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オートファジー解明の歴史

Eaten alive: a history of macroautophagy.

Yang Z, Klionsky DJ.

Nat Cell Biol. 2010 Sep;12(9):814-22.

【総説内容】
オートファジーという単語はギリシア語の「自らを(auto)」「食べる(phagy)」に由来する。細胞質内にある分子は、二重膜の小胞に隔離されて(このような小胞内で輸送される「積み荷」分子は、「cargo=貨物」と呼ばれる)、最終的にリソソームに運ばれて分解されるが、このような真核生物で保存された基本的なメカニズムがオートファジーと呼ばれている。40年以上も前にオートファジーが初めて発見されてから、なぜ細胞はこのよう自己消化の機構があるのかという点は大きな疑問であった。最も単純な仮説として、オートファジーは細胞内の「ごみ」を除去するメカニズムであると考えられた。すなわち、細胞内に蓄積した折り畳み不全の蛋白、傷害を受けた細胞小器官、侵入微生物などの「ごみ」を除去するのがオートファジーであると考えられている。その後、オートファジーはそれらをリサイクルして利用可能な栄養素とし、ストレス下でエネルギーを供給するという適応反応として重要と考えられるようになった。

オートファジー概念の発展
40年以上前、ClarkとNovikoffは、マウス腎のミトコンドリアが膜結合分画内に認めらえることを報告し、この膜構造の中にはリソソーム酵素が含まれていることを見出した。さらにAshfordとPorterは、グルカゴンを添加したラット肝細胞内に、部分的に消化されたミトコンドリアや小胞体(endoplasmic reticulum)を含む膜結合小胞を見つけ、その後NovikoffとEssnerが、この小胞がリソソーム加水分解酵素(hydrolases)を含んでいることを発見した。1963年にdeDuveは、さまざまな傷害段階の細胞質内因子や細胞小器官を含む一重または二重膜の小胞の存在を表すのに、「オートファジー」という新しい造語を用いた。この隔離小胞(sequestering vesicle)を「オートファゴソーム」と名付けた。

1967年にde DuveとDeterはグルカゴンによってラット肝細胞にオートファジーが誘導されることを報告している。グルカゴンとは逆に、インスリンリンはオートファジーを抑制する。Mortimoreとshworerは、オートファジーによる分解の最終産物であるアミノ酸がオートファジー抑制に働くことを見出した。以上から、オートファジーはエネルギー欠乏状態への適応反応として、エネルギーを生成するメカニズムであると考えられた(エネルギー過剰状態ではインスリンシグナルが増加し、これがオートファジーを抑制。グルカゴンシグナルはその逆と考えられる)。SeglenとGordonはオートファジーの阻害剤として3-メチルアデニンが報告され、オートファジーはprotein kinasesとphosphatasesによって調節されることも分かってきた。

1950年から1980年初頭までの初期のオートファジー研究は形態学的解析に基づいたものである。de Duveらはリソソームとの融合というオートファジーの後期段階について検討したが、Seglenはオートファジーの初期、中期の段階について検討し、phargophore(初期の隔離小胞でオートファゴソームに発達する)やamphisome(オートファゴソームとエンドソームの融合によって形成される非リソソーム小胞)を同定した。

ほとんどすべての細胞は、細胞質内の蛋白や細胞小器官を「非特異的に(non-specific)、大雑把に丸ごと(bulk)」隔離して、リソソームで分解するメカニズムを持つとde Duveは考えたが、異常蛋白や細胞小器官を「特異的に」分解する仕組みの存在も考えていた。1973年にはBolenderとWeibelが、細胞小器官が「特異的に」オートファジーによって分解されることを初めて報告した。 BeaulatonとLockshinによって昆虫の変態期にはミトコンドリアが選択的に消失することが示され、1983年にはVeenhuisによって過剰となったペルオキシソームがオートファジーによって選択的に分解されることが示された。このように、当初報告された「非選択的」オートファジーに対して、「選択的」オートファジーが起こりうることが、酵母や高等真核生物で報告されている。

オートファジーの分子機構の解明
当初オートファジーは哺乳類細胞で発見されたものの、オートファジー調節の解明においてブレイクスルーが起きたのは酵母の解析からである。まず、Ohsumi (大隅良典)のグループにより哺乳類細胞と同様のオートファジーの形態変化が酵母でも認められることが報告された。さらに、酵母の遺伝的スクリーニングによりオートファジーに変異が認められる変異体酵母が初めて単離された。同様のスクリーニングによって、ペルオキシソームの分解(ペクソファジー:pexophagy)や液胞に加水分解酵素(aminopeptidaseなど)を運ぶCvt経路 (cytoplasm to vacuole targeting pathway)の変異体が同定された。さらに、1997年には最初のオートファジー関連(autophagy-related=Atg)遺伝子であるATG1が同定された。このATG蛋白は次々と発見され、最近では選択的ミトコンドリア分解(マイトファジー:mitophagy)に関わる変異体から、ATG32とATG33が同定されている。

Cvt経路・pexophagy・mitohpagy、マクロオートファジーは形態的、機能的にも似ているが、重要な点で異なっている。それはマクロオートファジーは一般に非選択的と考えられているが、Cvt経路・pexophagy・mitohpagyは高度に選択的である。Pexophagy・mitohpagy・マクロオートファジーは蛋白や細胞内小器官を分解する方向に作用するが、Cvt経路は生合成的に働く経路である。これらすべての経路は、オートファゴソームの形成に必須であるAtg蛋白のサブセットを共通に利用しているため、このAtg蛋白群をコア・マシーナリー(core machinery)と呼んでいる。

このコア・マシーナリーには4つの基本的なグループがある。(1) Atg1-Atg13-Atg17キナーゼ複合体、(2)classⅢ PI 3-kinase (PtdIns3K)複合体I (Vps34、Vps15、Atg6、Atg14)、(3)ユビキチン様蛋白(Atg12、Atg8)、(4)Atg9とそのサイクリングシステムである。さらに、酵母においては、コア・マシーナリーは液胞(哺乳類細胞のリソソームに相当する小胞)の周囲にあるphagophore assembly site (PAS)と呼ばれる部位に集中しており、phagophoreの拡張がオートファゴソーム形成につながる働きを協調して行っている。コアとなるオートファジー構成因子の5番目のセットは、オートファジーの最後段階、すなわち液胞内に含まれた小胞やcargoの分解に必要な蛋白、さらにはこれらの分解産物を再利用のためにアミノ酸を細胞質に放出する膜輸送体(permease)蛋白などである。

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図1:酵母におけるオートファジーとCvt経路
細胞質内の分子や細胞小器官は、phagophore assembly site (PAS)由来の二重膜隔離小胞(phagophore)によって貪食(engulf)される。これらの分子や細胞小器官はcargo(貨物、積み荷)と呼ばれる。また、Cvt経路は選択的で、生合成的に働くオートファジーの経路である。Cvt小胞(直径140‐160 nm)は特異的cargoであるprApe1(precursor form of aminopeptidase I)とAtg19受容体からなるCvt複合体を包み、細胞質を非特異的に(大雑把に;bulk)除去する作用がある。オートファゴソーム(直径300-900 nm)は、細胞内小器官やCvt複合体をも含む細胞質を貪食する小胞である。これらの小胞は最終的には、液胞(vacuole)と融合し、自らの二重膜のうち内側の一重膜の部分を液胞内腔に放出する。この一重膜が分解されるとprApe1が成熟preApe1(mApe1)となり、細胞質成分が分解され、液胞permease(膜を通過する輸送体、酵素ではないが-aseで呼ばれる)を通して大分子(macromolecule)のリサイクルが起きることになる。

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図2:哺乳類のオートファジー
Phagophore(隔離小胞)が形成され、それらが引き伸ばされ、拡大し、閉鎖するというステップを通って、二重膜オートファゴソームの完成に至る。オートファゴソームはエンドソームやリソソームと融合して、最終的な成熟段階(それぞれamphisome、autolysosomeと呼ばれる)となる。オートファゴソームの内膜およびそのcargoがautolysosome内の加水分解酵素によって分解され、その結果生じた大分子はpermeaseを介してリサイクリングされる。現在までに酵母のPASが哺乳類細胞にもあるという証拠はない。

哺乳類細胞のコアマシーナリーであり、オートファジー誘導に必要とされるULK1/ULK2複合体、オートファゴソーム形成に必要とされるclass III PtdIns3K複合体、細胞膜をオートファゴソーム形成に導くのではないかと考えられているmammalian Atg9(mAtg9)、phagophore膜の延長と拡大に働くことが想定されているLC3II、Atg12-Atg5-Atg16L複合体が図に示されている。

最近の分子レベルの解析によって、多細胞真核生物におけるオートファジーの調節がいかに複雑かが分かってきた。例えば、線虫で多細胞生物に特異的な4つのオートファジー遺伝子が同定された(epg-2epg-3/VMP1, epg-4/EI24, epg-5)。Epg-2はcargo認識に働き線虫に特異的な遺伝子だが、他の3つの遺伝子は線虫から哺乳類まで保存されている。ヒト細胞の2つの大規模スクリーニングによって、ほかにも数多くのオートファジー関連蛋白を結合する因子が同定され、オートファジーの過程を調節するシグナル伝達ネットワークを形成していることが明らかになっている(Behrends C, 2010 Lipinski MM, 2010)。

