおいて、シナプスの構造的・機能的可塑的変化が起きる。しかし、このようなストレスによるシナプスの構造変化の分子メカニズムは不明であった。

マウスにおける社会的敗北ストレス後のRac1の転写調節
Rac1のようなsmall Rho GTPaseは、ニューロンの樹状突起スパインの維持のためにアクチン細胞骨格の再構成を調節する役割があり、シナプス構造を調節する重要な因子となっている。そこで、この研究ではまず、マウスに社会的敗北ストレスを与えた後のNAcにおけるsmall Rho GTPaseシグナル関連遺伝子の発現変化をマイクロアレイを用いて検討した。本研究での「社会的敗北ストレス」とは、C57BL/6Jマウスを、より大きく攻撃的なCD-1マウスと連日繰り返し戦わせて敗北させることにより、社会的回避(引きこもり)や快感消失(マウスではショ糖を好む性質が消失する)などの抑うつ関連行動を起こさせる方法である。C57BL/6Jマウスの多くは、このような敗北ストレスに影響を受けやすい(susceptible)マウスであるが、1/3程度はそうでなく社会的回避や快感消失を起こさない回復力(レジリエンス)を持った(resilient)マウスである。このようにストレス関連の行動形質には個体差があるため、この差を利用して抑うつ行動の分子機構を探ることが可能である。

社会的敗北ストレスを与えた後のsusceptibleマウスとresilientマウスのNAcにおけるRho GTPase関連遺伝子の発現を検討したところ、13種の遺伝子のうちRac1がsusceptibleマウスのみで選択的にストレスによる発現変化を示した。敗北エピソードの48時間後にはRac1の発現は大きく低下しており、Rac1の発現低下は社会的回避行動と相関があった。このsusceptibleマウスに抗うつ剤(imipramine)の連日腹腔内投与を行うと、NAcにおけるRac1発現の低下は50%程度のマウスで予防できた。

マウスにおける社会的敗北ストレス後のRac1発現のエピジェネティックな調節
上記のNacにおけるRac1の発現低下にエピジェネティックな調節が関与している可能性を考え、マウス脳のChromatin immunoprecipitation (ChIP)解析を行った。クロマチン状態の変化(ヒストンの修飾)には、転写を許可し(permissive)遺伝子発現を促進するヒストンH3 アセチル化(acH3)と、転写を抑制し(repressive)遺伝子発現を抑制するヒストンH3 Lys27トリメチル化(H3K27me3)がある(下の参考図を参照)。本研究において社会的敗北ストレスを与えたsusceptibleマウスのNacでは、Rac1のプロモーターと2000bp上流の領域にわたって)H3アセチル化が減少していた。逆に、resilientマウスではRac1プロモーター領域でH3K27メチル化が減少し、susceptibleマウスではRac1プロモーター上流のH3K27メチル化が増加していた。

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(参考図) 
上段:Permissiveな(転写を「許可する」=遺伝子発現を促進する)ヒストンアセチル化と、下段:repressiveな(転写を「抑制する」=遺伝子発現を抑制する)ヒストンメチル化。
中段は、HDAC(ヒストン脱アセチル化酵素)とHAT(ヒストンアセチル化酵素)によるアセチル化調節およびHMT(ヒストンメチル化酵素)によるメチル化調節による,
permissiveとrepressive間の「スイッチ」を表す。
Eberharter A, Becker PB. Histone acetylation: a switch between repressive and permissive chromatin. EMBO Rep. 3(3):224-9, 2002より引用)

社会的敗北ストレス後のsusceptibleマウスではH3アセチル化が減少していたので、(H3アセチル化を増加させる目的で)class 1 HDAC阻害剤MS-275をNAc局所に10日間浸透圧ミニポンプを用いて投与した。その結果、Rac1 の発現が正常化し、それまで認められていた社会的回避は見られなくなった。したがって、Rac1のエピジェネティックな調節は、社会的敗北ストレスと抑うつ行動をつなぐ分子メカニズムであることが示唆された。

大うつ病性障害の患者におけるRAC1の発現調節
次に、大うつ病性障害(MDD)患者の死後の病理解剖で得た凍結NAc組織を用いて、同様の検討を行うこととした。MDD患者の病理組織は、独立した2つのコホート(テキサスとモントリオール)から得た。両方のコホートで、抗うつ剤投与を受けていなかった患者の場合、MDD患者のNAcでは正常者と比較してRAC1発現が大きく低下していた。抗うつ剤投与を受けていた患者の場合は、モントリオールコホートにおいて、健常者と同程度の高いRAC1発現を示すものと抗うつ剤投与を受けていなかった患者と同程度の低い発現を示すものの二峰性の分布が認められた。(すなわち、抗うつ剤が効いていた患者と効かなかった患者がいた。実際、マウスの実験においても、susceptibleマウスのRac1 発現低下で抗うつ剤投与によって正常化したのは50%程度であった。)

さらに、凍結ヒト死後NAc組織におけるRAC1遺伝子のクロマチン状態を調べた。その結果、RAC1遺伝子配列の約200bp上流領域と転写開始部位( transcription start site; TSS)の下流領域でH3アセチル化が減少し、TSSの約200bp上流領域でH3K27メチル化が増加していることが明らかになった。なお、RAC1 mRNA発現とプロモーターアセチル化とメチル化の状態は、それぞれ正と負に相関していた。(図1)

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(図1)上段:大うつ病性障害患者の側坐核における、RAC1プロモーターのH3アセチル化(acH3、左)と、H3K27メチル化(H3K27me3、右)の変化。
下段:RAC1プロモーターのH3アセチル化はRAC1発現と正の相関を示し、H3K27メチル化はRAC1発現と負の相関を示した。

Rac1発現低下は抑うつ関連行動を引き起こす
次に、NacでのRac1の発現を変化させたマウスに、社会的敗北ストレスまたは弱い微小敗北ストレス(microdefeat)を与える実験を行った。Microdefeaとtは、C57BL/6JマウスをCD-1マウスと5分戦わせて15分引き離すことを3回繰り返すのみの弱いストレスで、この程度のストレスでは、社会的敗北ストレスと違って社会的回避や快感消失までは起こらない。

実験では、herpes simplex virus (HSV)による遺伝子導入を用いて、GFP、dominatnt-negative Rac1(RacDN)、constitutively active Rac1 (RacCA)のいずれかとCre recombinase、という2つの発現遺伝子を含む(bicistronic)ウイルスを、floxed Rac1 (Rac1 flox/flox)マウスのNAcに直接注入した。このマウスにHSV-GFP-Creを注入すると、NAc局所のRac1発現はノックダウンされる。これによりNAcでRac1発現が消失すると、microdefeatを与えられた場合であっても社会的回避と快感消失が起こるようになる(ストレスに対してsusceptibleになる)。同じくRacDNを過剰発現させた場合も、microdefeatに対する感受性亢進形質(pro-susceptibility phenotype)を示した。逆にRacCAを過剰発現させると、(強い)社会的敗北ストレスを与えられた場合も、社会的回避や快感消失という感受性形質(susceptible phenotype)は起こらなかった。

Rac1はストレスによる興奮性樹状突起スパインの形成を起こす
マウスに慢性的な社会的敗北ストレスを与えると、NAcの中型有棘ニューロンにおいて、未成熟型の隆起型樹状突起スパイン(stubby dendritic spines)の形成が促進される。この変化によって後シナプス密度が低下し、興奮性刺激の頻度が大きく増加する(シナプスの不安定性がもたらされる)ことが、これはマウスの抑うつ行動の発現に必要十分であることが分かっている。このようなストレスによるスパイン形成のメカニズムを理解するため、Rac1の下流のターゲット分子であり、スパイン形成のためのアクチン提供に必要なコフィリン(cofilin)に注目した。すなわち、慢性的な社会的敗北ストレス後のNAcの中型有棘ニューロンの樹状突起をコフィリンの免疫組織染色と重ね合わせた三次元再構成像を作製した。その結果、慢性的な社会的敗北ストレスによって、コフィリン陽性の隆起型スパインが選択的に増加した(隆起型以外の通常型(thin type)やキノコ型(mushroom type)のスパインは増加しなかった)。

ところが、RacCAを過剰発現させたsusceptibleマウスのNAcでは、社会的敗北ストレス後の隆起性スパイン形成は減少していた。この隆起型スパインの密度は社会的回避行動と逆相関があった。すなわち、Rac1過剰発現によって隆起型スパイン形成が減少すると、社会的回避行動が増加する傾向が認められた。

最後に、Rac1の発現低下だけでNAcで隆起型スパイン形成が起こるのかを検討した。NAc特異的にRac1を欠損させると、それだけで通常型と隆起型の両方のスパイン形成が増加した。さらにこのマウスにmicrodefeatを与えると、与えないときに比べて隆起型スパインの密度が2倍に増加した(図2)。NAc特異的なRac1欠損によって隆起性スパイン密度が増加すると、社会的回避が増加する傾向が認められた。

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(図2) 側坐核(NAc)の中型有棘ニューロンの樹状突起の三次元再構成像:NAc特異的にRac1を欠損させたマウス(下の2つ)では、コントロールマウス(上の2つ)に比べて、隆起型スパイン(白矢印)と通常型スパイン(青矢印)の密度が増加した(他のキノコ型棘突起(黄色矢印)の密度は変わらなかった)。
NAc特異的Rac1欠損マウス(下の2つ)で、microdefeatストレスなし(上から3番目)とストレスあり(一番下)を比較すると、ストレスありのRac1欠損マウスで隆起型スパイン(白矢印)が増加していることが分かる。なおこの隆起性スパインの増加は、社会的回避(抑うつ行動)の増加と相関していた。

【結論】
本研究では、①慢性的な社会的ストレスが与えられると、マウスおよびヒトの側坐核においてRac1発現が低下する。②このRac1発現低下はエピジェネティックなメカニズム(Rac1プロモーターのH3アセチル化減少とH3K27メチル化増加)によるものであることが明らかになった。さらに、③社会的ストレスによるRac1発現の減少が、Rac1下流のコフィリンの局在の変化を介して、中型有棘ニューロン樹状突起の隆起型スパインを増加させ、これがシナプスの不安定性をもたらすことにより、社会的回避などのストレス行動が起きるというメカニズムが解明された。

上記の結果に基づくと、RAC1プロモーターのエピジェネティックな変化に対する治療(すなわち、ヒストン脱アセチル化抑制、脱メチル化促進)によって抗うつ効果が期待できそうである。ただし、そのような治療はゲノム全体に影響を与える可能性があるため、より遺伝子特異的なエピジェネティックスに対する治療戦略(最近のzinc finger artificial transcription factorsなど)が求められるだろう。
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# by md345797 | 2013-02-27 05:48 | シグナル伝達機構

ヒトにおいてオートファジーが果たす生理的役割と疾患における役割

Autophagy in Human Health and Disease.

Choi AMK, Ryter SW, Levine B.

N Engl J Med. 368:651-662 February 14, 2013.

【総説内容】
ヒトにおいて、オートファジー(Autophagy:self-eatingの意味をもつ)が果たす生理学的役割および疾患における役割が明らかになりつつある。一般に「オートファジー」と呼ばれるmacroautophagyは、細胞質内の不要物に対してオートファゴソームが形成され、それがリソソームと融合し、分解・リサイクルを行う過程である(図1)。

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(図1)オートファジー経路の段階
左から、オートファジーの開始(initiation)→小胞(vesicle)の延長→成熟したオートファゴソームの形成→オートファゴソームのリソソームとの融合(fusion)→リソソームの酸性加水分解酵素(acid hydrolases)によるオートファゴソーム内容物の分解と、代謝へのリサイクルという過程がある。

オートファジー調節の分子機構
オートファジーの調節機構は、図2のようなものである。
①環境からの刺激(cues)は細胞内シグナル伝達を活性化して、オートファジーの調節分子(当初酵母で同定されたautophagy-related genes (Atg) 産物のホモログ)に伝達される。飢餓状態(starvation)はmTOR活性の抑制によりオートファジーを活性化する。栄養素の欠乏およびエネルギー喪失によりmTORC1(mTOR-Raptor-PRAS40-GβL)は阻害されるが、それによりULK1が活性化される。これがオートファジー開始の重要な段階である。逆に、インスリンや成長因子刺激(class I PI3-kinase-AKTの活性化を介する)および栄養素(leucineなど)は、mTORC1を活性化して、ULK1、ATG13、ATG101、FIP200からなるmTOR基質複合体を阻害する。これによりオートファゴソーム形成は阻害される。
②一方、Beclin-1-interacting complex は、Beclin1、BCL-2 family蛋白(オートファジーを抑制)、class III PI 3-kinase (VPS34)、ATG14L(オートファジーに必要)からなるオートファジーの調節プラットフォームである。この複合体が刺激されると、phosphatidylinositol-3-phosphate(PI3P)が生成され、オートファゴソーム形成(膜の核生成:nucleation)が促進される。
③オートファーゴソームの延長には2つのユビキチン様結合システム、すなわち「ATG5-ATG12結合システム」と「LC3-ATG8結合システム」が必要である。
④後者のシステムにおいて、細胞質欠失型LC3 (LC3-I)がオートファゴソーム膜結合型LC3(phosphatidylethanolamine結合型(PE-conjugated form):LC3-II)へと変換されことはオートファーゴソームの形成を示唆し、免疫蛍光染色上の斑点(LC3 puncta)として可視化できる。
⑤その後、オートファゴソームとリソソームの融合が起きるが、この過程の障害は、オートファーゴソーム数の増加をもたらし、さまざまな疾患につながりうる。

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(図2) オートファジー経路の分子調節機構。上のオートファゴソーム形成の調節と下のオートファゴソーム延長と成熟の調節に分けられる。

オートファジーの機能
オートファジーは、代謝前駆物質の再生と細胞内不要物の消去を行うことにより細胞機能を維持するという、ストレス下の生存メカニズムとして機能している。最近、オートファジーを受ける基質の選択性が同定され、これらは細胞内輸送機関(cargo)に特異的な因子によって調節されていることが明らかになってきた。オートファジーは、ミトコンドリアや他の細胞内小器官(endoplasmic reticulum やperoxisomes)のターンオーバーに関わっている(ミトコンドリアターンオーバーに関するものはmitophagy)。さらにストレスや加齢、蛋白構造の異常などで蓄積するポリユビキチン化された凝集体蛋白(protein aggregate)の消失(aggrephagy)や、脂質代謝(lipophagy)にも関わっている。

オートファジーは主に、細胞死を予防する保護的メカニズムとして作用している。そのため、オートファジー調節因子とアポトーシス調節因子の相互作用が認められている(BCL-2とBeclin 1、KC3BとFasの相互作用など)。オートファジーが過剰であっても、逆に障害されていてもそれだけでは直接細胞死を起こすわけではないが、両者はアポトーシスを介する細胞死に関連があると考えられている。

感染下では、オートファジーは細胞内細菌やウイルスの分解により(xenophagy)、免疫反応を助ける作用がある。オートファジーは、ウイルス感染に対するインターフェロン反応や病原体に対する炎症性サイトカイン反応といった炎症反応を低下させ、インフフラマソーム依存性の炎症性サイトカイン(IL-1βやIL-18)の産生を抑制する。オートファジーは、抗原提示やリンパ球発生といった獲得免疫反応においても重要な役割を果たしている。また、オートファジーは自己寛容T細胞レパトアの生成も促進し、炎症および免疫機能全体の調節に関わっている。

疾患におけるオートファジー
(1) 癌

オートファジーは癌の発生と進展にさまざまな影響を及ぼし、その化学療法に対する治療効率にも関係している。ヒト乳癌、子宮癌、前立腺癌の40-75%で、Beclin 1遺伝子(BECN1)の単一対立遺伝子性(monoallelic)の異常が起きている。腫瘍組織でBeclin 1の発現異常は、癌の予後不良と関連がある。マウスではBecn1のmonoallelicな欠失(Becn1+/-)は発癌につながるため、Beclin 1は腫瘍抑制蛋白と考えられている。その他のオートファジー関連蛋白(Uvrag、Bif1)やオートファジー蛋白(Atg4C、Atg5、Atg7)は腫瘍抑制機能をもつ。また、既知の腫瘍抑制蛋白(PTEN、TSC1/2、LKB1、p53)はオートファジーを刺激する。Beclin 1-依存性オートファジー機能は、AKT活性化を通じてヒトの癌を抑制すると考えられている。前立腺癌におけるATG5の発現増加のように、他のオートファジー蛋白の発現の変化もヒト癌で認められる。

