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低血糖に対する血糖上昇機構が障害されるメカニズム

Mechanisms of hypoglycemia-associated autonomic failure in diabetes.

Cryer PE.

N Engl J Med. 2013 Jul 25;369(4):362-72.

【総説内容】
低血糖に対する生体防御機構には、膵島内での①インスリン分泌の低下、②グルカゴン分泌の増加、さらには交感神経‐副腎系による③副腎髄質ホルモンであるエピネフリンの分泌増加、④交感神経反応による自律神経症状が起こり、炭水化物摂取行動を取るなどがある。このような低血糖に対する血糖上昇機構(glucose counterregulation)の反応によって、低血糖になっても脳へのグルコース供給は維持されることになる。

低血糖を頻回に起こしていると、それによって自律神経における低血糖に対する防御機構が減弱してくるという現象が起きる。これは「低血糖による自律神経不全(hypoglycemia-associated autonomic failure、HAAF)」と呼ばれる。これにより頻回の低血糖後は低血糖に対する防御機能が低下(compromised defenses)し、徐々に低血糖を自覚しなくなる(hypoglycemia unawareness)。これらによりさらなる低血糖が生じうるという、低血糖の悪循環が起きることになる。以下では、低血糖に対するcounterregulation の減弱を膵島の反応の消失と、交感神経‐副腎系の反応の減少に分けて述べる。

1. 低血糖に対する膵島の反応(インスリン・グルカゴン反応)の消失
低血糖時は膵島α細胞からグルカゴン分泌が増加するはずだが、糖尿病ではこのグルカゴン分泌反応が障害されている。これは糖尿病におけるインスリン分泌障害と関連がある。なお、これらの低血糖に対する膵島の反応の消失は、低血糖に対する自律神経‐副腎系の障害(2.で後述)とは別のレベルのものである。

正常者では、血糖が上昇するとβ細胞からのインスリン分泌が増加する。このインスリン分泌増加は、α細胞へのシグナルとなってグルカゴン分泌を抑制し、いずれも血糖低下に働く。正常者の血糖低下時にはその逆のことが起こり、β細胞からのインスリン分泌が抑制され、このインスリン分泌低下がα細胞へのシグナルとなってグルカゴン分泌が増加し、いずれも血糖上昇を起こす。ところが、1型糖尿病や進行した2型糖尿病ではインスリン分泌反応が消失しているため、血糖上昇時にインスリン分泌が増加しない。そのため上記のα細胞でグルカゴン分泌抑制が起こらない。糖尿病では、低血糖時のインスリン分泌抑制反応も消失しており、そのためにα細胞からのグルカゴン分泌が増加しなくなっている。
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図:Cryer PE, 2012による糖尿病における「低血糖時のグルカゴン分泌反応の異常」のメカニズム

・低血糖に対するグルカゴン分泌反応は、膵島の神経支配に依存しているわけではない。例えば膵移植を受けた場合や脊髄離断術を受けた場合、または動物やヒトの膵島を取り出して潅流した場合、膵島の神経支配はなくても低血糖に対してグルカゴン分泌は起こることが知られている。このように、低血糖に対するグルカゴン分泌反応の低下は、脳から膵島への神経シグナルの低下ではなく、膵島内に原因があることが分かる。

・1型糖尿病患者では、アミノ酸投与に対するグルカゴン分泌は保たれていることから、低血糖に対するグルカゴン分泌反応の消失は、α細胞のグルカゴン分泌を起こすインスリンによるシグナルの異常によるものと考えられる。なお、これらの低血糖時のグルカゴン分泌反応低下の原因に、他の膵島内の他の原因(δ細胞のソマトスタチン分泌過剰など)が影響している可能性はある。

2. 低血糖に伴う交感神経-副腎系反応の減弱(HAAF)
一度低血糖を起こすと、低血糖に対する交感神経-副腎系の反応は減弱する。これは、1.で述べた膵島レベルのインスリン・グルカゴン反応の低下とは異なり、中枢神経系またはその遠心路・求心路の接続における反応の減弱である。低血糖に対する交感神経‐副腎系反応の減弱の中枢神経系を介するメカニズムについては、下記のようないくつかの仮説がある。

① 全身性の調節因子(systemic-mediator)仮説
一度低血糖を起こすと、その際に増加した血中コルチゾール(または他の全身性の因子)が脳に作用して、次の低血糖に対する交感神経‐副腎系の反応を減弱させる、とする仮説である。しかしこの仮説は、他の原因でコルチゾールが増加した場合や、メチラポン(11-β-ヒドロキシラーゼ阻害薬)を用いてコルチゾール合成を抑制しても低血糖に対する反応が変化しないことから、あまり支持されない。

