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内因性カンナビノイドによるβ細胞消失は、膵島浸潤マクロファージのNlrp3インフラマソーム活性化を介する

Activation of the Nlrp3 inflammasome in infiltrating macrophages by endocannabinoids mediates beta cell loss in type 2 diabetes.

Jourdan T, Godlewski G, Cinar R, Bertola A, Szanda G, Liu J, Tam J, Tiffany Han T, Mukhopadhyay B, Skarulis MC, Ju C, Aouadi M, Czech MP, Kunos G.

Nat Med. Published online 18 August 2013.

【まとめ】
2型糖尿病は、インスリン抵抗性を代償していたβ細胞機能が代償しきれなくなって高血糖を発症すると考えられており、その過程はモデル動物であるZucker diabetic fatty (ZDF)ラットで再現されている。Nlrp3 インフラマソーム(inflammasome)は、肥満に伴うインスリン抵抗性とβ細胞機能不全において重要な役割を果たす蛋白複合体である。また、内因性カンナビノイド(endocannabinoids)は末梢のCB1受容体(CB1R)の活性化を介してインスリン抵抗性とβ細胞機能不全を起こすことが知られている。この研究では、ZDFラットのβ細胞機能不全は、β細胞ではなく、膵島に浸潤したM1マクロファージのCB1Rシグナル伝達の異常によるものであること、さらにそれがマクロファージのNlrp3 inflammasomeの活性化を介するものであることを示した。ヒトおよびマウスのマクロファージに内因性カンナビノイドであるアナンダミド(anandamide)を添加して in vitroで培養するとこの効果は起こるが、CB1R欠損 (Cnr1-/-)マウスまたはNlrp3-/-マウスのマクロファージでは起きなかった。さらに、末梢CB1Rの薬剤による阻害、薬剤投与(クロドロン酸)によるマクロファージの欠損、またはsiRNAによるマクロファージ特異的なCB1Rノックダウンを行うと、マウスのβ細胞におけるインスリン分泌が回復し、血糖が正常化した。これらの結果から内因性カンナビノイドとインフラマソーム活性化はインスリン分泌低下に重要な役割を果たしており、マクロファージに発現するCB1Rが2型糖尿病治療に有用な治療ターゲットであることが明らかになった。

【論文内容】
2型糖尿病の発症には、脂肪組織の炎症に伴うインスリン抵抗性と、炎症性細胞の膵島への浸潤によるβ細胞機能不全が関与している。また、Nlrp3 inflammasomeはcaspase-1活性化を介してIL-1βの切断と分泌を起こす蛋白複合体である。内因性カンナビノイドは、その受容体であるCB1R およびCB2Rのリガンドであり、さまざまな作用がある。特にCB1Rの活性化は、摂食の促進、脂肪組織および肝での脂肪合成の増加、インスリン抵抗性と脂質異常症を引き起こすため、内因性カンナビノイド-CB1R系の過剰な活性化は内臓脂肪肥満とその合併症の発症につながりうる。そのため、長期にわたるCB1Rの阻害は、体重減少と肥満関連のインスリン抵抗性や脂質異常症の改善をもたらす。実際、2型糖尿病患者にCB1R拮抗薬を投与すると、血糖改善が認められる。しかし、このようなCB1Rアンタゴニスト(rimonabant)またはインバースアゴニスト(taranant)は、中枢神経系においてはCB1Rを活性化することによると考えられる精神症状の副作用があったため、その開発は中止されている。

2型糖尿病モデル動物であるZDFラットは、インスリン抵抗性をβ細胞機能が代償しきれなくなって高血糖を呈しているが、このラットに脳に移行性のあるCB1R阻害薬を投与すると、インスリン分泌が回復し高血糖が改善することが報告されている。この作用は、β細胞のCB1R活性化に伴って起こるβ細胞死を防ぐからなのか、または膵島に浸潤したマクロファージのCB1R活性化に伴って起こるβ細胞障害を防ぐためなのか、内因性カンナビノイドによる中枢神経系のCB1Rの活性化に伴って起きるβ細胞機能・β細胞生存の調節機構を介するのか、などそのメカニズムはよく分かっていない。本研究により、内因性カンナビノイドが膵島に浸潤したM1マクロファージ上のCB1Rを活性化し、それによりNlrp3 インフラマソームが活性化されることによってマクロファージからIL-1βが放出されるためにβ細胞障害が起きるという機構が示された。

【論文内容】
末梢のCB1R阻害は2型糖尿病の進行を遅延させる
8週齢のZDFラットに脳に浸透しないCB1RのインバースアゴニストであるJD5037を28日間経口投与した。コントロールのZDFラットは肥満、過食、肝のトリグリセリド含量高値と脂肪合成遺伝子(FasScd1)発現亢進、著明な高血糖、高トリグリセリド血症を示す。それに対し、JD5037を投与したZDFラットはコントロールと比べ体重の差はなかったが、肝の脂肪含量や脂肪合成遺伝子発現は有意に少なかった。なお、血糖は正常だが、インスリン分泌の増加が認められた。これは、JD5037投与によってβ細胞の機能と生存が改善しインスリン分泌は亢進しているが、インスリン抵抗性も起きて正常血糖になっていると考えられ、実際高インスリン正常血糖クランプにおいてインスリン抵抗性の亢進が認められた。

上記の結果からJD5037投与によりβ細胞アポトーシスが防止されていると考えられ、これも実際TUNEL陽性の膵島細胞が少なく、アポトーシスマーカーであるBak1、Bax、Fas、Faslg、Tnfrsf1aの発現低下、抗アポトーシスマーカーであるBcl2、Bcl2lの発現増加が確認された。JD5037投与によりβ細胞生存に関する転写因子Pdx1、Mafa、Neurog3の発現および増殖マーカーKi67の発現が増加し、β細胞数は増加していた。なお、ZDFラットの膵島で見られるCnr1(cannabinoid receptor 1、CB1Rの遺伝子)発現増加とアナンダミド(初めて発見された内因性カンナビノイド。別名arachidonoylethanolamide, AEA)量の増加は、JD5037投与により消失していた。ZDFラットのin vitro単離膵島ではグルコース応答性インスリン分泌(GSIS)が消失していたが、JD5037投与によりGSISと、β細胞の糖取り込みにかかわるグルコキナーゼ(Gck)、Glut2(Slc2a2)遺伝子の減少は回復していた。6週齢ZDFラットに3か月間JD5037を投与した場合は、高血糖とインスリン分泌低下の進行が遅延されたことから、末梢CB1Rの阻害は2型糖尿病の発症(β細胞機能の低下)を遅くすることができると考えられる。

CB1R阻害はZDFラット膵島へのマクロファージ浸潤を減少させる
ZDFラットの膵島は、CD68+マクロファージ(炎症性のM1マクロファージ。Tnf、Nos2発現が増加、Tgfb1、Il10、Arg1発現が低下している)の浸潤によってサイズが増加している。JD5037投与によって、M1からM2への移行が起こり、膵島マクロファージ浸潤は減少した。また、ZDF膵島ではNlrp3、IL-1β(Il1b)、IL-18(Il18)の発現、p65-NFκB蛋白量、caspase-1活性が増加していた。しかし、これらはJD5037投与により正常ラットのレベルまで低下した。なお、IL-1Rantagonist(Il1rn)発現は増加した。Nlrp3インフラマソームの形成には、Nlrp3とアダプター蛋白であるASCの結合が必要である。ZDFラット膵島ではASCをコードする遺伝子pycard(パイカード)の発現が増加していたが、これはJD5037の投与で正常化した。

