Brown Remodeling of White Adipose Tissue by SirT1-Dependent Deacetylation of Pparγ.
Qiang L, Wang L, Kon N, Zhao W, Lee S, Zhang Y, Rosenbaum M, Zhao Y, Gu W, Farmer SR, Accili D.
Cell. 150 (3), 620-632, 3 August 2012.
【まとめ】
褐色脂肪組織(BAT)は蓄積されたエネルギーを熱として放散するため、白色脂肪組織(WAT)を褐色様形質に転換させること(browning、褐色化)は、肥満の重要な治療戦略となりうる。本研究によって、SirT1(NAD+依存性脱アセチル化酵素)のgain-of-function、またはその内因性阻害蛋白であるDbc1のloss-of-functionは、WATの褐色化を促進することが分かり、それは、PparγのLys268とLys293の脱アセチル化を伴うことが明らかになった。このSirT1依存性のPparγ Lys268とLys293の脱アセチル化は、BAT分化のcoactivatorであるPrdm16のPparγへの結合に必要であり、BAT遺伝子の発現増加とインスリン抵抗性をもたらす内臓WAT遺伝子の発現抑制をもたらした。また、脱アセチル化が起こらないPparγ変異体は白色脂肪細胞に褐色様形質をもたらし、逆にアセチル化を模倣したPparγ変異体では「白色」遺伝子の活性化を保持し「褐色」遺伝子の発現が起こらなかった。以上より、SirT1依存性のPparγの脱アセチル化は白色脂肪細胞の褐色化をもたらすことが明らかになり、このことが肥満治療に有用である可能性が示された。
【論文内容】
エネルギーを蓄積する白色脂肪組織(WAT)を、エネルギーを熱として消費する褐色脂肪組織(BAT)様に転換させること(browning、褐色化)は肥満治療において有用と考えられる。マウスのWATを褐色化させるためには、ホルモンやサイトカインによる方法(Irisin、Fgf21)や転写因子調節による方法(Prdm16、FoxC2、RIP140、4E-BP1、TIF2、pRb、p107)が知られているが、これらを臨床に応用する方法の確立が必要である。白色脂肪細胞において、Pparγをthiazolidinediones (TZDs)によって活性化させると、褐色脂肪特異的遺伝子(褐色遺伝子)発現が増加し、内臓WAT遺伝子(白色遺伝子)発現が抑制されることにより褐色化が誘導されるが、そのような治療を進めるにはTZDの副作用も問題となっている。また、SirT1(NAD+依存性脱アセチル化酵素)を活性化させることによりミトコンドリア生合成や活性が促進されることから、SirT1がBAT機能を調節している可能性がある。SirT1のgain-of-function変異は、
in vivoでPparγリガンドのインスリン感受性亢進機能を模倣することも知られている。これらのことから、Pparγの褐色化促進効果はSirT1依存性の脱アセチル化を介するのではないか、SirT1はTZDsと同様の褐色化効果をもたらすのではないかと考え、以下の検討を行った。
SirT1はリガンド依存的にPparγを脱アセチル化する
まず、PparγとSirT1を発現させた293細胞をrosiglitzoneで刺激したところ、Pparγのアセチル化(Acetyl-Lys抗体でblot)が減少した。また、PparγのアンタゴニストGW9662を添加するとPparγとSirT1の結合が低下した。Pparγのアセチル化はアセチル化酵素であるCbpで増強され、逆にSirT1過剰発現やresveratrolによるSirT1活性化によって減少した。精製したSirT1とアセチル化したPparγを用いてin vitro脱アセチル化アッセイを行ったところ、WTのSirT1はPparγをNAD+依存性に脱アセチル化した(SirT1の不活性型変異体(H363Y)はPparγを脱アセチル化しなかった)。したがって、
