Intestinal microbial metabolism of phosphatidylcholine and cardiovascular risk.
Tang WHW, Wang Z, Levison BS, Koeth RA, Britt EB, Fu X, Wu Y, Hazen SL.
N Engl J Med. 2013; 368:1575-1584. April 25, 2013.
【まとめ】
背景:最近のマウスを用いた検討により、食餌中のphosphatidylcholine (lecithin)のcholine部分から、腸内細菌叢の代謝によってtrimethylamineが生成され、それが肝で代謝されてtrimethylamine-N-oxide (TMAO)となり、これが動脈硬化性の心血管疾患の発症に関連があることが示されている。本研究ではヒトにおいて、①食事中のphosphatidylcholineの腸内細菌叢による代謝、および②TMAO値と心血管イベントの関係について検討した。
方法:①健常者に広範囲抗生剤を投与して腸内細菌叢を抑制した前と後で、phosphatidylcholine負荷(ゆで卵2つとdeuterium [d9]ラベルしたphosphatidylcholineを摂取)を行い、血漿中および尿中のTMAO値、血漿choline、betaine(choline代謝産物)値を定量した。②さらに、待期的冠動脈造影を受けた4007人の患者を3年間追跡し、ベースラインの空腹時血漿TMAO値と心血管イベント(死亡、心筋梗塞、脳梗塞)の発症率との関連を検討した。
結果:①Phosphatidylcholine負荷後に、時間依存的にTMAO値とラベルされたTMAO(d9 isotopologue)値、および他のcholine代謝産物の増加が認められた。抗生剤投与後は血漿TMAO値は著明に抑制され、抗生剤を中止すると再度上昇した。②また、空腹時血漿TMAO高値は冠動脈イベントのリスク増加と関連があった。既知の危険因子で補正した後であっても、TMAO高値は心血管イベントのリスク増加と関連していた。
結論:①食事中のphosphatidylcholineからTMAOが産生されるためには、腸内細菌叢による代謝が必要である。②TMAO値の増加は心血管イベントの発症リスクの増加に関連している。
【論文内容】
リン脂質であるphosphatidylcholine (lecithin)は食事中の主要なcholine源である。Cholineは脂質代謝や細胞膜の構成に必要であり、そのほかにも神経伝達物質アセチルコリンの前駆体であるなどさまざまな役割を持つ。また、cholineの代謝産物(betaineなど)はある種のアミノ酸に正しくメチル基を負荷するために必要である。このグループは、マウスモデルにおいて腸内細菌叢によるphosphatidylcholine–cholineの代謝経路が動脈硬化性の冠動脈疾患の発症に関与することを報告した。また、phosphatidylcholineのcholine部分の腸内細菌叢依存性代謝産物であるTMAOの空腹時血漿中の値と心血管疾患の罹患歴に関連があることも報告している。今回の研究では、①ヒトにおけるphosphatidylcholineの経口摂取と腸内細菌叢によるTMAO産生の関連について検討した。②また、空腹時血漿TMAO値と長期の心血管イベント発症リスクの関連についても検討した。
① Phosphatidylcholine負荷
40人の健康な成人にphospahtidylcholine負荷を行い、そのうち6人に抗生剤(メトロニダゾールとシプロフロキキサシンを1週間)投与した後に2回目のphosphatidylcholine負荷を行った。さらに、抗生剤中止1か月以上後に腸内細菌叢の回復を待って3回目のphospahtidylcholine負荷を行った。Phospahtidylcholine負荷は、2つの固ゆで卵とトレーサーとしてdeuteriumラベルしたphosphatidylcholine (d9-phosphatidylcholine)を摂取させ、摂取前後の血液と24時間蓄尿で代謝産物を評価するという方法で行った。内因性の(ラベルされていない)TMAOとcholine、betaineが空腹時血漿に認められるが、負荷後はTMAOおよびd9-TMAOが血漿と尿中に出現した。抗生剤投与1週間(腸内細菌叢抑制)には、血漿および尿中のTMAOとd9-TMAOはほぼ完全に消失していた。(Phosphatidylcholine負荷後のcholineとbetaineの増加は変化がなかった。)さらに、抗生剤中止1か月以上後の腸内細菌叢が回復した状態では、phosphatidylcholine負荷後に血漿と尿中のTMAOおよびd9-TMAOの増加が認められた。
