Genetic screens in human cells using the CRISPR/Cas9 system.
Wang T, Wei JJ, Sabatini DM, Lander ES.
Science. 2014 Jan 3;343(6166):80-4.
【まとめ】
CRISPR/Cas9システムは、特定の遺伝子変異をもつ細胞株やマウスを短時間で作製することができるゲノム編集の優れた方法である。このグループは、ゲノムスケールの73,151の
single guide RNA (sgRNA)のライブラリーを作製し、これをレンチウイルスを用いて2種類のヒト細胞のゲノムに取り込ませ、さまざまな遺伝子欠損を持つ細胞のコレクションを作製した。この細胞コレクションから、次のような2種類の選択法によって細胞を選択し、選択された細胞で欠失した遺伝子を同定するという
遺伝的スクリーニング(genetic screen)を行った。
(1)まず、上記の細胞コレクションから
正の選択(positive selection:ある性質をもつ細胞だけを選択すること)によって、目的の遺伝子を同定する実験を行った。①6-thioguanine(6-TG)存在下で生存する細胞はDNAミスマッチ修復(MMR)が欠損している細胞である。そこで、sgRNAライブラリーを導入した細胞を6-TG存在下で培養し、生存した細胞(MMRが欠損している細胞)を選び出した。これらの細胞はsgRNAによってMMRに必要な遺伝子が欠損しているはずなので、このsgRNAバーコードをシークエンスして検出したところ、MMRパスウェイで予想できる遺伝子をすべて同定することができた。②また、エトポシド存在下で生存する細胞はDNAトポイソメラーゼII (
TOP2A)が欠損している細胞である。そこで、sgRNAライブラリーを導入した細胞のコレクションをエトポシド抵抗性でスクリーニングし、エトポシド毒性の原因となる遺伝子として
TOP2Aそれ自体に加えて新たに
CDK6を同定することができた。
(2)次に、上記の細胞コレクションから
負の選択(negative selection:ある性質を持たない細胞だけを選択すること)によって、目的の遺伝子を同定する実験を行った。ここでは細胞増殖に必要な遺伝子を同定するために、ある回数分裂したら増殖ができなくなる細胞を選択し、その遺伝子を同定したところ、細胞増殖に必須なリボソーム蛋白遺伝子のほか、DNA複製、遺伝子転写、蛋白分解などの基本的な過程に関与する遺伝子セットが同定できた。
(3)最後にsgRNAの効率は特定の配列モチーフに関与していることを明らかにし、より効率的に作用するsgRNAの予測を可能にするアルゴリズムを構築した。
上記の検討から、sgRNA/Cas9を用いた遺伝的スクリーニングは、哺乳類細胞のシステマティックな遺伝子同定を可能にする有用な手段であることが示された。
【論文内容】
CRISPR/Cas9システムは、「目的の標的遺伝子配列を含むsingle guide RNA (sgRNA)を作製し、これを目的の遺伝子にハイブリダイズさせて、そこにCas9 nucleaseを呼び込んで二本鎖DNAを切断することによって目的の遺伝子を不活性化させる」というゲノム編集の方法である。このCRISPR/Cas9システムを用いて、哺乳類細胞における大規模な遺伝的スクリーニングを試みた。
方法としては、まずDNAバーコード(ハイスループットシークエンスによって、その配列をもつ細胞の数を計測するためのDNA)を用いてsgRNAのライブラリーを作製する。このsgRNAライブラリーをレンチウイルスを用いてヒト細胞ゲノムに取り込ませて、さまざまな遺伝子欠損細胞のコレクションを作製する。この方法でできた細胞のコレクションをある性質をもとにした正の選択や負の選択を用いて選択し、選択された細胞で欠失しているsgRNAを同定することにより、その性質に必要な遺伝子を同定するという方法を取った。
