The Ancient Drug Salicylate Directly Activates AMP-Activated Protein Kinase.
Hawley SA, Fullerton MD, Ross FA, Schertzer JD, Chevtzoff C, Walker KJ, Peggie MW, Zibrova D, Green KA, Mustard KJ, Kemp BE, Sakamoto K, Steinberg GR, Hardie DG.
Science. 2012 May 18; 336(6083): 918-922.
【まとめ】
植物由来産物であるサリチル酸(salicylate)は、古代から医薬品として用いられてきた。最近では、生体内で急速に分解してサリチル酸になる、合成誘導体のアスピリンやサルサレート(salsalate)が主に用いられている。本研究では、サルサレートや高用量アスピリン投与後に達する濃度において、サリチル酸はAMPKを活性化することを報告する。さらに、サリチル酸は、AMPKの合成活性化剤であるA-769662と同じ部位に結合し、AMPKのアロステリックな活性化と(活性化リン酸化部位である)Thr172脱リン酸化の阻害をもたらすことが示された。AMPK欠損マウスでは、サリチル酸の脂肪利用促進効果や血漿脂肪酸減少効果が消失していた。この研究によって、サルサレートやアスピリンがヒトに有効な効果をもたらす機序として、サリチル酸がAMPKを活性化するためであることが示唆された。
【論文内容】
ヒポクラテスの時代から柳の樹皮に薬効があることが知られていたが、その活性産物はサリチル酸塩(salicylate)である(もともと、病原体感染に対して植物が産生するホルモン)。サリチル酸は、アスピリン(アセチルサリチル酸=生体内では急速にサリチル酸に分解される)として広く用いられてきた。サリチル酸の誘導体である
サルサレート(salsalate)は、2型糖尿病のインスリン抵抗性治療にも有用と考えられている。アスピリンおよびサリチル酸はシクロオキシゲナーゼ(プロスタノイド産生)を阻害すると同時に、NF-κB経路において
IKKβを阻害することが知られている。
AMPKは、真核生物に共通の細胞のエネルギーセンサーであり、触媒αサブユニットと調節β、γサブユニットからなるヘテロ三量体である。代謝ストレスが起こるとAMPKはATP消費過程を抑制、ATP産生過程を促進するように作用する。AMPKは、LKB1やCaMKKβによってαサブユニットのThr172がリン酸化されると、その活性が100倍以上に増大する。また、γサブユニットにAMPまたはADPが結合することによってコンフォメーションが変化し、Thr172のリン酸化促進、脱リン酸化抑制が起こる。次に、さらなるAMPの結合によってアロステリックな活性化が起こり(ADPでは、このアロステリックな活性化は起こらない)、Thr172リン酸化による活性化と合わせると合計1000倍以上の活性化につながる。ある種の薬剤や生体異物は、ミトコンドリアATP合成を阻害して
AMP・ADPを増加させることによってAMPKを活性化する。しかし、AMPKの合成活性化薬
A-769662は、AMPとは別の部位に直接結合し、
アロステリックな活性化とThr172脱リン酸化抑制を起こすことによってAMPKを活性化させることが知られている。
サリチル酸はHEK293細胞においてAMPK活性化を起こす
この研究では、サリチル酸をHEK293細胞に1mM以上の濃度加えたところ、AMPKのαサブユニットのThr172リン酸化と下流ターゲットのACCのリン酸化の増加が起こり、AMPKが活性化されることが示された。(なお、アスピリン添加ではAMPK活性化は起こらなかった。これは、アスピリンをサリチル酸に分解するesteraseがこの細胞では発現していないためと考えられた。)
サリチル酸のAMPK活性化はAMP・ADP増加によるものではない
