Isolation and characterization of autophagy-defective mutants of Saccharomyces cerevisiae.
Tsukada M, Ohsumi Y.
FEBS Lett. 1993 Oct 25;333(1-2):169-74.
【まとめ】
1960年頃に哺乳類の細胞で明らかになったオートファジーは、1992年に酵母でも同様に起きていることが報告された。翌1993年に発表された本論文は、分裂酵母の液胞を光学顕微鏡下で観察して細胞を選択するという方法で、史上初めてオートファジーが欠損した変異体を単離した実験の報告である。この時初めて単離されたオートファジー欠損変異株は、
apg1(
auto
pha
gy)1と命名された(=これは現在の
atg1(
au
to
phagy related 1)に相当するものである)。この変異株は、液胞内に正常のプロテイナーゼを持っているのに、窒素飢餓の状態に置いても蛋白分解を起こすことができず(=オートファジーが起こらず)、それによって生存能力が大きく低下している。飢餓培地での生存能低下という特徴を用いて、さらに他のオートファジー欠損株(全部で15)を単離することができ、酵母のオートファジーには少なくとも15の
APG遺伝子が関与していることが分かった。本研究で初めてオートファジー欠損変異体を単離したことは、その後のオートファジーの分子レベルでの解明の第一歩となった。
【論文内容】
1. 背景
1960年頃には、細胞質の成分が非選択的に液胞に運ばれて分解されるターンオーバー機構としてオートファジーの存在が知られていた。これは、哺乳動物の細胞が
栄養飢餓(nutrient deprivation)にさらされたときに、自己の細胞質成分をリソソームにおいて分解し、アミノ酸などの生体内物質をリサイクルするための機構であると考えられていた。しかし、哺乳類細胞はオートファジーの過程を生化学的に解明するためには非常に複雑であった。1992年に大隅良典らは、
哺乳類細胞で起きているオートファジーと同様の過程が、(最もシンプルな真核生物のモデルである)出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeでも起きていることを報告した。酵母を栄養飢餓の状態に置いてオートファジーが誘導されると、細胞質に隔離膜が出現し、細胞質成分を取り囲みながら膜が伸長する。これが二重膜構造を持つ
オートファゴソームとなって、
液胞(vacuole)と融合すると、液胞内の多様な加水分解酵素(プロテイナーゼ)によってオートファゴソームの内膜ごとその内容物が分解される。
液胞のプロテイナーゼが欠損した酵母は、通常の培地から栄養飢餓の培地に移すと、液胞の中に「オートファジックボディ(AB’s)」と呼ばれる球状の膜構造が蓄積する。AB’sは細胞質のコンポーネントを液胞に移送・隔離するために用いられる小胞である。プロテイナーゼ欠損株や、野生型にPMSF(プロテイナーゼ阻害剤)を添加した場合は、AB’sが液胞内で直ちに分解されるため、液胞内にAB’sが蓄積しなくなる。したがってこの「液胞中のAB’sの蓄積」を観察することにより、哺乳類おけるオートファーゴソームに当たるものの形成を簡単に確認することができる。酵母の系を用いることによって、オートファジー過程におけるシグナル伝達経路の解明や細胞内膜構造の変化の詳細な解明が可能になる。
2.方法
①酵母の系統は、X2180-1A(「酵母の性である」接合型を決定するMAT遺伝子がMAT a)とX2180-1B(MAT 遺伝子がMAT α)、およびBJ3505(MAT a)とBJ3501(MAT α)を用いた。これらを完全栄養培地(YEPD)や、合成培地(栄養が欠損しているSDおよび窒素欠乏のSD(-N)、炭素欠乏のSG)を用いて培養した。
②オートファジー欠損株の単離は、次の2つの手順で行った。
まず、オートファジー欠損株は、炭素飢餓培地に置くと蓄積されるはずの液胞内AB’sの蓄積が起こらないので、これを光学顕微鏡で形態を観察して単離できる。BJ3505細胞をYEPD培地で培養した後、突然変異誘起剤であるEMS(メタンスルフォン酸エチル)を加える。その後YEPDプレートで成長したコロニーを滅菌爪楊枝でSG(炭素飢餓培地)プレートに移し、光学顕微鏡下で液胞内にAB’sがないものを選択する。これらをさらにYEPDプレートで培養後、炭素飢餓の液体培地に移し、再度顕微鏡下でAB’s蓄積が見られない細胞を選び出す。