オートファゴソーム膜の由来については、現在でも議論があるところである。小胞体膜・ミトコンドリア外膜・細胞膜などがオートファゴソーム膜の形成に役立っていると考えられているが、詳細は不明である。また、Atg蛋白の構造解析もオートファジー機構の解明には重要である。最初に報告されたのは哺乳類のAtg8のホモログであるGABARAPおよびLC3の構造であった。最近では、PtdIns3K阻害剤と複合体を形成したVps34の構造が報告され、このキナーゼを標的にしたオートファジー阻害剤のデザインに役立つと考えられている。

オートファジー調節のシグナル伝達
1995年にMeijerのグループはTOR阻害剤であるrapamycinがラット肝細胞にオートファジーを起こすこと、rapamycinがアミノ酸によるオートファジー抑制効果を減少させることを報告し、これによりオートファジーに至るシグナル伝達の研究がスタートした。アミノ酸はribosomal protein S6のリン酸化を促進するが、これはrapamycinにより抑制される。すなわち、オートファジーの調節にはTOR依存性経路とアミノ酸依存性経路が関与していることが分かる(図3)。

ラット肝細胞において、PtdIns3K阻害剤(wortmannin、LY294002)はアミノ酸によるS6リン酸化を阻害するが、予想外なことにPtdIns3K阻害剤はアミノ酸がない状態下でも(アミノ酸依存性経路を介さなくても)オートファジーを阻害する。これはPtdIns3Kに2つのクラスがあることにより説明可能である。すなわち、class III PtdIns3Kの産物であるPtdIns(3)Pはオートファジー促進に働くのに対し、class I PtdIns3Kの産物であるPtdIns(3,4)P2とPtdIns(3,4,5)P3はオートファジーを阻害する。PtdIns(3,4)P2とPtdIns(3,4,5)P3を脱リン酸化するphosphataseであるPTENを過剰発現させると、オートファジーは促進される。PtdIns3K阻害剤はどちらのクラスのPtdIns3Kも阻害してしまうので、オートファジーとS6リン酸化両方を低下させることになる。

インスリンはオートファジーを阻害するが、細胞膜のインスリン受容体活性化はclass I PtdIns3K活性化とそれに伴うPtdIns(3,4,5)P3産生を起こし、それによってPDK1活性化によるPKB/Aktリン酸化(活性化)が起きる。これはTOR活性化を起こし、最終的にオートファジー抑制につながることが示されている。さらに、TOR非依存性経路である、ストレス反応性のJNK1およびdeath-associated protein kinase (DAPK)によってBeclin 1が活性化される経路もある。

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図3:哺乳類オートファジーの調節のためのシグナル伝達
図で青く示した分子および矢印はオートファジー促進に、赤い分子と矢印はオートファジー抑制に働くことを表す。TORはclass I PtdIns3K依存性のシグナルとアミノ酸依存性のシグナルを統合してオートファジーを調節する非常に重要な分子である。インスリン受容体活性化によりclass I PtdIns3K-PKB/Akt-TOR経路が活性化される。PKBの活性化はTSC1-TSC2の阻害をもたらし、Rheb GTPase安定化を介してTOR活性化、オートファジー抑制につながる。また、アミノ酸はRaf-1-MEK1/2-ERK1/2シグナル伝達経路を活性化することによりオートファジーを抑制する。エネルギー欠乏はLKB1によるAMPKリン酸化(活性化)をもたらし、これがTSC1-TSC2をリン酸化(活性化)しTORを不活化することによりオートファジーを誘導する。p70S6K kinaseはTORの基質であり、負のフィードバック経路を介してTOR活性を抑制し、基底状態のオートファジーを維持している。JNK1とDAPKはBeclin 1(図ではphagophore膜に結合していることを示している)をリン酸化することによりBeclin 1に結合したclass III PtdIns3K複合体を活性化し、オートファジー促進に働く。

生理機能および疾患においてオートファジーの果たす役割
① がん

がんは、オートファジーの障害によって起きる重要な疾患である。オートファジーに必須の蛋白であるBeclin 1は腫瘍抑制因子でもある。Beclin 1は抗アポトーシス因子であるBcl-2に結合するが、この結合によってBeclin 1結合hVps34 PtdIns3K活性が低下し、オートファジーが阻害される。染色体の17q21でのbeclin 1の単一対立遺伝子性の欠損はヒト卵巣がん、乳がん、前立腺癌の40-75%で認められている。マウスでbeclin 1のヘテロ欠損やAtg4C欠損があると自発的がん化の率が増加する。すなわち、オートファジーは腫瘍抑制に働く重要な機構である。重要なことに、オートファジーは微小環境における低酸素や低栄養といったストレス下では、腫瘍細胞の生存を促進もする。したがって、がんはオートファジーをうまく利用して、がん化学療法における細胞障害に抵抗し、自らの増殖を促進することができる。すなわち、オートファジーはがん細胞生存に対して正にも負にも作用しうるのである。おそらく、オートファジーは当初はがん化を抑制するように働くが、一度がんが成長した後では腫瘍細胞はオートファジーを自らの細胞保護に利用して生存を図るのだろう。

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図4がん化とアポトーシス、オートファジーの複雑な関係
①腫瘍細胞に代謝ストレスがかかると、アポトーシスによって細胞死が起こり、腫瘍の成長が停止する(左)。その際に、ストレス下の腫瘍細胞ではオートファジーが活性化されるため、細胞生存が活性化され、腫瘍が安定化するということがある(右)。②オートファジーが欠損した腫瘍細胞はストレス下では細胞死を起こす。③アポトーシスが欠損した腫瘍細胞はストレス下に置かれても、オートファジーが活性化されることによりp62増加や蛋白凝集体の形成が抑制されるため、細胞死が起こらないようになる。④しかし、ここでアポトーシスに加えてオートファジーも欠損させるとp62蓄積、障害されたミトコンドリアの増加、活性酸素種の増加、蛋白凝集体の蓄積などが起きてきて、これらがゲノムの傷害、がん遺伝子活性化が起きて、腫瘍増殖を促進することになる。


② 神経変性
Rubinszteinらは、オートファジーがある種の凝集体を形成しやすい蛋白(Huntington病に関わる蛋白など)の分解に関わっていることを示した。Huntington病のマウスモデルにおいて、TOR阻害によってオートファジーを起こすと変異huntingtin凝集体の蓄積が減少し、神経変性が防止される。オートファジーの活性化は神経変性疾患における生理的反応として重要である。神経細胞特異的Atg5またはAtg7ノックアウトマウスでは、細胞質内に神経変性を起こしうる異常蛋白の蓄積が起きる。さらに、選択的オートファジーによっても神経細胞から異常な凝集蛋白が取り除かれる。p62およびNBR1はポリユビキチン化された凝集蛋白や傷害を受けた細胞小器官を選択的にオートファジーで除去するためのcargo受容体である。

③ 先天性免疫と適応免疫
1984年にRikihisaはリケッチアに感染した細胞でオートファジーが誘導されていることを報告し、これによりオートファジーが免疫に関与していることを示すことが明らかになった。2004年にはYoshimoriらとDereticおよびColomboらのグループによってオートファジーは細菌性病原体(Mycobacterium tuberculosisおよびStreptococcus pyogenes)の侵入に対する重要な防御機構であることが明らかにされた。最近ではDrosophilaにおいて、細胞内のパターン認識受容体であるPGRP-LEがListeria monocytogensの侵入を認識しオートファジーを介する宿主防御が起きることが報告されている。また、ヒトのオートファジー受容体であるNDP52はユビキチンコートされたSalmonella entericaを検出して、LC3に結合させることによりオートファゴソームに移動させることが示されている。神経細胞にBeclin 1を強制発現させたマウスではalphavirusの複製が起こらず脳炎が防止できる。Herpes simplex virusが先天性免疫をくぐり抜け疾患を起こすためには、オートファジーが抑制されている必要がある。なお、ある種の細菌やウイルスは自身の複製のためにオートファジーを利用していることも重要である。さらに、オートファジーは適応免疫反応の促進にも重要な役割を果たしており、MüntzらはEBウイルス蛋白(EBNA1)のMHC class IIでの抗原提示にはオートファジーが関わっていることを報告している。

④ 老化と寿命
障害を受けた蛋白や細胞内小器官(ミトコンドリアなど)が進行的に蓄積していくことは、老化しつつある細胞で共通に見られる現象である。Bergaminiらは老化マウスにおいてin vivoで、単離肝細胞においてin vitroでオートファジーが低下していることを示している。また、Levineらは、線虫でBec-1(線虫のBeclin 1)をノックダウンすると、daf-2(線虫のインスリンシグナル遺伝子)欠損変異体の寿命延長形質が阻害されることを示した。さらに、Atg7欠損Drosophilaは寿命が短く、成虫Drosophilaでオートファジーを促進すると寿命が延長することから、オートファジーは寿命延長に重要な役割を果たしていることが分かる。

