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膵β細胞増殖を調節するホルモン・ベータトロフィン

Betatrophin: A Hormone that Controls Pancreatic β Cell Proliferation.

Yi P, Park JS, Melton DA.

Cell. 2013 May 9;153(4):747-58

【まとめ】
膵β細胞は主に自己複製によって生成される。β細胞の複製を刺激して、減少したβ細胞量を再度増加させることは1型、2型を問わず糖尿病の治療戦略としてきわめて重要である。本研究ではまず、マウスにインスリン受容体アンタゴニスト(S961)を投与してインスリン抵抗性を起こした際の代償的なβ細胞の増加が、他の方法による増加に比べ劇的に大きいものであることを見出した。そこでこのマウスモデルを用いて、肝と脂肪組織で発現が増加する遺伝子のマイクロアレイ解析を行い、主に肝からの分泌蛋白であるベータトロフィンを同定した。ベータトロフィンは急速かつ強力に、β細胞を特異的に増殖させるホルモンであり、肝でのベータトロフィン過剰発現によりマウスの血糖と耐糖能が改善されることが示された。将来的には、糖尿病患者にベータトロフィンを投与してβ細胞数を増加させることにより、インスリン注射の増強または代替治療が可能になると思われる。
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【論文内容】
新しいβ細胞の大部分は自己複製によって生成される(Dor et al., 2004; Meier et al., 2008; Teta et al., 2007)。マウスやヒトのβ細胞は、胎生期と新生児期に急速に増加するが、その後は極めて遅い速度 で複製する(1日に0.5%未満が分割するのみ) 。ただし、妊娠中や高血糖時、膵が傷害を受けた際、末梢のインスリン抵抗性がある場合などはβ細胞の複製速度は上昇する能力を持っている。このβ細胞増殖の遺伝的メカニズムはよく分かっておらず、細胞周期調節因子(cyclin D1/D2 やCDK4)、細胞周期関連転写因子(E2F1/2)が重要な働きを担い、細胞周期抑制因子(p15Ink4b、p18Ink4c、p27Kip1)はβ細胞複製を抑制し、その他の蛋白(NFAT、Menin、p53、Rb、Irs2)がβ細胞複製に関与しているなどのことが分かっているのみである。これらのβ細胞に内在する因子のほかに、全身性の因子の存在が報告されている。まずはグルコースそのものがβ細胞複製を刺激する因子である。グルコキナーゼ欠損でβ細胞増殖が低下するが、グルコキナーゼ活性化薬はβ細胞複製を2倍程度に増加させる(Porat et al., 2011)。インスリンを初めとするホルモン(ほかには胎盤性ラクトゲン、プロラクチン)やGLP-1、GIPなどのインクレチンはβ細胞複製を促進する。しかし、現在までにβ細胞のみを強力に増殖させる因子は知られていない。肝特異的インスリン受容体欠損(LIRKO)マウスでは代償的にβ細胞複製が増加し(Michael et al., 2000)、肝にconstitutively active MEK1を発現させた場合は神経依存的なメカニズムを介してβ細胞複製が増加する(Imai et al., 2008)。最近では、肝から分泌され膵島に直接作用する因子の存在も報告されている(El Ouaamari et al., 2013)。

本研究では、β細胞複製を調節する分泌シグナルの同定を試みた。まず、マウスにインスリン受容体アンタゴニストを投与し、インスリン抵抗性の代償的にβ細胞複製を起こす新しいインスリン抵抗性モデルマウスを作製した。このマウスモデルを用いて、インスリン抵抗性の状態において肝と脂肪組織で発現が増加する遺伝子を同定した。この遺伝子がコードする分泌蛋白は、β細胞を特異的にかつ著明に増殖させて耐糖能を改善する作用を持っていたため、ベータトロフィン(betatrophin)と命名した。

インスリン受容体アンタゴニストS961投与により、インスリン抵抗性・β細胞増殖マウスモデルを作製
43アミノ酸からなるペプチドS961(Schäffer et al., 2008)は、インスリン受容体に結合しそのシグナル伝達を阻害するインスリン受容体アンタゴニストである。浸透圧ポンプを用いてマウスにS961を投与したところ、S961の用量依存的に高血糖と耐糖能異常を起こすことができた。また、これらのマウスではβ細胞の代償的な作用によって血漿インスリン濃度は増加した。

S961投与によりβ細胞複製(Ki67免疫染色による)が著明に増加したが、この反応は直ちに起こり、かつS961の用量依存的で、持続的であった(投与4日目で反応が正常化した)。このβ細胞複製は核のβ細胞マーカー(Nkx6.1)、細胞分裂マーカー(PCNA)の免疫染色、細胞周期調節因子の定量的PCR解析の結果からも確認できた。なお、血糖変化が起こらない程度の低用量S961投与であっても4.3倍程度の、高用量S961投与では12倍ものβ細胞複製が認められた。これは今までの薬物投与で報告されたβ細胞複製率をはるかに超える高率なものである