クロドロネート投与によりマクロファージを欠失させると2型糖尿病の発症を遅延できる
ZDFラットにクロドロネート(クロドロン酸、マクロファージをアポトーシスさせるビスフォスフォネート薬)を内包したリポソームを投与すると高血糖やインスリン分泌減少を抑制できた。膵島へのマクロファージ浸潤とマクロファージ由来サイトカインMCP-1、TNF-αの発現はクロドロネート投与によって低下していた。また、膵のアナンダミド含量、Cnr1、Nlrp3、Txnip (TXNIP:thioredoxin interacting protein=ERストレスとNlrp3インフラマソーム活性化につなぐ蛋白)発現もクロドロネートによってマクロファージを欠失させることで減少、膵インスリン含量はやや増加した。

マクロファージにおけるCB1Rの選択的ノックダウンは2型糖尿病を軽減する
次に、ZDFラットの腹腔に、CB1R siRNAをβ1,3-d-glucanにカプセル化したsiRNA particles (GeRPs)を10日間注入し、マクロファージ特異的にCB1Rをノックダウンした。コントロールとして、scrambled siRNAを内包したGeRPsを注入した。CB1R siRNA注入により、腹腔内マクロファージのCR1RのmRNAは95%以上抑制された。CB1R siRNAを注入したZDFラットは、コントロールが進行性の高血糖、インスリン低値を示したのに対し、正常血糖、高インスリン血症を示した。さらに、このラットでは膵島内のインスリン発現、インスリン含量の増加、マクロファージ浸潤の低下、膵島のNlrp3、Pycard、 Il1b、 Il18、 Cnr1、Ccl2発現の低下が認められた。これらの効果は、JD5037やクロドロネート投与で見られたのと同様のものである。

高濃度グルコースおよびパルミチン酸はマクロファージ内のアナンダミド量を増加させる
ZDFラットから単離した膵島は、正常ラットやJD5037慢性投与ラットの膵島に比べ、アナンダミド含量が多く、アナンダミドの分解酵素(FAAH)活性が低く、合成酵素(NAPE-PLD)の発現が多かった。正常ラットの腹腔内マクロファージを250 μMのパルミチン酸または33 mMのグルコースとともに培養したところ、アナンダミド値はいずれも増加し、これらの効果は相加的なものであった。

アナンダミドの炎症惹起効果はマクロファージを介するものである
CB1Rを介する炎症性シグナル伝達はどの細胞で起きているかを検討するため、RAW264.7マクロファージ細胞またはMIN6インスリノーマ細胞、ヒト初代培養マクロファージ、マウス(野生型、Cnr1−/− およびNlrp3−/−)の腹腔内マクロファージにアナンダミドを添加する実験を行った。RAW264.7細胞にアナンダミドを加えると、IL-1β、TNF-α、MCP-1の分泌が著明に増加したが、MIN6細胞では増加が見られなかった。同様に、アナンダミドを添加したマクロファージではNlrp3、Casp1、Cnr1の発現が著明に増加したが、MIN6細胞では増加しなかった。したがって、内因性カンナビノイドは(β細胞に直接ではなく)マクロファージ由来のサイトカイン分泌増加を介して間接的にβ細胞アポトーシスを促進している可能性がある。

単離ヒトマクロファージにアナンダミドを添加した場合もNLRP3、PYCARD、IL1B、IL18、CNR1の発現増加とIL-1βとIL-18の分泌増加が認められ、これらの効果は100 nM JD5037の添加によって消失したため、ヒトマクロファージにおいてもCB1Rを介するインフラマソーム活性化が起こると考えられた。また、ZDFラット単離膵島にアナンダミド、IL-1β、高濃度グルコースを添加した影響を調べた。膵島でのIL-1β分泌量は高濃度グルコース(33 mM)またはアナンダミド(1 μM)の添加で増加し、その効果はグルコースの方がアナンダミドより大きかった。IL-1β (30 ng ml−1)添加により、 MCP-1 およびIL-6分泌が増加した。最後に、正常ヒト膵島でも高濃度グルコースはアナンダミドに比べてIL-1β分泌促進効果、およびIL-1β刺激によるMCP-1分泌刺激効果が大きかった。

【結論】
内因性カンナビノイドは末梢のCB1Rを介してβ細胞消失を引き起こし、これは2型糖尿病発症につながる。さらに、このCB1Rを介するシグナルは膵島に浸潤したマクロファージで起きている。内因性カンナビノイドは膵島浸潤マクロファージでのNlrp3インフラマソーム活性化とそれに伴うIL-1β放出を介してβ細胞のアポトーシスを惹き起こしている。

内因性カンナビノイドによるβ細胞消失は、膵島浸潤マクロファージのNlrp3インフラマソーム活性化を介する_d0194774_3222129.jpg

図:内因性カンナビノイドがβ細胞死を起こす際の、膵島浸潤マクロファージ(右)とβ細胞(左)におけるシグナル伝達
AEA:内因性カンナビノイドの一種、アナンダミド、CB1R:β細胞および膵島浸潤マクロファージに発現している内因性カンナビノイド受容体、JD5037:CB1Rの阻害剤(インバースアゴニスト)、なお、この図はServier medical artのテンプレートを用いて作成したとのこと。
# by md345797 | 2013-08-28 03:30 | インスリン分泌

低血糖に対する血糖上昇機構が障害されるメカニズム

Mechanisms of hypoglycemia-associated autonomic failure in diabetes.

Cryer PE.

N Engl J Med. 2013 Jul 25;369(4):362-72.

【総説内容】
低血糖に対する生体防御機構には、膵島内での①インスリン分泌の低下、②グルカゴン分泌の増加、さらには交感神経‐副腎系による③副腎髄質ホルモンであるエピネフリンの分泌増加、④交感神経反応による自律神経症状が起こり、炭水化物摂取行動を取るなどがある。このような低血糖に対する血糖上昇機構(glucose counterregulation)の反応によって、低血糖になっても脳へのグルコース供給は維持されることになる。

低血糖を頻回に起こしていると、それによって自律神経における低血糖に対する防御機構が減弱してくるという現象が起きる。これは「低血糖による自律神経不全(hypoglycemia-associated autonomic failure、HAAF)」と呼ばれる。これにより頻回の低血糖後は低血糖に対する防御機能が低下(compromised defenses)し、徐々に低血糖を自覚しなくなる(hypoglycemia unawareness)。これらによりさらなる低血糖が生じうるという、低血糖の悪循環が起きることになる。以下では、低血糖に対するcounterregulation の減弱を膵島の反応の消失と、交感神経‐副腎系の反応の減少に分けて述べる。

1. 低血糖に対する膵島の反応(インスリン・グルカゴン反応)の消失
低血糖時は膵島α細胞からグルカゴン分泌が増加するはずだが、糖尿病ではこのグルカゴン分泌反応が障害されている。これは糖尿病におけるインスリン分泌障害と関連がある。なお、これらの低血糖に対する膵島の反応の消失は、低血糖に対する自律神経‐副腎系の障害(2.で後述)とは別のレベルのものである。