② 臨床的なアウトカム
(1) TMAO値と心血管イベントの関連
待期的冠動脈造影を受けて、少なくとも1枝病変があり心血管リスクが高い4007人の成人を対象に、冠動脈カテーテル検査時に血液サンプルを採取し、その後3年間主要な心血管イベントの発症がないかを追跡調査した。(これらの対象患者の心血管リスクは、高齢、高血糖、高率の糖尿病と高血圧の合併および心筋梗塞の既往である。)これらの対象患者のうち、心血管イベントを発症した患者のベースラインの血漿TMAO値は、発症しなかった患者の値より有意に高かった。TMAO値の最低四分位の患者は、最高四分位の患者に比べイベント発症リスクが高かった(hazard ratio 20.54, 95% CI 1.96-3.28, P<0.001)。既知の危険因子とベースラインの共変数で補正した後であっても、TMAO高値は心血管イベントの有意な危険因子であった。Kaplan-Meier解析でリスクの増加を比較すると、いずれのTMAO値でもリスク増加は同様に認められた(
下図)。(unadjusted hazard ratio, 1.40 [95% CI, 1.29-1.51; P<0.001]; adjusted hazard ratio, 1.30 [95% CI, 1.20-1.41; P<0.001])
なお、心血管イベントの要因を別々に解析してもTMAO値の増加はリスク増加に有意に関連していた(死亡に対してはhazard ratio, 3.37; 95% CI, 2.39-4.75; P<0.001、非致死的心筋梗塞と脳梗塞に対しては、hazard ratio, 2.13; 95% CI, 1.48-3.05; P<0.001)。既知の危険因子にTMAOを共変数として含むと、リスク予測は有意に改善した(net reclassification improvementとintegrated discrimination improvementでみる改善度は、それぞれNRIが 8.6% [P<0.001]およびIDIが9.2% [P<0.001]; リスク評価の正確性を表すC 統計量が68.3% vs. 66.4% [P=0.01]と改善が認められた)。
(2) 低リスクサブグループの心血管リスク
血漿TMAO値上昇の心血管リスク上昇は、リスクが低い群でも有意に予後予測的な価値を持っていた。(これらの低リスク群は、若い年齢(65歳未満)、女性、冠動脈疾患の既往なし、脂質異常やアポ蛋白異常が少ない、血圧低値、非喫煙者、リスクマーカー(CRP、myeloreoxidase、白血球数)の増加が少ないなどのグループである。)
【結論】
Phosphatidylcholineは卵、レバー、牛肉、豚肉に多く含まれ、腸内細菌叢で代謝されtrimethylamineを経て肝で代謝されてTMAOになり、これが動脈硬化促進的に働くことがマウスを用いた検討および臨床研究で示されている。本研究では、①アイソトープトレーサーを用いて食事中のphosphatidylcholineからTMAOが産生されることを示し、これが抗生剤投与で消失、抗生剤中止で回復することを確認した。さらに、②空腹時血漿TMAO値が、既知の危険因子とは独立して心血管イベントのリスクを予測する因子であることを明らかにした。
(なお、形質に影響する要因を「遺伝要因」と「環境要因」にはっきり区別して考えるガルトン的な考え方(Galton, 1875)はもはや単純化しすぎの二分法であろう。現代では、環境はエピジェネティックな過程や転写後修飾を通して遺伝的機能を変え、遺伝は環境へのストレス耐性などの因子を変えることが知られているからである。さらに最近では、食事中の成分が腸内細菌叢に影響を与え、宿主の100倍以上の遺伝子を含む腸内細菌叢のゲノムであるmicrobiomeが宿主の疾患に大きく影響していることなどが明らかになってきた。すなわち、宿主ゲノムとmicobiomeが相互作用することにより「supraorganismal」な代謝を形成し、遺伝・環境因子を統合して形質形成に関わっていると考えられている。本研究では、「環境からのphosphatidylcholine摂取が、腸内細菌叢による代謝を経てTMAOを生成し、それがヒトの動脈硬化性疾患を促進する」という宿主と環境の複雑な相互作用が明らかになった。)