ここで、サリチル酸は、ミトコンドリア呼吸を脱共役する(=ATPの合成を生じずにエネルギー消費を行う)ため、ATPが減少しAMP・ADPが増加することによりAMPKを活性化させるのではないかと考えた。そこで、γ2サブユニットがAMPおよびADPに対する感受性を持たないR531G置換AMPKを発現させた細胞(RG細胞)を作製した。野生型(WT)細胞とRG細胞にサリチル酸を添加したところ、10 mM未満の濃度では、どちらの細胞でもAMPKが活性化された。(後述のように、高用量アスピリン投与などに伴う血漿サリチル酸濃度は1-3 mMである。したがって、この濃度では、サリチル酸は
AMP・ADP増加によってAMPK活性化を起こしているのではないと考えられた。なお、10 mM以上のサリチル酸ではWT細胞のAMPK活性化はRG細胞に比べ大きく、高濃度ではAMP・ADP依存性の効果が起こりうることが示された。)
また、サリチル酸を1-10 mM添加すると、WT細胞でもRG細胞でも細胞酸素吸収が増加した。このサリチル酸による効果は、2,4-ジニトロフェノール(DNP;ミトコンドリアのプロトン勾配を消費して、ATP合成と呼吸鎖を脱共役する=ATP産生を生じずにエネルギー消費を行う)を加えた場合は、相加的に増加しなかった。したがって、この濃度ではサリチル酸は2,4-ジニトロフェノールと同様に、ATP合成と呼吸鎖を脱共役すると考えられた。ただし、他のAMPK活性化剤(H2O2)の効果に比べ、
30 mM以下ではサリチル酸によるADP:ATP比の増加は非常に小さかった。これは、ミトコンドリアが呼吸を増加させることにより、軽度の脱共役は代償しているためのようである。なお、サリチル酸はCa2+-CaMKKβ経路を介してAMPKを活性化しているわけではない(CaMKKβ阻害剤A23187を添加してもサリチル酸の効果に変化はなかったため)。
Cell-free assayでサリチル酸はAMPKを直接活性化し、その作用部位はA-769662と同じである
次に、ラット肝から精製したAMPKを用いたcell-free assayで、ATPの生理的な濃度下において、1.0 mMのサリチル酸は、half-maximalな効果である1.6倍のアロステリックな活性化を起こした。また、サリチル酸存在下でも、AMPによるAMPKの活性化が認められた。サリチル酸を加えても、half-maximalな活性化を起こすAMP濃度には影響しなかった(すなわち、サリチル酸とAMPは作用点が別)。それに対し、A-769662によるAMPK活性化はサリチル酸濃度を増加させると阻害され、10 mMのサリチル酸を加えるとhalf-maximalな効果をもたらすA-769662の濃度は4倍以上必要になった。これらの結果より、
サリチル酸は、A-769662と同じ部位に作用すると考えられる。
ここでもし、サリチル酸がA-769662と同じ部位に結合するとしたら、サリチル酸はA-769662と同じようにThr172を脱リン酸化から保護するはずである。実際、
サリチル酸は、AMPK(ヒトWT-α1β1γ1)をprotein phosphatase-2Cαによる
脱リン酸化からA-769662と同程度に保護した。なお、
β1サブユニットでS108A置換したAMPKや
β2を含むAMPKでは、A-769662のThr172脱リン酸化保護作用は見られないことが報告されている。これらのAMPKでは、サリチル酸およびA-769662によるThr172脱リン酸化保護作用が見られなかった。(ただし、α1β2γ1AMPKでは、A-769662によりやや脱リン酸化保護作用が見られた。)これらの結果も、サリチル酸はA-769662と同じ部位に結合するという考えを支持する。
AMPKβ1変異体またはβ2発現HEK293細胞ではサリチル酸によるAMPK活性化が低下している