正常者では、血糖が上昇するとβ細胞からのインスリン分泌が増加する。このインスリン分泌増加は、α細胞へのシグナルとなってグルカゴン分泌を抑制し、いずれも血糖低下に働く。正常者の血糖低下時にはその逆のことが起こり、β細胞からのインスリン分泌が抑制され、このインスリン分泌低下がα細胞へのシグナルとなってグルカゴン分泌が増加し、いずれも血糖上昇を起こす。ところが、1型糖尿病や進行した2型糖尿病ではインスリン分泌反応が消失しているため、血糖上昇時にインスリン分泌が増加しない。そのため上記のα細胞でグルカゴン分泌抑制が起こらない。糖尿病では、低血糖時のインスリン分泌抑制反応も消失しており、そのためにα細胞からのグルカゴン分泌が増加しなくなっている。
低血糖に対する血糖上昇機構が障害されるメカニズム_d0194774_3144841.jpg

図:Cryer PE, 2012による糖尿病における「低血糖時のグルカゴン分泌反応の異常」のメカニズム

・低血糖に対するグルカゴン分泌反応は、膵島の神経支配に依存しているわけではない。例えば膵移植を受けた場合や脊髄離断術を受けた場合、または動物やヒトの膵島を取り出して潅流した場合、膵島の神経支配はなくても低血糖に対してグルカゴン分泌は起こることが知られている。このように、低血糖に対するグルカゴン分泌反応の低下は、脳から膵島への神経シグナルの低下ではなく、膵島内に原因があることが分かる。

・1型糖尿病患者では、アミノ酸投与に対するグルカゴン分泌は保たれていることから、低血糖に対するグルカゴン分泌反応の消失は、α細胞のグルカゴン分泌を起こすインスリンによるシグナルの異常によるものと考えられる。なお、これらの低血糖時のグルカゴン分泌反応低下の原因に、他の膵島内の他の原因(δ細胞のソマトスタチン分泌過剰など)が影響している可能性はある。

2. 低血糖に伴う交感神経-副腎系反応の減弱(HAAF)
一度低血糖を起こすと、低血糖に対する交感神経-副腎系の反応は減弱する。これは、1.で述べた膵島レベルのインスリン・グルカゴン反応の低下とは異なり、中枢神経系またはその遠心路・求心路の接続における反応の減弱である。低血糖に対する交感神経‐副腎系反応の減弱の中枢神経系を介するメカニズムについては、下記のようないくつかの仮説がある。

① 全身性の調節因子(systemic-mediator)仮説
一度低血糖を起こすと、その際に増加した血中コルチゾール(または他の全身性の因子)が脳に作用して、次の低血糖に対する交感神経‐副腎系の反応を減弱させる、とする仮説である。しかしこの仮説は、他の原因でコルチゾールが増加した場合や、メチラポン(11-β-ヒドロキシラーゼ阻害薬)を用いてコルチゾール合成を抑制しても低血糖に対する反応が変化しないことから、あまり支持されない。

② 脳へのグルコース輸送(fuel-transport)仮説
低血糖が起きると血液から脳へのグルコース輸送が増加するが、そのことによって次に来た低血糖に対する交感神経‐副腎系反応が減弱する、と考える仮説である。3日以上の長期にわたる低血糖が起きると脳血管におけるGLUT1発現量が増加し、脳への糖取り込みが増加することが知られている。しかし、2時間という短期間の低血糖でも低血糖に対する交感神経‐副腎系反応は減弱することが分かっているので、脳の糖取り込み増加による反応低下仮説は当てはまらないようだ。さらに、1型糖尿病患者の脳への[11C]3-O-methylglucoseや[18F]deoxyglucoseの輸送をPETで見た検討では、低血糖後の脳の糖取り込みは増加しらおらず、糖取り込み増加自体が否定的とも考えられている。

③ 脳代謝(brain-metabolism)仮説
低血糖が頻繁に起きると、視床下部のグルコース応答性ニューロンやグルコース抑制性ニューロンのグルコース感受性が減弱し、それが交感神経‐副腎系反応の減弱を起こすのではないかとも考えられている。この減弱した反応を正常に戻すことができれば、「低血糖を起こしにくくする治療」が可能になるだろう。血糖を上昇させる物質として、グルカゴン、グルカゴン刺激アミノ酸、β2-アドレナリン受容体刺激薬(テルブタリン=気管支拡張薬ブリカニール®として用いられている)、アデノシン受容体アンタゴニスト(カフェインなど)などがあるが、これらは「低血糖に対するcounterregulatory反応」を増加させるわけではない。一方でcounterregulatory反応の欠損を回復させる薬剤は、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)、アドレナリン受容体遮断薬、オピエイト受容体遮断薬、フルクトース、選択的K ATPチャネルアゴニストなどが候補として挙げられている。臨床試験の結果などによると、SSRI服用者は医原性の低血糖を起こしにくい。αアドレナリン受容体およびβアドレナリン受容体遮断薬は、低血糖後の交感神経‐副腎系反応の低下を防止する。β1アドレナリン受容体遮断薬の投与では、低血糖症状の出現や血糖上昇のためのカテコラミンのβ2受容体刺激反応は正常に起こる。オピオイド受容体遮断薬ナロキソンは低血糖に対するエピネフリン増加反応を増強し、低血糖を起こしにくくする。フルクトース注入も低血糖に対するエピネフリンおよびグルカゴン分泌反応を増加させる。選択的Kir 6.2/SUR K ATPチャネル刺激薬も同様の作用がある。ただし非選択的なK ATPチャネル刺激薬であるdiazoxideはグルカゴン増加反応を低下させてしまい、低血糖に対する有効性は認められていない。

④ 脳のネットワーク(cerebral-network)仮説
低血糖時の脳の機能的イメージング、特に[15O]water PETによる脳の血流測定によって、脳の各部位をつなぐネットワークが低血糖によってどのように影響をうけるのかが明らかになりつつある。これによると、低血糖後に背側視床のシナプス活動が選択的に活発になることが分かり、この部位の活性化が低血糖に対する交感神経‐副腎系反応の減弱に関与しており、これがHAAFの原因になっている可能性が示唆されている。内側前頭前皮質もそのような役割を果たしているのではないかと考えられている。ほかにも、低血糖に気づかない(hypoglycemia unawarenessを示す)1型糖尿病患者で、低血糖時の視床下部領域における[18F]deoxyglucose取り込みが減少していたという報告もある。
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図:HAAFを示すヒトでday 1とday 2の間に食間低血糖が起きたが、その時、低血糖に反応して視床(dorsal midline thalamus)の反応が増加していたことを示すPET画像。

【結論】
糖尿病患者においては、最近頻繁に起きた低血糖によって、次に起きる低血糖に対する血糖上昇機構(counterregulation)が障害される。この原因として、①糖尿病患者のβ細胞機能不全によるインスリン分泌抑制の障害とインスリンによるグルカゴン分泌増加の障害、②低血糖に対するcounterregulationとしての交感神経-副腎系反応の障害 (HAAF)、の2つが考えられている。後者のメカニズムは現時点では不明であるが、低血糖に対する脳の代謝異常から脳内神経ネットワークの異常までさまざまな仮説がある。これらの仮説に基づき、低血糖によって減弱した低血糖反応を回復させる薬剤の候補も挙げられている。
# by md345797 | 2013-08-20 03:14 | 症例検討/臨床総説

腎機能低下症例に対するメトフォルミン投与による乳酸アシドーシス

Case records of the Massachusetts General Hospital.
Case 23-2013. A 54-year-old woman with abdominal pain, vomiting, and confusion.


Kalantar-Zadeh K, Uppot RN, Lewandrowski KB.

N Engl J Med. 2013 Jul 25;369(4):374-82.

