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人類4000年の歴史にわたる動脈硬化の存在:4つの古代集団に基づくHorus研究

Atherosclerosis across 4000 years of human history: the Horus study of four ancient populations.

Thompson RC, Allam AH, Lombardi GP, Wann LS, Sutherland ML, Sutherland JD, Muhammad Al-Tohamy Soliman MA, Frohlich B, Mininberg DT, Monge JM, Vallodolid CM, Cox SL, Abdel-Maksoud G, Badr I, Miyamoto MI, Nur El-Din Ael-H, Narula J, Finch CE, Thomas GS.

Lancet. Published online March 10, 2013.

【まとめ】
背景:動脈硬化は現代人の病気であり現代のライフスタイルに伴う疾患であると、一般的には考えられている。しかし、現代以前の動脈硬化の有病率は実際には分かっていない。方法:本研究では、4000年以上にわたる4つの異なる地理的集団から得られた137体のミイラの全身のCTスキャンの結果を得た。4つの集団は、古代エジプト、古代ペルー、南西アメリカのプエブロインディアンの祖先(Ancestral Puebloans)、アリューシャン列島の先住民族(Unangan)である。動脈硬化は、動脈壁の石灰化プラークがあれば確定例、動脈と思われる部位に石灰化があれば疑い例とした。結果:動脈硬化の疑い例または確定例は137体のミイラの47例(34%)で、4つの地理的集団のいずれにも認められた。大動脈の動脈硬化は28例(20%)、腸骨動脈または大腿動脈の動脈硬化は25例(18%)、膝窩または脛骨動脈の動脈硬化は25例(18%)、頚動脈の動脈硬化は17例(12%)、冠動脈の動脈硬化は6例(4%)に認められた。上記の5つの血管床のうち、1か2の血管床に動脈硬化が認められたのは34例(25%)、3か4の血管床に動脈硬化が認められたのは11例(8%)、5つの血管床すべてに動脈硬化が認められたのは2例(1%)であった。死亡時の年齢は動脈硬化の有無および血管床の数と有意に関連した。結論:動脈硬化は産業化以前の人類(農業開始以前の狩猟採集民族を含む)において、地理的、時間的に広範囲にわたって認められた。一般に動脈硬化は現代病とみなされてきたが、近代以前の人類に広く動脈硬化が存在したという本研究の結果から、ヒトには加齢に伴い動脈硬化を起こしやすい基本的な素因がある可能性が示唆された。

【論文内容】
動脈硬化は人類の歴史のいつから始まったのだろう。そもそも動脈硬化はライフスタイルの疾患なのか、加齢疾患か、それとも他の原因によるものか。西暦1800年から2000年の間に先進国の平均余命が倍増し、先進国の主な死因は感染症から動脈硬化性疾患に置き換わった。そのため、動脈硬化はライフスタイルに関連する現代病という考えが広がり、産業化以前、農業化以前のライフスタイルでは動脈硬化は起こらないとさえ考えられるようになった。しかし、紀元前3000年頃(今から5300年前頃とされる)に生きていたヒトの自然にできたミイラ、通称アイスマン(1991年にイタリアの氷河から発見されたのでこの名がある)のCTスキャンでは、動脈硬化と考えられる血管の石灰化が認められている。また、紀元前1000年頃のエジプト人のミイラでも動脈硬化を示す証拠が認められている。以前このグループも、紀元前1981年から紀元後364年の間に存在したエジプト王朝時代の44体のミイラのうち20体に動脈硬化を示す所見が見られたことを報告している。しかし、このような動脈硬化は古代エジプトの文化やライフスタイルに特有の現象かもしれないし、ミイラ化された人体はエジプト人の中でも社会的地位が高い人たちだからかもしれない。そこで、このHORUS研究(「ホルス」は古代エジプト神話において最も偉大な神の名)では、新たに古代エジプトを含む4つの地理的、時間的に異なる文化のミイラをCTスキャンすることによってこの疑問に答えようとした。

方法:
地理的に全く異なる4つの地域から得られた137体のミイラの全身CTスキャンを行った。ミイラの地域と時代の内訳は、①古代エジプト(先王朝時代(紀元前3100年)からローマ時代の終わりまで(紀元後364年)まで)の76体、②古代ペルー(early intermediate期からlate horizon期の紀元後200-1500年)の51体、③南西アメリカのプエブロインディアンの祖先(古期からバスケットメーカーII期文化の紀元前1500年から紀元後1500年)の5体、および④アラスカのアリューシャン列島に住んでいた先住民族(Unangan)(紀元後1756-1930年)の5体である。