⑤ 発生と細胞死
Ohsumiらにより、オートファジー欠損変異体の酵母は飢餓培地に置いたときに胞子形成が起きないことが報告されている。その後のさまざまな生物での検討によって、オートファジーは発生に重要な役割を果たすことが分かってきた。例えば細胞性粘菌(Dictyostelium discoideum)のオートファジー欠損変異体は多細胞の発生が起きない、線虫のオートファジー遺伝子欠損体では正常な耐性幼虫(dauer)形成が起きない、DrosophilaのAtg1またはAtg3変異体は幼虫からさなぎへのステージで早期死亡する、マウスでbeclin 1を欠損させると胎性致死となる、などのことが報告されている。これらの結果から、オートファジーは発生期のリモデリング過程での栄養素を供給する重要な役割があると考えられてきた。しかし、このような結論には注意が必要なようである。例えば、Atg7欠損Drosophilaは正常な変態を示し、Atg5欠損マウスおよびAtg7欠損マウスは胚形成期を生存すれば正常に誕生する。しかし、Mizushimaらは卵母細胞特異的Atg5欠損マウスを用いて、受精の直後にオートファジーが誘導され、オートファジーは初期の胚形成の短期間に必須であるがその後の胚の発生には必要でないことを報告している。

オートファジーは細胞生存には重要な役割を果たすが、細胞死における意義も長い間想定されてきた。た。1960-1970年代の電子顕微鏡的な検討によってDrosophilaの幼虫組織の破壊の際に、オートファジーの液胞が蓄積していることが観察された。これらの知見から、オートファジーを伴う細胞死というが概念が生まれ、それはアポトーシス(type I programmed cell death)に対して、しばしばtype II programmed cell deathと呼ばれた。YuおよびShimizuによって、アポトーシスが起きないようにすると(caspase-8阻害またはBax/Bakダブルノックアウト)、オートファジー細胞死が起きることが報告されている。発生過程ではある一定の細胞群が大きく除去される必要があるので、オートファジー細胞死は発生にとって特に重要と考えられる。哺乳類の発生における細胞死にオートファジーが必要という証拠はまだないが、Drosophilaの唾液腺細胞の発生においてオートファジーが必要という報告がある。Drosophilaの貪食細胞受容体であるDraperは細胞生存に働くオートファジー(飢餓により誘導されるオートファジー)でなく、細胞死に関わるオートファジー(唾液腺分解におけるオートファジー)を起こすため、この2つのオートファジーは異なるものと考えられた。しかし、唾液腺の急速な破壊の過程で、オートファジーとアポトーシスの独立した役割を分離するのは難しい。発生過程での細胞死におけるオートファジーの生理的役割は複雑であり、たとえ死細胞でオートファジーが起きていることが観察されても、それが「オートファジーによる細胞死」ということにはならないのではないかとも言われている。現在のところ、オートファジーが生理的な細胞死を起こしているという直接の証拠はほとんどなく、多くの研究者が「オートファジーの特徴を伴った細胞死」という表現をしている。なお、オートファジーは発生過程のプログラム細胞死に限らず、さまざまな疾患で見られる細胞死でも観察される。オートファジーには細胞生存と細胞死をそれぞれ促進させるという相反する役割があるようであり、今後の解明が待たれる。

結論
① オートファジーは傷害を受けた蛋白や細胞小器官、侵入病原体などを除去するためのメカニズムとして、また飢餓やストレス下で必要な栄養素を維持し細胞を生存させるメカニズムとして働いている。このようにオートファジーは細胞生存にとって有利な適応反応であるが、オートファジーの過剰な活性化は有害でもある。オートファジーはがん細胞が化学療法に抵抗性となるのにも利用されており、またオートファジーの過剰な活性化は細胞死を起こしうる。したがって、疾患治療のためには適切なオートファジーの刺激や阻害が必要だろう。
② オートファジーを調節するシグナル伝達経路は、まだまだよく分かっていない。特に複雑なシグナル伝達の入力の結果起こるオートファジーの特異性と大きさがどのように規定されているかという問題は今後解明が必要である。
③ Atg蛋白の作用、オートファゴソーム形成における膜の由来、小胞を隔離しておくメカニズム、オートファジーの選択性など、多くの基本的疑問が未解決である。
# by md345797 | 2013-11-22 02:20 | その他

出芽酵母のオートファジー欠損変異体の単離と特徴 (FEBS Lett. 1993)

Isolation and characterization of autophagy-defective mutants of Saccharomyces cerevisiae.
Tsukada M, Ohsumi Y.
FEBS Lett. 1993 Oct 25;333(1-2):169-74.

【まとめ】
1960年頃に哺乳類の細胞で明らかになったオートファジーは、1992年に酵母でも同様に起きていることが報告された。翌1993年に発表された本論文は、分裂酵母の液胞を光学顕微鏡下で観察して細胞を選択するという方法で、史上初めてオートファジーが欠損した変異体を単離した実験の報告である。この時初めて単離されたオートファジー欠損変異株は、apg1(autophagy)1と命名された(=これは現在のatg1(autophagy related 1)に相当するものである)。この変異株は、液胞内に正常のプロテイナーゼを持っているのに、窒素飢餓の状態に置いても蛋白分解を起こすことができず(=オートファジーが起こらず)、それによって生存能力が大きく低下している。飢餓培地での生存能低下という特徴を用いて、さらに他のオートファジー欠損株(全部で15)を単離することができ、酵母のオートファジーには少なくとも15のAPG遺伝子が関与していることが分かった。本研究で初めてオートファジー欠損変異体を単離したことは、その後のオートファジーの分子レベルでの解明の第一歩となった。

【論文内容】
1. 背景

1960年頃には、細胞質の成分が非選択的に液胞に運ばれて分解されるターンオーバー機構としてオートファジーの存在が知られていた。これは、哺乳動物の細胞が栄養飢餓(nutrient deprivation)にさらされたときに、自己の細胞質成分をリソソームにおいて分解し、アミノ酸などの生体内物質をリサイクルするための機構であると考えられていた。しかし、哺乳類細胞はオートファジーの過程を生化学的に解明するためには非常に複雑であった。1992年に大隅良典らは、哺乳類細胞で起きているオートファジーと同様の過程が、(最もシンプルな真核生物のモデルである)出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeでも起きていることを報告した。酵母を栄養飢餓の状態に置いてオートファジーが誘導されると、細胞質に隔離膜が出現し、細胞質成分を取り囲みながら膜が伸長する。これが二重膜構造を持つオートファゴソームとなって、液胞(vacuole)と融合すると、液胞内の多様な加水分解酵素(プロテイナーゼ)によってオートファゴソームの内膜ごとその内容物が分解される。

液胞のプロテイナーゼが欠損した酵母は、通常の培地から栄養飢餓の培地に移すと、液胞の中に「オートファジックボディ(AB’s)」と呼ばれる球状の膜構造が蓄積する。AB’sは細胞質のコンポーネントを液胞に移送・隔離するために用いられる小胞である。プロテイナーゼ欠損株や、野生型にPMSF(プロテイナーゼ阻害剤)を添加した場合は、AB’sが液胞内で直ちに分解されるため、液胞内にAB’sが蓄積しなくなる。したがってこの「液胞中のAB’sの蓄積」を観察することにより、哺乳類おけるオートファーゴソームに当たるものの形成を簡単に確認することができる。酵母の系を用いることによって、オートファジー過程におけるシグナル伝達経路の解明や細胞内膜構造の変化の詳細な解明が可能になる。

2.方法
①酵母の系統は、X2180-1A(「酵母の性である」接合型を決定するMAT遺伝子がMAT a)とX2180-1B(MAT 遺伝子がMAT α)、およびBJ3505(MAT a)とBJ3501(MAT α)を用いた。これらを完全栄養培地(YEPD)や、合成培地(栄養が欠損しているSDおよび窒素欠乏のSD(-N)、炭素欠乏のSG)を用いて培養した。

②オートファジー欠損株の単離は、次の2つの手順で行った。
まず、オートファジー欠損株は、炭素飢餓培地に置くと蓄積されるはずの液胞内AB’sの蓄積が起こらないので、これを光学顕微鏡で形態を観察して単離できる。BJ3505細胞をYEPD培地で培養した後、突然変異誘起剤であるEMS(メタンスルフォン酸エチル)を加える。その後YEPDプレートで成長したコロニーを滅菌爪楊枝でSG(炭素飢餓培地)プレートに移し、光学顕微鏡下で液胞内にAB’sがないものを選択する。これらをさらにYEPDプレートで培養後、炭素飢餓の液体培地に移し、再度顕微鏡下でAB’s蓄積が見られない細胞を選び出す。
変異体を単離する2つ目の手順は、X2180-1A細胞に突然変異を起こさせた後、YEPD培地で培養する。そこで得られたコロニーを、窒素飢餓培地であるSD(-N)プレート上で、赤色染色剤phloxine Bを添加して培養する。赤く染色された(死細胞を含む)コロニーを選択して、再度YEPDプレート上で成長させた後、PMSFを加えたSD(-N)液体培地に移す。その後光学顕微鏡下で、液胞内にAB’sの蓄積がない細胞を選択する。

