Case records of the Massachusetts General Hospital.
Case 23-2013. A 54-year-old woman with abdominal pain, vomiting, and confusion.
Kalantar-Zadeh K, Uppot RN, Lewandrowski KB.
N Engl J Med. 2013 Jul 25;369(4):374-82.
【症例】54歳女性。腹痛、嘔吐、錯乱状態のため入院。
【現病歴】入院3日前までは異常なし。3日前に悪寒あり、アスピリンを服用したが改善せず。徐々に摂食が減少し、入院22時間前から腹痛と嘔吐が出現したため痛み止めとしてアスピリンをさらに服用した。入院2時間前には腹痛が著明、嘔吐が増加し、精神錯乱状態となった。救急車で病院に搬送されたが、入院時はうめくのみで会話不可能。BP 120/70、PR 52、呼吸数26/分と増加(正常は16-20)、簡易血糖測定で血糖116 mg/dlだった。夫の話では2型糖尿病、高血圧、腎結石、慢性腎臓病(CKD)があり、エナラプリル(レニベース®など)、メトフォルミン(メトグルコ®など)、グリメピリド(アマリール®など)、ニメスリド(NSAID)イミプラミン(抗うつ剤)、アスピリン、イブプロフェンを服用していた。
【入院時所見と経過】意識状態は、指示すると開眼する、名前が言える(oriented to person)のみで場所や日時は言えない。BP120/70、PR52、呼吸数 18、BT 36.7℃、SaO2 95% (room air)、口腔粘膜は乾燥、腹部異常なし、皮膚は冷たい。心電図では心房細動(HR 115)。検査所見では、
WBC 34800 (Neu 79%)、Hb 13.4, Plt 48.3万以上(血小板凝集あり)、Na 146、K 6.3 (溶血なし)、
HCO3 <2.0 (23-25)、BUN 94、Cre 7.88、Glu 168、HbA1c 5.7、P 19.3 (2.6-4.5)、lipase 595 (13-60)、amylase 386 (3-100)、
乳酸 20.3 (0.5-2.2)、CK 656 (40-150)、血液ガス所見では
pH 6.62、pCO2 18 。血漿浸透圧 354 mOsm/H2O (280-296)。入院3時間後には、直腸温 31.7℃、BP 84/43に低下。ノルエピネフリンと重炭酸を投与し輸液も加温して投与した。腹部CTでは膵の浮腫と膵周囲の液貯留(急性膵炎に合致する)、左腎の萎縮。入院8時間後からcontinuous veno-venous hemofiltration (持続的静・静脈血液濾過CVVH)を開始した。入院後17時間は乏尿(125ml)だった。
【鑑別診断】
① 酸塩基平衡の異常
この患者ではpHが6.62と極めて低く、HCO3も<2と非常に低い。pCO2も18と低下していた。これらは静脈血であっても異常低値であるが、Hendersonの式
(注1)を用いて[H+]を計算すると216 nmol/Lであり、これはpH 6.6-6.7に相当するため、検査のミスではないことが分かる。アニオンギャップを計算すると61となり、アニオンギャップが非常に増加した代謝性アシドーシスである(anion-gap metabolic acidosis)。これほどまでに重症のアシドーシスには、乳酸アシドーシス、アスピリン過量、メタノールまたはエチレングリコール中毒、糖尿病ケトアシドーシス、尿毒症などがあるが、血清乳酸が非常に高値であるため、ここでは乳酸アシドーシスが最も考えられる。
注1:Hendersonの式
重炭酸イオン緩衝系の式を簡略化した[H+]の計算式で、[H+]=24x(pCO2/HCO3-)で計算する。なお、ここからpH=9-log[H+]でpHが計算できる。
ここで浸透圧ギャップを計算すると、18 mOsm/kg H2O (正常値は5-15)とやや増加しているのみ。メタノール中毒やエチレングリコール中毒では浸透圧ギャップ
(注2)が大きく増加するはずなので、これらの病態は考えにくい。
注2:浸透圧ギャップ