【症例】54歳女性。腹痛、嘔吐、錯乱状態のため入院。

【現病歴】入院3日前までは異常なし。3日前に悪寒あり、アスピリンを服用したが改善せず。徐々に摂食が減少し、入院22時間前から腹痛と嘔吐が出現したため痛み止めとしてアスピリンをさらに服用した。入院2時間前には腹痛が著明、嘔吐が増加し、精神錯乱状態となった。救急車で病院に搬送されたが、入院時はうめくのみで会話不可能。BP 120/70、PR 52、呼吸数26/分と増加(正常は16-20)、簡易血糖測定で血糖116 mg/dlだった。夫の話では2型糖尿病、高血圧、腎結石、慢性腎臓病(CKD)があり、エナラプリル(レニベース®など)、メトフォルミン(メトグルコ®など)、グリメピリド(アマリール®など)、ニメスリド(NSAID)イミプラミン(抗うつ剤)、アスピリン、イブプロフェンを服用していた。

【入院時所見と経過】意識状態は、指示すると開眼する、名前が言える(oriented to person)のみで場所や日時は言えない。BP120/70、PR52、呼吸数 18、BT 36.7℃、SaO2 95% (room air)、口腔粘膜は乾燥、腹部異常なし、皮膚は冷たい。心電図では心房細動(HR 115)。検査所見では、WBC 34800 (Neu 79%)、Hb 13.4, Plt 48.3万以上(血小板凝集あり)、Na 146、K 6.3 (溶血なし)、 HCO3 <2.0 (23-25)、BUN 94、Cre 7.88、Glu 168、HbA1c 5.7、P 19.3 (2.6-4.5)、lipase 595 (13-60)、amylase 386 (3-100)、乳酸 20.3 (0.5-2.2)、CK 656 (40-150)、血液ガス所見ではpH 6.62pCO2 18 。血漿浸透圧 354 mOsm/H2O (280-296)。入院3時間後には、直腸温 31.7℃、BP 84/43に低下。ノルエピネフリンと重炭酸を投与し輸液も加温して投与した。腹部CTでは膵の浮腫と膵周囲の液貯留(急性膵炎に合致する)、左腎の萎縮。入院8時間後からcontinuous veno-venous hemofiltration (持続的静・静脈血液濾過CVVH)を開始した。入院後17時間は乏尿(125ml)だった。

【鑑別診断】

① 酸塩基平衡の異常
この患者ではpHが6.62と極めて低く、HCO3も<2と非常に低い。pCO2も18と低下していた。これらは静脈血であっても異常低値であるが、Hendersonの式(注1)を用いて[H+]を計算すると216 nmol/Lであり、これはpH 6.6-6.7に相当するため、検査のミスではないことが分かる。アニオンギャップを計算すると61となり、アニオンギャップが非常に増加した代謝性アシドーシスである(anion-gap metabolic acidosis)。これほどまでに重症のアシドーシスには、乳酸アシドーシス、アスピリン過量、メタノールまたはエチレングリコール中毒、糖尿病ケトアシドーシス、尿毒症などがあるが、血清乳酸が非常に高値であるため、ここでは乳酸アシドーシスが最も考えられる。

注1:Hendersonの式
重炭酸イオン緩衝系の式を簡略化した[H+]の計算式で、[H+]=24x(pCO2/HCO3-)で計算する。なお、ここからpH=9-log[H+]でpHが計算できる。

ここで浸透圧ギャップを計算すると、18 mOsm/kg H2O (正常値は5-15)とやや増加しているのみ。メタノール中毒やエチレングリコール中毒では浸透圧ギャップ(注2)が大きく増加するはずなので、これらの病態は考えにくい。

注2:浸透圧ギャップ
アルコール類 (エタノール、メタノール、エチレングリコール)はtonicityは形成しない(細胞内に移行するため、等張となる)が、浸透圧osmolalityは形成する。そのため「測定した血漿浸透圧」は「計算された血症浸透圧」(=2x[Na+]+[Glu]/18+[BUN]/2.8から計算)より、アルコールの浸透圧分だけ高くなる。そのため、アルコール中毒の診断に有用。

さらに、アニオンギャップは正常より50くらい多く、HCO3が20くらい低下しているので、その比から考えると、頻回の嘔吐による塩酸の喪失にとの会う代謝性アシドーシスがあると考えられる。にもかかわらず高リン血症があるため、これが異常なアニオンギャップ高値をもたらしていると考えられる。

② 呼吸性酸塩基平衡の異常
HCO3が10 mmol/L低下すると、pCO2は代償性に12 mmHg低下するとされている。この患者では、HCO3が22低下(正常値の24-2=22)していると考えると、その代償はpCO2 26低下(24 x 12/10=26)である。実際この患者は過呼吸によって、pCO2を22低下させている(正常値の40-18=22)ことになる。この患者の代償性過呼吸(compensatory hyperventilation)はKussmaul呼吸と呼ばれるものだが、これはしばしば呼吸窮迫(respiratory distress)と思われてしまう。この患者では、呼吸困難に対し相関し人工呼吸を行ったため、それがより精神状態の悪化につながった可能性がある。

③ 重症のacidemia
この患者の症状の多くは、重症acidemiaの症状である(精神症状、血管拡張による皮膚の温暖とそれにもかかわず起きる低体温=paradoxical hypothermia、心不全、カテコラミン分泌増加による心房細動、GFRの低下など)。さらにこの患者で重要なacidemiaの症状は、悪心・嘔吐と腹痛であった。左方移動を伴う著明な白血球増加も重症acidemiaで説明できる。


④ アニオンギャップが増加した代謝性アシドーシス(anion-gap metabolic acidosis)
この患者の代謝性アシドーシスは乳酸アシドーシスによるものと考えられるが、その原因は2種類に分けられる。すなわち、敗血症性ショック、心原性のショック、心肺停止などに伴う組織潅流障害によって起きる古典的乳酸アシドーシス(type A lactic acidosis)、および薬剤(メトフォルミン、サリチル酸、イソニアジド、ジドブジン=抗HIV薬など)過量、癌(リンパ腫、白血病)などに伴って起きる非・低酸素性乳酸アシドーシス(type B lactic acidosis)である。この患者では尿から排泄されるはずのメトフォルミンが腎機能障害によって血中濃度過剰となり、その結果酸素消費が抑制され、肝でのミトコンドリア機能が低下するなどして乳酸アシドーシスが発症した疑いがある。この患者はもともとのCKD、糖尿病性腎症、高血圧性腎硬化症、ACE阻害剤とNSAIDの服用などが合併して急性腎障害(AKI)を引き起こした疑いがあり、メトフォルミン蓄積が起こるハイリスクの状態であった。

メトフォルミン蓄積による乳酸アシドーシスは、他の原因による乳酸アシドーシスに比べると、pH低下が著しい割には予後がやや良好である(それでも致死率は50%程度と高いので注意)。そこで、この患者では血中メトフォルミン濃度を低下させる目的で、持続的静・静脈血液濾過(CVVH)を行った。後から病態を確認するために、メトフォルミン濃度測定のための血清を保存しておくとよい。なお、この患者のメトフォルミン濃度は23 μg/ml(正常1-2)と非常に高値だった。

メトフォルミンによる乳酸アシドーシスを疑う患者は、①まずメトフォルミン服用患者である、②血漿乳酸値が増加し(15 >mmol/L)、アニオンギャップが大きく増加し(20 mmol/L)、③重症のacidemia(pH <7.1)を示している、④血清HCO3が非常に低値(<10 mmol/L)である、⑤腎機能障害がある(eGFR <45、Cre >2.0)という条件を満たすと考えられる。この患者では、これらすべての条件をみたし、さらにACE阻害薬とNSAID(アスピリンとイブプロフェン)の服用も腎障害を助長したと思われる。急性膵炎の発症と腹痛も、メトフォルミン蓄積または重症のacidemiaが原因であろう。

この患者は入院24時間後には精神状態が大きく改善し、抜管もできた。その48時間後には代謝状態も正常化し、1週間後には退院することができた。
# by md345797 | 2013-08-18 22:42 | 症例検討/臨床総説

ノンカロリー人工甘味料は、予想に反して代謝を障害し疾患リスクを増加させる

Artificial sweeteners produce the counterintuitive effect of inducing metabolic derangements.