② 脳へのグルコース輸送(fuel-transport)仮説
低血糖が起きると血液から脳へのグルコース輸送が増加するが、そのことによって次に来た低血糖に対する交感神経‐副腎系反応が減弱する、と考える仮説である。3日以上の長期にわたる低血糖が起きると脳血管におけるGLUT1発現量が増加し、脳への糖取り込みが増加することが知られている。しかし、2時間という短期間の低血糖でも低血糖に対する交感神経‐副腎系反応は減弱することが分かっているので、脳の糖取り込み増加による反応低下仮説は当てはまらないようだ。さらに、1型糖尿病患者の脳への[11C]3-O-methylglucoseや[18F]deoxyglucoseの輸送をPETで見た検討では、低血糖後の脳の糖取り込みは増加しらおらず、糖取り込み増加自体が否定的とも考えられている。

③ 脳代謝(brain-metabolism)仮説
低血糖が頻繁に起きると、視床下部のグルコース応答性ニューロンやグルコース抑制性ニューロンのグルコース感受性が減弱し、それが交感神経‐副腎系反応の減弱を起こすのではないかとも考えられている。この減弱した反応を正常に戻すことができれば、「低血糖を起こしにくくする治療」が可能になるだろう。血糖を上昇させる物質として、グルカゴン、グルカゴン刺激アミノ酸、β2-アドレナリン受容体刺激薬(テルブタリン=気管支拡張薬ブリカニール®として用いられている)、アデノシン受容体アンタゴニスト(カフェインなど)などがあるが、これらは「低血糖に対するcounterregulatory反応」を増加させるわけではない。一方でcounterregulatory反応の欠損を回復させる薬剤は、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)、アドレナリン受容体遮断薬、オピエイト受容体遮断薬、フルクトース、選択的K ATPチャネルアゴニストなどが候補として挙げられている。臨床試験の結果などによると、SSRI服用者は医原性の低血糖を起こしにくい。αアドレナリン受容体およびβアドレナリン受容体遮断薬は、低血糖後の交感神経‐副腎系反応の低下を防止する。β1アドレナリン受容体遮断薬の投与では、低血糖症状の出現や血糖上昇のためのカテコラミンのβ2受容体刺激反応は正常に起こる。オピオイド受容体遮断薬ナロキソンは低血糖に対するエピネフリン増加反応を増強し、低血糖を起こしにくくする。フルクトース注入も低血糖に対するエピネフリンおよびグルカゴン分泌反応を増加させる。選択的Kir 6.2/SUR K ATPチャネル刺激薬も同様の作用がある。ただし非選択的なK ATPチャネル刺激薬であるdiazoxideはグルカゴン増加反応を低下させてしまい、低血糖に対する有効性は認められていない。

④ 脳のネットワーク(cerebral-network)仮説
低血糖時の脳の機能的イメージング、特に[15O]water PETによる脳の血流測定によって、脳の各部位をつなぐネットワークが低血糖によってどのように影響をうけるのかが明らかになりつつある。これによると、低血糖後に背側視床のシナプス活動が選択的に活発になることが分かり、この部位の活性化が低血糖に対する交感神経‐副腎系反応の減弱に関与しており、これがHAAFの原因になっている可能性が示唆されている。内側前頭前皮質もそのような役割を果たしているのではないかと考えられている。ほかにも、低血糖に気づかない(hypoglycemia unawarenessを示す)1型糖尿病患者で、低血糖時の視床下部領域における[18F]deoxyglucose取り込みが減少していたという報告もある。
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図:HAAFを示すヒトでday 1とday 2の間に食間低血糖が起きたが、その時、低血糖に反応して視床(dorsal midline thalamus)の反応が増加していたことを示すPET画像。

【結論】
糖尿病患者においては、最近頻繁に起きた低血糖によって、次に起きる低血糖に対する血糖上昇機構(counterregulation)が障害される。この原因として、①糖尿病患者のβ細胞機能不全によるインスリン分泌抑制の障害とインスリンによるグルカゴン分泌増加の障害、②低血糖に対するcounterregulationとしての交感神経-副腎系反応の障害 (HAAF)、の2つが考えられている。後者のメカニズムは現時点では不明であるが、低血糖に対する脳の代謝異常から脳内神経ネットワークの異常までさまざまな仮説がある。これらの仮説に基づき、低血糖によって減弱した低血糖反応を回復させる薬剤の候補も挙げられている。
by md345797 | 2013-08-20 03:14 | 症例検討/臨床総説