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GLP-1受容体アゴニストは心房においてEpac2を介してANP分泌を増加させることにより血圧低下をもたらす

GLP-1 receptor activation and Epac2 link atrial natriuretic peptide secretion to control of blood pressure.

Kim M, Platt MJ, Shibasaki T, Quaggin SE, Backx PH, Seino S, SimpsonJA, Drucker DJ.

Nature Medicine. Published online 31 March 2013.

【まとめ】
GLP-1受容体(GLP-1R)アゴニストには血圧低下作用があるが、そのメカニズムはよく分かっていない。本研究では、心臓のGlp1r発現が心房に限局しており、心房心筋細胞におけるGLP-1Rの活性化がANP(心房性ナトリウム利尿ペプチド)の分泌を促進して血圧を下げる機構を解明した。GLP-1Rアゴニストであるリラグルチドは、直接cGMPを増加させたり、前収縮させた大動脈輪を拡張したりすることはないが、リラグルチドを潅流させた心臓の潅流液は内皮細胞非依存性、GLP-1R依存性に大動脈輪を拡張させた。なお、Glp1r−/−マウスやNppa−/−(ANP欠損)マウスにリラグルチドを投与しても、ANP分泌増加、血管拡張、血圧低下は起きなかった。心筋細胞においてGLP-1Rを活性化させると、Rap guanine nucleotide exchange factor であるEpac2が膜にtranslocationしたが、Rapgef4−/− (Epac2)欠損マウスではGLP-1R依存性のANP分泌増加は起こらなかった。野生型マウスの絶食後再摂食で(生理的なGLP-1増加によって)血漿中ANP濃度の増加が起きたが、Glp1r−/−マウスでは摂食後にANP濃度は増加しなかった。また、リラグルチドを投与した野生型マウスでは尿中Na排泄が増加したが、Nppa−/−マウスではリラグルチド投与で増加しなかった。以上の結果から、腸管から心臓に至るGLP-1R依存的、ANP依存的な経路(GLP-1R-ANP軸)が血圧調節に役立っていることが明らかになった。

【論文内容】
GLP-1には血圧を下げる作用があることが知られていたが、これはGLP-1が直接血管に作用して血管拡張をもたらすためと考えられ、GLP-1の血管平滑筋や内皮細胞に対する作用やNOを介する機構が想定されてきた。また、GLP-1の腎臓に対する作用としてNa利尿を促進し、腎細胞のNa調節蛋白のリン酸化を変化させる作用があるため、GLP-1が腎を介して血圧を下げている可能性も考えられていた。そこで本研究では、GLP-1Rアゴニストの血圧低下作用のメカニズムについて検討した。

リラグルチドはGLP-1Rを介して血圧を低下させる
C57BL/6 (WT)マウスにangiotensin II (Ang II)を注入して血圧上昇マウスモデルを作製した。このマウスに分解抵抗性のGLP-1Rアゴニストであるリラグルチド(薬品名:ビクトーザ)を投与すると、収縮期血圧、拡張期血圧がそれぞれ23、19 mmHg低下した。しかし、Ang IIを注入したGlp1r−/−マウスにリラグルチドを投与しても血圧の低下は見られなかった。次に、WTマウスに2日間exendin9–39 (GLP-1Rアンタゴニスト)、L-NMMA (NO synthase inhibitor阻害剤) 、またはanantin (natriuretic peptide receptorアンタゴニスト)を投与しておいたところ、exendin9–39およびanatinでリラグルチドの降圧効果は阻害されたが、L-NAMEでは阻害されなかった。Anantinでリラグルチドの降圧効果が阻害されたことにより、この効果はnatriuretic peptide receptor Aを介するものであると考えられた。Phenylephrineを用いて収縮させた大動脈輪にin vitroでリラグルチドを添加しても直接の血管拡張効果は認められなかったが、acetylcholine (Ach)を添加すると直接の血管拡張効果があった。Achの添加により、大動脈輪の内皮細胞のeNOS やvasodilator-stimulated phosphoprotein (Vasp:NO-cGMPシグナル伝達経路の下流)のリン酸化は増加し、cGMP量を増加した。一方、リラグルチドは、eNOS、Vaspリン酸化、cGMP量の増加に対する直接の効果はなかった。以上の結果により、リラグルチドは血管に対して直接の血管拡張作用を及ぼすのではないと考えられた。