変異体を単離する2つ目の手順は、X2180-1A細胞に突然変異を起こさせた後、YEPD培地で培養する。そこで得られたコロニーを、窒素飢餓培地であるSD(-N)プレート上で、赤色染色剤phloxine Bを添加して培養する。赤く染色された(死細胞を含む)コロニーを選択して、再度YEPDプレート上で成長させた後、PMSFを加えたSD(-N)液体培地に移す。その後光学顕微鏡下で、液胞内にAB’sの蓄積がない細胞を選択する。
③酵母における蛋白の分解は、酵母を[14C]LeucineでラベルしTCA可溶性分画(上清)の放射活性を調べることで測定した。また、酵母細胞の生存能は、細胞をphloxine Bやキナクリン、LY(ルシファーイエローCH)で染色することにより測定した。
3.結果
3.1. 液胞内にAB’s の蓄積が見られない変異体を光学顕微鏡下で単離
酵母細胞を通常の栄養培地から栄養飢餓の状態(窒素や炭素を欠失させた飢餓培地)に置くと、それに反応してオートファジーが誘導される。野生型の酵母細胞を飢餓培地に移した場合は、オートファジーが起きて液胞内にAB’sができても、直ちに液胞内のプロテイナーゼで分解されてしまうので液胞内にAB’sの蓄積は見られない。しかし、プロテイナーゼ欠損株を飢餓培地に移した場合は、オートファジーが起きて液胞内にAB’sができると、これが液胞内で分解されないために液胞内AB’sの蓄積が観察される(なお、野生型株をプロテイナーゼ阻害剤であるPMSFを添加した飢餓培地に置いても、同様に液胞内のAB’sが観察される)。
そこで、まずプロテイナーゼ欠損株に突然変異を誘発し、その中で「飢餓培地に置いたにも関わらず液胞内にAB’sが観察されない細胞」を光学顕微鏡下で単離すれば、それはオートファジーの過程が欠損した変異体が得られたことになる。
実験では、プロテイナーゼ欠損株であるBJ3505にEMSを加えて突然変異を誘発し、その後炭素飢餓培地(SG培地)で培養して得られた5000コロニーを顕微鏡で観察し、液胞内AB’sが蓄積されない変異体の候補を10コロニー単離した。これをBJ3501と交配させたところ、得られた10変異体すべてが飢餓培地での培養でAB’sの蓄積が認められた(すなわちこれら変異は劣性である)。さらにこれらをX2180-1Bと交配させ、得られた二倍体(diploids)を胞子形成させて四倍体(tetrads)とし、これらの分離個体(segregants)のうちPMSF下でAB’sの蓄積が起きないものを単離した。その結果、2つの変異体の対立遺伝子(
apg1-1、
apg1-2=
au
to
pha
gy)があることが分かり、
apg1-1変異体をX2180-1Aまたは1Bに4回交配してX2180-1Aとほぼ遺伝的に同一な変異体株MT14-1B(MATa
apg1-1)を得ることができた。
3.2. apg1変異体の特徴
野生型(X2180-1A)およびそれと遺伝的に同一な変異型(MT14-1B)を通常の栄養培地で培養後、窒素飢餓培地(PMSFを添加)に移し、2、4、8時間培養し、光学顕微鏡で観察した。野生型細胞では4-5時間で液胞内AB’sの蓄積が観察されたが、
apg1変異型細胞では8時間後まで(さらに24時間後までも)AB’sの蓄積は確認されなかった。すなわち、
apg1変異細胞では
窒素飢餓培地での液胞内AB’s蓄積(栄養飢餓状態におけるオートファジー)が起きないことが分かる。
次に窒素飢餓培地における
蛋白分解(protein degradation)について調べた。[14C]leucineでラベルした野生型細胞を飢餓培地に移すと、TCA可溶性分画の放射活性(すなわち蛋白分解)は有意に増加する(液胞による蛋白分解の促進を表す)。この窒素飢餓培地にPMSFを添加すると、PMSF感受性の蛋白分解が阻害されるため、飢餓培地に置いたことによる蛋白分解は60%程度に抑制される。ヘテロ二量体(
APG1/apg1-1)から得た四倍体では、2つの分離個体は野生型と同じく蛋白分解が起きたが、2つの分離個体は蛋白分解が少なかった。前者はPMSF添加で蛋白分解は抑制されたが、後者はPMSFで抑制されずPMSF存在下でも液胞内AB’s蓄積が起こらなかった。以上から、PMSF感受性の蛋白分解は液胞内で起きており、
apg1変異体の蛋白分解欠損はAB’s形成の欠損によると考えられた。
オートファジー欠損
apg1変異体のも一つの特徴は、
窒素飢餓培地での生存能力(viability)の消失である。野生型と変異型の細胞を栄養培地で培養した後、窒素飢餓培地に移し、phloxine Bで染色されるかどうかで生存能力を検討した。その結果、野生型は5日以上生存できたが、