このβ細胞複製増加はすべての膵島で同様に起きており、その結果β細胞面積は1週間で3倍程度まで増加した。S961投与でこのようなβ細胞量の増加が起きたものの、膵のインスリン含量は減少していた(インスリン抵抗性に伴い多くのインスリンを血中に分泌してしまうためか)。低用量S961の7日間投与ではKi67で測定したβ細胞複製は増加しなかったのに、β細胞量は1.5倍多くなっていた。S961投与によりβ細胞のサイズに変化はなかった。したがって、低用量S961の7日間投与によるβ細胞量の増加は、β細胞の過形成(サイズの増大)が原因ではなく、7日目より前の一時的なβ細胞増殖の結果ではないかと考えられた。S961投与による細胞増殖はβ細胞に特異的であり、膵の他の系列の細胞(内分泌、外分泌を含む)、肝や脂肪の細胞の増殖は認められなかった。

S961投与マウスの肝と白色脂肪組織からのベータトロフィンの同定
In vitroでマウスβ細胞にS961を添加しても、直接の細胞増殖効果は認められなかった。そこで、S961が代謝関連臓器(肝、白色脂肪組織、骨格筋)に作用することにより間接的にβ細胞に作用すると考え、これらの臓器における遺伝子発現をマイクロアレイで検討した。その結果、S961を投与したマウスの肝で4倍、白色脂肪組織で3倍に発現が増加した(骨格筋とβ細胞での発現は変化なかった)1つの遺伝子を同定し、これをベータトロフィンと名付けた(右図)。膵β細胞増殖を調節するホルモン・ベータトロフィン_d0194774_10144113.jpg

この遺伝子は198アミノ酸からなる蛋白をコードしていた。なお、この遺伝子はマウスの遺伝子でGm6484、蛋白でEG624219、ヒトの遺伝子でC19orf80、蛋白でhepatocellular carcinoma-associated protein TD26と注釈(annotation)が付けられていたものである。ベータトロフィン遺伝子は他の遺伝子であるDock6の逆ストランドのイントロン中にある4つのエクソンからなり、哺乳類で高度に保存されている遺伝子であった。

ベータトロフィンは肝と脂肪組織に多く、その発現はβ細胞増殖率に関連する
ベータトロフィンmRNAはマウスの肝と脂肪に発現し、他の臓器の発現は少なかった。ヒトではベータトロフィンは主に肝に発現していた(他の臓器に比べ250倍以上のmRNA発現が見られた)。マウスへのS961注入によるβ細胞複製増加の際には、肝で6倍、白色脂肪組織で4倍のベータトロフィン発現の増加が認められた。インスリン抵抗性モデルであるob/obおよびdb/dbマウスの肝でも3-4倍のベータトロフィンmRNA発現の増加が見られ、妊娠中の肝では20倍の増加が認められた。一方、ジフテリア毒素を用いたβ細胞の特異的な欠損モデルでは肝でのベータトロフィンmRNA増加は認めなかった。以上より、ベータトロフィン発現増加はインスリン抵抗性による生理的な代償性β細胞増殖には関与しているが、膵の急性傷害時の再生反応には関与していないことが示された。

ベータトロフィン遺伝子は分泌蛋白をコードする
マウスとヒトのベータトロフィンの配列解析では、N端の分泌シグナルと2つのcoiled-coilドメインを持つことが分かった。そこで、マウスおよびヒトベータトロフィン遺伝子のC端にMyc-tagを付加したもの(mbetatrophin-Mycおよびhbetatrophin-Myc)を発現ベクターに組み込んで、培養細胞に発現またはhydrodynamic tail vein injection法によりマウスの肝に発現させた。その結果、Myc-taggedベータトロフィン蛋白が培養細胞上清およびマウス血漿中で確認され、ベータトロフィンが分泌蛋白であることが示された。ベータトロフィンはヒト血漿中にも検出され、in vivoでの内因性分泌蛋白であることが分かった。

(hydrodynamic tail vein injection法:
目的遺伝子をsleeping beautyトランスポゾン骨格中でCAGプロモーターまたはEF1aプロモーター下に発現させるプラスミドDNA 100 mgにsleeping beauty transposase発現プラスミド (pCMV-SB100) 4 mgを加え、滅菌生理食塩水で希釈してマウス尾静脈から注入し肝で発現させる方法。)

