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CRISPR-Cas9を用いた、ヒト細胞のゲノムスケールでの遺伝子ノックアウトスクリーニング

Genome-Scale CRISPR-Cas9 Knockout Screening in Human Cells.

Shalem O, Sanjana NE, Hartenian E, Shi X, Scott DA, Mikkelsen TS, Heckl D, Ebert BL, Root DE, Doench JG, Zhang F.

Science. 2014 Jan 3;343(6166):84-7.

【まとめ】
CRISPR/Cas9システムは簡便かつ確実に特異的なゲノム部位を調節できる、新しいゲノム編集の方法である。今回このグループは、①single guide RNAのゲノムスケールのライブラリーを作製、②このgenome-scale CRISPR-Cas9 knockout (GeCKO) libraryをレンチウイルスを用いてヒト細胞に導入し、③その細胞を目的の性質に基づいて選択し、④選び出された細胞でノックアウトされている遺伝子をディープシークエンスによって同定し、⑤目的の性質に必要な遺伝子を同定する方法を確立した。

この方法に基づき、まず①GeCKOライブラリーを②ヒトメラノーマ細胞とヒト幹細胞に導入して、細胞生存に不可欠な遺伝子を同定した。次に、③上記のライブラリーを導入したメラノーマ細胞(活性型変異BRAFによる増殖が起きる)をvemurafenib (活性型変異BRAFを阻害する薬剤)の存在下で培養して生存する細胞を選択し、④その細胞でノックアウトされている遺伝子をディープシークエンスによって同定し、⑤その結果vemurafenibの作用に必要な遺伝子(その変異があると薬剤が効かなくなる、治療抵抗性となる遺伝子)の同定を試みた。これにより、既知のNF1およびMED12以外に、新たにNF2CUL3TADA2BTADA1が薬剤の作用に必要であることが分かった。

このようなゲノムスケールのCRISPR/Cas9を用いた遺伝子スクリーニングは、以前から行われていたRNAiを用いた方法に比べ、効率や信頼性が優れていた。

【論文内容】
ヒトゲノムで明らかとなった遺伝子の各々の機能を知るために、ゲノムスケールで遺伝子欠損をもつ細胞を作製することにより遺伝子をスクリーニングする方法が必要不可欠である。この方法として、今まではRNAiが主に用いられていた。しかしRNAiは、欠損させられる蛋白が限られていることや、問題となるoff-target効果(標的部位以外の予想外の効果)のために、広い応用のためにはまだ不十分といえるものであった。その点、近年開発されたCRISPR/Cas9はゲノムの特定の部位に機能欠損変異を起こさせるゲノム編集の方法として非常に簡便で優れたものである。この方法は、ゲノムの特定の部位を標的としたsingle guide RNA (sgRNA)を作製し、sgRNAが結合した部位にCas9 nucleaseを呼び込んでDNAの二本鎖切断を起こし、フレームシフトによる挿入欠失変異(indel mutation)を起こして、標的の遺伝子を不活性化させるというものである。この方法で、ゲノムスケールの合成オリゴヌクレオチドのライブラリーをsgRNAのガイドシークエンスに組み込めば、ゲノムスケールで遺伝子欠損をもつ細胞集団を作ることができ、それを用いて遺伝子の機能的スクリーニングが可能となる。

本研究では、sgRNAをCas9と一緒にレンチウイルスベクターに組み込み、標的細胞に導入した(lentiCRISPR)。遺伝子ノックアウトの効率を検討するために、EGFPを発現させたHEK293T細胞に、EGFPを標的とする6種類のsgRNAを導入してEGFPが不活性化される効率を調べた。その結果、lentiCRISPR導入11日後には93±8%という高効率でEGFPを不活性化させることができた。さらに、EGFP遺伝子座のディープシークエンスによって、92±9%の頻度で挿入欠失変異が起きていることが確認された。これが、EGFPを標的としたshRNA(=RNAiによる方法)をレンチウイルスで導入した場合では、不十分な遺伝子ノックアウトしか起きなかった。

このようにlentiCRISPRを用いると高効率に遺伝子ノックアウトが起こせることが分かったので、ゲノムスケールでsgRNAライブラリーを作製して(GeCKOライブラリーと命名)、CRISPR-Cas9によるノックアウト細胞を作製するスクリーニングを行うことにした。このsgRNAライブラリーは、ヒトゲノムの18,080遺伝子の5’ exonを標的とした、それぞれ3-4種類のsgRNAからなる。sgRNAが標的とする各部位は、off-target効果が最小限になるように選択したものである(詳細省略)。

