Programmed Cell Senescence during Mammalian Embryonic Development.
Muñoz-Espín D, Cañamero M, Maraver A, Gómez-López G, Contreras J, Murillo-Cuesta S, Rodríguez-Baeza A, Varela-Nieto I, Ruberte J, Collado M, Serrano M.
Cell. 2013 Nov 21;155(5):1104-18.
【まとめ】
正常の細胞は、決まった回数だけ分裂した後、それ以上分裂しない状態、いわゆる
細胞老化(cellular senescence)の状態に達する。このような分裂の限界は、提唱者の名前を取って「ヘイフリック限界」と呼ばれている。このような細胞老化すなわち細胞増殖の停止は、さまざまな
細胞傷害やストレス(発癌シグナルの活性化、DNA傷害、テロメア短縮など)に伴って起きる。細胞老化には腫瘍の無制限な増殖を抑える意義があるとも考えられており、この過程には細胞周期を停止させる腫瘍抑制因子p16INK4a、p53などが関与している。さらにp21、p27といったサイクリン依存性キナーゼ阻害因子も細胞老化に関わっている。
細胞への傷害やストレスは、細胞老化と並行して細胞のアポトーシスも引き起こす。アポトーシスは細胞傷害に対する反応としてだけでなく発生のためにも重要である。そのためアポトーシスは「発生のためのプログラムされた細胞死」(developmentally programmed cell death)とも言われてきた。そうすると、細胞老化も傷害にたいする病的な意義だけでなく、アポトーシスと同様に、「
発生のためにプログラムされた老化」(developmentally programmed senescence)を起こしている可能性はないだろうか?
今回の
Muñoz-Espínらの報告と
Storerらの報告によると、細胞老化はマウスの発生過程で起きており、中腎尿細管(mesonephric tubules)、内耳内リンパ嚢(endolymphatic sac)、四肢形成における外胚葉性頂堤(apical ectodermal ridge; AER)で起きていることが明らかになった。この過程は、p21依存的であり、p53、DNA傷害、その他の細胞周期阻害因子には依存しておらず、TGF-β/SMADおよびPI3K/FOXO経路によって調節されていることが分かった。この「発生のためにプログラムされた細胞老化」が起きると、老化細胞はマクロファージの浸潤によって取り除かれ、組織のリモデリングが起きる。p21を欠損させて老化が起きないようにすると、一部はアポトーシスによって代償されるものの、結果的には発生過程における形態形成の異常が起きた。「発生のためにプログラムされた細胞老化」は組織リモデリングを促進する重要な役割を果たしていることが分かった。
上図では、
「成体でストレスによって起きる老化」(左)と
「胚で発生のために起きる老化」(右)の対比を示している。老化の原因となるのは、左ではテロメア短縮、癌遺伝子シグナル、DNA傷害などのストレスや傷害であるが、右では何らかの発生のための刺激でありその詳細は不明である。いずれも老化である以上、細胞周期の停止、SAβG活性の増加、老化関連クロマチン変化(senescence-associated heterochromatic foci)、老化関連の分泌現象(senescence-associated secretory phenotype; SASP)などは共通に認められる。左の老化にはp53、p16などの癌抑制経路、SASPのうちIL8やIL6などが関与しているが、右の老化はp21を介しており、TGF-β/SMADおよびPI3K/FOXO経路によって調節されている。いずれの老化でも老化細胞の免疫細胞による除去と組織リモデリングの過程が重要である。
【論文内容】
胚の全組織標本にみる「発生過程のプログラムされた老化」
細胞老化は単一の指標で評価できないものの、老化を表すアッセイとして
in vitro、
in vivoともに非常に用いられるのは老化関連βガラクトシダーゼ(senescence-associated β-galactosidase; SAβG)活性である。これは老化細胞のリソソームの量やオートファジーを表すとされている。まず、マウスの胚の全組織(ホールマウント)標本のSAβG染色を行った。胎生期12.5から14.5日(E12.5-14.5)の外耳道近く内リンパ嚢に当たる部分や、後頭蓋の閉鎖しつつある神経管に当たる部分がSAβGで染色された。さらに、E11.5の外胚葉性頂堤や退化しつつある指間の水かき部分、中腎尿細管などが染色された。すなわち、胚のホールマウント標本ではSAβGで示されるような細胞老化はよく見られる所見であることが分かる。
中腎尿細管と内リンパ嚢における「発生過程のプログラムされた老化」