実際には、まずsgRNAとCas9を発現させるコンストラクトを、レンチウイルスを用いてKBM7慢性骨髄性白血病細胞(ほぼ一倍体near-haploidであるヒトの細胞)に感染させた。発現させた内因性AAVS1遺伝子座をdeep sequencingすることにより、Cas9による二本鎖DNA切断によって標的配列の欠失(< 20bp)や挿入・置換(>3 bp)が起きていることを確認した。
また、この方法でCRISPR/Cas9を用いた場合のoff-target活性(標的遺伝子以外への非特異的な影響)の検討を行った。AAVS1を標的としたsgRNAを発現させた場合の、AAVS1およびゲノム上で予想されるoff-target切断部位における切断レベルを調べた。その結果、off-targetとしてはわずかな(2.5%未満)切断が見られただけであった。
この研究では、73,151種類のsgRNAライブラリーを作製した。これには7,114遺伝子を標的とする複数のsgRNAが含まれている。
(1)正の選択による細胞の選択
①DNAミスマッチ修復(mismatch repair; MMR)に働く遺伝子のスクリーニング
MMRが働く正常の細胞は、ヌクレオチドアナログである6-thioguanine (6-TG)の存在下では、(6-TGが導入された部位が修復できないため)細胞周期が停止する。しかし、MMRが欠損した細胞は、6-TG導入部位が認識できないため分裂を続けることができる。実験では、Cas9-KBM7細胞にsgRNAライブラリーを感染させ、野生型 (WT) KBM7細胞にとって致死濃度の6-TGを添加して培養した。その後、生存した細胞のsgRNAバーコードをシークエンスした。これにより、MMRパスウェイのうちの4因子(MSH2、MSH6、MLH1、PMS2)をコードする遺伝子を標的としたsgRNAが、6-TG添加細胞で大きく増加していることが分かった。(これらの同定された4遺伝子は、確かにMMRに関連する遺伝子であり、他のDNA修復(一本鎖修復、相同組み換え、非相同末端結合)に関与する遺伝子ではなかった。)
②エトポシド毒性に抵抗性に働く遺伝子のスクリーニング
エトポシドは、DNAトポイソメラーゼIIA(
TOP2A)に対する毒性を持つ化学療法薬である。次の実験では、エトポシド抵抗性を示す細胞を選択することによって、最終的にエトポシド毒性の原因となる遺伝子の同定を試みた。
ここでは、KBM7細胞とHL60ヒト白血病細胞(偽二倍体pseudiploid細胞で、遺伝子欠損のためには対立遺伝子を2つとも不活性化する必要がある)に上記のsgRNAライブラリーを発現させた。それらの細胞にエトポシドを添加した場合としなかった場合のsgRNA量の差をKolmogorov-smirnov testを用いて計算し、エトポシド存在下で生存する細胞においてsgRNAの標的となっている遺伝子を同定した。その結果、エトポシド毒性の原因遺伝子として同定されたのは、まず予想されたようにTOP2A自体であった。そのほかに、G1サイクリン依存性キナーゼである
CDK6が同定された。実際、
TOP2Aまたは
CDK6に対するsgRNAを持つHL60細胞(
TOP2Aまたは
CDK6が欠損した細胞)はエトポシド抵抗性であることを確認した。
上記のように、sgRNAライブラリーを用いて遺伝子欠損のある細胞コレクションを作製し、正の選択によってある特徴を持つ細胞を選別し、その特徴を担う遺伝子を同定するという遺伝的スクリーニングが可能である。
(2)負の選択による細胞の選択
次に、負の選択(ある性質を持たない細胞だけを選択)を用いた遺伝的スクリーニングを試みた。
まず、
BCR遺伝子と
ABL1遺伝子を標的としたsgRNAを含む小規模ライブラリーをKBM7細胞に導入した。これらの細胞コレクションから細胞増殖の性質を持たない細胞を選択した。KBM7細胞の細胞増殖は、BCR-ABL融合蛋白ができるかどうかに依存するため、融合蛋白をコードするBCRとABL1遺伝子のexonを標的としたsgRNAを持つ細胞のみが生存していた(