SirT1はPparγを脱アセチル化の基質であり、SirT1によるPparγ脱アセチル化にはPparγのリガンド結合が必要と考えられた。さらに、精巣上WATおよび鼠径部WATのlysateのPparγ免疫沈降物からSirT1が検出され、
SirT1トランスジェニックマウス(SirT1 Bacterial Artificial Chromosome Overexpressor transgenic mice (
SirBACO))の鼠径部WATのSirT1の免疫沈降物にPparγが認められたため、SirT1とPparγの結合は
in vivoにおける生理的なものと考えられた。
SirT1はPparγリガンドの白色遺伝子・褐色遺伝子への効果を模倣する
TZDsもSirT1もPparγアセチル化を減少させるため、SirT1のgain-of-functionはTZDsによるPparγ活性化を模倣するのではないかと考えた。TZDの効果としてインスリン抵抗性をもたらす内臓WAT遺伝子(白色遺伝子)の発現を抑制することが知られているが、3T3-L1白色脂肪細胞にresveratrolを投与してSirT1を活性化しても同様の効果が認められた(白色遺伝子である
Angiotensinogen (
Agt)、
Resistin、
Wdnm1L、
Chemerin、
Pank3の発現が抑制)。これらはSirT1の不活性型変異体(H363Y)では抑制されなかった。次にHIB-1B細胞(Ucp1、SirT1およびSirT1阻害蛋白であるDbc1の発現が3T3-L1細胞よりも皮下脂肪組織に近い褐色脂肪細胞株)を用いて、褐色遺伝子に対するSirT1とPparγリガンドの影響を比較した。ResveratrolによるSirT1の活性化、またはtroglitazoneによるPparγの活性化によって、Ucp1発現は増加し、それぞれSirT1阻害剤(nicotinamide)およびPparγアンタゴニスト(GW9662)によって抑制された。WT SirT1の過剰発現はPparγアセチル化を低下させて褐色遺伝子(
Ucp1、
Dio2)を増加させたが、SirT1の不活性型変異体の過剰発現は逆の効果をもたらした。以上より、
SirT1のPparγ脱アセチル化活性は褐色遺伝子発現増加と白色遺伝子発現抑制に必要であり、リガンドが結合したPparγの効果を模倣していることが明らかになった。
SirT1は皮下WATの褐色化をもたらす
マウス脂肪組織(精巣上WAT、鼠径部WATおよびBAT)において、SirT1と褐色遺伝子の発現には正の相関があり、 SirT1阻害蛋白Dbc1と褐色遺伝子の発現には負の相関があった。そこで、SirT1活性を調節した3つのモデルマウス、すなわち、Sirt1欠損マウス(
Sirt1-/-)、SirT1活性亢進マウス(
Dbc1-/-)、SirT1過剰発現マウス(
SirBACO)を用いて、SirT1と褐色化の関連について検討した。
Sirt1-/-マウスはBATのUcp1レベルは正常だったが、鼠径部WATのUcp1は減少しており、SirT1が皮下WATにおける熱産生に必要であることが示された。
Dbc1-/-マウスの熱産生を増加させるため4℃に寒冷曝露したところ、通常は単胞性(unilocular)の鼠径部WAT脂肪細胞が、Ucp1陽性で脂肪胞の少ない(paucilocular)脂肪細胞が増加し、褐色遺伝子(
Ucp1、
C/ebpβ)の発現が増加、白色遺伝子(
Chemerin,
Resistin)の発現が抑制された。すなわち、
Dbc1-/-マウスの皮下白色脂肪細胞は寒冷曝露に伴って褐色化した(なお、BATにおけるUcp1発現は変化なかった)。
SirBACOマウスを同じく4℃に寒冷曝露した場合にも同様の変化が認められた。以上より、SirT1は鼠径部WATを褐色化させる役割を担っていると考えられた。
SirT1のgain-of-functionとPparγリガンドは、インスリン感受性亢進に関して重複した効果をもたらす
加齢
Dbc1-/-マウスでは耐糖能異常が見られたが、この
Dbc1-/-マウスを軽度の低温(12℃)に4週間置くと、耐糖能が改善した。
SirBACOマウスでも鼠径部WATの脂肪細胞がサイズが小さく、脂肪胞が小さく、多く(multilocular)なり、Ucp1陽性のものが増加し、褐色遺伝子発現が増加した。高脂肪食を負荷した