ホールマウント胚標本をSAβG染色したのち、パラフィン包埋し、切片を作製して免疫染色に用いた。E11.5では中腎尿細管はSAβG染色されなかったが、細胞増殖マーカーKi67で強染色された。E12.5-E14.5ではSAβGではっきり染色されるのに、Ki67染色は減少していた。E15.5ではほとんどの中腎尿細管が消失した。以上より、SAβG染色は増殖停止(すなわち老化)と相関することが分かる。このようなSAβGとKi67染色の関係は、内リンパ嚢でも認められた。さらに、老化関連ヘテロクロマチンマーカーであるHP1γ、H3K9me3も、増殖が活発なE11.5では染色が弱く、G1停止による増殖停止の時期には染色が強かった。これらは、発生過程において「プログラムされた老化」が起きていることを示唆している。
中腎尿細管と内リンパ嚢における老化メディエーターの発現
E11.5(SAβG染色が弱い)とE14.5(SAβG染色が強い)の胚で老化メディエーター(p53, p21, p27, p15, p19ARF)の発現を染色で検討した。その結果、中腎尿細管と内リンパ嚢におけるp21、p27、p15の発現が、E11.5からE14.5にかけて有意に増加していた。(なお、p53の発現はE11.5で弱く、E14.5までに増加しなかった。p19ARFは発現が認められなかった。)
発生のためのプログラムされた老化はp21依存的、p53非依存的である
上記の染色による老化メディエーター発現の結果をもとに、さらに遺伝子欠損マウスの胚を用いた検討を進めた。E14.5において、
p53欠損胚は野生型(WT)胚に比べて、中腎尿細管と内リンパ嚢でのSAβG活性とKi67陰性細胞は同程度であった(老化の程度は同程度だった)。しかし、
p21欠損胚ではSAβG活性はほとんどまったく認められず、一方Ki67でほとんどの細胞が強く染色された。すなわち、この老化はp53非依存性、p21依存性であると考えられた。
また、
p21欠損胚の中腎尿細管はWT胚と違って、H3K9me3とHP1γの免疫染色が認められなかった。また、ヒトの胚においても、中腎が消失しつつある時期の中腎尿細管と内リンパ嚢でKi67染色が陰性、p21染色が強陽性であり、上記のマウス胚と同様の所見であった。
この発生過程の老化におけるATM、ATR、p53活性化因子であるp19ARF、細胞周期抑制因子p16およびp15、INK4/CDK4, 6経路、細胞周期抑制因子p27の関与はこれらの遺伝子欠損胚を用いた検討(ここでは省略)により、否定的であった。
発生のためのプログラムされた老化は、TGF-β/SMAD経路の活性化によるp21発現増加を介する
次に、E14.5のWT胚およびp21欠損胚の中腎尿細管のマイクロダイセクションを行い、得られたRNAをDNAマイクロアレイおよびGene set enrichment analysis (GSEA)を用いて、p21欠損によってどのようなパスウェイが亢進しているかを検討した。その結果、p21欠損胚の中腎尿細管では増殖関連およびDNA複製関連パスウェイの遺伝子発現が亢進していた。一方で、発生に必要なパスウェイであるTGF-β、Hedgehog、WNTパスウェイの遺伝子発現はWT尿細管(老化あり)で亢進、p21欠損尿細管(老化なし)で低下していた。(特にこれらのパスウェイのうちp21欠損に比べWTで発現が増加していた遺伝子は、
Bmpr1b(TGF-βパスウェイにあるBMP受容体type1B)、
Gli1(Hedgehogパスウェイの主要な転写因子)、
Nkd1(WNTパスウェイの調節因子)である。)
このような「発生のための老化」の遺伝子発現プロファイルは、以前から知られている「傷害による老化」(=DNA障害による老化、ヘイフリック限界における複製老化、がん遺伝子による老化など)との遺伝子発現シグネチャーの類似性は認められなかった。ただし、これら2種類の「老化」では、いずれもTGF-βパスウェイが亢進しているという共通点があった。TGF-βはSMAD複合体を介して
p21遺伝子の転写を活性化し、p21の発現を増加させる。「発生のための老化」の過程で、中腎尿細管と内リンパ嚢上皮細胞の核では、リン酸化(=活性化)SMAD2が認められた。そこで、妊娠マウスにTGF-βパスウェイの阻害剤(LY2152799)をE10.5からE14.5まで連日経口投与したところ、SMAD2のリン酸化は大きく低下し、中腎尿細管および内リンパ嚢のp21発現が減少し、SAβG活性(=老化)の低下が認められた。以上より、「発生のためのプログラムされた老化」は、TGF-β/SMADパスウェイ活性化を通じてp21発現が増加することによって起きることが示された。
発生のためのプログラムされた老化は、PI3K/FOXO経路の不活化によるp21発現増加を介する
FOXOはSMADと複合体を形成するが、その複合体がp21のプロモーターに結合すると、p21発現が増加する。E14.5の内リンパ嚢の核をp21とFOXO1/3の抗体で二重染色した。その結果、リン酸化(不活性型)FOXOが多い細胞は、(活性型の脱リン酸化FOXOが少なく)、p21発現量が少なく、逆にリン酸化(不活性型)FOXOが少ない細胞はp21発現量が多かった。これはFOXOがp21発現を増加させる正の調節因子であることと一致する所見である。