オートファジーは、代謝ストレスに対してミトコンドリアターンオーバーを増加させ、蛋白凝集体消失を促進することにより、発癌抑制機能を持つと考えられている。オートファジー蛋白を遺伝的に欠損させると、ミトコンドリア機能異常および酸化ストレス増加が起こり、炎症性刺激に対する感受性が増加し、DNA傷害と遺伝的不安定性をもたらされる。その一方で、腫瘍組織では、オートファジーが腫瘍の生存に有利に働くことも知られている。高い増殖能と血行不良によって低酸素状態にさらされている腫瘍組織は代謝ストレス下にあり、化学療法はこれを利用して腫瘍細胞を攻撃する。ここでオートファジーを阻害すると(ATG5、ATG7の欠損など)、化学療法の効率が上昇する。すなわち、逆に考えればオートファジーは腫瘍細胞の化学療法に対する抵抗性を増加させていることが分かる。このように腫瘍細胞においてオートファジーは化学療法に対抗すると同時に、それとは逆にオートファジー関連細胞死経路によって化学療法の細胞毒性を増強することも一方では知られている。このオートファジー蛋白と腫瘍の化学療法抵抗性の間の複雑な関係については、さらなる検討が必要であろう。

(2) 神経変性疾患
神経変性疾患は、蛋白の遺伝子変異や異常蛋白の消失メカニズムの障害によって、ミトコンドリア機能異常と蛋白凝集体の蓄積が起こることが原因である。すなわち、神経変性疾患ではオートファジーの障害が起きていると考えられる。例えば、アルツハイマー病の脳にはオートファーゴソームの蓄積が増加している。また、マウスのオートファジー蛋白の欠損モデルでは、神経変性疾患の発症は蛋白凝集体の蓄積に関連がある。薬物でオートファジーを刺激すると、これらのモデルの神経変性に伴う症状が緩和される。ハンチントン病と関連するポリグルタミン疾患では、変異した(mutated) huntingtin(mhtt)がニューロンの核周囲の細胞質に凝集して核内封入体を形成しているが、この過程でオートファジー経路の障害が見られる。最近、mhttがオートファーゴソームの細胞内輸送体の認識を直接障害し、オートファジー経路の障害を起こすことが報告された。アルツハイマー病では、過剰にリン酸化したtau蛋白の蓄積が見られ、これが神経原線維濃縮体の形成と神経斑におけるβ amyloid peptide (Aβ)の蓄積をもたらしている。Aβはリソソーム機能を障害し、オートファジーによるAβの消失は抑制されている。さらにγ-secretaseとその関連酵素を含むオートファーゴソームは、前駆体からのAβ産生に関与しており、オートファーゴソーム-リソソーム融合の障害の条件下でのAβ源となっている。パーキンソン病では、ミトコンドリア機能異常と神経変性と関連が示されている。機能異常をきたしたミトコンドリアはターンオーバーのためにオートファーゴソームに輸送されるが(mitophagy)、この過程はPINK1およびParkinにより調節されている。これらの蛋白の遺伝子変異は、劣性家族性パーキンソン病の原因となる。散発性パーキンソン病はα-synuclein凝集体(Lewy小体)が蓄積し、これがミトコンドリア機能異常を起こす。α-synucleinはオートファジーを受ける基質であるが、この蛋白の蓄積自体がオートファジーを障害し、自身の消失を阻害していることが分かっている。

(3) 感染性疾患
細菌(A群Streptococcus、Mycobacterium tuberculosisShigella flexneri
Salmonella enterica Listeria monocytogenes,、Francisella tularensis)、ウイルス(HSV-1、chikungunya virus)、寄生虫(Tocoplasma gondii)は、in vitroにおいてxenophagyによって分解される。マクロファージ特異的にAtg5を欠損させたマウスは、M. tuberculosis感染を受けやすい。薬剤によりオートファジーを亢進させると、細胞内の病原体がオートファーゴソームに輸送される。細菌の毒性因子は宿主のオートファジーを抑制するが、この毒性因子を阻害することは新たな感染性疾患の治療戦略となりつつある。Sirolimus (従来名はrapamycin)はmTOR抑制により、オートファジーを亢進させ、ヒト免疫不全ウイルスやM. tuberculosisの複製を阻害する。また、前述のようにオートファジーは獲得性免疫の調節にも重要であり、オートファジーを亢進させる治療はワクチン開発にも有用である。オートファジー遺伝子は、感染性・炎症性疾患への感受性に関連しているということがわかってきた。ヒトのGWASによってオートファジー調節遺伝子(ATG16L2、NOD2、IRGM)のSNPsとCrohn病のリスク増加が関連していることが示されている。IRGMのSNPsはヒトにおいてM. tuberculosis感染と関連がある。このように、オートファジーの異常と炎症性・感染性疾患の関連が指摘されている。

(4) 心血管疾患
LAMP2(オートファーゴソームとリソソームの融合を促進する蛋白)の遺伝性X染色体連鎖欠損は、Danon病として知られる心筋症を引き起こす。この患者の心筋細胞の異常はミトコンドリア機能異常とオートファーゴソーム数の増加である。実験的な、虚血再灌流傷害はオートファジーの異常を起こし、ATP欠乏、低酸素、Ca2+バランスの変化などをもたらす。動脈硬化性プラークのマクロファージでは、オートファーゴソームの数が増加している。オートファジーは、動脈硬化プラークをマクロファージのアポトーシスを予防することで安定化させる。

(5) 代謝疾患

オートファジーはさまざまな代謝前駆物質を再生し放出するので、組織の代謝には大きな影響を与える。例えば、オートファジー蛋白の遺伝的欠損では肝の脂肪滴のトリグリセリド蓄積が促進され、p62/SQSTM1の変異は骨代謝異常のPaget病と関連している。運動により筋・脂肪組織・膵β細胞でのオートファジーは亢進し、運動によるオートファジー亢進は高脂肪食による耐糖能異常を改善する。脂肪細胞特異的なオートファジー蛋白(Atg7)欠損では、脂肪分化が変化し(褐色脂肪組織増加につながり)インスリン感受性が亢進する脳のAgRPニューロンでのオートファジー欠損では、摂食調節異常が起きる。

(6) 肺疾患
COPD患者の肺では、LC3B-II発現とオートファーゴソーム形成が増加している。また、LC3Bを欠損させたマウスにタバコの煙を長期に吸入させても、肺気腫は起こりにくい。嚢胞性線維症(cystic fibrosis, CFTR変異)の発症機構に、凝集蛋白の消失(aggrephagy)の障害が関与している。喘息の発症とオートファジーについてはよく分かっておらず、オートファーゴソーム増加とATG5発現の増加などが報告されている。

(7) 加齢
オートファジーは、不要な蛋白のターンオーバーと障害を受けた細胞内小器官の除去を行うため、加齢にとって非常に重要な役割を果たしている。加齢は、オートファジーの低下(ATG5ATG7BECN1発現の低下)でもあり、老廃物(リポフスチン色素やユビキチン化された蛋白凝集体)の蓄積が起きている。カロリー制限はこの加齢依存性のオートファジー低下を抑制する。

オートファジーの臨床応用
現在のところ、オートファジーの理解がまだ不十分で、オートファジーを特異的に促進する化合物もないため、ヒトの疾患でオートファジーをターゲットにした治療は限られている。限られた治療薬剤としては、ビタミンD、AMPK活性化薬、sirolims (mTOR阻害薬)などが挙げられる。ヒストン脱アセチル化酵素(Sirtuin-1, HDAC1, 2, 6)はオートファジーを調節し、HDAC阻害剤やリソソーム酸性化剤(クロロキン、ヒドロキシクロロキン)もオートファジーを調節する。これらは、癌に対する化学療法の効率を増加させるとして乳癌や前立腺癌、膵β細胞腺癌、非小細胞肺癌に対する臨床試験が行われている。オートファジーのメカニズムがさらに理解されれば、新しい診断・治療薬剤の同定につながるだろう。
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# by md345797 | 2013-02-25 03:08 | シグナル伝達機構

インスリン抵抗性下で膵β細胞の肥大を起こす、肝由来の全身性因子の存在

Liver-Derived Systemic Factors Drive β Cell Hyperplasia in Insulin-Resistant States.

El Ouaamari A, Kawamori D, Dirice E, Liew CW, Shadrach JL, Hu J, Katsuta H, Hollister-Lock J, Qian WJ, Wagers AJ, Kulkarni RN.

Cell Rep. 2013 Jan 30. Published online.

【まとめ】
肥満、糖尿病における代謝障害では、全身の臓器間クロストークの統合の異常がみられることがある。インスリン抵抗性の状態では膵β細胞の肥大が起きるが、肝特異的インスリン受容体欠損マウス(LIRKO)マウスでは膵島が肥大することが知られている。これは、肝と膵島の間の何らかのクロストークによるものであろうか。このグループは、in vivoのパラバイオーシスおよび移植実験と、in vitroの膵島培養実験を用いて、LIRKOマウス由来のβ細胞増殖を促す、液性因子(これは非神経性で、非細胞自律性の因子である)の存在を示した。さらに、肝細胞由来因子が、ex vivoにおいても、その環境のグルコース、インスリン値とは無関係に、マウスおよびヒトのβ細胞増殖を促進したことを報告する。以上より、インスリン抵抗性の状態において、肝はβ細胞増殖ための重要な液性因子産生臓器であることが示された。

【論文内容】
インスリン抵抗性に対し、生理的に(妊娠時)または病理的に(肥満時)、膵β細胞の代償性肥大が起きることはよく知られているが、そのメカニズムはよく分かっていない。全身性の膵β細胞肥大促進因子としては、腸管由来のGLP-1、GIP、脂肪細胞由来のleptin、adiponectin、筋肉由来のIL-6、マクロファージ由来のIL-1β、 IFN 、TNF-α、骨由来のosteocalcin、甲状腺ホルモン、platelet-derived growth factor (PDGF)、serotonin、FGF21などが報告されている。しかし、このグループの検討によると、インスリン抵抗性動物であるLIRKOマウスでは膵β細胞の増殖が見られるのにこれらの因子が大きく変化していなかったことから、肝由来の未同定の因子の存在が予想された。

まず、3か月齢のLIRKOマウスにBrdU (100 mg/kg body weight)を注入して、膵β細胞、α細胞、肝・脂肪・骨格筋などの増殖について検討した。LIRKOマウスでは膵β細胞量が2倍程度に増加しており、BrdU取り込み能およびKi67陽性β細胞(増殖しているβ細胞)は2.5倍程度に増加していた。TUNEL染色ではβ細胞のアポトーシスに変化は見られなかった。また、β細胞以外の細胞にも増殖能の差は見られなかった。LIRKOマウスのインスリン抵抗性によって、膵β細胞の増殖が促進されていると考えられた。

非神経性・非細胞自律的液性因子がLIRKOマウスのβ細胞複製を促進している
まず、6週齢マウスのcontrol/control、control/LIRKO、LIRKO/LIRKOマウスでパラバイオーシスを行い16週齢まで観察したところ、control/LIRKO群では空腹時血糖・血中インスリンがcontrol/control群に比べ上昇した。膵β細胞へのBrdU取り込みはcontrol/control群で低く、LIRKO/LIRKO群で高かったが、control/control群に比べ、control/LIRKOのcontrolマウスで有意に高値であった。すなわち何らかの液性因子の存在が予想された。以前、膵β細胞増殖に働く肝由来の神経経路が同定されたが、LIRKOマウスでもその可能性を検討するため下記の移植実験を行った。ControlおよびLIRKOマウスから125の同じ大きさの膵島を単離し、それぞれcontrolとLIRKOマウスの腎被膜下に移植した(一匹のレシピエントマウスの左右の腎に、controlとLIRKOのそれぞれのドナーからの膵島を移植)。16週後、移植した膵島を採取してβ細胞へのBrdU取り込みを調べた。Control→control移植のβ細胞ではBrdU取り込みは少ないが、control→LIRKO移植のβ細胞ではBrdU取り込みが8倍大きかった。逆にLIRKO→control移植ではその増加は見られなかった。LIRKOレシピエント環境下では(由来細胞にかかわらず)β細胞増殖が起こり、controlレシピエント環境下では起こらないことから、ここでもβ細胞増殖に働く非神経性・非細胞自律的な因子の存在が考えられた。

LIRKOマウスの血清はin vivoでβ細胞複製を選択的に促進する
この因子が血行に乗った分子なのか細胞なのかを検討するため、6か月齢のLIRKOマウスまたはcontorlマウスの血清を6週齢マウスの腹腔内に1日2回注入した。LIRKO血清を注入されたconrtolマウスの膵β細胞は2倍程度に増加したが、control血清を注入されても増加しなかった。このin vivoの検討から、血清中に安定に存在する血行性分子がLIRKOマウスの膵β細胞増殖を促進していると考えられた。

LIRKO血清はin vitroでマウスおよびヒト膵β細胞を増殖させる
LIRKOおよびcontrolマウス由来の血清を含むmediumでマウス膵島を培養し、Ki67免疫染色でβ細胞増殖を検討した。3か月齢のLIRKOマウスの血清は、培養膵β細胞の増殖をもたらした。12か月齢LIRKO血清でも増殖をもたらしたが、12か月齢control血清(加齢によるインスリン抵抗性がもともと存在する)でもやや増殖が促進されたため、有意差は見られなかった。なお、TUNEL染色ではβ細胞のアポトーシスに差は認められなかった(下図)。(ここでは未発表だが、LIRKO血清中のβ細胞増殖促進因子は熱で不活化されたため、おそらく蛋白である)。

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LIRKOマウスの血清は、ヒトドナー(9名の健常者と2名の2型糖尿病患者由来)の培養膵島でもβ細胞増殖を促進した。LIRKO血清は糖尿病患者由来のβ細胞も増殖を促進したことが重要である。すなわち、血中のβ細胞増殖促進因子は、ヒトとマウスの種間で保存され、2型糖尿病患者の膵島にも効果がある。(ヒトの膵島ドナーはIntegrated Islet Distribution Programに基づき研究用に採取されたものである。)

(なお、膵β細胞増殖を促進する重要な因子はグルコースとインスリンそれ自体であるが、LIRKOマウスパラバイオーシス実験では血糖上昇が認められていないこと、in vitro実験ではグルコース濃度を一定にしインスリン濃度は血清希釈によりin vivoに比べると有意に低値であることから、グルコースやインスリンがその因子ではないと考えられる。)

肝細胞由来因子がin vitroでマウスとヒトの膵β細胞複製を促進する
最後に、LIRKOおよびcontrolマウス由来肝の組織片培養(liver explant cultures: LECM)の上清のmediumを採取し、マウス膵島に添加した。その結果、LIRKOマウスの肝由来のLECM添加によりKi67陽性β細胞数が増加した。同様に2型糖尿病患者由来の膵島においてもβ細胞増殖を促進した。肝には、肝細胞、Kupffer細胞、血管内皮細胞など多くのタイプの細胞が含まれる。そこで、培養肝細胞primary hepatocytesの上清のmedium (hepatocyte-conditioned medium: HCM)を、単離マウス膵島と2型糖尿病ヒトの膵島に添加したところ、controlマウスに比べLIRKOマウスの肝細胞由来のmediumで膵β細胞の増殖が促進された。

【結論】
インスリン抵抗性の肝細胞にはβ細胞の増殖を促進するような因子(βcell growth-promoting factor(s))が含まれていると考えられる。β細胞を増殖させるシグナル伝達経路は数多く報告されている
が(下図)、インスリン抵抗性に反応して血行性に直接β細胞増殖を刺激する因子はまだわかっていない。本研究のLIRKOマウスを用いた検討から、マウスとヒトで保存された、全身性の肝細胞由来液性因子の存在が示唆された。

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# by md345797 | 2013-02-12 03:05 | 再生治療

TALENs:ゲノム編集のための広範に応用可能な技術

TALENs: a widely applicable technology for targeted genome editing.
Joung JK, Sander JD.

