Autophagy deficiency leads to protection from obesity and insulin resistance by inducing Fgf21 as a mitokine.
Kim KH, Jeong YT, Oh H, Kim SH, Cho JM, Kim Y-N, Kim SS, Kim DH, Hur KY, Kim HK, Ko TH, Han J, Kim HL, Kim J, Back SH, Komatsu M, Chen H, Chan DC, Konishi M, Itoh N, Choi CS, Lee M-S.
Nat Med. 19, 83–92, 1 January 2013.
【まとめ】
糖・脂質代謝におけるオートファジーの役割は年々解明が進んでいるとはいえ、現在も不明な点が多い。本研究では骨格筋特異的
Atg7欠損マウスを作製したところ、予想外なことにこれらのマウスは脂肪量が少なく、高脂肪食による肥満やインスリン抵抗性が起きにくかった。この予想外のインスリン感受性亢進は、Fgf21の発現増加に伴う、脂肪酸β酸化の増加と白色脂肪組織(WAT)の褐色化によるものと考えられた。骨格筋でのオートファジー欠損はミトコンドリア機能異常をもたらすが、これが
Atf4 (integrated stress responseのマスター調節因子の一つ)の発現亢進を介して、
Fgf21の発現を増加させたことが明らかになった。骨格筋培養細胞であるC2C12 myotubeに薬剤(ミトコンドリア呼吸鎖阻害剤)によるミトコンドリア機能異常を起こした場合も、Atf4依存性にFgf21の発現が誘導された。なお、肝でオートファジーを欠損させたマウスでも、高脂肪食に伴う肥満とインスリン抵抗性が改善した。
以上の結果から、骨格筋でのオートファジーの欠損によってミトコンドリア機能異常が起こり、それが
Fgf21の発現を増加させ、Fgf21の増加によって肥満とインスリン抵抗性が改善されることが示された。Fgf21はミトコンドリアに生じたストレスを伝達するために細胞外に放出される一種の内分泌因子であり、mitokineと呼ぶことができるものである。
【論文内容】
オートファジーは、細胞質において不要となった蛋白をリソソームに運搬して分解し細胞小器官や栄養素のリサイクルに用いる、進化的に保存された過程である。
膵β細胞でオートファジーが欠損するとインスリン分泌に障害が起こることからも分かるように、オートファジーは全身の糖代謝に重要な働きをしている。ほかにも、
脂肪組織でオートファジーを欠損させると脂肪細胞の分化や過剰脂肪の分解が障害されることが分かっており、
オートファジーの欠損はインスリン抵抗性や糖尿病の発症につながると考えられている。
オートファジーはミトコンドリアのターンオーバーも調節しており(この過程はmitophagyと呼ばれる)、そのため
オートファジーの欠損はミトコンドリアの構造・機能の異常をもたらす。このミトコンドリア機能異常はインスリン抵抗性と2型糖尿病の発症原因となり、
2型糖尿病患者の骨格筋ではミトコンドリアの酸化的リン酸化(mtOxPhos)関連遺伝子の発現が低下していることが報告されている。ただし、
2型糖尿病患者や
高脂肪食負荷マウスの骨格筋においてmtOxPhos活性は正常か上昇しているという相反する報告もある。さらには
、Aifm1(mitochondrial flavoprotein apoptosis-inducing factor)欠損マウスや
骨格筋特異的Tfam (mitochondrial transcription factor A)欠損マウスでは、
mtOxPhos活性が障害されるが耐糖能・インスリン感受性は亢進するという報告もある。このように、骨格筋のミトコンドリア機能障害がインスリン抵抗性をもたらすのかインスリン感受性をもたらすのかは実はよく分かっていない。
