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肝のAktとFoxo1を欠損させても、in vivoでインスリンは肝糖新生を調節できる

Insulin regulates liver metabolism in vivo in the absence of hepatic Akt and Foxo1.

Lu M, Wan M, Leavens KF, Chu Q, Monks BR, Fernandez S, Ahima RS, Ueki K, Kahn CR, Birnbaum MJ.

Nat Med. 2012 Feb 19;18(3):388-95.

【まとめ】
空腹時の肝における糖産生は転写因子Foxo1が担っており、これは摂食後のAkt活性化によって抑制される。肝特異的にAkt (Akt1Akt2)を欠損させたマウスでは、摂食後の肝での糖新生抑制が障害されており、耐糖能異常とインスリン抵抗性を起こす。このマウスにさらに肝特異的にFoxo1を欠損させると、肝糖新生は空腹・摂食の両状態に適切に反応し、インスリンによる肝糖新生抑制が正常に起きた。遺伝子発現アレイによる検討では、肝特異的Akt欠損マウスでは肝糖新生遺伝子発現が恒常的に活性化しているが、肝特異的にAktFoxo1も欠損させるとAkt欠損による摂食後の肝糖新生遺伝子発現を防止することができた。これらの結果は、Foxo1が欠損している場合はAktがなくても摂食後に肝糖新生を抑制できるということであり、「Aktが肝でのインスリンシグナルに必須」とする標準的な(canonical)モデルと一致しないものである。

【論文内容】
インスリンによる肝糖新生の調節経路は、インスリンによるAktの活性化→転写因子Foxo1のリン酸化とそれに伴う核からの除外→Foxo1によるによる肝糖新生酵素(G6pc、Pck1)発現の低下→肝糖新生の抑制、という直線的な経路が知られている。肝特異的にFoxo1を欠損させると、肝糖新生酵素発現が低下して空腹時の低血糖を起こす。インスリン抵抗性マウスや肝特異的Irs1Irs2欠損マウスは代謝障害を示すが、それらで肝のFoxo1を欠損させると耐糖能・インスリン感受性が正常化する。これまでの報告から、インスリンシグナル伝達においてFoxo1を抑制するAktは肝糖新生抑制の重要な因子であると考えられている。

Akt2欠損マウスで、肝特異的にAkt1を欠損させる
Aktには3つアイソフォームがあるが、マウス肝ではAkt2が84%、その残りをAkt1が占め、Akt3は検出されない。Akt2-/-マウスが示す糖尿病形質は中程度であり、これは肝にAkt1が残存しているためと考えられている。そこで、全身性のAkt2欠損と肝特異的なAkt1欠損を併せ持つマウスを作製したところ、Akt2のみの欠損に比べ、高度な高血糖を示した。また、このマウスではFoxo1の主要な標的遺伝子であるIgfbp1の発現が亢進しており、Foxo1活性が亢進していると考えられた。

Akt1Akt2のダブルノックアウトマウスの肝におけるインスリンシグナル伝達
次に、肝特異的にAkt1Akt2を欠損したダブルノックアウトマウス(DLKO)を作製した(Akt1loxP/loxP; Akt2loxP/loxP マウスに、thyroxine-binding globulin下にCreを発現させたアデノ関連ウイルス(AAV-Tbg-Cre)を注入し、注入2週間後のものを用いた)。コントロール(Akt2loxP/loxP;2LWTおよびAkt1loxP/loxP; Akt2loxP/loxP;DLWT)に比較すると、インスリン投与後の肝のAkt Ser473のリン酸化は検出されず、S6リン酸化は低下した。Erk2 kinaseはコントロールと同様に活性化された。

DLKOマウス肝におけるFoxo1調節性遺伝子の発現
DLKOマウスの肝では、Foxo1の直接のターゲットであるIrs2Ppargc1Ifgbp1は、コントロールマウスの肝に比べ発現が増加していた。空腹時にはDLKO肝でのG6pcPck1の発現はコントロールに比べ差はなかったが、摂食後のDLKOの肝ではG6pcPck1の発現は正常に抑制されなかった。これらの結果から、肝においてAktを欠損させるとFoxo1の活性化が起こることが確認された。

DLKOマウスは耐糖能異常・インスリン抵抗性を示す
DLKOマウスは、摂食後の血糖がコントロールマウスに比べ高かった。DLKOマウスは耐糖能異常があり、空腹時およびグルコース負荷試験時のインスリンが高値で、インスリン抵抗性と考えられた。高インスリン正常血糖クランプでも、DLKOマウスはグルコース注入率が低く、インスリンによる肝糖産生の抑制が障害されていた。

