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エピゲノムの可塑性を利用して、ヒト膵α細胞をβ細胞にリプログラミングする

Epigenomic plasticity enables human pancreatic α to β cell reprogramming.

Bramswig NC, Everett LJ, Schug J, Dorrell C, Liu C, Luo Y, Streeter PR, Naji A, Grompe M, Kaestner KH.

J Clin Invest. 2013 Mar 1;123(3):1275-84

【解説記事】
α細胞から新たなβ細胞を作るゲノムの錬金術

(Creating new β cells: cellular transmutation by genomic alchemy)
Moss LG.
J Clin Invest. 2013 Mar 1;123(3):1007-10.

α細胞からβ細胞を作る試みは今までにも行われており、β細胞を完全に欠損させるとα細胞がβ細胞に分化転換(transdifferentiation)することや、α細胞に(β細胞発生に必要な転写因子である)Pax4を発現させたトランスジェニックマウスではα細胞がβ細胞に分化することが報告されている。近年、膵島でのヒストンメチル化の全体像が明らかになり、膵島細胞の分化に伴うヒストン修飾の変化を検討することが可能となった。

下記の研究では、ヒト膵島からα細胞、β細胞、外分泌細胞をFACSで分離し、Chip-Seq法を用いてヒストンメチル化(H3K4me3とH3K27me3)のプロファイルを調べた。これらのメチル化には、次のような4パターンがある。すなわち、一価の(monovalent)のH3K4トリメチル化=H3K4me3(転写活性化)、一価のH3K27トリメチル化=H3K27me3(転写抑制)、二価の(bivalent)トリメチル化=H3K4me3とH3K27me3、H3K4もH3K27もメチル化なし、の4パターンである。これらにより、α細胞特異的なグルカゴン遺伝子は、α細胞ではH3K4me3(活性化)が起こり、β細胞ではH3K27me3(抑制)が起きている。同じくβ細胞特異的なインスリン遺伝子は、β細胞ではH3K4me3(活性化)が起こり、α細胞ではH3K27me3(抑制)が起きている(参考図参照)。

二価のメチル化は、多能性幹細胞や可塑性の大きい細胞に多くみられることが知られている。下記の研究の結果、α細胞はβ細胞・外分泌細胞に比べると、二価のメチル化が多く見られた(すなわち、α細胞とβ細胞はヒストンメチル化に関して「非対称」と言える)。β細胞分化に必要なPDX1やMAFAは、β細胞ではH3K4me3(活性化)のみが起こり、α細胞ではH3K4me3とH3K27me3の両方が起きていて、活性化の可能性(potential)はあるがそれが休止した状態にある。一方、α細胞分化に必要なIRX2は、β細胞ではH3K27me3(抑制)が起きているが、α細胞ではH3K4me3(活性化)が起きており、β細胞とは非対称である(参考図参照)。

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(参考図) β細胞とα細胞のヒストンメチル化の非対称性
β細胞特異的なインスリン、α細胞特異的なグルカゴンは、H3K4me3(転写活性化)とH3K27me3(転写抑制)によって対称的に調節されている。ところが、β細胞分化に必要なPDX1やMAFAは、β細胞では一価の(monovalent)メチル化であるH3K4me3(活性化)を受けているのに対し、α細胞ではH3K4me3とH3K27me3の二価の(bivalent)メチル化を受けており転写活性化の可能性(potential)はあるが転写休止の状態にある。このような転写休止の状態は、β細胞におけるIRX2(α細胞分化に必要な遺伝子)では見られない。すなわち、α細胞の方がβ細胞より可塑性が大きく、分化転換できる可能性は高いと思われる。

ところで下記の研究の限界としては、
① ヒストンメチル化は遺伝子発現を調節するのに重要だが、それが最終的な決定因子ではないことである。例えば、H3K4me3は必ずしも転写を活性化するとは限らない。これは他の遺伝子発現調節(CpG islandの存在、高位のクロマチン構造、DNAのメチル化など)にもよるためである。一方、H3K27me3は確実に転写抑制的に作用する。二価のメチル化が転写「休止」の状態にあるのはそのためと考えられる。
② 限界の2番目としては、この研究で用いたα細胞、β細胞とは「α細胞、β細胞の豊富な分画」であり、全く純粋な集団ではないことである。これらの分画はそれぞれ、δ細胞(somatostatin発現)およびPPY発現細胞を含む。これらの細胞では二価のメチル化の調節が異なっているかもしれない。