③酵母における蛋白の分解は、酵母を[14C]LeucineでラベルしTCA可溶性分画(上清)の放射活性を調べることで測定した。また、酵母細胞の生存能は、細胞をphloxine Bやキナクリン、LY(ルシファーイエローCH)で染色することにより測定した。

3.結果
3.1. 液胞内にAB’s の蓄積が見られない変異体を光学顕微鏡下で単離

酵母細胞を通常の栄養培地から栄養飢餓の状態(窒素や炭素を欠失させた飢餓培地)に置くと、それに反応してオートファジーが誘導される。野生型の酵母細胞を飢餓培地に移した場合は、オートファジーが起きて液胞内にAB’sができても、直ちに液胞内のプロテイナーゼで分解されてしまうので液胞内にAB’sの蓄積は見られない。しかし、プロテイナーゼ欠損株を飢餓培地に移した場合は、オートファジーが起きて液胞内にAB’sができると、これが液胞内で分解されないために液胞内AB’sの蓄積が観察される(なお、野生型株をプロテイナーゼ阻害剤であるPMSFを添加した飢餓培地に置いても、同様に液胞内のAB’sが観察される)。

そこで、まずプロテイナーゼ欠損株に突然変異を誘発し、その中で「飢餓培地に置いたにも関わらず液胞内にAB’sが観察されない細胞」を光学顕微鏡下で単離すれば、それはオートファジーの過程が欠損した変異体が得られたことになる。

実験では、プロテイナーゼ欠損株であるBJ3505にEMSを加えて突然変異を誘発し、その後炭素飢餓培地(SG培地)で培養して得られた5000コロニーを顕微鏡で観察し、液胞内AB’sが蓄積されない変異体の候補を10コロニー単離した。これをBJ3501と交配させたところ、得られた10変異体すべてが飢餓培地での培養でAB’sの蓄積が認められた(すなわちこれら変異は劣性である)。さらにこれらをX2180-1Bと交配させ、得られた二倍体(diploids)を胞子形成させて四倍体(tetrads)とし、これらの分離個体(segregants)のうちPMSF下でAB’sの蓄積が起きないものを単離した。その結果、2つの変異体の対立遺伝子(apg1-1apg1-2autophagy)があることが分かり、apg1-1変異体をX2180-1Aまたは1Bに4回交配してX2180-1Aとほぼ遺伝的に同一な変異体株MT14-1B(MATa apg1-1)を得ることができた。

3.2. apg1変異体の特徴
野生型(X2180-1A)およびそれと遺伝的に同一な変異型(MT14-1B)を通常の栄養培地で培養後、窒素飢餓培地(PMSFを添加)に移し、2、4、8時間培養し、光学顕微鏡で観察した。野生型細胞では4-5時間で液胞内AB’sの蓄積が観察されたが、apg1変異型細胞では8時間後まで(さらに24時間後までも)AB’sの蓄積は確認されなかった。すなわち、apg1変異細胞では窒素飢餓培地での液胞内AB’s蓄積(栄養飢餓状態におけるオートファジー)が起きないことが分かる。

次に窒素飢餓培地における蛋白分解(protein degradation)について調べた。[14C]leucineでラベルした野生型細胞を飢餓培地に移すと、TCA可溶性分画の放射活性(すなわち蛋白分解)は有意に増加する(液胞による蛋白分解の促進を表す)。この窒素飢餓培地にPMSFを添加すると、PMSF感受性の蛋白分解が阻害されるため、飢餓培地に置いたことによる蛋白分解は60%程度に抑制される。ヘテロ二量体(APG1/apg1-1)から得た四倍体では、2つの分離個体は野生型と同じく蛋白分解が起きたが、2つの分離個体は蛋白分解が少なかった。前者はPMSF添加で蛋白分解は抑制されたが、後者はPMSFで抑制されずPMSF存在下でも液胞内AB’s蓄積が起こらなかった。以上から、PMSF感受性の蛋白分解は液胞内で起きており、apg1変異体の蛋白分解欠損はAB’s形成の欠損によると考えられた。

オートファジー欠損apg1変異体のも一つの特徴は、窒素飢餓培地での生存能力(viability)の消失である。野生型と変異型の細胞を栄養培地で培養した後、窒素飢餓培地に移し、phloxine Bで染色されるかどうかで生存能力を検討した。その結果、野生型は5日以上生存できたが、apg1変異型は2日で生存能力を失った。四倍体解析により、窒素飢餓培地での生存能力がないものはAB’s蓄積が起きない形質を伴っていることが示された。さらに、proteinase A(PrA)の欠損またはPrAとPrBの欠損株は窒素飢餓培地に置くとapg1変異型と同様の生存曲線を描いたため、apg1変異による生存能力の消失は液胞のプロテイナーゼ作用(蛋白分解)の欠損によるものと考えられた。

3.3. 他のapg変異体の単離
オートファジーの過程、すなわち細胞質の成分を二重膜構造であるオートファーゴソーム内に隔離し、オートファーゴソームが液胞に融合するためには、さらに多くの遺伝子による緊密な調節が行われているはずであるため、他にもapg変異体が存在すると考えた。

他のapg変異体を単離するため、apg1変異体で認められた窒素飢餓培地での生存能力の低下という形質を最初のスクリーニングに用いることにした。野生型(X2180-1A)にEMSを添加して突然変異を誘発した後、phloxine Bを加えた窒素飢餓培地で培養し、赤色に染色された(死細胞を含む)コロニーを選択した。次のスクリーニングとして、PMSFを含む窒素飢餓培地中で液胞内にAB’sが蓄積しない細胞を光学顕微鏡で選択した。約38,000個の突然変異を起こした細胞から、約2700個の赤色染色コロニーを選択し、そこから液胞内AB’s蓄積が見られない99のapg変異体を得た。これらを野生型株(X2180-1B)と交配したものから変異形質が2:2に分離されないものを除き、最終的に15種類の変異体を得た。そのうちの一つはapg1-1であり、他の14種類をapg2-1からapg15-1と命名した。

3.4. agp変異体の形質
すべてのapg変異体は野生型細胞と連続的に交配したところ、通常の栄養培地で成長した。すなわち、いずれの変異があっても、通常の培地では明らかな細胞周期の異常は起きない(生存可能である)。しかし、窒素飢餓培地での生存能力は低下していた(2日間は生存するが、5日目には生存は20%程度)。

すべてのapg 変異体のホモ二倍体は胞子形成ができなかった。また、PMSFを添加した炭素飢餓培地や単一アミノ酸飢餓培地下で(窒素飢餓培地と同様に)液胞内AB’s蓄積が見られなかった。これは、各々のapg変異体は、さまざまな栄養飢餓シグナルがオートファジーをもたらす過程のうち、ある共通のステップに欠損があることを示している。また、すべてのapg変異体は窒素飢餓培地下でPMSF感受性の蛋白分解は極めて少なかった。すなわち、これらのapg変異体がAB’sを分解するにはPMSF抵抗性のプロテアーゼによるのではなく、主にオートファジーによるためと考えられた。

液胞の内側はH+-ATPaseによって酸性pHとなっているため、pH依存的にキナクリンで染色できる。栄養培地で増殖中のapg変異体は野生型細胞と同様、キナクリンが液胞に蓄積してラベルされる。すなわち、apg変異体でも液胞内の酸性化は障害されていない。酵母細胞はLYをエンドサイトーシスによって取り込み、エンドソームから液胞に輸送される。この染色もapg変異体、野生型ともに液胞が染色されたため、apg変異体もエンドサイトーシスの過程は正常に機能していることが示された。さらに、変異体ではPrAの液胞への輸送も正常であり、apgの変異体形質は液胞機能の異常によるものではないことが示された。

【結論】
光学顕微鏡で液胞内のAB’s蓄積が欠損している変異体を選び出すことにより、オートファジー欠損変異体を単離し、apg1変異体と名付けた。この変異体は栄養飢餓状態(飢餓培地)における生存能力が低下していた。さらに、飢餓培地での生存能低下を利用してスクリーニングすることにより、他にも14のapg変異体を単離することができた。これらの変異体はすべて、飢餓培地における液胞での蛋白分解が低下しており、それが生存低下につながっていると考えられた。このオートファジーの蛋白分解がなぜ生存に必要かは今後の検討が必要である。

今回明らかになった少なくとも15のAPG遺伝子は、栄養飢餓状態におけるオートファジーのさまざまな過程(例えば、オートファーゴソーム膜の生合成、細胞質成分のオートファーゴソームへの隔離、オートファーゴソームの液胞への輸送、オートファーゴソームの液胞膜の認識や融合など)で必要な遺伝子なのだろう。個々のAPG遺伝子の役割の解明により、オートファジーのメカニズムと調節が分子レベルで明らかになると思われる。
# by md345797 | 2013-11-02 08:23 | その他

CIRPは出血性ショックや敗血症後の炎症反応を起こす、傷害関連分子パターン(DAMPs)の一つである

Cold-inducible RNA-binding protein (CIRP) triggers inflammatory responses in hemorrhagic shock and sepsis.