Swithers SE.

Trends Endocrinol Metab. Published online Jul 3 2013.

【総説内容】
1. ノンカロリー清涼飲料水=ASB(artificially sweetened beverage)と
   従来の砂糖による清涼飲料水=SSB(sugar-sweetened beverage)

従来の清涼飲料水(sugar-sweetened beverages=SSBと略)は、砂糖を使った甘味飲料のことで、その飲用は肥満・2型糖尿病・メタボリックシンドローム・心血管イベントなどの発症に悪影響を及ぼすことが知られている。一方で、ノンカロリーの甘味料(スクラロース、アスパルテーム、サッカリン、アセスルファムカリウム、甘葉ステビア抽出物など。high-intensity sweetenersとも呼ばれ、これは高甘味度甘味料などと訳される)は、カロリーの多い食事や飲料の代わりとなり、望ましいものとも考えられてきた。しかし、本総説ではこれまでの常識とは逆に(counterintuitive)、ノンカロリー人工甘味料を用いた「ダイエット」清涼飲料水(artificially sweetened beverages=ASBと略)は摂食増加、体重増加をもたらし、疾患リスクにつながりうるという報告を整理して述べる。

2. ノンカロリー人工甘味料を用いた清涼飲料水(ASB)による悪影響
(1) ASBの飲用についての観察研究

体重:San Antonio Heart Studyでは、ASBを飲んでいた群は飲んでいない群に比べ7-8年間の体重増加が大きく、この検討ではASBが体重減少や体脂肪率の低下にsつながるという結果は得られていない。
メタボリックシンドローム:いくつかの研究で、ASBを飲んでいた群は飲んでいない群に比べ、メタボリックシンドロームのリスクが増加することが示されている。またASBとSSBのメタボリックシンドロームの発症リスクへの影響は同等とされている。
2型糖尿病:European E3N StudyおよびHealth Professionals Follow-upでは、ASBの飲用でもSSBの飲用でも2型糖尿病発症リスクは増加することが示された。Nurses’ Health Study (NHS)およびEuropean Prospective Investigation into Cancer and Nutrition (EPIC)では、1日少なくとも1回のASBまたはSSB飲用によりどちらも2型糖尿病発症リスクが増加することが示されている。
高血圧・心血管イベント:NHSでは、1日2回以上のASBまたはSSB飲用で冠動脈疾患リスクが増加することが分かり、1日1回以上のASB飲用で高血圧のリスクが増加することが分かった。Northern Manhattan Study (NMS)では、1日1回以上のASBによる血管イベントのリスクは、SSB飲用によるリスクと同等であることが示されている。

(2) ASBの効果を見る介入研究

de Ruyter らは、正常体重の小児(4-11歳)に18か月間1日1回ASBまたはSSBを飲むように割り付ける介入研究を行った。その結果、ASB飲用群の方が、SSB飲用群に比べ、体重や脂肪増加が少なかった。また、肥満成人に水またはASBを、SSBの代わりに6か月飲用させた研究では、SSB群に比べるとASB群の体重減少が多いということはなかった。このような介入研究の結論は、期間や対象の違いにより異なってくるのかもしれず、今のところ介入試験の結果からは一定の見解は得られていない。

上記の前向きコホート研究および介入研究から、ASB飲用は肥満、2型糖尿病、メタボリックシンドローム、心血管イベントなどに関して、少なくとも成人では健康に対し悪影響があると考えられる。さらに、ASB飲用がこれらの疾患のリスク減少と関連があるという結果は得られなかった。これらの研究における結論は、ベースラインのBMI、年齢、性別、身体運動など、また人種、教育、食事カロリーや家族歴など多くの因子で補正されてはいる。それでも、ASBまたはSSBの飲用は疾患のリスク上昇に関連しており、ASBとSSBでその影響の大きさは同様であった。

(3) ASB飲用と肥満についての因果関係は正しいのか?
ASB飲用と健康への悪影響は「逆の因果関係 (因果関係の転倒=reverse causality 、cognitive distortion)」の例であるとも考えられる。すなわち、体重が多い人はノンカロリー甘味料を摂取する方向に向かう傾向があるのではないか。そのために、ノンカロリー摂取が肥満を引き起こすというような逆の因果関係があるように見えるのではないか、とも考えることができる。しかし、ASB飲用によるその後の体重増加、2型糖尿病発症、血管イベントのリスクは、ベースラインのBMIで補正した後でも関連が見られたため、上記のすべての研究結果が「逆の因果関係」によるものでは説明がつかないと思われる。

3. ASB飲用に対する生理的反応
動物実験による比較研究の結果はどうだろうか?ノンカロリー甘味料を負荷されたラットまたはマウスは、ショ糖またはグルコースによる同じカロリーの食餌を負荷された群に比べて、体重が増加することが報告されている。ノンカロリー甘味料による体重増加の原因として、「ノンカロリー甘味料摂取後の食品摂取の調節能力の低下」が考えられる。すなわち、そもそも甘味は、生体にカロリーを摂取したというシグナルを伝えるものであるため、甘味の摂取の後は、摂食が減少し、エネルギー消費が増加するという反応がある。ところが、ノンカロリー人工甘味料で甘味を感じると、甘味を感じた後のエネルギー摂取がないため、そのエネルギー不足を代償するように生体が働くのではないか

(1) 人工甘味料摂取は、ショ糖摂取とは異なる脳の反応を引き起こす
ヒトを対象にした検討では、甘味の感知による脳の反応が、人工甘味料の摂取後には減弱することが示されている。ショ糖摂取により中脳のドーパミン性の報酬・快楽経路が活性化されるが、、人工甘味料摂取ではこの味覚関連経路の活性化は低下する分ことが分かっている。さらに、ASBを定期的に摂取しているヒトはそうでないヒトに比べ、ショ糖に対する脳の反応が異なる。

(2) 人工甘味料のみではインスリンやインクレチン分泌が促進されることはない

人工甘味料を直接胃や腸に注入しても、通常の食後に起こるホルモン(インスリンやGLP-1のようなインクレチン)分泌の急性変化は起きないことが知られている。

(3) ノンカロリー人工甘味料を摂取すると、摂食後のインスリンやインクレチンの放出が増強されなくなる
人工甘味料はショ糖と違って、栄養素によるインスリンやインクレチンの放出を増強しないとされる。例えば、Antonは、ノンカロリー甘味料で甘味をつけた食前食(premeal)を摂った場合、ショ糖で甘味をつけたpremealを摂った後に比べると、食後の血糖やインスリン・GLP-1の上昇が小さいことを報告している。この実験で、premealと食事を合わせて総カロリーと炭水化物の量を同じにしても、ショ糖のpremealはその後の食事によるインスリン分泌を促進するが、ノンカロリー人工甘味料のpremealではその後の食事によるインスリン分泌は増強されなかった。ほかの検討結果を様々な因子で補正した結果を総合的に判断すると、ショ糖による甘味料の摂取に比べ、ノンカロリー甘味料の摂取は、その後の食事摂取後のインスリン分泌という生理的反応を起こりにくくするようである