FOXOはPI3K活性化によって脱リン酸化(不活性化)を受ける。したがって、PI3K活性化を抑制すれば、FOXOは活性化され、p21発現が増加し、発生のための老化は促進されると考えられる。実際、Ptenトランスジェニックマウス(PI3K作用が減少している)胚の中腎と内リンパ嚢では、SAβG活性が増加(老化が促進)していた。また、PI3Kの特異的阻害剤CNIO-PI3KiをE10.5からE14.5まで妊娠マウスに連日経口投与した場合も、Ptenトランスジェニックマウスと同様、発生過程の老化が促進された。以上より、発生のためのプログラムされた細胞老化はTGF-β/SMAD経路とPI3K/FOXO経路により、p21発現が増加することにより促進されることが分かる。
発生過程で老化した細胞はマクロファージによって除去され、p21欠損によって老化を抑制するとその細胞除去は部分的にはアポトーシスによって代償される
老化した細胞はマクロファージによって貪食されて除去される。実際、E14.5の老化した中腎尿細管周囲には多数のマクロファージ浸潤が認められた。なお、SAβG、p21、Ki67のレベルから判断してE12.5ですでに老化は始まっているが、この時はまだマクロファージ浸潤は見られていなかった(老化細胞がその後のマクロファージ浸潤によって除去されていることを示唆する所見である)。なお、E14.5ではマクロファージに囲まれている細胞はアポトーシスは起こしていなかった。
老化が見られない
p21欠損胚の中腎ではE14.5のマクロファージ浸潤はほとんどなく、アポトーシスも起きていなかった。しかし、E15.5になると尿細管のアポトーシスが認められ、周囲に多量のマクロファージ浸潤が見られるようになった。
p21欠損胚の中腎尿細管では老化が起きていないが、起こるべき老化の一部はアポトーシスのプログラムが遅れて活性化することによって代償され、その後これらの細胞はマクロファージ浸潤によって除去されることが分かった。
内耳の内リンパ嚢はE14.5において、pendrin(anion transporter, SLC26A4)陽性の少数の細胞集団と、その他の多数の細胞集団があることが知られている。E18.5では
p21欠損胚はWT胚に比べてpendrin陽性細胞集団が少なく、老化の役割は異なる細胞集団の間のバランスを取ることではないかと考えられた。また、E18.5では、老化の見られない
p21欠損の内リンパ嚢はWTに比べてアポトーシス細胞とマクロファージ浸潤が少なかった。
以上より、「発生のためのプログラムされた老化」には少なくとも2つの役割が考えられる。一つは、中腎尿細管で見られたように、発生途上の構造が老化によりマクロファージによる除去によって消失すること。もう一つは、内リンパ嚢で見られたように、老化するかどうかにより細胞集団のバランスを決定することである。もしこの老化がなければ、形態形成プロセスの欠損を修正する代償的メカニズムが、アポトーシスによって起きる(中腎)か、マクロファージを介する一般的なリモデリングによって起きる(内リンパ嚢)と考えられる。
p21欠損によって老化を抑制すると、発生過程で形態異常が生じる
中腎のウォルフ管(Wolffian duct)は、オスでは精巣上体と輸精管に分化するが、メスでは退化してしまう(一部は膣形成に用いられる)。E14.5のオスではウォルフ管にはSAβG活性は全く見られない(老化がない)が、メスのウォルフ管ではSAβG活性が認められる。オスのウォルフ管はメスに比べ、Ki67陽性細胞が多い(老化が少ない)。
p21欠損のメスのウォルフ管は、WTメスと比べて、SAβG活性がなくKi67が多いことから判断して、この老化はp21依存的である。すなわち、
p21依存的な老化はメスのウォルフ管で特異的に起きている(オスでは起きていない)ことが分かる。
p21欠損マウスのメスでは、
p21欠損による老化がない状態が膣の形態形成に影響をもたらすかを検討した。
p21欠損メスの膣の15%には、背腹膣中隔が認められた。(WTメスの3.75%にも中隔があった)。膣中隔は粘液貯留によって受精力を低下させ、感染による胎児生存の減少の原因となるが、実際、
p21欠損メスでは仔の数がWTに比べ少なかった。以上の結果から、
p21欠損のメスのマウスにおいて、ウォルフ管の「発生のためのプログラムされた老化」が欠損していると、膣中隔(形態異常)が形成される率が高まり、受精能力の低下につながりうることが分かった。
【まとめ】
哺乳類の胚の発生過程では、「発生のためにプログラムされた老化」が認められた。実際は、退化しつつある中腎と内耳の内リンパ嚢での老化を、SAβG活性増加、ヘテロクロマチンマーカーの増加、増殖停止(KI67染色の低下)が起こることで確認した。この「発生のためにプログラムされた老化」はp21依存的であり、この老化は「ストレスや傷害による老化」とは異なるものであった。ここで、p21発現増加の上流には、TGFβ/SMAD経路とPI3K/FOXO経路の両方が存在することが示されたが、さらにその上流の老化そのものを起こすシグナルは不明である。この「発生のためにプログラムされた老化」は、胚発生の過程の正しい組織リモデリングに必要であることも示された。