Qiang X, Yang WL, Wu R, Zhou M, Jacob A, Dong W, Kuncewitch M, Ji Y, Yang H, Wang H, Fujita J, Nicastro J, Coppa GF, Tracey KJ, Wang P.

Nat Med. Published online. Oct 6, 2013.

【まとめ】
出血性ショックや敗血症時には、全身性の炎症反応が認められる、この研究で、外科ICU入院中の出血性ショック患者の血清でcold-inducible RNA-binding protein (CIRP) が増加していることが分かった。ラットの出血および敗血症モデルでも心、肝、血清中のCIRPが増加していた。また、低酸素ストレス下の培養マクロファージでは、CIRPは核から細胞質に移行し、細胞外に放出された。組み換えCIRP蛋白をマクロファージに添加するとTNF-αおよびHMGB1分泌が増加し、in vivo投与すると組織障害(血清AST、ALT増加)を引き起こした。出血によるTNF-αやHMGB1の分泌増加や死亡率はCIRP欠損マウスでは減少しており、CIRP抗血清投与による中和でも、減少した。細胞外のCIRP活性は細胞表面のTLR4-MD2複合体に結合することで発揮されることも示された。以上より、CIRPは、ショックや敗血症時の炎症性反応を促進するダメ―ジ関連分子パターン(DAMPs)の一つと考えられた。

【論文内容】
全身性の炎症は、外来性のPAMPs (pathogen-associated molecular pattern molecules:病原体関連分子パターン=感染の際に侵入微生物上に発現している分子)または、内因性のDAMPs (damage-associated molecular pattern molecules:傷害関連分子パターン=組織傷害の際に宿主細胞から放出される分子)によって開始される。外来性のPAMPsも内因性のDAMPsも、免疫細胞のパターン認識受容体(Pattern-recognition receptors; PRRs)によって認識される。このPRRsには、TLRs (Toll-like receptors)やRAGEs (advanced glycation end productsの受容体)、C-タイプレクチン受容体、スカベンジャー受容体、補体受容体などがある。PAMPsやDAMPsが上記の受容体に結合すると、細胞内シグナル伝達経路が活性化され、炎症性メディエーター(サイトカイン、ケモカイン、血管作動性ペプチドなど)が産生される。細菌性のPAMPsによるこのような炎症惹起経路はある程度分かってきたが、内因性のDAMPsに関してはまだ解明が進んでいない。これらの内因性分子は構造や機能がさまざまであり、総称してalarminと呼ばれている。このalarminとして、HMGB1(high-mobility group protein B1)、heat shock proteins、尿酸、S100 proteins、ヒストン、ミトコンドリアDNAなどが知られている。

CIRPは出血性ショックや敗血症後の炎症反応を起こす、傷害関連分子パターン(DAMPs)の一つである_d0194774_8462296.jpg

参考図:炎症性細胞から(または傷害を受けてnecrosisとなった細胞から)内因性のalarmin (=DAMPs、ここではその代表のHMGB1)が放出され、標的細胞(右上のtarget cell)上のRAGE、TLR2、TLR4に結合し、さらなる炎症反応を惹起する。HMGB1は、外因性の細菌DNAやLPSとともにTLRリガンドとなっている。(EMBO Rep. 7(8): 774–778, 2006)

Cold-inducible RNA-binding protein (CIRP)は、寒冷ストレスに反応するcold shock proteinsのファミリーに含まれる蛋白である。マウスとヒトのCIRPは172アミノ酸からなる核蛋白であり、1つのN端のRNA結合ドメインと1つのC端のglycin-richドメインを持ち、RNAシャペロンとしてmRNAの細胞質への移行を促進する役割がある。さまざまな組織に常に発現しているが、中等度の低温、UV照射、低酸素などによって発現が増加する。この研究では、細胞外CIRPが内因性の炎症性メディエーターであり、出血性ショックや敗血症時の炎症反応を引き起こすDAMPであることを明らかにする。

ヒトおよびラットの出血性ショックでは、血清CIRPが増加している
外科ICUに入院した患者10名(APACHE IIスコアが13-25、平均19)の血清(出血性ショック発症の平均43時間後)中ではCIRP発現が増加していたが、健常ボランティアの血清では発現がほとんど見られなかった。また、ラットを出血性ショックの状態とし(平均血圧25-30 mmHgを90分持続)、その後輸液で救命する処置を行った。その結果、ショック発症150分後、240分後に肝と心臓で血清CIRP濃度が増加した。CIRP mRNAは、ショック発症の240分後に肝(4.1倍)と心臓(2.8倍)で増加していた。

CIRPは低酸素状態のマクロファージから放出される
組織傷害後の炎症性メディエーターの多くはマクロファージから放出されると考えられている。まず、マウスのマクロファージ様RAW 264.7細胞を(出血性ショックの時に起こると考えられる)低酸素の状態に置き、CIRPの細胞内局在の変化を核と細胞質の分画で調べた。20時間の低酸素状態に細胞を置き、その後再酸素化したところ7時間後には核にあったCIRPが細胞質に出現し、24時間後には増加した。また、GFP-CIRPを発現させると、正常酸素の状態では核に存在するが、細胞を低酸素に置き再酸素化すると4時間後に核と細胞質に認められた。次に、細胞質のCIRPが細胞外スペースに放出されるかどうかを調べた。正常酸素の状態ではmedium中にCIRPは認められなかったが、低酸素後の再酸素24時間後には、細胞外にCIRPが認められた。再酸素化7時間後には細胞質内のCIRPが増加したが、24時間後には減少しており、これは細胞外のmediumへのCIRPの放出によるためとも考えられた。

CIRPのアミノ酸配列には分泌シグナルを含んでいないため、classicalな小胞体‐ゴルジ体依存性の分泌経路を介して分泌されるのではないと考えられる。低酸素後の再酸素化24時間後のRAW 246.7細胞のリソソーム分画(cahtepsin Dを含む)にCIRPが認められたため、CIRP放出はリソソーム分泌によるのではないかと考えられた。

組み換えCIRP蛋白により炎症反応が惹起される
次に、大腸菌でマウスの組み換えCIRP蛋白(rmCIRP)を作り、lipopolysaccharide (LPS)を除いて精製し、RAW 246.7細胞に添加した。その結果、CIRPの用量依存的、時間依存的にTNF-α、および他の炎症性サイトカインであるHMGB1の放出が増加した。正常ラットにrmCIRPを投与したところ、血清中のTNF-α、IL-6、HMGB1量が増加し、組織傷害のマーカーでもあるASTとALTが増加した。なお、LPS混入の影響を除くため、polymixin Bを添加して上記実験を行ったが同様の結果であり、LPS混入の影響はないと判断された。さらに、ヒトHEK293細胞でヒト組み換えCIRP蛋白(rhCIRP)を作成し、ヒト単球系細胞株であるTHP-1細胞および末梢血単核細胞(PBMCs)に添加したところTNF-α分泌が増加した。これらの結果から、CIRPによるサイトカイン分泌刺激はLPS混入によるものではないと考えられる。

HMGB1もTNF-α分泌を促進する。CIRPとHMGB1のTNF-α分泌促進効果を比較するため、それぞれを中和する抗血清を作製した。THP-1細胞をHMGB1抗血清とともに培養するとrmCIRP添加によるTNF-α分泌は31%低下、CIRP抗血清と培養すると70%低下した。逆にCIRP抗血清と培養してもrmHMGB1添加によるTNF-α分泌は17%しか低下しなかった。また、rmCIRPとrmHMGB1によるTNF-α分泌増加は相加的であり、CIRPとHMGB1がマクロファージからのTNF-α分泌を刺激する作用は相加的と考えられた。

CIRPの中和抗血清により出血性ショックや敗血症による炎症反応を減弱することができる
出血させたラットを輸液で蘇生させながらCIRP中和抗血清を投与したところ、血清および肝のTNF-αとIL-6は、コントロールIgG投与ラットに比べて有意に減少した。血清AST、ALTおよび肝のミエロペルオキシダーゼ活性(好中球の蓄積を示唆する)はCIRP抗血清投与によって減少した。さらに、CIRP抗血清を投与したラットはコントロールIgG投与ラットに比べて出血10日後の生存率が高かった(38%が85%に増加した)。また、Cirbp-/-マウス(CIRP欠損マウス)は野生型マウスに比べ出血72時間後の生存率が改善した (11%が56%に増加した)。野生型マウスは出血4時間後にはTNF-αとHMGB1の分泌が増加したが、Cirbp-/-マウスではその増加が有意に低下した。CIRPとHMGB1は炎症とショック後の死亡率増加に関係していると考えられる。