Nat Rev Mol Cell Biol. 2012 Dec 12;14(1):49-55.

【まとめ】
特定のDNAに結合するドメインと、人工ヌクレアーゼを結合させた人工蛋白を用いて、多くの生物や細胞種のほとんどすべての遺伝子の改変が可能となった。この新たに開発されたtranscription activator-like effector nucleases (TALENs)を用いることにより、生物種を問わず、簡便かつ短時間にノックアウトやノックインを行うことができる。

【総説内容】
標的ゲノム編集(Targeted genome editing)は細胞や生物において、ほとんどすべての目的の配列を効率よく改変できる、広範に応用可能な技術である。この技術は、①配列非特異的にDNAを切断する人工ヌクレアーゼ(engineered nucleases)と②配列特異的DNA結合ドメインからなる蛋白を融合させたものを用いている。当初は、zinc-finger nucleases (ZFNs)を用いた、点変異、欠損、挿入、逆位、重複、転移などの遺伝子操作が多く行われていた(図1:ZFNによるゲノム編集の原理)。

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近年は、ZFNsの代わりに、transcription activator-like effector nucleases (TALENs)の急速な発展が見られる。TALENsでは、カスタム化されたDNA結合ドメインと非特異的なFokI ヌクレアーゼドメインとを融合させたものである。DNA結合ドメインは、Xanthomonas 種プロテオバクテリアが分泌し宿主植物の遺伝子転写を変えさせる蛋白であるtranscription activator-like effectors (TALEs)由来の保存されたリピートからなっている。(図2 TALENの概要とTALEリピート構造)。このDNA結合TALEリピートは、単純な「蛋白-DNAコード」を用いて、標的部位の塩基に対して簡単・迅速に作製できる(DNA塩基配列の塩基1つを認識するアミノ酸33-35のリピート構造を連結して塩基配列を認識する)。

ここ2年間でTALENsは、酵母、ショウジョウバエ、線虫、コオロギ、ゼブラフィッシュ、カエル、ラット、ブタ、牛、シロイヌナズナ、コメ、カイコ、およびヒトの体細胞と多能性幹細胞など、さまざまな細胞・生物の遺伝子改変に応用されてきた。TALENsの技術は非常に成功率が高く、事実上どのような配列にも応用できるため、非専門家にとっても広い用途があることが期待されている。

カスタムTALE DNA結合ドメイン
DNAに結合するTALEドメインは保存された33-35アミノ酸リピート構造をしているアミノ酸配列である。それぞれのリピートはDNAのそれぞれの塩基に特異的に結合する。ほとんどすべての人工TALEリピート配列は、超可変残基であるNN、NI、HD、NG (それぞれDNAのG、A、C、Tに対応)からなっている。(より特異的にGを認識する超可変残基であるNKやNHも報告されている。)

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ヌクレアーゼを用いた遺伝子改変
ZFNによる二重鎖切断(double strand breaks: DSB)は、非相同末端再結合non-homologous end-joining; NHEJ) または相同組換え修復(homology-directed repair; HDR)によって修復されるが、これを利用して切断部位由来のさまざまな長さの挿入/欠失変異 (insertion or deletion mutation; indel mutation)を作製することができる(図3a 切断と修復に基づくゲノム編集)。NHEJによる二重鎖切断の修復は、しばしば遺伝子コーディング配列のフレームシフトを起こすため、遺伝子機能のノックアウトにつながる。また、HDPが起こることにより、切断部位の正確なヌクレオチド置換や切断部位への配列挿入(~7.6 Kb)が可能である。すでに、ZFNでは、NHEJまたはHDRを用いて遺伝子変更を行うのを、ショウジョウバエ、線虫、ゼブラフィッシュ、ニジマス、ナマズ、ウニ、カエル、ブタ、ウシ、コオロギ、ウサギ、カイコ、チョウ、マウス、ラット、ダイズ、白イヌナズナ、トウモロコシ、タバコ、ペチュニア、ハムスター細胞、ヒト体細胞と多能性幹細胞で行うことができる。この方法で、高率に変異体を作製し、選択マーカーなく変異体をスクリーニングすることができる。

ZFNsとI-SceI homing endonucleaseによって、2つのDSBとそれに続く介在配列の欠失(~15Mb)や異なる染色体の2つのDSBによる転座など、より複雑なゲノムの変更が可能となる(図3b)。操作性がよりシンプルなTALENsは初めて2年前に導入されたが、すでに同様の多くの応用がなされている。

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ゲノム編集への応用
モデル生物

TALENsもZFNsと同様に以前は操作困難だった多くの生物モデルに効率よく応用可能である。現在まで、ショウジョウバエ、線虫、ゼブラフィッシュ、カエル、ラット、ブタ、ウシ、コオロギ、カイコに用いられている。また最近、ブタ(Ossabaw swine)を用いたヒト疾患(LDL受容体変異による家族性高コレステロール血症)のモデル作製に用いられた。

細胞を用いた疾患モデリング
TALENsに伴うNHEJを用いてコーディング配列にindelを導入することによって、loss-of-mutationを導入した細胞の疾患モデルが作製できる。また、HDRによって内因性のヒト遺伝子に正確な挿入配列を入れることもできる。この際、蛍光蛋白やエピトープタグを挿入して蛋白を視覚化することも可能である。GWASやENCODEで明らかになった特定の一塩基多型(SNPs)を持った細胞を作製することもできる。

治療に対する応用
ZFNに伴うHDRは最近、鎌状赤血球症やα1-アンチトリプシン病、パーキンソン病(SNCA遺伝子)の患者由来のiPS細胞からそれぞれの遺伝的変異を修正するために用いられた。このような修正をex vivoで行い、患者に戻す治療が行われる。ヒトiPS細胞や体細胞に対するTALENsに伴うHDRを用いた治療も行われている。また、NHEJを用いた遺伝子の活性消失も治療に用いられる(HIV感染のco-receptorであるCCR5遺伝子を破壊する、というAIDSの治療)。TALENsはいかなるDNA配列もターゲットにできるため、遺伝子修正と遺伝子破壊による遺伝病の治療に対する役割は計り知れないと考えられる。

TALENs作製のためのプラットフォーム
TALENsリピートアレイをエンコードするプラスミドをデザインするプラットフォームが存在する。この方法は、標準的な制限酵素とligationに基づくクローニングである「Golden Gateクローニング」などである。TALENsの特異的な設計は注意深く検討する必要があり、Rebarらによる枠組みが最も広く試されているものである。

将来への方向性
TALENs技術はここ3年で急速に進歩しているが、重要な問題点もある。①TALENsは特異的な部位のHDRを起こすが、NHEJによる変異導入はHDRによって変化したアリルの予期しない部位への変異を起こさないか。これにはNHEJによる修復とHDRによる修復のバランスをとることが大切であろう。②NHEJによるoff-targetの変異を作らないために、TALENsのゲノムワイドの特異性の確立が不可欠である。③TALENsを細胞内に効率よく導入する方法(現在はmRNAを細胞または受精卵の核にマイクロインジェクションして細胞内で発現させる)は、今後の研究の重要な課題になるだろう。さらに、TALEに基づく転写因子(activators and repressors)の導入はすでに報告がされつつある。

TALENsは簡便で成功率が高く、多くの生物や細胞種に応用可能なゲノム編集技術であり、将来の生物学研究にとって重要な技術となるに違いない。


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# by md345797 | 2013-02-08 06:08 | その他

肥満によるmiR-802過剰発現は、ヒトMODY5の原因遺伝子Hnf1b発現抑制を介して糖代謝を阻害する

Obesity-induced overexpression of miR-802 impairs glucose metabolism through silencing of Hnf1b.

Kornfeld JW, Baitzel C, A. Könner AC, Nicholls HT, Vogt MC,Herrmanns K, Scheja L, Haumaitre C, Wolf AM, Knippschild U, Seibler J, Cereghini S, Heeren J, Stoffel M, Brüning JC.

Nature 494,111–115, 07 Feb 2013.

【まとめ】
いくつかのmiRNA(miR-143miR-181miR-103 とmiR-107)には、肝のインスリン抵抗性を変化させる働きがあることが知られている。この研究では、肥満マウスモデルおよび肥満のヒトの肝でmiR-802の発現が増加していることを明らかにした。誘導性のmiR-802過剰発現トランスジェニックマウスは耐糖能異常とインスリン抵抗性を示し、miR-802をターゲットにしたlocked nucleic acids (LNA)を用いてmiR-802発現を減少させるとインスリン抵抗性は改善した。さらに、miR-802によるsilencingのターゲットは Hnf1b (別名Tcf2)であり、shRNAにより肝のHnf1bをノックダウンすると耐糖能異常とインスリン抵抗性、肝糖産生増加が起こった。逆に、db/dbマウスの肝にHnf1bを過剰発現させるとインスリン抵抗性が改善した。以上より、肝のmiR-802の発現増加は「肥満に伴うインスリン抵抗性」の一因であり、そのメカニズムはmiR-802によるHnf1bの減少を介することが示された。


【論文内容】
肥満にはインスリン抵抗性や2型糖尿病が伴うが、その際に変動するmiRNAを同定するため、肥満のモデルマウス(高脂肪食負荷、およびLepr db/dbマウス)とそれぞれのコントロールから採取した肝のRNAで、miRNA マイクロアレイを用いて「miRNome」発現プロファイルの検討を行った。肥満で増加するmiRNAの中には、既知のmiR-103/miR-107, miR-143, miR-335が含まれたが、さらに新しいものとしてmiR-802の増加を同定した(高脂肪食で5.5倍、db/dbで30倍に増加)。このmiR-802は正常ヒト肝に比べ、過体重(BMIが25を超える)ヒトの肝でも発現が有意に増加していた。

まず、miR-802をhepatome細胞株であるHep1-6細胞に過剰発現させたところ、インスリンによるAktリン酸化が低下、インスリンシグナル伝達抑制に働くSocos1とSocs3の発現が増加した。さらに、G6pcの発現も増加しており(肝の糖産生亢進に向かうため)、インスリン抵抗性亢進に働くことが分かった。次に、in vivoでのmiR-802過剰発現の効果を調べるため、Dox誘導性のmiR-802過剰発現トランスジェニックマウス(miR-802マウス)を作製した。このマウスは、Doxの誘導により全身でmiR-802の発現が増加する。このマウスはmiR-802過剰発現により、耐糖能とインスリン抵抗性が悪化し、HOMA-IRが増加した。

また、肥満マウスでmiR-802発現を減少させるため、miR-802をターゲットにしたlocked nucleic acids (LNA)を作製して、高脂肪食負荷マウスに注入した。その結果は高脂肪食マウス肝のmiR-802発現は80%減少した(なお、他の臓器、骨格筋、膵、白色脂肪組織、視床下部などのmiR-802発現の減少はわずかだった)。この高脂肪食負荷miR-802発現抑制マウスの耐糖能障害、インスリン抵抗性は改善しており、正常血糖高インスリンクランプによって、インスリンによる骨格筋・WATの糖取り込みは変化しなかったが、肝糖産生抑制は改善(p=0.065)、G6pc発現は低下、Aktリン酸化は亢進した。以上より、miR-802の発現抑制は、主に肝のインスリン作用改善を介して全身のインスリン抵抗性改善をもたらすことが示された。

次に、バイオインフォマィテックスの手法を用いて、miR-802のターゲットとなるmRNAを同定したところ26のターゲット遺伝子が得られ、その中にhepatocyte nuclear factor 1 beta (Hnf1b; 別名transcription factor 2, Tcf2。ヒトのHNF1B遺伝子に相当)が含まれていた。ヒトのHNF1BはMODY type5の原因遺伝子であり、GWASでもHNF1Bのvariantは2型糖尿病発症に関連していることが知られている。miR-802の過剰発現でHepa1-6細胞にtransfectしたHnf1b 3’ UTRのluciferase活性が低下し、miR-802結合部位の変異によりその低下は回復した。 Hepa1-6細胞でのmiR-802過剰発現によりHnf1b蛋白発現も増加した。miR-802発現が増加しているdb/dbマウスでは、肝のHnf1b蛋白発現は50%低下しており、anti-miR-802 LNAによってこれは回復した。Hepa1-6細胞でshRNAを用いてHnf1bをsilencingするとG6pcとPck1の発現はぞうか、およびSocs1とSocs3発現が増加した。肝細胞(in virtoとin vivo)において、Hnf1bはmiR-802の転写後silencingターゲットであることが示された。

なお、Hnf1bのヘテロ欠損マウス(Hnf1b+/−)ではHnf1b mRNAの低下はほとんどなく、蛋白発現量はコントロールと同じであった。このマウスでは肝のmiR-802発現は低下しており、そのためにHnf1b蛋白量の低下が見られなかったのかもしれない。そこで、急性にHnf1b蛋白を減少させるため、Hnf1bをターゲットとしたshRNAを含むアデノウイルス(Ad-shHnf1b)をマウスに静注し、肝のHnf1b mRNAを40%減少させた。このマウスでは耐糖能、インスリン抵抗性は大きく悪化していおり、インスリンによるAktリン酸化も障害されていた。このマウスの肝から単離したmRNAのマイクロアレイ解析によると、Hnf1bの発現低下に伴って糖新生、脂肪酸のβ酸化、酸化的リン酸化、TCA回路の遺伝子発現増加が認められた。qRT–PCR解析では、Pgc1a発現誘導により、糖新生遺伝子であるPck1とG6pc発現が増加していた。逆にanti-miR-802 LNAを投与した高脂肪食負荷マウスではPck1とG6pcのmRNA発現は減少した。

さらに、Hepa1-6細胞にmiR-802を過剰発現させたところに、アデノウイルスでHnf1bを過剰発現させると、G6pc発現増加は低下(回復)した。同様にdb/dbマウス肝にアデノウイルスでHnf1bを発現させると、インスリン抵抗性が改善した。すなわち、miR-802によって肝のHnf1b発現が低下していたことが、肥満マウスにおける代謝障害の一因になっていたことが分かる。

【結論】
肥満の状態においては、肝でmiR-802が発現し、そのターゲットである肝の転写因子Hnf1b発現が抑制されることにより耐糖能障害・インスリン抵抗性が惹起される。ヒトにおいてはHNF1Bの欠失またはloss-of-functionアリルはMODY type5の原因であり、膵β細胞だけでなくインスリン抵抗性にも関連する。インスリン抵抗性亢進に至る経路は、miR-802発現増加→Hnf1b発現抑制→これによるSocs1、Socs3の転写の増加(de-repression)、によるのかもしれない。いずれにしろ、in vivoにおいて、miR-802とHbf1bを介する糖代謝・インスリン抵抗性の調節経路が明らかになったことは意義深い。さらに、miR-802は、一般的な肥満に伴うインスリン抵抗性と、まれな遺伝病であるMODY5をつなぐ新しいmiRNAとしても注目される。

◇なお、本論文のmiR-802および既報のmiR-143に関しては、Keysotone Symposia (2013. Jan, keystone, CO)にてJens C.Brüningによって発表された。
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# by md345797 | 2013-02-07 17:20 | シグナル伝達機構

急性栄養失調であるクワシオルコルの原因因子として、食事だけでなく腸マイクロバイオームが重要である

Gut microbiomes of Malawian twin pairs discordant for kwashiorkor.

Smith MI, Yatsunenko T, Manary MJ, Trehan I, Mkakosya R, Cheng J, Kau AL, Rich SS, Concannon P, Mychaleckyj JC, Liu J, Houpt E, Li JV, Holmes E, Nicholson J, Knights D, Ursell LK, Knight R, Gordon JI.

Science. 339(6119): 548-554, 2013.