ベータトロフィンをマウス肝で発現させると、劇的なβ細胞特異的増殖が起き、耐糖能が改善する
マウス肝にhydrodynamic injection法を用いてベータトロフィン(またはコントロールのGFP)遺伝子を含むプラスミドを注入したところ、5-10%の肝細胞に少なくとも8日間にわたってベータトロフィンが発現した。その結果β細胞増殖率は、コントロールの0.27%に対して平均4.6%(17倍)に増加し、多いものでは8.8%(33倍)にも増加した
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(上図)マウス肝にベータトロフィン(上段)を過剰発現させると、GFPを過剰発現させたコントロール(下段)に比べ、β細胞(insulin染色で緑色)のうち複製しているもの(Ki67染色で赤色、重ね合わせ像で黄色)の割合が著明に増加した。
(下図)膵切片の弱拡大像(左右はいずれも代表的な切片)。マウス肝のベータトロフィン過剰発現により、白く囲まれたβ細胞領域のうち、複製しているもの(Ki67染色で白い点として見える)の割合が著明に増加していた。

なお、このβ細胞増殖は核マーカーであるNkx6.1や細胞分裂マーカーPCNAの免疫染色、cyclin、CDKs、E2Fsの定量的PCRでの増加でも確認された。また、このβ細胞の増殖はすべての膵島で観察された。ベータトロフィン過剰発現マウスでは、β細胞数と総β細胞量の増加も認められ、膵島サイズの増大と膵の総インスリン量の増加(2倍程度)が見られた。このベータトロフィン発現による複製刺激はβ細胞に特異的なものであり、膵の他の細胞系列や他の臓器(肝、白色・褐色脂肪組織)にはほとんど認められなかった。

次に、ベータトロフィン遺伝子注入マウスの膵島を単離し、グルコース応答性インスリン分泌(glucose-stimulated-insulin-secretion, GSIS)を調べた。その結果、ベータトロフィン遺伝子注入とコントロールのGFP遺伝子注入マウスで膵島のGSISに差は認められず、ベータトロフィンによって増殖したβ細胞は正常な機能を維持していることが示された。さらに、これらのマウスにグルコース負荷試験を行ったところ、ベータトロフィン遺伝子注入マウスはコントロールマウスに比べ空腹時血糖が低く、耐糖能が改善していた。ベータトロフィン発現により空腹時血漿インスリン値は軽度に増加していたのみだったが、これは絶食時間が比較的短いためか、グルコース感受性亢進のためと考えられた。インスリン負荷試験を行ったところ、ベータトロフィン遺伝子注入マウスとコントロールマウスの間にインスリン感受性の差は認められなかった(S961投与では強いインスリン抵抗性が生じる)。すなわち、ベータトロフィンはインスリン抵抗性の発症を介することなく、β細胞複製を促進していると考えられた。(「ベータトロフィンがまずインスリン抵抗性を発症し、これにより代償的なβ細胞増殖を起こしている」のではないことは、ベータトロフィン過剰発現マウスで空腹時血糖が低値であることからも分かる。)

【結論】
マウスおよびヒトのベータトロフィンであるGm6484/TD26遺伝子については、肝と脂肪に多く発現する遺伝子として最近3つ報告がある(Quagliarini et al., 2012; Ren et al., 2012; Zhang, 2012)。これらはリポ蛋白リパーゼ阻害により血清トリグリセリドの調節について報告しているが、β細胞や糖代謝、糖尿病に対する効果については報告していない。今回、β細胞に対する効果が初めて明らかになった。過去のβ細胞複製率についての報告は、妊娠で4倍(Karnik et al., 2007)、高グルコース注入で2-4.5倍(Alonso et al., 2007)、exendin-4投与で2.6倍(Xu et al., 1999)、β細胞傷害モデルで4倍(Nir et al., 2007)、LIRKOマウスで6倍(Okada et al., 2007)程度である。しかし、今回報告したベータトロフィン遺伝子注入では数日で平均17倍(多いもので33倍)と極めて急速で強力な効果が認められた。今後、遺伝子組み換えベータトロフィン蛋白の作製とその直接注入によるβ細胞複製への効果を検討することが重要であろう。ベータトロフィンの作用機序については不明であり、ベータトロフィンのβ細胞への作用は直接作用か間接作用か、ベータトロフィン受容体や他のcofactorがあるのかなども今後検討が必要である。


◇本研究について著者Douglas A. Meltonの動画

◇ベータトロフィンを用いた治療が実現すれば、内在性のβ細胞の数を増加させることが可能となるため、2型糖尿病の進行を遅らせる極めて有効性の高い治療法となるだろう。さらに、小児1型糖尿病の発症初期や1型糖尿病「ハネムーン期」などβ細胞がまだ残存している場合に投与すれば、1型糖尿病発症を防止できるかもしれない。

◇Harvard Universityは、Evotec社(ドイツ・ハンブルク)およびJanssen Pharmaceuticals社(Johnson & Johnson社の一部門)と研究契約「CureBeta」を結び、ベータトロフィンの治療応用に向けた研究を進めている。著者らは「今後3年から5年以内にベータトロフィンの臨床試験が行えるだろう。頻回インスリン注射の代わりに、週1回、月1回、理想的には年1回の投与頻度で行える糖尿病治療が可能になるだろう」と考えている。

by md345797 | 2013-04-27 10:17 | 再生治療