4. ASB飲用による生理的反応の障害: ASBは学習によって獲得した反応(learned responses)を減弱させる
パヴロフの条件付けの原則に従うと、ずっとノンカロリー甘味料を摂取していると、「ショ糖入り甘味料の摂取によって獲得した反応(食後のインスリンやGLP-1の分泌、エネルギーや報酬に関連する脳の活性化など)」が次第に起きなくなってくるのではないか。すなわち、ノンカロリー甘味料は、通常のショ糖による甘味料の摂取では起こるはずの、脳とホルモンの反応を減弱させる可能性がある。例えば、Brownらはンカロリー甘味料で甘味を付けたpremealを摂取した後は、2型糖尿病患者では経口ブドウ糖摂取後のGLP-1分泌反応が増強されなくなることを示している。さらに動物実験でも、サッカリンで甘味をつけたヨーグルトを与えたラットは、通常のブドウ糖で甘味を付けたヨーグルトを与えた群に比べて、その後の甘味のある食餌に対する反応が減弱するし、ASBを摂取したマウスはそうでないマウスに比べて、カロリー摂取後のGLP-1分泌反応が減弱することが示されている。脳のイメージング研究によって、ヒトにおいても同様と思われる結果が得られている。これらは、ノンカロリーであるASB摂取ではSSB摂取と違ってエネルギーが得られないために、その後にそれを代償するようにエネルギー摂取を増やす方向に生体が働くためではないか、と考えられている。

結語
① ヒトやマウス・ラットモデルにおいて、ASBが体重減少に役立ったり、2型糖尿病・メタボリックシンドローム・心血管イベントを防止したりするといった証拠はほとんど得られていない。一方、ASBを定期的に摂取しているヒトでは、そうでないヒトよりそれらのリスクが増加すること(しかもそのリスク増加は、SSB摂取の場合と同程度)が示唆されている。

② このような、今までの常識に反する結果は、ASBが「SSBの摂取後に引き起こされるべき、学習によって獲得された反応を減弱させる」という効果(ASB摂取ではSSB摂取の際に得られるはずのエネルギーが得られないので、それを代償するために起こると考えられる)を持つことによる考えられている。

③ノンカロリー人工甘味料は多くの食物にも含まれるようになってきた。そのような食物がASBのように体重や代謝に対して悪影響を与えるのか どうかは、まだはっきりしていない。しかし、食物の甘味は、ノンカロリーかどうかによらず摂取に注意が必要であることは間違いなさそうである。



# by md345797 | 2013-07-24 01:54 | 症例検討/臨床総説

低ナトリウム血症

Hyponatremia.

Adrogué HJ, Madias NE.

N Engl J Med. 2000 May 25;342(21):1581-9.

【総説内容】
低ナトリウム血症(血清Na値 136 mmol/L以下)には、低張性(tonicityが低い(注1)もの)、等張性、高張性のものがある。この総説では、主に低張性低ナトリウム血症(hypotonic hyponatremia)について、原因、症状、管理について述べる。

注1:Tonicity(張度)はeffective osmolality(有効浸透圧)ともいわれ、細胞膜を浸透できない溶質(ナトリウム、グルコースなど)による浸透圧を指す言葉である。一方で尿素 (urea)のように細胞膜を自由に浸透できる溶質による浸透圧は、ineffective osmolalityと呼ばれtonicityには含まれない。


Ⅰ 低ナトリウム血症の原因
本総説で述べるhypotonic hyponatremia は、ナトリウム量に対し水が過剰になるために、細胞外液が希釈されて起きるものである(dilutional hyponatremia=希釈性低ナトリウム血症とも呼ぶ)。
水貯留の原因は、腎からの水排泄障害が最も多く、水の摂取過剰によるもの(心因性多飲、精神疾患に伴うADH過剰分泌)は少ない。

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(図1) 正常および低ナトリウム血症における、細胞外液・細胞内液コンパートメントの模式図

A 正常の状態では、細胞外液と細胞内液コンパートメントは体内総水分量の40%と60%を占めている。○はナトリウム、●はカリウム、大きい■はナトリウム以外の不浸透性の溶質、小さい■は浸透性の溶質を表す。真ん中の太い点線は細胞膜、細胞外液中で影になっている部分は血管内volumeを表す。

B SIADH (syndrome of inappropriate secretion of antidiuretic hormone)では、水の増加によって、細胞外および細胞内液が増加する。ナトリウム量は変わらないため、細胞外液の希釈によってhypotonic hyponatremiaになる。SIADHの原因は、脳神経障害(下垂体腫瘍、外傷、精神障害)、ADH産生腫瘍(特に肺癌)、薬物(desmopressinなど数多くの薬剤)、呼吸障害(肺炎など)がある。

C 腎不全では、細胞外液に尿素(urea, ここではBUNと表記)が増加する。BUNは細胞膜を浸透するため、細胞外・細胞内の両方にBUNが蓄積して、低浸透圧を伴わない低ナトリウム血症となる。この時、細胞外液にBUNが増加しても細胞外の有効浸透圧すなわちtonicityは増加しないため、hypotonic hyponatremiaが起きる。

D 高血糖では、細胞外液に細胞膜を浸透しない溶質(グルコース)が増加するため、細胞内液から細胞外液コンパートメントに水が移行して低ナトリウム血症を起こす。この場合の低ナトリウム血症は、hypertonic hyponatremia (高張性低ナトリウム血症=translocational hyponatremia、移行性低ナトリウム血症)である。細胞外は高張のため、細胞内は脱水になっていることに注意。血糖が100 mg/dl上昇するごとに血清Na濃度は約1.7 mmol/L低下する。

E 下痢でナトリウムが失われると、浸透圧維持のため細胞外液の水分量は減少する。(このとき減っている水分は細胞内液コンパートメントに移行している水分である。) 細胞外液水分量は、減少しているとはいえナトリウム減少に比べれば十分存在している(または十分以上存在している)ため、結果的にはhypotonic hyponatremiaとなる。ナトリウム喪失の原因は、下痢のほかに嘔吐、出血、発汗過多、’third space’へ水分が押しやられる(sequestration)などである。

F ネフローゼ症候群ではナトリウム貯留と水貯留が起こり、細胞外液と細胞内液の両方が増加する。しかしこの時、主に細胞外コンパートメントの水貯留が多いため、低ナトリウム血症になる。

G うっ血性心不全の利尿剤による治療中は、ナトリウム貯留とカリウム喪失が起こり、その結果、細胞内液が減少し、細胞外液が増加する。細胞外にナトリウム貯留が起こるが水排泄障害も起きているため、低ナトリウム血症になる。

その他の低ナトリウム血症は、
・Isotonic hyponatremia(等張性低ナトリウム血症): 細胞外にナトリウムを含まない等張液(等張マンニトールなど)が大量に存在すると、細胞内から水の移行を伴わないが低ナトリウム血症となる。
・Pseudohyponatremia(偽性低ナトリウム血症): 高度の高トリグリセリド血症および単クローン性γ-グロブリン血症(paraproteinemia)では、血漿中に固体の成分(脂質や蛋白)が多いために、フレーム発光分光分析法による測定ではナトリウム濃度が低下しているように測定されてしまう。