【まとめ】
クワシオルコル(Kwashiorkor)は、栄養摂取不良と環境からの悪影響の結果起こる、原因不明の重症急性栄養失調である。この研究では、マラウイ(アフリカ南東部の国)における317双生児ペアを出生から3歳まで追跡し、その腸内細菌叢について検討した。これらの双生児ペアは50%が栄養状態良好であったが、残り50%の内訳は、43%で双生児のどちらか一方のみにクワシオルコルが見られ(クワシオルコルの有無に関して不一致:discordant for kwashiorkor)、7%は両方にクワシオルコルが認められた。そこで、上記の「クワシオルコルに関して不一致が見られた双生児」の両方の児に、RUTFを与え治療した。
(RUTF=ready-to-use therapeutic foodの略。調理不要ですぐに食べられる栄養補助食品のこと)

さらに、これらの双生児の腸microbiomeを、継時的なメタゲノム解析によって追跡した。RUTFの投与によって、クワシオルコルの腸microbiomeの代謝機能は一過性に正常化したものの、RUTFが中止されると悪化した。

次に、何組かの「クワシオルコルに関して不一致を示す双生児」の両方の児から採取した便の細菌叢を、それぞれノトバイオティックマウスに移植する動物実験を行った(gnotobiotic mice=細菌叢がすべて明らかになっているマウス)。その結果、クワシオルコルの児由来の腸microbiomeとマラウイの食事の両方が重なったときに、レシピエントマウスの体重が著明に減少した。また、これによりレシピエントマウスの代謝産物の障害が認められたが、これらはRUTF投与では一過性にしか改善しなかった。このような動物実験の結果から、クワシオルコルの原因因子として、食事だけでなく、腸microbiomeが重要であることが示された。

【論文内容】
世界の小児の死亡原因の多くは、栄養失調である。重症の急性栄養失調(severe acute malnutrition: SAM) のうち、「クワシオルコル」と呼ばれるものは、全身性の浮腫、脂肪肝、皮膚炎と潰瘍、食欲不振など独特の特徴を示す、SAMの中でも悪性のタイプをさす(一番下の写真参照)。このクワシオルコルの原因はよく分かっていない。一般的には蛋白摂取不良や酸化ストレス過剰が関与しているとされているが、そうでないとする疫学的な調査や臨床研究もある。

そこでこのグループは、アメリカ合衆国(都市部)・ベネズエラ(アマゾン川流域)・マラウイ(農村部)に住む小児・成人の調査をもとに、(1) 腸microbiomeは出生後の健全な成長と発達に必要な因子ではないか、(2)腸microbiomeの構造と機能が(腸管病原菌感染などによって)かく乱を受けるとクワシオルコルのリスクが高まるのではないか、(3)栄養失調は腸microbiomeの機能を変化させることにより、健康状態に大きく影響するのではないか、などの仮説を立てた。

これらの仮説の検証のため、マラウイに生まれた一卵性(monozygotic)および二卵性(dizygotic)双生児ペアのうち、「クワシオルコルに関して不一致を示した双生児」(一方はクワシオルコルを示したが、一方は示さなかった双生児ペア)の便microbiomeの長期にわたる比較研究を行った。マラウイは世界で最も小児死亡率が高い国の一つであり、「クワシオルコルに関して不一致を示す双生児ペア」のうちクワシオルコルを示さない、栄養状態良好な方の児(co-twin)は、クワシオルコルを示した児にとって食事や細菌環境が同様であり、望ましいコントロールと考えられた。

RUTFは、ピーナッツペースト・砂糖・植物油・ビタミンミネラル強化牛乳などからなる栄養補助食品で、国際的にSAMの標準的治療となっている。マラウイにおいて「クワシオルコルに関して不一致をしめす双生児ペア」の標準治療はRUTFを与えることであるため、両方の児でお互い相手の児をコントロールとして治療前・治療中・治療後の腸microbiomeを比較することができる。また、同地域に住み、RUTFを与えられていない栄養状態良好の双生児ペアの便microbiomeも、さらなるコントロールとした。

マラウイ南部地区5か村に住む317組の双生児ペア(46組が一卵性、残りが二卵性)を対象に、出生から36か月齢(3歳)まで追跡した。これらの双生児ペアのうち50%は栄養状態良好であったが、43%は一方が急性栄養失調、7%は両方が急性栄養失調を呈していた。(なお、これらの栄養状態は、一卵性か二卵性かとは関連がなかった)

健康な双生児と、クワシオルコルに関して不一致を示す双生児ペアの便microbiomeの比較
栄養状態良好な9の双生児ペアと、クワシオルコルに関して不一致を示す13の双生児ペアのそれぞれの便microbiomeのメタゲノム解析を行い、それを主座標分析(principal coordinate analysis)を用いて視覚化した。ばらつきの最大の説明変数となる第1主座標(PC1)は年齢と強く相関するものであった。栄養状態良好な双生児ペアは二人とも月がたつにつれてPC1が上昇したのに対し、クワシオルコルに関して不一致を示す双生児ペアでは、健康な児はRUTF投与によりPC1が上昇したが、クワシオルコルの児はRUTFを投与してもそのような変化が見られなかった。健康状態と腸microbiomeに関連があることは分かったが、このことだけから「腸microbiomeがクワシオルコルの原因因子である」とまでは言えない。

便細菌叢のノトバイオティックマウスへの移植
そこで、クワシオルコルに関して不一致を示す双生児ペアの凍結便細菌叢をノトバイオティックマウス(gnotobiotic mice)に移植し、その細菌叢の構造・代謝・宿主との共代謝(cometabolism)の特徴を調べることとした。6名のヒトドナーの便細菌叢を、それぞれC57BL/6J germ-freeマウスに強制経口投与(single oral gavage)した。その1週間前からそれらのマウスには南部マラウイ地方の主食に基づいた滅菌食を摂食させておいた。クワシオルコルに関して不一致を示す双生児ペアのうち、クワシオルコルの児の細菌叢を移植したマウスは、健康な方の児の細菌叢を移植したマウスに比べて、体重が有意に減少した。ただしこの減少は、マウス通常食(standard mouse chow)を与えた場合には見られなかった。したがって、この体重減少はマラウイ食摂取とクワシオルコル細菌叢移植の両方に依存して起きたと考えられた。

クワシオルコルの細菌叢を移植したマウスは上述のように便移植3週間後から急激に摂食が減少したが、食餌をマラウイ食からRUTFに変更したところ体重が増加した。2週間RUTFを与えた後再びマラウイ食に戻したところ、これらのマウスは健康な細菌叢を移植したマウスに比べ体重は少なかったものの、以前のような急な体重減少は見られなかった。すなわち、双生児のうちどちらのドナー細菌叢を移植されるか、どのような食餌を与えられるかで代謝状態は決定される。これらの微生物種やその遺伝子、代謝産物量の解析に移ることにした。

マラウイ食を与えられているレシピエントの2つの群(クワシオルコルの細菌叢を移植された群、健康な細菌叢を移植された群)では、37種の分類群(taxa)の細菌で有意な差が見られ、その中でもBilophila wadsworthia(ヒトの炎症性腸疾患(IBD)に関連あるProteobacteria)とClostridium innocuum(免疫不全患者の日和見感染を起こす)で大きい差があった。マラウイ食からRUTFへの移行は、クワシオルコルの細菌叢を移植されたマウスの便細菌叢に急速な変化をもたらした。特に、BifidobacteriaとLactobacilli(先天性免疫を刺激)、Ruminococcus(腸炎モデルマウスにおいて抗炎症作用を示す)が著明に増加、Bacteroidalesが有意に低下していた。

クワシオルコルに関連する代謝プロファイルの変化
上記のマウスの異なる食餌期(マラウイ食、RUTF、再度のマラウイ食)における便中の短鎖脂肪酸(SCFA)・炭水化物・アミノ酸・核酸・脂質の代謝を、ガスクロマトグラフィー・マススペクトロメトリーにより解析した。マラウイ食をRUTFに移行させると便中の6必須アミノ酸と3非必須アミノ酸の量が増加したが、RUTFをマラウイ食に戻すと、健康な細菌叢を移植されたマウスではこれらの量は増加したままだったが、クワシオルコルの細菌叢を移植されたマウスでは前の値に低下した。また、RUTFによるSCFA (propionate、butyrate、lactate、succinate)の増加は健康な細菌叢を移植されたマウスで大きかった。

「細菌-宿主共代謝」は、ドナー細菌叢と宿主の食餌の両方の影響を受ける
さらに、これらのマウスの尿の代謝産物プロファイルをNMR spectroscopyを用いて比較した。その結果、クワシオルコルの細菌叢を移植されたマウスの尿では、マラウイ食からRUTFに移行した場合の代謝産物の変化は、再びマラウイ食に戻した場合に大きく変化したが、健康な細菌叢を移植されたマウスの尿ではそれらはあまり変わらなかった。また、クワシオルコルの細菌叢を移植されたマウスの尿中taurineは、健康な細菌叢を移植されたマウスの尿中taurineに比べ有意に少なかった。なお、いずれのマウスでもマラウイ食を負荷したマウスで尿中taurineは高値であった。マラウイ食は(動物性)蛋白が欠乏しており、血中methionine低下とそれに伴う尿中硫酸塩(sulfate)の低下はクワシオルコルでよく見られるものである。このマウス実験においては、クワシオルコルの細菌叢とマラウイの蛋白欠乏食の両方が硫酸塩代謝の異常を介して、急性栄養失調につながりうる可能性が示唆された。

【結論】
本研究では、ある疾患(クワシオルコル)に関して不一致を示す双生児のドナーの腸内細菌叢をレシピエントであるマウスに移植する動物実験を行った。この「個別化(personalized)ノトバイオティックマウスモデル」に対し、食餌の種類を変えて、その栄養状態やメタゲノムの解析を行うことにより、元の疾患におけるmicrobiomeの役割を明らかにすることができた。本研究では、クワシオルコルの病因として、マラウイの蛋白欠乏食と腸microbiomeの両方が影響していることが明らかになった。また、もともとの腸microbiomeの違いによってRUTFに対する反応性も異なることが示された。この方法を用いることにより、栄養失調という地球規模の健康問題に腸microbiomeがどのような役割を果たしているのかが解明できる可能性がある。

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図:クワシオルコルの小児(左)と、その状態を示すモデル(右)
右下は、栄養失調が持続する悪循環を表したモデルで、食事摂取不十分→免疫反応の障害→腸の感染→細菌叢の変化→腸の透過性の調節異常→吸収不良→これが最初の食事摂取不十分につながる。さらに右上は、ヒトと細菌のエコシステムの安定性に関する、アトラクター理論における「吸引流域 (basin of attraction)」を表す。治療食だけでは栄養不良の状態(赤丸)から脱することはできない(赤実線矢印)。健康な栄養状態(黄色丸)に至る(赤点線矢印)ためには、宿主の腸細菌叢がより効率的な栄養素利用ができるように変化する必要がある。
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# by md345797 | 2013-02-04 23:45 | その他

ドナーの便の十二指腸注入による再発性C. difficile感染治療

Duodenal infusion of donor feces for recurrent Clostridium difficile.

van Nood E, Vrieze A, Nieuwdorp M, Fuentes S, Zoetendal EG, de Vos WM, Visser CE, Kuijper EJ, Bartelsman JFWM, Tijssen JGP, Speelman P, Dijkgraaf MGW, Keller JJ.

N Engl J Med. Published online, January 16, 2013.

【まとめ】
再発するClostridium difficile感染は難治性の疾患であり、抗生剤治療の失敗率も高い。腸内細菌叢の正常化を図るために、ドナーの便を十二指腸に注入する治療の有効性が検討されているが、本研究ではこの方法の初のランダム化比較試験を行った。すなわち、患者をランダムに、①vancomycin投与(500 mg経口で1日4回を4日間)を行い、さらに腸洗浄後にドナーの便の溶液を経鼻十二指腸チューブで投与する群、②標準的なvancomycin投与(500 mg経口で1日4回を14日間)群、③標準的なvancomycin投与と腸洗浄を行う群、の3群に割り付けた。主要評価項目はC. difficile感染による下痢が軽快し10週後まで再発がないこととした。その結果、ドナーの便注入群では81%が最初の注入後にC. difficile関連の下痢が軽快したが、vancomycinのみの群ではその割合は31%、vancomycinおよび腸洗浄群では23%にとどまった。なお、患者の便細菌叢の多様性をSimpson’s Reciprocal Indexおよび系統発生マイクロアレイ(phylogenetic microarray)を用いて評価したところ、患者の便細菌叢の多様性はドナーの便注入後には、ドナーと同程度まで増加していた。以上の結果から、再発性のC. difficileの感染の治療として、ドナーの便注入はvancomycin投与に比べ優れた方法であることが示された。

【論文内容】
再発するC. difficile感染に有効な治療はなく、vancomycinを繰り返し投与するしか方法がないとされている。Vancomycinの初回有効率は60%で、その後の投与では有効性が低下する。その原因として、腸内細菌叢(intestinal microbiota)の多様性が低下することが一因と考えられている。そこで、再発性のC. difficile感染に対し、健康なドナーから便を移植する方法が試みられてきた。本研究では、このドナーの便移植の有用性について初のランダム化試験を行った。

43名の患者を、①vancomycin(4日間)投与後に4Lのmacrogol solutionによる腸洗浄を行った後、ドナーの便の溶液を経鼻十二指腸チューブから注入した群(17名、そのうち1名除外)、②vancomycin(14日間)投与群(13名、そのうち1名死亡)、③vancomycinおよび腸洗浄群(13名)の3群にランダムに割り付けた。注入群には、25名のドナーから排便後平均3.1±1.9時間に、141±71gの便を移植した。主要評価項目(primary end point)は、C. difficile関連の下痢が軽快し、治療開始から10週以内に再発がないこととした。

ドナーの便注入群16名のうち、13名(81%)が最初の注入後に治癒、2名が2回の注入後に治癒した(合計15名、94%が治癒)。しかし、vancomycinのみの投与群では13名中4名(31%)、vancomycinおよび腸洗浄群では13名中3名(23%)が治癒したのみであった。全体の治癒率は、ドナーの便注入群はvancomycinのみの群と比較して3.05、vancomycinおよび腸洗浄群群と比較して4.05で、ドナーの便注入群の方が有意に優れていた。

治療の副作用としては、ドナーの便注入群の94%が下痢をきたし、そのほか痙攣痛(31%)、げっぷ(19%)が認められたが、いずれの症状も3時間以内に軽快した。フォローアップ期間ではドナーの便注入群の3名に便秘が起こったが、その他の副作用は認められなかった。

次に、9名の便細菌叢の多様性を、Simpson’s Reciprocal Indexを用いて評価した。ドナーの便注入前には低かった多様性指標が、注入2週間以内にドナーと同様の数値まで上昇した。さらに、それぞれの便のサンプルの系統発生マイクロアレイ(phylogenetic microarray=16S rRNA gene ampliconを調べるHuman Intestinal Tract Chip, HITChip)のプロファイルを用いて、主因子分析(Principal Component Analysis:PCA)を行った。その結果、ドナーの便注入前の細菌叢は、注入後には、ドナーの細菌叢に向かってシフトしていることが示された。また、ドナーの便注入によりBacteroidetes種とclostridium cluster IVとXIVaの量が増加、Proteobacteriaの量が減少していた。

【結論】
今回の小規模オープンラベルランダム化比較試験により、ドナーの便の注入は再発性C. difficile感染に対する有効な治療法であることが示された。この方法が有効性あるメカニズムとして、ドナーの便注入により正常の細菌叢が再構成されることによりC. difficileに対する宿主防御が確立することが考えられる。

1958年にデンバーの医師たちが劇症偽膜性腸炎患者に正常者の便を注腸投与することにより、治療に成功した。また、1989年にはTvedeとRask-Madsenによって培養細菌の混合物を注入することによるC. difficile感染の治療法が報告されている。これらの方法は、現在ではfecal microbiota transplantation (FMT)とも呼ばれており、抗生剤投与などで破壊された正常の腸内細菌叢を再構成させる方法として知られている。しかし、ランダム化比較試験によって有効性のエビデンスが示されたのは、本研究が最初である。本研究のような方法は、腸内細菌叢が関わる他の疾患、すなわち炎症性腸症候群(IBS)、直腸癌の予防、さらには代謝疾患の治療にまで有用かもしれない。
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# by md345797 | 2013-01-18 00:00 | その他

ケトン体であるβヒドロキシ酪酸は、内因性のHDAC阻害物質であり、酸化ストレス障害の抑制に働く

Suppression of Oxidative Stress by β-Hydroxybutyrate, an Endogenous Histone Deacetylase Inhibitor.

