Plasma HDL cholesterol and risk of myocardial infarction: a mendelian randomisation study.
Voight BF, Peloso GM, Orho-Melander M, et al.
Lancet. 2012 May 17. Published online.
【まとめ】
背景:血漿HDLコレステロール高値は心筋梗塞リスクの減少に関連があるとされているが、その因果関係は明らかではない。遺伝子型(genotype)は、減数分裂時にランダムに決まり、非遺伝的な交絡因子から独立しており、疾患過程によって影響を受けないため、遺伝子型を操作変数(instrumental variable)として解析を行うメンデルランダム化 (メンデル無作為化、mendelian randomisation)を用いて、HDLコレステロールと心筋梗塞リスクの因果関係について検討した。
方法:ここでは2つのメンデルランダム化解析を行った。まず、HDLコレステロールのみを特異的に増加させるendothelial lipase遺伝子のSNP (
LIPG Asn396Ser)を操作変数として用いて、20の臨床試験(20913名の心筋梗塞のcaseと95407名のcontrol)におけるSNPを調べた。次に、HDLコレステロールにのみ関連する14のSNPsに基づいた遺伝的スコア(genetic score)を操作変数として用いて、このスコアと心筋梗塞リスクの関連を12482名の心筋梗塞のcaseと41331名のcontrolで調べた。コントロールとして、LDLコレステロールのみに関連する13のSNPsの遺伝スコアも調べた。
結果:LIPG Asn396Serアレルを持つ人はHDLコレステロールが有意に高値であったが、脂質(LDLコレステロールとトリグリセリド)および非脂質関連(血圧など)の心筋梗塞危険因子はこのアレルを持たない人と同様であった。観察研究によれば、
LIPG Asn396Ser によるHDLコレステロールの低下は、心筋梗塞のリスクを13%減少させると予想された(オッズ比 0.87、95%信頼区間0.84-0.91)。ところが実際のメンデルランダム化による検討では、
LIPG Asn396Serアレルは心筋梗塞のリスクと関連がなかった(オッズ比 0.99、95%信頼区間 0.88-1.11、p=0.85)。LDLコレステロールに関しては、観察研究による推定(心筋梗塞のリスクの増加)は、遺伝的スコアによる結果と一致したが、HDLコレステロールに関しては観察研究による推定と遺伝的スコアによる結果は一致しなかった(HDLコレステロール増加に関連する遺伝的変異は、心筋梗塞リスク減少と関連がなかった)。
考察:メンデルランダム化研究によれば、HDLコレステロールを特異的に増加させる(ある種の)遺伝的変異は、心筋梗塞リスクの低下につながらなかった。したがって、血漿HDLコレステロールを増加させることが心筋梗塞リスク減少につながるという概念には疑問が持たれる。
【論文内容】
観察研究(observational studies)ではLDLコレステロールの高値は心筋梗塞リスク増加に関連し、HDLコレステロール高値は心筋梗塞リスク低下に関連していると考えられている。しかし観察研究では、ある血漿検査結果(ここではLDLコレステロールやHDLコレステロール)が、疾患発症の原因なのか、それとも疾患のマーカーなのかまでは判断できない。これは、遺伝的変異によってランダム化された大規模試験(メンデルランダム化研究)によって判定することが可能である。
LDLコレステロールについてはLDLが
高値または
低値をもたらす遺伝的変異と心筋梗塞リスクの因果関係が示されている。しかし、HDLコレステロールについてはそのような一定の関係は示されていない。近年、HDLコレステロールにのみに関連し、LDLコレステロールやトリグリセリドには関連しない遺伝子変異である
endothelial lipase遺伝子のSNP (LIPG Asn396Ser)が同定された。そこで、過去のcase-control研究および前向きコホート研究において、このHDLコレステロールを上昇させる遺伝子変異が心筋梗塞に予防的に働いているかを検討した。
まずcase-control研究において、LDLコレステロールに関連するSNPについて検討した。LDLコレステロールに関連する10のSNPのうち9のLDLコレステロール増加アレルは、心筋梗塞のリスク増加と関連していた(p<0.05)。同様の検討をHDLコレステロールでも行ったところ、HDLコレステロール増加に関連する15の遺伝子座のうち、6遺伝子座(