次に、下記の研究ではヒト膵島にAdox(メチルトランスフェラーゼ阻害剤で、H3K27me3を減少させる)を添加した。その結果、α細胞におけるβ細胞分化因子(PDX1、MAFA)の二価のメチル化による「転写休止状態」の抑制解除(derepression)が起こり、α細胞がβ細胞様に変化した。(しかし、その逆にβ細胞がα細胞様に変化することはなかった。)

近年Druckerのグループは、肝特異的にグルカゴン受容体を欠損させるとα細胞過形成が起きたという実験結果から、α細胞を増加させる液性因子の存在を想定している。もし、上記方法が臨床的に実用化されれば、「錬金術師の魔法の杖を一振り」(まず内因性のα細胞を増加させ)、「二振り」(増加させたα細胞をH3K27me4に特異的なヒストンメチル化抑制剤を用いて、β細胞に変化)させることによって糖尿病治療が可能になるかもしれない。

【論文まとめ】
ChIP-seqとRNA-seq解析を用いて、ヒト膵のα細胞、β細胞、外分泌細胞のエピジェネティックのおよび転写の全体像を明らかにした。β細胞に比べて、分化したα細胞では、H3K4me3(転写活性化)とH3K27me3(転写抑制)の二価(bivalent)のヒストンメチル化修飾を受けている遺伝子が多かった。それに対し、β細胞では多くの遺伝子がH3K4me3またはH3K27me3のいずれかによる一価(monovalent)のメチル化を受けていた。このヒストンメチル化のパターン(histone methylation signature)を操作することによって、α細胞からβ細胞へのリプログラミングができる可能性を検討した。

【論文内容】
α細胞からβ細胞へのリプログラミングは、α細胞にPax4やPdx1を強制発現させたり、膵島でβ細胞をほぼ完全に欠損させたりすれば起きることが示されてきたが、そのメカニズムは不明であった。本研究では、それがヒストンメチル化というエピジェネティックな機構が関与している可能性を検討した。転写活性化をもたらすH3K4me3と転写抑制をもたらすH3K27me3の両方がメチル化されている二価の(bivalent)メチル化は、多能性幹細胞や未分化の細胞により多く見られ、その細胞が「activableな」細胞であることを示すと考えられている。

死体臓器ドナー由来のヒト膵島をFACS解析によってα細胞(マーカー遺伝子のqRT-PCRにより94%の純度であることを確認)とβ細胞(92%の純度)と外分泌細胞の細胞分画に分け、それぞれChIP-seq とRNA-seqによってヒストンメチル化状態と遺伝子発現プロファイルを調べた。その結果、β細胞特異的遺伝子であるPDX1はβ細胞ではH3K4me3による一価の修飾、α細胞ではH3K4me3とH3K27me4による二価の修飾を受けていた。

また、ゲノムワイドのtranscriptome(遺伝子発現の全体)を主成分分析でクラスターに分類すると、α細胞・β細胞・外分泌細胞の集団にはっきり分離された。また、heat map analysisによりそれぞれの細胞の発現遺伝子が分離できた。例えば、α細胞特異的遺伝子はARX、GCG(glucagon)、PCSK2、DPP4など、β細胞特異的遺伝子はMAFA、NKX6-1、PDX1、INS(insulin)、PCSK1、HDAC9、HNF1A、KCNQ2およびKCNJ11(potassium channel)、SLC30A8(zinc transporter)などであった。

全体として、α細胞はβ細胞に比べて遺伝子発現に対する二価のメチル化修飾が多かった(2915遺伝子部位に対し、1914部位)。β細胞で二価のメチル化を受けている遺伝子のうち多く(77%)はα細胞でも二価のメチル化を受けている。一方、α細胞で二価のメチル化を受けている遺伝子の半分程度(48%)はβ細胞では一価(H3K4me3またはH3K4me3のいずれか)のメチル化しか受けていなかった。

ヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤(Adox)は特にH3K27me3のヒストンメチル化を低下させる。Adoxを培養膵島に添加すると、α細胞特異的ARX、β細胞特異的MAFAおよびPDX1のH3K27me3が減少した。その結果、α細胞bにおいてMAFAやPDX1の転写抑制が解除され、グルカゴン陽性細胞(α細胞)の細胞質でグルカゴンとインスリンが共染し、核でPDX1が発現するようになった。すなわちAdox添加により、α細胞からβ細胞への部分的な変換が起きたと考えられた。

【結論】
膵島における、細胞特異的ヒストン修飾パターンを知ることは重要である。これにより細胞特異的なエピゲノムの可塑性が明らかになり、ヒストンメチル化を阻害する薬剤(epigenomic drug)を用いてこの可塑性を利用することにより、β細胞への分化を促進できる可能性がある。
by md345797 | 2013-03-13 07:46 | 再生治療