また、AMPKのβサブユニットの、野生型(WT)β1、β1-S108A変異体、WTβ2をそれぞれ発現させたHEK293細胞を用いて、サリチル酸とA-769662のintactな細胞におけるAMPKリン酸化/活性化に及ぼす効果を検討した。A-769662とサリチル酸は、WTβ1を発現させた細胞でのAMPKリン酸化/活性化を増加させたが、β1-S108A変異体やWTβ2を発現させた細胞ではその効果は大きく低下していた。なお、AMPを増加させることによりAMPKを活性化するquercetinの添加では、いずれの細胞でもAMPKリン酸化/活性化を増加させた。(したがって、
サリチル酸のAMPK活性化は、A-769662と同様、AMP増加ではなく、Thr172脱リン酸化保護を介するものと考えられる。)
サリチル酸による脂質改善効果はAMPKβ1欠損マウスでは見られない
次に、AMPKの
β1欠損(β1-KO)マウスを用いて、
サリチル酸のin vivoでの脂質・糖代謝への効果が、AMPKを介するものであるかを検討した。まず、野生型(WT)マウスの単離肝細胞にサリチル酸またはA-769662を添加すると、脂肪酸酸化(palmitate oxidation)が刺激され、AMPKとACCのリン酸化が増加した。しかし、これらの効果はβ1-KOマウスの肝細胞では減少または消失していた。
次に、WTマウスとβ1-KOマウスにサリチル酸またはA-769662を注入したところ、WTマウスの肝でAMPKとACCのリン酸化が増加したが、β1-KOマウスでは増加しなかった。サリチル酸またはA-769662注入によりWTマウスでは、注入後6時間の呼吸商(respiration exchange ratio)が抑制されたが、β1-KOマウスではそれが見られなかった。サリチル酸またはA-769662注入によって、脂質および炭水化物利用は、WTマウスで増加したが、β1-KOでは増加しなかった。サリチル酸またはA-769662注入によって、WTマウスではNEFA(nonesterified fatty acid)が低下したが、β1-KOマウスでは低下しなかった。したがって、
サリチル酸の脂質代謝に対する効果はAMPKを介すると考えられた。なお、糖代謝に関しては、サリチル酸の連日注入を2週間続けたところ、空腹時血糖、空腹時インスリン、耐糖能、インスリン抵抗性(HOMA)はWTマウスで改善したが、これはβ1-KOマウスでも改善が認められ、
サリチル酸の糖代謝への効果はAMPK活性化とは独立したものと考えられた。
【結論】
以上の結果から、①サリチル酸は、主にThr172の脱リン酸化を抑制することにより、直接AMPKを活性化することが示された。ヒトの場合、経口サルサレートや高用量アスピリン(30-90 mg/kg)投与を受けた場合の血漿サリチル酸濃度は1-3 mMである。上記の検討では、これらのサリチル酸濃度では、AMP非依存性にAMPKを活性化させるメカニズムが示唆された。また、②サリチル酸のAMPK活性化メカニズムは、A-769662による活性化メカニズムに近い。サリチル酸およびA-769662のAMPK上の正確な結合部位は不明だが、S108A変異AMPKがこれら両者の薬剤で活性化を受けないという結果から、2つの薬剤の結合部位がオーバーラップしている可能性がある。さらに、③サリチル酸のin vivoでの脂肪酸化に対する効果発現には、AMPKβ1が必要であることも明らかになった。④糖代謝への影響に関してはAMPK活性化以外の経路(IKKβやc-Jun N-terminal kinase経路)が重要と考えられた。
アスピリンは経口投与すると、肝・赤血球・血漿中のesteraseによって急速にサリチル酸に分解される。アスピリンの脂質代謝改善以外の効果(癌の進展抑制効果など)もAMPK活性化によるのかもしれない。他のAMPKを活性化剤であるメトフォルミンは、癌の発生を減少させることが示されており、サリチル酸とメトフォルミンはどちらもAMPK活性化を介して癌の発症抑制に関与している可能性がある。なお、in vivoではAMPKを活性化させるアスピリンの用量は多くのヒトの研究で用いられている量より高いことに注意すべきである。