BCRと
ABL1の他のexonを標的としたものは生存しなかった)。
次に、Cas9を発現させたHL60細胞、Cas9を発現させたKBM7細胞、WTのKBM7細胞に、73,000のsgRNAライブラリー全体を感染させ、最初と12回の細胞分裂後のsgRNA量の変化を、sgRNAバーコードのdeep sequenceを用いて観察した。一群のリボソーム蛋白の遺伝子は細胞増殖に必須である。この実験では、細胞族食の性質を持たない細胞は、Cas9とリボソーム蛋白遺伝子を標的としたsgRNAを持つことを確認した。さらに、sgRNAの標的となった遺伝子が基本的な生物学的過程に関与しているかをGSEA(gene set enrichment analysis)によって確認した。その結果、DNA複製、遺伝子転写、蛋白分解などの基本的過程に関与する遺伝子セットには、sgRNAによる強い欠損が見られた。
(3) sgRNAによる遺伝子欠損効率の違いの原因と効率的sgRNA予測のためのアルゴリズム
sgRNAによって標的遺伝子を欠損させる効率は、sgRNA間で違いが見られる。最後に、この効率の違いは何によるのかについて検討した。その結果、(i)single guideシークエンスにCGをあまりに多く、または少なく含むsgRNAは効率が低い。(ii)標的遺伝子のexonのうち最後のexonを標的にしたものは、もっと前のexonを標的にしたものより遺伝子欠損の効率が低い(これは最終exonを欠損させた場合は遺伝子機能の影響が少ないためであろう)。(iii)転写されるDNA鎖を標的としたsgRNAは転写されないDNA鎖を標的にしたsgRNAより遺伝子欠損の効率は低い。ただし以上の傾向は統計学的有意差があるというだけで、一部のsgRNA効率を説明するのみである。また、sgRNAの効率は、Cas9と結合する部分のシークエンスにも影響されるようである。sgRNAのスペーサーシークエンスの3´-端近くのヌクレオチド組成がCas9結合に重要であり、Cas9はスペーサーシークエンスの最後の4つのヌクレオチドがpyrimidineではなくpurineを含むsgRNAによく結合することが分かった。sgRNAによる遺伝子切断効率は、一部はCas9への結合性によって決定されていると考えられる。
さらに、遺伝子欠損効率が強いsgRNAと弱いsgRNAを区別するアルゴリズムを構築した。方法としては、標的シークエンスとリボソーム蛋白を標的としたsgRNAの欠失スコアに基づいてサポートベクターマシンの識別器(classifier)を訓練し、この識別器を用いて非リボソーム遺伝子のうちスコアがトップ400の遺伝子を標的としたsgRNAの効率を予測した。この予測では2/3が残りの3倍高い効率を示し、アルゴリズムの正確性が確認できた。これを用いて、高い効率で予測できシークエンスからなる全ゲノムsgRNAライブラリーを作製した。このsgRNAのリファランスセットは単一遺伝子の標的および大規模sgRNAスクリーニングの両方に有用性であると思われる。
【結論】
CRISPR/Cas9システムは、哺乳類細胞での正の選択・負の選択に基づく大規模な遺伝的スクリーニングのための非常に有用な方法であることが示された。
なお、CRISPR/Cas9システムを用いる利点には次のようなものがある。(1)CRISPR/Cas9はDNAレベルで遺伝子を不活性化するため、遺伝子機能の完全な欠損を必要とする形質について検討することができる。さらに、RNAiでは不可能な、転写されないエレメントの機能的検討も可能である。(2) sgRNAライブラリーが有効な標的部位の領域が非常に広く、大規模スクリーニングに伴う偽陰性が少ない。(3)この方法はoff-target効果が少ないが、最近はさらにoff-targetが少ないCRISPR/Cas9システムが開発されている。
今回の検討は増殖関連の遺伝的スクリーニングのみだったが、この方法はさらに広い生物学的現象に適応可能であろう。