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絶食時の肝のグリコーゲン不足は、肝-脳-脂肪の神経回路を介して脂肪組織のトリグリセリド分解を促進する

Glycogen shortage during fasting triggers liver-brain-adipose neurocircuitry to facilitate fat utilization.

Izumida Y, Yahagi N, Takeuchi Y, Nishi M, Shikama A, Takarada A, Masuda Y, Kubota M, Matsuzaka T, Nakagawa Y, Iizuka Y, Itaka K, Kataoka K, Shioda S, Niijima A, Yamada T, Katagiri H, Nagai R, Yamada N, Kadowaki T, Shimano H.

Nat Commun. 4:2316 doi: 10.1038/ncomms3316 (2013).

【まとめ】
生体は、絶食中のエネルギー源として当初は肝のグリコーゲンを利用するが、絶食が長引くと肝のグリコーゲンの不足が引き金となって、脂肪組織のトリグリセリドを利用するようになる。絶食遷延時にこのようなエネルギー源の移行が起きるためのメカニズムはよく分かっていない。

この研究では、絶食によって肝のグリコーゲンの不足が起きても、肝から脳への迷走神経を遮断しておくと、脂肪組織でのトリグリセリド分解が起こらなくなることを見出した。これにより、「肝のグリコーゲン不足をきっかけに、脂肪組織でのトリグリセリド分解を惹起するような肝-脳-脂肪組織の神経回路(liver–brain–adipose axis)」の存在が想定された。

次にグリコーゲン合成酵素または転写因子TFE3の過剰発現によって肝のグリコーゲンを増加させたところ、絶食にしても脂肪組織でのトリグリセリド分解が促進されなかった。グリコーゲンホスファターゼ遺伝子をノックダウンしてグリコーゲン分解を抑制することによりグリコーゲン量を増加させても、肝からの脂肪分解シグナルが消失したため、この神経回路を活性化するカギとなるのは肝のグリコ―ゲンの不足と考えられた。逆にグリコーゲン合成酵素をノックダウンして肝のグリコーゲンを通常より減少させると脂肪組織での脂肪分解は促進されたが、これは肝からの迷走神経を遮断することにより消失した。

以上より、絶食が遷延すると肝のグリコーゲンが不足してきて、それによって肝から脳へ、脳から脂肪組織へと伝達される交感神経回路が活性化されることにより、脂肪組織でのトリグリセリド分解が惹起されることが明らかになった。このことが、絶食時のエネルギー源が肝のグリコーゲンから脂肪組織のトリグリセリドに移行するメカニズムであると考えられる。

【論文内容】
生体は、絶食時にも絶えずエネルギーが供給されるようなメカニズムを持っている。絶食時の重要なエネルギーとしては、短期的なエネルギー貯蔵形態である肝のグリコーゲンと、長期的かつ大量のエネルギー貯蔵形態である脂肪組織のトリグリセリドがある。絶食時にはまず肝のグリコーゲンが分解され、グルコースとして血中に動員されることによりエネルギーが供給される。しかし絶食が長引くと、肝のグリコーゲンが不足してきてエネルギー供給が滞る可能性が出る。そうすると、次には脂肪組織に蓄えられていたトリグリセリドが脂肪酸とグリセロールに分解されて血中に放出され、これが新たなエネルギー源となる。(放出された脂肪酸は酸化されてエネルギーとして用いられるほか、肝で代謝されてケトン体となり、脂肪酸が利用できない脳でのエネルギー源となる。さらに、放出されたグリセロールは肝でグルコースに変換されてエネルギーとして用いられる。)

このように、生体は絶食時のエネルギー源を、肝に蓄積されたグリコーゲンから脂肪組織に蓄積されたトリグリセリドに移行させることにより、十分なエネルギーの供給を保つことができる。このようなエネルギー源の移行は、従来は血糖値や血中のホルモン量の変化によると考えられてきた。すなわち、絶食時の血糖低下に伴うグルカゴン分泌の増加や、交感神経刺激による副腎からのエピネフリン分泌の増加によるとする説である。しかし、本論文では、グリコーゲンの不足が肝-脳-脂肪へと向かう神経回路(liver–brain–adipose axis)を活性化することによって脂肪組織からのトリグリセリドの動員を惹き起こす、という新しいメカニズムを提唱する。

肝から脳へ向かう迷走神経を遮断すると、絶食時の脂肪量の減少が抑制される
この研究では、上記のように絶食時のエネルギー源の移行が、肝から脳に向かう求心性交感神経と脳を介して脂肪組織へ向かう遠心性交感神経という一連の神経回路を介するのではないかという仮説を立て、肝からの迷走神経を遮断する実験を行った。実験では、マウスの迷走神経肝臓枝を選択的に切断し(hepatic vagotomy; HVx)、3週間たってから24時間絶食とした。このような神経切断を行っていないコントロールであるsham手術マウスは、24時間絶食にすると内臓脂肪(精巣上脂肪)の量が減少する(これは絶食により脂肪分解が起こるためで、脂肪組織から放出された脂肪酸とグリセロールは絶食中のエネルギーとして利用される)。ところが、HVxを行ったマウスでは、24時間絶食にしてもこのような内臓脂肪量の減少は少なかった。HVxの変わりに迷走神経肝臓枝をカプサイシンで処理しても、同様の効果が認められた。カプサイシンは、無髄神経である求心性交感神経のみを遮断する薬剤なので、上記の効果は肝臓から脳への求心性交感神経が重要な役割を果たしていることが分かる。さらに、DEXAを用いた解析により、HVxマウスとshamマウスは24時間絶食による体重減少は同じであったのに対し、HVxマウスは絶食による脂肪重量の減少が有意に少ないことが示された。