SirBACOマウスの鼠径部WATでは、高脂肪食負荷したコントロールマウスに比べてインスリン抵抗性関連遺伝子の発現が低下していた。高脂肪食を負荷した
SirBACOマウスは高脂肪食を負荷したコントロールマウスに比べインスリン抵抗性が低下していたが、ここにrosiglitazoneを投与しても
SirBACOマウスのインスリン抵抗性がさらに改善することはなかった。したがって、SirT1増加による効果とPparγリガンドによる効果はオーバーラップしていることが示唆された。
SirT1はPparγのLys268とLys293を脱アセチル化する
次に、Pparγ上のSirT1によって脱アセチル化される部位の同定を試みた。Trypsin-およびchymotrypsinによって分解したPparγのペプチド断片をHPLC/MS/MS解析することにより、脱アセチル化されるのはLys268とLys293であることが分かった。以前より、P467L変異Pparγを持つヒトは高度のインスリン抵抗性を示すことが知られていたが、P467L変異Pparγは過剰にアセチル化されており、SirT1との結合が阻害されていた。この変異にさらにLys268とLys293の変異を起こすとアセチル化が大きく減少することから、P467L変異に伴うアセチル化部位はこの2つのLysであると考えられた。
Pparγアセチル化の生理的調節
鼠径部WATのPparγアセチル化は、寒冷曝露による褐色遺伝子活性化の際に減少していたが、高脂肪食によるインスリン抵抗性に伴って増加していた。この高脂肪食によるPparγアセチル化の増加は、SirT1との結合低下を伴っており、rosiglitazone投与、Dbc1欠損、SirT1過剰発現によって回復する。ヒト皮下脂肪組織にresveratrolを添加した場合のSIRT1活性化もPparγアセチル化を減少させた。これはresveratrolのヒトへの投与でインスリン抵抗性が改善することと一致する。
Pparγアセチル化部位変異体のBAT様機能
Swiss-3T3 fibroblastsに、WT Pparγ、アセチル化模倣K293Q(KQ)、脱アセチル化模倣K293R(KR)、2か所の脱アセチル化模倣K268R/K293R(2KR)のそれぞれのPparγ変異体を発現させた。WT PparγおよびKRを発現したfibroblastは通常に脂肪細胞に分化したが、KQを発現させた場合は分化が遅かった。2KRを発現させたfibroblastは、WT Pparγを発現させたものより脂質蓄積が多く、adiponectinの発現が多く、脂肪分化を抑制するβ-cateninのdegradationが促進されていた。すなわち、Pparγの十分な活性化には、脱アセチル化が必要であると考えられた。ミトコンドリア呼吸はKQ発現で抑制され、2KR発現で増加していた。2KRは、褐色遺伝子(
Ucp1、
Elovl3、
Cidea、
Cox7a、
Pgc1α)の活性化作用がWT Pparγより強かった。逆にKQの発現によりこれらの遺伝子発現が抑制された。また、TZD反応性遺伝子である
Fgf21も同様にKQの発現で抑制され、2KRの発現で活性化された。以上より、SirT1によるPparγ Lys268とLys293の脱アセチル化は、TZDによる白色脂肪細胞の褐色化を促進すると考えられた。
SirT1依存性の脱アセチル化は、Pparγのcoactivator/corepressor交換を調節する
PparγのSer273リン酸化はPparγ活性を調節している(TZDによりSer273が脱リン酸化されることに伴い、adiponectin発現が増加する)。興味深いことに、Ser273リン酸化はLys293のアセチル化とのみ並行しているが、Lys268とは並行していない。PparγのS273A(SA=Ser273がリン酸化されない)またはS273A/2KR(AR=Ser273がリン酸化されず、2つのLysがアセチル化されない)変異体をそれぞれSwiss-3T3細胞に過剰発現させると、両者のadiponectin発現に対する効果は同じであるが、褐色遺伝子活性化はSAよりもARの方が強い。したがって、Pparγ Lysアセチル化とSer273リン酸化はadipokine産生には協調して作用するが、褐色遺伝子発現には脱アセチル化が作用していると考えられる。