Shimazu T, Hirschey MD, Newman J, He W, Shirakawa K, Le Moan N, Grueter CA, Lim H, Saunders LR, Stevens RD, Newgard CB, Farese RV Jr, de Cabo R, Ulrich S, Akassoglou K, Verdin E.

Science. 2013 Jan 11;339:211-214.

【まとめ】
この研究では、ケトン体であるβ-ヒドロキシ酪酸 (β-Hydroxybutyrate ; βOHB)が、内因性の class Iヒストン脱アセチル化酵素 (histone deacetylases; HDACs)阻害物質であることを報告している。マウスにβOHBを投与したり、絶食またはカロリー制限により内因性βOHBを増加させたりすると、腎組織のヒストンアセチル化は全体的に増加した。また、βOHBによるHDAC阻害により、酸化ストレス耐性をコードする遺伝子(FOXO3A、MT2など)の転写が増加した。HEK293細胞にβOHBを添加すると、Foxo3aMt2プロモーターのヒストンアセチル化が増加し、どちらの遺伝子発現もHDAC1とHDAC2の選択的欠損によって活性化された。βOHB を投与したマウスは、FOXO3AとMT2活性増加に伴って、酸化ストレス(パラコートによる蛋白カルボニル化など)に対する耐性が認められた。

【論文内容】
外部環境、栄養状態などによりある種の代謝産物(アセチルCoAやNAD+)が増加すると、これらの代謝産物はエピジェネティックな調節因子としてヒストンの転写後調節を行うことにより遺伝子発現に影響を与える。これらのうち、ヒストンアセチル化においては、ヒストンアセチル化酵素(histone acetyltransferases; HATs)の活性は核内アセチルCoA濃度により調節され、ヒストン脱アセチル化酵素 (histone deacetylases; HDACs)のうちclass III HDACs(すなわちsirtuins)の活性はNAD+濃度に依存している。Class I HDACs (HDAC1, 2, 3, 8)、class II HDACs (HDAC4, 5, 6, 7, 9, 10) 、class IV HDAC (HDAC11) はzinc依存性酵素であることが分かっているが、それらの内因性の調節は不明である。

酪酸(butyrate)は、class Iおよびclass II HDACsの阻害因子であることが知られている。哺乳類の運動や空腹時における主要なエネルギー源であるβ-ヒドロキシ酪酸 (β-Hydroxybutyrate ; βOHB)は、酪酸に類似した構造を持つ。血中のβOHB濃度は、2-3日の絶食時または激しい運動時には肝が脂肪酸酸化を行うため1-2 mMに増加、飢餓が持続すると6-8 mMに上昇、糖尿病性ケトアシドーシスでは25 mM以上に増加すると考えられている。

ここで、βOHBが酪酸と同様にHDAC阻害活性を持つのかを検討するため、HEK293細胞にβOHBを8時間添加し、アセチル化ヒストン抗体(アセチル化H3Lys9とLys14: AcH3K9およびAcH3K14に対する抗体)でWestern blotを行うことにより、βOHBのヒストン脱アセチル化への影響を検討した。その結果、βOHBの添加により、用量依存的に(1-2mMの濃度でも)、ヒストンアセチル化が増加した。βOHBは酪酸と同じく、class I HDAC阻害活性を示し、class IIb HDAC (HDAC6)阻害活性 (tublinの脱アセチル化)は示さなかった。

次に、Flag-taggedヒトHDAC1、 HDAC3、 HDAC4、HDAC6をHEK293細胞に発現させて精製し、[3H]-標識アセチル化ヒストンH4ペプチドを用いて脱アセチル化活性を測定した。その結果、βOHBはHDAC1、HDAC3、HDAC4活性を用量依存的に(1-100 mM)阻害したが、HDAC6活性は阻害しなかった。mM濃度のβOHBは、直接HDACを阻害することによってヒストンアセチル化を増加させていると考えられた。

(なお、βOHBは標的細胞内でアセチルCoAへと分解されるので、このときアセチルCoA濃度の増加が起きたためにヒストンアセチル化が増加したのではないことを確認した。また、βOHBがp300とPCAF (p300/CBP関連因子)のHAT活性を亢進させたためにヒストンアセチル化が増加したわけでもないことを確認した。)
(また、高濃度のアセト酢酸(acetoacetate; AcAc)もin vitroおよびHEK293細胞でclass Iおよびclass IIa HDACを阻害した。しかし、AcAcの血中濃度はβOHBの1/3以下で、生理的条件下ではHDACsを阻害する濃度に達するとは考えにくい。βOHB dehydrogenases (βOHBをAcAcに変換する酵素)をsiRNAを用いて欠損させた細胞において、3 mM以下のβOHBに反応するヒストンアセチル化の増加は見られなかったが、10-30 mMの高濃度βOHBには反応してヒストンアセチル化が増加した。したがって、細胞に高濃度のβOHBを添加すると、AcAcまたはアセチルCoAも介してヒストンアセチル化が増加することが示唆された。)

次に、in vivoにおける血中βOHB濃度が組織のヒストンアセチル化に関与しているかを検討するため、24時間絶食マウスまたはカロリー制限マウス、さらには浸透圧ポンプを用いてβOHBを投与したマウスの血清中のβOHB濃度を調べた。その結果、いずれも血清βOHB濃度が増加していたため、これらのマウスの腎組織のヒストンアセチル化(H3K9、H3K14)を調べたところ、いずれも有意に増加していた。また、血清βOHB濃度とアセチル化H3K9、H3K14の間には強い相関が認められた。(なお、腎はヒストンアセチル化の変化が最も大きい臓器であり、βOHBの遺伝子発現への影響が現れやすいと考えられた。)

βOHB投与に伴うヒストンアセチル化増加により発現が調節される遺伝子を同定するため、βOHB投与マウスの腎から抽出したmRNAを用いてマイクロアレイ解析を行った。その結果をIngenuity社パスウェイ解析(IPA)により解析したところ、FOXO3Aによって調節される2つの遺伝子(Mt2Lcn2)が同定された。転写因子Foxo3aとmetallothionein2 (Mt2)は、どちらも酸化ストレス耐性に関与する遺伝子である。Foxo3aMt2プロモーターのchromatin immunoprecipitation (ChIP)解析によって、高濃度βOHBを添加したHEK293細胞ではプロモーターのH3K9アセチル化の増加が認められた。

なお、shRNAを用いてclass IおよびII HDACをそれぞれ選択的に欠損させたところ、Foxo3aMt2のmRNAが増加することを確認した。Foxo3aMt2のプロモーターにはHDAC1が結合したが、この結合はβOHB投与によって変化はなかった。したがって、HDAC活性はプロモーターへのHDAC1結合には影響はなく、βOHBはHDAC活性阻害によりプロモーターのヒストンアセチル化を増加させていると考えられた。

Mitochondrial superoxide dismutase (Mn-SOD)とcatalaseもFOXO3Aの標的であり、酸化ストレス耐性に関与している。βOHB投与マウスの腎組織では、FOXO3AおよびMn-SOD、catalaseの発現も増加していた。では、βOHBはin vivoにおいて酸化ストレスを防止する作用を持つのか?浸透圧ポンプを用いてマウスに24時間βOHBを投与し、その後に活性酸素種(ROS)を発生させるパラコートを静注し、2時間後に腎組織の蛋白カルボニル化を調べた(dinitrophenyl(DNP)の抗体でimmunoblottingした)。パラコート静注によりカルボニル化蛋白は2倍に増加したが、事前にβOHBを投与されていたマウスではそれが有意に抑制されていた。またこれらの腎組織を、別の酸化ストレスマーカーである過酸化脂質、4-hydroxynonenal (4-HNE)の抗体でも染色したところ、パラコート静注で3倍に増加した4-HNE染色部位がβOHB投与群では完全に抑制されていた。以上より、in vivoにおける酸化ストレス障害は、βOHB投与によって抑制されることが示された。

【結論】
βOHBは内因性のHDAC阻害物質であり、絶食やカロリー制限によるmM単位の濃度増加で組織にエピジェネティックな変化(ヒストンアセチル化の増加)を起こして、酸化ストレス耐性遺伝子(Foxo3aなど)の発現を増加させることにより、生体の酸化ストレス耐性をもたらすことが明らかになった。以前より、低炭水化物食によるケトン体産生によって神経の酸化ストレス障害耐性がもたらされること(neuroprotectiveな効果)が知られていた。本研究の結果から、ケトン体産生食(ketogenic diets)やカロリー制限による効果は、βOHBのHDAC阻害効果を介しているのかもしれないと考えられた。


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(解説図)可塑性をもつエピゲノム(A plastic epigenome)
本研究では、絶食・カロリー制限・低炭水化物食などに伴うβOHB増加が、HDACsを阻害することにより、ヒストンアセチル化の増加をきたし、酸化ストレス耐性遺伝子の発現を増加させることが示された。
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# by md345797 | 2013-01-11 07:17 | その他

脂肪特異的TFAM欠損マウスでは、脂肪細胞のミトコンドリア酸化が亢進し、肥満・インスリン抵抗性が改善する

Adipose-specific deletion of TFAM increases mitochondrial oxidation and protects mice against obesity and insulin resistance.

Vernochet C, Mourier A, Bezy O, Macotela Y, Boucher J, Rardin MJ, An D, Lee KY, Ilkayeva OR, Zingaretti CM, Emanuelli B, Smyth G, Cinti S, Newgard CB, Gibson BW, Larsson NG, Kahn CR.

Cell Metab. 2012 Dec 5;16(6):765-76.

【まとめ】
脂肪組織のミトコンドリア機能異常は肥満・2型糖尿病をもたらすと考えられているため、脂肪細胞特異的にTFAM (mitodhondrial transcription factor A)を欠損させたマウスを作製した。このマウスの脂肪組織では、ミトコンドリアDNAコピー数の減少やミトコンドリア形態の変化が見られた。このマウスのミトコンドリア電子伝達系ではcomplex Iやcomplex IVの活性が低下したが、complex IIの機能は亢進するなどミトコンドリア酸化的リン酸化(OXPHOS)が「リモデリング」され、脂肪細胞ミトコンドリアの酸素消費率と脱共役(uncoupling)は増加することが明らかになった。そのため、このマウスは(最初の予想に反して)エネルギー消費が亢進し、高脂肪食に伴う肥満・インスリン抵抗性が改善していた。すなわち、脂肪組織においてTFAM欠損によりミトコンドリア機能異常を起こすと、(逆説的に)全身のインスリン感受性が亢進した。なお、このマウスはインスリン感受性亢進にも関わらず、血中adiponectin値が低値であった。本研究の結果から、脂肪組織のミトコンドリア機能は、肥満・インスリン抵抗性の治療にとって有効な標的になりうると考えられた。

【論文内容】
白色脂肪組織(WAT)と褐色脂肪組織(BAT)の機能は、ミトコンドリア活性に依存している。BATは多くのミトコンドリアを含み脂肪酸のβ酸化を行うほか、UCP1がproton (H+) leakを起こすことにより熱産生によるエネルギー消費を行う。WATはBATに比べ、ミトコンドリアの量は少ないものの、正常な分化や機能維持(adipokine分泌など)のためには正常なミトコンドリア機能が必要である。肥満・2型糖尿病ではWATにおいて、ミトコンドリアDNA (mtDNA)コピー数・ミトコンドリア量・ミトコンドリア活性・酸化的リン酸化(OXPHOS)遺伝子の発現が低下している。

Mitochondrial transcription factor A (TFAM)は、mtDNAの安定性・転写に不可欠の因子であり、全身でTFAMを欠損させたマウスは胚性致死である。本研究では、脂肪細胞におけるミトコンドリア機能のインスリン抵抗性への影響を検討するため、脂肪組織(WATおよびBAT)特異的なTFAM欠損(F-TFKO)マウスを作製した。このマウスでは、ミトコンドリアcomplex Iの欠損が起きたが、驚くことに脱共役(uncoupling)の増加によってミトコンドリア酸化能は増加し、エネルギー消費の増加によって、肥満・インスリン抵抗性が改善することが分かった。

F-TFKOマウスのWATとBATでTFAMの欠損を確認
脂肪細胞特異的aP2プロモーター下にTFAMを欠損させ、F-TFKO (Fat-specific TFAM KO)マウスを作製した。このマウスの鼠径部WATから脂肪細胞分画を採取、またBATは間質部分(stromal vascular fraction)が少ないため分画を行わずそのまま採取した。F-TFKOマウスのWAT単離脂肪細胞とBATでは、ミトコンドリア遺伝子(mtATP6、mtCytb、mtCo1)の発現低下、ミトコンドリアDNAのコピー数低下が認められた。電顕像では、BATのミトコンドリアは不整形をしており、cristaeの破壊が見られた。WAT単離脂肪細胞のミトコンドリアは凝集し、コントロールの2.4倍の量に増加していた。すなわち、F-TFKOマウスの鼠径部WATとBATでは、ミトコンドリア遺伝子発現の低下、ミトコンドリアDNAコピー数の減少、ミトコンドリア形態の変化(下図)が確認された。
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WAT・BATでのTFAM減少は、加齢および高脂肪食による肥満を改善する
F-TFKOマウスとコントロールマウスを正常食または高脂肪食で飼育したところ、F-TFKOマウスはコントロールに比べ、週齢に伴う体重増加と鼠径部WAT重量の増加が小さく、WATの脂肪細胞が小型であった。また、F-TFKOマウスのWATではGlut4とHSLの発現が増加しており、単離脂肪細胞のインスリン刺激による2-deoxy glucoseの取り込みとisoproterenol刺激によるlypolysisが増加していた。さらに、F-TFKOマウスの褐色・白色脂肪細胞では、脂肪酸(14C-palmitate)の酸化が増加していた。なお、脂肪組織へのマクロファージ浸潤と炎症(TNF-α発現および血中濃度)は、両マウス間で差はなかった。

WAT・BATでのTFAM減少は、インスリン抵抗性を改善しエネルギー消費を増加させる
F-TFKOマウスは、コントロールマウスに比べ(正常食・高脂肪食いずれの場合でも)空腹時血糖とインスリン値が低値で、耐糖能とインスリン感受性の亢進が認められた。また、高脂肪食負荷しても脂肪肝が認められなかった。また、興味深いことにF-TFKOマウスはインスリン感受性であるにもかかわらず、血中adiponectin値が44%低値であった。脂肪細胞内のadiponectin 蛋白量およびmRNAは両マウス間で差がなかったため、血中adiponectin低値はadiponectinの分泌またはプロセッシングの低下によるものと考えられた。なお、F-TFKOマウスのエネルギー消費を代謝ケージで調べたところ、コントロールに比べ摂食が22%増加していたが、酸素消費量は10%増加しており、エネルギー消費の増加が認められた。

TFAM欠損により、脂肪細胞ミトコンドリアのOXPHOS機能が「リモデリング」される
F-TFKOマウスのBAT・WATの脂肪細胞では、Western blotにおいて、ミトコンドリア遺伝子でコードされる蛋白であるmtCytbとmtCo1、complex Iの代表的な蛋白であるNDUFB8、complex IVのsubunit 1の発現が低下していた。一方、complex V の構成蛋白であるAtp5Aとcomplex IIの構成蛋白であるSDHBの発現は増加していた。さらに、マススペクトロスコピー解析では、電子伝達系(ETC)の蛋白の多くが減少していたが、特にcomplex Iとcomplex IIIが全体的に減少していた。さらに酵素機能としては、complex Iとcomplex IVの機能が低下、complex IIの機能は増加していた。なお、TCAサイクルの重要な因子であるcitrate synthase (CS)活性はF-TFKOマウスのBATおよびWATの脂肪細胞で増加しており、酸素消費率(OCR)は増加していた。さらに、化学的脱共役剤(uncoupler)であるFCCPを添加するとコントロール脂肪組織のOCRはF-TFKO脂肪組織以上に上昇したことから、F-TFKO脂肪組織はすでに最高の代謝率または脱共役の状態に達していると考えられた。