動脈壁の明らかな石灰化があれば動脈硬化と判断した。動脈と思われる部位の石灰化は動脈硬化疑い例とした。血管病変部位は5つの血管床に分けられる。すなわち、①頚動脈、②冠動脈、③大動脈、④腸骨または大腿動脈、⑤膝窩または頚骨動脈の5つである。個々のミイラのライフスタイルや食事についての情報は得られなかったが、できる限り動脈硬化の危険因子となるものについて再構成すべく人類学・考古学の情報を用いた。

結果:
動脈硬化の疑い例および確定例は137体のミイラのうち47例(34%)であった。動脈硬化のあった例はなかった例に比べて、死亡時の年齢が高かった(43歳[SD 10] vs 32歳[SD 15], p<0.0001)。5つの血管床のうち、1か2の血管床に動脈硬化があったのは34例(25%)、3か4の血管床に動脈硬化があったのは11例(8%)、5つ全部の血管床に動脈硬化があったのは2例(1%)であった。多重ロジスティック回帰モデルによると、年齢は動脈硬化の重症度(動脈硬化のあった血管床の数)のオッズの増加と関連があった。年齢が10歳上がるごとに動脈硬化重症度のオッズは69%ずつ増加した。ミイラの地域差で補正しても、年齢は動脈硬化重症度と有意に関連した。冠動脈の動脈硬化の例では、Unanganの47-51歳女性(紀元後19世紀)や、エジプト第18王朝の王女アーモセ・メリタムン(40-45歳、紀元前1580-1550)で冠動脈硬化が見られた。さらに、Unangan女性(25-29歳)やエジプトの男性書記官(40-50歳、紀元前1570-1293年の新王朝時代)に頚動脈の動脈硬化があり(下図)、4つの地域のそれぞれのミイラで大動脈分岐部や総腸骨動脈に動脈硬化が認められた。
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(図) 頚動脈病変のCT 3D再構成像
(A) アリューシャン列島のUnagan女性(紀元後19世紀)の頚動脈石灰化、(B)エジプトの男性書記官(紀元前1570-1293の新王朝時代、ルクソール近郊で発見)の両側頚動脈、鎖骨下動脈、腕頭動脈の石灰化。

考察:
本研究で調査した4つの地域の食事やライフスタイルは以下の通りである。古代エジプト人やペルー人は家畜を飼っていた農民であり、プエブロインディアンの祖先は飼料を採取する農民、Unangansは農業を行わない狩猟採集民族である。いずれの文化も菜食主義ではなく、すべての文化で魚や狩猟の肉を食べていたが、蛋白源はエジプトのように家畜の牛であったり、Unangansのように海産物であったりと文化によって異なっていた。ミイラとされたエジプト人は一般的に社会的地位が高く、家畜の肉を多く食べ、飽和脂肪酸の摂取が多かったと考えられている。リマの近くに住んでいた古代ペルー人は、トウモロコシ、ジャガイモ、サツマイモ、バナナなどの食糧が豊富だったと考えられる。彼らは家畜化したモルモット、アヒル、アンデスジカ、鳥、カエルなども食べていた。プエブロインディアンの祖先は狩猟採集民族から飼料採取する農民に移行しつつあり、トウモロコシやカボチャを育てていた。蛋白源はウサギ、ネズミ、シカ、オオツノヒツジの肉であった。Unanganはアリューシャン列島でカヤック(カヌー型小船)を用いていた狩猟採集民族であり、海産物としてアザラシ、アシカ、ラッコ、クジラ、魚、ウニ、貝、鳥やその卵などを食べていた。すべての文化で火を用いて調理していたため、火の使用による煙の吸引が動脈硬化に影響を及ぼした可能性がある。また、これら4つの文化のいずれも感染症が主な死因であった。そのため、慢性感染に伴う炎症があり、これが動脈硬化の発症につながった可能性もある(現代でも関節リウマチやSLEに伴う慢性炎症があると動脈硬化をきたしやすい)。

本研究の限界は、動脈硬化のマーカーとして石灰化を用いており、病理学的な確認ができなかったことである。また、Unanganとプエブロインディアンの祖先については少人数の解析しか行えていない。さらに、137体という小さいサンプルサイズのため、性別や異なる文化間で動脈硬化の発症率や重症度の差を検出するための統計学的パワーが得られなかった。

【結論】
4つの産業化以前の集団(農業化以前の狩猟採集民族も含み、人類の文化と歴史の広範囲にわたる4集団)において、動脈硬化が一般的に認められた。そのため、動脈硬化は現代のライフスタイルによって起きる現代病とは考えにくく、特定の食事やライフスタイルに関連なく加齢によって起こるヒト生来の疾患であることが示唆された。
by md345797 | 2013-03-12 01:36 | 心血管疾患