Rapamycin-Induced Insulin Resistance Is Mediated by mTORC2 Loss and Uncoupled from Longevity.
Lamming DW, Ye L, Katajisto P, Goncalves MD, Saitoh M, Stevens DM, Davis JG, Salmon AB, Richardson A, Ahima RS, Guertin DA, Sabatini DM, Baur JA.
Science. 335 (6076) 1638-1643 30 March 2012.
【まとめ】
mTORC1の阻害剤であるrapamycinは、ショウジョウバエやマウスで寿命を延長させる。カロリー制限は、mTORC1の阻害を介して、寿命延長とインスリン感受性亢進をもたらすと考えられてきた。しかし、rapamycinを慢性的に投与すると耐糖能とインスリン作用が障害される、という逆の結果も報告されている。この研究では、rapamycinがin vivoでmTORC2を阻害すること、mTORC2はインスリンによる肝糖産生の抑制に必要であることが明らかになった。mTORとmLST8の両方をヘテロ欠損させたメスのマウスはmTORC1活性のみが低下し、このマウスは寿命延長が認められるが、正常なインスリン感受性を示した。この結果から、mTORC1シグナルの低下は、糖代謝の変化とは独立して、メスのマウスの寿命を延長させることが分かった。以上より、「rapamycinによるmTORC1の阻害→寿命延長、rapamycinによるmTORC2の阻害→インスリン抵抗性惹起」と分けて考えられることが明らかになった。
【論文内容】
現在までに、寿命延長効果を持つとして知られている薬剤は、mTORC1阻害剤であるrapamycinのみである。mTORを含む複合体は、細胞の成長・分化に関連するmTORC1(=mTOR+mLST8+Raptor+PRAS40)と、インスリンシグナル経路の調節因子であるmTORC2(=mTOR+mLST8+Rictor+SIN1)の2つがある。mTORC1シグナルを遺伝的に減弱させたり、rapamycin を投与して抑制したりすると、ショウジョウバエやマウスで寿命が延長する。また、メスのマウスでmTORC1の基質であるS6 kinase 1を欠損させると、それだけでも寿命が延長する。カロリー制限は、mTORC1の阻害を介して、インスリン感受性の亢進を伴って寿命を延長させることが知られているが、rapamycin投与では逆にインスリン感受性は障害されると報告されている。このように、rapamycin、寿命延長、インスリン感受性障害の関連はよく分かっていない。
この研究ではまず、寿命延長を示す用量のrapamycinをC57BL/6マウスに2週間投与したところ、既報のように耐糖能異常・インスリン抵抗性を示した。このマウスでは肝で糖新生遺伝子(PEPCK、G6Pase)の発現が増加しており、高インスリン正常血糖クランプ法でも肝糖産生の抑制低下が認められた。このrapamycin投与マウスの肝ではmTORC1シグナルの阻害(S6K1のリン酸化消失)が認められた。
そこで、肝特異的にmTORC1シグナルを消失させるため、mTORC1のサブユニットであるRaptorを肝特異的に欠損したマウスを作製した。ところが、このマウスは耐糖能は正常で、さらにrapamycinに反応して耐糖能が悪化した。すなわち、rapamycinはmTORC1の特異的阻害剤と考えられているのに、肝特異的にmTORC1シグナルを欠損させても糖代謝は悪化しなかった。そのため、rapamycin投与マウスの肝におけるmTORC2シグナルを検討することとした。mTORC2は、PKCαのS657、AktのS473、NDRG1のT346をそれぞれリン酸化するが、rapamycin投与マウスにおいて食後(またはインスリン投与後)のこれらのリン酸化はコントロールに比べ低下していた。そこで、rapamycin投与マウスの肝でmTORを免疫沈降し、mTORC1のコンポーネント(Raptor)およびmTORC2のコンポーネント(Rictor)でblottingした。すると、rapamycin投与により、mTORとRaptorだけでなく、Rictorとの結合も阻害されていた。したがって、
in vivoにおいてrapamycinは、mTORC2のシグナルも直接阻害することが明らかになった。
次に、肝でのmTORC2シグナルを消失させるため、肝特異的にRictorを欠損したマウスを作製したところ、耐糖能が大きく低下し、ピルビン酸負荷による肝糖産生の抑制が障害された。したがって、mTORC2シグナルの欠損は肝のインスリン感受性を障害し、rapamycinによる肝のインスリン抵抗性発症の重要な因子と考えられた。
以上より、
rapamycinが肝のインスリン抵抗性を発症する効果はmTORC2の阻害によるもので、一方rapamycinの寿命延長効果はmTORC1の阻害によるもの、と考えられる。このようにrapamycinの作用は分けて考える(uncouple)ことが可能であろう。
次に、mTORとmLST8のヘテロ欠損マウスである
mtor+/−
mlst8+/−マウスを作製した。このマウスでは肝のmTORC1シグナル(S6K1のリン酸化)は50%程度までに減少していたのに対し、mTORC2シグナル(Akt, PKCα、NDRG1のリン酸化)に変化は見られなかった(mTORC1シグナルだけが障害され、mTORC2シグナルは障害されなかった。この原因は、mTORとmLST8という、mTORC1、mTORC2に共通のコンポーネントが、量が少ないときmTORC2の方に多く行ってしまうためと予想される)。この
mtor+/−
mlst8+/−マウスはメスのみで寿命が14.4%延長した。このマウスは正常な耐糖能とインスリン感受性を示し、mTORC2シグナルの障害がないことと一致する結果が得られた。
【結論】
Rapamycinは、mTORC1の阻害によって寿命を延長するが、mTORC2も阻害してインスリン感受性を障害する。メスの
mtor+/−
mlst8+/−マウスは、mTORC1シグナルだけが選択的に障害されており、インスリンシグナルの障害はなく、寿命が延長した。この結果から、mTORC1の選択的阻害剤があれば、インスリン抵抗性という副作用なく、寿命を延長させることができると考えられる。