リラグルチドはANP分泌を刺激する
上の実験でanantinがリラグルチドによる血圧低下を阻害したため、リラグルチドの効果はatrial natriuretic peptide (ANP)またはbrain natriuretic peptide (BNP)を介するものではないかと考えられた。そこでWTマウスにリラグルチドの急性投与を行ったところ、血漿ANP濃度が1.8倍に上昇した(BNPは変化なし)。Ang II注入マウスはベースラインの血漿ANP濃度が高かったが、このマウスにリラグルチドを投与すると二相性のANP濃度変化が起きた(最初にANP濃度が低下した後、160分後にその3.7倍まで上昇)。一方、リラグルチドはGlp1r−/−マウスの血漿ANP濃度は増加させなかった。また、リラグルチドを3週間にわたって1日2回慢性投与した場合には、持続的にANP濃度が増加し、血圧が低下した。(なお、Ang II注入とは別の、経大動脈収縮(TAC)に伴う圧負荷による高血圧モデルマウスでも、リラグルチドはANP濃度を増加させ、血圧を低下させた。また、リラグルチド以外のGLP-1そのものやexendin-4をAng II注入マウスに投与したところ、exendin-4では持続的な降圧効果、GLP-1では(in vivoでは急速に分解・不活化されるため)一時的で弱い降圧効果のみを示した。そこで、GLP-1、リラグルチド、exendin-4をそれぞれin vitroでWTの心房心筋細胞に添加したところ、いずれもANP分泌が増加した。Glp1r−/−マウスの心筋細胞ではその効果は見られなかった。)

次に、食事摂取による内因性のGLP-1の増加(=GLP-1濃度の生理的増加)によって血漿ANP濃度が増加するかを検討した。その結果、WTマウスでは空腹後の再摂食で急速にANP濃度の増加が認められたが、Glp1r−/−マウスではその効果は認められなかった。以上より、GLP-1Rの薬理学的活性化(リラグルチド投与)および生理的活性化(絶食後再摂食)によって、ANP分泌が促進されることが示された。

では、心臓におけるGLP-1R活性化はANP分泌を直接促進しているのかを検討するため、単離したマウス心臓にリラグルチドを潅流させ、その潅流液中のANP濃度を測定する実験を行った。WTマウスの心臓にリラグルチドを潅流させると、潅流液中のANP濃度は約5倍に増加した。Ang II注入高血圧マウスの心臓の潅流液ではベースラインのANP濃度が高かったが、リラグルチド潅流により潅流液中のANP濃度は10倍増加した。Ang II注入Glp1r−/−マウスの心臓でも潅流液中のベースラインのANP濃度は増加していたが、リラグルチドを潅流させた後の潅流液中のANP濃度は増加しなかった。以上の結果により、リラグルチドは、心臓のANP分泌を直接促進していると考えられた。さらに、リラグルチドを潅流させたWTマウス心臓の潅流液を収縮させた大動脈輪にin vitroで添加すると、容量依存性に大動脈輪が拡張したが、この拡張はGlp1r−/−マウスの心臓のリラグルチド潅流液では認められなかった。なお、血管内皮細胞をはがした大動脈輪では、Achに反応した血管拡張は消失したが、リラグルチド投与WTマウスの心臓潅流液反応性の血管拡張は保たれていた。このリラグルチド心臓潅流液を添加すると、大動脈輪のVaspのリン酸化が増加した。一方、リラグルチドを潅流させたGlp1r−/−マウスの心臓潅流液では、このVaspリン酸化増加は消失していた。以上の結果から、GLP-1R–ANP軸は(血管内皮細胞ではなく)血管平滑筋の緊張低下によって血圧低下をもたらすことが示唆された。

ANP受容体のシグナル伝達はguanylyl cyclaseを介している。リラグルチドを潅流させたWTマウス心臓の潅流液は大動脈輪のcGMP量の増加をもたらしたが、Glp1r−/−マウスの心臓潅流液ではcGMP増加は起きなかった。すなわち、リラグルチドはANP分泌を増加させ、標的(大動脈)のANP受容体に作用し、ANP受容体下流のcGMP増加を起こしていると考えられた。

リラグルチドはANPを介して、Na利尿と血管拡張を促進する
次にリラグルチドの降圧効果におけるANPの重要性を検討するため、ANP欠損(Nppa−/−)マウスを用いた。リラグルチドは、正常血圧およびAng II注入高血圧WTマウスの尿中Na排泄を増加させたが、Nppa−/−マウスでは尿中Na排泄増加は認められなかった。Nppa−/−(ANP欠損)マウスはNppa+/+マウスに比べ、ベースラインの血圧が有意に高い。リラグルチド投与により、Ang II注入高血圧Nppa+/+マウスの血圧は有意に低下したが、Nppa−/−マウスの血圧は低下しなかった。なおNppa−/−マウスにおいても、GLP-1の他の作用(血糖低下、血漿インスリン値の低下、摂食と胃内容排出の抑制)は認められたため、上記の作用はANP欠損マウスでGLP-1Rの作用が全身的に低下しているためではないことが分かる。リラグルチドを潅流させたNppa+/+マウスの心臓の潅流液をin vitroで大動脈輪に添加すると血管拡張とVaspのリン酸化増加が起きたたが、Nppa−/−マウスの心臓潅流液ではそれらの効果は見られなかった。したがって、GLP-1R活性化がマウス心房からのANP分泌を促進し、これが血管のVaspリン酸化、cGMP生成、大動脈平滑筋の拡張とNa利尿を促進することにより血圧が低下するというメカニズムが想定された。

