Hepatic glucokinase modulates obesity predisposition by regulating BAT thermogenesis via neural signals.
Tsukita S, Yamada T, Uno K, Takahashi K, Kaneko K, Ishigaki Y, Imai J, Hasegawa Y, Sawada S, Ishihara H, Oka Y, Katagiri H.
Cell Metab. 16, 825–832, December 5, 2012.
【まとめ】
世界規模で肥満が増加し続けていることを考えると、生体には栄養過剰の条件下でもエネルギー貯蔵を促進するような未知のメカニズムが存在すると考えざるをえない。本研究は、栄養過剰に伴う肝のグルコキナーゼ(GK)発現増加に端を発し、エネルギー貯蔵を促進するようなフィードフォワードのシステムが存在することを明らかにした。実験では、高脂肪食負荷に伴う肝のGKの発現増加や、肝でのGKの強制発現によって、褐色脂肪組織(BAT)の熱産生遺伝子発現が低下し、適応熱産生が低下することが示された。この肝からBATへの臓器間システムは、肝から脳幹への求心性迷走神経とそれを受けた延髄からBATへの遠心性交感神経からなり、この経路はレプチンの熱産生促進による抗肥満作用に拮抗していることも分かった。また、高脂肪食負荷に伴う肝のGKの発現増加は、肥満抵抗性系統のマウスよりも肥満傾向系統のマウスでより顕著であり、それはBATの熱産生の程度と逆相関していた。さらに、肥満抵抗性の系統の肝にGKを過剰発現させると体重増加が促進され、肥満傾向系統のマウスで肝のGKをノックダウンすると適応熱産生が亢進して体重増加が減弱した。このような肝のGKから交感神経系を介してBATに至る組織間システムは、エネルギー貯蔵に働く倹約システムとして機能しているのみならず、肥満しやすさの傾向を決めるのに影響しているのかもしれない。
【論文内容】
生体のエネルギー恒常性は、レプチンのような液性因子や求心性・遠心性の神経シグナルによって保たれているが、これらのシステムが適切に機能してれば肥満は起こらないはずである。しかし、現実には世界的に肥満は増加しており、栄養過剰の条件下で肥満が進行し続ける何らかのメカニズムが存在すると考えられる。以前の報告により
肝のグルコキナーゼ(GK)を過剰発現させたトランスジェニックマウスは体重が増加しやすいことが知られており、肝の糖代謝は全身のエネルギー恒常性調節に重要であると考えられている。そこで本研究では、アデノウイルスを用いて肝にGKを過剰発現させ、それが特にBATにおけるエネルギー代謝にどう影響するかを検討した。
肝にGKを過剰発現させグリコゲン蓄積が増加することを確認
まず、肥満しやすい傾向の系統であるC57BL/6マウスに高脂肪食を負荷したところ、内因性のGKの発現は著明に増加した。そこで、この高脂肪食負荷に伴う肝のGK発現増加が全身の代謝を変化させる可能性を考え、通常食負荷マウスの肝にアデノウイルスを用いてGKを過剰発現させた(コントロールにはLacZアデノウイルスを注入したマウスを用いた)。このマウスでは、GK発現に対し用量依存性にグリコゲン蓄積および肝トリグリセリド含量が増加し、マイクロアレイ解析によりグリコゲン生成と脂肪合成経路の酵素の発現増加が確認された。GK過剰発現マウスとコントロールマウスで、糖・脂質代謝、体重・白色脂肪組織(WAT)量、摂食、運動、体温・肝の温度に差はなかった。
肝にGKを過剰発現させると、交感神経を介してBATの適応熱産生が抑制される
興味深いことに、このGK過剰発現によりBATの脂肪細胞のサイズは増加し、熱産生関連遺伝子(UCP1、PGC-1α、D2)の発現はGK発現の用量依存的に低下していた。これらのBAT熱産生遺伝子は交感神経系(SNS)の活性化を介して発現が増加することが知られているが、このマウスではノルエピネフリンターンオーバー(SNS活性)が低下していた。さらにこのマウスで、BAT熱産生に重要な交感神経プレモーターニューロンを含むrostral raphe pallidus nucleus(吻側淡蒼縫線核:rRPa)の
c-fos発現を調べた。その結果、肝のGK過剰発現によりrRPaニューロンの
c-fos mRNAおよびc-fos陽性ニューロン数は有意に減少していた。したがって、肝のGK過剰発現はSNS活性低下を介して、BATの熱産生を抑制している可能性が考えられた。
このGK過剰発現マウスのノルエピネフリンによる全身の酸素消費(適応非ふるえ熱産生)は、コントロールに比べ大きく抑制されていた(basalの酸素消費はコントロールと同じだが、ノルエピネフリンによる酸素消費の増加が抑制)。さらに、このマウスのBATでの適応熱産生の低下を確認するため、マウスをthermoneutral (自然放熱のない28-30℃)およびsubthermoneutral(自然放熱のある18-23℃)のそれぞれの環境に置く実験を行った。
UCP-1欠損マウスや