手術で腸管穿孔を起こし腹膜炎を起こさせたラットは、多種の細菌による敗血症のモデルとして確立している。腸管穿孔手術を受けたマウスは20時間後の血清CIRP値がsham手術群と比べて3.4倍であり、肝のCIRP mRNAと蛋白量も増加していた。LPS投与後6時間、24時間後には単離した腹腔内マクロファージのCIRP発現は増加しており、培養medium中のCIRP量も増加していた。RAW 246.7細胞を炎症性サイトカインであるrmHMGB1およびrm TNF-αと24時間培養してもmedium中にCIRPは放出されなかったが、LPSと培養した場合は放出された。CIRP中和抗血清を腸管穿孔を受けた敗血症モデルラットに投与したところ、10日後の生存率が有意に増加した(コントロールの39%に比べ78%)。以上より、CIRPは敗血症後の死亡率にも関与していると考えられた。

CIRPはTLR4を介して炎症性反応を促進している
細胞外の危険パターンを認識する受容体(Pattern-recognition receptors; PRRs)の主要なものは、RAGE、TLR2、TLR4である。rmCIRPのマクロファージに対するTNF-α分泌促進反応は、TLR4欠損のマクロファージでは消失していたので(RAGEやTLR2欠損では変化なかった)、CIRP活性はTLR4を介して細胞内に伝達されると考えられた。さらに、rmCIRPを野生型マウスとTlr4-/-マウスに投与したところ、野生型マウスでは血清サイトカイン(TNF-α、IL-6、HMGB1)、組織障害マーカー(AST、ALT)が増加したのに対して、Tlr4-/-マウスでは増加しなかった。

最後に表面プラズモン共鳴解析により、CIRPとその受容体の物理的な結合について検討した。TLR4はMD2と結合して共受容体を形成しているが、CIRPはこれらそれぞれとも、これらの複合体とも結合し、CIRPの一部分のオリゴペプチド(アミノ酸101-115、106-120、111-125)は特にMD2に強く結合することが示された。

【結論】
細胞内のCIRPは従来、細胞がストレスを受けたときのmRNA安定化と細胞質への輸送に関与していると考えられてきた。しかしこの研究では、CIRPは細胞外に放出される炎症性メディエーターであり、細胞のパターン認識受容体(TLR4)に結合して炎症反応を惹起するDAMPの一つであることが明らかになった。さらに、CIRPを抗血清を用いて中和することによって、出血性ショックや敗血症後の生存を改善することも示され、以上の知見が臨床的にも応用可能であることが示された。
# by md345797 | 2013-10-10 08:29 | その他

CRISPR/Casシステムを用いたゲノム編集

RNA-Guided Human Genome Engineering via Cas9.

Mali P, Yang L, Esvelt KM, Aach J, Guell M, DiCarlo JE, Norville JE, Church GM.

Science. 2013 Feb 15;339(6121):823-6.

【背景】

1. 細菌の獲得免疫機構としてのCRISPR/Casの概要 (図1)

CRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats:クラスター化された、等間隔にスペーサーが入った、短い回文型の、リピート配列。クリスパーと発音)とは、細菌や古細菌に見られる24-48 bpの短い繰り返しを含むDNA配列のことを指す。外部から侵入した核酸(ウイルスDNAやRNA、プラスミドDNA)に対する一種の獲得免疫機構として機能する座位である。下図のようなリピート/スペーサー配列の近傍には、Cas (CRISPR-associated)蛋白ファミリーをコードする遺伝子群が存在する。

① 外来性のDNAは、Cas蛋白ファミリーによって30 bp程度の断片に切断され、CRISPRに挿入される。Cas蛋白ファミリー1つ(Cas1)は、外来性DNAのproto-spacer adjacent motif (PAM)と呼ばれる塩基配列を認識して、その上流を切り取って、宿主のCRISPR配列に挿入する。これが細菌の免疫記憶となる。
② 免疫記憶を得たCRISPR配列が転写されて生成したRNA (pre-crRNAと呼ぶ)は、別のCas蛋白(Cas6)によってリピート部分で分断され、外来配列を含む小さなRNA断片(CRISPR-RNAs: crRNAs)となる。
③ crRNAは外来侵入性DNAに相補的に結合し、これがガイダンス分子となりCas9蛋白を呼び込む。Cas9はDNAを切断する酵素(nuclease)であり、外来DNAに結合したcrRNAおよび一部相補的なRNA(trans-activating crRNA; tracrRNA)と複合体を形成する。この複合体が外DNAを切断することよって、外から侵入したDNAの機能を抑制、排除する。概念としては、真核生物のRNA干渉(RNAi)に近い機構であるが、異なる部分も多い。
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2. 細菌のCRISPR/Casシステムをゲノム編集に応用する (図2)
左図:外来侵入性DNA(invading DNA:水色)に、宿主細菌のCRISPR RNA (Host crRNA:濃い緑色)が結合している様子を示している。濃い青の部分は、侵入DNAの断片がCRISPRに挿入されたことによって生成したcrRNAの配列で、侵入DNAに相補的に結合している。薄い黄緑色のRNAは、crRNAの相補的配列以外の部分(もとのCRISPRのリピート部分)に結合するtrans-activating crRNA (Host tracrRNA)である。黄色の蛋白は、RNAによってガイドされたDNA切断酵素であるCas9蛋白を表す。このCas9はPAM (proto-spacer adaptor motif:黄色の部分)と呼ばれるを認識して、その上流で二本鎖DNAを平滑末端になるように切断する。

PAMの長さや塩基配列は細菌種によってさまざまであり、Streptococcus pyogenesではNGGの3塩基、Streptococcus thermophilusではNGGNG またはNNAGAAの5-6塩基である(Nは任意の塩基を表す)。PAMの上流の何bpのところを切断するかも細菌種によって異なる。S. thermophilusでは3 bp上流、S. pyogenesではそのように正確には決まっていない。
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右図:左図の細菌のCRISPR/Casシステムを、右図ではゲノム編集に応用していることを示す。まず、切断したいゲノムDNA (水色)と相補的なcrRNA (濃い緑色)を合成する。このcrRNAとtracrRNA (赤い接続部により融合させた薄い黄緑色のRNA)を融合させて、tracrRNA-crRNAキメラとして発現させており、これをガイドRNA (guide RNA; gRNA)と呼ぶ。これによりnuclease (RNA-guided nuclease; RGN)を呼び込み、目的の部位でゲノムDNAを切断する。CRISPR/Casには、type I、II、IIIがあるが、ゲノム編集で用いるのはもっぱらtype II CRISPR/Casであり、type IIではこのRGNとしてCas9が用いられている。S. pyogenesのCas9はNGGという3つの塩基をPAMとして認識するため、グアニンが2つ並んだ配列がありさえすればその上流を切断できることになり、理論上はゲノム上のほぼどのDNA配列でも標的とすることができる。

切断された二本鎖DNAでは修復が起こるが、この時非相同末端結合(non-homologous end joining; NHEJ)により偶発的に塩基の挿入欠失(insertion‐deletion; indel)が起こるため、これを利用して目的部位に変異を導入することが可能である。

CRISPR/Casを用いた方法は、このように目的のDNA配列と相同な短いgRNAを合成するだけでよく、単一の蛋白であるCas9を用いてゲノム編集ができる。そのため、先に開発されたZFNやTALENのようにDNA配列ごとに異なる大きな蛋白を合成する必要がなく、簡便かつ迅速にゲノム編集を行うことができるという特長がある。

以下のThe Journal of Visualized Experiments (JoVE)の動画も参照:
Substrate generation for endonucleases of CRISPR/cas systems. Zoephel J, et al. J Vis Exp. 2012 Sep 8;(67). doi:pii: 4277. 10.3791/4277.

