PTEN mutations as a cause of constitutive insulin sensitivity and obesity.
Pal A, Barber TM, Van de Bunt M, Rudge SA, Zhang Q, Lachlan KL, Cooper NS, Linden H, Levy JC, Wakelam MJ, Walker L, Karpe F, Gloyn AL.
N Engl J Med. 2012 Sep 13;367(11):1002-11.
【まとめ】
2型糖尿病と肥満と癌は関連があることが知られているが、代謝と細胞増殖の両方に影響する分子としてPTENがある。
PTENの機能低下型(loss-of-function)変異は「cancer predisposition syndrome」の原因となる(この一つがCowden症候群である)。本研究では、15名のCowden症候群(
PTENのハプロ不全haploinsufficiencyを持つ)患者と15名の対照者のインスリン感受性の違いと、両群各5名ずつの骨格筋・脂肪組織におけるインスリンシグナル伝達について検討した。その結果、
PTEN変異を持つ患者は対照者に比べ、インスリン抵抗性が少なく(血漿インスリン値が低値、高インスリン正常血糖クランプ法でグルコース注入率が高値)、脂肪組織でAKTリン酸化の亢進を示していた。なお、
PTEN変異患者は、一般のコントロール(2097名の正常対照者)に比べ肥満であった。本研究により、
PTEN haploinsufficiencyは肥満をもたらすがインスリン感受性を亢進させるという相反する効果をもたらすことが明らかになった。
【論文内容】
癌抑制因子のフォスファターゼとして知られるPTENは、下図のようにPI3K経路を抑制(PI3Kの産物であるPIP3を脱リン酸化)することにより細胞増殖やインスリンシグナル伝達を抑制する働きがある。
PTENの機能低下型(loss-of-function)変異は発癌性の遺伝子変異として知られ、ヒトのCowden症候群(cancer predisposition syndromeの一つ)の原因である。マウスモデルでは、
Ptenの1コピーを欠損した(Pten haploinsufficiency)マウスは、PI3K-AKT経路の活性化によりインスリン感受性が亢進する。同様に、
Ptenを組織特異的に
肝、
骨格筋、
脂肪組織、
膵β細胞で欠損させると耐糖能が改善することが示されている。本研究では、Cowden症候群患者と正常対照者のインスリン感受性の違いを調べた。
15名のCowden症候群患者(
PTENの機能低下型変異をもつhaploinsufficiencyを確認している。7名はnonsense変異、2名は欠失、6名はmissense変異である)、および年齢・性別・BMIが対応する15名の対照者(
PTEN変異がないことを確認している)を対象とした(人種はいずれも白人の欧州人)。
この2群にOGTTを施行したところ、血糖変動には有意差がなかったが、インスリン値は
PTEN変異群で有意に低値(空腹時インスリン値は対照の60%低値、インスリン曲線のAUCは67%低値)、インスリン抵抗性を表すHOMA-IRは59%低値、インスリン感受性を表すStumvoll index scoreは1.67倍、Matsuda index scoreは2.2倍大きく、インスリン感受性の亢進が示された。なお、各群の対応する5名ずつで高インスリン正常血糖クランプを施行したところ、
PTEN変異群のグルコース注入率は約2倍で、クランプによってもインスリン感受性の亢進が認められた。なお、disposition indexから判断した膵β細胞機能は、PTEN変異群15名と対照群15名で有意差は認めなかった(これはマウスの膵β細胞特異的Pten欠損でインスリン分泌が増加するという報告とは相反する結果であった)。
次に、
PTEN変異を持つ15名とのBMIと空腹時インスリン値を、一般の2097名のコントロールと比較したところ、
PTEN変異群のプロットは一般の集団の5th percentileのあたりに存在し(図のA)、コントロールと同じBMIであっても空腹時インスリン低値(インスリン感受性が高い)ことが示唆された。また、一般のコントロールと比べ、
PTEN変異を持つ15名はBMIが高かった(図のB:箱ひげ図の箱は第1四分位数(25 percentile)と第3四分位数(75 percentile)の間を表し、垂直線(ひげ)はデータの範囲を表す)。

なお、
PTEN変異を持つ15名は、年齢・性別・BMIが対応する対照群15名と比較すると、体組成(除脂肪体重、骨量、総脂肪量、脂肪分布)に差はなかった。
また、
PTEN変異を持つ群は対照群と比べ、空腹時血漿adiponectin値が有意に低値であり、leptin値や脂質プロファイルには有意差がなかった(インスリン感受性亢進にもかかわらず、adiponectinの上昇や脂質の改善は見られなかった)。
両群のうち各5名で、OGTTの0分と120分で、外側広筋と皮下脂肪組織の生検検体を採取した。その結果、両群の0分で骨格筋のPIP3値、PIP3:PIP2比、AKT発現レベルは同じであった。
PTEN変異群の骨格筋でのリン酸化AKTは低値(有意ではない)だったが、脂肪組織のリン酸化AKTは高値(これも有意ではなかったが)であった。なお、
PTEN変異群の0分での
PTEN mRNAは、脂肪組織でのみ有意に低下しており、骨格筋では有意な低下はなかった。そのため、脂肪組織でのみリン酸化AKTの低下があったと思われる。なお、両群とも、OGTT120分の骨格筋・脂肪組織でリン酸化AKTは増加していた。以上より、
PTEN変異群のインスリン感受性亢進は、(空腹時においては脂肪組織の)PI3K-AKTシグナル伝達の亢進を介する可能性が示唆された。
【結論】
PTENの変異は、
Cowden症候群という癌リスク増加傾向と肥満を伴うが、一方でインスリン感受性は亢進させることが示された。
PTENにはPI3K-AKTシグナル伝達を促進することで増殖と代謝を抑制する働きがあると考えられるが、その作用機序はさらに複雑なようである。例えば、全身にPTENを過剰発現させたトランスジェニックマウス(
Super-PTENマウス)ではエネルギー産生が増加し、そのマウスの細胞は発癌性形質転換を起こしにくい(glycolysisを抑制するanti-Warburgの状態)という結果が報告されている。
また、本研究の
PTEN変異を持つ患者は
肥満だが、インスリン感受性は高いという特徴を示している。さらに、
インスリン感受性が高いにもかかわらずadiponectinは低値であった。Adiponectin値とインスリン感受性の関連も複雑であり、例えば
インスリン受容体の遺伝的変異を持つ患者は、高度なインスリン抵抗性を示すにもかかわらずadiponectinは高値である。本研究のCowden症候群の場合、adiponectin低値は発癌リスクが増加することとは合致するが、インスリン感受性亢進とは合致していない。