TFAM欠損によりcomplex I活性が低下するが、脱共役が増加することにより、ミトコンドリア呼吸能は増加する
次に、C3H10T1/2間葉細胞株でTFAMをノックダウンしたところ(TFAM-shRNA1、TFAM-shRNA2)、同様にミトコンドリア遺伝子の発現とmtDNA量が減少したが、ATPターンオーバーの低下とproton leakの増加が見られ、脱共役が亢進した。また、活性酸素種(ROS)および脂質過酸化が増加しているという特徴が認められた。

F-TFKO脂肪細胞から単離したミトコンドリアの代謝能を検討したところ、complex Iの基質の存在下ではstate 3のOCRはコントロールと比べ有意差がなかったが、脂肪酸存在下ではstate 3のOCRはF-TFKOで有意に高かった。さらに、complex IIの基質の存在下では、(complex Iの機能障害にもかかわらず)F-TFKOのOCRは増加していた。したがって、F-TFKO脂肪細胞のミトコンドリアでは呼吸機能はcomplex II機能に依存していた。ミトコンドリア脱共役の指標であるRCR (respiratory control ratio=state 3/state 4)を計算すると、F-TFKOのミトコンドリアで有意に低値(慢性の脱共役を示す)であった。さらに、単離ミトコンドリア機能をフローサイトメトリーで検討したところ、F-TFKOのミトコンドリアはoligomycin A (complex V(ATP synthase)阻害剤)添加後のproton leakが大きかった。Complex II基質の存在下でのF-TFKOミトコンドリアのstate 3 OCRは大きく増加しており、酸化能の増加が認められた。以上より、F-TFKOマウス脂肪細胞のミトコンドリアでは、酸化率と脱共役が亢進していることが示された。

TFAM欠損による脂肪組織の代謝産物(metabolite)への効果
最後にF-TFKO脂肪組織の有機酸とアシルカルニチンのメタボロームプロファイルを検討した。高脂肪食負荷F-TFKOマウスのWAT・BATでは脂質過酸化(TBARS)と酸化DNA(8OHdG)の増加を認めた。メタボローム解析では、F-TFKOマウスBATでKrebs回路のほとんどの中間産物、およびピルビン酸と乳酸の増加が認められた(OXPHOSによるATP産生が低下しているため、解糖系が亢進していると考えられる)。脂肪酸のプロファイルでは、F-TFKOのWAT・BATで多種のアシルカルニチンが増加していた。脂肪組織のTFAM欠損により、OXPHOS過程の「リモデリング」、ETC増加による解糖系と脂質酸化の変化、脱共役呼吸の増加が起こり、「より代謝的に活発な」脂肪組織となった。

【結論】
脂肪組織においてTFAMを欠損させたところ、mtDNAのコピー数は減少しcomplex Iやcomplex IVの活性は低下したが、complex IIの活性は上昇するなどの電子伝達系のリモデリングが起こり、結果としてミトコンドリア呼吸機能が亢進肥満・インスリン抵抗性が改善した。これは、骨格筋特異的TFAM欠損マウスの結果や、ヒトの骨格筋complex I単独欠損症の患者で見られたのと同様の所見である。また、本研究のF-TFKOマウスでは、肥満抵抗性とインスリン感受性亢進にもかかわらず血中adiponectin値が低値、脂肪組織では酸化ストレス(過酸化脂質と酸化DNA)が増加している、という特徴が認められた。

インスリン抵抗性の状態では、ミトコンドリア電子伝達系の機能異常や、OXPHOS遺伝子の発現低下が認められることや、骨格筋でミトコンドリア生合成が増加すればインスリン感受性が亢進することが報告されていた。しかし、上記の骨格筋特異的TFAM欠損マウスAIF欠損マウスでは、本研究のF-TFKOマウスの結果と同様に、complex Iやcomplex IV活性の低下にもかかわらず、肥満・インスリン抵抗性の改善が見られた。

肥満・インスリン抵抗性改善の戦略として、BATの量を増加させる、WATの褐色化を促進するという方法が考えられる。もう一つのアプローチとして、WATや他の組織の脱共役呼吸を増加させる方法がある。これには安全な化学的脱共役剤(chemical uncoupler)が求められるが、今までにTZDsやmetforminがcomplex I活性を抑制することが知られており、これらの薬剤は、本研究の結果と同様、ミトコンドリア共役を低下させて酸化率を上昇させることで、インスリン抵抗性を改善しているのかもしれない。また、脂肪組織のTFAMを減少させる薬剤があれば、インスリン抵抗性に有効だろう。さらに、本研究の結果より、脂肪組織のミトコンドリア機能の調節機構は、肥満・2型糖尿病治療の有効な標的となると考えられる。
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# by md345797 | 2012-12-12 17:55 | エネルギー代謝

骨格筋でオートファジーを欠損させると、mitokineとしてFgf21発現が増加し、インスリン抵抗性が改善する

Autophagy deficiency leads to protection from obesity and insulin resistance by inducing Fgf21 as a mitokine.

Kim KH, Jeong YT, Oh H, Kim SH, Cho JM, Kim Y-N, Kim SS, Kim DH, Hur KY, Kim HK, Ko TH, Han J, Kim HL, Kim J, Back SH, Komatsu M, Chen H, Chan DC, Konishi M, Itoh N, Choi CS, Lee M-S.

Nat Med. 19, 83–92, 1 January 2013.

【まとめ】
糖・脂質代謝におけるオートファジーの役割は年々解明が進んでいるとはいえ、現在も不明な点が多い。本研究では骨格筋特異的Atg7欠損マウスを作製したところ、予想外なことにこれらのマウスは脂肪量が少なく、高脂肪食による肥満やインスリン抵抗性が起きにくかった。この予想外のインスリン感受性亢進は、Fgf21の発現増加に伴う、脂肪酸β酸化の増加と白色脂肪組織(WAT)の褐色化によるものと考えられた。骨格筋でのオートファジー欠損はミトコンドリア機能異常をもたらすが、これがAtf4 (integrated stress responseのマスター調節因子の一つ)の発現亢進を介して、Fgf21の発現を増加させたことが明らかになった。骨格筋培養細胞であるC2C12 myotubeに薬剤(ミトコンドリア呼吸鎖阻害剤)によるミトコンドリア機能異常を起こした場合も、Atf4依存性にFgf21の発現が誘導された。なお、肝でオートファジーを欠損させたマウスでも、高脂肪食に伴う肥満とインスリン抵抗性が改善した。

以上の結果から、骨格筋でのオートファジーの欠損によってミトコンドリア機能異常が起こり、それがFgf21の発現を増加させ、Fgf21の増加によって肥満とインスリン抵抗性が改善されることが示された。Fgf21はミトコンドリアに生じたストレスを伝達するために細胞外に放出される一種の内分泌因子であり、mitokineと呼ぶことができるものである。

【論文内容】
オートファジーは、細胞質において不要となった蛋白をリソソームに運搬して分解し細胞小器官や栄養素のリサイクルに用いる、進化的に保存された過程である。膵β細胞でオートファジーが欠損するとインスリン分泌に障害が起こることからも分かるように、オートファジーは全身の糖代謝に重要な働きをしている。ほかにも、脂肪組織でオートファジーを欠損させると脂肪細胞の分化や過剰脂肪の分解が障害されることが分かっており、オートファジーの欠損はインスリン抵抗性や糖尿病の発症につながると考えられている。

オートファジーはミトコンドリアのターンオーバーも調節しており(この過程はmitophagyと呼ばれる)、そのためオートファジーの欠損はミトコンドリアの構造・機能の異常をもたらす。このミトコンドリア機能異常はインスリン抵抗性と2型糖尿病の発症原因となり、2型糖尿病患者の骨格筋ではミトコンドリアの酸化的リン酸化(mtOxPhos)関連遺伝子の発現が低下していることが報告されている。ただし、2型糖尿病患者高脂肪食負荷マウスの骨格筋においてmtOxPhos活性は正常か上昇しているという相反する報告もある。さらにはAifm1(mitochondrial flavoprotein apoptosis-inducing factor)欠損マウス骨格筋特異的Tfam (mitochondrial transcription factor A)欠損マウスでは、mtOxPhos活性が障害されるが耐糖能・インスリン感受性は亢進するという報告もある。このように、骨格筋のミトコンドリア機能障害がインスリン抵抗性をもたらすのかインスリン感受性をもたらすのかは実はよく分かっていない。

本研究では、骨格筋においてオートファジーの欠損を起こしたマウスを作製し、それにより骨格筋のミトコンドリア機能を障害したところ、予想外にFgf21が発現誘導され、その結果脂質のβ酸化とWATの褐色化が起こって、肥満抵抗性・インスリン感受性亢進がもたらされたことを報告する。本研究においてFgf21は、ミトコンドリアに生じたストレスを細胞外へ伝達するシグナル(2011年に線虫モデルにおいて、「mitokine」という名称で提唱されている)として作用していると考えられた。

Atg7Δsmマウスは骨格筋と脂肪量が減少している
骨格筋特異的にオートファジーが欠損したマウス(Atg7Δsm)を作製し、骨格筋でのLc3-IからLc3-IIへの変換の減少、p62やユビキチン化蛋白の蓄積(いずれもオートファジー欠損を示す)を確認した。Atg7Δsmマウスは、正常食摂食下でコントロールに比べて体重および除脂肪体重が少なく、骨格筋量と筋線維のサイズが有意に小さかった(オートファジー欠損に伴う筋萎縮)。また、このマウスはWATでのオートファジーは正常に保たれているのに、コントロールに比べて脂肪量が少なく脂肪細胞が小さかった。

Atg7Δsmマウスではエネルギー消費が増大している
Atg7Δsmマウスを正常食で飼育し、間質熱量計によりエネルギー消費を測定した。Atg7Δsmマウスはコントロールに比べると、摂食および運動に差はなく、運動以外のエネルギー消費が大きかった。また、このマウスは空腹時血糖とインスリン値が低く、(骨格筋でのオートファジー欠損で予想されたインスリン抵抗性とは逆に)耐糖能亢進とインスリン感受性亢進が認められた

Atg7Δsmマウスは高脂肪食負荷によるインスリン抵抗性増悪が起きにくい
Atg7Δsmマウスに高脂肪食を負荷しても、コントロールに比べて、体重・脂肪重量の増加が起きにくかった。また、高脂肪食負荷したAtg7Δsmマウスはコントロールに比べ、エネルギー消費が大きかった。また、このマウスは空腹時インスリン値、HOMA-IR、高インスリン正常血糖クランプによりインスリン感受性の亢進が認められた。なお、クランプにおけるインスリン抵抗性の改善は、(骨格筋でオートファジーの欠損があるにもかかわらず)骨格筋での糖取り込みの亢進と肝での糖産生抑制によるものであった。

Atg7Δsmマウスにおける脂質異化とWATの褐色化
高脂肪食負荷したAtg7Δsmマウスのin vivoでのβ酸化は、コントロールに比べ亢進していた([1-14C]オレイン酸を投与した後の14CO2の放出を測定)。さらに、脂肪組織・肝・骨格筋のex vivoでのβ酸化を調べたところ、高脂肪食負荷したAtg7ΔsmマウスのWATのβ酸化率はコントロールマウスに比べて亢進していた。それに対し(骨格筋でオートファジーを欠損させているのにもかかわらず)骨格筋では差がなかった。高脂肪食負荷したAtg7Δsmマウスの肝では、脂質蓄積が大きく低下し、β酸化関連遺伝子(PparaAcadlなど)の発現が増加していたが、肝におけるβ酸化はコントロールと比べ同等だった。なお、この高脂肪食負荷Atg7Δsmマウスは、肝のリンパ浸潤と肝機能障害の程度はコントロールに比べて少なかった。

次にAtg7Δsmマウスの脂肪分解(lipolysis)について検討した。高脂肪食負荷Atg7Δsmマウスの空腹時血清グリセロール能度はコントロールに比べて高く、また血清FFA濃度もやや高く、in vivo脂肪分解が亢進していると考えられた。さらにこのマウスは腎周囲WATとBATで、脂肪分解遺伝子(Ppargc1aなど)の発現が増加していた。以上のβ酸化亢進と脂肪分解の亢進によって、高脂肪食負荷Atg7ΔsmマウスのWATとBATの脂肪細胞のサイズが小さくなっていると考えられた。

それに対し、肝における脂肪合成(lipogenic)遺伝子の発現は、高脂肪食負荷Atg7Δsmマウスで低下していた。また、高脂肪食負荷したAtg7ΔsmマウスのWAT(腎周囲、鼠径部)では、コントロールに比べてUcp1Pgc1αの発現が増加していた(=WATの褐色化)。さらに、BATにおける糖取り込み(BAT活性)も亢進していた。

Atg7ΔsmマウスではFgf21が増加している
Atg7Δsmマウスではエネルギー消費とインスリン感受性が亢進していたが、free T3・adipoQ (adiponectin)・レプチン・カテコラミンの濃度はコントロールマウスと比べて差がなかった。そこで骨格筋由来の代謝活性化因子(myokine)の発現に違いがないか検討すべくマイクロアレイ解析を行ったところ、Atg7Δsmマウスの骨格筋でFgf21遺伝子発現が大きく増加していることが分かった。Atg7Δsmマウスは血清Fgf21濃度も高値であり、Fgf21が一種の内分泌因子として働いていると考えられた。なお、Atg7Δsmマウスの筋肉以外の組織(肝、WAT、BAT)ではFgf21の発現増加は見られなかった。また、2種類のオートファジー欠損(Atg7-nullとTet-off Atg5-null)マウスのMEFs (mouse embryonic fibroblasts)およびAtg7をアデノウイルスでノックダウンした骨格筋培養細胞(C2C12 myotubes)でもFgf21の発現増加が認められ、骨格筋におけるFgf21の発現はオートファジー欠損による細胞内在性(cell-intrinsic)なものであることが示唆された。

なお、高脂肪食負荷Atg7ΔsmマウスにおけるFgf21の増加が肥満防止とインスリン感受性亢進に働いていることを確認するため、Fgf21-/-; Atg7Δsmマウスを作製し高脂肪食負荷したところ、高脂肪食負荷したFgf21+/+; Atg7Δsmマウスに比べて肥満・インスリン抵抗性であった。

オートファジー欠損の骨格筋では、Atf4依存性にFgf21発現が増加する
さらに、Atg7ΔsmマウスにおけるFgf21発現増加のメカニズムを検討した。マイクロアレイ解析により、Atg7Δsmマウスの骨格筋ではAtf4 (integrated stress responseのマスター調節因子)の発現が低下していることが分かり、Atf4の蛋白発現とその上流のEif2αのリン酸化が増加していることも確認された。また、C2C12 myotubuesにアデノウイルスでAtf4を過剰発現させるとFgf21の発現が増加し、さらにFgf21プロモーター内のAtg4-responsive elements (ATF4REs)の欠損および点変異を用いたレポーターアッセイによりATF4REsの重要性が示された。

Atf4によるFgf21発現増加にはmtOxPhosの障害が重要な役割を果たす
次に、オートファジー欠損の状態ではどのようにAtf4が活性化されるのかを検討した。Atg7Δsmマウスの骨格筋では、ミトコンドリアの形態異常(膨張した形)と機能低下(O2消費・cytochrome c oxidase (Cox)活性・ATP含量・mtOxPhos関連遺伝子発現の低下)が認められた。またin vitroの系では、C2C12 myotubesにミトコンドリア機能障害を起こすため、ミトコンドリア呼吸鎖阻害剤であるrotenone (complex I阻害剤)またはantimycin A (complex III阻害剤)を添加したところ、Eif2α-Atf4経路の活性化とFgf21発現の増加が認められた。Fgf21はミトコンドリアに生じたストレスに反応して放出される因子、すなわち「mitokine」である可能性がある。Atf4-siRNAをtransfectしたC2C12 myotubesやAtf4欠損またはEif2a A/A変異を持つMEFsではミトコンドリアストレスによるFgf21発現増加は抑制されていた。逆に、骨格筋特異的mitofusin 1およびmitofusin 2のダブルノックアウトマウス(mitochondrial fusionの欠損によりmtOxPhosが障害されている)では、Fgf21 mRNA発現・Atf4蛋白発現・Eif2αリン酸化が著明に増加していた。