D2欠損マウスのようにBAT熱産生が抑制されているマウスをsubthermoneutralな環境に置いた場合、ふるえ熱産生などの他の組織の熱産生が起きて、WATのlipolysisが増加し体重が減少する。一方、これらのマウスをthermoneutralな環境に置くと、他の組織の熱産生が起きる必要がないため、BAT熱産生低下によって体重が増加する。この実験のGK過剰発現マウス(BATのUCP1・D2発現が低下)でも同様のことが認められ、subthermoneutralityではWATのHSL活性化に伴ってWAT重量の減少が認められたが、thermoneutralityではそれらが認められなかった。またsubthermoneutralityでは基礎代謝率が有意に増加したが、thermoneutralityでは増加しなかった。さらに、thermoneutralityの状態に13日間置いたところ、肝のGK過剰発現の用量依存的に体重およびWAT重量が増加した。以上より、肝のGK過剰発現によってBAT熱産生が抑制されることが改めて確認された。
肝からの迷走神経シグナルが肝からBATへ組織間作用を伝達している
このグループは、
肝にPPAR-γを過剰発現させると肝からの求心性迷走神経を介して交感神経系が活性化されることを報告しており、このマウスでも肝からの求心性迷走神経がBATの交感神経による作用に影響しているかを検討した。肝の迷走神経切断(hepatic vagotomy; HV)を行った7日目にGKを含むアデノウイルスを注入したところ、BATのUCP1・PGC-1α・D2の発現低下とBAT脂肪細胞サイズの増加は消失していた。また、HVによって、GK過剰発現に伴うrRPaニューロンのc-fos発現低下も見られなくなった。以上の結果より、肝のGK過剰発現によるBAT熱産生の抑制は、肝からの求心性迷走神経シグナルを介していると考えられた。
肝のGK過剰発現によりレプチンの熱産生促進効果は抑制される
6日間連続で、GK過剰発現マウスおよびコントロールLacZマウスの腹腔内にレプチンを投与したところ、どちらも同じように摂食抑制が起きた。これらのマウスでは、レプチン投与によりrostral arcuate nucleus (吻側弓状核;ARC)における
c-fosとPOMC発現の亢進、NPY発現の抑制も同じように起きた。したがって、肝のGK過剰発現はARCニューロン活性および摂食抑制に対しては影響がないといえる。それに対し、肝にGKを過剰発現させた場合、レプチンによるBATのUCP1・PGC-1αの発現増加とrRPaの
c-fos発現増加は抑制された。したがって、この肝GK過剰発現によるレプチン作用の抑制は、rRPa-SNS-BAT経路を介していると考えられる。rRPaの上流においては、paraventricular nucleus of the hypothalamus (視床下部室傍核;PVN)がレプチンによって活性化されることが知られているが、両者のマウスではレプチン投与によるPVNにおける
c-fos発現増加と熱産生神経伝達物質(CRH、TRH)の産生増加に差は見られなかった。したがって、肝のGK過剰発現は、レプチンによるエネルギー消費促進効果を、視床下部より下流で阻害していると考えられる。
肝のGK発現は肥満しやすさの傾向を決めるのに貢献している
上記の肝のGK発現に端を発する神経メカニズムは、生理的な状況下ではどのような役割を果たしているのか。それを検討するため、肥満しやすい系統のマウス(C57BL/6、AKR)と肥満に抵抗性の系統のマウス(SWR/J、A/J)に高脂肪食を1週間負荷し、それぞれ肝の内因性GK、BATのUCP1の発現を比較した。高脂肪食による肝のGK発現増加は、肥満抵抗性の系統より肥満しやすい系統の方が大きかった。さらに、肝のGK発現増加はBATのUCP1発現の程度と逆の相関を示した。そこで、肝GK発現からBATへのシグナル伝達が肥満しやすさの傾向を決めている可能性を考え、以下の実験を行った。まず、肥満抵抗性系統のSWR/Jマウスに正常食を負荷し、アデノウイルスを用いて肝にGKを過剰発現させたところ、BATのUCP1・PGC-1α ・D2発現が抑制され、(肥満抵抗性にもかかわらず)体重増加が亢進した。次に、肥満しやすい系統のC57BL/6マウスにGKのshRNAを含むアデノウイルスを注入して肝の内因性GKの発現をノックダウンして(GK-KDマウス)、高脂肪食を負荷した。その結果、高脂肪食負荷GK-KDマウスでは、BATのUCP1・PGC-1α・D2発現が増加し、rRPaでの
c-fos発現も増加していた。さらにGK-KDマウスでは、ノルエピネフリン投与による酸素消費が増加しており、その結果、高脂肪食による体重増加が抑制されていた。以上より、高脂肪食負荷に伴う肝の内因性のGK発現増加は、適応熱産生を調節することにより、肥満しやすさの傾向を決めている可能性が考えられた。
【結論】
高脂肪食負荷(栄養過剰)の条件下では肝のGK発現が亢進し、このことがBATの熱産生を抑制することにより、肥満を助長するメカニズムが明らかになった。この組織間メカニズムは肥満を促進する代謝スイッチになっていると考えられ、また肥満しやすさの傾向を決めている可能性もある。このシステムは、かつてはエネルギー貯蔵に有利な「倹約システム」ともいうべきフィードフォワードのメカニズムとして働いていたが、栄養過剰の現代においては肥満助長の引き金になっているのかもしれない。