Generation of Gene-Modified Cynomolgus Monkey via Cas9/RNA-Mediated Gene Targeting in One-Cell Embryos.
Niu Y, Shen B, Cui Y, Chen Y, Wang J, Wang L, Kang Y, Zhao X, Si W, Li W, Xiang AP, Zhou J, Guo X, Bi Y, Si C, Hu B, Dong G, Wang H, Zhou Z, Li T, Tan T, Pu X, Wang F, Ji S, Zhou Q, Huang X, Ji W, Sha J.
Cell. 156, 836-843, 13 February 2014.
【まとめ】
サルはヒトの疾患とその治療法の研究するために非常に重要なモデルであるが、目的の遺伝子を修飾することが困難であり、遺伝子改変サルを用いた検討は進んでいない。本研究では、CRISPR/Cas9システムをサルゲノムに応用し、サルの遺伝子編集を行った。カニクイザルの1細胞期胚にCas9 mRNAとsingle guide RNAs (SgRNAs)を同時に注入したところ、正確な遺伝子ターゲティングを行うことができた。この方法で、2つの標的遺伝子(ここでは
Ppar-γと
Rag1)をワンステップで同時に欠損させることが可能であった。これらの動物で、オフターゲット効果(標的部位以外で遺伝子に変異を起こしてしまうこと)は認められなかった。以上より、1細胞期胚にCas9 mRNAとsgRNAを同時注入する方法は、遺伝子改変カニクイザルを作製するための効率のよい安定した方法であることが示された。
【論文内容】
サルはヒトの疾患モデルとして非常に重要であるため、サルの遺伝子改変技術が求められていた。しかし、今までの遺伝子改変サルはレトロウイルスまたはレンチウイルスを用いて作製されており、正確な遺伝子ターゲティングが困難であった。最近開発されたCRISPR/Cas9システムは簡便で高度に特異的に、効率よく複数の遺伝子のゲノム編集ができる優れた方法である。現在までに、哺乳類の細胞およびマウス、ラットを含むさまざまな動物個体のゲノムターゲティングが行われてきたが、霊長類にCRISPR/Cas9が応用できるかは不明であった。このグループは、Cas9 mRNAとsingle guide RNAsを胚の1細胞の段階に同時に注入してマウスおよびラットで効率よい遺伝子ターゲティングを成功させており、今回それをサル胚の1細胞段階に応用することにより、複数遺伝子のターゲティングを試みた。
サルの細胞株においてCAS9/RNAは効率よく遺伝子欠損を起こす
本研究ではカニクイザル(cynomolgus monkey,
Macaca fascicularis)モデルで、3つの遺伝子(
Nr0b1、Ppar-γ、Rag1)の遺伝子ターゲティングを試みた。まず、
Nr0b1の117 bpから2つのsgRNAを、
Ppar-γの49 bpから2つのsgRNAを、
Rag1から1つのsgRNAを作製した。これらをCOS-7細胞(アフリカミドリザル腎由来細胞株)に同時感染させた。感染72時間後の細胞からゲノムDNAを単離して、部位特異的遺伝子改変を標的遺伝子近傍の部位のPCR増幅とT7EN1切断アッセイ(T7EN1 cleavage assay)を行って、sgRNAsの効率を検討した。Cas9/RNA導入によって標的遺伝子周囲の切断とその後の挿入欠失(indels)によってさまざまなサイズの変異が起きたが、その効率は、
Nr0b1-sgRNA1で22.2%、
Nr0b1-sgRNA2で22.2%、
Ppar-γ-sgRNA1で10%、
Ppar-γ-sgRNA2で23.8%、
Rag1-sgRNA1で23.8%と高効率であった。sgRNAとCas9を用いることにより、サルゲノムの効率のよい遺伝子ターゲティングができることが示された。
T7EN1 cleavage assay: 抽出したゲノムDNAから、sgRNAの標的部位の断片をPCRで増幅し、T7EN1 (T7 endonuclease I; 完全にマッチしていない、ミスマッチDNAを認識して切断するDNAエンドヌクレアーゼ)で切断する。これをアガロースゲル電気泳動によって検出し、変異導入を確認する。
Cas9/RNAによってサル胚に効率よく遺伝子ターゲティングを起こすことができる
次に、Cas9 mRNA(20 ng/μl)との上記の5種類のsgRNAsの等量混合物(25 ng/μl)を、カニクイザルの1細胞段階の受精卵22個にマイクロインジェクションした。それらのうち15個が桑実胚または胚盤胞期まで正常に発生した。これらでゲノムの部位特異的に遺伝子改変が起きたかを、PCR増幅およびT7EN1切断アッセイを用いて検討した。その結果、sgRNAの機能によって変異導入効率が異なっていた。サル胚の遺伝子ターゲティングのサイズは-30から+6 bpであり、
Nr0b1で4/15、
Ppar-γで9/15、
Rag1で9/15の効率で起きていた。さらに、6/15の胚で
Ppar-γと
Rag1の、2/15の胚で
Nr0b1と
Rag1の両方で同時に変異が起きていた。このように、サル胚においても、CRISPR/Cas9システムは効率よく機能することが示された。
Cas9/RNAはサルにおいてワンステップで複数の遺伝子の変異を起こすことができる
以上のようにサルの細胞株と胚での遺伝子ターゲティングが成功したので、次に遺伝子改変サルの作製を試みた。198のM II期卵母細胞に細胞質精子注入を行って受精させ、Cas9とsgRNA混合物を上記同様注入した。186個の注入した接合体のうち83個を29の代理母のメスに移植した。レシピエントの母親のうち10匹が妊娠し、1匹は流産した。妊娠継続を継続したメスのうち、3匹は双子、3匹が三つ子、残り4匹は単一妊娠だった。現在のところ、双子のメスが正常妊娠期間で帝王切開にて正常に出生している(この双子をファウンダ―サルAとBと呼ぶことにする)。(なお、他の代理メス8匹はまだ妊娠期間中である。)