DLKOマウスの肝において、さらにFoxo1を欠損させる
もしDLKOマウスにおける耐糖能異常がFoxo1の活性化によるものであれば、DLKOマウスの肝でさらにFoxo1を欠損させれば耐糖能異常は回復するはずである。そこで、Akt1loxP/loxP; Akt2loxP/loxP; Foxo1loxP/loxPマウスにAAV-Tbg-Creを注入し、肝特異的なAkt1Akt2Foxo1のトリプルノックアウトマウス(TLKO)を作製した。コントロールは、Akt1loxP/loxP; Akt2loxP/loxP; Foxo1loxP/loxPマウスにGFP発現ウイルスを注入したマウス(LWT)とした。TLKOでは、DLKOで見られた摂食後の高血糖や耐糖能異常・インスリン抵抗性が正常化した。

TLKOマウスのインスリン・摂食に対する肝糖新生反応は正常である
以上の結果は、インスリンや摂食がAktを活性化→Foxo1を不活性化→糖新生酵素の発現が抑制されるという直線的な経路のモデル(canonicalな経路:下図左)で説明できる。しかし、もう一つのモデルとして、インスリンや摂食がAkt非依存性の並行する別経路(non-canonicalな経路:下図右)経由で糖新生酵素の発現を抑制し、そのnon-canonical経路をcanonical経路のFoxo1が抑制していると想定することも可能である。

肝のAktとFoxo1を欠損させても、in vivoでインスリンは肝糖新生を調節できる_d0194774_2322919.png


もしcanonical経路しかなければ(上図左)、AktFoxo1の両方を欠損させた場合(TLKOマウス)、肝糖新生酵素の発現は空腹時も摂食後も常に抑制状態に保たれているはずである。ところが、TLKOマウスでは、肝糖新生酵素の発現は空腹時には増加し、摂食後は抑制された。すなわち、空腹・摂食による糖新生酵素発現の調節には、必ずしもAktとFoxo1は必要ではない(上図右)と考えることができる。

また、LWT(コントロール)、DLKO(Akt欠損)、TLKO(AktFoxo1欠損)の3種のマウスのmRNAでゲノムワイド発現解析を行った。コントロール肝において、摂食によって発現が2倍以上変化する(metabolically responsive)遺伝子を688個同定した。それらのうち298個がDLKO肝で、コントロール肝に比べ発現が変化していた。このDLKO肝で変化が見られる298遺伝子の大部分は、TLKO肝でその変化が回復していた。すなわち、TLKO肝では、コントロールと同じ摂食後の遺伝子発現が回復していた。(もしcanonical経路しかなければ、TLKO肝では空腹・摂食による遺伝子発現の変化は起きないはずである)

TLKOマウスの肝で、糖新生酵素発現の調節が正常に起こるということは、次の2つの疑問を起こす。一つは、AktFoxo1の両方が欠損した肝での正常な摂食後反応はインスリン作用が再構成されたことを示しているのか、ということ。もう一つは TLKOマウスの遺伝子発現の変化は肝糖産生の抑制を伴うのか、ということである。そこで、インスリン注入なしと注入ありで正常血糖クランプ中の肝糖新生酵素の発現レベルと肝糖産生を調べた。TLKOマウスの肝糖新生酵素の発現および肝糖産生はインスリンによってコントロールマウスと同様に抑制されたため、AktとFoxo1の存在に関係なくインスリンは肝糖新生を調節できると考えられた。

最後に、コントロールマウスとTLKOマウスの肝から単離した肝細胞(primary hepatocyte)で、インスリンのなし・ありで糖新生酵素遺伝子の発現を比較した。コントロールの単離肝細胞に比べTLKOの単離肝細胞では、インスリンなしでも糖新生酵素発現が大きく抑制されており、インスリンによる追加の抑制はなかった。このex vivoのインスリン刺激の結果は、前述のin vivoのインスリン刺激(または摂食後)の結果とは違って、canonical経路の存在のみで説明がつく。すなわち、肝細胞を単離した場合はcanonical経路しか存在しないように見えるが、実際のin vivoではnon-canonical経路が肝細胞内以外に(脳や脂肪組織などの他の組織を介して?)存在することを示唆する。このnon-canonical経路は同定が待たれるところであり、インスリン抵抗性治療の新しいターゲットにもなるだろう。
by md345797 | 2012-05-11 23:23 | シグナル伝達機構