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多能性幹細胞を胚盤胞に注入し、マウスにラット膵を作製

Generation of rat pancreas in mouse by interspecific blastocyst injection of pluripotent stem cells.

Kobayashi T, Yamaguchi T, Hamanaka S, Kato-Itoh M, Yamazaki Y, Ibata M, Sato H, Lee YS, Usui J, Knisely AS, Hirabayashi M, Nakauchi H.

Cell. 2010 Sep 3;142(5):787-99.

【まとめ】
患者自身の多能性幹細胞(pluripotent stem cells; PSC)から臓器を作製することは、再生医学の究極の目的の一つである。本研究では、野生型マウスの多能性幹細胞をPdx1-/-(膵が作られない)マウスの胚盤胞(blastcyst)に注入し、多能性幹細胞由来の膵を作ることに成功した。すなわち、発生段階での「空き」(developmental niche)を、胚盤胞に多能性幹細胞を注入する方法によって、補完することができる(=胚盤胞補完:blastcyst complementation)ことが明らかになった。また、異種間でのキメラ形成が可能かを検討するため、マウスまたはラットの多能性幹細胞をラットまたはマウスの胚盤胞にそれぞれ注入して異種間キメラを作製した。さらに、野生型ラットの多能性幹細胞をPdx1-/-マウスの胚盤胞に注入することによって、Pdx1-/-マウスに、正常に機能する膵を作製することができた。これらの結果から、異種間で胚盤胞補完ができることが証明され、ドナーの多能性幹細胞から異種動物の環境を用いてin vivoで臓器を作製できることが示された。

【論文内容】
現在、iPS細胞の技術を用いて、患者由来の多能性幹細胞を作製することが可能である。しかし、iPS細胞を用いてin vitroで臓器を作るのは極めて複雑で困難である。これに対し、この研究グループは、胚盤胞補完法という方法に着目した。この方法は、発生段階での「空き」(niche)がある動物(例えばリンパ球を欠損したRag2-/-マウス)の胚盤胞に正常動物由来の多能性幹細胞を注入すると、欠損している細胞が多能性幹細胞由来のもので補われるというものである。この方法を、膵形成が欠損したPdx1-/-マウスの胚盤胞に応用した。

[1]Pdx1-/-マウスに、野生型マウスのiPS細胞由来の膵を作製した
Pdx1-/-マウスの胚盤胞に、EGFP(緑色蛍光蛋白)トランスジェニックマウスの尾の線維芽細胞から樹立したiPS細胞を注入し、キメラマウスを作製した。注入された胚は仮親マウスの子宮に移植し、その産仔の膵形成を観察したところ、一葉にEGFP蛍光を示すiPS細胞由来の膵が認められた。この方法で膵を形成したPdx1-/-マウスは、コントロールのPdx1+/-マウスと同様の血糖変動を示した。上記の方法で作製したiPS細胞由来の膵島をSTZ投与糖尿病マウスに移植したところ、STZ投与マウスの高血糖が正常化され、GTTでの血糖変動も正常になった。すなわち、同種間の胚盤胞補完によって、iPS細胞由来の機能的な膵の作製に成功し、この方法が糖尿病治療にも役立つことが示された。

[2]マウスとラットを用いた、異種間キメラの作製
EGFPで標識したマウスおよびラットのiPS細胞をそれぞれラットとマウスの胚盤胞に注入し、それぞれの異種間キメラの胎仔を作製することができた。これらの異種間キメラは、正常に生まれ、成体になってもEGFPマウスまたはラット由来の細胞を一部持ったキメラ状態になっていた。生まれてきた個体はどちらもマウス/ラットのキメラではあるが、これらキメラの個体サイズはその胚盤胞と仮親とおおむね同等であった。

[3]異種間の胚盤胞補完によりマウスにラット膵を作製した
次に上記の[1]と[2]の2つの技術を組み合わせて、Pdx1-/-マウスに異種であるラットの膵を作製することを試みた。結果として、Pdx1-/-マウスの生体内に一様にEGFP蛍光を示すラット膵が作製された。このマウスの膵はインスリン、アミラーゼなどの内分泌・外分泌マーカーを発現し、マウスは成体まで発育してPdx1+/-マウスと同等の血糖を示した。以上より、異種間の胚盤胞補完という方法で、異種iPS細胞由来の臓器の作製が可能であることが示された。

【結論】
この方法は、ブタなどの異種動物を用いてヒトに応用可能かもしれない(ヒトの患者からiPS細胞を樹立し、臓器欠損ブタの胚盤胞に移植してブタで臓器を作製し、もとの患者に移植するなど)。しかし、マウス・ラットといったげっ歯類以外の多能性幹細胞ではキメラ形成能を持たないことが分かっており、キメラ形成能を持つ家畜や霊長類の多能性幹細胞を作製する必要がある。さらに、倫理的な問題(現在の日本では、ヒト多能性幹細胞を動物胚に注入することは禁止)にも直面する。しかし、このin vivoで臓器を作製する方法は、臓器発生のメカニズムの理解を促進し、臓器再生医学の第一歩となるだろう。
by md345797 | 2011-12-04 21:52 | 再生治療