ファウンダーである2匹の乳児サルの臍帯からゲノムDNAを採取し、Cas9/RNAによるゲノム修飾のスクリーニングを行った。まず、乳児Bにおいて
Rag1標的領域のPCR増幅で小分子サイズのバンドが見られ、ゲノム修飾が起きていることが示唆された。次に、PCR産物でT7EN1切断アッセイを行ったところ、どちらの乳児の
Rag1および
Ppar-γの2番目のsgRNA標的部位においても切断産物が見られ、複数のゲノム修飾が起きていることが示された。PCR産物のシークエンスにより、異なる種類の挿入欠失(
Ppar-γに1か所、
Rag1に4か所)が認められ、さらに複数のゲノム修飾の存在が確認された。なお、前述の胚での実験で変異効率が低かった
Nr0b1には切断が認められていなかった。
写真:CRISPR/Cas9システムにより複数の遺伝子改変(Ppar-γ、Rag1)を受けた双子のカニクイザル(ファウンダ―AとBと名付けられている。生後14日目。)
パンチした耳の組織と胎盤からのゲノムDNAを用いた解析によると、両方のサルの
Rag1と
Ppar-γ遺伝子に同じPCRバンドと切断バンドが認められ、ゲノム修飾が起きていることが分かった。CRISPR/Cas9により、遺伝子ターゲティングが行われ、サル胚の全ゲノムに修飾が起きることが確認された。ファウンダ―サルBの耳パンチからはwild-type
Rag1シークエンスは見られず、ゲノム修飾は(生殖細胞系を含む)さまざまな組織全体に効率よく起きていると考えられた。
さらに、親サルの目印となる(tagging) SNPsによって、対立遺伝子のターゲティング効率を検討した。親の耳組織のゲノムDNAからRag1標的部位を含む3.8 kb断片をPCRで増幅しシークエンスし、親由来のtagging 4SNPsの2つの異なる組み合わせを
Rag1-sgRNA標的部位の下流に検出した。親と双子のtagging SNPの組み合わせをTAクローニングとシークエンスによりさらに決定した。その結果、2つのtagging SNAの組み合わせは、メンデルの法則に従って分離していた。ファウンダ―Bの耳の高い標的効率を示す
Rag1-sgRNA標的部位をさらにシークエンスした。その結果、tagging SNPsによって同定された両方の対立遺伝子ともに標的の修飾を受けており、両親のサルから受け継いだ両方の対立遺伝子がCas/RNAによるターゲティングによって修飾されうることが明らかになった。
なお、2匹のファウンダ―サルの異なる組織で
Ppar-γの1塩基挿入による単一遺伝子型(genotype)が認められた。この1塩基挿入が本当の変異ではなくSNPである可能性を除外するために、親と代理母の標的部位を増幅してT7EN1切断アッセイ後シークエンスを行った。その結果、同じ1塩基の存在は除外され、この挿入は実際にCRISPR/Cas9による
Ppar-γ遺伝子の修飾であることが確認された。以上より、サルゲノムの1細胞胚へのマイクロインジェクションによってCas9/RNAによる部位特異的なゲノム修飾が可能であることが示された。
モザイシズム
培養胚とファウンダ―サルの両方のシークエンスデータが複数の遺伝子型を示したことは重要である。これは、CRISRP/Cas9による切断がサルの胚発生の異なる段階で複数回起き、他の種で見られてきたような修飾のモザイシズム(一つの個体で遺伝子修飾が細胞間で異なること)を起こすことを示唆している。
現在、ファウンダー乳児は施設で飼育され正常に育っている。ファウンダ―乳児の組織採取が限られていることから、ゲノム修飾と形質のより完全な解明は行えていない。ファウンダ―サルが生体に成長するまで、また他のファウンダ―が生まれてサンプルが多く得られるまでそれらの検討は待つ必要があるだろう。
オフターゲット解析
CRISPR/Cas9システムの重要な懸念はオフターゲット効果(標的部位以外で遺伝子に変異を起こしてしまうこと)である。マウスでは、遺伝するオフターゲットの変異が見られることがあり、これらの遺伝子改変サルでもそれが見られないか、84か所の予想されるオフターゲットサイト(OTS)について検討した。これらは、
Nr0b1のsite1対する9か所、site 2に対する20か所、
Ppar-γのsite 1に対する14か所、site 2に対する20か所、
Rag1に対する21か所である。臍帯からのゲノムDNAを用いてこれらの部位のオフターゲット効果を調べた。これらのオフターゲット予測部位の周囲の断片をPCRで増幅してT7EN1切断アッセイを行った。17のPCR産物から切断バンドが得られ、TA シークエンスによって配列を調べたが、すべての切断はSNPかリピート配列によるものであり、オフターゲットによる変異によるものは認められなかった。すなわち、本研究ではCas9/RNAによるオフターゲット変異は認められなかった。今までに変異Cas9を用いてオフターゲット変異を最小限に減らす試みも報告されており、今後さらに、サルの遺伝子改変方法としてのCRISPR/Cas9は信頼性が高いものになるだろう。
【結論】
カニクイザルの1細胞期の受精卵にCas9 mRNAとsgRNAsを同時注入することによって、効率よく部位特異的な遺伝子修飾ができた。本研究では、複数の遺伝的変異を一度に導入でき、しかもオフターゲット効果は認められなかった。このようにCRISPR/Cas9システムを用いてサルの遺伝子ターゲットが行うことができるようになったため、将来的には遺伝子改変霊長類を作製することが可能となるだろう。