Ⅱ 低ナトリウム血症の臨床所見
=(1)低張による「脳浮腫」の危険と、(2)急速治療に伴う「浸透圧性脱髄症候群」の危険

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(図2)脳に対する低ナトリウム血症の影響と、それに対する脳の適応反応
低ナトリウム血症のために細胞外液がhypotonic (低張)になると、数分以内に、水が脳細胞内に移行するために脳の(細胞内液)浸透圧(brain osmolality)が低下し、脳浮腫を生じる。

その後、急性の適応(rapid adaptation)として、数時間以内に電解質が脳細胞から流出して、拡大した脳の容量は部分的に縮小する。さらに遅い適応(slow adaptation)として、数日以内に有機浸透圧物質が流出することによって脳の容量は完全に回復する。

このようにして脳の容量が正常化しても、脳の低浸透圧はまだ残っている。このとき、低張性低ナトリウム血症をゆっくり補正(slow correction of the hypotonic state)すれば、脳を正常浸透圧に戻すことができる。しかしここで、低ナトリウム血症を急激に補正(rapid correction of the hypotonic state)すると、脳が低張のまま細胞外液が急に高張になるため脳の細胞内脱水を起こし、浸透圧性脱髄症候群(osmotic demyelination)という不可逆的な脳障害を起こす。


(1) Hypotonic hyponatremiaの主な臨床症状は、脳細胞への水の移行による脳浮腫である。脳の拡大は頭蓋骨によって制限されているため、頭蓋内圧亢進により脳障害を起こす。血清Na濃度の低下が急速(数時間以内)で大きい時はこのような現象が起きる。脳浮腫の症状は、頭痛、悪心嘔吐、筋痙攣、無気力、不穏、見当識障害、抑うつなどである。Na 125 mmol/L以下の低ナトリウム血症が急速に起きた場合に症状が出ることが多く、その際は痙攣、こん睡、永続性の脳障害、呼吸停止、脳幹ヘルニアが見られ、重篤な場合は死亡することもある。

(2) このような脳浮腫は、数時間で脳細胞から溶質が流出するため、脳から水が抜けて脳浮腫は改善する。重症の低ナトリウム血症であっても進行がゆっくりであれば、上記のような脳の適応が徐々に起こるため、症状が出現しなくて済む。しかし、このような脳の適応の段階で、低ナトリウム血症を急激に補正しようとすると、脳が低張のまま細胞外液が急に高張になるため水が細胞内から細胞外へ移行することによって脳の細胞内脱水が起き、浸透圧性脱髄症候群(osmotic demyelination)となることがある。橋または橋外の脱髄による脳の萎縮は、四肢麻痺、偽性球麻痺、痙攣、昏睡を起こし、ときに死に至ることがある。


Ⅲ 低ナトリウム血症の管理
低ナトリウムの治療の基本は、低張であることの危険(=脳浮腫)と、低張を急速に治療することに伴う危険(=脳浮腫と細胞外の急速な高張化による、脳の細胞内脱水)との間のバランスをとることである。

1. 症状のある低張性低ナトリウム血症 (Symptomatic Hypotonic Hyponatremia)
(1) 尿は濃縮尿なのか、希釈尿なのか

① 尿浸透圧200 mOsm/Kg H2O以上の濃縮尿か、②200未満の希釈尿なのか。これは、①腎からの水排泄が障害されている(水過剰摂取ではない)、②腎からの水排泄は障害されていない(水過剰摂取)、ということを表している。したがってその治療は、①高張食塩水+フロセミド、②水制限、というように分けて考えられる。

① 症状のある低ナトリウム血症で濃縮尿がある場合は、腎からの水排泄が障害されているため水過剰になっていると考えられる。水の摂取過剰によるのではないから、水制限は行わない。また、もちろん電解質フリーの水(electrolyte-free water)(注2)の摂取は避ける。このような場合、細胞外液ナトリウムを増加させるため、高張食塩水の点滴とそれに並行して、高張食塩水による細胞外液量の増加を抑制するためのフロセミド投与を行う。高張食塩水投与に加えて、そのほかの低ナトリウム血症に対する治療も並行して行う(甲状腺機能低下症・副腎不全ならホルモン補充、痙攣があれば抗痙攣薬と十分な換気など)。

② 症状のある低ナトリウム血症の患者で希釈尿を認める場合は、腎からの水排泄は障害されておらず、水摂取過剰が主と考えられている。この場合、症状が重篤でなければ水制限のみでよいが、重篤な痙攣や昏睡を起こしていれば、この場合でも高張食塩水の静注を行う必要がある。

注2:「電解質フリーの水(electrolyte-free water)」: 電解質を「含まない」という意味のfreeは、カフェインフリー、アルコールフリーなどで用いられる意味のfreeで、これを「自由」水と訳すのはどうなのか?「アルコール自由ビール」のようになるが?

(2) 低ナトリウム血症補正のスピード
① 症状のある低ナトリウム血症の最適な治療についてのコンセンサスはない。しかし方針としては、低張による症状(脳浮腫)を十分なスピードで改善するが、そのスピードは、治療による浸透圧性脱髄症候群を起こさない程度にすべきである。

② 痙攣があっても、血清Na値を3-7 mmol/L増やすことによって止まるとされている。浸透圧性脱髄症候群を起こさないためには、1日に8 mmol/L以上の速度では血清Na濃度を補正しないほうがいいだろう。

③ 低ナトリウム血症補正のための輸液のスピードは、次の式1を用いて求める。
=これは本論文の著者名を取って「Adrogué-Madiasの式」と呼ばれる信頼性の高い予測式である。

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ナトリウムを含む輸液1Lを入れると、どのくらい血清Na値が上がるかを上記の式で推定し、適正な血清Na値の補正速度から、その輸液時間を決める(次節で詳述)。なお、以前からよく言われる「ナトリウム必要量=体内の水x(目標血清Na濃度-現在の血清Na濃度)」という式は複雑で勧められない。

(3) 実際の低ナトリウム補正の例 (症例1-3)

症例1:術後の低ナトリウム血症
虫垂切除術を受けた32歳女性が、術後2日間に痙攣大発作を起こしたため、ジアゼパムとフェニトインの静注および挿管され人工呼吸を受けている。術後1日目に5%デキストロースを投与され、量は不明だが多くの水を飲んだ。体重は46kgでeuvolemicだったが、昏睡となり、痛みに反応するのみになった。血清Na値は112 mmol/L、K値は4.1 mmol/L、血清浸透圧は228 mOsm/kg H2O、尿浸透圧は510 mOsm/kg H2Oだった。

【診断と方針】
① この患者は、hypotonic hyponatremia(血清浸透圧は228 mOsm/kg H2Oと低下、血清Na値は112 mmol/L)である。
② 原因は、術後の腎からの水排泄障害による水貯留の結果と考えられた。
③ そこで、水制限、高張食塩水=3%食塩水(注3)の点滴と20 mgフロセミド投与を行うこととした。

注3:高張食塩水=3%食塩水の作り方
まず0.9%生理食塩水500 mlから100ml捨てる。そこに、10%NaCl 20 mlを6本(120ml)入れるとぴったり3%食塩水になる。3%食塩水のNa濃度(mol/L)は、30 g/L x17 mEq/g換算(Na 1gは17 mEqである)=510 mEq/L。

【Adrogué-Madiasの式】
① 予測される総水分量は、46 kg x0.5(女性は、脱水のないeuvolemiaで体重の50%)=23 L。
② 3%高張食塩水を1L点滴すると、血清Na値は[513 -121] mmol/L /[23+1]
=16.7mmol/L上昇する。
③ したがって次の3時間で血清Na値を3 mmol/L上げるには、3/16.7=0.18Lを3時間で(60 ml/h)点滴すればよい。