本研究では、骨格筋においてオートファジーの欠損を起こしたマウスを作製し、それにより骨格筋のミトコンドリア機能を障害したところ、予想外にFgf21が発現誘導され、その結果脂質のβ酸化とWATの褐色化が起こって、肥満抵抗性・インスリン感受性亢進がもたらされたことを報告する。本研究においてFgf21は、ミトコンドリアに生じたストレスを細胞外へ伝達するシグナル(2011年に線虫モデルにおいて、
「mitokine」という名称で提唱されている)として作用していると考えられた。
Atg7Δsmマウスは骨格筋と脂肪量が減少している
骨格筋特異的にオートファジーが欠損したマウス(
Atg7Δsm)を作製し、骨格筋でのLc3-IからLc3-IIへの変換の減少、p62やユビキチン化蛋白の蓄積(いずれもオートファジー欠損を示す)を確認した。
Atg7Δsmマウスは、正常食摂食下でコントロールに比べて体重および除脂肪体重が少なく、骨格筋量と筋線維のサイズが有意に小さかった(オートファジー欠損に伴う筋萎縮)。また、このマウスはWATでのオートファジーは正常に保たれているのに、コントロールに比べて脂肪量が少なく脂肪細胞が小さかった。
Atg7Δsmマウスではエネルギー消費が増大している
Atg7Δsmマウスを正常食で飼育し、間質熱量計によりエネルギー消費を測定した。
Atg7Δsmマウスはコントロールに比べると、摂食および運動に差はなく、運動以外のエネルギー消費が大きかった。また、このマウスは空腹時血糖とインスリン値が低く、
(骨格筋でのオートファジー欠損で予想されたインスリン抵抗性とは逆に)耐糖能亢進とインスリン感受性亢進が認められた。
Atg7Δsmマウスは高脂肪食負荷によるインスリン抵抗性増悪が起きにくい
Atg7Δsmマウスに高脂肪食を負荷しても、コントロールに比べて、体重・脂肪重量の増加が起きにくかった。また、高脂肪食負荷した
Atg7Δsmマウスはコントロールに比べ、エネルギー消費が大きかった。また、このマウスは空腹時インスリン値、HOMA-IR、高インスリン正常血糖クランプによりインスリン感受性の亢進が認められた。なお、クランプにおけるインスリン抵抗性の改善は、(
骨格筋でオートファジーの欠損があるにもかかわらず)骨格筋での糖取り込みの亢進と肝での糖産生抑制によるものであった。
Atg7Δsmマウスにおける脂質異化とWATの褐色化
高脂肪食負荷したAtg7Δsmマウスのin vivoでのβ酸化は、コントロールに比べ亢進していた([1-14C]オレイン酸を投与した後の14CO2の放出を測定)。さらに、脂肪組織・肝・骨格筋の
ex vivoでのβ酸化を調べたところ、高脂肪食負荷した
Atg7ΔsmマウスのWATのβ酸化率はコントロールマウスに比べて亢進していた。それに対し(骨格筋でオートファジーを欠損させているのにもかかわらず)骨格筋では差がなかった。高脂肪食負荷した
Atg7Δsmマウスの肝では、脂質蓄積が大きく低下し、β酸化関連遺伝子(
Ppara、
Acadlなど)の発現が増加していたが、肝におけるβ酸化はコントロールと比べ同等だった。なお、この高脂肪食負荷
Atg7Δsmマウスは、肝のリンパ浸潤と肝機能障害の程度はコントロールに比べて少なかった。
次に
Atg7Δsmマウスの脂肪分解(lipolysis)について検討した。高脂肪食負荷
Atg7Δsmマウスの空腹時血清グリセロール能度はコントロールに比べて高く、また血清FFA濃度もやや高く、
in vivo脂肪分解が亢進していると考えられた。さらにこのマウスは腎周囲WATとBATで、脂肪分解遺伝子(
Ppargc1aなど)の発現が増加していた。以上のβ酸化亢進と脂肪分解の亢進によって、高脂肪食負荷
Atg7ΔsmマウスのWATとBATの脂肪細胞のサイズが小さくなっていると考えられた。
それに対し、肝における脂肪合成(lipogenic)遺伝子の発現は、高脂肪食負荷
Atg7Δsmマウスで低下していた。また、
高脂肪食負荷したAtg7ΔsmマウスのWAT(腎周囲、鼠径部)では、コントロールに比べてUcp1とPgc1αの発現が増加していた(=WATの褐色化)。さらに、BATにおける糖取り込み(BAT活性)も亢進していた。
Atg7ΔsmマウスではFgf21が増加している