肝から脳へ向かう迷走神経を遮断すると、脳から脂肪組織へ向かう交感神経による脂肪分解が抑制される
次に、脂肪組織における交感神経による脂肪分解を調べる目的で、アデノウイルスを用いてCRE-luc (cAMP反応性エレメント下でルシフェラーゼレポーターを発現させるコンストラクト)を導入したマウスを用いて、脂肪組織におけるcAMPのin vivoイメージングを行った。cAMPは交感神経活性化による脂肪分解のセカンドメッセンジャーなので、このイメージングにより脂肪組織での脂肪分解を起こす交感神経の活性が可視化できる。実際、コントロールマウスにおいては20時間の絶食によって精巣上脂肪でのcAMPシグナルが認められたが、HVxを行ったマウスではこのシグナルは有意に低下していた。さらに、迷走神経遮断(HVxおよびカプサイシン処理)によって、ホルモン感受性リパーゼ(hormone sensitive lipase; HSL、エピネフリンなどのホルモンによって活性化され、トリグリセリドを加水分解する)、脂肪組織トリグリセリドリパーゼ(adipose triglyceride lipase ; ATGL、脂肪組織においてトリグリセリドを加水分解する)、pyruvate dehydrogenase kinase 4 (絶食やエピネフリンによって誘導されグリセロール合成に働く)のmRNA発現、およびHSLの活性化(HSL蛋白のSer 563リン酸化)も減少した。これらの減少の程度は、HVxとカプサイシン処理で差が見られなかったことから、求心性迷走神経の遮断が重要であったことが分かる。

また、このようなHVxによる遺伝子発現やリン酸化の変化に伴って、血漿NEFAおよびグリセロール濃度の減少、呼吸商の増加と脂肪利用の減少が認められた。さらに、これらの変化は交感神経からのカテコラミン放出を減少させるグアネチジンの投与によって消失した。なお重要なことに、HVxマウスとshamマウスの間で、絶食時の血糖、血漿インスリン、グルカゴン、カテコラミン、FGF21濃度に有意な差は見られなかった。したがって、脂肪組織の脂肪分解を調節するのは、血糖やこれらのホルモンではなく、交感神経系を介していることが分かる。

肝のグリコーゲンが増加すると、肝-脳-脂肪の神経回路の活性化は起こらない
次に、グリコーゲン合成酵素(glycogen synthase 2; Gys2)または転写因子TFE3をアデノウイルスを用いて肝に過剰発現させて、肝のグリコーゲン量を増加させた。そうすると、絶食後の脂肪組織量の減少は起こらず、迷走神経遮断マウスと同様のレベルであった。この時、脂肪組織でトリグリセリドを分解するHSLやATGLのmRNA発現、HSL蛋白のリン酸化は、肝のグリコーゲン量増加により抑制された。すなわち、肝のグリコーゲンを増加させると、肝-脳-脂肪の神経回路は抑制された状態になり、脂肪組織でのトリグリセリド動員が起こらないことが分かった。

肝のグリコーゲンを減少させると肝からの脂肪分解シグナルは促進され、肝でのグリコーゲン分解を抑制すると肝からの脂肪分解シグナルは抑制される

*ここでのグリコゲン分解 (glycogenolysis)は、当初glycolysisと表示されていた。これでは「解糖」という別の意味になる。これはJournal側の誤植とのことで、現在は筆者らによって正しく表示されている。

今度は逆に、shRNAのアデノウイルスを用いてGys2の発現をノックダウンして肝のグリコーゲン量を通常より減少させた。その結果、脂肪組織量はより速く減少する傾向にあり、その傾向はHVxを行うと消失した。

最後に、このようなグリコゲン不足によるシグナルはグリコーゲンの減少自体によるのか、それともその下流の代謝産物の減少によるのか。このことを検討するため、shRNAを用いて肝型グリコーゲン脱リン酸化酵素(glycogen phosphorylase liver type gene; Pygl=グリコーゲンを分解してグルコースを作る)をノックダウンして肝でのグリコーゲン分解を抑制した。これにより、肝のグリコーゲンは(分解が抑制されたために)増加し、グリコーゲン分解より下流の代謝産物は減少するはずである。このshRNAの発現に伴って、脂肪組織での脂肪分解は減少した。この結果は、下流の代謝産物の減少およびグリコーゲンの増加は、肝-脳-脂肪の神経回路の抑制を起こし、脂肪分解を抑制することを示している。逆に考えれば、肝から脂肪組織への神経回路の活性化には、グリコーゲン下流の代謝産物の変化ではなく、肝のグリコーゲンそのものの不足が重要な役割を果たすと考えられる。なお、グリコーゲン脱リン酸化酵素のノックダウンによってAMPKは活性化される傾向があった(AMPKαのリン酸化は増加した)。

【結論】
この研究では、生理的な絶食条件下で肝のグリコーゲンが不足すると、肝からの求心性交感神経および脂肪組織への遠心性交感神経が活性化されて、脂肪組織でのトリグリセリド分解が起こり、脂肪酸とグリセロールの放出が促進されることを示した。絶食中の肝は、血糖変化やホルモンとは別の何らかのメカニズムによって肝のグリコーゲン不足を感知し、生体のエネルギー源を炭水化物から脂肪へと移行させるシグナルを発する。そしてそれは、肝から脳へ、脳から脂肪組織へと伝わる神経回路を介すると考えられた。


by md345797 | 2013-09-07 21:45 | エネルギー代謝