Atg7Δhepマウスおよび栄養欠乏マウスにおけるFgf21の役割
最後に、肝特異的にオートファジーを欠損させたマウス(Atg7Δhepマウス)を作製した。このマウスはAtg7Δsm同様、コントロールに比べて体重と脂肪重量が少なく、耐糖能が亢進していた。また、肝の脂肪蓄積は少なく、脂肪酸・トリグリセリド合成関連の遺伝子発現は低下していた。Atg7Δhepマウスの肝でもミトコンドリア機能(Cox活性とmtOxPhos関連遺伝子発現)が低下しており、それに伴って肝のFgf21 mRNA発現と血清Fgf21濃度は増大きく増加していた。これが、Atg7Δhepマウスの脂肪重量の低下と耐糖能亢進につながっていると考えられる。高脂肪食負荷Atg7Δhepマウスはコントロールに比べ、体重および血糖・インスリン値・HOMA-IRが低値だった。また、高脂肪食負荷Atg7Δhepマウスの肝では、コントロールで見られるような脂肪肝は見られず、脂肪酸・トリグリセリド合成関連遺伝子発現が低下していた。

なお、β細胞特異的Atg7欠損マウスでは、β細胞のFgf21発現や血清Fgf21濃度は増加していなかった。また、leucine欠乏(単なるカロリー制限ではなく栄養欠乏のモデル)マウスでは、肝のミトコンドリア機能異常-Atf4-Fgf21系を介して血清Fgf21濃度が増加し、体重減少とインスリン感受性亢進が起きていることが確認された。

【結論】
本研究では、骨格筋におけるオートファジーの欠損がAtf4活性化を介してFgf21の発現を増加させること、さらに増加したFgf21が一種の内分泌因子としてWATのβ酸化と褐色化をもたらすことにより、高脂肪食に伴う肥満・インスリン抵抗性が防止されることが示された。さらに、オートファジー欠損はミトコンドリア機能異常を起こすことによってFgf21を増加させる、という機構が解明された。したがってFgf21は、線虫モデルで提唱されていた「mitokine」(ミトコンドリアに生じたストレス反応を他の細胞に伝達する細胞外シグナル)の、哺乳類で同定された最初のものと考えられた。(最近、脂肪細胞にmitoNEETを過剰発現させたトランスジェニックマウスでミトコンドリア機能異常と、adiponectin産生増加、インスリン感受性亢進が起きることが報告されている。しかし、このトランスジェニックマウスでは、ミトコンドリア機能異常とadiponectin産生増加の因果関係は不明である。)

本研究のAtg7Δsmマウスにおいて、ミトコンドリア機能異常がインスリン抵抗性改善をもたらすという結果は、従来の「ミトコンドリア機能異常はインスリン抵抗性をもたらす」という考えとは相反するものである。しかし、肝または骨格筋特異的Aifm1欠損マウスではmtOxPhosが障害されるがインスリン感受性は亢進するという報告とは一致している。ミトコンドリア機能異常は、それが起こる部位によっても代謝への影響は異なり、例えばβ細胞特異的Tfam欠損はインスリン分泌低下と耐糖能異常を起こすが、骨格筋でのTfam欠損は耐糖能改善をもたらす。オートファジー欠損も、その起こる部位によって代謝に及ぼす影響は異なっている。β細胞におけるAtg7欠損はインスリン分泌障害により耐糖能異常を起こすが、脂肪細胞特異的または骨格筋特異的(本研究)Atg7欠損はインスリン抵抗性改善をもたらす。さらに、オートファジー欠損の期間によっても代謝への影響は異なるようである。例えば、アデノウイルスを用いたAtg7-shRNAにより肝で急性にオートファジー欠損を起こした場合は耐糖能異常となり、本研究の結果とは異なっている。最近、運動により骨格筋のオートファジーが誘導されるが、Bcl2ノックイン変異を持つマウスでは非運動時のオートファジーは正常に起きているが、運動によるオートファジー誘導が障害されて、高脂肪食によるインスリン抵抗性が運動によって改善しないという結果が報告された。すなわち、オートファジー欠損の様式(非運動時の欠損か運動時の欠損かなど)も代謝改善に影響するようである。

オートファジー欠損はその部位、期間、様式によって代謝に及ぼす役割が異なり、オートファジー欠損とインスリン抵抗性の関係は予想していたよりも複雑なものであることが分かってきた。
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# by md345797 | 2012-12-09 05:10 | インスリン抵抗性

肝のグルコキナーゼは、神経シグナルを介するBATの熱産生抑制により肥満しやすさの傾向に影響している

Hepatic glucokinase modulates obesity predisposition by regulating BAT thermogenesis via neural signals.

Tsukita S, Yamada T, Uno K, Takahashi K, Kaneko K, Ishigaki Y, Imai J, Hasegawa Y, Sawada S, Ishihara H, Oka Y, Katagiri H.

Cell Metab. 16, 825–832, December 5, 2012.

【まとめ】
世界規模で肥満が増加し続けていることを考えると、生体には栄養過剰の条件下でもエネルギー貯蔵を促進するような未知のメカニズムが存在すると考えざるをえない。本研究は、栄養過剰に伴う肝のグルコキナーゼ(GK)発現増加に端を発し、エネルギー貯蔵を促進するようなフィードフォワードのシステムが存在することを明らかにした。実験では、高脂肪食負荷に伴う肝のGKの発現増加や、肝でのGKの強制発現によって、褐色脂肪組織(BAT)の熱産生遺伝子発現が低下し、適応熱産生が低下することが示された。この肝からBATへの臓器間システムは、肝から脳幹への求心性迷走神経とそれを受けた延髄からBATへの遠心性交感神経からなり、この経路はレプチンの熱産生促進による抗肥満作用に拮抗していることも分かった。また、高脂肪食負荷に伴う肝のGKの発現増加は、肥満抵抗性系統のマウスよりも肥満傾向系統のマウスでより顕著であり、それはBATの熱産生の程度と逆相関していた。さらに、肥満抵抗性の系統の肝にGKを過剰発現させると体重増加が促進され、肥満傾向系統のマウスで肝のGKをノックダウンすると適応熱産生が亢進して体重増加が減弱した。このような肝のGKから交感神経系を介してBATに至る組織間システムは、エネルギー貯蔵に働く倹約システムとして機能しているのみならず、肥満しやすさの傾向を決めるのに影響しているのかもしれない。

【論文内容】
生体のエネルギー恒常性は、レプチンのような液性因子や求心性・遠心性の神経シグナルによって保たれているが、これらのシステムが適切に機能してれば肥満は起こらないはずである。しかし、現実には世界的に肥満は増加しており、栄養過剰の条件下で肥満が進行し続ける何らかのメカニズムが存在すると考えられる。以前の報告により肝のグルコキナーゼ(GK)を過剰発現させたトランスジェニックマウスは体重が増加しやすいことが知られており、肝の糖代謝は全身のエネルギー恒常性調節に重要であると考えられている。そこで本研究では、アデノウイルスを用いて肝にGKを過剰発現させ、それが特にBATにおけるエネルギー代謝にどう影響するかを検討した。

肝にGKを過剰発現させグリコゲン蓄積が増加することを確認
まず、肥満しやすい傾向の系統であるC57BL/6マウスに高脂肪食を負荷したところ、内因性のGKの発現は著明に増加した。そこで、この高脂肪食負荷に伴う肝のGK発現増加が全身の代謝を変化させる可能性を考え、通常食負荷マウスの肝にアデノウイルスを用いてGKを過剰発現させた(コントロールにはLacZアデノウイルスを注入したマウスを用いた)。このマウスでは、GK発現に対し用量依存性にグリコゲン蓄積および肝トリグリセリド含量が増加し、マイクロアレイ解析によりグリコゲン生成と脂肪合成経路の酵素の発現増加が確認された。GK過剰発現マウスとコントロールマウスで、糖・脂質代謝、体重・白色脂肪組織(WAT)量、摂食、運動、体温・肝の温度に差はなかった。

肝にGKを過剰発現させると、交感神経を介してBATの適応熱産生が抑制される
興味深いことに、このGK過剰発現によりBATの脂肪細胞のサイズは増加し、熱産生関連遺伝子(UCP1、PGC-1α、D2)の発現はGK発現の用量依存的に低下していた。これらのBAT熱産生遺伝子は交感神経系(SNS)の活性化を介して発現が増加することが知られているが、このマウスではノルエピネフリンターンオーバー(SNS活性)が低下していた。さらにこのマウスで、BAT熱産生に重要な交感神経プレモーターニューロンを含むrostral raphe pallidus nucleus(吻側淡蒼縫線核:rRPa)のc-fos発現を調べた。その結果、肝のGK過剰発現によりrRPaニューロンのc-fos mRNAおよびc-fos陽性ニューロン数は有意に減少していた。したがって、肝のGK過剰発現はSNS活性低下を介して、BATの熱産生を抑制している可能性が考えられた。

このGK過剰発現マウスのノルエピネフリンによる全身の酸素消費(適応非ふるえ熱産生)は、コントロールに比べ大きく抑制されていた(basalの酸素消費はコントロールと同じだが、ノルエピネフリンによる酸素消費の増加が抑制)。さらに、このマウスのBATでの適応熱産生の低下を確認するため、マウスをthermoneutral (自然放熱のない28-30℃)およびsubthermoneutral(自然放熱のある18-23℃)のそれぞれの環境に置く実験を行った。UCP-1欠損マウスD2欠損マウスのようにBAT熱産生が抑制されているマウスをsubthermoneutralな環境に置いた場合、ふるえ熱産生などの他の組織の熱産生が起きて、WATのlipolysisが増加し体重が減少する。一方、これらのマウスをthermoneutralな環境に置くと、他の組織の熱産生が起きる必要がないため、BAT熱産生低下によって体重が増加する。この実験のGK過剰発現マウス(BATのUCP1・D2発現が低下)でも同様のことが認められ、subthermoneutralityではWATのHSL活性化に伴ってWAT重量の減少が認められたが、thermoneutralityではそれらが認められなかった。またsubthermoneutralityでは基礎代謝率が有意に増加したが、thermoneutralityでは増加しなかった。さらに、thermoneutralityの状態に13日間置いたところ、肝のGK過剰発現の用量依存的に体重およびWAT重量が増加した。以上より、肝のGK過剰発現によってBAT熱産生が抑制されることが改めて確認された。

肝からの迷走神経シグナルが肝からBATへ組織間作用を伝達している
このグループは、肝にPPAR-γを過剰発現させると肝からの求心性迷走神経を介して交感神経系が活性化されることを報告しており、このマウスでも肝からの求心性迷走神経がBATの交感神経による作用に影響しているかを検討した。肝の迷走神経切断(hepatic vagotomy; HV)を行った7日目にGKを含むアデノウイルスを注入したところ、BATのUCP1・PGC-1α・D2の発現低下とBAT脂肪細胞サイズの増加は消失していた。また、HVによって、GK過剰発現に伴うrRPaニューロンのc-fos発現低下も見られなくなった。以上の結果より、肝のGK過剰発現によるBAT熱産生の抑制は、肝からの求心性迷走神経シグナルを介していると考えられた。

肝のGK過剰発現によりレプチンの熱産生促進効果は抑制される
6日間連続で、GK過剰発現マウスおよびコントロールLacZマウスの腹腔内にレプチンを投与したところ、どちらも同じように摂食抑制が起きた。これらのマウスでは、レプチン投与によりrostral arcuate nucleus (吻側弓状核;ARC)におけるc-fosとPOMC発現の亢進、NPY発現の抑制も同じように起きた。したがって、肝のGK過剰発現はARCニューロン活性および摂食抑制に対しては影響がないといえる。それに対し、肝にGKを過剰発現させた場合、レプチンによるBATのUCP1・PGC-1αの発現増加とrRPaのc-fos発現増加は抑制された。したがって、この肝GK過剰発現によるレプチン作用の抑制は、rRPa-SNS-BAT経路を介していると考えられる。rRPaの上流においては、paraventricular nucleus of the hypothalamus (視床下部室傍核;PVN)がレプチンによって活性化されることが知られているが、両者のマウスではレプチン投与によるPVNにおけるc-fos発現増加と熱産生神経伝達物質(CRH、TRH)の産生増加に差は見られなかった。したがって、肝のGK過剰発現は、レプチンによるエネルギー消費促進効果を、視床下部より下流で阻害していると考えられる。

肝のGK発現は肥満しやすさの傾向を決めるのに貢献している
上記の肝のGK発現に端を発する神経メカニズムは、生理的な状況下ではどのような役割を果たしているのか。それを検討するため、肥満しやすい系統のマウス(C57BL/6、AKR)と肥満に抵抗性の系統のマウス(SWR/J、A/J)に高脂肪食を1週間負荷し、それぞれ肝の内因性GK、BATのUCP1の発現を比較した。高脂肪食による肝のGK発現増加は、肥満抵抗性の系統より肥満しやすい系統の方が大きかった。さらに、肝のGK発現増加はBATのUCP1発現の程度と逆の相関を示した。そこで、肝GK発現からBATへのシグナル伝達が肥満しやすさの傾向を決めている可能性を考え、以下の実験を行った。まず、肥満抵抗性系統のSWR/Jマウスに正常食を負荷し、アデノウイルスを用いて肝にGKを過剰発現させたところ、BATのUCP1・PGC-1α ・D2発現が抑制され、(肥満抵抗性にもかかわらず)体重増加が亢進した。次に、肥満しやすい系統のC57BL/6マウスにGKのshRNAを含むアデノウイルスを注入して肝の内因性GKの発現をノックダウンして(GK-KDマウス)、高脂肪食を負荷した。その結果、高脂肪食負荷GK-KDマウスでは、BATのUCP1・PGC-1α・D2発現が増加し、rRPaでのc-fos発現も増加していた。さらにGK-KDマウスでは、ノルエピネフリン投与による酸素消費が増加しており、その結果、高脂肪食による体重増加が抑制されていた。以上より、高脂肪食負荷に伴う肝の内因性のGK発現増加は、適応熱産生を調節することにより、肥満しやすさの傾向を決めている可能性が考えられた。
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【結論】
高脂肪食負荷(栄養過剰)の条件下では肝のGK発現が亢進し、このことがBATの熱産生を抑制することにより、肥満を助長するメカニズムが明らかになった。この組織間メカニズムは肥満を促進する代謝スイッチになっていると考えられ、また肥満しやすさの傾向を決めている可能性もある。このシステムは、かつてはエネルギー貯蔵に有利な「倹約システム」ともいうべきフィードフォワードのメカニズムとして働いていたが、栄養過剰の現代においては肥満助長の引き金になっているのかもしれない。
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# by md345797 | 2012-12-07 00:11 | エネルギー代謝

PTENの機能低下型変異を持つ患者は、肥満だがインスリン感受性が亢進している

PTEN mutations as a cause of constitutive insulin sensitivity and obesity.

Pal A, Barber TM, Van de Bunt M, Rudge SA, Zhang Q, Lachlan KL, Cooper NS, Linden H, Levy JC, Wakelam MJ, Walker L, Karpe F, Gloyn AL.

N Engl J Med. 2012 Sep 13;367(11):1002-11.

