Protection from Obesity and Diabetes by Blockade of TGF-β/Smad3 Signaling.
Yadav H, Quijano C, Kamaraju AK, Gavrilova O, Malek R, Chen W, Zerfas P, Zhigang D, Wright EC, Stuelten C, Sun P, Lonning S, Skarulis M, Sumner AE, Finkel T, Rane SG.
Cell Metab. 2011 Jul 6;14(1):67-79.
【まとめ】
Smad3欠損マウスは、高脂肪食を負荷しても肥満・糖尿病が起こりにくい。このメカニズムとして、Smad3欠損マウスの白色脂肪組織(WAT)は、褐色脂肪組織(BAT)および骨格筋の遺伝子発現プロファイルを示し、ミトコンドリア生合成が著明に増加していることが明らかになった。さらに、ヒトおよびマウスにおいてTGF-β1値は体重と相関があり、マウスに抗TGF-β抗体を投与してTGF-β/Smad3シグナルを阻害すると、肥満・糖尿病・脂肪肝を起こしにくくなる。これらのことから、TGF-βシグナルは糖・エネルギー代謝を調節する重要な因子であり、その阻害は肥満・糖尿病の治療に役立つ可能性があると考えられた。
【論文内容】
BATは、発生学的には骨格筋に関連があり、前駆細胞から褐色脂肪細胞への分化には転写因子PRDM16が重要な役割を果たしている。近年、ヒトにおいても代謝的に活発なBATが存在することが示されており、代謝疾患の治療への応用について関心がもたれている。
TGF-βは、TGF-β受容体serine/threonine kinase活性により転写因子Smad3を調節し、発生や増殖などに関与している。マウスやヒトでTGF-βレベルと肥満が相関していることが示されているが、その関連のメカニズムは不明であった。
Smad3欠損マウスは、高脂肪食負荷による肥満やインスリン抵抗性が起こりにくい
Smad3-/-マウスは高インスリン正常血糖クランプによりインスリン感受性亢進を示し、高脂肪食負荷に伴う体重増加やインスリン抵抗性の悪化が少ない。このマウスでは、WATでのインスリンシグナル伝達(IR, Akt, Foxo1のリン酸化)が亢進している。また、高脂肪食負荷したSmad3+/+マウスでは肝への異所性脂肪沈着(ectopic fat deposition)が見られるが、Smad3-/-マウスでは少ない。
Smad3欠損によりWATからBATへの形質転換が誘導される
Smad3-/-マウスは脂肪量が少なく、白色脂肪細胞の大きさが減少していることが示された。Smad3-/-マウスのWATの形態はBATに似ており、褐色脂肪のマーカーであるUCP-1およびPGC-1α、PRDM16の発現が認められる。すなわち、Smad3シグナルの欠損により、白色脂肪細胞に褐色脂肪細胞の形質が認められるようになる。BAT特異的マーカーであるUCP-1およびPGC-1αは寒冷刺激により活性化されるが、寒冷刺激によりSmad3-/-マウスのWATにおいてBAT特異的マーカーが増加した。
Smad3欠損によりWATでのミトコンドリア生合成と機能が促進される
褐色脂肪細胞は筋肉に似て、ミトコンドリアが豊富である。Smad3-/-マウスのWATにおいて、ミトコンドリア数と活性を検討したところ、ミトコンドリアDNAコピー数の増加と、褐色脂肪細胞に見られるミトコンドリアが認められ、ミトコンドリアを単離すると基礎呼吸率の増加が認められた。
TGF-β/Smad3シグナルを阻害するとWATにBAT/骨格筋シグネチャが認められる
Smad3+/+および-/-マウスに通常食または高脂肪食を負荷し、WATを単離して発現遺伝子のマイクロアレイ解析を行った。さらに、TGF-β中和抗体(1D11)を投与した高脂肪食肥満マウスのWATもマイクロアレイ解析を行った。その結果、Smad3-/-およびTGF-β中和抗体投与マウスのWATで、BAT・ミトコンドリア機能(PGC-1α、Ucp1、chitochrome c oxidaseなど)・骨格筋(myosin, troponinなど)に特徴的な遺伝子発現が見られた。3T3-L1細胞におけるChIPアッセイにより、TGF-βはSmad3依存的にPGC-1αプロモーターを抑制している(これがPRDM16による転写低下につながる)ことが示された。したがって、WATにおいてSmad3シグナルの低下は、PGC-1-PRDM16 axisの活性化(BATに特徴的な遺伝子発現の増加)を来たし、WATをBrown-like WATに変換させる作用があることが分かった。
TGF-β1値は脂肪蓄積と正の相関を示し、体外からのTGF-β1の投与はBAT/ミトコンドリア遺伝子発現を抑制する
184名の非糖尿病のヒトにおいて、TGF-β1値はBMIと正の相関を示し、VO2maxと負の相関を示した。さらにob/obマウス、高脂肪食負荷マウスにおいてもTGF-β1値と体重、脂肪蓄積に関連が見られた。正常マウスにTGF-β1を腹腔内注射すると、WAT特異的転写産物(leptin, aP2, resistin)が増加し、BAT/ミトコンドリア特異的転写産物(PGC-1α、UCP1、PRDM16など)が低下した。
抗TGF-β抗体はob/obおよび高脂肪食負荷マウスの肥満・糖尿病を起こりにくくする
TGF-β/Smad3シグナルの抑制が耐糖能・体重増加に対して好影響を与えることが示されたため、これが治療に役立つかを検討すべく、抗TGF-β中和抗体をob/obおよび高脂肪食負荷マウスに投与した(この抗体はヒトにおいてFresolimumabとして、肺線維症などの臨床試験に用いられている)。抗TGF-β抗体投与によりSmad3のリン酸化が阻害され、体重増加の低下、耐糖能・インスリン抵抗性の改善、脂肪肝の改善、WATでのBAT/ミトコンドリアマーカーの発現増加が認められた。