3. ゲノム編集におけるguide RNA とCas9蛋白の模式図 (図3、4)
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標的となるゲノムDNA(黒色)にcrRNA(赤色)が相補的に結合している様子を表している。crRNAにtracrRNA (青色)をキメラとして接続したRNAを作製し、これをguide NRA (gRNA)と呼ぶ。gRNAは、目印を付けたゲノムDNA配列にCas9蛋白(橙色)を呼び込む。Cas9は、ゲノムDNA上のPAM配列 (この場合はNGG)を認識し、その上流をnuclease活性によって切断する。これにより、任意のゲノム部位でDNAが切断できることになる。(Systems Bioscience社はCas9と目的のDNA配列に対するgRNAを同時に発現させることができるベクターを市販している。図3はそのHPから引用。)

細菌のCRISPR/CasシステムにおけるtracrRNAの元来の役割はpre-crRNAからcrRNAへのmaturationである。tracrRNAは、もとのCRISPRのリピート部分も含んだpre-crRNAのリピート部分の塩基にハイブリダイズしてそこを二本鎖RNAとし、内因性RNase IIIに切断させる働きがある。これによりばらばらになったcrRNAsはそのスペーサー部分でCas6による第2の切断を受け、最終的にmature crRNAとなるが、その時crRNAにはtracrRNAが結合したままになっている。ゲノム編集で用いる場合にはcrRNAとtracrRNAのキメラをあらかじめ作製して用いる。
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図4では、上のguide RNA (gRNA)のうち、黄色が目的のDNAとハイブリダイズする部分のcrRNA、濃い緑色がcrRNAとピンク色の接合部を介してキメラを形成しているtracrRNAである。crRNA-tracrRNAは一部が相補的でハイブリダイズしているため、図のようなヘアピン型RNA分子を形成する。このgRNAは目的のDNAに相補的に結合して、そこにCas9蛋白を呼び込んで複合体を作り、Cas9の赤の部分のnucleaseドメイン(active sites)が目的の部位のDNAの切断を行う。

【論文内容:Science. 2013 Feb 15;339(6121):823-6】

(1) ヒト細胞におけるCRISPR/Casシステムの構築
まず、ヒトの細胞においてtype II CRISPR/Casシステムを働かせるため、以下のような2つのコンストラクトを作製した(図1)。一つは、ヒトCas9蛋白をCMVプロモーター下で哺乳動物細胞に恒常的に発現させるコンストラクト(図1上)。もう一つは、目的の遺伝子配列を標的としたcrRNAとtracrRNAを融合させたguide RNA (gRNA)を、U6ポリメラーゼIIIプロモーター下で恒常的に発現させるコンストラクトである(図1中)。このCRISPR/Casシステムでは、NGGというprotospacer-adjacent motif (PAM)の上流20bp (NGGを含む23bp)がCas9による切断の標的となっているので、理論的にはGGがあればゲノムのいかなる部位も標的になりうる(図1下)。
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(2) 相同組み換えを用いたレポーター遺伝子の挿入
初めに、この2つのコンストラクトをヒト胎児腎細胞株であるHEK293T細胞に発現させ、GFPレポーターを発現させるアッセイ系を作製した。

アッセイの方法としては、まずGFP遺伝子にゲノムAAVS1領域の68 bp断片と停止コドンを挿入して遺伝子を破壊したコンストラクトを恒常的に発現させた細胞を作製した。この細胞は、非蛍光の蛋白断片を発現するのみである。この部分が、相同組み換え(homologous recombination; HR)によって、正常のGFP遺伝子によって置き換えられると、細胞にGFPが発現する。このGFP発現をFACSを用いて定量することにより、相同組み換えの効率を定量するという原理のアッセイ系である。

(注:AAVS1 領域(PPP1R12C 遺伝子座)はsafe harborと呼ばれ、さまざまな細胞で転写活性を有しているが、欠損させても細胞に有害作用が生じないことが知られている領域。)

ここで、正常なGFP遺伝子への相同組み換えを行う目的で、AAVS1断片内の2つの領域であるT1とT2を標的とする2つのgRNAを作製した。なお、相同組み換え効率比較のためT1とT2配列に結合するTALENも作製した。TALENとCRISPR/Casによる正常GFP遺伝子への相同組み換えの効率は、TALEN 、Cas9+T1 gRNA、Cas9+T2 gRNAの順にそれぞれ0.37%、3%、8%、0.37%であった。トランスフェクション後のGFP陽性細胞までの出現時間は、TALENの約40時間に比べ、CRISPR/Casは約20時間と速かった。
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gRNA/Cas9発現による明らかな毒性(これらが標的遺伝子以外への予期しない部位に結合し二本鎖DNAを切断するoff-target作用)は見られなかった。以前から、ZFNやTALENでは、一方のDNA鎖のみに切れ目(nick)を入れることにより毒性が減らせることが報告されている。そこで、nickase (一方のDNA鎖のみにnickを入れるDNA切断酵素、ニッカーゼ)として機能することが知られているCas9のD10A変異体を用いた場合の毒性と効率を調べた。その結果、DNA切断後の修復メカニズムで挿入欠失などの変異を起こしやすい「非相同末端結合(後述)」の発生率は少ないままで、野生型Cas9と同程度の相同組み換え効率が得られた。また、gRNA/Cas9によるゲノム編集は配列特異的であり、複数の標的配列に対してZFNやTALENと同様の効率で相同組み換えを起こすことができることも示された(この実験内容は省略)。

(3) 遺伝子ノックアウトへの応用
上記ではCRISPR/Casを用いたレポーター遺伝子の挿入に成功したので、次に、ゲノム上にもともと存在する遺伝子領域(native locus)を調節することができるか検討を行った。ここでは、ヒト細胞(293T細胞、K562細胞、ヒトiPS細胞)において、nativeのAAVS1領域をgRNAで切断する作用させることによって起きる非相同末端結合 (non-homologous end joining; NHEJ)の頻度を調べた。
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T1 gRNA、T2 gRNAを用いてnativeのAAVS1領域を切断した後のNHEJの発生率は、293T細胞で10%と25%、K562細胞で13%と38%、ヒトiPS細胞で2%と4%であった。

また、T1 gRNAとT2 gRNAを同時に導入すると、その間の19bp断片の欠失を高率に起こすことができた。すなわち、この方法により多重ゲノム編集(multiplexed genome editing)を行うことができる。

(4) 遺伝子ノックインへの応用
最後にCRISPR/Casによる相同組み換えを用いて、DNAドナーをnativeのAAVS1領域に組み込むことを試みた。
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上のようにGFP遺伝子を発現させるコンストラクトを作製してCRISPR/Casによる騒動組み換えを用いて293T細胞またはiPS細胞のAAVS1領域に導入し、導入された細胞をpuromycin selectionを用いて選択した。また、AAVS1領域の中にGFP遺伝子が正しく挿入されたかどうか、矢印で示したシークエンスプライマーを用いて相同組み換え部位をPCR増幅後のサンガーシークエンスで確認した。その結果、ゲノムとドナーの境界が正しくシークエンスされ、この細胞にGFPが正しく発現していることが確認できた。

(5) guide RNAレファランスの作製
以上のように、目的のDNA配列に相同なgRNAを発現させるという方法によってゲノム編集が可能となったが、これはさまざまな用途に用いることができる(多用途な:versatile)。バイオインフォマティクスを用いて、約190,000種のgRNAで標的にできる配列を挙げたところ、これはヒトゲノムの遺伝子exonの約40.5%を標的にするものであった。さらにこれらをDNAアレイに基づく200bpの発現フォーマットに組み込んだものを作製した。これらはヒトゲノム上で多重性に(multiplex) gRNAの標的部位となりうるもののレファランスとして用いることが可能である。

【結論】
以上のようなCRISPR/Casを用いたゲノム編集は、確実かつ多重性に(multiplex)哺乳類ゲノムを編集できる方法として、非常に有用なものである。今までに報告されているZFNやTALENに比べても、同様かそれ以上の効率で簡便にゲノム編集ができることが分かった。将来、CRISPR/CasやZFN、TALENを遺伝子治療に用いるようになる場合には、それぞれで用いられるnucleaseによる毒性(off-target作用、別のゲノム部位を切断・編集してしまわないかということ)の頻度やその原因の解明が最重要課題となるだろう。
# by md345797 | 2013-09-23 11:25 | その他

絶食時の肝のグリコーゲン不足は、肝-脳-脂肪の神経回路を介して脂肪組織のトリグリセリド分解を促進する

Glycogen shortage during fasting triggers liver-brain-adipose neurocircuitry to facilitate fat utilization.

Izumida Y, Yahagi N, Takeuchi Y, Nishi M, Shikama A, Takarada A, Masuda Y, Kubota M, Matsuzaka T, Nakagawa Y, Iizuka Y, Itaka K, Kataoka K, Shioda S, Niijima A, Yamada T, Katagiri H, Nagai R, Yamada N, Kadowaki T, Shimano H.

Nat Commun. 4:2316 doi: 10.1038/ncomms3316 (2013).