【まとめ】
2型糖尿病と肥満と癌は関連があることが知られているが、代謝と細胞増殖の両方に影響する分子としてPTENがある。PTENの機能低下型(loss-of-function)変異は「cancer predisposition syndrome」の原因となる(この一つがCowden症候群である)。本研究では、15名のCowden症候群(PTENのハプロ不全haploinsufficiencyを持つ)患者と15名の対照者のインスリン感受性の違いと、両群各5名ずつの骨格筋・脂肪組織におけるインスリンシグナル伝達について検討した。その結果、PTEN変異を持つ患者は対照者に比べ、インスリン抵抗性が少なく(血漿インスリン値が低値、高インスリン正常血糖クランプ法でグルコース注入率が高値)、脂肪組織でAKTリン酸化の亢進を示していた。なお、PTEN変異患者は、一般のコントロール(2097名の正常対照者)に比べ肥満であった。本研究により、PTEN haploinsufficiencyは肥満をもたらすがインスリン感受性を亢進させるという相反する効果をもたらすことが明らかになった。

【論文内容】
癌抑制因子のフォスファターゼとして知られるPTENは、下図のようにPI3K経路を抑制(PI3Kの産物であるPIP3を脱リン酸化)することにより細胞増殖やインスリンシグナル伝達を抑制する働きがある。
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PTENの機能低下型(loss-of-function)変異は発癌性の遺伝子変異として知られ、ヒトのCowden症候群(cancer predisposition syndromeの一つ)の原因である。マウスモデルでは、Ptenの1コピーを欠損した(Pten haploinsufficiency)マウスは、PI3K-AKT経路の活性化によりインスリン感受性が亢進する。同様に、Ptenを組織特異的に骨格筋脂肪組織膵β細胞で欠損させると耐糖能が改善することが示されている。本研究では、Cowden症候群患者と正常対照者のインスリン感受性の違いを調べた。

15名のCowden症候群患者(PTENの機能低下型変異をもつhaploinsufficiencyを確認している。7名はnonsense変異、2名は欠失、6名はmissense変異である)、および年齢・性別・BMIが対応する15名の対照者(PTEN変異がないことを確認している)を対象とした(人種はいずれも白人の欧州人)。

この2群にOGTTを施行したところ、血糖変動には有意差がなかったが、インスリン値はPTEN変異群で有意に低値(空腹時インスリン値は対照の60%低値、インスリン曲線のAUCは67%低値)、インスリン抵抗性を表すHOMA-IRは59%低値、インスリン感受性を表すStumvoll index scoreは1.67倍、Matsuda index scoreは2.2倍大きく、インスリン感受性の亢進が示された。なお、各群の対応する5名ずつで高インスリン正常血糖クランプを施行したところ、PTEN変異群のグルコース注入率は約2倍で、クランプによってもインスリン感受性の亢進が認められた。なお、disposition indexから判断した膵β細胞機能は、PTEN変異群15名と対照群15名で有意差は認めなかった(これはマウスの膵β細胞特異的Pten欠損でインスリン分泌が増加するという報告とは相反する結果であった)。

次に、PTEN変異を持つ15名とのBMIと空腹時インスリン値を、一般の2097名のコントロールと比較したところ、PTEN変異群のプロットは一般の集団の5th percentileのあたりに存在し(図のA)、コントロールと同じBMIであっても空腹時インスリン低値(インスリン感受性が高い)ことが示唆された。また、一般のコントロールと比べ、PTEN変異を持つ15名はBMIが高かった(図のB:箱ひげ図の箱は第1四分位数(25 percentile)と第3四分位数(75 percentile)の間を表し、垂直線(ひげ)はデータの範囲を表す)。
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なお、PTEN変異を持つ15名は、年齢・性別・BMIが対応する対照群15名と比較すると、体組成(除脂肪体重、骨量、総脂肪量、脂肪分布)に差はなかった。

また、PTEN変異を持つ群は対照群と比べ、空腹時血漿adiponectin値が有意に低値であり、leptin値や脂質プロファイルには有意差がなかった(インスリン感受性亢進にもかかわらず、adiponectinの上昇や脂質の改善は見られなかった)。

両群のうち各5名で、OGTTの0分と120分で、外側広筋と皮下脂肪組織の生検検体を採取した。その結果、両群の0分で骨格筋のPIP3値、PIP3:PIP2比、AKT発現レベルは同じであった。PTEN変異群の骨格筋でのリン酸化AKTは低値(有意ではない)だったが、脂肪組織のリン酸化AKTは高値(これも有意ではなかったが)であった。なお、PTEN変異群の0分でのPTEN mRNAは、脂肪組織でのみ有意に低下しており、骨格筋では有意な低下はなかった。そのため、脂肪組織でのみリン酸化AKTの低下があったと思われる。なお、両群とも、OGTT120分の骨格筋・脂肪組織でリン酸化AKTは増加していた。以上より、PTEN変異群のインスリン感受性亢進は、(空腹時においては脂肪組織の)PI3K-AKTシグナル伝達の亢進を介する可能性が示唆された。

【結論】
PTENの変異は、Cowden症候群という癌リスク増加傾向と肥満を伴うが、一方でインスリン感受性は亢進させることが示された。

PTENにはPI3K-AKTシグナル伝達を促進することで増殖と代謝を抑制する働きがあると考えられるが、その作用機序はさらに複雑なようである。例えば、全身にPTENを過剰発現させたトランスジェニックマウス(Super-PTENマウス)ではエネルギー産生が増加し、そのマウスの細胞は発癌性形質転換を起こしにくい(glycolysisを抑制するanti-Warburgの状態)という結果が報告されている。

また、本研究のPTEN変異を持つ患者は肥満だが、インスリン感受性は高いという特徴を示している。さらに、インスリン感受性が高いにもかかわらずadiponectinは低値であった。Adiponectin値とインスリン感受性の関連も複雑であり、例えばインスリン受容体の遺伝的変異を持つ患者は、高度なインスリン抵抗性を示すにもかかわらずadiponectinは高値である。本研究のCowden症候群の場合、adiponectin低値は発癌リスクが増加することとは合致するが、インスリン感受性亢進とは合致していない。
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# by md345797 | 2012-11-30 07:40 | シグナル伝達機構

PTENはエキソソームにより細胞外に輸送され、レシピエント細胞においてフォスファターゼ活性を示す

The tumor suppressor PTEN is exported in exosomes and has phosphatase activity in recipient cells.

Putz U, Howitt J, Doan A, Goh CP, Low LH, Silke J, Tan SS.

Sci Signal. 2012 Sep 25;5(243):ra70.

【まとめ】
エキソソーム(Exosomes)はエンドソーム由来の微小胞(microvesicle) であり、細胞から外に分泌されて、その内容物である蛋白、脂質、DNA、microRNAsなどが、受け手の(レシピエント)細胞の生理状態を変える。本研究では、通常は細胞質と核に存在すると考えられてきた癌抑制因子であるPTENが、エキソソームにより細胞外に分泌されることを示した。分泌されたPTENは、レシピエント細胞に取り込まれ、その細胞のAktリン酸化を低下させ、細胞増殖を抑制するという作用を発揮する。エキソソームによるPTEN分泌には、Ndfip1(E3ユビキチンリガーゼであるNedd4ファミリーのアダプター蛋白)が必要である。PTENのエキソソームへの取り込みにはNdfip1が必要である(ユビキチンリガーゼNedd4-1やNedd4-2だけでは取り込みは起こらない)。さらに、PTENのLysine 13はNedd4-1によるユビキチン化に必要なアミノ酸だが、この Lysine13はPTENのエキソソーム輸送に必要であった。PTENは発生および正常・異常の両方の状態で重要な働きをするが、それには本研究で明らかになったPTENの細胞を超えたフォスファターゼ活性が重要である可能性がある。

【論文内容】
PTENは、PI 3-キナーゼ(PI3K)によって産生されたPIP3を脱リン酸化してPIP2に変換することにより、PI3Kシグナル伝達をスイッチonからoffにするフォスファターゼである。PI3K下流のAktはPIP3によってリン酸化され細胞増殖を促進するため、このシグナル伝達を阻害するPTENは癌抑制(tumor suppression)の機能を持つことがよく知られている。実際、PTEN変異を持つ患者は、脳、乳癌、前立腺、皮膚の腫瘍を起こすことがある。

PTENは通常は細胞質に存在し、PIP3が存在する細胞膜へと移行してフォスファターゼ活性を示すと考えられている。また、PTENは核にも蓄積し、染色体安定性を促進するなどフォスファターゼ活性とは別の作用を及ぼしており、これがPTENの癌抑制作用に重要と考えられてきた。今まで、PTENが細胞外に分泌され、細胞を超えて活性を発揮するということは知られていなかった。

エキソソーム(exosomes)は、後期エンドソームや多小胞体(multivesicular bodies; MVBs)由来の小胞であり、MVBsが細胞膜と融合することにより細胞外分泌を担うことが知られている。エキソソームは、不要になった蛋白、脂質、RNAsなどを細胞外に輸送するための小胞として働いたり、細胞外に蛋白やmRNAsを分泌し細胞間でシグナルを伝達するのに必要と考えられている。エキソソームの働きの例として、癌に対する抗原を細胞外へと輸送し、T細胞がそのエキソソームを取り込むことによって癌に対する免疫が維持されるなどの作用が知られていた。この研究では、癌抑制因子であるPTENがエキソソームによって細胞外に輸送され、標的細胞の増殖抑制を促進するという予想外の結果を報告する。

PTENのエキソソームへの取り込みにはNdfip1が必要である
この研究ではまず、mouse embryonic fibroblasts(MEFs)またはHEK293T細胞から3段階遠心プロトコールによって得られたエキソソーム中に、PTENが存在することを発見した。PTENとNdfip1はショ糖勾配において、エキソソームマーカーであるTsg101と同じ分画に出現し、PTENとNdfip1がエキソソームに存在することが分かった。さらに透過電子顕微鏡によりこれらは典型的な大きさと形態をもつエキソソームであることが分かった。このときの細胞は95%以上生存しており、死細胞からのエキソソーム放出ではないことも確認した。

次に、His-tagged PTENとFLAG-tagged Ndfip1をHEK293T細胞に同時にtransfectし、それぞれの抗体による免疫沈降によって、両者が生理的に結合していることを確認した。Ndfip1-/-MEFsではPTENがエキソソームに取り込まれず、そこに外因性にNdfip1を発現させるとPTENがエキソソームに取り込まれたため、PTENのエキソソームへの取り込みにはNdfip1が必要であることが分かった。

ユビキチンリガーゼアダプター蛋白Ndfip1がないとPTENのエキソソームへの取り込みは起こらない
Ndfip1はE3ユビキチンリガーゼのNedd4ファミリーのアダプター蛋白であり、Nedd4ファミリーの一つであるNedd4-1はPTENに結合してユビキチン化することが知られている。そこでユビキチンンリガーゼNedd4-1やNedd4-2がPTENのエキソソームへの取り込みに必要かどうかを検討した。HEK293T細胞にNedd4-1またはNedd4-2を過剰発現させてもPTENのエキソソームへの取り込みは促進されず、Ndfip1を同時に発現させたときのみ促進された。したがって、PTENのエキソソームへの取り込みにはNdfip1が必要であり、ユビキチンリガーゼNedd4-1やNedd4-2だけではエキソソームへの取り込みは起こらない。

PTENのユビキチン化部位であるLys13は、PTENのエキソソームへの取り込みに必要である
PTENのLys13は、Nedd4-1によるユビキチン化に重要なアミノ酸である。なお、PTENのユビキチン化部位の変異はPTENの癌抑制作用を障害するため、癌の発症につながることが知られている。HEK293T細胞に、PTENのLys13のグルタミン酸置換体(K13E)と野生型(WT)のPTEN、およびNdfip1を発現させた。その結果、WT PTENを発現させたNdfip1発現細胞ではPTENのエンドソームへの取り込みが見られた。(なお、Ndfip1を発現させなかった細胞では取り込みなし)。それに対し、K13E PTENはNdfip1の有無にかかわらずエンドソームに取り込まれなかった。以上より、PTENのLys13のユビキチン化がエンドソームへの取り込みに必要であると考えられた。

エキソソーム内のNdfip1とPTENはレシピエント細胞に取り込まれた後、機能的に活性を持つ
次に、Ndfip1+/+MEFsより調製したエキソソームを緑色蛍光染色PKH67を用いてラベルし、Ndfip1-/-MEFsに添加した。その結果、レシピエントのNdfip1-/-MEFsで、緑色蛍光染色された外来性のエキソソームが取り込まれているのが観察された。さらに、ドナーMEFs(WTまたはNdfip1-/-)から調製したエキソソームを、Ndfip1+/+およびNdfip1-/-MEFsに添加したところ、Ndfip1+/+MEFs由来のエキソソームのみがレシピエント細胞に取り込まれていることをWestern blottingで確認した。免疫蛍光染色でも、Ndfip1+/+ MEFでの内因性Ndfip1(下図左上:赤く染色されている部分)と、Ndfip1-/- MEFではこれがないことを確認し(下図右上)、Ndfip1を発現させたHEK293T細胞由来のエキソソームを添加したNdfip1+/+ MEFおよびNdfip1-/- MEF(それぞれ左下、右下)の細胞質内にNdfip1が著明に増加して認められることを確認した。
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(図)レシピエントMEFs(左上はNdfip1+/+でNdfip1は赤色、右上はNdfip1-/-)への、ドナーHEK293T細胞のエキソソーム由来Ndfip1の取り込み(左下はNdfip1+/+、右下はNdfip1-/-MEFsで、Ndfip1は赤色)

次に、HEK293T細胞にPTEN-EGFPとNdfip1を発現させ、そのエキソソームを得て、Ndfip1-/- MEFsに添加して培養した。そのレシピエント細胞の細胞質には免疫蛍光染色でEGFPが認められ(下図左上:EGFP抗体で染色=緑)、PTEN染色では内因性PTENとエキソソーム由来のPTEN-EGFP(下図右上:PTEN抗体で染色=赤)が認められた。両画像の重ね合わせで、レシピエント細胞に取り込まれたPTEN-EGFPが認められた(下図左下:重ね合わせ像で赤は内因性PTEN、黄色は取り込まれたPTEN-EGFP)。これはWestern blottingでも同様の結果が確認された。
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(図) レシピエントNdfip1-/- MEFsの、エキソソーム由来PTEN-EGFP(左上緑色)、内因性PTEN(右上赤色)、およびエキソソーム由来PTENの取り込み(左下重ね合わせ像の黄色)

では、レシピエント細胞に取り込まれたPTENはフォスファターゼ活性を持つのか。Ndfip1+/+MEFsまたはNdfip1-/- MEFs由来のエキソソームをレシピエントのNdfip1-/- MEFsに添加し、レシピエント細胞内のAktリン酸化を調べたところ、Ndfip1+/+MEFs由来エキソソームを添加したレシピエント細胞でのみAktリン酸化が著明に低下した。

さらに、U87MG細胞(神経膠芽腫=glioblastoma細胞株、PTEN機能が欠損している)に、Ndfip1発現あり・なしの条件下で、WT PTENまたはフォスファターゼ欠損(C142S) PTENを発現させた。その結果、Ndfip1を発現させた場合のみ、WTとC142S PTENのエキソソームへの取り込みが認められた。そこでこれら2種類のエキソソームを採取して、Ndfip1-/-MEFsに添加したところ、WT PTENを含むエキソソームを添加した場合のみレシピエント細胞のAktリン酸化が低下した。

最後に、PTEN取り込みによるレシピエント細胞のAktリン酸化低下が細胞増殖の低下につながっているかを調べた。MTT細胞増殖アッセイにより、レシピエントのNdfip1-/- MEFsはNdfip1+/+MEFs由来のエキソソームを添加した場合のみ細胞増殖の抑制が起きた。Ndfip1-/- MEFs由来のエキソソームでは(エキソソームにPTENが含まれないと考えられ)、細胞増殖抑制は起きなかった。

【結論】
本研究で明らかになった、エキソソームによる内因性PTENの細胞外への輸送およびレシピエント細胞への取り込み(下図)は、レシピエント細胞のAktリン酸化を低下させ、細胞増殖を抑制する働きを示した。この非細胞自律性(non-cell-autonomous)なPTENの効果発現様式は、癌抑制効果のみならず、発生や代謝にとっても重要なものであるかもしれない。
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(図) 上はPTENを(Ndfip1依存性に)エキソソームに取り込むドナー細胞、下はそのエキソソームを受け取るレシピエント細胞を表す。
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# by md345797 | 2012-11-28 01:50 | シグナル伝達機構