Atg7Δsmマウスではエネルギー消費とインスリン感受性が亢進していたが、free T3・adipoQ (adiponectin)・レプチン・カテコラミンの濃度はコントロールマウスと比べて差がなかった。そこで骨格筋由来の代謝活性化因子(myokine)の発現に違いがないか検討すべくマイクロアレイ解析を行ったところ、
Atg7Δsmマウスの骨格筋で
Fgf21遺伝子発現が大きく増加していることが分かった。
Atg7Δsmマウスは血清Fgf21濃度も高値であり、Fgf21が一種の内分泌因子として働いていると考えられた。なお、Atg7Δsmマウスの筋肉以外の組織(肝、WAT、BAT)では
Fgf21の発現増加は見られなかった。また、2種類のオートファジー欠損(Atg7-nullとTet-off Atg5-null)マウスのMEFs (mouse embryonic fibroblasts)および
Atg7をアデノウイルスでノックダウンした骨格筋培養細胞(C2C12 myotubes)でも
Fgf21の発現増加が認められ、骨格筋における
Fgf21の発現はオートファジー欠損による細胞内在性(cell-intrinsic)なものであることが示唆された。
なお、高脂肪食負荷
Atg7ΔsmマウスにおけるFgf21の増加が肥満防止とインスリン感受性亢進に働いていることを確認するため、
Fgf21-/-;
Atg7Δsmマウスを作製し高脂肪食負荷したところ、高脂肪食負荷した
Fgf21+/+;
Atg7Δsmマウスに比べて肥満・インスリン抵抗性であった。
オートファジー欠損の骨格筋では、Atf4依存性にFgf21発現が増加する
さらに、
Atg7ΔsmマウスにおけるFgf21発現増加のメカニズムを検討した。マイクロアレイ解析により、
Atg7Δsmマウスの骨格筋ではAtf4 (integrated stress responseのマスター調節因子)の発現が低下していることが分かり、Atf4の蛋白発現とその上流のEif2αのリン酸化が増加していることも確認された。また、C2C12 myotubuesにアデノウイルスでAtf4を過剰発現させるとFgf21の発現が増加し、さらにF
gf21プロモーター内のAtg4-responsive elements (ATF4REs)の欠損および点変異を用いたレポーターアッセイによりATF4REsの重要性が示された。
Atf4によるFgf21発現増加にはmtOxPhosの障害が重要な役割を果たす
次に、オートファジー欠損の状態ではどのようにAtf4が活性化されるのかを検討した。
Atg7Δsmマウスの骨格筋では、
ミトコンドリアの形態異常(膨張した形)と
機能低下(O2消費・cytochrome
c oxidase (Cox)活性・ATP含量・mtOxPhos関連遺伝子発現の低下)が認められた。また
in vitroの系では、C2C12 myotubesにミトコンドリア機能障害を起こすため、ミトコンドリア呼吸鎖阻害剤であるrotenone (complex I阻害剤)またはantimycin A (complex III阻害剤)を添加したところ、Eif2α-Atf4経路の活性化とFgf21発現の増加が認められた。
Fgf21はミトコンドリアに生じたストレスに反応して放出される因子、すなわち「mitokine」である可能性がある。Atf4-siRNAをtransfectしたC2C12 myotubesやAtf4欠損またはEif2a A/A変異を持つMEFsではミトコンドリアストレスによる
Fgf21発現増加は抑制されていた。逆に、骨格筋特異的mitofusin 1およびmitofusin 2のダブルノックアウトマウス(mitochondrial fusionの欠損によりmtOxPhosが障害されている)では、
Fgf21 mRNA発現・Atf4蛋白発現・Eif2αリン酸化が著明に増加していた。
Atg7Δhepマウスおよび栄養欠乏マウスにおけるFgf21の役割
最後に、肝特異的にオートファジーを欠損させたマウス(
Atg7Δhepマウス)を作製した。このマウスは