【その後の低ナトリウム血症の補正】
2-3時間ごとに血清Na値をモニターして、点滴速度を調節した。尿浸透圧は参考にはなるが、ルーチンで測定する必要はない。3時間後に血清Na濃度が115 mmol/Lになって痙攣がおさまったら、次は3%高張食塩水の点滴濃度を半分にして30 ml/hにした。さらに入院9時間後には血清Na濃度が119 mmol/Lになり呼びかけに反応するようになったら、高張食塩水は中止、もし血清Na値の目標補正値を超えるようであれば低張食塩水に変更する。

症例2:Euvolemicな状態の低ナトリウム血症
肺小細胞癌の58歳男性が強い錯乱と無気力を起こした。脱水はなく(euvolemic)、体重は60 kg、Na 108、K 3.9、血清浸透圧 220 mOsm/kg H2O、BUN 5、Cre 0.5、尿浸透圧 600 mOsm/kg H2Oだった。

【診断と方針】
① 濃縮尿(尿浸透圧 600 mOsm/kg H2O)のあるeuvolemicなhypotonic hyponatremia.。
② 利尿剤使用・甲状腺機能低下症・副腎不全がないと判断したため、肺癌によるSIADHと考えられた。
③ そこで、水制限と3%高張食塩水点滴、フロセミド20 mg静注を行うこととした。

【Adrogué-Madiasの式】
① 予測される総水分量は、60 kg x 0.6=36 L(男性は、脱水のないeuvolemiaで体重の60%)である。
② この患者に3%高張食塩水を1L点滴すると、血清Na値は(513-108) mmol/L /(36+1)=10.9 mmol/L上昇する。
③ 次の12時間で血清Na値を5 mmol/L上げるには5/10.9=0.46Lを12時間で(38 ml/h)点滴すればよい。

【その後の低ナトリウム血症の補正】
入院12時間後、血清Na濃度 114 mmol/Lに上昇し無気力ながら反応が見られるようになったので、高張食塩水は中止、飲水制限のみとした。次の12時間で血清Na値を2 mmol/L上げることを目標とし、実際Na 115 mmol/Lで意識清明となった。

症例3:Hypovolemicな状態の低ナトリウム血症
68歳女性が進行性の傾眠と失神で搬送された。この患者は高血圧に対し25 mgのサイアザイド系利尿剤(hydrochlorothiazide)を投与され、減塩食を食べていたが、ここ3日間下痢をしていたとのことであった。体重60 kg、血圧96/56、脈拍数 110、皮膚turgorは低下していた。Na 106、K 2.2、HCO3 26、BUN 46、Cre 1.4、血清浸透圧 232 mOsm/kg H2O、尿浸透圧 650 mOsm/kg H2Oだった。

【診断と方針】
① Hypotonic hyponatremiaと低カリウム血症の原因は、thiazide投与と消化管からのNa喪失とK喪失のためと考えられた。血圧低下、脈拍数増加から、脱水ありhypovolemicと判断される。
② そのため、サイアザイドと飲水は中止、0.9%生理食塩水に30 mmol/Lのカリウムを入れた点滴を開始した。

【Adrogué-Madiasの式】
① 推定される総水分量は60 kg x 0.45=27L(脱水のある女性では体重の45%)。
② 上記の式2(式1の単純応用)より、1Lの輸液によって血清Na値は2.8 mmol/L上昇する([154+30]-106/[27+1]=2.8)。
③ 脱水補正の必要があるため、次の2時間で1L/hの時間で輸液した。
④ 2時間後の輸液終了時には血圧128/72となり、精神状態も改善、血清Na値は112 mmol/L(=106+2.8x2)、血清K値は3.0 mmol/Lまで回復した。

【その後の低ナトリウム血症の補正】
この患者の細胞外液量はほぼ回復したと考え、0.45%食塩水+30 mmol/L KClの100 ml/hでの点滴に切り替えた。この点滴による血清Na値への影響はほとんどない( [77+30]-112/[27+1]= -0.2)と考えられたが、低濃度NaおよびKの尿産生のための低ナトリウム血症改善が期待された。入院12時間後には、患者の状態は回復し、血清Na値は114mmol/L、血清K値は3.2 mmol/Lまで回復した。ここで補正濃度をゆっくりにするため、5%ブドウ糖液+30 mmol/L KClに変更した。

2. 症状のない低張性低ナトリウム血症(Asymptomatic Hypotonic Hyponatremia)
症状のない低ナトリウム血症の患者の場合、低ナトリウム血症の補正の段階で生じるリスクに注意する必要がある。特に、飲水を中止した場合、水排泄障害を治療した場合は要注意である。もし利尿剤を過剰投与したり、低ナトリウム血症を急速に補正しすぎたりしたら、低張液またはデスモプレッシン投与を考える(浮腫やSIADHの持続など水排泄障害があれば別だが)。長期的な治療としてはやはり水制限(1日800 ml未満)にして、水のネガティブバランスにすることが主である。ループ利尿剤を投与すると、電解質フリーの水の排泄を促進するので、水制限を緩めることができる(サイアザイドではできない)。SIADHに対してはループ利尿剤と塩分摂取、これでうまくいかない腎性尿崩症にはデメチルクロルテトラサイクリン(レダマイシン®)を投与することもある(腎毒性や高ナトリウム血症の誘発に注意)。(注4)

注4:2013年の現在なら、アルギニンバソプレッシンV2受容体拮抗薬が使用可能。「異所性抗利尿ホルモン産生腫瘍によるSIADHにおける低ナトリウム血症の改善」に対してモザバプタン(フィズリン®)、「ループ利尿薬等の他の利尿薬で効果不十分な心不全における体液貯留」に対してトルバプタン(サムスカ®、他の利尿剤と併用)を用いることができる。


3. 低張でない低ナトリウム血症(Non-hypotonic Hyponatremia)
低張でない場合は低ナトリウム血症そのものより、原疾患治療を優先する(高血糖があればインスリン投与、脱水補正とナトリウム・カリウム投与を行うなど)。

4. 低ナトリウム血症の管理でよくある間違い
水制限はすべての低ナトリウム血症を改善はするが、すべての例で最適な方法とは限らない。細胞外液喪失型の低ナトリウム血症(図1のE)では、水制限ではなく、ナトリウム欠乏を補充することが必要である。

一方、SIADHによる低ナトリウム血症に対しては等張食塩水(0.9%生理食塩水)点滴は適切ではない。もし濃縮尿が出るようになれば(=腎の水排泄障害)、そこに等張食塩水を点滴すると、さらなる水貯留とそれによる低ナトリウム血症の進行をもたらすことになる。よく診断がつかないときに等張食塩水の点滴を行ってしまうが、間違った点滴を始める前に落ち着いて診断をつけるべきである。なお、甲状腺機能低下症と副腎不全は、SIADHと見間違う(masquerade=変装する)ことがあり警戒が必要である。高カリウム血症があれば副腎不全を疑う必要がある。

入院中に起きる低ナトリウム血症の多くは予防可能である。入院時に水排泄障害がある場合、入院してある種の薬剤投与、臓器不全の進行、術後なの状態などにより、水排泄障害がさらに悪化することがある。しかし、電解質フリーの水の摂取が、腎の水排泄能プラス不感蒸泄を超えなければ低ナトリウム血症が進行することはない。したがって、入院患者への低張液投与は慎重に行うべきだろう。

# by md345797 | 2013-07-18 05:40 | 症例検討/臨床総説