アルコール類 (エタノール、メタノール、エチレングリコール)はtonicityは形成しない(細胞内に移行するため、等張となる)が、浸透圧osmolalityは形成する。そのため「測定した血漿浸透圧」は「計算された血症浸透圧」(=2x[Na+]+[Glu]/18+[BUN]/2.8から計算)より、アルコールの浸透圧分だけ高くなる。そのため、アルコール中毒の診断に有用。
さらに、アニオンギャップは正常より50くらい多く、HCO3が20くらい低下しているので、その比から考えると、頻回の嘔吐による塩酸の喪失にとの会う代謝性アシドーシスがあると考えられる。にもかかわらず高リン血症があるため、これが異常なアニオンギャップ高値をもたらしていると考えられる。
② 呼吸性酸塩基平衡の異常
HCO3が10 mmol/L低下すると、pCO2は代償性に12 mmHg低下するとされている。この患者では、HCO3が22低下(正常値の24-2=22)していると考えると、その代償はpCO2 26低下(24 x 12/10=26)である。実際この患者は過呼吸によって、pCO2を22低下させている(正常値の40-18=22)ことになる。この患者の代償性過呼吸(compensatory hyperventilation)はKussmaul呼吸と呼ばれるものだが、これはしばしば呼吸窮迫(respiratory distress)と思われてしまう。この患者では、呼吸困難に対し相関し人工呼吸を行ったため、それがより精神状態の悪化につながった可能性がある。
③ 重症のacidemia
この患者の症状の多くは、重症acidemiaの症状である(精神症状、血管拡張による皮膚の温暖とそれにもかかわず起きる低体温=paradoxical hypothermia、心不全、カテコラミン分泌増加による心房細動、GFRの低下など)。さらにこの患者で重要なacidemiaの症状は、悪心・嘔吐と腹痛であった。左方移動を伴う著明な白血球増加も重症acidemiaで説明できる。
④ アニオンギャップが増加した代謝性アシドーシス(anion-gap metabolic acidosis)
この患者の代謝性アシドーシスは乳酸アシドーシスによるものと考えられるが、その原因は2種類に分けられる。すなわち、敗血症性ショック、心原性のショック、心肺停止などに伴う
組織潅流障害によって起きる古典的乳酸アシドーシス(type A lactic acidosis)、および薬剤(メトフォルミン、サリチル酸、イソニアジド、ジドブジン=抗HIV薬など)過量、癌(リンパ腫、白血病)などに伴って起きる
非・低酸素性乳酸アシドーシス(type B lactic acidosis)である。この患者では尿から排泄されるはずのメトフォルミンが腎機能障害によって血中濃度過剰となり、その結果酸素消費が抑制され、肝でのミトコンドリア機能が低下するなどして乳酸アシドーシスが発症した疑いがある。この患者はもともとのCKD、糖尿病性腎症、高血圧性腎硬化症、ACE阻害剤とNSAIDの服用などが合併して急性腎障害(AKI)を引き起こした疑いがあり、メトフォルミン蓄積が起こるハイリスクの状態であった。
メトフォルミン蓄積による乳酸アシドーシスは、他の原因による乳酸アシドーシスに比べると、pH低下が著しい割には予後がやや良好である(それでも致死率は50%程度と高いので注意)。そこで、この患者では血中メトフォルミン濃度を低下させる目的で、持続的静・静脈血液濾過(CVVH)を行った。後から病態を確認するために、メトフォルミン濃度測定のための血清を保存しておくとよい。なお、この患者のメトフォルミン濃度は23 μg/ml(正常1-2)と非常に高値だった。
メトフォルミンによる乳酸アシドーシスを疑う患者は、①まず
メトフォルミン服用患者である、②
血漿乳酸値が増加し(15 >mmol/L)、
アニオンギャップが大きく増加し(20 mmol/L)、③
重症のacidemia(pH <7.1)を示している、④
血清HCO3が非常に低値(<10 mmol/L)である、⑤
腎機能障害がある(eGFR <45、Cre >2.0)という条件を満たすと考えられる。この患者では、これらすべての条件をみたし、さらにACE阻害薬とNSAID(アスピリンとイブプロフェン)の服用も腎障害を助長したと思われる。急性膵炎の発症と腹痛も、メトフォルミン蓄積または重症のacidemiaが原因であろう。
この患者は入院24時間後には精神状態が大きく改善し、抜管もできた。その48時間後には代謝状態も正常化し、1週間後には退院することができた。