LPL、TRIB1、APOA1-APOC3-APOA4-APOA5 cluster、
CETP、
ANGPTL4、GALNT2)は心筋梗塞リスク減少に関連していた(p<0.05)。しかし、これら6のSNPは、LDLコレステロールまたはトリグリセリドまたはその両方にも影響する。例えば、HDLコレステロール増加に関連するSNPである
APOA1-APOC3-APOA4-APOA5のrs6589566は、LDLコレステロールとトリグリセリドを減少させた。これらのSNPにはこのような多面的効果(pleiotropic effect)があるため、HDLコレステロールのみの(LDLコレステロールやトリグリセリドとは独立した)心筋梗塞リスクに対する因果関係は不明であった。
そこで、HDLコレステロール特異的に影響し、心血管リスクとなる他の脂質 (LDLコレステロール、トリグリセリド)および非脂質因子(血圧、BMI、血糖、CRP、waist-to-hip比、フィブリノーゲン、small LDL particle)に影響しない変異を用いた検討が必要である。それには、endothelial lipase遺伝子のSNPである
LIPG Asn396Ser(約2.6%のヒトが持つアミノ酸置換で、この置換があるとHDLコレステロールが0.08-0.28 mmol/L増加、LDLコレステロール・トリグリセリドには影響なし)が有効である。この
LIPG Asn396Serは、メンデルランダム化のための3つの基準を満たしている。すなわち、①操作変数(instrumental variable)となる遺伝子型(
LIPG Asn396Ser)が中間バイオマーカー(HDLコレステロール)に関連している、②この遺伝子型は交絡因子には関連していない、③この遺伝子型は中間バイオマーカーのみによって臨床アウトカム(心筋梗塞リスク)に影響している、という3点である。
LIPG Asn396Serアレルを持つヒトは遺伝的にHDLコレステロールが高いため(オッズ比 0.87、95%信頼区間0.84-0.91)、心筋梗塞のリスクが13%低いことが予想された。ところが実際には、6の前向きコホート研究の50763名で、
LIPG Asn396Serと心筋梗塞リスクの関連を検討したところ、4228名の心筋梗塞発症者において
LIPG Asn396Serとの関連はなかった。6の研究のメタアナリシスでも
LIPG Asn396Serと心筋梗塞発症との関連はなかった(オッズ比 1.10、p=0.37)。また、16685の心筋梗塞のcaseと48872のcontrolを比較したcase-control研究でも、それらの研究のメタアナリシスでも、
LIPG Asn396Serと心筋梗塞発症との関連はなかった(それぞれオッズ比 0.94、p=0.41、オッズ比 0.99、p=0.85)。
さらに、LDLコレステロールのみを増加させる13のSNPsと、HDLコレステロールのみを増加させる14のSNPsで遺伝的スコアを作成し、53146名のcaseとcontrolでこれらの遺伝的スコアと心筋梗塞のリスクとの関連を調べた。その結果、遺伝的スコアによるLDLコレステロールの1 SDの増加は心筋梗塞のリスク増加に関連したが(オッズ比 2.13、p=2x10(-10))、遺伝的スコアによるHDLコレステロールの1 SDの増加は心筋梗塞のリスク増加に関連しなかった(オッズ比 0.93、p=0.63)。
【結論】
今回のメンデルランダム化による検討の結果、HDLコレステロールを特異的に増加させる遺伝的変異である
LIPG Asn396Serは心筋梗塞のリスクと関連しなかった。また、HDLコレステロールを特異的に増加させる14のSNPsを組み合わせた遺伝的スコアも、心筋梗塞のリスクと関連しなかった。以上より、①血漿HDLコレステロールを増加させることが必ずしも心筋梗塞リスクにつながらない、②血漿HDLコレステロールは心筋梗塞リスクの代理指標(surrogate measure)にならない、という結論が導かれた。
なお、過去に
血漿HDLコレステロールを上昇させるCETPの遺伝的変異が心筋梗塞リスクを4%低下させるという報告がされたが、その後
CETP変異はHDLコレステロール増加だけではなく、LDLコレステロール低下ももたらすと考えられ、
CETP変異のHDLおよびLDLコレステロールに対する効果は区別しにくいことが明らかになっている。
今回のメンデルランダム化研究により、血漿LDLコレステロールに関連する遺伝的変異は心筋梗塞のリスクと関連したが、HDLコレステロールに関連する変異は心筋梗塞のリスクと関連しなかった。以上より、HDLコレステロールを増加させる治療や生活習慣の介入は、心筋梗塞リスク減少につながらない可能性が考えられた。