Prdm16は皮下WATを褐色化させる、褐色脂肪細胞系列分化決定のcoactivatorである。Prdm16は、293細胞においてrosiglitazone依存性にPparγに結合した。CbpによってPparγをアセチル化するとPrdm16とPparγの結合が阻害されたが、rosiglitazone添加によってPparγが脱アセチル化されるとPrdm16との結合はその分回復した。アセチル化しないPparγ 2KRは、リガンド結合に関わらず恒常的にPrdm16に結合した。同様に、Cbpによる(Pparγアセチル化に伴う)PparγとPrdm16結合の阻害は、SirT1過剰発現によって(Pparγが脱アセチル化されると)回復した。SirT1のgain-of-functionはPparγとPrdm16との結合を促進したが、PparγアンタゴニストGW9662はこの結合を阻害した。なお、SirT1を発現させたHIB-1B細胞で、
Ucp1エンハンサーからのchromatin免疫沈降物から、Prdm16に結合したPparγが検出された(不活性型SirT1 H363Y変異体を発現させた細胞では結合は検出されなかった)。
Pparγの2つのLys→Argの変異体作製により、Prdm16のPparγへの結合に必要なのはLys293であり、Lys268ではないことが分かった。また、転写のcorepressorであるNCoRはPparγを中心とした複合体の重要なコンポーネントである。興味深いことに、PparγとNCoRとの結合はどちらのLysの変異体でも阻害されたため、PparγとNCoRとの結合には両方のLysの脱アセチル化が必要であることが分かった。CbpはPparγをアセチル化してNCoRとの結合を増加させ、SirT1はPparγを脱アセチル化してこの結合を阻害した。以上より、
PparγのLys293の脱アセチル化はcoactivatorであるPrdm16の結合を促進し、
Lys268とLys293の脱アセチル化はcorepressorであるNCoRとの解離に必要である。このようにLys268とLys293のアセチル化状態はPparγのcorepressor/coactivatorの交換に必要であることが分かる。
【結論】
SirT1はエネルギーの欠乏により活性化されることが知られており、SirT1によりPparγのLys268とLys293が脱アセチル化されることが明らかになったため、Pparγのこの2つのLysがアセチル化されているということはエネルギーが十分にあることを示している。逆にPparγのLysの脱アセチル化はエネルギーが貯蔵から消費に傾いており、インスリン感受性が促進されている状態を示していると言える。本研究では、寒冷曝露のような刺激によってSirT1が活性化すると、Pparγの脱アセチル化を介して、白色脂肪細胞が褐色化されることが示された。
PparγのLysはsumoylationおよびubiquitinationによっても修飾される。Fgf21はPparγのLys107のsumoylationを促進することにより、白色脂肪細胞の褐色化を起こし、インスリン感受性増加をもたらす。また、Pparγへのリガンド結合は、Lys268とLys293の脱アセチル化によって調節されるubiquitinによるPparγのdegradationを促進する。さらに、TZDsはCDK5によるPparγ Ser273のリン酸化を阻害することによりインスリン感受性増加をもたらす(PparγのSer273はLys268、Lys2963によって作られるgroove内に埋まっていて、Lysのアセチル化がSer273リン酸化を調節していると考えられる)。
以上の結果から、PparγリガンドにSirT1アゴニストを合わせて用いることによって、TZDの副作用(体液貯留、体重増加、骨代謝亢進、ある種の癌の発生や心血管リスクの疑いなど)を軽減した代謝疾患の治療が可能になるかもしれないと考えられた。