apg1変異型は2日で生存能力を失った。四倍体解析により、窒素飢餓培地での生存能力がないものはAB’s蓄積が起きない形質を伴っていることが示された。さらに、proteinase A(PrA)の欠損またはPrAとPrBの欠損株は窒素飢餓培地に置くとapg1変異型と同様の生存曲線を描いたため、
apg1変異による生存能力の消失は液胞のプロテイナーゼ作用(蛋白分解)の欠損によるものと考えられた。
3.3. 他のapg変異体の単離
オートファジーの過程、すなわち細胞質の成分を二重膜構造であるオートファーゴソーム内に隔離し、オートファーゴソームが液胞に融合するためには、さらに多くの遺伝子による緊密な調節が行われているはずであるため、他にも
apg変異体が存在すると考えた。
他の
apg変異体を単離するため、
apg1変異体で認められた窒素飢餓培地での生存能力の低下という形質を最初のスクリーニングに用いることにした。野生型(X2180-1A)にEMSを添加して突然変異を誘発した後、phloxine Bを加えた窒素飢餓培地で培養し、赤色に染色された(死細胞を含む)コロニーを選択した。次のスクリーニングとして、PMSFを含む窒素飢餓培地中で液胞内にAB’sが蓄積しない細胞を光学顕微鏡で選択した。約38,000個の突然変異を起こした細胞から、約2700個の赤色染色コロニーを選択し、そこから液胞内AB’s蓄積が見られない99の
apg変異体を得た。これらを野生型株(X2180-1B)と交配したものから変異形質が2:2に分離されないものを除き、最終的に15種類の変異体を得た。そのうちの一つは
apg1-1であり、他の14種類を
apg2-1から
apg15-1と命名した。
3.4. agp変異体の形質
すべての
apg変異体は野生型細胞と連続的に交配したところ、通常の栄養培地で成長した。すなわち、いずれの変異があっても、通常の培地では明らかな細胞周期の異常は起きない(生存可能である)。しかし、窒素飢餓培地での生存能力は低下していた(2日間は生存するが、5日目には生存は20%程度)。
すべての
apg 変異体のホモ二倍体は胞子形成ができなかった。また、PMSFを添加した炭素飢餓培地や単一アミノ酸飢餓培地下で(窒素飢餓培地と同様に)液胞内AB’s蓄積が見られなかった。これは、各々のapg変異体は、さまざまな栄養飢餓シグナルがオートファジーをもたらす過程のうち、ある共通のステップに欠損があることを示している。また、すべての
apg変異体は窒素飢餓培地下でPMSF感受性の蛋白分解は極めて少なかった。すなわち、これらの
apg変異体がAB’sを分解するにはPMSF抵抗性のプロテアーゼによるのではなく、主にオートファジーによるためと考えられた。
液胞の内側はH+-ATPaseによって酸性pHとなっているため、pH依存的にキナクリンで染色できる。栄養培地で増殖中のapg変異体は野生型細胞と同様、キナクリンが液胞に蓄積してラベルされる。すなわち、apg変異体でも液胞内の酸性化は障害されていない。酵母細胞はLYをエンドサイトーシスによって取り込み、エンドソームから液胞に輸送される。この染色もapg変異体、野生型ともに液胞が染色されたため、
apg変異体もエンドサイトーシスの過程は正常に機能していることが示された。さらに、変異体ではPrAの液胞への輸送も正常であり、
apgの変異体形質は液胞機能の異常によるものではないことが示された。
【結論】
光学顕微鏡で液胞内のAB’s蓄積が欠損している変異体を選び出すことにより、オートファジー欠損変異体を単離し、
apg1変異体と名付けた。この変異体は栄養飢餓状態(飢餓培地)における生存能力が低下していた。さらに、飢餓培地での生存能低下を利用してスクリーニングすることにより、他にも14のapg変異体を単離することができた。これらの変異体はすべて、飢餓培地における液胞での蛋白分解が低下しており、それが生存低下につながっていると考えられた。このオートファジーの蛋白分解がなぜ生存に必要かは今後の検討が必要である。
今回明らかになった少なくとも15の
APG遺伝子は、栄養飢餓状態におけるオートファジーのさまざまな過程(例えば、オートファーゴソーム膜の生合成、細胞質成分のオートファーゴソームへの隔離、オートファーゴソームの液胞への輸送、オートファーゴソームの液胞膜の認識や融合など)で必要な遺伝子なのだろう。個々の
APG遺伝子の役割の解明により、オートファジーのメカニズムと調節が分子レベルで明らかになると思われる。