このGeCKOライブラリーが内因性遺伝子をノックアウトできる効率を調べるため、細胞生存に不可欠な遺伝子を欠損させて生存できなくなった細胞を選択することにした(負の選択、negative selection)。ここでは、GeCKOライブラリーをA375細胞(ヒトメラノーマ細胞株)とHUES62細胞(ヒト幹細胞株)に感染させた。14日後にディープシークエンシングで確認したところ、生存したA375細胞およびHUES62細胞のsgRNAの多様性は有意に減少していた。Gene set enrichment analysis (GSEA)では、欠損したsgRNAのほとんどが(リボソームを構成する遺伝子などの)生存に必須の遺伝子を標的としていた。なお、これら2種類の細胞株で欠損していた遺伝子はオーバーラップしており、GeCKOは負の選択を用いて細胞の種類に関わらず生存に必須な遺伝子を同定できることが分かる。

次に正の選択(positive selection)によってGeCKOの効率を検討するために、メラノーマに対する治療薬であるvemurafenib (PLX)に対して抵抗性を示す(=PLX存在下でも生存できる)細胞を選択し、その細胞のsgRNAを調べることにより、PLXが作用するために必要な遺伝子の同定を試みた。A375ヒトメラノーマ細胞はBRAFの活性型V600E変異を持つため増殖するが、PLXはこのV600E BRAFの選択的阻害薬である。

sgRNAライブラリーを導入したA375細胞のうちでPLX存在下でも生存できる細胞は、PLXの作用に必要な遺伝子がsgRNAによって欠損している細胞と言える。したがって、PLXが効かない(薬剤抵抗性がある)として選択された細胞のsgRNAを調べれば、PLXが作用するために必要な遺伝子を同定することができる。この方法により、得られた候補遺伝子は以前から知られていたNF1MED12のほかに、知られていなかったNF2 (neurofibromin 2)、CUL3 (Culin 3 E3 ligase)、STAGA histone acetyltransferase complexの遺伝子(TADA1TADA2B)であった。これらはPLXが作用するために必要な遺伝子であり、その欠損があるとPLXが効かない(薬剤抵抗性の)状態となると考えられる。

A375細胞でPLXに薬剤抵抗性を示すための遺伝子を同定する方法としては、すでに90,000のshRNAを用いたRNAiによるゲノムスケールスクリーニングが行われている(Whittaker, 2013)。そのRNAiによる方法と今回のsgRNAを用いたCRISRP/Cas9による方法とでその効率や信頼性を比較した(比較方法は上位100遺伝子のaggregate P value distributionの計算による)。これによると、CRISPR/Cas9を用いた方がP値が低値で信頼できるスコアであることが分かった。また上位5%に含まれる遺伝子を標的にしたsgRNAは78±27%だったのに対し、shRNAは20±12%であり、CRISPR/Cas9を用いた方が高効率であった。

最後に、GeCKOスクリーニングによって得られた上位遺伝子の評価を行った。NF2遺伝子では、5種のsgRNA導入後14日目で99%以上の遺伝子調節を行うことができた。さらに、ウェスタンブロットと細胞成長アッセイを用いて、sgRNAとshRNAで蛋白消失とPLX抵抗性の効率を比較した。sgRNAの方が効率が優れていたが、ごく少量のNF2発現が抑えられるだけでもPLX抵抗性を起こすのに十分であった。ほかの遺伝子(NF1MED12CUL3TADA1TADA2B)に対するsgRNAも、蛋白発現を低下させ、PLX抵抗性を増加させていた。ディープシークエンスによって、sgRNAが標的とした遺伝子座での変異発生率は高く、off-targetで挿入欠失変異を起こしてしまう率は少ないことが分かった。なお、最近はさらにoff-targetを減らす方法が開発中である(Ran, 2013)。

【結論】
CRISPR/Cas9を用いたゲノムスケールの遺伝子スクリーニングを開発した。このCRISPR/Cas9を用いる方法は、RNAiを用いる方法にない特長がある。RNAiは標的とするRNAからの蛋白発現を減らすのに対して、CRISPR/Cas9はゲノムDNAに機能欠損変異を導入することによりもともとの遺伝子からの蛋白発現を減らすことができる。また、不完全なノックアウトでは遺伝子機能が残ってしまうような場合は、CRISPR/Cas9による方法では遺伝子がホモ欠損で完全にノックアウトできるので、特に有用である。さらに、RNAiは転写産物をサイレンシングできるだけだが、CRISPR/Cas9は蛋白コード領域だけでなくプロモーター、エンハンサー、イントロン、遺伝子間領域にわたって標的とすることが可能である。今回の研究により、CRISPR/Cas9による遺伝子スクリーニングの方法は、RNAiによる方法に比べ遺伝子ノックアウトの効率と信頼性が高く、機能的ゲノミクスのためにきわめて有用であることが示された。
by md345797 | 2013-12-20 02:10 | その他