Atg7Δsm同様、コントロールに比べて体重と脂肪重量が少なく、耐糖能が亢進していた。また、肝の脂肪蓄積は少なく、脂肪酸・トリグリセリド合成関連の遺伝子発現は低下していた。
Atg7Δhepマウスの肝でもミトコンドリア機能(Cox活性とmtOxPhos関連遺伝子発現)が低下しており、それに伴って肝の
Fgf21 mRNA発現と血清Fgf21濃度は増大きく増加していた。これが、Atg7Δhepマウスの脂肪重量の低下と耐糖能亢進につながっていると考えられる。高脂肪食負荷Atg7Δhepマウスはコントロールに比べ、体重および血糖・インスリン値・HOMA-IRが低値だった。また、高脂肪食負荷
Atg7Δhepマウスの肝では、コントロールで見られるような脂肪肝は見られず、脂肪酸・トリグリセリド合成関連遺伝子発現が低下していた。
なお、
β細胞特異的Atg7欠損マウスでは、β細胞の
Fgf21発現や血清Fgf21濃度は増加していなかった。また、leucine欠乏(単なるカロリー制限ではなく栄養欠乏のモデル)マウスでは、肝のミトコンドリア機能異常-Atf4-Fgf21系を介して血清Fgf21濃度が増加し、体重減少とインスリン感受性亢進が起きていることが確認された。
【結論】
本研究では、骨格筋におけるオートファジーの欠損がAtf4活性化を介して
Fgf21の発現を増加させること、さらに増加したFgf21が一種の内分泌因子としてWATのβ酸化と褐色化をもたらすことにより、高脂肪食に伴う肥満・インスリン抵抗性が防止されることが示された。さらに、オートファジー欠損はミトコンドリア機能異常を起こすことによってFgf21を増加させる、という機構が解明された。したがってFgf21は、
線虫モデルで提唱されていた「mitokine」(ミトコンドリアに生じたストレス反応を他の細胞に伝達する細胞外シグナル)の、哺乳類で同定された最初のものと考えられた。(最近、
脂肪細胞にmitoNEETを過剰発現させたトランスジェニックマウスでミトコンドリア機能異常と、adiponectin産生増加、インスリン感受性亢進が起きることが報告されている。しかし、このトランスジェニックマウスでは、ミトコンドリア機能異常とadiponectin産生増加の因果関係は不明である。)
本研究の
Atg7Δsmマウスにおいて、
ミトコンドリア機能異常がインスリン抵抗性改善をもたらすという結果は、従来の「
ミトコンドリア機能異常はインスリン抵抗性をもたらす」という考えとは相反するものである。しかし、
肝または骨格筋特異的Aifm1欠損マウスではmtOxPhosが障害されるがインスリン感受性は亢進するという報告とは一致している。ミトコンドリア機能異常は、それが起こる部位によっても代謝への影響は異なり、例えば
β細胞特異的Tfam欠損はインスリン分泌低下と耐糖能異常を起こすが、
骨格筋でのTfam欠損は耐糖能改善をもたらす。オートファジー欠損も、その起こる部位によって代謝に及ぼす影響は異なっている。β細胞における
Atg7欠損はインスリン分泌障害により耐糖能異常を起こすが、
脂肪細胞特異的または骨格筋特異的(本研究)
Atg7欠損はインスリン抵抗性改善をもたらす。さらに、オートファジー欠損の期間によっても代謝への影響は異なるようである。例えば、アデノウイルスを用いた
Atg7-shRNAにより
肝で急性にオートファジー欠損を起こした場合は耐糖能異常となり、本研究の結果とは異なっている。最近、運動により骨格筋のオートファジーが誘導されるが、Bcl2ノックイン変異を持つマウスでは
非運動時のオートファジーは正常に起きているが、運動によるオートファジー誘導が障害されて、高脂肪食によるインスリン抵抗性が運動によって改善しないという結果が報告された。すなわち、オートファジー欠損の様式(非運動時の欠損か運動時の欠損かなど)も代謝改善に影響するようである。
オートファジー欠損はその部位、期間、様式によって代謝に及ぼす役割が異なり、オートファジー欠損とインスリン抵抗性の関係は予想していたよりも複雑なものであることが分かってきた。