【まとめ】
生体は、絶食中のエネルギー源として当初は肝のグリコーゲンを利用するが、絶食が長引くと肝のグリコーゲンの不足が引き金となって、脂肪組織のトリグリセリドを利用するようになる。絶食遷延時にこのようなエネルギー源の移行が起きるためのメカニズムはよく分かっていない。

この研究では、絶食によって肝のグリコーゲンの不足が起きても、肝から脳への迷走神経を遮断しておくと、脂肪組織でのトリグリセリド分解が起こらなくなることを見出した。これにより、「肝のグリコーゲン不足をきっかけに、脂肪組織でのトリグリセリド分解を惹起するような肝-脳-脂肪組織の神経回路(liver–brain–adipose axis)」の存在が想定された。

次にグリコーゲン合成酵素または転写因子TFE3の過剰発現によって肝のグリコーゲンを増加させたところ、絶食にしても脂肪組織でのトリグリセリド分解が促進されなかった。グリコーゲンホスファターゼ遺伝子をノックダウンしてグリコーゲン分解を抑制することによりグリコーゲン量を増加させても、肝からの脂肪分解シグナルが消失したため、この神経回路を活性化するカギとなるのは肝のグリコ―ゲンの不足と考えられた。逆にグリコーゲン合成酵素をノックダウンして肝のグリコーゲンを通常より減少させると脂肪組織での脂肪分解は促進されたが、これは肝からの迷走神経を遮断することにより消失した。

以上より、絶食が遷延すると肝のグリコーゲンが不足してきて、それによって肝から脳へ、脳から脂肪組織へと伝達される交感神経回路が活性化されることにより、脂肪組織でのトリグリセリド分解が惹起されることが明らかになった。このことが、絶食時のエネルギー源が肝のグリコーゲンから脂肪組織のトリグリセリドに移行するメカニズムであると考えられる。

【論文内容】
生体は、絶食時にも絶えずエネルギーが供給されるようなメカニズムを持っている。絶食時の重要なエネルギーとしては、短期的なエネルギー貯蔵形態である肝のグリコーゲンと、長期的かつ大量のエネルギー貯蔵形態である脂肪組織のトリグリセリドがある。絶食時にはまず肝のグリコーゲンが分解され、グルコースとして血中に動員されることによりエネルギーが供給される。しかし絶食が長引くと、肝のグリコーゲンが不足してきてエネルギー供給が滞る可能性が出る。そうすると、次には脂肪組織に蓄えられていたトリグリセリドが脂肪酸とグリセロールに分解されて血中に放出され、これが新たなエネルギー源となる。(放出された脂肪酸は酸化されてエネルギーとして用いられるほか、肝で代謝されてケトン体となり、脂肪酸が利用できない脳でのエネルギー源となる。さらに、放出されたグリセロールは肝でグルコースに変換されてエネルギーとして用いられる。)

このように、生体は絶食時のエネルギー源を、肝に蓄積されたグリコーゲンから脂肪組織に蓄積されたトリグリセリドに移行させることにより、十分なエネルギーの供給を保つことができる。このようなエネルギー源の移行は、従来は血糖値や血中のホルモン量の変化によると考えられてきた。すなわち、絶食時の血糖低下に伴うグルカゴン分泌の増加や、交感神経刺激による副腎からのエピネフリン分泌の増加によるとする説である。しかし、本論文では、グリコーゲンの不足が肝-脳-脂肪へと向かう神経回路(liver–brain–adipose axis)を活性化することによって脂肪組織からのトリグリセリドの動員を惹き起こす、という新しいメカニズムを提唱する。

肝から脳へ向かう迷走神経を遮断すると、絶食時の脂肪量の減少が抑制される
この研究では、上記のように絶食時のエネルギー源の移行が、肝から脳に向かう求心性交感神経と脳を介して脂肪組織へ向かう遠心性交感神経という一連の神経回路を介するのではないかという仮説を立て、肝からの迷走神経を遮断する実験を行った。実験では、マウスの迷走神経肝臓枝を選択的に切断し(hepatic vagotomy; HVx)、3週間たってから24時間絶食とした。このような神経切断を行っていないコントロールであるsham手術マウスは、24時間絶食にすると内臓脂肪(精巣上脂肪)の量が減少する(これは絶食により脂肪分解が起こるためで、脂肪組織から放出された脂肪酸とグリセロールは絶食中のエネルギーとして利用される)。ところが、HVxを行ったマウスでは、24時間絶食にしてもこのような内臓脂肪量の減少は少なかった。HVxの変わりに迷走神経肝臓枝をカプサイシンで処理しても、同様の効果が認められた。カプサイシンは、無髄神経である求心性交感神経のみを遮断する薬剤なので、上記の効果は肝臓から脳への求心性交感神経が重要な役割を果たしていることが分かる。さらに、DEXAを用いた解析により、HVxマウスとshamマウスは24時間絶食による体重減少は同じであったのに対し、HVxマウスは絶食による脂肪重量の減少が有意に少ないことが示された。

肝から脳へ向かう迷走神経を遮断すると、脳から脂肪組織へ向かう交感神経による脂肪分解が抑制される
次に、脂肪組織における交感神経による脂肪分解を調べる目的で、アデノウイルスを用いてCRE-luc (cAMP反応性エレメント下でルシフェラーゼレポーターを発現させるコンストラクト)を導入したマウスを用いて、脂肪組織におけるcAMPのin vivoイメージングを行った。cAMPは交感神経活性化による脂肪分解のセカンドメッセンジャーなので、このイメージングにより脂肪組織での脂肪分解を起こす交感神経の活性が可視化できる。実際、コントロールマウスにおいては20時間の絶食によって精巣上脂肪でのcAMPシグナルが認められたが、HVxを行ったマウスではこのシグナルは有意に低下していた。さらに、迷走神経遮断(HVxおよびカプサイシン処理)によって、ホルモン感受性リパーゼ(hormone sensitive lipase; HSL、エピネフリンなどのホルモンによって活性化され、トリグリセリドを加水分解する)、脂肪組織トリグリセリドリパーゼ(adipose triglyceride lipase ; ATGL、脂肪組織においてトリグリセリドを加水分解する)、pyruvate dehydrogenase kinase 4 (絶食やエピネフリンによって誘導されグリセロール合成に働く)のmRNA発現、およびHSLの活性化(HSL蛋白のSer 563リン酸化)も減少した。これらの減少の程度は、HVxとカプサイシン処理で差が見られなかったことから、求心性迷走神経の遮断が重要であったことが分かる。

また、このようなHVxによる遺伝子発現やリン酸化の変化に伴って、血漿NEFAおよびグリセロール濃度の減少、呼吸商の増加と脂肪利用の減少が認められた。さらに、これらの変化は交感神経からのカテコラミン放出を減少させるグアネチジンの投与によって消失した。なお重要なことに、HVxマウスとshamマウスの間で、絶食時の血糖、血漿インスリン、グルカゴン、カテコラミン、FGF21濃度に有意な差は見られなかった。したがって、脂肪組織の脂肪分解を調節するのは、血糖やこれらのホルモンではなく、交感神経系を介していることが分かる。

肝のグリコーゲンが増加すると、肝-脳-脂肪の神経回路の活性化は起こらない
次に、グリコーゲン合成酵素(glycogen synthase 2; Gys2)または転写因子TFE3をアデノウイルスを用いて肝に過剰発現させて、肝のグリコーゲン量を増加させた。そうすると、絶食後の脂肪組織量の減少は起こらず、迷走神経遮断マウスと同様のレベルであった。この時、脂肪組織でトリグリセリドを分解するHSLやATGLのmRNA発現、HSL蛋白のリン酸化は、肝のグリコーゲン量増加により抑制された。すなわち、肝のグリコーゲンを増加させると、肝-脳-脂肪の神経回路は抑制された状態になり、脂肪組織でのトリグリセリド動員が起こらないことが分かった。

肝のグリコーゲンを減少させると肝からの脂肪分解シグナルは促進され、肝でのグリコーゲン分解を抑制すると肝からの脂肪分解シグナルは抑制される

*ここでのグリコゲン分解 (glycogenolysis)は、当初glycolysisと表示されていた。これでは「解糖」という別の意味になる。これはJournal側の誤植とのことで、現在は筆者らによって正しく表示されている。

今度は逆に、shRNAのアデノウイルスを用いてGys2の発現をノックダウンして肝のグリコーゲン量を通常より減少させた。その結果、脂肪組織量はより速く減少する傾向にあり、その傾向はHVxを行うと消失した。

最後に、このようなグリコゲン不足によるシグナルはグリコーゲンの減少自体によるのか、それともその下流の代謝産物の減少によるのか。このことを検討するため、shRNAを用いて肝型グリコーゲン脱リン酸化酵素(glycogen phosphorylase liver type gene; Pygl=グリコーゲンを分解してグルコースを作る)をノックダウンして肝でのグリコーゲン分解を抑制した。これにより、肝のグリコーゲンは(分解が抑制されたために)増加し、グリコーゲン分解より下流の代謝産物は減少するはずである。このshRNAの発現に伴って、脂肪組織での脂肪分解は減少した。この結果は、下流の代謝産物の減少およびグリコーゲンの増加は、肝-脳-脂肪の神経回路の抑制を起こし、脂肪分解を抑制することを示している。逆に考えれば、肝から脂肪組織への神経回路の活性化には、グリコーゲン下流の代謝産物の変化ではなく、肝のグリコーゲンそのものの不足が重要な役割を果たすと考えられる。なお、グリコーゲン脱リン酸化酵素のノックダウンによってAMPKは活性化される傾向があった(AMPKαのリン酸化は増加した)。

【結論】
この研究では、生理的な絶食条件下で肝のグリコーゲンが不足すると、肝からの求心性交感神経および脂肪組織への遠心性交感神経が活性化されて、脂肪組織でのトリグリセリド分解が起こり、脂肪酸とグリセロールの放出が促進されることを示した。絶食中の肝は、血糖変化やホルモンとは別の何らかのメカニズムによって肝のグリコーゲン不足を感知し、生体のエネルギー源を炭水化物から脂肪へと移行させるシグナルを発する。そしてそれは、肝から脳へ、脳から脂肪組織へと伝わる神経回路を介すると考えられた。


# by md345797 | 2013-09-07 21:45 | エネルギー代謝