リラグルチドによるANP分泌促進はEpac2を介する
GLP-1は膵β細胞でcAMP依存性経路を活性化するが、心筋細胞でも同様のcAMPを介するシグナル伝達経路を活性化するかを検討した。その結果、リラグルチドはAng II注入高血圧Glp 1r+/+マウスの心房心筋細胞でcAMPを増加させたが、Glp 1r-/-マウスでは増加させなかった。さらに、マウスから取り出した心臓にH-89(PKA阻害剤)、SB203580(p38MAPK阻害剤)または2-APB(inositol 1,4,5-triphosphate受容体アンタゴニスト)を潅流させ、その直後にリラグルチドを潅流させ、その潅流液中のANPの増加を調べた。リラグルチドはex vivoで、PKA、p38MAPK、inositol 1,4,5-triphosphate受容体のいずれにも非依存性にANP分泌を増加させた。しかし、exendin 9-39(GLP-1Rアンタゴニスト)、U73122(phospholipase C阻害剤)の潅流後は、リラグルチド潅流によるANP分泌促進は阻害された。Epacの選択的活性化剤であるESCA-AMは、それだけでもANP分泌を増加させ、その増加はリラグルチドによるANP分泌増加と相加的ではなかった。したがって、リラグルチドによるANP分泌促進は、cAMP依存的であってもPKA非依存的であり、PLC依存的なシグナル伝達を介すると考えられた。β細胞ではGLP-1R活性化によるcAMP増加はEpac2のtranslocationを活性化するため、心筋細胞でも同様の変化がないかを検討した。その結果、Glp 1r+/+心筋細胞はリラグルチド添加によって細胞質内Epac2が減少し、膜分画でのEpac2が増加した。この変化はGlp 1r-/-心筋細胞では見られなかった。

リラグルチドはGlp 1r+/+の心房 (Glp 1rが主に局在しているのは心房)の心筋細胞ではANP分泌を増加させたが、心室の心筋細胞では増加させなかった。Glp 1r-/-の心房心筋細胞ではリラグルチドを添加してもANP分泌は変化なかった。しかし、ESCA-AMの添加では、Glp 1r+/+でもGlp 1r-/-でも心房、心室の心筋細胞でANP分泌が増加した(心筋のANP分泌は心房に比べ少ない)。

リラグルチドによる血圧低下にはEpac2が必要である
そこでリラグルチドによるANP分泌促進および血圧降下にはEpac2が必要と考え、Epac2をコードする遺伝子であるRapgef4の欠損マウスを用いた実験を行った。なお、Rapgef4+/+マウスもRapgef4-/-マウスも、心房におけるGlp 1rの発現は同程度であった。リラグルチドは、Rapgef4+/+マウスの心房心筋細胞のANP分泌を直接刺激したが、Rapgef4-/-マウスではその効果は認められなかった。Ang II注入マウスの心臓へのリラグルチド潅流でもRapgef4+/+マウスではANP分泌が増加したが、Rapgef4-/-マウスでは増加しなかった。さらに、Rapgef4+/+マウスの心臓リラグルチド潅流液は収縮した大動脈輪を拡張させたが、Rapgef4-/-マウスを用いた潅流液では拡張させなかった。なお、Rapgef4-/-マウスの心筋細胞にアデノウイルスを用いて後からEpac2を発現させると、リラグルチドによるANP分泌増加が回復した(したがって、上記のRapgef4-/-心筋細胞のリラグルチド反応性の低下はEpac2欠損による発生過程の異常によるものではないことが分かる)。以上の結果より、GLP-1RによるANP分泌促進はEpac2を介していることが確認された。

【結論】
GLP-1アゴニストには血圧降下作用があることが知られているが、それは心房からのANP分泌増加を介していることが明らかになった。本研究で明らかになったGLP-1による降圧の機構は下図のようなものである。

GLP-1受容体アゴニストは心房においてEpac2を介してANP分泌を増加させることにより血圧低下をもたらす_d0194774_2453759.jpg


GLP-1は心房の心筋細胞のGLP-1Rを活性化させ、心筋細胞内のcAMPを増加させる。この心房心筋細胞のcAMP増加は、(PKA活性化ではなく)Epac2のtranslocationを介して、large dense core vesicle(LDCV)からのANP分泌を増加させる。 ANPは、標的である血管平滑筋においてcGMPを介して血管拡張を起こし、さらに腎においてNa利尿を起こすことにより、血圧低下をもたらす。

なおANPには、脂肪分解を促進したり、脂肪細胞の熱産生を増加させたり、骨格筋細胞の脂肪酸化や酸化的リン酸化を増加させたり、グルコース応答性のインスリン分泌を増加させたりする新しい役割があることが知られるようになってきた。本研究の結果から考えると、GLP-1のさまざまな代謝作用は心臓からのANP分泌増加を介しているのかもしれず、GLP-1R-ANP軸 (腸管-心臓軸)がGLP-1作用に重要な役割を果たしている可能性も示唆される。
by md345797 | 2013-04-02 02:52 | シグナル伝達機構